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17 都市の影 奏多


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見知らぬポケモンが、ヤマブキシティに住み着いている。
いつのころからか、そんな噂を聞くようになった。いわゆる、都市伝説と言うやつだ。
都市伝説など、始めはただの噂だ。
しかし「夜、不審な影を見た」とか、「おかしな鳴き声を聞いた」などという噂が出始めると、だんだんと人が興味を持ち始める。こういった内容に飛びつくのは、子供だ。元からひっそりと存在していた都市伝説が、子供たちの間で話に尾ひれがつき、最初とは違った話になってしまうということは、よくあることだ。
だが、今回はその出来上がった話が、少し厄介なものだった。そのため、ヤマブキシティのリニア駅前交番に勤務している彼は、夜のヤマブキの警備を任されていた。
 彼は夜の街を見回す。
――こんな都会に、都市伝説にあるようなポケモンが出てくるとは思えないな。
そんなことを思った彼の後ろに、人が立ったのを感じた。
「おい、ちゃんと見回り、してるか?」
そう後ろから声をかけられ、彼は振り返る。
「はい、勤務ですから」
 彼の上司と思われる男はため息をつく。
「全く、ただの都市伝説だっていうのに、何でこんなに警戒するもんかね」
「ははっ、そうですね……」
 彼は都会の夜でも明るい空を見上げ、自分のこの夜の警備、という勤務の原因となった都市伝説を思い出していた。

 事の発端は、一ヶ月ほど前。会社帰りのサラリーマンが見たという影だった。サラリーマンは退社した後に、会社の前でその影と出会った。影は何をするでもなく、彼の前に現れ、すぐに姿を消してしまった。次に見たのは、観光に来ていたカップル。二人は空を飛んでいる影を見た。
 なんでその程度の噂が都市伝説になってしまうのか。簡単なことだ。現代の情報化社会において、ネットと言うものの影響力は強い。誰かがネットの掲示板などで、「ヤマブキシティで怪しいポケモンな影を発見」などという書き込みをしたのなら、あっという間にその噂は広がってしまうのだ。 今回はそのネットでの都市伝説が、カントーの大都会、ヤマブキシティでのものだということもあり、さらに早く広まっていった。
 そして、ネット上だけのものだった都市伝説は、現実の世界にも、だんだんとその足を伸ばしていく。
 そして、現実世界に足を伸ばした都市伝説、それに食いつくのは子供であり、ヤマブキシティの子供たちの中で、噂はさらに成長していった。
ただ二回、人前に現れたその影は、黒ずくめでよく見えなかった、ということもあり、子供たちは悪の化身と考えたようだった。「悪の化身の黒ずくめのポケモンが、人間の子供を連れ去るためにヤマブキシティを飛び回っている」というのが、最終的に落ち着いた都市伝説の姿だった。そのほかにも、出会った時の対処法で、光を当てる、などといったものもあった。

「全く、その影がポケモンかどうかも分からないのに、迷惑な話だよね」
 彼は足元に寝そべっている、自身の相棒のガーディにそう同意を求める。ガーディは一瞬目を開け、主人をちらりと見るとまた眠そうに目を閉じる。彼はガーディをそっと撫でる。
「仕方ないさ、こういう類の都市伝説ってのは、子供にとってみれば、秘密を知った特別感と、それに自分が実際に出会ってしまうかもしれない、っていう緊張感を、一度に味わえる代物なんだからよ」
 上司の言葉になるほど、と彼は頷く。
「たしか、僕の小学校でも流行りましたね、都市伝説。何だったけな……。あ、そうだ。人間に作られたポケモンが、人間に復讐するっていうのだったかな?」
「俺の頃もいろいろあったな。モンジャラが、子供を海に引きず込む、ってやつとかな」
 それを聞き、彼は吹き出してしまう。
「モンジャラって草タイプなのに、海ですか? 面白いですね」
「あぁ。本当に何でだ、って思うようなもんが、子供の恐怖の対象になっちまう。本当にはた迷惑な話だな」

 ヤマブキシティはカントー一の大都会、そしてシルフカンパニーをはじめとする、様々な企業のビルが立ち並んでいる。そういった印象の強いこの街だが、そんな都会にも、もちろん学校というものは多く存在する。トレーナーとして旅立つ子供も多くいるが、学校に通って進学を目指すという子供たちも少なくはない。ヤマブキシティの学校に通う子供たちは、この影のポケモンの噂に怯えきって、集団下校やパトカーの出動などというものにまで発展していた。そして夜は、交番勤務の警官が、影の目撃情報のあった場所で警備を行っている。
 小さな噂が、ネットを介して都市伝説に。都市伝説が、子供たちを通して、社会的な問題に発展する。誰がここまでのことを予想しただろうか。

