93 長恨歌 ピッチ
人がポケモンに生まれ変わることを題材とした言い伝えや物語は世界中に伝わっている。代表的なものとしては雪山で死んだ女性の生まれ変わりとされるユキメノコや、発見がとあるプロボクサーの死の直後であったため、その生まれ変わりではないかとされその名にちなんだ命名がされたエビワラーなどが有名である。
そんな中でも文献に書かれたもっとも有名な生まれ変わりの物語は、おそらく中国における「長恨歌」であろう。放蕩の果てに死によりその仲を引き裂かれ、それでもなお愛を貫こうとする皇帝と傾国の美女・楊貴妃の物語は古代の我が国にも伝えられ、当時の創作活動に大きな影響を与えた。現在でも、古典の教科書には必ず掲載されている著名な作品だ。
悪政を招いた原因であるとされ列挙した兵によって殺された楊貴妃と、その死を嘆き仙人の国にまでその姿を探させた皇帝はついに死と生の境である山で再会し、彼女の形見の品として美しいかんざしや小箱を分かち、それを飾る宝石のように心を美しく、固く持つことを誓い合う。そして、二人の間でだけ通じる永遠の愛の言葉として「地にありては双頭の鳥に、海にありては小英雄とその翼下に」と唱えあう。この言葉こそ、この物語がポケモンへの生まれ変わりを扱うとされる理由である。
前者、「双頭の鳥」についてはすぐに分かることだろう。一つの身体に二つの頭を持つドードーはポケモンの生態解明の進む近代まで、生まれてくることができなかった双子の水子や心中した男女など、強い絆を持つ二人が生まれ変わり、誰の邪魔をも受けることのない地の果てを目指して走り続けていくものだと信じられてきた。では、後者の「小英雄とその翼下」とはいったい何を指すのだろうか。
作中の時代において皇帝の象徴とされていたポケモンは、天にあり眼下にあるものすべてを統べ、唯一その上に立つとされるホウオウであった。これと対になるルギアは明瞭に見渡せる空ではなく見ることのできない海の底から出でること、空へ出でる欲望を抱かず同時に空や陸から海を侵すものを罰するとされていたことから、明瞭な血統から出でる皇帝ではなく詳しい出自が不明瞭な民たちの中から出で、民を圧政より守る英雄の象徴であるとされた。英雄はルギアであるが、「小英雄」はまた別のポケモンを指すのである。
ルギアと同じく海に生息すること、大きな翼を持つこと、そして藍色と白を基調とするその色合いから、マンタインは当時ルギアと何かしらの関連をもつポケモンであると考えられていた。また、たびたび水面へ姿を現して低空を滑空することから、海の外の様子を学ぶとともにルギアの使いとして海を侵すものがないかを見張っているのだともみなされていた。そうしたことから言われるようになったマンタインの異名が、「小英雄」である。その「翼下」にいるのはご存じ、テッポウオだ。テッポウオはマンタインとの関連性から、英雄に守られるとともに彼と心を通わせ、よりどころとなりその心を支える民や思い人であると位置づけられていた。
このことから、「地にありては双頭の鳥に、海にありては小英雄とその翼下に」とは、再びともに繋がりあうものとして生まれ変わること、そして愛を政治により左右される皇族の身としてではなく、ただの人として生まれ変わり再び愛し合うことを約束した言葉であると言われている。
「長恨歌」という題名は、進み続ければいつかは限りを迎える天地と、限りのない死別の悲哀や怨恨を対比したものであるとされる。古典として長くこの物語が読み継がれてきたことは、その感情の普遍性を無言のうちに語っているといえるだろう。
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