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  [No.1145] 【再掲】幸福の姿 投稿者:イサリ   投稿日:2011/05/05(Thu) 12:47:56   51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 今日もまた、代り映えのしない灰色の朝日が昇る。
 海に臨む街のコンテスト会場に向かう道の途中で、手の中のポロックケースをぼんやりと見つめた。




 私はかつてトレーナーとして生まれた町を旅立ち、自らの限界を悟ってリーグを目指すことを諦めた。どうやら私にはバトルの才能は皆目無かったらしい。旅の道中は連戦連敗、町から町へと移動することもままならない。
 ならばと始めたポケモンコンテストでも成績は思わしくない。パートナー達は頑張ってくれているのだが、どうにも審査では他の参加者たちに一歩後れをとってしまう。
 長い年月を研究と鍛錬に費やしたにも関わらず、未だに中堅、二流の域を出ない。
 上を見上げれば切りがない。もがいて足掻いて距離を縮めようとしても、ライバル達はさらなる早足でその先に進んで行ってしまう。
 先のことを思うと、底の見えない、生温かい沼地に自分だけが囚われているような不快な気分になった。


 ある日、コンテスト会場のロビーの一角、ポロックを作る機械の周りに黒山の人だかりが出来ていた。
 何だろう、と近づいて見ると、どうやら一人の老紳士が他の二、三人の客とともにポロックを作っているようだった。
 ポロックとはポケモン用に作られるお菓子で、食べさせることによりポケモンのかっこよさや美しさ、賢さといったコンディションが上がる。コンテストで上位を目指すなら、ポロックを上手に作れることは必須の条件と言えた。
 そして、私はこの老紳士には見覚えがあった。以前にテレビで紹介されることもある、伝説のポロック名人だ。どこに住んでいるのか、また、何者なのかも詳しくはわからないが、彼の作るポロックは最高の出来栄えなのだという。コンテストを勝ち抜こうとする者なら誰しも彼とともにポロックを作りたがり、あわよくば彼のテクニックを見て盗もうとする。もちろん私も例外ではない。
 彼とポロックを作ろうと、順番待ちをしている人々の列に私も加わった。

 二十分、いや三十分は経っただろうか。ようやく私の番が巡ってきた。
「それでは、次は苦いポロックを作りましょうか」名人は私を含めた三人の客に話しかけた。異論などあるはずもない。私は、自分の持っている中で最も苦い味のする木の実をブレンダーに投入した。
 
 彼は目にもとまらぬ速さでボタンを押し、ブレンダーはぐんぐんとその回転速度を増した。自分の出る幕ではないことがすぐに分かった。
 噂に違わぬ実力だ。

 出来あがったのは、今まで見たこともないほど濃い色をした緑色のポロックだ。
 このポロックを食べさせたら、私のキルリアはどれほど賢くなるのだろう。期待に胸が高まった。

 ――だが。

 このポロックを食べさせてしまったら、奇跡の術はそれで終わりだ。伝説の老紳士に次にいつ出会えるかもわからない状況下では、再びこのような味の濃いポロックを手に入れられる保証はない。後悔することのないように、しかるべき時が来るのを待って慎重に使うべきではないのか。
 良いポロックを私自身が作れるようになるまでは――。

 そこでふと、一番の解決策は、今ここで私が老紳士に教えを請うことではないかと気がついた。
 もしかしたら、この行き詰まった状況を打破するきっかけになるかもしれない。万に一つの可能性があるのなら、それに賭けてみたい気分だった。

「あの、こんにちは」コンテスト会場から出ようとしていた老紳士に、努めてにこやかに話しかけた。
「おや、貴方は。先ほどご一緒にポロックを作った方ですね。何か御用でしょうか」
「覚えていただけていたとは光栄です。実は、どうすれば貴方のようなポロックが作れるようになるのか、もしもコツのようなものがあるのでしたら教えていただきたいのです」
「そうですか」
 老紳士はしばし考え込んだ後、値踏みするようにこちらを見つめてくる。緊張で背中を汗が伝った。
 やがて彼はにやりと口元を歪めて言った。
「いいでしょう。良いポロックを作る方法をお教えしますよ」
「本当ですか」
「ええ、もちろん。……そうですね。この場で立ち話もなんですから、いかがです、この近くにコーヒーの美味しい喫茶店があるのですが」
「は……はい、お願いします」
 ――やった。
 名人のお眼鏡にかなったのだ。夢ではないか、と思った。



