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19 紅葉祭り 奏多


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 私が学校の帰りに、エンジュの街を歩いている時のことだ。
 紅葉の葉を手に持った一人の少女が、母親に連れられて歩いているところを見た。少女は何やら歌を歌っていた。
「深い谷がとおせんぼ 渡れるものならさぁどうぞ
 怖い谷がいばりんぼ 渡れるものなどいやしない
 何をおっしゃるそんな谷 ライコウ様ならひとっとび
 勇者を乗せて ひとっとび」
 すれ違いざまに聞こえたその歌に、私は足を止めてしまった。
 初めて聞くその歌に驚いた、というのもあるが、それ以上に気になることがあったのだ。私は、まっすぐ家に向かうはずだった足を、別の方向へ向けた。
 私が向かったのは、祖母の家である神社だった。

私が訪ねたとき、祖母は神前の掃除をしていた。私の姿を見ると、掃除の手を止め、奥の祖母の執務室に場所を変えてくれた。
「ミサ。紅葉祭りについて、何かあるのかい」
祖母は私にそう聞くが、首を横に振って、否定する。
「そっちは、今日はいいの。今日は、さっき聞いたライコウの歌について、おばあちゃんが何か知ってるかと思って、来ただけで……」
「ライコウ様の歌? そんなもの、聞いたことないね」
 忙しそうに手を動かして、書類の整理を祖母はしている。冷たくそう言われるが、私は負けじと祖母に詰め寄る。
「でも、確かにライコウの歌だったの。何だっけ、ライコウが谷を飛び越えたり、勇者を乗せたり……そういう歌」
「だから、私は知らないよ。そんな歌」
 なお冷たく返されてしまうが、何としても私は知りたかった。
「知らないって言っても、ここはライコウを祀っている神社なんだから、何かないの?」
「いい加減にしな、ミサ。ライコウ様を呼び捨てなんて、恐れ多い。それにライコウ様は、スイクン様、エンテイ様と共に、自然の化身となられたお方だ。簡単に歌になんかしてはいけない。そういった存在なんだよ」
 分かったならお帰りと祖母は私に言う。
どうにも腑に落ちないが、ライコウのことを呼び捨てにするな、と言われているのに二、三回呼び捨ててしまった。きっともう今日は話してくれない、そう思い私は神社を後にすることにした。

ポケモンの神話が多く残されているジョウト地方では、ポケモンを氏神とした神社が多く存在している。その中でも、エンジュシティは別格だ。有名なところを上げれば、ホウオウを祀っているあのスズの塔、その横にある神社だ。以前、ホウオウが飛来していたあの寺院の知名度には劣るが、神社には多くの歴史的な資料が残されていることで、歴史研究家や民俗学の研究家からの評価は高い。資料館には、ホウオウの羽や、ホウオウが飛来していた時代の絵巻物など、国の重要文化財級のものが展示されている。
もちろんエンジュの神社はそれだけではない。ホウオウによって蘇ったといわれる、スイクン、ライコウ、エンテイを氏神とした神社も存在している。その中の一つが私の祖母の雷公神社だ。三匹を祀ってある神社は、同じ時に建てられた。しかし、建てられた時と同じままで残っているのは、雷公神社だけだそうだ。そんな古くからの神社といっても、スズの塔やカネの塔に比べればぐっと観光客は少ない、静かな神社だ。
私は幼いころ、共働きだった両親の代わりに祖母によく面倒を見てもらっていた。神社に行くと、祖母は決まって私に、エンジュの昔話をしてくれた。ホウオウのこと、海の神のこと。いろいろな話を聞いたが、私が一番好きだったのは、ホウオウによって蘇った三匹の話のうちの一つ、ライコウの話だった。雷の化身と呼ばれるライコウのことが、昔から私は大好きだった。
私が少女の歌に興味を持った理由。一つ目はライコウに興味があるということ。そしてもう一つは、近々行われる『紅葉祭り』が関係していた。

