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  [No.1900] 陰から覗く日向 投稿者:銀波オルカ   投稿日:2011/09/22(Thu) 21:37:38   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
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 私の腕を木の枝がかすり、手を木の葉が切り裂いていく。
 ――気にした事ではない。もうすでに、私は体中傷だらけなのだから。



 これまでに、何度かポケモンハンターに追われた経験はあった。自分が比較的珍しい種族であると自覚していたし、なにより普段からハンターではなくとも追われる事は多かった。トレーナー、そのポケモン、野生のポケモン。そしてその原因が自分の能力――“ナイトメア”という、私達ダークライのみが持つ特性にある事も知っていた。
 この特性のせいで、一ケ所に長く留まることもできない。各地を転々とし、時には追われ、生きてきた。

 すさまじい恐怖感から逃れたくて、ただひたすらに森を突き進む。追ってきてはいないだろうか? 体力の限界が来れば、もういつ動けなくなってもおかしくない。できるだけ遠くへ。受けた傷の痛みと、疲れからのだるさ、眠気で、少しずつスピードが落ちているような気がしてくる。ふと、恐ろしさが心に触れてまたスピードを上げる。……何度繰り返しただろうか?

『ゼイ……ハアッ』

 息が苦しい。どこかで休みたい。
 今回の相手はどうやら、最初から私を捕まえるために追ってきたようで、手持ちのポケモンやその本人もまた、相当な熟練だった。つけられていた事自体、迂闊だったのだろう。不意に襲われ、ぎりぎりのところで撒いてきたが、ダメージが半端でない。

 身体に降りかかる陽の光を感じ、急停止する。上を向くと、木の葉が無く、昼間の青空が見えた。森の中のちょっとした空き地に出たのだ。そこには長い下草も無く、木が一本生えているのみ。反射的にその木に寄りかかる、というよりも身体が言う事をそこまで聞かず、根元に倒れこんだとする方が正しい。しばらくたったらまた逃げなければいけないだろう。だが、ずっとこうしていたいという思いが心の片隅にあるほど、自分が疲れきっているのを感じた。

 どれくらいそうしていただろうか。もしかしたら、少し寝てしまったりもしたのかもしれない。
 目の前の草むらから聞こえる物音で、私は現実に引き戻された。刺すような恐怖感に襲われ、無意識に身体が震えてしまう。攻撃してこない相手であることを祈るしかない。この状態で攻撃などされたら、まず勝ち目などあるわけないのだから。動こうとしたが、無駄だった。力を入れても、鈍い痛みが身体のあちこちに響くだけ。もう本当に動けなくなってしまったのだ。頭の中が痺れたように真っ白になった。草むらが揺れる音は確実に近づいてくる。そして、ついに目の前の草むらが揺れ、現れたのは――
 一匹の、ロトムだった。

『――ッ!』

 頭が痺れたようになって、全身に緊張が走る。ポケモンなら、選択肢は二つ。襲い掛かってくるか、私に恐れをなして逃げるか。そのロトムは私に気付き、驚いた顔になった。

(え……キミ、大丈夫? 傷だらけだよ!?)
『……?』

 今、彼は何と言った? 

(待ってて、ナツキを連れてくるから!!)

 そう言うとロトムはあわてた様子で、今出てきた草むらにまた飛び込んでいった……。
 身を心配する言葉をかけてもらった事など、今の今まで一度もない。彼は……私の特性を、種族を、知らないのか?もしかしたら、これは私が浅く眠って見ている、夢なのではないだろうか?それとも、ただ逃げるための嘘だったのか。
 さまざまな考えが、頭の中を駆け巡った。

 突然の足音が、自分が考え忘れている事を気付かせる。“ナツキ”というのは、人名なのか? さっきのロトムは、トレーナーの手持ちなのだろうか。トレーナーによっては、私を殺す指示を手持ちに出す事もありうる。

「……本当に、こっち?」
(こっちだよ!!)

