「わー!!寝坊した」
走る。俺はベッドを飛び起き、服を着替え、飯も食わずに家を飛び出した。目指す場所は、町の、研究所。
「博士!博士!」
研究所に飛び込むと、一番奥で白い服を着た博士がいつも険しい顔を更に険しくし、仁王立ちで俺をにらめつけていた。うっ、やばい。マジでやばい。
今の状況を説明すると、今日は俺のポケモントレーナーとしての旅立ちの日であり、この目の前の博士は俺にポケモンをくれるであろう人であり、俺とこの博士の仲はなかなか悪いのであり、更にその悪さに追い討ちをかけるように俺は寝坊してしまったのである。
……俺のポケモントレーナー人生終わったかもしれん。
「あの……すみません」
「……」
目の前の博士は黙ったまま、俺を睨み続けている。何か言えよ、じじぃ!とは言えない。じ……博士は微動だにしない。眉一つ動かさず、立ったまま死んでるんじゃというまでに動かない。
とにかく、俺は謝ることにした。めちゃくちゃ謝った。超謝った。研究所の人の視線が痛いが気にしてられる状況でもない。すみません、ごめんなさい、本当にすみません。あと少ししてたら、俺はきっと土下座をしていたに違いない。幸い、膝を地面につける前に博士は一声を発してくれたのである。
「……言いたいことはたくさんある、が。持ってけ」
そう言って博士は一つのモンスターボールを俺に差し出した。机に残っていた最後の一つ。きっと、残りは友達とか友達とか寝坊しなかった友達とかが持ってったに違いない。寝坊せずに選んだ方がよかったかなぁなんて思いつつ、俺は恐る恐るそれを受け取って中心のボタンを押した。
赤い光がほとばしる。赤い光は集まって、一つの影となり、そのポケモンは姿を現した。
ジジィィーン。
黄色い体、糸のように細い目。長い尻尾。座ったまま動かない身体からすーすーと声が、あれ……寝息?
「お前のポケモンじゃ」
確か家にあった図鑑で見たことがある。一日中寝ているポケモン。敵に襲われたら寝たままテレポートして逃げるポケモン。一切の攻撃手段を持たず、テレポートしかできないポケモン。
ケーシィ。
「……」
「これが、お前のはじめてのポケモンじゃ。大事にするがいいぞ」
いつもは険しいその顔に若干優しさのようなものをにじませて、博士はゆっくりと言った。
俺の……はじめての……ポケモン……。
って。
「かっこいい面してんじゃねぇじじぃ!!ケーシィだけで……どうやって戦っていけって言うんだよ!?あの、コイキングですらたいあたりくらい覚えてるぞ!」
「うるせぇ!寝坊してくるやつがピーチクパーチク言うんじゃねぇ!もう他にポケモンがいなくなってしまったから仕方なくわしの愛弟子をお前に預けよう言うとるんじゃ!文句があるなら、生身で草むらに入って襲われでもするんじゃなぁ!」
寝坊、そこを出されると俺はもう何も言えない。しばらくにらみあいを続け、俺はケーシィをボールに戻し、全速力で走り出した。
「覚えてやがれじじぃ!」
「なんとでも言え小童が!」
……こうして、俺の旅は始まったのである。
「あれ ――くん。 ポケモン だいぶ なついて きた みたいだね
よし わたしが バトルで ためして あげる!」
うおぉぉぉぉぉ!!ケーシィで……テレポートしか持たないケーシィで、まともに戦えるポケモンを持った幼馴染にどうやって勝てって言うんだよちくしょうーー!
と、こころの中で叫んだ瞬間には、俺の視界は真っ暗になり、いつのまにかポケモンセンターにいたのである。まぁ、いい。モンスターボールを買いに行こう。 まぁ、あれだろ。モンスターボール買って、草むらのポケモン捕まえればなんとかなるだろ。
と思った数分後。
幼馴染倒さなきゃ、モンスターボール販売されねぇのかよぉぉ……。
もういい。俺は進む。がむしゃらに進めば、道は見えるさ。何とかな
「あれ――くん。 ポケモン だいぶ なつ」
「うるせえぇぇぇぇ!!!」
数十秒の沈黙。
「……もぅ。私も私の仕事をしてるんだけどー……」
「うるせぇやい……ケーシィだけで、どうやって勝てって言うんだよばかやろおぉぉ……」
幼馴染があごに指を当てて「うーん」と声を漏らす。俺は体育座りをし膝の間に顔をうずめ、地面にの、の、の……。
「あ、そだてやに行ったらいいんじゃないかな。そだてやに行ったら育ててくれるよ」
「マジでか!よし、ケーシィ行くぞ!」
数日後。
暗い森を超え、道を塞ぐ悪者の目を盗んで道を突き進み、そして、なんとか念願のそだてやに辿り着いた。
「よし、強くなってこいケーシィ!」
「ジジィィィ!!」
「ここはそだてや おまえの ぽけもんを おまえさんの かわりに そだててあげるよ」
「このケーシィを宜しくお願いします!」
「……。いや、おまえさんの戦うポケモンがおらくなるじゃろ……」
「え、だめ!?だめ!?大目に見てもだめすか!」
