69 犬の休日 クーウィ
数々の伝説に彩られ、様々な逸話や習慣の残るシンオウ地方ですが、此処トバリの町には一年に一度、犬のポケモンが一切外に出せない期間があります。
禁忌に触れるのは八月上旬。暦の上では丁度御盆に当たるこの時期、トバリの町では該当するポケモン達をモンスターボールに収納し、八月頭から先祖供養を目的とする『盂蘭盆会』の行事が終わる十六日まで、各家庭の犬小屋は空っぽの状態が続きます。この仕来たりは非常に古く、同地に語り継がれている有名な『剣を捨てた男』の昔話と対になっている、ある物語に由来していると言われています。
その伝承は次の通り。数多くのポケモン達を殺した末に剣を折り、ポケモン達に許しを請うた後のトバリの人々様子が、この物語では印されています。
その昔、まだ人とポケモンが同じ言葉で意思表示が出来ていた頃の事。このトバリ周辺に住んでいた人々は、『ドッショ』(これは現在で言う、『戻りの洞窟』の事と言われています)から彷徨い出てくる亡霊に悩まされていました。彼らはこの世に未練を残して死んだ者達の魂で、村に住んでいる人間達に様々な災厄を振りまいたり、時にはあちらの側に連れて行こうとしたりした為、人々はほとほと弱り果てていました。既に武器を捨て身を守る術を無くした上、ポケモン達との絆をも失っていた彼らには、跋扈する亡者共を抑える手段も、助けを乞う伝手もありません。
そこで追い詰められた村人達は、ある決断をします。村一番の勇者だった若者が旅立って、ずっと遠くの地に住んでいる獣人達に自分達の境遇を訴えて、助力を願う事にしたのです。彼ら蒼い衣の狗人達は、このシンオウの地で最も鋭敏な感覚を持った生き物として知られ、またその戦いに於ける実力も、諸方に聞こえていました。
若者の必死の願いは、当初頑なに協力を拒んでいた相手の心を少しずつ動かし、やがてその赤裸々な思いに胸を打たれた狗人達の族長は、嘗て彼らが犯した数々の罪を許し、一族から選り抜きの勇士達を集めて、トバリの村に赴かせる事にしたのです。若者に連れられ村に入った獣人達は、その持ち前の能力で瞬く間に亡者の接近を察知し、鍛え抜かれた技と力で彼らを撃退して回った為、以降このトバリの村は、死者の魂によって悩まされる事は無くなりました。
ただ、年に一度あの世とこの世の境が解放され、先祖の霊が帰って来る盆の間だけは、祖霊に対して間違いが起こらぬ様彼ら狗族も役目を解いて、身を休める事になりました。これが、現在のトバリシティの仕来たりの由縁であると言われています。
古の昔から伝わるこれらの物語は、トバリの町やその歴史に、深い影響を与えました。
例えば武器を持たぬと言う誓いについてですが、その昔シンオウ全土で先住民達が武装蜂起し、圧制を布く本土に対する大規模な反乱が起こった際も、ここトバリ周辺では殆ど武具は持ち出さず、最低限の護身用具のみで出陣したと記録されています。その傾向は現在に至るも変わる事なく、トバリに於ける武道の総本山とも言うべきトバリ道場ですら、武器を使った諸芸は一切教えていません。稽古は愚かトレーニングにすら使わせようとしない修練場は、世界でも此処ぐらいだと言う事です。
またそのトバリ道場では、真に実力を認められた門人に対し、波導ポケモンのリオルが免許皆伝の証として送られると言う伝統があります。まさにこのリオル系統のポケモンこそが、嘗てこのトバリの村を守ってくれた、獣人達の末裔だからです。
トバリ道場での奉納試合が終わり、盂蘭盆会の祭りが盛大に開かれた翌日、犬の休日は終わります。満月の明るい夜空を背景に一晩中踊り明かし、先祖の霊を無事送り返した後、すっかり秋めいたトバリの町に、再び嘗ての日常が戻って来ます。
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