 私は家に帰ると、まっすぐ自分の部屋に行く。机の前に座り、パソコンを開いた。検索サイトを立ち上げ「ライコウ 歌」で検索する。だが、出てくるのはライコウについて歌っている短歌などしか出てこない。その短歌の中にも、ライコウ、と直接歌の中に書かれているものはない。祖母が言った通り、名前を出すことを恐れ多いと昔の人は思っていたのだろうか。
 何度か検索の言葉を変えているうちに、一つのブログサイトを見つけた。検索して、当たりが出ないことに飽きていた私は、そのサイトをクリックした。そこにあるのは、クリームパンという名前で一人の男性が趣味で書いている、ポケモンの伝説や神話についての記事だった。
『僕の住んでいる地方は、自然が多くて遺跡がいっぱいあるのんびりとした地方なんですね。今回は僕の故郷に伝わるわらべ唄についてです。
深い谷がとおせんぼ 渡れるものならさぁどうぞ
怖い谷がいばりんぼ 渡れるものなどいやしない
 何をおっしゃるそんな谷 ライコウ様ならひとっとび
 勇者を乗せて ひとっとび
こんな感じの歌が四番まであるんです。僕たちは小さい頃から、この歌を歌って遊んだりしていました。遺跡が島中にあることもあって、伝説のポケモンと結びつきが強いんですね。たまに遺跡に会いにいこうとしちゃう、すごいひともいたり(笑)』
「これだ……!」
 私は、記事に書いてある歌を何度も読み返す。確かに、あの少女の歌っていたものと同じ。私はやっと見つけた手がかりに、少し感動していた。震える指で、ブログのコメント欄に書き込みをしていく。
『初めまして。エンジュシティに住む学生で撫子といいます。クリームパンさんの、この記事について質問したいことがあるんです。このわらべ唄、どこの地方のものなのか、ライコウのどんなことについて歌っているのか、教えていただけますか? ライコウについて興味があるので、ぜひ知りたいです』
 そう打ち終わり、送信ボタンをクリックした。
「ネットマナーとか何も知らないけど、失礼になってないかな……」
 やっと見つけた手がかりを、失ってしまうのはきつい。だが、送ってしまったものは仕方ないので、とりあえずウィンドウを閉じ、パソコンをシャットダウンする。
 そして、自分がまだ制服のままだということに気付く。着替えようと立ち上がると、廊下からパタパタと音がする。その足音に私はまたか、と思った。
「また勝手に入ってきて……」
 私の部屋に我が物顔で入ってきたのは、きつねポケモンのロコン。いつの頃から、家の近くに住み着いているこのロコンに、私は「ナデシコ」と名前を付けていた。
「なぁに、ナデシコ。私、忙しいんだけど」
 ナデシコは私の足にすり寄って来る。炎タイプということもあり、ナデシコはホカホカしている。
「お腹でも空いたの? 食べるものあったかな……」
 私はそう言い、ナデシコを抱き上げる。
「全く、いつもいつも、ご飯時前に家に来て……」
 そう彼女に言うが、気にする様子はなく、鳴き声を上げる。
「お母さんまだ帰ってきてないから、お菓子くらいしかないけど。いいの? それで」
 彼女に聞くと、もう一度鳴き声を上げた。私は、仕方ないと思い台所へ歩いて行った。

「今日、お義母さんのところ行ったんだって?」
 夕食の準備をしている時に、母にそう聞かれた。私は「うん」と返事をする。きっと仕事の帰りに、祖母の神社に寄ったのだろうと考えた。
「『紅葉祭り』についての、相談にでも行ったの?」
「まぁ……、そんな感じかな」
 母は野菜を切りながら、続ける。
「『紅葉祭り』まであと、一週間ね」
 笑顔で母はそう言い、切った野菜を、フライパンに入れていく。
「私も楽しみで、ドキドキしてるよ」
 私はお豆腐をお皿に盛り付けながら、そう言った。そんな私に、母は野菜を炒めながら、笑顔を私に向けてくれる。
「私はどんなものでも、楽しみにしてるわよ。特に、ミサの神楽をね」
 母の言葉に、私は苦笑いを返した。

神楽というものは、簡単に言うと神々に捧げる、歌や踊りのこと。そしてそれをするのは、巫女の務めだ。祖母の神社にも、もちろん巫女はいる。
その巫女の一人は私だ。以前、人手の足りない時に、巫女の手伝いをしたことがあった。それ以来、神社の行事の度に、何度も巫女の仕事をしていた。そして去年から本格的に、祖母から巫女の仕事を任せられるようになった。
だが、基本的に私は学生のため、神社に毎日行くことはできない。そこで祖母から任せられた仕事とは、神楽を舞うことだった。神楽を行うのは祭の時が、ほとんどだ。祭りというものは基本的には、祭日に行われる、というか、祭りがある日が、祭日なのだ。そういうわけで、私は神楽専門の巫女になったのだ。
一週間と二日後の十一月十日に、雷公神社ではある祭りが行われる。『紅葉祭り』と呼ばれる、紅葉の奉納祭だ。氏神であるライコウに、紅葉を奉納することで、紅葉の美しさを讃え、四季の移ろいを感謝する。その紅葉の奉納の場面には、神楽を舞うことになる。そして、それは私の役目でもあった。