……。
「ごめん、あたしが言い忘れてたわ」
「お前なぁ!レベル1のケーシィとここまで来るのにどれだけ苦労したと思ってんだ!」
「あ、じゃあバトルタワーは?BPためてふしぎなあ」
「BPたまんねぇだろ!」
「ポケウォーカーに入れるってのは?あが」
「だから、一体しかいねぇんだよ!」
「じゃ、ポケスロンでスロンポイン」
「だから、一体しかいねぇって言ってんだろ!!」
うーんと唸る幼馴染。しばらく唸って、手のひらを叩き、笑顔で
「ものひろいとか!」
「モンスターボールがねぇんだよ!!」
あぁ、もうちくしょう。俺は全然駄目だよ。違法ルートで道を突き進んできたけれど、ジムリーダーどころかトレーナー一匹倒しちゃいない。いや、トレーナー一匹どころかポケモン一匹すら……。
ケーシィの黄色い頭を撫でる。ごろごろとまるで猫のようにケーシィは喉を鳴らした。
強いポケモントレーナーになることが夢だったけど、別にポケモントレーナーじゃなくてもケーシィといることは出来る。出来る、けど
「……」
「あー……、じゃあさ、博士にもう一度謝ってみたら?でさ、ポケモン変えてもらえばいいじゃん」
変えてもらう。確かに時間をおいた今なら許してもらえるかもしれない。あのときもらえるはずだった、三色のポケモンがもらえるかもしれない。そしたら、おれもトレーナーになることが出来て、幼馴染を倒して、モンスターボールを買って、新たなポケモン達と旅が出来るかもしれない。でも――
俺は立ち上がった。立ち上がり、早足で歩き始めた。え、なに?と俺を不審そうに見つめる幼馴染をおいて歩き始めた。
俺とケーシィじゃすぐにやられてテレポートで逃げ帰ってくるに違いない。その場で二人、倒れてしまうかもしれない。だけど――ケーシィじゃなきゃ駄目なんだ。
理由はともあれ、共に苦労してきた相棒。初めてのポケモンだから。
あいつのおかげで目が覚めた。俺は何をぐだぐだ言ってた?あきらめて、ケーシィと他のポケモンを交換して、足を進めて何が出来るんだ。何も出来ない。ケーシィをあきらめたという挫折ではじまるトレーナー人生でいいのか。よくない。
俺に、やれることはまだまだあるだろう。
ケーシィがふよふよと後ろから着いてくる。首を微かに縦に振り、ジーィと微かに鳴いた。
数年後。
「フーディン、サイコキネシス!ドンカラスはゴッドバードっ!」
翼を広げた黒い影が相手のキノガッサに激しくぶつかる。キノガッサはダメージをくらったようだが、ふらふら。そこにフーディンのサイコキネシスが追い討ちをかけ、ぐるぐると目を回して戦闘不能状態。
「おっしゃ!よくやった!」
白旗が相手の側にあげられ、審判の声がフィールドに響き渡った。フィールドの真ん中で俺のはじめての相棒――フーディンは得意げにスプーンを曲げ、髭を揺らしている。
あれから、なんやかんやあって、とあるまちでとあるおじさんにサイコキネシスのわざマシンをもらった。サイコキネシスはエスパータイプのわざのなかでも高威力なわざ。これで、俺とケーシィの長い長い旅も次のステップに進むぜ!なんて思ったら
「この わざは もう おぼえているよ」
なん……だと……!!!
「おいじじぃ!いや、オキード博士様!これはいったい……」
「なんじゃ、お前。今更気づいたのか?そのケーシィはわしの愛弟子。リトルカップに出そうと、大事に育てておったやつじゃよ。サイコキネシスくらい、親の譲り技で覚えとるわい!」
ポケモンが一匹しかいないからって一度もパソコンを触らなかった俺にも原因がある。あるが。
「それをはじめに言ってくださいよ……」
「何が、はじめに言えじゃ!戦えないようなポケモンを渡すわけがなかろうが!!」
なんだか笑ってしまう。俺と、ケーシィのあの努力はなんだったのか。いや、ケーシィも使えるなら使ってくれればよかったのになぁ……。
だが、そう。あの時のこと、今は笑える。でも、あの時は笑いも出来なかった。どうしようか毎日考えて失敗して、でも、あれはあれでどこか楽しかったような気もする。
相手の最後のポケモンであるキノガッサを倒し、俺は相手のトレーナーと握手を交わした。相手トレーナーの後ろに佇む、大きな扉。次の――四天王はどんな人で、その先には何があるのか。
どきどき、はらはらしながら扉を押すこの瞬間に、初めての相棒、お前が隣に居てくれて、よかった――。
【批評していいのよ】
【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
お久しぶりです。てこです。
今回はギャグのようなギャグのような……。
台詞おおいところは大目に見てください。すみません。
最初のポケモンってちゃんと考えられているんだなぁ、なんて思いました。テレポートしか使えなかったらそりゃつらいよ!
何はともあれケーシィは可愛いんだ!