 少女の声だろうか。女のやや高い声と、さっきのロトムの声。おそらく、ロトムがその女性を案内しているのだろう。
 目の前の草むらから現れたのは、ロトムと、日に焼けた少女。薄めの茶髪の髪が、頭のてっぺん近くで短く一つに束ねてある。年は十、十一くらいだろうか。少女は私を見ると何も言わずにかがみこんで、倒れている私を見下ろすような姿勢をとると、手を伸ばした。すっ、と突然腕を取られ、身体がびくっと反応する。が、気にも留めない様子で私の傷だらけの腕を持ち見つめながら、彼女は肩を動かし背負っていたリュックサックを地面に下ろす。隣のロトムが、赤い十字の印の付いた白い箱を中から取り出した。

「えーと、消毒液と包帯とって」

 少女が言った言葉はそれだけ。ロトムからそれらを渡されると、あっという間に私の両腕を消毒した後包帯でくるくると巻き、必要な事をてきぱきと全てやってしまった。
 手当てが終わるころには、もう殺されるとか、そんな警戒心は持っていなかった。――私の特性を知られるまでではあるが。どうやらこの少女たちは、ダークライという種族を本当に知らないようなのだ。まあ、彼女のおかげで助かったのは事実。礼は言っておくべきだろう。少女はうーん、と曲げていた膝に手を当て、伸ばした。

「もう大丈夫だよ。あ、私ね、ナツキっていうの」

 にっこりと微笑む少女。

『すまない、手当てまでしてもらって』
「あれ、日本語話せるんだ? 珍しいね」

 私の言葉は、人間に通じる。まあ、話し相手になる人間は、これまで会ったことは無かった。

「ま、ダークライ自体珍しいからかなー」

 ナツキは笑顔のまま言ったが、私は身体が硬直する思いだった。周囲の空気が、凍りついたような気がする。彼女は、私の種族を知っている……? なら、特性は……? 無意識のうちに身体に力が入り、腕につきん、と痛みが走る。

「あ、動いちゃ駄目!! ……ちょっと、いいかな」

 驚く私に対して、ナツキはさっきのようにもう一度かがみこんだ。

「あなたの特性も知ってるよ。でも、私は知ってて助けたんだよ? いまさら襲う必要なんて無いじゃない」
『…………』

 確かに彼女が言う事は、考えれば普通の事。だが――
 本当のことを言うと、信じられなかった。というよりも、信じたくなかった。裏切られたくなかった。彼女は、私の特性を知っている。知っていても、私に手当てをしてくれた。……なら、一緒にいたとして、本当に悪夢を見せてしまったら、彼女はどうするだろうか……。悲しい事に、私が生きてきたのは、信じるということを許されなかった、暗い陰の中の世界。

「ハンターに襲われたんでしょ? その傷、治るまで一緒にいてあげるよ。ポケモンセンターには行きたくないでしょ、人の沢山居る所には」

 確かに、人目に付く所には行きたくない。しかし、それよりもこの彼女自身が一番心配だった。私に初めて、優しく接してくれた少女が。
 まだ浮かない表情をしているであろう私に、ナツキはもう一つ言った。

「私ね、ホウエン地方から、旅をしてるんだけど」

 ホウエン地方。ここから遠く、南にあるという一年中緑が絶えない場所であると聞いたことがある。彼女は、そこからはるばるこのシンオウまで旅をして来たと言うのだ。

「あなたを、連れて行きたい所があるんだ」
『連れて行きたい、所…?』

 つい、私は好奇心に負けてしまったのだった。



 周囲は森だった。

「見つけたぞ」

 ハッと振り向くと、無精髭を生やした男。何かバイクのような、変わった形の乗り物に乗っている。

「数ヶ月、追ってきた甲斐があったなぁ。まあそれだけの価値があるだろ。捕獲、しくじるなよ」

 男は、手に取ったボールから、数匹のポケモンを繰り出す。……価値? 捕獲? ふざけるな。身の自由を奪われるなんて、どんな形でもごめんだ。両手からダークホールを繰り出す……が、瞬時に相手の技に相殺される。逃げるしかないと確信し、振り返るとそこはもう森ではなかった。無機質な壁に囲まれ直線に伸びた、暗い道。この道を逃げろと、直感が告げた。
 後ろから幾つもの技が飛んでくる。直前で避けたりもしたが、背中に命中する。腕をかすっていく。しかし私は止まらなかった。進むうちに光――出口らしきものが見えてくる。しかしその直後、すさまじい電撃が私の動きを止めた。身体が重力に逆らえきれなくなった私は、なすすべもなく墜落した。後ろから飛んでくるのは、私の意識を無くすための最後の一撃。