夕食の後、私は自分の部屋に戻り、もう一度パソコンの電源を入れる。先ほどお気に入りに登録しておいた、あのブログをインターネットで開く。ブログの管理人からの返信があるだろうか、と思いカーソルを下げる。と私の送ったものの下に、新しくコメントがあることに気づいた。
「あ、返信来てる……!」
私はそのコメントを読み始めた。
『初めまして、撫子さん。まさかこのブログに、コメントをしてくれる方がいるなんて……感激してます! このわらべ歌は、オブリビア地方のわらべ歌なんです。オブリビア地方には、古代の勇者がオブリビア地方を、悪の支配者たちから救ったという伝説があるんです。そして、ライコウは背中に勇者を乗せて、谷を越えたなんて話があります。もっともっと、話したいことがあるんですが、ここには書ききれないですね。もしよければ、僕は今、キキョウシティに滞在しているので、会ってお話ししませんか?』
 読み終えて、思わずガッツポーズ。
「私、ラッキーかもしれない。実際に会えるなんて」
 彼のプロフィールを見たところ、学生とあった。もしかしたら、大学で民俗学でも専攻しているのかもしれない、と思い胸が弾む。
「明日は休みだし、会えるかな……」
 私は、キーボードに手を乗せ、打ち始める。
『私もぜひお話ししたいです。明日は休みなので、一日空いているので、私がキキョウに行くこともできますが、どうしますか?』
 打ち終わると、本日二度目になる送信ボタンをクリック。
「キキョウっていったら、マダツボミの塔とかが、いいのかな」
 そう考えながら、机の近くの本棚に目を向ける。「デートコースはこれで決まり! 乙女のためのキキョウシティ」というタイトルの本に目がいってしまうのは、不可抗力だと思う。
――クリームパンさん……。どんな人なのかしら。もしかしたら、ここから、恋。なんて……。
 一人でそんなことを考えているのが、いたたまれなくなり、もう一度パソコンに視線を戻す。
「あ、コメント来た」
 彼もちょうどパソコンを開いていたのだろうか。何にせよ、タイミングがいいらしい。
『それなら、キキョウシティのマダツボミの塔なんて、どうでしょうか。その近くに、おいしいカフェがあるので、そこでお茶でもしながら、お話ししませんか?』
 彼のコメントにまたまた、ガッツポーズ。
「カフェでお茶なんて……。どれだけ私の、理想デートのツボを押さえてるの!」
 ちなみにマダツボミの塔は、お坊さんの修行の場だけでなく、観光地ともなっている場所だ。
『わかりました。それでは、また明日、楽しみにしてます』
 そう打ち、本棚の先ほどの本を取り出した。
「この本、持ってこうかな……。別にデートとか気にしてないけど」
 本のページをめくりながら、もう一度、パソコンの画面に視線を向ける。
『僕も楽しみにしてますね。おやすみなさい』
 そう書かれたコメントを見て、私は思わず笑みをもらした。

 次の日、洋服を悩みに悩んだ私は待ち合わせ場所の、マダツボミの塔に来ていた。なぜ悩んでいたかなんて、聞くのは野暮だ。
「もしかして……撫子さんですか?」
 後ろからそう声をかけられ、私はゆっくりと振り返る。
「初めまして。僕が、クリームパンこと、カイトです」
 そう名乗ったのは、私よりも小さい背の少年。予想していた、自分よりも年上の男性とはあまりに違いすぎて驚いてしまう。
「え、えええっ!?」
 私がいきなり声を上げたことに、彼はひるんでしまう。
「あ、えっと。違うの」
 慌てて私は言葉を紡ぐ。
「勝手にあなたのこと、想像してて。神話とか知ってたから、年上の大学生なのかと思って」
 私の言葉に、彼は申し訳なさそうな顔をする。
「す、すみません……。期待に沿えなくて……」
 眉尻を下げて、本気で落ち込んでいる様子の彼を見ると、なんとなく悪いことをした気になる。私は話を変えるべく、腰のモンスターボールに手を伸ばす。
「あのね、この子私の相棒なの」
「え?」
 そう言って投げたボールから、飛び出したポケモン。黄色い鋭く尖っている体毛を持つ、サンダースだ。
「トコナツって名前よ。トコナツ、カイトに挨拶して」
 私がそう言うと、トコナツは彼の方を向き声を上げる。
「よろしくね、トコナツ」
 彼がトコナツに手を伸ばすと、すり寄っていく。その様子を見て、トコナツがこんなに人に懐いているのは、珍しいと思った。
「あ、名前。まだ言ってなかったね。私はミサ。よろしく」
 そう言って彼に、手を差し出す。
「ミサさん、ですね。よろしくお願いします」
 彼は笑顔で、私の手を握った。

