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24 鳥居の向こう  リング(HP


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。



 異世界には、きっかけさえあれば誰でも迷い込んでしまうし、おびき寄せる事が出来るものです。
 ジョウトやカントー、ホウエンなどの地方では、神の住む世界と人間の世界を分けるために、鳥居という門を用いていました。そのため、神社に入る際に鳥居をくぐることで、異界に一歩近付く事が出来るのです。

 とある日、とある少年が、遊ぶために神社に入りました。前からくぐる事を『入る』と言い、後ろからくぐる事を『出る』と表現するのであれば、鳥居に入って、異界の表層へと侵入したと表現できるでしょう。
 そして、帰り際。二人はふざけながら、追いかけっこをして鳥居の周りをぐるぐると回り、何十回も鳥居を前からくぐっていきました。そして、一回たりとも鳥居を後ろからくぐることはしませんでした。
 走り疲れて二人は、すっかり夕暮れとなった街で手を振って分かれます。見慣れた街、のはずでした。ですが、帰り道には塀ばかりが立ち並び、家へ入る門のない道が延々と続いています。それどころか、街には人っ子一人いませんでした。居るのは、電柱の陰から覗くソーナノくらい。
 子供が怖くなって走って神社まで戻ると、すっかり暗くなった神社には明かりが灯っていました。逆に、振り返ってみると、街にはまったく明かりが灯っておらず、それがまた恐怖を誘います。
 町の様子がおかしいんだ! 障子張りの引き戸をあけて、建物の中にいる人にそう訴えてみると、中にいたのは人間ではなくサマヨールでした。
 あまりの出来事に腰を抜かして、這いながら逃げようとする子供を、サマヨールは黒い眼差しで逃げられないようにし、ゆったりとした足取りで子供に近寄ります。もうダメだ、殺される! そんな考えとは裏腹に、触れるのは優しい手の平ばかり。
 サマヨールは、子供の手を引いて立ち上がらせると、手招きしながら鳥居の前に誘導しました。そのやりとりに言葉はありませんでしたが、不思議と伝わります。
 サマヨールは、妖しく揺れる鬼火についていくようにと子供に指示して子供を鳥居の周りでぐるぐると回らせました。もちろん、夕方とは逆の方向に。
 鬼火についていこうと必死で走っていた子供は、いつの間にかサマヨールの姿が消えていた事に気付きます。そして気付けば見慣れた風景の街に、明かりが灯っていました。

 鳥居の向こうは違う世界。だから、鳥居をくぐったら、必ず鳥居から出なくてはならない。怖い体験をした子供は、大人になってからそう語ります。サマヨールは、死者を異界に連れて行くだけではなく、異界へ迷い込んだ生者を元の世界に返してくれる、異界の番人なのかもしれません。
 ところで、もう一人も同じような場所に流れ着いたそうで。困っている時にボロ布を纏った、やたら体格のいい足のない人に背中の服をつかまれて、この世界の交番に投げ込まれるように届けられたそうです。