 がばっと、文字通り飛び起きた。
 心臓が落ち着いてから、記憶をゆっくりとたどる。――ここはナツキの張ったテントの中だ。昨日、あの空き地にナツキはテントを張って、そこで野宿をしていたのだ。記憶が戻るにつれ、冷えた身体が徐々に温まっていくような感覚だった。悪夢を見せるもの自身が悪夢にうなされるとは。少し自嘲的な笑みが漏れる。
 外は薄明るい。ナツキは隣でまだ寝ている。その顔はうなされているような顔でも、なんでもない寝顔だった。ナイトメアは、はたらいていないのか? まあ、考えるのは後でもいいと思った。眠気もあの夢のせいで覚めてしまったので、外に出てみることにする。

 外に出て、少しの間動けなくなった。まず目に入ったのは、黄金色の光。眩しいが、でも昼間の太陽よりは弱い、日の出の初々しいような光。空は淡い水色。入道雲は、朝焼けの光で朱鷺色に染まっていた。……なんとなく、その透き通った風景に見入ってしまっていた。

(ふあぁ……ダークライって早起きなのねー)

 隣にいたのはメスのアブソル。ナツキの手持ちの一匹だと、昨日紹介された。空に見入っていて、喋られるまで気付かなかった。なんとも眠そうな様子。なんというか、緊張感がまるで無い。悪夢にうなされて起きてしまった、と答えるのも流石にどうかと思ったので、いつもこうなんだ、と答えておく。

(ねえ、ダークライって空を見るのが好きなの?)
『いや……今日はたまたま綺麗だったからな』

 いつも、景色を眺める事などめったに無い。というよりも、気にする事が無かった。自分でも、今朝の空の色に惹かれたのは不思議だと思う。しばらく黙って、二人で空をそのまま見つめていた。

(幸せな時の風景って、綺麗に見えると思わない?)

 アブソルは、ぽつっと呟いた。その目は、何を思っているのか遠い風景を見ている目だった。
 彼女の言葉が合っているのなら、私は今、幸せを感じてでもいるのか。その感覚自体、馴染みが無い。むしろ違和感さえ覚えるかも知れない。

(そういえばさ、ダークライって悪夢をみせるんだよね?)

 不意にアブソルが聞いてくる。私の心の内を思ったのか、別に私は見なかったよ、と付け足す。

『お前は、災いを感じ取るんだろう?』
(そうだよ)

 アブソルという種族は、耳にしたことがある。なんでも、姿を現すと災いが起きるというので、人間に毛嫌いされているというのだ。

(私はこの能力のせいで、両親を殺されたの。最近はまだ、人間もそれほどでも無くなってきたんだけどね)

 この、親しみやすいような、緊張感の無い喋り方と性格のアブソルが、過去にそんな目に遭っていたとはとても信じがたかった。彼女の気持ちを思うと、まともに表情を見ることができない。

(あなたの方も、けっこう酷い話じゃない? 悪気は無いのに、防衛手段として身についた能力で、人に悪夢を見せては嫌われるなんてさ)

 アブソルは、似たような境遇にいる私を理解してくれている。本当のことを言えば、アブソルという種族は人間には嫌われても、ポケモン達から見ればそうでもないのだろう。災いをいち早く感じ取り、身の危険を知らせてくれる存在なのだから。そのことはアブソルは口にしなかった。私も、正直そんな事は本当にどうでもよかった。人に忌み嫌われ、辛い思いをしてきた事はどっちにせよ、同じなのだから。なら、彼女も、私も一番信頼している人間の……

『ナツキとは、どういう風に出会ったんだ?』

 アブソルは、うーんと唸って、何か悩んでいるようなそぶりを少し見せた。

(出会った……っていうと、なんというか、幼馴染なのよね)

