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51 牧羊の守り神  No.017(HP


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。


 中央アジア――ペルシアと呼ばれた地域の遊牧民の女達にとって、刺繍は重要な仕事である。
時間を掛けて刺繍した布や絨毯は生活用品であると同時に、金品やその他の商品とも交換できる商材でもあった。ことに美しく、面積の大きなものにはしばしば高値がついた。その中には何十人もの女達が何年も描けて刺繍したものもある。
 その材料は主にメリープから刈り取った羊毛である。羊毛を紡ぎ糸にしたものを様々な色に染色し、編み込んでいく。じっくりと時間を掛けて絨毯の模様は完成していくのだ。そのモチーフは伝統的な文様、植物、ポケモンと多岐に渡り、部族や家によって好むモチーフは様々だ。その家にある布地を並べてみれば、家の個性を見てとる事が出来るのだ。
 そのモチーフで最近、話題になった絨毯がある。中央アジアを旅していたトレーナーがある家のテントに泊めて貰った時に写真に収め、後にインターネット上に公開したところ、爆発的に広まった。それはその家で百年以上前に作成された絨毯であった。だが、そこに編み込まれていたのは最近、カロス地方で発見されたばかりのメガ進化のポケモンだったのだ。
 絨毯に刺繍されていたポケモン、それはまぎれもなくメガデンリュウ≠ナあった。
 メガ進化は特殊な石によって誘発される進化で、ポケモン学会では最近になって正式名称がついたばかりだ。それ以前にも稀に報告が無かった訳ではないが、突然変異であるとか個体差の範囲内、あるいは一種の奇形であると考えられてきた。
「このデンリュウは私達一族の守り神なのですよ」
 絨毯の持ち主であるナザルバエフさんは語る。口伝によれば数百年前、遊牧に連れ歩いているメリープの中から守り神≠ヘ生まれたのだという。
 通常、体毛を多く刈るためにメリープからモココへの進化はよしとされない。親とするためだったり、メリープのそれより強靱な毛を刈るために選別される事はあるものの、通常は進化しないようにする。もちろんデンリュウになってしまうと、もはや体毛を刈る事は叶わなくなってしまうのでよくよく注意するという。具体的にはメリープやモココの体毛に変わらずの石のかけらを結びつける事でそれは行われる。
 だが、そのモココは進化してしまった。変わらずの石を結びつけていたにも関わらず、進化してしまった。デンリュウとなったその個体は大事そうに石を肌身離さなかったが、変わらずの石としての効果が無い事は明らかだったし、元に戻る事も出来なかった。仕方がないので群れを守る役に充てる事にしたという。
 そんなある時、移動中の群れがグラエナの群れに襲われた。普段なら電撃で撃退できない相手ではなかったのだが、場所が悪かった。その場所ではグラエナ達があちこちに穴を掘っており、メリープ達が次々に地中に引きずり込まれた。守り役のデンリュウは強力な電撃を放ったものの、グラエナ達は地中に身を隠してしまう。電撃は地面に吸収され、対抗手段にはならなかった。だが救出も絶望的かと皆が諦め始めたその時、デンリュウが鋭く吠えたという。すると途端に持っていた石が輝きだし、デンリュウの姿が変わった。頭の先端と尻尾からは湧き出すように毛が生えて、口からは竜の波動を吐き出した。波動を受けた地は割れ、グラエナや引きずり込まれたメリープ達は地上に放り出されたという。
 直後、巨大な黒雲が空を覆ったかと思うと特大の雷がデンリュウの尾に落ちた。するとデンリュウの身体は力を得たように浮き上がり、空に昇っていった。
「以来、私達の一族は布地にこのデンリュウの姿を刺繍するようになったのです」
 ナザルバエフさんは言う。
 テントの中では今日も女達が刺繍に精を出している。今年、刺繍を始めたという娘が母や祖母から手ほどきを受けている。
 口伝として、また刺繍の技術として、守り神の姿は子から孫へと伝えられていく。