66 青い花
No.017(HP)
それと初めて出会ったのは、ジョウトのさる老舗旅館での事だった。宿泊していた部屋の床の間にその大皿は飾られていた。
そこには飛沫を上げる滝を今まさに昇らんとするコイキングの姿が青の一色で描かれていた。通常コイキングと言えば赤い色であるが、青一色で描かれたその場面の迫力と、艶めかしい青の発する美しさに私は心奪われた。もともと焼き物は好きだったが、その時は何時間も、文字通り時間を忘れ見つめていたように思う。円と青が生み出す空間の何と美しく魅惑的な事か。どんなに眺めていても飽きる事が無かった。
この青一色の大皿が伊万里(いまり)焼である事は旅館の女将に教えて貰った。この大皿は「図変り」と呼ばれるもので、宴会などに振る舞われる鉢盛り料理に用いられたものという。
伊万里焼とは、ホウエン地方を代表する焼き物にして、この国で最初に作られた磁器であり、有田焼とも呼ばれる。その中でも青一色で絵付けされたものは染付(そめつけ)と呼ばれ、伊万里の中でも主要な一群を為している。もともと磁器の始まりは中国の景徳鎮(けいとくちん)で、その白地と絵付けの青の美しさから青い花――青花(せいか)と称えられていた。世界中がこの美しさに魅了され、権力者達は高額で手に入れたし、また自ら作り出そうと苦心した。この国における磁器作りもこの青花に近づく事から始めた訳である。時は江戸時代、海の向こうから職人が連れてこられ、国土の中で材料となる磁石(じせき)の鉱脈を探した。結果、豊縁の伊万里(現在のミシロ市イマリタウン)でそれは見つかり、磁器生産の拠点として発達していった。やがて生産が安定すると現在のカロス地方などの西欧諸国にも輸出されたという。西欧磁器の頂点に君臨するマイセンも東洋からもたらされた磁器の成分を研究する事で作り上げられたものである。
染付はそれが生み出される過程もまた魅力に溢れている。驚いた事にこの美しい青の絵は最初から青く輝いていた訳では無い。染付の絵の具は呉須(ごす)と呼ばれ、その色は焦げ茶だ。素焼きの皿にこの焦げ茶で線が引かれ、薄い焦げ茶を重ねる事で濃淡が表現される。だから最初に現れるのは円の中に描かれた焦げ茶一色で描かれたモノトーンの世界である。模様でも、植物でも、ポケモンでも例外なく焦げ茶だ。だが、これを窯に入れ、高温で焼く事によって様相は一変する。釉薬に浸し、一二○○度の温度で本焼きをする事によって大いなる変貌を遂げるのだ。素焼きの器は焼き締められ、焦げ茶だった呉須は鮮やかな青となって開花する。私はその術こそがこの世の何より不思議な魔術だと思っている。ことに科学技術の発達していない当時にしてみれば、磁器を生み出す窯元の人々は魔術師そのものであったのではないか。
また、彼らは優れたポケモントレーナーでもあった。磁器の材料となる白い磁石を山から採掘し、細かく砕いて粉とし、練って粘土とする。形を整え、窯で焼く――それらの過程には様々なポケモンが関わっていた。採掘には地面や岩のポケモンが用いられ、運搬や石を砕く過程においてはには力持ちの格闘ポケモンが活躍したはずだ。そして窯で出会うのは言うまでもなく炎ポケモンだ。文献によれば窯元では好んでコータスが使われたとある。小柄で性質が大人しく、安定した温度が得られる為だ。コータスは窯に入り、それが開くまでの間、炎の番を務める。この適切な温度管理はまさに職人技だ。この石炭の亀もまた魔術師達の一員と言えるだろう。大皿の裏側の糸底にしばしばコータスの甲羅文様が描かれているのは、その働きに敬意を表していたからに他ならない。
図変大皿はコイキングやギャラドス、ホウオウなど吉兆柄や文様、植物などを題材にとる事が多いが、こうした制作に関わったポケモン達を描いた一群が僅かながらに存在する。ゴーリキーなどの格闘ポケモン、コータスなどの炎ポケモンが多い。あまり市場には出回らず、窯元やミシロ市周辺の小さな美術館にこっそり展示していたりするのだが、最近はそれを発見するのが楽しみの一つになっている。
青一色で描かれた彼らの姿。それは当時の窯元の息遣いを今に伝えている。
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