追加01 「毎度 ミアレタクシー です」 GPS
なあ、ちょっと聞いてくれ。
この前ミアレの裏路地で、携帯電話を拾ったんだ。
ああ、この電話だ。中には一つだけ名前のついていない録音ファイルが入っててさ。
いいか、再生するぞ。
お、お客さんかい?こんな夜更けに、ご乗車ありがとうございます。
さてさて、旦那はミアレのタクシーは初めて? おや、常連さんだったか。それは失礼致しました、そして毎度どうも。
ということは、ミアレシティの事情にも詳しいと見た。そこで一つ尋ねたいのだけど、旦那はタクシーのタダ乗り問題について聞いたことはあるかい? 無いか。ま、最近話題になり始めたことだし仕方無いさ。いや何、タクシーってのは商売だし、当然俺たちはお客さんを乗せたらその対価を支払ってもらうわけよ。そうしないとやってけないからね。それはごく当たり前のことで、常識だ。そうだろう? フレンドリィショップでお金を払わずに商品を持ってく馬鹿がどこにいるってんだ。
でもねえ、近頃の奴は、なんて言い方はしたくないけどさ。その常識をわかってないんだか、それともわかっててやってるんだか。耳を疑うような話が出てるわけ。
そう、タクシーのタダ乗りさ。しかも単なる乗り逃げじゃあない。
目的地に着いて、ドライバーがそれでは幾らになります、って言うだろう? そしたらお金ありません、なんて平然と抜かしやがるのさ。当然ドライバーは、ちょっとちょっとお客さん困りますよって具合になる。するとその客はいきなりバトルを仕掛けてきてドライバーを負かすと、じゃあこっちが勝ったんで料金はいりませんよね、って立ち去るんだとさ。
酷い話だよ。そう思うだろう? ドライバー達も困ってる。だけどポケモンバトルに負けてしまったから追いかけることも出来ずに涙を飲むしか無いんだな。
で、やられっぱなしじゃあいけないからミアレは対策を取ることにした。おっと旦那、こっから先はご内密に。実はこの話は秘密裏に行われていることで、本来はごく一部の間以外に知られてはいけないんだ。一介のドライバーに過ぎないおいらにも守秘義務ってもんが一応あって口止めされてんだが、誰かに話したくて仕方なくってね。へへ、頼んだぜ。
話を戻そう。タダ乗り犯に対する報復だったな。
ところで旦那はバケッチャを知ってるかい? うんうん、なかなか可愛い見た目をしてるよな。くさタイプとゴーストタイプを併せ持つかぼちゃポケモンのバケッチャよ。なんでいきなりバケッチャの話だって? まあまあ、そう焦るな。
バケッチャのポケモン図鑑の説明は読んだことあるよな。「成仏出来ない魂を身体の中に入れる」とか、「彷徨う魂を死者の住む世界へと運ぶ」とか。後、「日暮れと共に活動する」とか。ま、ゴーストタイプとしては在り来たりな話だけど、とにかくバケッチャは魂を運ぶことが出来るんだと。
それでさ、この図鑑説明を読む限りだと「迷える魂を成仏させる」だけに思えないかい? 思えるよな。ところがどっこい、実際はそうじゃあない。迷っていようが迷っていまいが、人だろうがポケモンだろうが、男だろうが女だろうが性別不明だろうが、バケッチャは魂ならその性質に関係なく運ぶことが出来るのさ。
…………例えまだ生きていようが、ね。
おっと失礼。それでだな、とにかくバケッチャはかぼちゃの身体に色んな魂を乗せて運んでいるのさ。そうだなあ、ちょうど人を運ぶタクシーのように、命を閉じ込めて、別の場所に、もう元の場所には戻れないように。
時に旦那、旦那は幼い頃におふくろさんとか先生とか、大人にこんな怒られ方をされた経験はあるかな。「遅くまで遊んでるとヨマワルに連れて行かれるわよ」「悪いことをする子どもはゲンガーに攫われちゃうんだから」なんてね。
何故だか俺たちゴーストタイプって言うのはこんな風に子どもを怒る時の口実にされることが多い。見た目とか雰囲気が恐怖を与えているからかねえ。ま、それはいいや。実際そうらしいよ? いや、本当だって。人の道に背くような行いをすればゴーストポケモンがその報いとして、魂を地獄に連れて行ってしまうんだよ。
それは子どもに限らず、大人にも言えることだからな。旦那も気をつけなさいよ、余計なお世話かもしれないけれど。
お、そんなことを言っている間にも到着だ。それじゃあミアレの夜をお楽しみください。代金は1500円になります。
……え? 何? 持ってない?
……持ってなくて、どうするつもりだったの?
……旦那、そのモンスターボールに掛けた手は何だい?
いけないなあ。悪いことをすると、ゴーストポケモンに連れて行かれちゃうって言ったばかりじゃないか。今までのタダ乗りの罪も加算すると、随分と罰は重くなってると思うよ。
なんて言ってももう手遅れだよね。旦那、もうそのポケモンを出そうったって無理だぜ。おいらの技「ハロウィン」で、旦那にはゴーストタイプが追加され――つまり、旦那を幽霊、魂だけの状態にしたんだから。
それじゃ、本当の目的地まで向かいますか。せいぜいゆっくりしていきな、恐らくこれが旦那の魂がくつろげる最後の時間になるんだから。
では、ミアレのタクシー……いや、魂を運ぶバケッチャのかぼちゃと呼んだ方がよろしいですかね?まあ、今となってはどちらでも同じか。
「そんじゃ、 行きますよー!」
どう思う?
やっぱり、誰かの悪戯だよな?
……そうだよな、そうに決まってるよな。
でも俺は……見たんだ。この前の日曜日の夜。
ミアレの空を、一匹のバケッチャが飛んでいくのを。
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