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  [No.1146] 紫陽花心 投稿者:紀成   投稿日:2011/05/05(Thu) 13:03:16   55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:TEST1】 【TEST2】 【TEST3】 【TEST4】 【TEST5

「ごめん、他に好きな人が出来たから!」
吐き出した言葉は、私にとっては軽く、相手にとっては重くて痛い楔だったのかもしれない。

「はあ!?また別れたの!?」
混雑している食堂に、友人の声が響き渡った。皆が一斉にこちらを見る。
「ちょっと、そんな声で言わなくてもいいじゃない」
「だって…アンタ、まだ付き合って一週間も経ってないわよ」
私はコホンと咳払いをした。
「確かに、前の男の子は顔も体も、そして何より性格も良かったわ。彼氏にするには申し分ない人だった」
「じゃあなんで」
私はニッと笑った。
「今度の人は、顔と体と性格に加えて、財力もあるの!どっかの社長の一人息子なんだって」
「…はあー」
友人がテーブルに突っ伏した。コーヒーが入った紙コップが揺れる。
「アンタねえ、そんなポンポン彼氏変えて良いと思ってるの?自分が大学にいるほとんどの女から何て言われてるか分かってる?」
「八方美人?」
「微妙に合ってるけど、違う。チョロネコ被り、尻軽女。相当恨まれてるわよ」
「だって男の子は皆私の味方をしてくれるもの。どうせ老けてヨボヨボのお婆ちゃんになっちゃうなら、若いうちにいっぱい遊んでいた方がいいじゃない!」
「…」

小学校、中学校、高校、そして大学。私の学校生活はほとんどが恋愛で埋め尽くされている。今までを振り返ってみても女友達より男友達の方が圧倒的に多い。今話していた子は、数少ない小学校からの友人だ。
どんなに良い男がいても、それ以上に良い男がいれば、今付き合っていた人とは速攻でサヨナラ。私が別れ話を切り出しても、大抵の人は涙を流しながらも承諾してくれる。そして新しい人に告白すると、やれやれという顔をしながらも応えてくれる。
今までで付き合った男の数は…ザッと五百人くらい?でもほとんどが一週間続いた試しが無い。何故かは分からないけど、小さい頃から私の周りは良い男が沢山いた。そして自分で言うのもアレだけど、私は美人だ。こればかりは譲らない。
とにかく、チョロネコ被りと言われようが、尻軽女と言われようが、私はこのままモテ道を突っ走っていくだけ!

大学と自宅は遠いため、私は近くの小さなマンションで一人暮らしをしている。家賃もそれほど高くない、女の一人暮らしには持ってこいの賃貸だ。
私の部屋は三階。エレベーターはついていない。そこがキツイけど、あまり文句は言えない。教育費以外にお金をかけさせないことも、親孝行の一つだと思うのよね。
いつも通りに分かれ道で彼氏と別れて、マンションへ向かって、階段を昇って、部屋のドアを…
あれ?
私は目を丸くした。茶とも黒とも言えないタイルが敷かれた地面に、青紫の花が積まれていた。メロンパンのような形に、同じ大きさの小花が沢山集まっている。
紫陽花だ。
「すごーい」
私は思わず感嘆の声をあげていた。まだ五月とあって、紫陽花はあまり見ない。ここまで見事な物は、きっと今の時期は花屋にしか売っていないだろう。花って意外と高いんだよね…
こんなサプライズで素敵な贈り物をしてくれる人は、一人しかいない。
今日付き合い始めたばかりの彼氏だ。お金持ちと言うからには、こういうことをしそうだし。
「明日お礼をしなくちゃね」
生憎まだメアド交換はしていない。メールよりも直接言った方が相手も喜ぶだろう。私は花を抱えて部屋のドアを開けた。
その姿を廊下の影から見つめる何かがいることも知らずに…