 運ばれてきたコーヒーに口をつけつつ、老紳士は話し始めた。
「私の知っている、ポロックを上手に作る方法とはそう難しいものではありません」
 彼はそこで一旦言葉を区切り、低い声で続けた。
「いいですか。大切なのは『感情』なのです」
「……えっ。何ですって」
「ブレンダーを回転させるときに、負の感情を強く心に浮かべれば良いのです。赤いポロックを作りたいなら怒りを、青いポロックを作りたいなら悲しみを。試しているうちにコツがつかめてくるでしょう」
「はあ……」
 私は、曖昧に相槌を打った。この男は何を言っているのだろう。要は、気の持ちようだということなのか。 そんなことでポロックの味が良くなるなら苦労はしない。
 疑念が顔に現れていたのか、彼はふっと口元を歪めて笑った。

「なに、そう警戒なさることはありません。もし貴方に合わないようなら、無理して続けることもないのです。これは、ただのお呪(まじな)い、ジンクスのようなものですよ。信じる、信じないも貴方の自由」

 私はようやく、この男が自分をからかっているだけなのだと気付いた。ポロックの作り方が一朝一夕にうまくなる方法など有りはしない。そういうことだろう。
 自分から声を掛けたにも関わらず、底意地の悪い老紳士に対する苛立ちが募った。表情に出さないように抑え込むのに苦労した。

 彼はなおも続けた。

「ただし、桃色のポロックだけはこの方法で作るのをお勧めいたしません。理由は……まあ、作ってみれば、わかります……それでは。」
 立ち上がり、革の財布から紙幣を一枚取り出すと彼はテーブルの上に黙って置いた。二人の飲んだコーヒーの御代を支払って何倍もお釣のくる高額紙幣だ。
「ここは私に……」驚いて言いかけた台詞を遮り、有無を言わさぬ口調で彼は告げた。
「さようなら、未来の『伝説』よ。この術は既に貴方のものだ。……もう出会うことも無いでしょう」
 その言葉通り、コンテスト会場で老紳士の姿を見かけることは二度となかった。



 喫茶店から出たその足で私は再びコンテスト会場に向かった。
 彼の言ったことを完全に信じた訳ではないが、駄目で元々。元手がかかることもなく、余計なリスクを背負い込むことになるとも思えない。やってみようではないか、と考えた。
 青い木の実を一つ適当に選び、ブレンダーを回転させ、意識を集中した。

 ……悲しみ。
 まず思い浮かぶのは、死に別れた最初のパートナーのこと。
 かつてポケモントレーナーを目指して旅立つ日に出会い、戦い、傷つき、やがては腕の中で呼吸を止めた哀れな相棒。苦渋の選択、涙の別れ。己の未熟さが招いた結末。
 普段省みられることはなく、さりとて忘れられることもない、無意識の底の小箱にしまいこんで鍵をかけた古い記憶だった。

 出来上がったポロックの味は、数値の上では選んだ木の実の質に相応のもの。
だが、それだけではない。何かが違う。長年培われた直感が告げていた。
 半透明のポロックの内側に、暗い海底を覗くような悲しみが見えた。



 感情に浸りすぎれば、ブレンダーを回す手がおろそかになる。かといって中途半端な感情では普通のポロックと大して変わらない。何度も試行と失敗を繰り返すうち、ブレンダーの速度は落とさずに無駄なく感情を注ぎ込むコツをつかんできた。
 
 また、ある辛い経験に基づいて再びポロックを作ろうとすると、最初に作ったときと比べて味は悪く、薄くなることを知った。私は次第に、材料とする記憶の枯渇(こかつ)に悩むようになった。
 順風満帆な半生とはいえないが、やはり心を絞めつける負の感情ともなればその数は限られてくるようだ。

 だが、程なくして私は最善の方法を見つけた。
 すなわち、素材となる感情はなにも私個人の経験に基づいたものでなくてもいいということだった。例えば、主人公に成りきって小説を読み、その感情をポロックへと溶かし込む。想像上の痛みではあるが、想像だからこそ無限の可能性があった。
 後悔、嫉妬、裏切り、激昂、絶望、死の間際の苦しみまでも……およそ人間が一生のうちに経験し尽くせない情動が、虚構の世界には書きこまれている。
 私は古今東西、あらゆる本を読み、歌を聞き、映画を見、時には劇を鑑賞した。
 使うことのできる時間の大半をそれらに費やしたが、それに見合っただけの知識も得た。

