ポケモンストーリーズ!投稿板
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  [No.1380] きぐるみより愛を込めて 投稿者:紀成   投稿日:2011/07/02(Sat) 12:34:13   43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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僕は俗世間で言うところの『草食男子』だ。小心者で、人の意見に振り回されて、大通りを歩くのは必ず大勢でないと歩けない― という感じだ。別に変えたいとは思っていないし、困ってもいない。
そんな僕が決めたバイトは、ライモンにある遊園地のきぐるみだった。夏に近い季節、特に太陽が出てる時間帯はものすごく暑いけど、なるべく自分自身が目立たないようにしたい、という僕の希望はキッチリ叶えられている。…叶えられてるんだよね?
風船を配ったり、子供に抱きつかれて一緒に写真を撮ったり、あと同じ子供でも蹴られたり(けっこう痛い)お客は様々だ。
ある時はヤナップで尻尾を引っ張られ、またある時はタブンネでサブウェイ帰りであろうトレーナーに殴られたり(友人が殴っているのを見て『やめたげてよぉ!』と言いながら自分も殴っていた)、またある時はチラーミィで女性客に囲まれて写真を撮ったりした。悪い気はしない。
何だかんだ言ってきぐるみの仕事は楽しかった。イベントステージに上がることはあまり無かったけど(きぐるみとしてのアクションが出来ないため)お客さんが喜んでくれるのは嬉しかった。

「何でお前ばっか人気なんだ?」
休憩時間で、配給されたサブウェイ弁当と近くのカフェのアイスティーを口に入れていた時のことだった。ドレディアの頭部を机に置いて、後ろのチャックを下げてもらっているバイト仲間が言った。
「チラーミィ、ヤナップ、タブンネ…今日はズルッグ。皆子供や女受けするポケモンばっかじゃねえか」
「…君だって、ドレディアだよ。女の人とか、好きじゃないの?そういうポケモン」
僕が言うと、彼は分かってないな、というように首を振った。
「可愛すぎるのもアレなんだよ。お前見たことないか?どでかいカメラ持って。他人の迷惑全く考えないで写真とりまくる奴ら」
それなら僕も見たことがある。風船を配っている横で、いやにシャッターの音がしたから何かと思ったら、バイトの先輩が入っているツタージャが何人かの男に撮られていた(ツタージャはバランスが難しいので、慣れた人じゃないと入ることができない)
「遊園地は皆の物だ。老若男女、子供、もちろん障害のある子だってな。
だけどああいう奴らがいると、一気に嫌な気分になるんだよなー」
「…そうだね」
彼の言うことは最もだ。周りが見えない人が少しいるだけで、どれだけの人が嫌な気分になるのか。それも含めて、働いている僕らは知っていかなければならない。

午後。あんまり日は出ていないけどきぐるみの中は蒸していた。そこまで汗っかきじゃない僕でもこの時ばかりは首にタオルを巻かないといけない。
もし夢を与えるきぐるみに入っているのがこんな汗ダラダラの男だって分かったら、子供達はどんな顔をするだろう。
…泣くだろうか。
「わーズルッグだー」
小学生くらいの男の子が走ってきた。後ろから母親らしき女性も歩いてくる。
「お母さん、写真撮って」
「はいはい」
男の子がピースサインを出した。僕もやろうとしたが、生憎指を動かすことが出来ない。
「バイバイ」
親子が帰った後、近づいてくる影が一つ。黒い長い髪をした女の人。年は三十代後半くらいかな。化粧っ気がないけど綺麗な人だ。
「あの、その風船一ついただいてもよろしいですか?」
はい、と言いそうになって僕は慌てて口を閉じた。いくら相手が大人でも喋るわけにはいかない。僕は持っていた風船の束から青を一つ出して渡した。
「ありがとうございます」
女の人が戻っていった。その先には、車椅子に乗った女の子。ということはこの人は母親か。
小学六年くらいか。ベリーショートの髪と、陸上でもしているのか肌がよく焼けている。でも今はしていないんだ、と人目で分かる。

片足が、無かった。

左足が無いのを隠すような動きは無い。時折回りから注がれる、刺すような視線も平気そうだった。退屈そうに、ジムの方を見ている。この遊園地には人気モデルのカミツレさんがリーダーをやっているポケモンジムがあって、トレーナーがよく訪れる。
車椅子を押しているのはコジョンドだった。元・陸上娘(多分)と舞踏家。いい組み合わせだと思う。
母親が風船を車椅子にくくりつけた。飛んでいくことなく空中にとどまる風船。

次の日、その日は小学校の遠足で大勢の子供達が入って来た。風船を配る以前に子供達に囲まれて身動きがとれない。ちなみに今日のきぐるみはエモンガだ。
「みんなー!先生の目が届くところで遊んでねー!」
ずっと先生が言っているが、わんぱくな彼らは全く聞いていない。僕は僕で子供達(特に女子)に写真を撮られていた。
やっと一息ついたとき、僕の方にやってくる影が―
「ん」
昨日の車椅子の子だった。まさか、今の子供達と同じ学校?
「こんにちは」
彼女が話しかけてきた。少し考えた後、きぐるみならではのパフォーマンスをする。すると彼女は右足でエモンガの体を蹴ってきた。
「別にわざわざ手を振らなくていいのよ。私だって子供じゃないんだから。中に人が入ってることくらい、分かってる」
冷めた子だ。仕方無いといえば、仕方無いのかもしれないけど…
「ねえ、暇?」
「へ」
「コジョンドの代わりに、車椅子押してよ」
昨日とは違う意志の入った目に見つめられて、僕は頷くしかなかった。

