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40 木の記憶 人の記憶 ピッチ(HP


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。



 スチール製やプラスチック製の家具が一般的となった現代においても、天然素材の持つぬくもりや木目による見た目の美しさなど、確かな品質を誇る上質な木製家具は人気が高い。
 本日はヒワダタウンでそうした家具を製造している家具職人のクスノキさんの元を訪ね、お話を伺った。
 木炭製造で有名なヒワダタウンだが、元々はこうした家具製造の端材や断ち損じの材、形や木目が家具製造に合わなかった材を炭にし、自家用の暖房として使っていたのがこの町での炭焼きの始まりだという。
 材を断つのはクスノキさんの相棒であるカモネギの仕事だ。クスノキさん宅の庭で特別に栽培しているというクキを振るい、入れられた墨に寸分違わず材木を断っていく様には、思わず感嘆の声が漏れた。
 野生の個体数が減少していること、目立って強い戦闘能力を持たずバトルで使用するトレーナーが少ないことから、保護指定区域以外ではほとんど姿を見ることのないカモネギだが、ジョウト地方やカントー地方では古来からこうした木の伐採や加工の担い手として、また重要なタンパク源として人々の生活を支えてきた身近なポケモンであったのだという。
 クスノキさんが語るには、カモネギの個体数の減少は家具製造業そのものの変化、またポケモンに対する捉え方の変化と関連があるのだそうだ。
 「今は何でも機械でやるようになってしまって、ポケモンが必要とされるのはポケモンバトルばかりになってしまいましたからね。カモネギは器用ですが、力があるわけではないからバトルには向いていないんです。結局手持ちにするのは変わり者のトレーナーか、自分のような時流に乗れなかった人だけになってしまって、今では随分珍しいポケモンになってしまいました。
 ポケモンが仕事に関わらなくなってから、仕事で扱う材を見ても味気がなくなってしまって……。昔は材を一本見たら、どのポケモンが切り出したものか一目で分かったんですが、今ではどれも機械で切り出された真っ直ぐな材ばかりで。そもそもそういう判別ができた時代があったことを知っている人も少なくなってしまって、寂しいですね」
 それはどういうことかとクスノキさんに聞いてみると、彼はまず「よーく見てみてください」と作業場の柱を指差した。一見すると何の変哲もない柱に見えたが、よく観察すると幾本も柱に対し斜めに平行線が走っている。
 クスノキさんによれば、そうした筋の入った材はストライクの鎌によって切り出されたものだという。
 対して作業場に置いてある各パーツになる前の材には、そうした傷はない。これは機械によって切り出されたものだとのことだった。
 同じ材を同じように切ってもどのポケモンが切ったのか、あるいはポケモンの手によらないものであるのかによってこうした微妙な差が出てくるのだ。
 次にクスノキさんはカモネギに命じて、端材をそのネギで切らせ、手に取って見せてくれた。カモネギが切った材の切り口は滑らかで、ほのかに清涼感あるクキの香りが漂う。
 「カモネギや草ポケモンと言った『葉で切る』タイプのポケモンが切り出した材は、葉の香りが材にも移るんです。ポケモンが材を加工することが当たり前だった頃は、その香りの効果によって材を使い分けていた。
 カモネギのネギの香りは落ち着くから寝室の箪笥に、ベイリーフの葉の香りはポケモンを活発にするから訓練場の柱に、という感じでね。珍しいところだとクサイハナが切った材を虫除けに使ったなんて話も聞いたことがありますよ」
 ベイリーフの葉の香りの効能など、ポケモンの持つ「香り」の中でも有名なものはオーキド・ウツギ両博士が編纂したジョウト版ポケモン図鑑にも記載されているが、そうしたものに記録される以前から人々はポケモンの持つ力に着目し、それを活用する術を日常生活の中で脈々と伝えていたのだろう。
 木は年輪にそれが刻まれた年の日照などの気象が記録されていくことから、その一本一本が森の記憶であるとも言われる。木が森の記憶であるならば、それを加工し活用する技術と知識は、森とともに生きてきた人々の記憶ではないだろうか。