次の日。大学へ来た私は、真っ先に彼の所属する文学部へ向かった。彼は部屋の片隅で本を読んでいた。『豊縁昔語』…よく分からない。自慢じゃないけど勉強は大嫌いだ。本も読む気がしない。
「おっはよー」
私が覗き込むと、彼はかけていた黒縁眼鏡を外した。
「おはよう」
「ね、昨日のアレってサプライズプレゼントだよね!?」
「…はぁ?」
「あんな大きな紫陽花、高かったでしょ?ありがとー!」
「…何を言ってるんだ」
「え?」
…話がかみ合わない。私は昨日のことを話した。
「知らないよ。僕じゃない」
「えー、貴方じゃなかったら誰がするの」
「他の男じゃないのか。君、過去に何人も付き合ってるんだろ」
ムッとした。何となくトゲのある言い方だ。
「知らないもん。もう前に付き合ってた人とは関係ないもん」
「どちらにしろ、君が尻軽だということは噂に聞いていた。試しに付き合ってみたんだが…昔のことを引っ張る女はごめんだ。厄介事は嫌いだからね」
「ちょ、どういう意味」
「さよなら。やっぱり僕には恋愛なんて向いてなかったみたいだ」
それだけ言うと、彼は本を棚に戻して部屋を出て行った。呆然とする私をあざ笑うかのように、始業のチャイムが鳴り響いた。

「へー…アンタが振られた」
昼休み、私は昨日の友人と一緒にキャンバスでお昼を食べていた。昨日と今朝の出来事を話すと、友人はしばらくの沈黙の後、この言葉を吐き出した。
「意外や意外。男運も尽きたんじゃない?あら、頭からタマゲタケが生えてるわよ。…いや、モロバレルかしら」
「うるさいっ」
でも本当に生えているような気がする。久々に落ち込む。相手に振られるのは初めての経験だ。こっちから振ることは数え切れないくらいあったけど。
「酷くない?あんな言い方」
「でも、その紫陽花を贈ったのは彼じゃなかったんでしょ。嫌がらせじゃないの」
「今まで何も無かったのに」
「ある日突然…ってことも考えられるわ。人の心理って、銀河の誕生並みに奥が深いのよ。
…あら、これ美味しい」
その時、私達の頭上に細長い影が一つ。見上げると、男が立っていた。知らない男だ。
「振られたんだってね」
「何よ、文句あるの」
「あんなインテリ止めておきなよ。女心をちっとも分かってない」
二人掛けのベンチにどっかりと座る。狭い。顔は良い方だ。
「僕なら君を満足してあげられると思うんだけどな」
「…」
もうこの際どうでも良かった。前の男のことは早く忘れたい。
「付き合ってあげてもいいわよ」
「本当かい!?」
「ちょっと、また変えるの?」
友人が焦ってるけど、知らない。こんなモヤモヤした気持ちは早く消したかった。
「男なんて腐るほどいるんだもの。たった一人の男と付き合うなんて、バカバカしくって」
そう。私は八歩美人で尻軽でチョロネコ被り。悪いかしら?

ムシャクシャした気分で部屋に戻った私を待っていたのは、また紫陽花だった。ただし今度は状態が悪い。ピンク色で、水をあまりやっていないのか保存状態が悪い。かなり萎れている。
「…何よ」
紫陽花が私を笑っているような気がして、私は花を踏み潰した。そして携帯を取り出して三つの番号を押す。
「もしもし、ストーカー被害に遭ってるの。犯人を捕まえてくれないかしら」

数分後、パトカーに乗って来た警官二人はすぐに私に話を聞いてきた。話が広がることを恐れて、私は彼氏をとっかえひっかえしているという話はしなかった。一部を隠した話を聞いた彼らは、パトカーの中から網を持って来た。これで犯人を待ち伏せして、捕まえるという。警察のストーカー事件に対する姿勢が良く分かった。
とりあえず私は部屋に入った。特に荒らされた形跡は無い。ただ精神攻撃をするのが目的なんだろうか。考えてても仕方無いので、いつもの通り食事を取って、風呂に入って、表にいる警官二人にカイロを渡して(結構夜は冷えるから)布団に入った。
数時間後。
部屋にある電話が鳴った。眼を擦って出る。相手は表で見張っていた警官の一人だった。
犯人らしき影が大量の紫陽花を持って現れ、それに網を被せた。確かに感触はあった。
だが懐中電灯で照らしてみると、そこには誰もいなかった。ピンク色の紫陽花だけが萎れた状態で転がっていた―
彼の報告は、実にシンプルだった。


