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  [No.1040] 幻影交響曲 投稿者:紀成   投稿日:2010/12/15(Wed) 23:04:33   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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青菜のおひたしを箸でつまみ、唇まで持っていく。ピリリ、としたような感触でカオリは箸を置いた。
「お嬢様、お気召しませんでしたか?」
お手伝いさんが不安そうに聞いてくる。この人は知らないのだろう。
これに、毒が入っていることを。
「・・すまないけど、他の野菜の付け合わせをもらえる?」
「は、はい!失礼しました」
部屋を出て行ったのを確認して、私は緊張の糸を解いた。この家にいるとどうしても気を抜くことが出来ない。特に、他人といると。
(笑顔を見せたら、付け込まれる)
この家に来てから私は笑わなくなった。学校でもひたすら無表情だ。家柄のことで何か言われても、殴られても。何をされても。
「・・」
私は近くにあった鏡を覗きこんだ。首に細い、赤い跡が残っている。痛くて苦しかった。叫ぶこともできなくて、ひたすら足を動かした。暗い時だったため、誰かは分からない。
今までだってそうだ。街に出れば事故に遭いかけ、食事をすれば毒が入り、寝ている時は首を絞められる。
よく生き延びて来たものだ、と自分でも感心する。ずっと続いてきたせいか、毒には耐性がつき、車をかわすために運動神経が異常に上がった。
ただ、首を絞められるのだけは何も得ていない。感覚がちょっと鋭くなったけど、あんまり意味はない。
一つだけ分かっていることは・・
この家では、自分以外の全てが敵ってことだ。


小学生になってから、時々聞き耳を立てるようになった。お手伝いさんの噂話によれば、私が引き取られた理由は、一つだけ。
跡取りが必要だったのだ。
カミヤの血を途絶えさせないための、跡取りが。

その日の1時間目は、図工だった。小学五年にもなってくると、好きな子同士で固まって席を作る。私は常に一番後ろの席で作業をしていた。
版画ということで、彫刻刀で木の板を削る。お題は、『好きなポケモン』
私は一度もポケモンを持ったことがない。それどころか、カミヤは代々ポケモンを毛嫌いしていたようで、その手のテレビや小説は一切見せない。
言ってはいけないかもしれないけど、私はポケモンと一緒に旅をするのが夢だ。世間では十歳になったら旅をしていいらしいけど、カミヤの家はそれを絶対許さない。理由は分からないけど。
木の板の上に、資料として配られた絵を写して描いていく。ペンでなぞって削っていく。私の描いたのはゴーストタイプばかりだ。
「うわ、ゴーストタイプだ」
後ろからけなすような声がして、私は変な方向に彫刻刀を動かしてしまった。嫌な感触の後、鋭い痛みが体を走る。
ボタリ、と赤い雫が机の上に落ちた。
「カミヤさん!?」
耳をつん裂くような声と共に、先生がすっ飛んできた。後ろにいた生徒の一人を睨むと、私の左手を取った。
「酷い傷・・保健室へ行かないと」
「大丈夫です。一人で行けますから」
「でも」
「大丈夫です」
まだ血が流れる片手をおさえ、私は席を立った。何かが付いて来るのが気配で分かった。

保健室には行かずに、私は水道で血を流した。けっこう深い傷だ。跡になるかもしれないが、別にいい。
そう、そんなことは今はどうでもいい。さっきから、私の後ろに纏わり付いてくる、何か。
「気配は分かってるの。出て来て欲しいな」
独り言のように呟いた。反応はない。私は振り向いた。
・・誰もいない。
「見えてないだけなのか、それとも消えたのか・・」
その時だった。

『ふしぎなにんげん』
『ふしぎなおんな』

聞こえた。
何かの声。冷たくて、体の底からはい上がってくるような。でも聞いていたい、変な感じ。
急に窓に打ち付ける風が強かった。静かな空間に、水道から流れる水の音と、何かの笑い声が響く。