 ナツキが生まれたのは、ホウエン地方の、山奥の村。古い習慣が残るそこで暮らしていた彼女は、早くに両親を亡くし、親戚に助けられながら暮らしていた。幼いころから山に入っては、ポケモン達と遊んでいるうちに友達になったのが子供のアブソル。当時の彼女は、村のおきてなど知るよしも無かった。……アブソルは、退治しなければならない。災いを呼ぶのだから。おきてを知ってからは、彼女にとってアブソルは“秘密の親友”。幼いころのナツキとアブソルは、こういう関係だったらしい。

(私たちが村を出たのはね……)

 ナツキが九歳のときの事。人前に出て吼えれば、即座に鉄砲で撃ち殺されてしまうアブソルの一族は、もうこの一帯にはほとんど残っていなかった。唯一の生き残りであった、彼女の友達、そしてその両親のアブソル。
 ある日、その両親は災害を感じた。――この一帯に雨が降り続き、大規模な土砂崩れ、酷ければ山崩れが起きる。
 しかし、人前に出れば自分たちはすぐ殺されてしまう。せめて、娘だけでも生かしたい。そう思ったその両親は、子供を彼女に託した。アブソルを見ても人々が撃ち殺したりしない遠い所へ、連れて行ってほしいと。
 彼女は、故郷を捨てて、アブソルと一緒に逃げ出した。もともと、父母もいない。親戚からは、年頃になれば嫁に出されて、用済み。大きくなるにつれて、辛い現実も分かるようになっていた。どこか広いところへ行きたかった。そう、ナツキはアブソルに語ったのだ。
 土砂降りの雨が降りしきる中、村に背を向けたアブソルとナツキが最後に聞いたのは、両親の遠吠えと、二発の銃声。



 話を聞くと、想像していた以上に酷い過去だった。そんな古い習慣を持つ村が、まだあるのか。ただ、話を聞くと、気になるところがある。

『ナツキは、お前の言葉が分かったのか?』

(伊達に幼馴染やってるわけじゃないもん、気持ちはちゃんと通じるよ。もちろん今もね)

 友情で、相手の心が分かる。なんという羨ましい関係だろう? 出会った相手に心が通じた事など無かった私は、そう思ってしまった。いくら言葉が人間に通じても、である。

『……友情、か』
(大丈夫、ダークライにもきっと分かるよ)

 笑顔のアブソルは、確信した口調で私に言った。

「ふあ……おはよー。あれ? アブソルとダークライ早いねー」

 テントからナツキと、ロトム、そしてジュゴンが出てきた。このジュゴンも、彼女の手持ちのようだ。ポケモンと飼い主……もといトレーナーは似る、とはこういうことだろうか。彼女と、さっきのアブソルの仕草がそっくりで、私は笑ってしまった。

「……何笑ってるのよぉ」

 ナツキもポケモンも、みんな笑い出した。“笑う”という事自体、ずいぶん久しぶりな気がする。心が暖かい。彼女らといると、陽の光に当たっているように心が暖かくなっているのが分かる。
 朝日はすでに昇りきって、辺りは明るくなっていた。



 テントを片付け、簡単に朝食を食べた後、少し歩くと小さな町に出た。アブソル達は、もちろんボールの中。私はどうしたかというと、ナツキの足元の影に隠れた。雑踏の中を、ナツキは進んでいく。どうも人ごみの中を進むのは苦手なようで、町のポケモンセンターに着くころには、彼女はフラフラになっていた。とりあえず今夜の宿、センターの個室を借り、ベッドにぼふんと倒れこむナツキ。個室は小ぢんまりとした、ベッドと机と椅子がある程度の一人部屋だった。

「暑苦しいし……疲れたぁ……眠…い」

 それだけ途切れ途切れに呟くと、すぐに寝息を立て始めた。長く旅をしているだけあって、いつでもどこでも眠ることができるようだ。そのままにしておいてやることにする。その時私は気付いていなかったが、やはり彼女はうなされていなかったのだ。
 彼女の腰のボールから突然、音を立てて光と共にポケモン達が全員出てきた。それでもナツキは目を覚まさない。

(ボールの中よりもやっぱ外の方がいいわ)
(まあ、あの人ごみだったし……いくら私達外にいるのが好きっていっても、しょうがないと思う)

 ナツキは普段、あまりポケモン達をボールに入れることはしないらしい。その彼女が寝ている時に、彼らに聞きたいことがあった。

『ナツキが私を連れて行きたい所があると言っていたんだが、知っているか?』

 彼らはお互いに顔を見合わせた後、私を見て言った。

(知ってるよ)
(でも、私達からは言えないわ)
(ダークライもきっと気に入るよ。素敵な所だもん)
『素敵な所……』

 呟くと、ニッコリした顔でアブソルはうんと頷く。

(その時までの、お楽しみにしといて!)



