19 干支ポケ大論争
タマムシ大学は我が国における最高学府、全国はもちろんの事、海外からも留学生がある。そんな様々な地域から集まっているからして、年末年始はだいたいこの事で論争になる。
それは干支である。今年は案の定、「巳」のポケモンで論争が起こっていた。
「アーボ・アーボックに決まってるでしょ」
そう言ったのは地元、タマムシから進学したアユミさん。やはりカントーっ子にとって「巳」と言えばこのポケモンである。
「ハブネークに決まってる」
そう主張するのはホウエン地方から上京したユウジさんだ。
「イワーク。さもなくばハガネール」
ぼそりと言ったのは、シンオウ出身のイワオさん。彼は鋼鉄島近くが実家だそうだ。
「え、巳ってノコッチじゃないの……?」
ジョウト出身のミチエさんはそう言ったが、皆「ノコッチって?」と分からなさそうな顔をしている。
「ジャローダに決まってマース」
そう言って割って入ったのは、留学生のジュディーさんだった。
干支でだいたいの学生の出身地域が分かるから面白い。
もちろん去年は「辰」で激論が交わされていた。カントーやジョウト出身者はほぼカイリュー系支持だ。一部に「は? カイリュー? ハクリュー以外は認めないし」という狂信的な一派があり、離島出身者は「うちは代々キングドラ」と主張する。そして特異的に赤いギャラドスを支持するのはジョウト地方チョウジタウン出身者だ。
「ドラゴンタイプが入って無い? そいう問題じゃないんですよ」
この町の住人は皆そう言う。また、この傾向は最初のポケモンとしてヒトカゲを貰った人々にも見られる。彼らにとってはリザードンこそが「辰」である。
「他の地方の人って誰もレックウザを知らないんです……」
そう言って嘆くのはホウエン出身者だ。上京するまではレックウザが全国規模で有名と思っていたそうだ。ボーマンダやフライゴンのほうがまだ通じると言って溜息をついた。
「ガブ。それ以外はありえない」
シンオウ出身者はガブリアスほぼ一択だ。ガブが最強と言って譲らない。
「レシラムとゼクロム」
そう口を揃えるのはイッシュ民。この二匹はイッシュの伝説のポケモンだが、彼らにとってジョウトのホウオウ並におめでたいモチーフである。
ちなみにこの論争は「酉」の年にもヒートアップする。同じ地元のカントーっ子がピジョットとオニドリルで真っ二つに割れるからだ。最初にどっちの鳥ポケモンに触れたかでそれは決まる。稀にカモネギ派やドードー派がいる。また、ふたご島出身者だとフリーザー、ナナシマ出身者はファイヤーが大好きだ。これ以外は考えられないと彼らは言う。サンダーは見た目が格好よく、出身地を問わずに一定の支持がある。
ジョウト出身者ではややピジョット派が多く、残りをヨルノズク派、ネイティオ派、少数のエアームド派が固める。逆にデリバードは12月の行事のせいか、ほとんど出番がない。そして特別なのはホウオウである。ホウオウは干支を問わずにおめでたいとされ、酉の時に関わらず取り上げられる。
また、ホウエンだとバシャーモ派、オオスバメ派が主流となる。中にはキャモメ派やチルタリス派もいるのだが、上記二派が主流である事に文句は無いらしい。
シンオウではほぼムクホーク系一択だ。一富士二鷹(椋)三茄子。文句あっか? という調子である。対するイッシュ民は鷹といえばウォーグルだと言って対抗する。一方、ケンホロウ♂♀の組合せも人気が高まってきている。昔から風流だというので、我が国の一部の上流階級が好んでいたのだが、ジャクチュウという中世の鳥ポケモン好き絵師の展覧会が開催、ケンホロウ♂♀を描いた絵が好評だった事をきっかけに郵政局発行の年賀状柄の一つに採用された。それによって知名度が上昇、市民権を得てきている感がある。
もちろん、ここに挙げなかった鳥ポケモンを支持する人々も少なからず存在する。
選択肢がたくさんある干支といえば「子」も同様だろう。年賀状柄の一番人気はやはりピカチュウである。全国的に見ても支持者が多い。が、神社や公共機関が採用するのはコラッタ・ラッタが多いという統計がある。やはりネズミポケモン本流の貫禄という事か。
ジョウト出身者だと、ヒノアラシ、マリルの支持も厚い。特にヒノアラシは旅立ちの最初に貰えるポケモンの一匹という事だけあって愛着を持つ人が多いようだ。
またあえてライチュウ、サンド・サンドパンという一派も存在する。特にライチュウ一派からは「あのコッペパンみたいな腕がいいんだ!」「デブいのが大変よろしい」「ピチューよりライチュウ! ピカチュウよりライチュウ!」などの過激(?)な意見がしばしば聞かれた。
イッシュ出身者はやはりミネズミがいいらしい。進化系であるミルホッグの年賀状も人気がある。
あまり派閥争いが見られないのは「午」「未」だ。我が国ではポニータ・ギャロップ。イッシュ地方だとシママ・ゼブライカ。ほぼこの二派に分かれる。未もメリープ・モココ、お情けでデンリュウ。イッシュ地方だとエルフーンとなる。
「亥」はウリムー・イノムー・マンムーがスタンダードだが、ホウエン出身にとってはバネブー・ブーピッグが馴染み深い。また、鼻の形からごく稀にマンキー・オコリザルの支持者がいる。イッシュ地方だとポカブ・チャオブー・エンブオーだ。
「丑」はケンタロスかミルタンク。あるいはその組合せでほぼ9割を占める。ただし、ホウエン地方になるとややバクーダの割合が増える。またイッシュ地方ではバッフロンである。
