05 海蛇の話(一)
No.017(HP)
いつくしみポケモン、ミロカロス。その美しさから人々を魅了してやまないこのポケモンの伝説は全国各地に伝わっている。特にホウエンの民話にこのポケモンはしばしば登場する。現在でこそヒンバスを美しく育てるという進化方法が確立されているものの、当時は非常に珍しいポケモンだったミロカロスがよく登場する背景には、当時の人々の憧れが反映されているのかもしれない。今日はホウエン地方で比較的多く流布している二編を紹介しよう。
昔、ホウエンのとある漁村での話である。嵐が去った後の浜で村の男の子が小さな魚を見つけた。どうやら魚は海に戻り損なったらしく、力なく尾鰭を動かしていた。その姿はひどくみすぼらしく、鰭もぼろぼろで汚らしかったが、かわいそうになった男の子は、家からたらいを持ってくると魚を入れ、しばらく面倒を見てやった。木の実などを与えながら世話をするうち、魚は次第に元気を取り戻し、やがて男の子は海に放してやった。
そうして年月が経ち、男の子は成長し、立派な猟師になった。ある雨の日の事、彼が漁の為の網を編んでいると、とんとんと家の戸を叩くものがある。こんな天気の日に誰だろうと戸を開けると、そこには傘を被った美しい女が立っていた。旅の途中で雨に降られてしまったので泊めて欲しい。そう女が言うので、彼は一晩の宿を貸してやった。が、女は二日経っても三日経っても一向に家を出ようとしない。女が大変美しかった事もあり、やがて男は女を妻にする事に決めるのだった。
女は不思議な能力を持っていた。いつ、どこで潜ればどんな海の幸が得られるか。それをしばしば予言した。事実、男がそこに潜ってみれば、言った通りのものがあるのだった。時には貴重な石や金を拾った事もあった。そうして男の家はだんだんと豊かになっていった。
そうしてそのうちに女が身籠もった。大層喜んだ男だったが、女は出産に先立ち、こう言ったという。
「私一人で生みますから、産婆の助けはいりません。そして、私がいいと言うまで決して、産屋を覗かないでください」
妙な事を言うものだと男は思ったが、今まで女の言った事に間違いは無かったので了承した。
が、いざ女が出産を終え、産屋から赤ん坊の泣き声が聞こえてくるといよいよ堪えきれなくなってしまったのだった。
「生まれたか。男の子か女の子か」
そんな事を言って、産屋の戸を開くとそこには赤ん坊を長い尾で抱いてあやす、巨大な海蛇の姿があった。上半身は滑らかな肌色をしており、尾には赤と青の鱗が光っていたという。
「あれほど覗くなと言いましたのに」
海蛇は赤い瞳に悲しげな色を宿し、言った。
「私はその昔、あなた様に助けられた魚です。あなた様の事が忘れられず、嫁に参りましたが、こうして姿を見られてしまった以上、一緒にいる事は出来ません」
そう言って、海蛇は赤ん坊を産屋に残すと窓から出ていってしまった。その日は女が来た時と同じように雨が降っていたという。
海蛇が遺した赤子は女児であった。彼女は歳を重ねるごとに美しくなった。また、母親と同じように海のどこに潜れば何があるかを心得ており、立派な海女となった。そのうちに、その美しさを聞き付けた国の領主に見初められ、輿入れしたという。その後の彼女については、お屋敷の生活に馴染めずに母と同じように海に戻ったとか、はたまた立派な跡継ぎを生んだとか様々な話が伝わっている。
ポケモンと人との異類婚譚は同様のパターンを持つ話が多く、このミロカロスの話も例に漏れない。
だが、ここで注目すべきなのはこの話の中に、ミロカロスの進化前の形態であるヒンバスの存在が暗示されている点であると筆者は思う。この記述は三百年前の読本にすでに見られるというから驚きだ。木の実を与えていたという記述がある点にも妙に確信めいたものを感じる。もしや作者は知っていたのであろうか? 謎は深まるばかりである。
(二編へ続く)
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