 そのようにして作られたポロックを相棒達に与えることに抵抗がなかったといえば嘘になる。だが、耐え難い苦しみを心に描いて作るほどにポロックの味は良くなり、ポケモン達も喜んで食べるのだ。
 何も毒薬を混入している訳ではない、と私は心の安定をはかった。
 そうとも。これはノロイではない、ただのマジナイ、ジンクスだ。
 苦悩、葛藤。それさえもまた、良いポロックを作る材料になった。



 万事うまくいっていた。
 コンテストの成績は飛躍的に伸び、私の名声は高まった。『彼と作るポロックの味は一級品』と噂が流れ、コンテスト会場では誰もが私とともにポロックを作りたがった。
 質の良いポロックは高値で売れた。もう日々の生活に困ることもない。

 しかし一つだけ、喜ばしくない噂も聞こえ始めた。

『彼の作るポロックは最高だが、甘いポロックだけは誰が頼んでも作ってくれない。おそらく、まずいポロックしか作ることができないのではないか』と。

 作ることのできない味のポロックがあると言われるのは、自分の中では我慢のならないことだった。甘いポロックは作れないのではなく、作ったことがないだけだ。
 いや、正確には、あの老紳士の教えを受け、コツをつかんできた頃に何度か試したことはあった。その時出来た桃色ポロックは、味も滑らかさも普通のポロックとまるで違いが見あたらなかったのだ。思うに、幸福感という甘い感情は、他の苦く痛ましい感情に比べて、そのままでは共感されることが少ないために、ポロックにも味が乗りにくいのではないか、とその当時は解釈していた。

 だが、今なら違う。この胸のうちに溢れてくるのは限りない喜び、幸福感、甘い甘い感情だ。混じりけのないこの感情を今再び木の実に溶かし込み、ポロックを作ろうではないか。
 そうだ。今なら表現できる。甘い感情、満ち溢れる歓喜、幸福のすべて。
 最高の味の桃色ポロックが出来上がるだろう。
 なぜなら私の経験の中に残されているのは今のこの幸福感だけなのだから――。




 最後にコンテストに出場して以来、どれほどの年月が流れたことだろう。
 私は時折気まぐれに会場を徘徊し、居合わせた人々とブレンダーを回し、できたポロックを配分するだけの日常に浸っていた。全ての色の褪せた灰色の毎日だ。
 自ら終止符を打とうにも、『何か』がそれを引き留める。するべきことを全て果たすまでは許さないとでもいうかのように。だが、今や空っぽの自分に何を成せるとも思わない。
 コンテストやポロック作りには最早何の感慨も興味も無いというのに、私はどうして会場に足を運んでしまうのだろう。呪縛か、それともただの惰性か。気付かない内に自嘲的な笑みを浮かべていた。

 ある日、コンテスト会場を出ようとした時に誰かに呼びとめられた。
 振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。どこかで見覚えがある。さては、先ほどポロックを作った客の一人か。

 男は不自然にひきつった笑みを浮かべ、顔色をうかがうようにこちらに話しかけてきた。
「貴方は実に素晴らしいポロックをお作りになります。どうすればあのようなポロックが作れるのか、よろしければ、ご教授願いたいのです」
 久しく忘れていた感情――最後の歓喜――が、胸の内にひたひたと満ち溢れてくるのを感じた。

 ――そうか。自分はこのために。

 私は次の『伝説』となるはずの男をまじまじと見た。打算的な期待と少しの怯えの混じった笑顔を浮かべた冴えない男。まるであの時の自分のようだ。ここらあたりで秘術を譲り渡すのには最適な相手に思えた。
「いいでしょう」貴方にならば。「……良いポロックを作る方法を、お教えしますよ」




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 【悪】のお題で投稿させていただいたもの。

 描写力ではポケスト常連の方々に遠く及ばず、かといってネタ欠乏症のため中々良いストーリーも浮かばず、たまに書いたらこんな話です。こんにちは、イサリと申します……。
 ショートショート風に書こうとしたら、いつの間にやら長くなってしまいました。
 読んでくださった方々、本当にありがとうございました……!

 元ネタ:エメラルドで殿堂入り後に現れるポロック名人。わかるわけないのよ(


【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
【批評していいのよ】

 P.S. 新緑の方はログはあるのですが再投稿に少し時間がかかりそうです。
    愛を叫んでくださったラクダさんとクーウィ先生に感謝を込めて、必ず再投稿させていただきます。
    もうしばらくお待ちくださいませ。


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