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72 火の鳥と春の訪れ  No.017(HP


PDFバージョン  フォルクローレに採用されると見開きの片側に絵がつきます。


 旧暦七十二候では、新暦でいう二月四日から八日頃を立春(りつしゆん)と呼んでこれを新しい年のはじまりとしていました。立春とは暖かい風が吹いて川や湖の氷が溶け出す頃、雪解けが始まった地面の中から蕗の薹が顔を出し、梅が開花を始める……そんな「春の訪れ」を少しずつですが感じる事が出来る頃です。
 シンオウ〜ホウエン地方にかけての列島では、春は火の鳥であるファイヤーが連れてくると広く信じられていました。燃え上がる炎の翼を広げ南から北上していくファイヤーは冬の寒さを払い、雪を溶かし、地面に眠っていた種を一斉に芽吹かせる春を告げる鳥でした。その燃えさかる姿は古い和歌や俳句にもしばしば登場し、春の季語にもなっています。雪景色もしくは夜空とセットで詠まれる事が多かったようです。一面の白い世界も、暗い夜空もファイヤーの容姿を際立たせるのに一役買っています。このファイヤーに対する舞台設定は今も昔も変わらないイメージとして受け継がれており、絵本やマンガ、アニメーションにも頻繁に登場しています。何が美しいと考えるかは今も昔もあまり変わっていない、という事でしょうか。また、一部の地域では赤い梅の花はファイヤーが飛び去った後に残した燃える翼の火の粉だと考え、梅の花の開花をもってファイヤーが土地の空を通過し、春が訪れたとしたそうです。
 そして二月も中旬を過ぎ、旧暦の候が立春から雨水(うすい)に移った頃、よりファイヤーを連想させる光景が各地で生まれます。それは「野焼き」です。
 野焼きとは春先の晴天で風の無い日に火を放ち、枯れ草を焼き払うというもの。枯れ草が焼かれた灰は肥料となり、放牧しているポケモン達の飼料となる草の成長を促進するという役割があります。
 例えば、ホウエン地方のえんとつ山の中には世界最大級のカルデラが広がっており、その中に広がる草原で放牧を行っていますが、この風景は自然が作り出したものではなく、毎年野焼きを繰り返す事によって人為的に生まれている風景なのです。このえんとつ山の野焼きは早春の風物詩になっていて、現地の人々が本来の仕事として行う他に、観光客も参加できる観光野焼きもあります。放牧のポニータから炎を松明に移して貰い、人々が一斉に枯れ野に火をかけると火は瞬く間にあらゆる場所に燃え広がっていきます。炎が大地を焦がす様は壮観の一言。その光景は私達に春を告げるファイヤーの存在を起想させます。
 かつて列島を渡り歩いてポケモン研究をしていたナナカマド氏も著書の中で「私は山頂の枯れ野に火の鳥の姿を見いだした。火の鳥は何も夜空だけを渡るものではない。それは地表をも飛び、炎は大地を走るのだ」と書き記しています。
 野焼きの結果、一帯は焼け焦げ真っ黒になりますが、一週間もすればまるで緑の絨毯でも敷き詰めたかのように青々と草の繁る光景が出現します。そして季節が進み、夏になれば大きく成長した背の高い草が風に揺すられ、草原全体がうねるように躍動します。それはまるで緑の炎のようです。
 春告鳥ファイヤーのもたらす炎。それは生命の息吹そのものなのです。