 私たち二人は、彼のおすすめのカフェに来ていた。「桔梗」という名前で、私の持ってきた本にも載っている、有名店だった。
 私は、ドダイトスの背中の葉を使っているという紅茶と、この店のおすすめのモモンのタルトを頼んだ。おすすめの文字に、惹かれてしまったのだ。彼はオレンのフレッシュジュースを頼んでいた。
「ん、紅茶もタルトもおいしい。カイト君、すてきなお店、知ってるのね」
「気に入ってもらえて、よかったです」
 彼はふわりとした笑みを、私に向けてくれる。しばらく、このお店について話していた。が、彼は姿勢を正すと、私をまっすぐに見つめた。
「えっと、それでオブリビアの神話について、興味があるんですよね?」
 彼にそう聞かれ、私は頷く。
「そうそう、ライコウが出てくることに興味があって。ネットで検索してたら、カイト君のブログがヒットしたから、ちょっとコンタクトを、って思ってね」
 彼はそうなんですかと小さく言うと、話し始めた。
「オブリビア地方は広大な海と、大小の島のある地方です。遺跡と自然が多く、人々はのんびりと平和な生活をしているため、忘れられたパラダイスと呼ばれています。伝説のポケモンと人々の結びつきが強くて、伝説のポケモンがわらべ歌で歌われていたり、遺跡に多くの壁画が残されてるんです。そして、古代の勇者がオブリビア地方を、悪の支配者たちから救ったという伝説があります。その勇者は伝説のポケモンの力を、借りていたんです。ライコウも勇者が力を借りた、ポケモンの一体だったんです。ほかにも、エンテイ、スイクン、ラティオスなどのポケモンの力を借りたといわれています。ライコウは僕の故郷の、レインボ島の守り神のような存在です」
 彼はそこまで言うと、息をついた。
「どうでしょうか、これがオブリビアの僕の知っている伝説です」
「すごいわ。私、今までジョウトの伝説しか知らなかったから。すごく新鮮よ」
「ホウオウによって蘇らされたっていう伝説ですね」
 そう答えた彼に私は、驚いた視線を向けてしまう。
「よく知ってるわね。勝手にエンジュの人しか知らないと思ってたけど」
「僕はいろいろな地方の伝説や、文化について調べるために、旅をしてるんです。エンジュの昔話は、知っているポケモンが多く出て来て、好きなんです」
 たしかに、先ほどのオブリビアの話と、ジョウトの伝説は通ずるものがあるのは確かだ。私はそう納得した。
「そういえば、ミサさんはどうしてライコウに興味を?」
 彼にそう聞かれ、今度は私の話す番だと思った。
「私の祖母は、雷公神社の宮司をしてて、私はそこの、巫女なの。その雷公神社は、ライコウを氏神とした神社。そこで、来週の日曜日に『紅葉祭り』がある」
「『紅葉祭り』ですか?」
 聞いたことの無い様子の彼に説明する。
「『紅葉祭り』っていうのは、氏神に紅葉を奉納して、感謝の念を伝えるっていうもの。そこで巫女である私は、神楽を舞う役目があるの」
「神楽っていうのは、神様に捧げる舞のことですよね?」
「えぇ。なんだ、よく知ってるじゃない」
 さすが神話や、文化を研究しているだけではないと思う。
「神楽は、二種類あるの。宮廷で行われていた、御神楽。それと、民間の神事で行われている、里神楽。基本的に神楽って呼ばれるものは、里神楽のことよ。その里神楽にも、いろいろ種類があるの。私が『紅葉祭り』でやるのは、巫女神楽っていうものよ」
「聞いたことあるかもしれません……。あ、神降ろしってやつですか?」
 神降ろしというのは、神託を聞くために巫女に神を憑かせる、といったもののことだ。
「昔はそうだったらしいけど、私がやるのは、普通の祈祷や奉納の舞よ。というか、それしか私は知らないし」
 話がそれたわねと言い、私は続ける。
「ここの神社でやる神楽は、ライコウのことを舞った神楽なの。さっき話した、エンジュの伝説を中心としてるわ。私は、ジョウトの伝説だけじゃなくて、他の地方の伝説も交えたライコウの姿を来てくれた人に、知ってもらいたいって思うの。うちの神楽なんか見に来る人は、大抵ライコウマニアだし」
 私の言葉に、なるほどという顔をする彼。
「さっきの僕の説明なんかで、大丈夫ですか?」
 彼が心配そうに言うが、私は笑顔で話す。
「心配しなくて大丈夫。すごく、いい話だったから」
 私がそう言うと、彼はほっとした顔をした。
「儀式としての神楽が終わった後に、あのわらべ歌を歌いながら、オブリビアの伝説の舞をしたいな。おばあちゃんに聞いてみて、了承をもらえれば、大丈夫なんだけどね」
 了承してくれるかは、半々といったところか。
「紅葉祭りは、来週……。僕もエンジュに行ってみようかな」
「本当?」
 彼がそうぽつりと呟いたのを聞いて、私は顔を輝かせ、勢いよく彼に顔を近づけた。
「絶対行った方がいいわ、いろんな資料館もたくさんあるし、きっとあなたなら楽しめると思う」
 私の言葉に、彼は少し気圧されながらも頷いてくれる。
「一週間ほど滞在して、ミサさんの神楽、見せてもらいます!」
 彼はそう笑顔で私に言った。

