130 ハロウィンの起源 朱烏
ここ十年で、イッシュやカロスの行事であるハロウィンがこの国でも大衆に認知され始めた。さすがに子供がお菓子を貰いに他人の家を訪問する文化は馴染みそうにないが、仮装パーティーを開いたり、学校でお菓子交換会が催されたりと、この国に合う形で着実に根付いていっているようだ。筆者もパンプジンに扮して仮装パーティーに出たことがある。
ところで、ハロウィンの起源はご存じだろうか。筆者の上司はハロウィンがキリスト教由来の行事だと思い込んでいたようだが、ハロウィンはアイルランドに住んでいたケルト人が行っていた秋祭りを起源としている。
ケルト人はその祭りのことをSamhain(サワーン、サウィン、サムハイン)と呼んでいた。では、そのSamhainとは何をする祭りなのだろうか。
ケルトの人々の考えでは、一年の終わり(ケルト歴でいうと現在の10月31日にあたる)は、時空が歪み、あの世とこの世の扉が開くとされていた。
あの世と通じてしまうなんて恐怖以外の何者でもないが、ケルト人はあろうことはその扉を積極的に開けてしまうのである。それは、あの世と交流をして生命力の回復を図ろうという目的のために行われた。
ではなぜ生命力の回復に冥界との交流を手段するのだろうか?
ケルト人の死生観を観察すると、多少なりとも答えが掴める。ケルト人の死生観は、つまるところ輪廻転生であった。
生きているものは死んであの世へと旅立ち、死んだものは新たに生まれ変わってこちらの世界に戻ってくる。それをいつまでも終わることなく延々と繰り返すのだ。
ケルト人にとって、死とは別世界の住人に生まれ変わるという意味でしかなかった。つまりこの世とあの世の違いなどないに等しく、むしろ同一視していた可能性すらある。だから、Samhainをして別世界と交流して元気になろう! という発想はけっしておかしなものではなかった。
とは言え、相手はやはり死後の世界。あの世に渡った彷徨える魂がゲンガーのような悪霊的ゴーストポケモンに変わってしまって、Samhainでこちらの世界に来れることをよしとして悪さをする、ということがたびたび起こったらしい。いくら転生できるとはいえ、突然ゲンガーに命を取られてしまってはケルト人だって堪(たま)らないだろう。
そこでケルト人は対抗策を用意した。ハロウィンと聞いて真っ先に思い浮かぶもの……そう、お化けカボチャだ。目が三角で口がぎざぎざの、おなじみのあれだ。
悪霊のような怖いものは怖いもので追い返してしまえばいい、という素晴らしい発想である。
だが、なぜカボチャなのだろう。スイカでもメロンでもトウガンでも、同じようなことはできたはずだ。
これは、次のような伝説に由来していると言われている。
Samhainが行われた夜、あの世から一匹のゲンガーがこちらの世界に降り立った。そのゲンガーは人間の命を奪ってしまおうと、一人の乙女に目をつけた。
なすすべもなく捕まってしまう乙女。あの世へ連れて行こうとするゲンガー。まさに絶体絶命。
しかしそこに、一匹の大きなバケッチャが現れた。バケッチャは強い輝きを放って、乙女の目を眩ませる。
しばらくして乙女が目を開けると、そこには命を奪おうとするゲンガーも、乙女を助けようとしたバケッチャもいなかった……というような話である。
バケッチャが何ポケモンかおわかりいただける方は、もうお察しのことだろう。お化けカボチャは、魔を撃退したバケッチャを模して作られたものなのだ。
だから今でもその名残で、悪い霊が入ってこないようにとお化けカボチャを玄関に置くのである。
もちろん、このお化けカボチャにはただの霊を撃退する効果はなく、ケルト人は悪霊以外の霊と仲良く交流していたようである。この国のお盆と極めて似通った文化であると言えよう。
ちなみに、バケッチャ以外にもSamhainで活躍したポケモンがいた。
鍵束ポケモン、クレッフィである。
あの世とこの世を繋ぐ固い扉を開けるには、鍵が必要とされていた。その鍵はクレッフィが持つとされ、Samhainが行われるたびにクレッフィはその扉の鍵を開錠していたと言われている。
今は鍵からの連想と、気に入った鍵を絶対に手放さないという性質から、防犯の神として祀られることもあるクレッフィだが、大昔は派手な大仕事をやってのけていたのだ。事実、クレッフィはドルイドと呼ばれる、Samhainを取り仕切る祭司や、ワテスと呼ばれるドルイドの助手くらいしか持つことのできない高級なポケモンだった。
さて、ハロウィンの起源を軽くさらったところで、当時流行った遊びをみてみよう。
Samhainが行われた夜に、ケルト人は家族なり友達なりで集まり、ヒメリの実を使った占いを行った。
やり方は簡単だ。水を張ったたらいの上に、ヒメリの実をたくさん浮かべる。そして、それを手を使わずにできるかぎり多く口に頬張る。そして、口に入れられたヒメリの実の数だけ幸運が訪れる。実にシンプルな占いだ。
しかしこれにはアレンジもあって、好きな人の名前の音節数と頬張った実の数が一致すれば結ばれるとか、食べられた実の数だけの子供に恵まれるとか、地域ごとに異なっていたようだ。
これを読んでいるあなたも、大切な人と一緒にハロウィンを過ごすときは是非やってみて欲しい。バケッチャとクレッフィがそばにいれば、よりケルトチックな夜を過ごすことができるだろう。
|
|