「マスター、お酒頂戴」
「生憎カフェにはお酒は無いわよ。っていうか貴方未成年でしょ」
もう大学なんて行く気にならなくて、今日はサボった。ギアステーション前にあるカフェ『GEK1994』でコーヒーをヤケ飲み。トイレに行きたくなるかもしれないけど、この際どうでも良い。
「だって飲まないとやってらんない」
「おじさんみたいなこと言うのね。華のキャンパスライフはどうしたの」
「ストーカーに壊された。もうマジ最悪」
チョロネコを被っている余裕なんて無い。泣きたいけど泣けない。何だか情けない気がする。
マスターがレコードを変えた。
「失恋でショックを受けてる貴方に。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲、オペラ『コジ・ファン・トゥッテ』より。『ドラベッラのアリア』」
甲高い女性の声が溢れ出す。横文字音楽は全く分からない。ここのマスターは知性と美に溢れている。
「で、どうしたの。何かただ事じゃない雰囲気だけど」
「聞いてくれるの」
「まあ、一応ね。私が解決できるかどうかは分からないけど」
マスターが床で寝ていたマグマラシを抱き上げた。ここの看板息子で、マスターの相棒だ。
「実は…」

たっぷり十分。されども十分。マスターは私の話を聞いていた。時折質問されることはあっても、それでも頷くだけで何か考えているようだ。
「…ってわけなの」
「紫陽花か。私は向日葵の方が好きだな」
「あの、話聞いてる?」
「うん。大体分かった」
マスターが立ち上がった。カウンターに戻る。
「紫陽花って、見て分かる通り二色あるの。青紫と、ピンクね。どうやって色を変えるか知ってる?」
「ううん」
「土の性質から。アルカリ性か酸性かでね。アルカリなら青、酸ならピンクに変わるわ。その不思議な性質から、紫陽花は移り気な人に喩えられることが多いの。つまり、浮かれ女である人に喩えて、犯人は紫陽花を毎日運んでたのね。
こう言っちゃ何だけど…思い当たること、あるんじゃない?」
他に聞こえないようにそっと、でもハッキリした声に私はハッとした。責められてる気はしない。なんていうか…諭されてる?
「犯人分かる?」
「その前にちょっと付き合って欲しい所があるのよね。丁度GWだし。
貴方もどう?植物園」
「えっ?」


次の日。私は指定されたギアステーションにいた。『植物園に行けば、ほとんど分かったも同然』と言われて同行する気になったんだけど…
「お待たせ。さ、行きましょうか」
相変わらずマスターはスタイルがいい。足も長いし、何より胸がある。男達が彼女をチラチラ見ていくのが傍観者である私には良く分かった。
「あの、本当に分かるの」
「この近郊にある植物園は、ここだけよね」
…聞いていない。不安な気持ちを抱えながらも、彼女の真剣な瞳に任せることにした。

ギアステーションから約二十分。電車は山に面した駅に着いた。地図を片手に植物園に向かう。長い休みの最終日とあって、駅前は家族やカップルで混雑していた。
「直通のバスが出てる。こっち」
「あ、はい」

バスに揺られて更に三十分。ガラス張りの巨大な植物園に私達は辿りついた。他地方の珍しい木の実や、中には草タイプのポケモンが放し飼いにされている場所もあった。
「おお、ルンパッパ!こういうテンション高いポケモン、嫌いじゃないわ」
「ミツキがダーテングと友達になったって言ってたわね」
「ロズレイドかー…草タイプオンリーなら一匹欲しいかな」
「トロピウスの首の木の実、一度食べてみたいわ」
私が側にいることをすっかり忘れて楽しんでいるマスター。何となく友人の気持ちが分かった気がした。
「何しに来たんですか」
「あ、ごめんごめん。えっと、紫陽花は何処にあるのかしら」
「何でここに来てまで紫陽花なんですか」
「キーだからよ。木の実じゃないわよ。鍵」

紫陽花は見事に咲いていた。青もピンクも両方。まだ五月なのに…
「六月の気候に合わせてるのね。…枝が折られた形跡は無し」
「どういうことですか」
「これでいいのよ。さ、戻るわよ」
「え?」
訳が分からないまま、私はマスターに手を引かれて植物園を出た。

「…ここは」
ライモンに戻って来て、再び歩くこと五分。私は自分の通う大学近くの花屋の目の前にいた。
「すみませーん」
マスターが入る。私も後を追う。
「はい」
若い男が出てきた。茶色いエプロンと、花束を作っていたのだろうか、赤いリボンを片手に持っている。
「ここに紫陽花ってありますか?」
「紫陽花、ですか。ええ。三日前に入荷したばかりですよ」
「なるほどねえ…。あら、どうしたの」
私は目の前の男の顔から目が離せなくなっていた。何処かで見たことがあると思ったら…
「君は…」
「…」