 ナツキの横顔に、目を落とす。
 ――何故、お前は私のことを助けてくれたんだ?

 その問いかけは声になる事も無く、私の心の中にとどまった。まだ彼女に聞いていないこと、聞きたいことが沢山ある。何か彼女の中に、訳がある気がした。それこそ単なる同情などではなく、もっと深い、それこそ私が長く味わったような深い闇を。…罪、という言葉が自然に浮かんだ。
 その考えを私は振り払った。今まで見た彼女の表情が浮かんだとき、暗い顔をした表情は無かったからだ。知らないだけかもしれない。が、やはり暗い顔のナツキは思い浮かべる事ができなかった。彼女には、明るい顔が一番似合う。単に自分が疑い深いだけだろう。
 そう自分に言い聞かせても。伸びをしたナツキが目覚めるまで、私は物思いから覚める事ができなかった。



 町に少し出て昼食を食べてから、ポケモンセンターに戻ってきた。
 センター内のレストランで夕食を食べた後、私達は部屋に戻り、ゆったりとくつろいでいた。私以外のポケモン達は、もうボールの中で眠っている。昼間、気になった思いを素直にナツキに聞いてみた。……一瞬彼女の顔に陰がかかったような気がして、少しどきっとした。

「私がね、ずっと昔、村で暮らしていた時の話なんだけど…」

 するとナツキは、自分の生い立ちを突然語り始めたのだ。アブソルからも聞いた、あの話を。

「アブソルと仲良くしてたのね。ずっと秘密の友達でいるはずだった。なのに、バレちゃったの。私が、災いを呼ぶポケモンといつも遊んでるってことが」

 ……秘密の友達という関係は、外にばれてしまったのか。
 災いポケモンと、遊ぶ子供。同じ世代の子供達の目には、どう映るか?
 ――「あのおねえちゃん、ポケモンなんでしょ?」と指を差される幼いナツキが、容易に想像できた。


『――お前は、本当に人間か?』

『この辺りに、まだアブソルが残っていたのか!』

『どうして言わなかったんだ! まさかお前も、災いを呼ぶんじゃないだろうな!!』


 いつの間にか私は、数人の大人に囲まれていた。唾を飛ばすほどの大声で、私を罵っている。
 …違う、罵られているのは、私の足元にいるナツキだ。ずいぶんと容姿が幼い。でも、一目で彼女だと分かる。これは、ナツキの記憶なのだ。私のナイトメアが、彼女の記憶を映し出しているのか。あるいは、私自身が夢を見ているのだろうか。夢にしては、随分とはっきりしている気もするが。
 私の足元にいるナツキとは別に、今のナツキは私の一メートルほどの所にへたり込んで、顔を手で覆っていた。

「私がばらさなければ、アブソルのお父さんとお母さんは……っ」

 “ばらした”のは、彼女自身なのか!?

「死なずに済んだかもしれないのに……!」

 泣きながら言うナツキ。……体が、今にも消えてしまいそうに透明になっている。今まで見たどの表情とも違う彼女に、驚くしかなかった。普段は、あんなに明るい顔で笑っているというのに。私自身はというと、頭が混乱するばかりだった。

『でも、彼らが撃ち殺されたのは、災いを知らせるために人前に出たからじゃないのか?』

 アブソルから聞いた話では、そうだったはずなのだ。

「それもあるけど、違う。それより前に、私がアブソルが生き残ってるって事を、言っちゃったから。一番の友達だった、幼馴染に」

 ナツキは、手で涙を拭いながら答えた。すると突然、場面が変わった。どうやら、彼女の意思によって風景が変わるようだ。
 幼いナツキと、隣を歩くもう一人の女の子。その女の子が、幼いナツキにたずねた。

