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  [No.2112] 鳩をどけずに、カメラを回した 投稿者:紀成   投稿日:2011/12/14(Wed) 17:30:59   85clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:TEST1】 【TEST2】 【TEST3】 【TEST4】 【TEST5

「ねえ、あなた。もうじき忘年会の季節ですけど、飲み会などはあまり行かないでくださいね」
……。
「あなた?」


親父が倒れたと聞いたのは、寒波が押し寄せて大雪が降った、十二月下旬のことだった。朝食を食べながら新聞を読んでいた時に発作を起こして倒れたらしい。すぐに救急車を呼び、入院となった。
『一刻を許さない状態です。いざという時の覚悟も……しておいてください』
俺はひとまず妻と子を置いて一人でやってきた。お袋の顔は疲れていた。病室の中で親父は目をつむり、配線につながれたまま動かない。あの豪快な親父が、ひどく弱弱しく見えた。
「親父、ずっと元気だったよな。怪我も病気もしない、元気そのもの」
「ええ…… この際だから貴方にも話しておこうかしら」
「え?」
そう言ってお袋は話し始めた。それは、嘘なのか本当なのか区別できない、不思議な話だった――

お袋が親父と出会ったのは、仕事場で。新入社員だったお袋を親父が色々カバーしてくれたことがきっかけだったらしい。親父は上司と言っても一つ二つ上のやり手。昼ドラにあるような変な物じゃなかった。
やがて二人は付き合い始め、休日は映画に行ったり食事に出かけるようになった。不思議なことに、親父はお袋と会う時いつもカメラを持っていたらしい。
それもデジタルカメラじゃない、フィルムで撮るタイプの旧型カメラ。
後で知ったことだが、親父の親父…… つまり俺の爺さんはカメラ集めが趣味だったという。戦争中も軍にばれないように家の地下に集めた外国製のカメラを大切に保存していたそうだ。
その常に提げていたカメラは、爺さんが親父に残した唯一の形見だったらしい。だが常に持っている理由はそれだけじゃなかった。不思議そうにするお袋に、親父は苦笑して言った。

『俺限定なんだけどな』

なんと、親父がレンズを覗くとそこに必ずピジョンがいるという。

『始めはね、信じられなかったのよ。冗談が苦手で上司にギャグを言われて機嫌を悪くしないように返す方法を必死で考えるような人だったから。……でも、あまりにも必死で言うものだから、疑うこと自体が馬鹿らしくなってきちゃって』
親父が言うには、それは自分がまだ新入社員だった頃に見えるようになったという。最初は仕事場の環境に疲れてノイローゼになっているのかと思ったが、休日にリフレッシュしても見える。何しろ綺麗な場所に行って、さあ写真を撮ろうとレンズを覗けば必ずピジョンがこちらを見ている具合だ。
友人に頼んで覗いてもらっても、何も見えない。普通に写真が撮れる。他の人もそうだった。何故自分だけ……
そう考えていた矢先、学校の同窓会があり学生時代の友人と酒を飲んだ。その中の話題で、学生時代憧れていた物が今では全くの虚無に見える、ということがあった。
『その時思ったんだ。どんなに足掻いても歳は必ず取る。大人になりたくなくても、最後にはなってしまう。時間の流れという振り切れない、避けることが出来ない物――
それが、俺の見ているピジョンの正体なんじゃないかってさ』
だから、その時決めたという。避けて通れることが出来る物、出来ない物。無理に避ける必要なんてない。
自分という人生のカメラに、置いてやろうじゃないか。
そう――

『鳩はどけずに、カメラを回せ』


「……それで?」
「それで?私が聞いたのは、そこまでよ。その後すぐに貴方が産まれて、育児で大変だったからねえ。
そんな話を蒸し返す暇なんてなかったわあ」
俺はお袋を見た。老眼鏡と、ほとんど白髪になってしまった髪の毛。皺だらけの顔。目は俺が子供の時より優しくなったか……

それから二時間。すこし落ち着いたということで、俺は病室に入ることを許された。外は真っ暗だ。街灯に照らされた牡丹雪がモンメンのように見える。
ドアノブが冷たい。俺はドアを開けた。そして見た。

何十匹ものピジョンが、親父の周りに集まっているのを。

いやにでかいピジョン、向日葵を咥えているピジョン、床をつついているピジョン、眼鏡をかけたピジョン。
ピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョンピジョン――
カシャン、という音と共にスタンドに置いてあったカメラが落ちた。それと同時に、一斉にピジョン達が羽を広げ、動かす。
バサバサバサッ、という音と共に羽が散らばって、何も見えなくなった。気がついた時には、落ちたカメラのレンズが真っ二つになっていた。


それから二日後、親父は息を引き取った。俺は最期を見ていない。妻と子を最寄り駅に迎えに行っていたからだ。どちらにしろ、大晦日と正月休みはこちらで過ごすことになっていたのだ。
親父の最期の言葉は、『俺は、鳩をどけずにカメラを回したんだ。それでよかったんだ』だったらしい。
なんて意味深な言葉だ。お袋に死んだ後も迷惑かける気か、親父。
息子はまだ幼くて、葬式の意味すら分かっていなかったようだ。意味が分かるようになるのはいつになるだろうか。そうなったら、お袋から聞いた話をしてやろうと思う。


親父は、鳩をどけずにカメラを回した。
ならその息子である俺も、そうするべきなのだろう。


火葬場からの帰り道、羽音と共に何かが大量に新年の空に舞い上がっていくのが見えた。


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