この人、うちの大学の生徒だ。しかも私と付き合ったことがある。ごく最近。

「元彼ね。これで全て繋がったわ」
「あの、何か」
「もう一つ。貴方、エスパータイプ持ってない?テレポート使える子」
「ああ、それなら。おーい、ディー!お客さんだぞー」
男が向こうの部屋に向かって呼びかけた。と、いきなり男の隣に現れる影。
「え」
「…流石に予想外」
マスターも驚いていた。
「俺の手持ちでエスパー、しかもテレポートを使えるのは、このフーディンだけです」

そこにいたのは、赤いリボンをつけたスプーンを持った、フーディンだった。いやに睫が長いことから、♀だろう。無駄に可愛い…気がする。
「てっきりキルリアとかサーナイトかと思ってた」
「コイツはカントー時代からの相棒なんです」
フーディンの視線は私に向いていた。睨まれている…というより、ものすごい悪意を感じる。今にもカゲボウズが集まってきそうだ。
「ディーがどうかしたんですか」
「…この子、貴方のこと大好きみたいね」
「え?」
マスターが腕を組んだ。

「だって、振られたご主人を思って、その振った相手の部屋の前に紫陽花をバラ撒くくらいだもの」

マスターの言葉に、フーディンが下を向いた。
「さて―」

「ます、私が考えたのは何故バラ撒く花が紫陽花でなくてはいけなかったのかってことよ。別に花で無くてもいいじゃない。単純に恨んでいたのなら、それこそヤブクロンとかダストダスとかをどーんと」
マスター、今その二匹のトレーナーを全員敵に回したと思う。
「でもあえて花、しかも紫陽花をチョイスした。紫陽花は変わり身の象徴。これを知らなきゃ、わざわざ男と別れたその日に前日とは違う色の紫陽花をバラ撒いたりしないわよ。
で、もう一つは警官ね。網を被せて、確かに感触はあったはずなのに、影も形も無かった。これはテレポートを使ったのよ。相手に恐怖心を与えるために、紫陽花は置いて行ったけどね。
で、この推理が確定するにはある事が必要だった」
「…?」
「この近くの花屋はここだけ。駅前にもあるけど、まだ紫陽花は入荷してないわ。私昨日帰りに見てきたから。で、近郊で紫陽花がある場所は今朝行った植物園のみ。でもそこの紫陽花は見事に咲いてたけど、変に切られたりしてなかった。だから、ここかなー…って思ったの。お金さえ入れておけば、別に花を盗んだことにはならないものね。Quod Erat Demonstrandum。略してQ.E.D」
その場にいた私達(フーディンも含む)全員が呆然としていた。マスターが私に向かって言った。
「フーディンは振られたご主人を気の毒に思って、変わり身の早い貴方を戒めていたのね。全く、いつの時代も女の嫉妬は怖いわねぇ…
あら、♀ポケモンでもそうなるのかしら」

私は絶句していた。ポケモンが主人のためにまさかこんなことをするなんて。いや、それ以前にマスターの頭はどうなっているんだろう。
「あの」
「ごめん」
私が何か言う前に、男が頭を下げた。フーディンが驚いて主人を見る。
「うちのディーが変なことして」
「え、あの、えっと…」
私は声を振り絞った。
「謝るのは私よ。私、やっと周りの人達の気持ちが分かった気がする。恋愛は楽しいことだけじゃない。振られた方は、すごく悲しいんだって…
やっと分かった…と、思う」
まだ十分ではない。でも、確かにその時私は、何か成長したと思う。多分。


「恋、か」
お客が少ない時間帯のカフェ。カウンターを拭いていたユエは、ふと呟いた。
「高校の時は色々忙しくてそんな浮かれた事なんてしなかったな」
「おや、意外ですね」
目の前でコーヒーを飲んでいたカクライが言った。
「ちなみに、どのようなことを?」
「剣道部、あと晴明学園との抗争とか。いや、そんな昔の漫画みたいな感じじゃないよ。
ただ…本当に色々あったなあ」
「Ms,ユエの周りは退屈という言葉など、存在していないような気がしますよ」
その言葉に少し取っ掛かりを感じながらも、ユエはいつも通りの業務に励むのだった。


――――――――――――
久々に長い物を書いた気がする。以上。


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