ざわざわざわ
『クスクス』
『わらわないんだ』
『おどろかないんだ』

(見える・・)
私は廊下のすみっこで固まっているポケモン達を見た。紺色のてるてる坊主が沢山と、黒っぽいぬいぐるみも少し。
一度図書館で写真を見たことがある。カゲボウズと、ジュペッタだ。負の感情を食べるという。
私の影から一本の腕が出て来た。何かを掴もうとしていたので私は怪我をしている手でそっと握ってやった。黒い手だ。不気味なはずなのに、温かくて、不思議な感じがした。
血がまた流れ出して、黒い手が赤く染まった。そのまま引っ張り上げると、一匹のポケモンが出て来た。
金色の顔の仮面に、泣き腫らしたような赤い目。そして血涙のように目の下にある模様。
その目が、じっと私を見ていた。
「何で影から出て来たの」
驚かない。驚こうにも、怠くて神経が働かない。
『元々あの家にいたんだ』
「カミヤの?」
『誰も気付かなかったから、皆を見てた。食事に毒を入れたのも、首を絞めようとしたのも、交通事故に遭わせようとしたのも、・・カオリの叔母がやったこと』
感づいていたことだ。今更驚きはしない。
『傷、大丈夫?』
『大丈夫。そのうち止まるから』
ダメだ。眠い・・


次に起きた時、私は自分の部屋で寝ていた。左手が痛い。やはり夢とかそういうものじゃ無かったらしい。
『おきたおきた』
『しにぞこないだー』
嫌な台詞が聞こえて、私は上を見た。カゲボウズが沢山。ゴーストタイプが見えるようになったのも夢じゃ無かったようだ。
「死んで欲しかった?」
左手には包帯が巻かれていた。まだ血が滲んでいる。
『しんでもらっちゃこまる。エサがなくなる』
「エサ?」
『カオリをにくむおんなのねんだー』
思い出した。カゲボウズは負の感情を食べるんだ。この家はいいエサ場になるだろう。
「そういえば、さっきの・・」
『いるよ』
部屋の隅から声がした。
『あの後、人間の一人がカオリを見つけた。血は止まりかけていたから、家に運んだんだ』
「よく殺されなかったな、私」
『流石に教師が心配している前では殺さないさ』
白い布団が目に眩しい。そこで、ふと思いついたことを口に出してみる。
「貴方達、ずっとこの家にいるの?」


話を聞き終えて、私は納得した。
「なるほどね。叔母さまは私の母さんを憎んでいたってわけか」
『だからもともとここはエサがないときのばしょだったんだ』
『ここにはいつもエサがあるからなー』
カゲボウズ達の声を無視して、私は赤目にたずねる。
「ところで、貴方の名前は?」
『デスマス』
不思議な名前だ。
『カオリ、どうする気だ?』
「どういうこと」
『カオリの叔母はカオリを憎んでる。現に殺そうとしてる』
「・・」
『僕達に出来ることならなんだってする』

最初は、何をどうしたいって気持ちはこれっぽっちもなかった。叔母のように犯罪の芽を育てるつもりもなかった。
ただ。

「両親と私を引き離したことは・・許せないんだ」
記憶の片隅に残る優しい声。眠る時聴かせてくれた子守唄。
父さんもよく休日には何処かに連れていってくれたっけ・・
「私がこの家に来ないといけない理由の中には、私のことを考えてなんて一つもなかった。ただ、跡取りがいなかっただけ。
両親が私を手放したこともちょっと恨みたいけど・・やっぱり恨めない。
産みの親であり、短くても育ての親だから」

そう。たとえどんな理由があったとしても、私は両親を恨めない。
恨めるはずがないんだ・・!

カゲボウズ達がユラユラと揺れている。デスマスの赤い目が輝いたように見えた。
鏡を見る。自分が映っているはずなのに、別の何かが映っているように見えた。

「奴らを許すな」
「奴らの好きにはさせない」
「奴らは鬼だ」
「奴らは私を殺そうとしている」

「だったら」

目が赤い。まるで流した血のようだ。

「殺られる前に、殺ってやる」



カオリは、目を覚ました。夢を見ていた。長い夢を。
「・・」
『おはようカオリ』
『おはよー』

カゲボウズ達が天蓋ベッドのカーテンを開けて入って来る。一言返すと、カオリは黒いフリルのついたワンピースをクロゼットから取り出した。
そして、暖炉の側に置いてある厚い本を取り、読みはじめた。

ーーーーーーーー
『ファントムシンフォニー』


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