「戌」になると興味深いのは、出身地方より姿形が好みの戌を選ぶ傾向があるという事だ。ヘルガーがかっこいいと言うホウエン民がいると思えば、ヨーテリー贔屓のシンオウ民もいる。国際化を感じる近年の傾向である。
そして「戌」と「寅」を渡り歩くポケモンがガーディとウインディだ。「寅」は姿形より模様が重視される傾向がある。縞々かどうか、それが大切なようだ。ライコウ、ガーディ系、エレブー系が王道だが、縞々なのをいい事にスピアー、レジギガス、ピカチュウにオオタチ、ゼブライカ……などなど割とやりたい放題である。場合によっては縞々さえ逸脱する。「トラ」ンセルを印刷した年賀状を見た時は恐れ入った。
「申」になるとシンオウ出身者はだいたいヒコザルとその進化系を思い浮かべる。御三家の強さを感じる。
カントーやジョウトではマンキー・オコリザル、エイパム・エテボースのどれか。でも、他の干支に比べるとあまり議論されないない様な気がする。むしろこれに関しては、草炎水の三猿のどれにするか、イッシュ人の意見が分かれる。
「どの猿の支持が多いのだろうか……」
三猿のうちのいずれかを手持ちにしている人は結構気にしているらしい。色合いが綺麗なのもあって、三猿を一緒にしたデザインの年賀状が多いのだが、そうなると今度はどの猿が真ん中なのかを気にするのだという。親バカのなせる業である。
さて、最後に「卯」の紹介をしよう。カントー民がニドラン♂♀を選択し、一部怪獣マニアの皆さんがニドキング&ニドクインで決める。ジョウト民がマリルリ年賀状を交換し、ホウエン地方ではぶちパンダにも関わらすパッチールが目を回す。そんな中、暴走するのがシンオウ民である。
そう、シンオウにはあのポケモンがいる。長い耳、誘うような甘えた鳴き声、モデルを彷彿とさせるナイスバディ……。賢明な読者諸君はもう察しがついたであろう。
そのポケモンの名はミミロップだ。
シンオウ地方では、「卯」の年になると待っていましたとばかりに過激な年賀状が飛び交う。葉書に印刷されているのは決めポーズを取ったミミロップ、ミミロップ、ミミロップである。大きな耳で身体を覆い、カメラ目線のミミロップ、お尻と小さな尻尾を突き出し振り返るミミロップ、ビキニを着るミミロップ、足を組み悩殺ポーズのミミロップ、組み合った二匹のミミロップに、ここにはちょっと書けないポーズのミミロップ。とにかくシンオウ民は過激さを争うが如くミミロップ年賀状を送り合う。ミミロップトレーナー達も大はしゃぎだ。
「年賀の写真撮影はプロのカメラマンに依頼しました。スタジオに行って撮ってもらったんですよ。バニラちゃんもノリノリで」
そう話してくれたのはヨスガシティ在住のモリオさんだ。実際に撮影した写真も見せて貰った。う〜ん、これはすごい。興奮……あ、いや、なんでもない。さすがプロが撮影しただけはある。
シンオウ郵便の統計によれば卯の年は年賀状の売上げが大幅にアップするという。この年ばかりはシンオウ郵便もはっちゃける。前回の卯の年、シンオウ郵便はミミロップの年賀状デザインを何種類か発表したが、そのうちの一つがミミロップが巨大ニンジンにまたがり思わせぶりなポーズをとったもので非常に話題になった。「公式が病気」「シンオウ郵便が壊れた」「どうしてこうなった」などと散々心配されつつ、ニンジンまたがり柄が即日完売する郵便局が相次いだ。
インターネットなどを通じ、その余波は他地方にも広がり、ミミロップの知名度が全国規模で高まったのは記憶に新しい。
「次の卯年も話題になるものを作りたいですね」
シンオウ郵便幹部は意気込む。次のミミロップ特需を睨み、デザインを手がける新人を発掘したいと語る。毎年コンテストを開催し、特に反響のあるものは公式に採用するという。他地方からの応募も可能だ。
さらにミミロップといえば、コトブキシティに本社を構えるトリデプトン(株)が売り出したVOCALOID、飛跳ミミが動画サイトで人気だ。このキャラクターはミミロップをモチーフとしており、ファン達が年を選ばず年賀イラストを投稿する。
そんな事が重なって、シンオウ地方のポケモンといえばミミロップという風になりつつある。
だが一方で、強力なライバルも登場している。耳が長く、愛らしいので、ぜひ卯年のポケモンにすべきと愛好家達が主張しているポケモンがいるのだ。
ミミロップの座を狙う刺客ポケモン。その名はイーブイだ。
「従来のニドランに加えて、イーブイの年賀状を発売したところ、大変好評でした」
そう語るのはカントー郵便タマムシ支社のイシイ支社長だ。
「次の卯年はカントーも負けません。シンオウミミロップの牙城を崩します」
早くも宣戦布告をする。
「進化系も揃えます。ブイズ各進化系ファンのニーズにお応えしたい」
否応なしにファンの期待は高まる。
が、一方でブイズの参戦には批判もある。
「イーブイはともかく進化系はねえ。全然卯じゃないじゃないの」
そう話すのは猫ポケモンが大好きだというだいすきクラブのタナカさんだ。
「普通に人気があるんだから出張らないでいいじゃない。私のかわいい猫ポケモンは干支にすらならないのよ?」
と、彼女は少し不満そうに語った。
「せいぜい「寅」の時にブニャットちゃんくらいかしらねえ」
とは言うものの、彼女の年賀状は年に関わらず「うちの子」である。去年の年賀状を見せてもらった。写っていたのはまさに東西ニャン北という感じで、各地方の猫ポケモンが集結している。真ん中ではタナカさんが笑っていた。案外こういう人こそが一番楽しんでいるのではないだろうか。
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