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136 狐語 穂風湊


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 書物や口伝、そして遺跡などには、ポケモンに関する数多くの神話が残されている。時と空間を操る者や、海や陸を創る者などのスケールの大きい話が目立ちがちだが、最も伝説に登場する回数が多いのはキュウコンではないだろうか。
 流星になった親子。日照りの力故に水神として祀られた狐と巫女。黒い炎を吐き霊から村を救った不死の狐。助けた狐の恩返しを受けた老人。一体なぜこれほど多くのキュウコンに関する話があるのだろうか。
 その姿の美しさが理由の一つであろう。陽光を照り返す金の毛に、しなやかな四肢、柔らかな尻尾、紅に光る瞳。それらは古くから現代にかけて人々を魅了し続けている。人間に化け、からかい目的で男に言い寄っていたキュウコンが正体を晒しても、男は狐に求婚しそのまま結ばれたという話もあるくらいだ。
 上の理由に加え、昔の狐と人間の付き合いもそうである。人々が農耕に励んでいた時代、村と野生の獣が暮らす森には明確な境界が敷かれていなかった。そのため獣達は自由に二つの場所を行き来していた。ロコンやキュウコンもその例に漏れなかったが、彼らは知性が高かった。作物の実る秋に山から下りてきては、一部を頂戴してすぐにまた帰っていったのである。そうすることで無駄足を取ることもなく、また人間から攻撃を受ける危険も避けていたのだった。
 そこでキュウコン達にとって思わぬ効果が生まれた。人々は、狐が秋に限定して山から下りてくるのには何か理由があるのではないかと考えたのである。彼女達が現れる頃に、ちょうど作物が実り始める。もしかすると、彼女達は豊作の神の使いなのではないか。その考えは説得性を持ち、瞬く間に広がっていった。そのため、ロコンとキュウコンは人里に下りてきても、追い払われるどころか、作物を献上されるようになったのだった。そしてキュウコンは豊作の象徴だとして、稲荷社に祀られるようになった。
 神の使いでありながら、人間との距離がとても近い。畏れ多い神々よりももっと気楽に悩みを打ち明けられる。それが伝承にキュウコンが多く現れる一つのわけではないだろうか。