 その後、私たちはマダツボミの塔を観光。そして、ケータイのメアドを交換し、ついでに明日エンジュで会うことを約束して、私たちは別れた。
「男の子のアドレス。初めてだ」
 自分の部屋のベットに寝っ転がりながら、私はケータイのアドレス帳を見ている。ちなみに私は、ポケギアも持っている。だが、ポケギアは基本ジョウトやカントーで普及しているものなため、おそらく彼は持っていないだろうと判断し、ポケギアの番号は聞かなかった。
「明日、歴史資料館とか案内しようかな」
 そんなことを考えていると、廊下からパタパタという足音が。
「……。またか」
 私はそう呟き、いつもの姿を目に映す。
「ナデシコ。あなた、いつもこの時間に来るわよね」
 今日はご飯を上げる前に、と思いポケットの中のモンスターボールを投げる。
「トコナツ。相手してあげて」
 トコナツの姿を見ると、ナデシコは嬉しそうに寄っていった。
 二匹は、仲がいい。というか、ナデシコが一方的にトコナツを好いているともとれるが。
トコナツは先祖代々、雷公神社に住んでいるサンダースだ。私が物心ついたときには、トコナツはすでにいた。トコナツというのは、花の撫子の古い呼び名で「常夏」を意味するらしい。雷公神社のサンダースには、昔からそう名前が付けられていた、と祖母から聞いている。
 トコナツは大事な相棒であるとともに、私にとっては兄のような存在だ。
 以前まだ私が小学生のころ、神社の近くで迷子になったことがある。境内で遊んでいたはずなのに、いつの間にか森にいて、私は途方に暮れていた。そのときに、私を一番最初に見つけてくれたのは、トコナツだった。私を見つけ、元の場所に帰る道に私を導いてくれた。
 それから私は、トコナツのモンスターボールを祖母から受け取り、彼と共にいるようになったのだ。
 そんなこともあり、私はトコナツのことを信頼しているし、彼もきっと私のことを好いてくれている。私はそう思っている。
 部屋の時計を見ると、時刻は六時半。そろそろ夕食の準備でもと思い、私はじゃれ合っている二匹に声をかけたのであった。

「ミサさん、今日はありがとうございます」
 エンジュの街を歩きながら、彼にそう言われる。
「いいの。昨日は私に付き合ってもらったしね。今日はエンジュ歴史資料館に案内するわ」
 これから私たちの行く資料館は、エンジュで一番大きい資料館だ。古くからの文献や、発掘された調度品など。多くのものが展示されている。私は一度、祖母に連れられて行ったことがあるが、内容はほとんど覚えていない。
「ここかな」
 エンジュの歌舞練場の少し先に、資料館はある。私たちはチケットを買い、中に入っていく。
「この屏風には、伝説のポケモンの姿が書かれているんだ……」
 カイト君は熱心に展示品を見ている。私も、ライコウに関するものについての展示品の説明を読んでいた。
「若いのに、二人とも勉強熱心だねぇ」
 いつの間にか傍に居た資料館の学芸員さんに、声をかけられる。
「私は、ライコウに興味があるんです。彼は伝説や文化について研究しているんですよ」
 私の言葉に彼は、なるほどと言った。
「そんな二人に、特別な昔話をしてあげようか」
 彼の言葉に私たちは首をかしげる。
「エンジュにはホウオウの伝説以外に、何かお話があるんですか?」
 カイト君が尋ねると、彼は頷く。
「あぁ、あるよ。語られることの無かった、昔話が」
 彼はそういうと、静かに話し始めた。

