跋渉
歩く。
飛ぶ。
人が過ちを犯した森、黒こげの幹が残っていた。
あたり一帯が焼け野原になっていた。
この森を燃やした木の葉はもう残っていない。その木の葉をつける木は、一本も残っていない。
愚かなことだ。森は少しずつ燃えるものだということも知らず、火がつく度に火を消した。
たまりにたまった木の葉や枯れ木は一気に燃え上がった。そして森が消えた。
これが愚かと言わずなんと言おう?
森を殺したのは火ではなく、人なのだ。
浅はかな考えで小火を消して、大火を招いた。
木の葉の燃えカスが白のスニーカーを灰色に染める。
ヂリヂリと燃えた木の葉は灰色になって、前と同じように地面を覆っている。私が踏んだ所だけ、私の足の跡がついた。
木の燃えカスが灰色のスニーカーを黒く染める。
パチパチと燃えた木は黒い炭になって、灰色の地面の上に転がっている。踏んでも感触すらない。踏んだ所だけが砕けた。
屍臭がする。
黒く焼け焦げた屍骸の群れ。
火が消えて日が経とうというのに、足跡一つ残っていない。
山から山を渡り歩き、かつての森を端から端まで歩き回っても、一つも残っていない。
捕食者も被食者も、植物も動物も全ていなくなったのだ。いるとすれば、目には見えない、肉を腐す彼らだけなのだ。
歩く。飛ぶ。
丘を越えた。谷を越えた。東に向かった。西に向かった。
続くのは空の青と白、大地の灰と黒。
諦めがついた。もうこの森は死んだ。
私は灰の混じった川に沿って歩き出す。もうここにはいたくない。
ひょろろろろー
空にいる彼が鳴いた。彼は何かを見つけたのか、一直線に丘を越えていった。
私は彼を追いかける。
丘を越えると、とりわけ大きな木の幹が見えた。炭となった木の幹があった。
彼はその上空を回っている。ここだよ、と私に告げている。
私は丘を降りて行った。初めは気付かなかったが川の方から緑色の何かがいくつか、その幹に近づこうとしている。
キモリ?
こちらに気付き、彼らは警戒の目を私と私の相棒に向けた。
私は立ち止まる。何も残っていないこの森に何故彼らがいる?
確かに川には魚がいる。食べられないことはない。だが、彼らはそもそも魚を食べるのだろうか。
そして、どうしてジュカインやジュプトルがいない?
ひょろろろろー
相方がまた鳴いた。彼が言いたいのはキモリ達のことではないらしい。
私はもう一度、木の幹を見る。
黒く染まり、枝も葉っぱも焼け落ちた大木だ。この森で一番大きな木だったのかもしれない。
じっくりと木を見る。
「これは、」
残った幹の根に、緑の双葉が生えていた。
この木の子どもだろうか。寄り添うように生えている。害がないことをキモリに伝える。
私は緑の前で膝をついた。トロピウスが降りて来る。それを見て、キモリ達もやって来た。
キモリはこの子を守っているのだ。
いつ生えたのかは分からない。でも、この子は生きている。
木は樹になって、キモリはジュカインになる。
樹は種を作り、ジュカインはキモリを産む。
やがてそれは森になる。
森は生きている。
それをキモリ達は教えてくれている。
『跋渉』おわり
お題:樹
【描いてもいいのよ】【書いてもいいのよ】