『ねえ、なっちゃんさぁ、いつも山に行ってるよね、何してるの?』
『友達とね、遊んでるの』
『山に友達がいるの…?』

 その女の子は、いぶかしげな顔になった。

『うん。これね、他の人には秘密だよ。…私の友達はね、アブソルなんだ』
『アブソル!?』

 ナツキの、恐々といった感じの返答に、文字通り飛び上がる幼馴染。

『でもね、全然怖くないよ。優しいもん』
『そうなんだぁ…。分かった、言わないよ。約束する』

 ほっとする笑顔を見せながら、指きりげんまんをするナツキ。…これか。
 “裏切られたこと”それ自体、彼女には信じ難い事実であっただろう。それに、自分自身が親友を“知らせて”しまったこと……。

『こいつに知らされたんだな、お前の友達がアブソルだと』
「そう……裏切られてたの、最初から」
『最初から?』
「その子の親はその子に、私に近づくように言って、私のことを探ろうとしていたの。両親のいない、ポケモンの子のことを。アブソルがまだ生き残っている事を大人達に知られて、結局アブソルのお母さん達は撃ち殺されるしかなかった」

 ……やはり、彼女は暗い影を感じたことがあったのだ。それも、私よりもっと酷いかもしれないほどの。だから、私の心も理解してくれた。そして、今だ消える事のない、裏切られた憤り、罪悪感……。
 思わずナツキに近寄り、肩を掴んだ。透き通って消えてしまいそうな体だが、触れることができて多少安心した。

『でも、アブソルの母親達が助けられなくても、ナツキは私を助けただろう!?』

 私の目からも、涙がこぼれていたかもしれない。
 はっとした様に、ナツキは顔を上げ、そして、涙で顔を濡らしたまま、微笑んだ。

「…ありがとう」



 気が付くと、床に寝ていた。窓から差し込んでくるのは、朝日。……夢、だったのか?
 起き上がると、ナツキはすでに起きていて、髪をとかしている最中だった。目を合わせると、いつものような笑顔になった。

「おはよっ」

 昨夜の出来事は、やはり現実だったのだ。微笑む彼女を見て、直感だが、でもそう確信した。
 ナツキは笑顔のまま、私に言った。

「なんかね、報われた気がするんだ……ダークライのおかげだよ。ありがとう」

 あの夢(だったのだろうか)の中のように、もう一度言われた。
 身支度を整えた後、ナツキはセンターの個室を出て、目的地へ出発するよと言ったのだった。



 薄暗い雑木林を、無言で進んでいくナツキ。私は後に続く。細々とした、人が二人ほど並んで歩けそうなほどの道をゆっくりと。時折、ナツキの足元の落ち葉や枝がパチパチと音を立てた。それ以外の音は聞こえない。鳥ポケモンのはばたきや、何か別の気配を感じたりもする。が、何故かその音さえも沈黙を深くしているように思った。
 その沈黙が、これから何かが起こるであろう事を示しているようで、なんとなく胸騒ぎがした。私の心を感じたのか、ボールから勝手にあの三匹が飛び出した。ナツキは、もうすぐだもんね、と言っただけ。
 気が付けば、小道の先に見えているのは、白い光の差し込む出口。

(ダークライ先に行けば?)

 アブソルにうなずき、ナツキを追い抜いた。白い光が、身体に近づいてくる。雑木林の出口の向こう――



 やっと、出られる。



『……! ここは……』


 ――そこは、一面の向日葵畑。

 背の高い、向日葵が咲き乱れているのだった。
 一面の黄色は、陽の光でまるで黄金に輝いているようにも見えた。暗い林を抜けてきたせいで、眩しくも感じる。それほどの黄色。

『ナツキ! ……?』

 目を疑った。疑わざるをえなかった。

 私がナツキ達の方を振り向いたとき、ナツキと、アブソル、ロトム、ジュゴンの身体は――透き通っていた。ナツキが、夢の中で泣いていた時のように。身体の向こうに、今さっき進んできた林の木々が見えているのだ。
 彼女が地面を蹴ると、その身体はふわっと、まるで重力を感じていないかのように“浮き上がった”。