 昔、カネの塔に雷が落ち、塔が焼け、中にいた名も知れぬ三匹のポケモンたちが、死んでしまったのは知っているだろう。そして、その三匹のポケモンを、空より降り立った虹色のポケモンが、ライコウ、スイクン、エンテイに蘇らせたと。その虹色のポケモンは、今でいうホウオウだということも、君たちは知っているだろう。
 このエンジュのシンボルともなっている、スズの塔とカネの塔。この二つは、空より飛来するポケモンと人間の交流のために建てられたといわれている。二体の伝説の鳥ポケモンは神として崇められており、二体が塔に降り立つと、人々に神託を与えていたそうだ。
 しかし、ある夜。嵐が起き、カネの塔は落雷で火事になり、焼け落ち、突然の大雨で火が消えた。カネの塔に飛来していた、銀色のポケモンは、塔が焼け落ちてからは、飛び去ったままだと聞いているね。塔を焼いた火事で名も知れぬポケモンが命を落としてしまった。それを哀れに思い、ホウオウは自身の持つ、再生の炎の力で三匹の亡骸を焼き、この地に新たなポケモンとして蘇らせたんだ。 
 エンジュの街の人たちは、ホウオウの生死すら変えてしまう力に恐れを抱いた。そして、ホウオウを暴力で押さえつけようと、剣を取った。ホウオウはそれを知ると、怒りではなく、深い悲しみを覚えた。人間が過ちを犯す前に、自分がこの街から去ろうと考えた。そうしてホウオウはスズの塔から、飛び去ったんだ。
 ホウオウが去った後エンジュの人たちは、自分たちの行いの戒めとして、再び二体の伝説の鳥ポケモンがこの地に戻るまで、カネの塔を焼けた塔として残していくことを決めたんだ。そして、人々はホウオウが蘇らせた三体のポケモンを、神として社に祀ることを決めた。三つの神社を建て、雷、水、炎の化身に名を付け、三体のポケモンを祀った。そして、かつてのホウオウと同じように三体のポケモンは、神社の人間と交流を行うようになった。人と言葉を交わし、自然のことを三体から聞く。そうして、平穏な日々を過ごしていた。
 しかしそのころ、人間と親しくしている三体の力を、戦(いくさ)に利用しようと考える人間たちが現れた。悪しき者たちの考えを読み取った三体のポケモンは、それぞれの神社の者たちに、この地が戦場になることを告げ、逃げるようにと伝えた。
 スイクン、エンテイを祀っていた神社の者たちは、その忠告を聞き入れ、エンジュを後にした。再びこの地に戻り、神社を建てることを誓って。
 しかし、ライコウを祀る神社の者たちは、忠告を聞いてなおエンジュから去ろうとしなかった。ライコウが何故と尋ねると彼らはこう答えたそうだ。
「私たちは、ホウオウ様の力を恐れ、暴力のために剣を取ってしまった、弱き者です。私たちは自らの罪を、この地で償わねばなりません。再びホウオウ様が、この地に来られる日まで」
 その意思は変わることはない、とライコウに伝えた。ライコウはそれを受け入れ、戦いが終わるまでこの神社にいるようにと伝えた。
 程なくして、エンジュは戦火に包まれた。三体のポケモンを捕えようとする者たちと、それを阻止しようとする者との戦いだった。戦いは激しくなり、ライコウを祀る神社にも、戦禍が迫っていた。それをライコウは知ると、戦いの場をスイクンとエンテイに任せ、神社へと急いだ。ライコウは自身の分身のポケモンを雷から生み出すと、神社にある術をかけた。この分身のポケモンがいなければ、神社の鳥居をくぐっても、正しき道を行くことが出来ないという術だった。そしてライコウは自らの分身に神社を守るように伝え、そしてまた戦いの場へと戻っていった。
 ライコウの術のおかげで、神社の者たちは戦禍から守られた。しばらくして、戦は終わった。しかし、その神社以外のエンジュの街は、戦火によって焼け野原となってしまった。スイクンやエンテイを祀っていた神社もだ。
ライコウは自身の神社に戻ることはしなかった。またいつ自分たちの力を狙って、戦が起きるかも分からない。そう考えたライコウは、自身の分身に、雷公神社と神社の者たちを守るように伝えた。そして、夕暮れ時に神社の鳥居を通ろうとする者は、分身と共にいなければ、正しき道に進めないという術を、鳥居にかけた。それだけライコウは、自身の神社を大切に思っていた。
そしてライコウは、スイクンとエンテイと共に、大地を駆け巡ることを選んだ。

「というのが、語られることの無かった昔話とされる、歴史にから無くなってしまった、昔話だよ」
 彼はそう話すと、満足そうな顔をしながらその場を離れていく。
 私たちは、しばらくその場を動けなかった。自分の知らなかった真実を知ってしまった、という気持ちが大きかったのだ。
 しばらく無言で並んで立っていたが、とりあえず資料館から出ることにする。
 資料館から出た後も、なんとなくぼーっとしていた。今聞いた話が、あまり現実味を帯びていないのだと思った。私はポケットの中のモンスターボールに触れる。
「私、一度夕暮れ時の雷公神社で、鳥居をくぐった後、迷子になったことがあったの。その時は、トコナツが私を見つけてくれて、普通に家に帰れたんだけど。これを考えると、さっきの話もあながち間違いじゃないなって思ったかも」
 私が彼にそう言うと、彼も口を開いた。
「歴史っていうのは、語られるものが全てじゃないって思ってます。だから、きっとさっきの話も、真実の一つなんでしょうね」
 彼は真剣な顔でそう言うと、次に私に笑顔を見せてくれる。
「僕、ミサさんの神楽が楽しみになっちゃいました。オブリビアの伝説、そして今日の語られることの無かったエンジュの昔話。これを交えた舞をきっと、ミサさんは考えるんですよね?」
 私は彼の言葉に、強く頷いた。
「これから一週間くらいで考えてみる。カイト君にもメールで手伝ってもらうからね?」
 私がそう言うと、彼は喜んでと答えてくれた。