「ん、そろそろ交代の時間か。俺は先にあがるな」
 上司にそう声をかけられ、彼は「お疲れ様です」と声をかけた。次のシフトのものが来るまで、少し時間がかかるだろうと思い、彼は大きく伸びをする。
「お前はのんきでいいよな、ディ」
 気持ちよさそうに丸まって、眠っている自身の相棒にぽつりと声をかける。彼は交代が来るまでの間、少し休んでいようと、近くの段差に腰掛けた。
 彼のいる場所は、影が初めて人前に姿を現した会社の前だった。社員がほぼ退社してしまった後の、会社のビルの前など、人通りもなくつまらないものだ。退屈すぎてあくびが出そうになるのを、必死に抑えていた。
そんな彼の前に、それは現れた。
「ん?」
 我慢できず出てしまったあくびを、手で押さえながら、彼の目に映ったのは、影だった。
 そう、まるで、都市伝説でいわれている、黒ずくめの影。
 月明かりが、それを照らしていた。
「うわ……。もしかして、本物来ちゃった?」
 彼は思わず呟いていた。
 黒ずくめなどと聞いていたから、勝手に黒色をしているポケモンだと思っていたのだが、違った。影は黒いマントのようなものを纏っているのだと、冷静に彼は見て判断した。
 いつの間にか、ガーディは目を覚ましていて、その影を威嚇していた。
「ちょっと、止めなさい、ディ。攻撃されたらまずいって」
 彼はそう止めようとするが、ガーディは勢いよく影に立ち向かっていった。
 影はガーディのほうに向くと、手をそちらに向けた。
 すると、ガーディの体はふわりと、持ち上げられていた。
「ディ、大丈夫? あれは……、『サイコキネシス』か」
 影が技を使っているのだと判断した彼は、ガーディに指示を出す。
「ディ、『ほえる』だ」
 ガーディは指示通りに、勢いよく吠える。影はその様子にひるんだ様子で、手を下げた。そのおかげで、宙に浮いていた体が地面に下ろされたガーディは、また影に立ち向かおうとする。
「ディ、ストップ。おすわり」
 だが、彼がそう声をかけると、ピタリとその場に座った。
「よしよし、いい子。だめだぞ、誰でも構わず攻撃し始めるのは」
 彼はそう言いガーディを撫でている。ガーディも主人の言葉に素直に従い、おとなしくなった。
「ええっと、いきなり攻撃しちゃってごめんね。君は……ポケモンでいいのかな?」
 彼の言葉に影は、自身のマントを取った。
 月明かりに照らされて見えたその姿。 薄い紫色をした、人型のポケモンが立っていた。
「見たことないな、こんなポケモンは」
彼がポケモンを見ながら、そう呟いた。
《それはそうだろう。私が人間の前に姿を現すことは、ほとんどない》
「へえ、珍しいポケモンなんだ……。アレ? 今喋った?」
 彼は目の前のポケモンを、興味深そうに見ている。
「あぁ、テレパシーかな? すごいね。都市伝説のポケモンは、人前に姿を現さない、テレパシーの能力を持つポケモンだなんて」
 彼は目を輝かせてそう言った。ポケモンの方は、彼とガーディをじっと見つめていた。
「何だい? 僕の顔に何かついてる?」
《いや、普通の人間だったら、初めて見るポケモンなど、怯えるか、捕まえようとするかだと思っていたからな》
 ポケモンの言葉に彼は、笑みを見せながら口を開く。
「あぁ、僕じゃなかったら、そうするかも」
《ほう?》
「僕もディも基本的に、戦闘に向いてないからね。それに、さっきの『サイコキネシス』。あれの威力を見て、戦っても勝てないことが分かったから」
 それより、と彼はポケモンに近づく。
「都市伝説になってる、張本人に出会っちゃうなんて、僕ついてるのかな?」
 ポケモンは彼の都市伝説という言葉に、反応を見せた。
《都市伝説……。私はいつの間にか、そんなものになっていたのか》
「まぁ、なってる本人は気づかないよ、きっと。でも、君の話は、子供たちが大層お気に入りでね。『悪の化身の黒ずくめのポケモン』なんていう噂になっててね。君が何か悪さをするんじゃないか、なんて子供たちは思ってるらしいね」
 ポケモンは彼の言葉を聞き、目を細める。
《そうか、私の居場所は、ここでも無かったということか……》
 ポケモンは静かに続ける。
《私は、本当は存在するはずの無いポケモンだ。私がこの世界に生きていては、いけないのかもしれないな》
 自嘲するように言うポケモンを見て、彼は少し考えるそぶりを見せ、口を開いた。
「そんなことないよ」
《どういう意味だ?》
 彼はポケモンに笑みを見せる。
「君がここに存在することを、咎める奴なんていないさ。そうだな、都市伝説は、それだけ人々が君に興味を持ってるってこと。それは悪いことなんかじゃないよ。それに、君の居場所は、このヤマブキシティさ」
 彼の言葉にポケモンは、驚いているようだった。
《私の居場所が、ここ?》
「あぁ。ほとぼりが冷めれば、皆、黒い影なんて気にしなくなると思うしね。それにこの街は君のこと必要だと思ってる」
 それに、と彼は続ける。
「生きるって、きっと楽しいことだから。都市伝説として、生きるのも悪くないんじゃないかな」
 彼は微笑んでそう言った。
《そうか……。ありがとう》
 ポケモンは礼を言うと、またマントを羽織った。
《生きることは、楽しいこと。以前、誰かに言われた気がする。私は、人間の噂の中に生きることにしよう》
 ポケモンはそう言い残し、飛んで行ってしまった。
「さてと、まだかな。僕のシフトの終わりは」
 彼はガーディを抱きかかえ、夜の街に佇んでいた。

 それからしばらくして、子供たちは夏休みに入った。それのおかげか、黒ずくめのポケモンの都市伝説は、人々の中から消えて行った。
 だが、ただ一人。
 そのポケモンと出会った彼はいつも、夜の警備の時に、あの都市伝説を思い出すのであった。