「黙ってて、ごめん」

 宙に浮くナツキが、語りかける。向こうに透けているのは、夏の青空と、入道雲。彼女の身体を通して見ているのに、いつかの朝焼けのように鮮明に、美しく見えた。きっと今私は、驚きで目を見開いた表情のままに違いない。

「私はね、今から二十年前死んでるの。それから、姿かたちは変わってない」

 今の彼女を見れば、一目で人間ではない何かであることが分かる。が、目の前の光景を見ても、その自分が見ている事の理解に苦しんだ。ただこれで、一つ納得がいくことがある。私のナイトメアがナツキ達に効かなかった理由だ。彼女達は、すでに生きてはいなかったのだ。だから、夢も見なかった。そう考えれば、説明が付く。死んだのが……二十年前。アブソルが古い風習で狩られていたのは、そのもう少し前になる。

『おまえは……幽霊なのか?』

 ナツキは浮いたままクスクスと笑う。

「この世に未練があった訳じゃないよっ。私達はね、“向日葵前線”なんだ」
『向日葵前線?』
「毎年夏になると、南から北へ上っていって、向日葵を運ぶんだ。南風を引き連れて、ね」

 南から北へ、というあの言葉。あれは、ナツキの生前の旅と、向日葵前線、二つの意味があったのか。

(今年は、ちょっと遅れ気味になっちゃったかな? 普段はけっこう飛んだりするんだけど)

 隣で同じように透き通ったロトムが言う。

「ううん、異常無し、だから大丈夫」

 しかし、何故ナツキが?

「それが、今でも分からないの。でもね、何でなっちゃったのかも分からないけど、別に後悔なんてしてないよ」
『後悔してない、か……』
「だって、ダークライみたいな、素敵ポケモンとたくさん出会えたもんね」

 周りのポケモンたちが、笑顔で頷く。

『……罪滅ぼしだと』
「?」
『罪滅ぼしだと思えば、楽じゃないか? 他人を悲しませた分だけ、他人を喜ばす向日葵を運ぶんだと思えば』

 少し言葉に戸惑ったが、言わずにはいられない何かがあった。

「ダークライって、本当に優しいよね」

 ナツキは目の前に降りて来ると、私の手を握った。もう透明な、すかすかした手で。彼女を見上げると、その身体の色が、徐々に薄くなっていた。シンオウは、北の地。彼女達の旅もここまで、ということなのだろう。

『……またいつか、会えるか?』
「大丈夫、約束する。あ、私の“ナツキ”って名前はね“夏希”――夏の奇跡って書くんだ」

 その言葉を最後に、握っていた手が、身体が――彼女達はふっと、わずかな光を残して消えてしまった。
 奇跡を、信じたい。またいつか、彼女達と出会える奇跡を……。ポタッと、自分の腕にしずくが落ちる。初めて、自分が泣いていたことに気付いた。



 風に揺れる向日葵畑を眺める。黄金に輝く、向日葵畑。陽の光の下へは出られぬ私。出口へ連れ出してくれたのは、向日葵前線ことナツキ。彼女もまた、暗い陰の中から出る事を望んでいたのだ。

『日陰の中からだとさぁ、日向って明るく、綺麗に見えるよね』

 ナツキの言葉が、頭の中に響いた気がした。
 そう。でも、陰の中から見る景色はただ見ているより、その場に行った方がずっといいのだ。冷たい陰より、暖かい日向がいい。夏の日差しのように暑くとも、向日葵のように堂々と花開けばいいのだ。明るいということは、とてもありがたいものなのだから。








 向日葵の花言葉を知ることになったのは、それから随分後だった。

 ――『あこがれ』



――――
はい、無茶振りを受けてからどれだけ経ったでしょうか。11111字完成です。流月さん本当にお待たせしました。

・紀成様から『向日葵前線』を書かせていただく許可をとったのに、もう九月終わるよー
・中二病バリバリダーどころの話じゃないと思う

実は、「明るい少女とダークライ」の構図は、ポケモンの小説を読んで間もない頃の小四くらいの時の私が、一番初めに考えた自分の小説の構図でもあるのですw。超大幅に改造して、やっとここに投稿できました!レベルとかはまあともかく。好きに書かせていただき、流月さん本当にありがとうございました。


【書いてもいいのよ】 【描いてもいいのよ】 【どうか感想をください】


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