周りの小学生やカップルが目を丸くしてこちらを見ている。別に恥ずかしくはないけど(恥ずかしがってたらきぐるみの仕事なんてできない)、どうしていいのか分からなかった。
『お母さんは』
「あの人は血は繋がってないわ。生みの親は私ガ十歳の時、しつけのなっていないバッフロンに体を突かれて死んだの。
仕事が忙しくてあまり会えない父親が私のために再婚したんだけど―
親じゃないもの」
観覧車の前まで来た。カラフルなゴンドラが青い空に映える。虹のようだ。
従業員の一人がこちらに気付いて手を振ってきた。僕もきぐるみの手を振り返す。
「友達?」
『バイト仲間だよ。メカに強くて、あそこで観覧車の操縦をしてる』
「そう」
『乗ってく?』
彼女は上を見た。そしてひと言。
「ジェットコースターの方がいい」

ジムの中は暗い。イルミネーションを普通は使って照らすんだけど、節電ということで一部しか点いていない。カミツレさんに会うには、ジェットコースターに乗ってトレーナーと戦って、時々スイッチで道の切り替えをしなくてはならない。
ここ最近はジムに挑戦してもほとんどの人が負けているようで、カミツレさんも退屈そうだ。
「カミツレさんってモデルでジムリーダーなんでしょ」
『そうだよ』
「いいわね。神から二物も三物も与えられてるなんて」
トゲのある言い方だった。恨みというより、妬みのように感じた。
『何があったの』
「足よ。天は二物も与えないっていうでしょ。私の場合、元々十だった物から二つも引かれたのよ」
右足は車椅子の台に乗せられている。七部丈のパンツから綺麗に伸びた足は健康的に見えた。
だがもう片方の場所からは足は出ていない。カーキ色の暗と肌色の明の対比は不思議と生を感じさせた。
「今じゃあまり歩かないから肉がついちゃったけど、一年前はもっと綺麗だったのよ。引き締まって、地を走るドードリオみたいに」
ドードリオほど足は細くなかったと思うけど、僕は黙っていた。彼女の声が急に低くなり、それはまるで二十代前後の女性のようだった。
「私はその土地でトップのマラソンランナーだった。小学五年なのに速さは大学生に負けてない。毎年のようにアンカーに抜擢されてた。
…皆天才だって言ったわ。ロードランナーって知ってる?アメリカのアニメでね、コヨーテよりずっと足が速いの。特急も簡単に抜かせるくらい。
何とかして捕まえようとする彼を笑ってるのよ」
僕は草食動物を捕まえようと必死で策を練る肉食獣を思い浮かべた。どれだけ知恵を絞っても勝てない。
さぞ悔しいだろう。
「だけど微妙に違ったのは、コヨーテが可愛げが無かったってことね」
あるマラソンのアンカーに選ばれた帰り道。彼女は車にはねられた。後で分かったことだが、いつも二番手だった選手の母親が仕組んだことだった。
右足はたいしたことは無かったが、左足の損傷が酷く、手術したとしても二度と走れなくなると言われたらしい。それなら、と彼女は自ら左足を切断することを望んだ。
『どうして』
「私の足は歩くためじゃなく、走るためにあるのよ。走れない足なんて、無駄なだけ」
片足だけになった彼女はマラソンをやめた。ちなみに、事故を起こさせた犯人の娘もマラソンをやめたそうだ。彼女は元々ポケモンバトルを少しかじっている事もあり、今は車椅子のトレーナーを目指しているという。
「昨日のコジョンドは、私が足を失くしたあとに自力で捕まえたの。元々はコジョフーだったけど」
『今日はどうしたの』
「部屋でトレーニングさせてる」
パラ、という音がした。外を見ると、黒いような白いような雲が湧き上がってきている。音はやがて独奏から二重奏、三重奏、四重奏、最後にはオーケストラへと変わっていった。夕立だ。
「傘持ってないわよ」
『夕立だからすぐ止むと思うよ』
ゴロゴロという音がした。風も出てきたようだ。植えられている木々が突風に煽られている。
「…これ、夕立?」
『えっと』
僕は外に出て見た。お客さんは別のアトラクションの影やテントの下にいた。空の光が差している場所に、何かの影が見えた。
(ポケモン…?)
そいつは俺の方に気付いた後、そのまま風に巻かれて見えなくなってしまった。
『…』
俺はぼんやりと空を見つめていた。いつの間にか太陽が雲から顔を出していた。

「今日はありがとう」
遊園地のゲートに、僕達は立っていた。もう車椅子は押していない。
「別に悲しいとか、そーいうんじゃないよ。ただどうしようもなく嫌な気分になった時に、誰も話を聞いてくれる人がいなかった」
やっぱり根は素直な子だ。
「ねえ、また来てもいい?」
「もちろん」
「そういう時はちゃんときぐるみらしくするのよ」
僕は少し考えた後、ぴょんと跳ねて両手を振った。彼女は笑って手を振る。そのまま黄昏の光に消えていった。


少女は回りに人がいないことを確かめると、ゆっくりと車椅子から立ち上がった。途端に車椅子がガシャンと音を立てて壊れる。先ほど機能していた車は、ぺしゃんこに潰れて見る影もない。
少女は壁に手をつけながら一歩ずつ路地を歩いていく。周りに住み着いている悪タイプ達が影から見つけている。
やがて、右足から長い爪が生え、そのまま前進に渡って灰色の毛が体を覆っていく。左足がしっかりと地面を踏みしめる。
『俺らしくないことをしたな…』
黄昏の光が少女―いや、ポケモンの体を照らす。土耳古玉の目がキュッと細くなる。
『さあ、遅くならないうちに戻るか』

一匹のゾロアークが、自慢の鬣をなびかせながら歩いていく。
その行方は、誰も知らない。


―――――――――――――――
[何をしてもいいのよ]


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