「お腹空いたな」
「もう昼飯時だもんなあ」
「ハンバーガーでも食べようかな」
「えー、もうちょっといいもん食おうぜー」
「……確かクーポンがあったはずだし」
「あーそっかー、それじゃあしょうがないなー」
相棒は、鞄から畳んだ地図を取り出した。
「次の町はシオンタウンか」
「イワヤマ抜けなきゃいけないんだな」
「ちょっと遠いなあ」
「大丈夫だって。お前のポケモン強いんだからさ。ま、あんまり無理させるのはよくないけどな」
「薬を多めに買っていくか」
「それがいいな。一応、あなぬけのヒモも買っておいたほうがいいんじゃないか?」
「わざマシンあるから……」
「ああ、そういえばこの間もらってたな」
「資金も十分だ」
「準備万端だな」
「とりあえず、ショップで売ったり買ったりしてくるか」
「おう」
相棒と俺の出会いは数年前。
場所は俺たちが生まれた町の小さな公園。ベンチと砂場とブランコしかない。
俺はいつもそこにいたんだけど、その日こいつがひとりでやってきた。半べそかいたような情けない顔ぶら下げて。
辺りを見回して、そいつはつぶやくように言った。
「誰もいないのかな?」
「ここにいるぞ」
俺はそいつを呼んだ。そいつは俺の近くにあったベンチに座った。俺も隣に座った。
「お前、いつも他の奴と一緒だよな? 髪の毛立ててる奴。今日はひとりか?」
「…………」
そうしたら、そいつが涙をぼろぼろこぼし始めた。
「ああぁぁごめん、悪かったって。泣くなよ。……ケンカでもしたのか?」
こいつとその友人の仲の良さは、何回か見かけたことがあるからよく知ってる。
まあ、言っても子供同士だ。ケンカくらいするだろう。
「やっぱり、僕は意気地無しなのかな?」
「そんなこと言われたのか?」
「でも、町の外に出るなんてやっぱり怖いよ」
「オイオイ、そりゃ危ないだろ」
「この辺りにはポッポとかコラッタとか弱いのしかいないから大丈夫って言ってたけど」
「あのなあ、ポケモンってのはどんなに小さくて弱そうに見えても、危ないもんなんだよ。お前、コラッタの集団にあの前歯で一斉に襲いかかられるの、想像してみ?」
「……やっぱり危ないよ」
「そうだよ。な? だからさ、どうしても出たいんならあの博士だか何だかに頼んでみろ」
「もう少し大きくなったら、博士にポケモンをもらえるんだ」
「おぉ! 最高じゃないか!」
「だからそれまで待とう、って言おう」
「そうそう。お前はいい子だな」
少し明るい表情になったそいつを見て、俺はため息をついた。
「あぁ、俺もやっぱり、ポケモン持つべきだったんだよなぁ……」
「あいつ、やっぱり旅に出るかな?」
「そりゃ出るだろ絶対」
「僕が行かなくても、やっぱり行くんだろうなあ……」
「俺も、友達みんな旅に出ちまったよ。ポケモン持って」
「それじゃあ、独りぼっちだ」
「ああ。あれからずっとな」
「……寂しい」
「わかってくれるか」
「独りぼっちは嫌だな」
「本当にな。でも、俺の方こそ意気地無しだったんだ。『ポケモンをください』っていう、たったそれだけが言えなかった」
深いため息をつく。そいつもため息をつく。
しばらく何か考えている様子を見せて、そいつはつぶやいた。
「……やっぱり、僕も町を出る」
「……そうか。お前も行っちゃうのか」
そうしたら、そいつが言った。
「一緒に旅に出よう」
「……えっ?」
「いいよ、って言ってくれるかな?」
「当たり前だろ!」
ずっと独りぼっちだった俺は、そいつの言葉が本当に嬉しかった。
その日から、俺と相棒はずっと一緒だ。
「それにしても高いタワーだなあ」
「これが全部お墓なんだよな」
「町の人は幽霊が出るって言ってたけど……」
「やっぱりあのカラカラのお母さんだろうな」
「ねえねえ、あなた」
青白い顔をした女の子が、声をかけてきた。
「あなた、幽霊はいると思う?」
「そりゃーいるに決まってるだろ! な?」
俺は相棒の右肩に手を置いた。
すると、相棒は笑って言った。
「いないよ」
「えっ」
「いるわけないじゃんそんなの」
青白い顔の女の子は、苦笑いを浮かべた。
「あはは、そうよね! あなたの右肩に白い手が置かれてるなんて……あたしの見間違いよね」
当たり前だろ、と相棒は笑った。
俺はそっと、相棒の右肩から手をどけた。
少年がタワーの中へ入ると、幼馴染がとある墓石の前に座っていた。
「おう、久しぶりだな」
「やあ。……それって、もしかして」
「……ああ。旅に出て最初に捕まえた相棒」
「そっか……じゃあ僕からも」
少年はリュックの中からミックスオレの缶を取り出し、墓前に置き、手を合わせた。
「呆気ないもんなんだな。命が終わるのなんて。もう少し早くポケセンについてりゃ……」
「ポケモンはずっと、僕らの代わりに戦ってるんだもん。気をつけないといけないね……本当に」
「気を抜きすぎてたな。強くなったから、多少は平気だろうって……」
「ポケモンは本当に見かけによらないからね」
幼馴染は深いため息をついた。
「……悪かったな。小さい頃、嫌がるお前を無理やり町の外に連れていこうとしたことがあっただろ」
「ああ、懐かしいなあ。そんなこともあったね」
「ポケモンの強さとか、危なさとか、理解してりゃあんなことしなかったのによ。しかも断ったお前に散々悪口言ってさ……」
「いいよもう。昔のことだ」
「あのあとじいちゃんに、昔ポケモンを持たずに町を出て、死んだ奴がいたって聞いてさ……俺、本当に……」
「いいってばもう。おかげさまで僕は元気だよ。一番の親友のおかげで、楽しい旅に出る決心もついたし」
「……そうかい」
幼馴染と少年は、顔を見合わせて笑った。
「……やっぱり、僕も町を出る」
(……そうか。お前も行っちゃうのか)
「一緒に旅に出よう」
(……えっ?)
「いいよ、って言ってくれるかな?」
(当たり前だろ!)
「でもさ、お前、昔っから言ってるけどさ、ひとりごとを延々とぶつぶつ言う癖は直した方がいいと思うぞ。気持ち悪いし」
「いやー僕も直そうとは思ってるんだけどねぇ。なかなか直らないんだよなぁこれが」
「きっと大丈夫だよ。あいつは僕の、一番の親友なんだから」
(これからはずっと一緒だな、相棒!)
(2012.7.27)