20 絆の温度
キタバ(HP)
今回、取材先はシンオウ地方のとある放牧家である。放牧と言っても種類は多い。では、どんなポケモンを育てているのか?
私はシンオウ行きの船に揺られながら、ケンタロスやメリープの姿を想像していた。
しかし、ようやく取材先に辿りついた私の目前には炎を宿した白く細長い肢体の馬達が駈け廻っており、私の予想は外れた。草原と針葉樹が織りなす緑の絨毯と、澄みきった蒼い天井に囲まれたこの場所に彼らの姿はよく似合う。
そしてたまらずに私は大きく息を吸い込み、体の中にこの場所の空気を入れる。そしてレンズ越しに辺りを見渡す。その風景の中に彼らがここの主に連れられ木材を運搬している光景を目にした。次の瞬間、私は無意識にシャッターを切った。
今私が訪れているのはシンオウの中心にそびえるテンガン山から南にずっと行った場所にある小さな村だ。タウンマップにはほとんど情報が無いような場所だが、この人里離れた土地ではシンオウ地方の基礎を築いた開拓者達が生きいきと暮らしている。
元来このシンオウ地方は近代に大規模開拓が行われた土地である。それ以前は土地のほとんどが原生林に覆われており、さらに寒冷な気候や風雪から人が住む場所を作る事が非常に困難な場所だった。そんな厳しい環境の中で人と共同して森を拓く事のできるポケモンが抜擢された。それが彼らだった。その理由としては開拓予定の土地では餌になるシュカの実や牧草が多く生育しているという事や、貰い火という特性が大きな要因であった。
彼らの仕事は単に放し飼いにされ、木の実や下草を食べているだけではない。ここで生活の基盤を作る為に人が切り出した樹木を動かし、大樹の根を掘り起こす作業も人々と共に行う。そして拓いた土地に木材で家や厩舎を建て、余った土地を耕して田畑に改良した。時には、遠方からの物資や人員の運搬を行い、寒さの厳しい日には彼らの炎を囲み皆で暖をとっていたという。
その全ての作業は彼らがいたからこそ行えたのである。だから人々は彼らとの関係を非常に大切にした。お互いがお互いにとって必要な存在であり、そしてなにより厳しい自然の中で生きる不安の中で過ごした時間はいつしか人々と彼らの心を結び付けていた。モンスターボールも無かった昔の話。しかし、彼らにとってそんなモノは必要無かったのだろう。
そして今、私達はそんな彼らが開いた大地の上で様々な生活を営んでいる。その生活の中に彼らが当たり前のように溶け込む風景は消えつつある。今日のシンオウ地方は各地に道路が整備され、自動車や自転車でも旅が出来るようになり、農耕機械も随分と発達したおかげで今では1人でも農地開拓が行える時代である。彼らがこの地で担ってきた役割は、文明の利器に取って変わってしまったのかもしれない。
しかし、そんな時代の流れの中でもこの村には人々が彼らと共に生きる世界が、今も確かに存在している。時代がいくら変わろうと、この村の人々は彼らと心を通わせながら大自然の中で共に生きるという文化を守り続けていく。
「そのことにどれだけの価値があるのだろうか?」
もし、そう考える人がいるならば一度この場所に訪れてみると良い。その答えは実際に訪れなければ分からないのかもしれない。自分の中にあったはず感覚がひょっこり顔を出す、或いはこんな当たり前の事を忘れていたのかと呆れて少し笑ってしまう様な感覚。そしてその感覚が答えなのだろう。彼らが守るモノの証明なのだろう。
物思いに耽る私とは違い、凛とした表情でシンオウの大空と大地を見つめる人々と彼らの瞳には温かな炎が、絶えることなく静かに燃えていた。
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