それから五日間。私は学校から帰ると、机に向かっていた。勉強をするわけではなく、舞を考えるためだ。自分が紅葉祭りに来て、私の舞を見てくれた人に、何を伝えたいのか。それを考えてノートにまとめていく。
神楽で私は、エンジュにおける一般的なライコウの伝説を、舞うことになる。その舞が終わった後に、語られなかった昔話と、オブリビアの伝説についての舞をしようと考えている。
「よし、こんな感じかな」
 金曜日の夜、何とかまとまったノートを見て、私は呟く。
 あとは、これを祖母に見てもらい、了承を貰うだけだ。その了承を貰うのが大変そうだが、きっと大丈夫だと思うことにする。
『なんとか、まとまったわ。カイト君のアドバイスのおかげよ』
 彼に出来上がったことの報告を、メールでする。
『出来上がったんですね、おめでとうございます! 頑張りましたね』
 彼の文を読んで、誰かに褒められるのがこんなにうれしいとは、と再確認をする。
『明日おばあちゃんに聞くから、大丈夫だったらまたメールするね』
『いいお返事が来るの、待ってますね』
 私は彼からの返信を確認すると、明日に向けて祖母になんと説明をしようかと考え始めた。

 次の日、私はトコナツとナデシコを連れ、祖母の神社に来ていた。
 境内では、明日の紅葉祭りのために、私の先輩巫女さんたちが提灯などの飾りつけをしていた。
「あら、ミサちゃん。舞の練習?」
 私の姿に気付いてくれた一人に、声をかけられ私は尋ねる。
「あの、おばあちゃんはどこにいますか?」
「奥でチラシの整理をさっきはしてらしたと思うわよ」
 彼女にお礼を言い、私は祖母の執務室へと向かう。
「おばあちゃん。私、ミサだけど」
 部屋の前でそう声をかけると、中から「入りなさい」と声をかけられた。
「明日のことで、何かあるのかい?」
 祖母にそう聞かれ、私は畳に座りながら口を開く。
「私ね。明日の紅葉祭りの神楽の後に、自分で考えた舞を、披露したいって思ってて……」
 ちらりと祖母の顔色を伺うが、よく分からず私は続ける。
「語られることの無かったエンジュの昔話、それとオブリビア地方の伝説についての舞を」
 祖母は表情を変えない。
「お祭りに来てくれた人に、もっと色々なライコウの姿を知ってもらいたい。ライコウをもっと好きになってもらいたい。そう思って考えたんだけど、どうかな?」
 私の言葉に祖母は口を開いた。
「ライコウ様の舞……ね。ミサが考えたのかい? 自分で調べて?」
「うん。友達に伝説を聞いたり、学芸員さんに教えてもらって。それで、舞を考えたの」
 しばらく考えていた祖母は、静かな声で話し始めた。
「紅葉祭りはライコウ様に、紅葉を奉納することで、豊作を願うお祭りだ。その意味が失われなければ、神楽の後の舞はやってもいいんじゃないのかい?」
「え? いいの!?」
 こんなに簡単に了承を貰える、と思っていなかった私は、驚いてしまった。
「別に悪いことをするわけじゃない。新しいことをするのは、悪くないことだよ」
 祖母の言葉に、私は思わず立ち上がってしまう。
「ありがとう、おばあちゃん!」
 やったよと、ナデシコとトコナツと飛び跳ねる。
「あのね、この子たちにも舞を手伝ってもらいたいって思ってるんだけど、いいかな?」
「構わないよ。好きにするといい」
 祖母の言葉に私は、もう一度お礼を言ったのだった。
 私は祖母の部屋から出て境内に行く。そして、ケータイを開きメールを打つ。
『カイト君! おばあちゃんにオッケーだって言われたよ! カイト君のおかげだよ!』
 彼が私にオブリビアについて教えてくれたから、形にできるのだ。
『よかったです……。それを聞いてほっとしています。明日、楽しみにしていますね』
「明日、ついにか……」
 そう呟き、私は足元のナデシコとトコナツを、ぎゅっと抱きしめた。

 昨日はあまり眠れなかった。それは私だけじゃないようで、ボールから出して一緒に寝ていたトコナツも、勝手に私の部屋で寝ていたナデシコも、夜中に何度も目を覚ましていた。
「よし」
 私は鏡の前に立ち、肩までの髪を高い位置で結ぶ。いつも巫女として神社で仕事をするときは、ポニーテールにしている。今日も同じ。神楽を舞うということがあっても、神社で働くということは変わらないのだ。
「お母さん、いってきます!」
 母にそう声をかけ、私と二匹は家を飛び出した。

 神社に着くと、すぐに神楽のための衣装に着替える。が、巫女装束にあまり慣れていないので、先輩たちに手伝ってもらう。
 着替え終わると次は、お化粧だ。薄く紅を塗ってもらい、白粉もつけてもらう。その間私は、一瞬たりとも気を抜かずに固まっていた。
「ミサちゃん、すっごく綺麗よ」
「本当、可愛いわね」
 一応支度が終わり、先輩たちにそう声をかけられる。
「そうかな……」
 鏡を見ていないので何とも言えないが、先輩たちが言ってくれたことを信じることにする。
「そろそろ行きますか?」
 紅葉祭りの始まりまであと少し。私はそう言い、腰を上げた。
 廊下を歩き、神楽を行う神楽殿へと歩いていく。多くの観客が神楽殿の周りに立っているのが見えた。
「あ!」
 その観客の中に、見知った顔を見つけた。
 私に手を振ってくれているカイト君。私も小さく手を振りかえすと、彼が口パクで何かを伝えようとしている。
「え? なんだろ」
 私が目を凝らして見ていると。
――が、ん、ば、れ、ミ、サ、さ、ん。
 彼の口がそう伝えたのを見て、自然と笑みがもれる。
「じゃあ、行こうか」
 私はモンスターボールからトコナツを出す。そして、口笛でナデシコを呼ぶ。二人には、手伝ってもらうことがある。
 準備は整った。
 神楽鈴と扇を持ち、私は神楽殿へと足を踏みだした。

