8月13日、快晴。本日も真夏日の予感。
朝からわんわん響く蝉しぐれで目を覚ました。近頃は目覚まし時計が仕事をしなくて済んでしまっている。もごもご起き出して歯を磨いて、洗濯機を回して、朝食用に目玉焼きを作る。そこでふと気づいた。ヤツはどうした。普段ならぼけらーっとした表情で電気鼠やら灰色の鳩やらに化けて部屋中を転がりまくっているへんしんポケモンが目につかない。片付かないワンルームを見回して、紫色の姿を探した。変身していなければの色だが。
紫のめにょんとした生き物はローテーブルに載っかっていた。ノートパソコンやらティッシュボックスやらを押しのけて自分のスペースを作っている。めにょんメタモンは木目調の壁を見つめていた。
「めにょん? 朝ご飯だよ、どうしたー? おーい?」
メタモンは黒ごまの目で私をちらりと見て、また壁に目線を戻す。ハンズで買った壁紙を自分で貼り付けた。素人仕事でしわが目立つが、それ以外はいたって普通の壁。そこをじっと見つめるのは、こちらの精神衛生上良くないのでやめて欲しい。メタモンを持ち上げようとするが、敵も然る者。下だけオクタンに変身して吸盤で机に吸い付いてくる。メタモンの視線の先を見つめてみるが、私に見えるのは壁紙のしわだけ。みつめているとしわが人の顔のように思えてきたので、やめた。
固焼きにした目玉焼きと白米をもって冷蔵庫の前に陣取る。メタモンが見つめている先を見ながら食事はしたくない。ご飯はおいしく食べるべきものだ。蜂蜜梅干しでご飯を食べていると目玉焼きが消えた。みるとメタモンの口が目玉焼きを飲み込むところだった。
その日、一日、メタモンは動くことなく壁を見つめ続けた。
☆★☆★☆★
8月14日、快晴。本日は夏日だとか。
8月に入ってから、とんと目覚まし時計の仕事がなくなっている。かわいそうに。すべては蝉しぐれのせいだ。火炎放射器で焼き払ってやりたい。もごもご起き出して歯を磨き、洗濯機を回し、冷凍庫の食パンをオーブントースターで焼く。そしてやっぱり、メタモンは転がり回っていない。昨日の夜は布団に入ってきてひんやり冷たい思いをできたが、私が起き出す前にローテーブルに載っかって昨日と同じく壁を見つめている。なにがいるって言うんだ、本当に。
「めにょん、朝ご飯。今日はパンだよ、パン。耳をくれてやろう」
メタモンは昨日と同じく黒ごまの目でちらりと私を見て、すぐに壁に目線を戻す。――と思ったが、今日はもごもご動いて私と壁を交互に見る。メタモンが見つめる壁を見てみたが、昨日と同じにしか見えない。ごめんよ、めにょん。私には壁紙のしわしか見えない。チン、とトースターがパンの焼き上がりを告げた。
本日はマーガリンを塗ったパンをキッチンで立ち食いすることにした。今日はメタモンが見つめる先を見ながら。背中はしっかり壁に押し付けている。なんとなく、だ。なんとなく。見つめ続けてもしわ以外のものが見えてこない。アイスコーヒーのカップに手を伸ばしていると、食べかけのパンが消えた。みるとメタモンの口に半分のパンが飲み込まれるところだった。
試しにローテーブルを動かしてみたが、メタモンは器用に顔とおぼしき部分だけを動かして壁を見つめ続けた。ヨルノズク並に回る首だ。
☆★☆★☆★
8月15日、快晴。暑い。本日は猛暑日になりそうだ。
息苦しさで目を覚ます。扇風機のオフタイマーをセットした自分が恨めしい。目覚まし時計をセットし忘れたが、なんの支障もなかった。もごもご起き出そうとして、胸のうえに紫色の物体をみとめた。そりゃまあ、重いはずだ。メタモンにしては小さめの2.5キロをよいせとどけて、もごもご起き出す。歯を磨く。洗濯機を回す。朝食用に作り貯めの
冷凍ホットケーキを解凍する。朝のあれやこれやをこなす私の後を、メタモンがめにょめにょついてきた。
「めにょん、今日は壁みつめなくていいの? ああ、今日はポケフーズだから」
2日ぶりのローテーブルだ。マグカップ入りの緑茶、ぷちホットケーキ二枚、ついでに昨日の残りのポテトサラダ。やっぱりテーブルはいい。食べながら壁をみつめてみたが、なんの変わりもない。当然、8月12日以前のままだ。となりのメタモンをみるとポケフーズの皿を持ち上げてざらざらと一気食いしていた。
暑くて蝉の声も聞こえない。苦労してつけたすだれも意味がない暑さだ。もう空気が熱い。メタモンもとろけている。面積が広がった分、ポケモン用冷却マットに張り付いて多少は涼しそうだ。私も人間用冷却マットを敷いて腹ばいで本を読む。こうしていても、視線なんて感じやしない。一昨日、昨日のメタモンはなにかぼうっとしたい日だったに違いない。そういえば、昨日の夜はメタモンがくっついてこなくて暑かった。叫ばれる節電の夏、一人暮らしでクーラーをつけるのはどこか申し訳ない。寝付きにくい夜で、寝不足だ。
いつの間にか寝落ちてたらしい。目の前にちらつくすだれ越しの陽は夕方の色で、風も幾分かは熱が落ちている。頬に本の跡をつけ、しばらく寝起きの「あと5分だけ」にしがみつく。ふと、影がおちた。小さな影じゃない。ひとの形だ。
あれか。いつもメタモンに雑誌やらバラエティ番組やらを見せて好きな俳優に変身しておくれ、それでにっこり笑って座ってるだけで良いから、それをみて私はニヨニヨするごっこをしているからか。やめてくれ、メタモン。余所から見れば私は立派な変態だ。第一、いつもはあんなに拒むくせに……、
「めにょ……んー」
変身したメタモンが私の髪をなでつける。やたらしわくちゃで、いつも変身して欲しいとせがむ俳優の手には似ても似つかない。むしろこれは、おじいちゃんの手のような、なんというか安心できるような……。がばりと起き上がってメタモンを見る。
老いてなおお洒落で、髪型はいつだって気にしていた。白というより銀の髪を懐かしいにおいのするワックスで撫でつけて、いつも優しげに笑っていて、会えば楽しく勉強しているか訊いてきた。祖母曰く典型的な亭主関白で、若い頃は女好きで、いつも問題つくりまくって、とにかくめちゃくちゃだったらしい祖父がいる。
祖父の口が動く。声はない。「げんきでいるか たのしいか いっしょうけんめいか」あたりだろうか。
呆気にとられたのは一瞬で、その次には祖父の姿がめにょんっと崩れ、紫のメタモンが現れた。黒ごまの目で私を見上げ、にぃっと笑う。めにょめにょ、私の膝に上がって、もう一度にぃっと笑う。メタモンを抱き上げて、めにょめにょした紫の身体に顔を埋めて、なんて答えよう。とりあえず、
「元気だよ。楽しいよ。一生懸命だよ」
++++++
最後の締まりがないなと思いつつ、出してしまえとお邪魔します。それ以前にこれでお題に合っているのだろうかから疑問に思いますが…。
投稿フォーム一発書きは危険ですね、うっかりどこかクリックして画面が飛んであわててブラウザバックしたら文章のこっててホント泣きたくなりました。