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  [No.2079] 最終列車に揺られて 投稿者:紀成   投稿日:2011/11/20(Sun) 09:58:48   33clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:TEST1】 【TEST2】 【TEST3】 【TEST4】 【TEST5

車両は揺れていた。
ミドリは目を覚ました。ぼやけていた世界が、だんだんと鮮明になっていく。自分の隣にも前にも人間はいない。ただ、腰につけた二つのボールから彼らが不安げに自分を見ているのが分かった。
頬に何か違和感を感じて、思わず右手を頬に当てた。温い、ぬるっとした感覚が手を襲う。触れた手を見てみれば、濡れていた。
「……」
ああ、私は泣いていたのかと今更のように気付き、そして自嘲する。右手を両目に覆い、クックッと笑う。主人の只ならぬ雰囲気に、二つのボールがカタカタと揺れた。
立ち上がり、窓の側に立った。ガラスの向こうに月明かりに照らされた海が見えた。数時間前までの記憶を穿り返す。学校が終わり、最寄り駅まで行ったところで何故かあの人のことを思い出した。本人とすれ違ったわけでも、よく似た背格好を見たわけでもない。ただ、パスをチャージしようとして財布を取り出したところで――
自分でも何をしているのか分からないまま、ミドリは自宅とは反対方向の列車に乗っていた。大都会、ライモンとは反対のドが付く田舎へ向かう列車に。そこは役目を終えて眠る列車達が展示されていて、マニアの間では名が知られた場所になっている。
一度も行ったことのない、場所。そこに行くために乗ったわけではない。誰もいない列車に乗ること自体が目的だったのかもしれない。
そう。貴方と、私だけしかいない空間を、もう一度――


「……完全に寝過ごした」
カオリの冷たい声が車内に響いた。聞いている者は隣に座るミドリしかいない。彼女の声は透き通っていて、どんな喧騒の中でも絶対に聞き分けられる……ような気がする。
「みたいですね」
「何で二人とも起きなかったんだろうね」
「さあ」
後悔先に立たず。カオリは諦めたように立ち上がり、ドア付近へと向かった。遠くにネオンが見える。最寄り駅はとっくに過ぎてしまったようだ。
「現在21時56分……この列車が向かう駅に折り返しなんてあるかな」
「明日は休日ですから、何とかなるんじゃないですか?」
「下手したら鉄道員の宿舎に一晩泊めてもらうことに」
気まずい沈黙が二人の間に流れる。破ったのはミドリだった。
「流石にそれはないんじゃ」
「そう願いたいね」
話が進まない。元々カオリは何を考えているのか分からない人で、趣味やその他諸々のことを全く表に出さなかった。おそらく一番親しい仲であろうミドリでさえも、全てを知っているわけではない。
「ミドリ」
「なんですか」
「君は彼氏作らないの」
「へっ」
突拍子も無い質問にミドリの声が裏返った。そんなことお構いなしにカオリは続ける。
「昨日うちのクラスの男子が世話になったそうだから」
「あー……えーと」
「その様子だと断ったみたいだね」
カオリの言う通りだ。昨日の放課後、校舎裏に呼び出された。相手は二つほど離れた学年の男子。ミドリは中二なので、あちらは高一となる。
案の定、彼は告白をしてきた。だがミドリは丁寧にそれを断った。
「私、もっと年上の男の人がタイプなんですよね……」
「高一なんてまだまだ子供、か」
「あ、いえ、先輩は大人っぽいと」
「いいんだよ。その通りなんだから」
話をしながらも、カオリはミドリの方を一度も見ようとはしなかった。しきりに窓に映る自分の姿を撫でている。いや、自分の姿を撫でているのではない。もっと、もっと別の何かに焦がれているように思えた。


ミドリは列車を降りた。寒い。ライモンシティより数度低いようだ。思わず体を抱く。
空は曇っていて、星ひとつ見えない。あと数週間したらここらへんでは雪が降るかもしれない。
駅構内のスピーカーから、割れた音声が聞こえてくる。
『本日の上り電車は――』
割れすぎていて何を言っているのかすら聞き取れなかった。鉄のベンチに座る。スカートは短いが、タイツを穿いているためそこまで冷たくは無い。
「寒い……」
手に息を吹きかければ、白い毛糸となって空へ上っていく。灯りが少なすぎる。ライモンが明るいだけなのか。
パートナーであるジャローダが心配そうに見つめてくるが、今この状況で彼を出せば彼が凍ってしまうだろう。草タイプの彼は寒さに滅法弱い。
「これからどうしよう」
そう考えていると、どこからともなく靴の音が聞こえてきた。コツコツ、コツコツと。ブーツのヒールだろうか。だんだんこちらに近づいてくる。思わず立ち上がり身構えた。
だがその主はミドリの視界に入る前に立ち止まってしまった。切れかけた電灯の下のため、顔が分からない。女性だろうか。長い髪が風に靡いている。
茶色のトレンチコートに、黒いブーツ。表情は分からない。光の当たる場所にいる自分と、暗い影の中にいる相手。それが何故か特別な意味を持つように感じられた。
「……」
相手はしばらく黙っていたが、不意に背を向けた。コートの裾を翻し、そのまま闇の中へ消えていく。と同時に、反対側から別の靴音が聞こえてきた。今度の相手はミドリの視界に入って来た。黒と白のシルエット。見覚えのある顔。二人ともそっくりだ。
「ミドリ様……こんな時間にこんな場所で何をなさっているのですか」
「ノボリさん、クダリさん」
ギアステーションに属するバトル施設、バトルサブウェイの車掌、ノボリとクダリ。よく挑戦しに行くため、二人とは顔見知りだ。
「帰る電車間違えちゃって」
「しかし、それならば途中で引き返すこともできたでしょうに」
「……」
空から何か降って来た。白くはない、透明。だがそれは少しずつ増えていき、容赦なくミドリの髪と手に降りかかる。
霙だ。
「何故でしょうね」
「ともかくここは冷えます。もうじきライモン行きの最終列車が来ますから」
「ええ」
目の前に停まる列車は、まだ赤々と灯がついている。


ファントムは駅を出た。彼女の周りだけ、霙が落ちてこない。冷たい風が髪を広げていく。
もう一度光に照らされた駅を見つめると、彼女は再び歩き出した。
光も届かない、暗い闇夜の中へ。


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