「その身 炎に焼かれ、命を落とせど
 命の炎により 蘇りし 雷の化身
 汝に紅葉を奉納し 豊作の祈りを捧げ奉る」
 私はそう言い、鈴を鳴らした。
 それを合図に、囃子の笛の音が響き始める。
 私は舞う。 エンジュに伝わるライコウの舞を。
 炎に焼かれる苦しみ、ホウオウによって甦った後の喜び。
 そういったものを、一歩踏み出すごと、一つ所作をするごとに、込めていく。この舞を見ている少しでも多くの人に、伝わるようにと。
 舞の終わり、私は祭壇の前にひざまずく。
 そこに、紅葉の枝をくわえたトコナツが来た。
 私は扇と鈴を右手に持ち、トコナツから紅葉の枝を受け取る。二匹は私の横でじっと座っている。
 そして私は、静かに祭壇に紅葉を供えた。
 礼をして、その顔を上げたとき、拍手が聞こえてきた。それが聞こえ私は振り返り、人々に笑顔を見せた。
 普通だったらここで神楽は終わり。だが、今回は違う。
 私は観客にもう一度礼をし、懐から紅葉の枝を取り出し、両手に持つ。そして、神楽鈴と扇を、トコナツとナデシコに預ける。
 私は大きく深呼吸をし、歌い始める。
「深い谷がとおせんぼ 渡れるものならさぁどうぞ
 怖い谷がいばりんぼ 渡れるものなどいやしない
 何をおっしゃるそんな谷 ライコウ様ならひとっとび
 勇者を乗せて ひとっとび」
 遠き地の同じ雷(いかづち)化身。勇者と呼ばれた人間にその力を貸し、平和のために力を尽くした。
 私は歌う。見知らぬ土地のライコウを思って。いつか、その勇者を乗せたライコウに会いたいと思って、舞う。
 私は素早く紅葉を、観客に向けて抛(ほう)った。
 そして、懐から神楽笛を取り出す。口に当て、息を吹き込む。
 さわやかな音が、辺りに響き始める。私は音で、語られなかったエンジュの昔話を表現するつもりだった。 語られなかったというものは、知らない方がいいのかもしれないと考えた私の判断だった。
 笛の音は、ライコウの人間と親しくなったときの気持ちは、明るい音色で。人に悲しみを覚えた気持ちは、悲しい旋律で。この気持ちの変化が、見ている人に伝わるようにと思って、私は笛を吹いていた。
 曲が終わり、笛から口を離す。そして懐にしまう。
「これよりも 我らを 見守り給へ
 雷の化身の汝に 願い申す」
 私は最後にそう言い、本殿に向かって深く礼をした。
 その瞬間。先ほどとは比べ物にならないような、割れんばかりの拍手が響く。
 私は顔を上げ、観客を見渡す。そして、もう一度深く、今度は見てくれた観客に向かって礼をしたのだった。

「お疲れ様です、ミサさん」
 紅葉祭りは無事に終わり、私とカイト君は境内の休憩所に座っていた。
「すごく素敵な舞でした。神楽は初めて見たんですが、初めての神楽がミサさんの神楽でよかったです」
 彼は目を輝かせながら、そう伝えてくれる。
「ありがとう。喜んでもらえて何よりかな」
「すごく、興味深くて。神楽が好きになりそうです」
 私たちが座っているところに、ナデシコとトコナツが走ってきた。二匹は私たちの足元に座る。そんな二匹を見ながら、私は大きく伸びをした。
「もうすぐ夕暮れね……」
 何気なく呟いた言葉に、カイト君が反応を示す。
「帰る時、正しい道に、進めますかね?」
 彼がそう尋ねたことが、鳥居にまつわる話だとすぐに理解する。
「大丈夫。ちゃんとここに、分身がいるから」
 私はトコナツを撫でる。と、トコナツはいきなり私の膝の上に乗ってきた。それを見たナデシコも、カイト君の膝の上に乗る。カイト君はナデシコの尻尾を、そっと撫でている。
「あったかいですね、ナデシコ」
「トコナツもよ」
 私たちはそう言い、笑いあった。
 それから、私とカイト君はしばらく無言で。風がそよぐ音を聞きながら、エンジュの美しい紅葉をただ眺めていた。