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  [No.3731] メタニー 投稿者:鳥野原フミん   《URL》   投稿日:2015/04/26(Sun) 23:27:15   90clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:メタモン

好奇心だった。
彼は後悔していなかった。それ程の恍惚感を得ることができたのだから。

 
青年はどこにでもいる一般的なポケモントレーナーである。
ポケモンマスターを夢見て旅立ち、様々な地方へと赴き、ジムリーダーに勝利して八つのジムバッジをゲットして、堂々とポケモンリーグに挑戦した。結果は満足いくものではなかったが、彼はそれで満足した。自分にはそれ以上の才能がないと自覚してしまったし、もしもリーグで負けてしまったら、夢を潔く諦めて実家に帰ろうと決意していたからだ。彼は旅の途中で、ポケモンマスターになりたいという情熱が冷めてしまっていた。だからこその決断だった。
 
青年の実家では農業を営んでいる。主にポケモン用の木の実を栽培し出荷する仕事だった。加えて彼は独り息子であり、跡継ぎが戻ってきたと、彼の両親は歓喜した。彼もそんな現実を受け止め、自分の生きる道を固めることにした。
昔から手伝ってきた木の実の栽培。それは彼の体にきちんと染みついていたので、仕事をする分には問題なかった。加えて実家に住むポケモンも仕事を手伝ってくれる。 ポケモンと一緒に種を植え、ポケモンと一緒に木に水をやり、ポケモンと一緒に木の実を収穫する。そんな平凡で、けれどどこか安定している毎日に慣れてしまうことに青年は抵抗しなかった。寧ろ、それがトレーナーとして旅立つ前の、彼の幼少時代の日常であったからだ。
 
農家には人手は必須である。
だからこそ、人間よりも力のあるポケモンの人手というのは重要である。
力自慢のゴーリキー、荷物を運ぶのが得意な人懐っこいメェークル、そしてここには、へんしんポケモンのメタモンも住んでいる。
 
メタモンである彼はこの農家では非常に重宝されている。何しろ、何にでも変身できるからだ。鳥ポケモンになって荷物を届けることもできるし、海に住むポケモンになってなみのりをすることもできる。そして、当然人間にも化けることができる。人でしかできない細かい作業もメタモンが変身すれば解決する。加えて青年の家に住むメタモンは寡黙であり、よっぽどのことがない限り我が儘を言うことはない。真面目な働き者だった。加えて他人への気遣いもできる。
そんなメタモンを両親は好いていたし、青年も好印象を抱いていた。実際、青年が梯子から落ちそうになって大怪我をしそうになった時に受け止めてくれたのはメタモンであるし、青年が風邪をひいた時に特に熱心に看病してくれたのもメタモンだった。
彼にとって、メタモンは頼りになる自分の兄のような存在でもあり、または時には母親のような温もりをくれることもある存在でもあった。
少々口煩いが働き者の両親、その両親に似た人の良いポケモン達に囲まれて、青年は違う人生を楽しんでいた。

 



人里から離れた青年の家の農家は、それはもう莫大な土地を所有している。彼の家の農業は何世代も前から営まれており規模も大きい。しかし、その土地で育った木の実は味が良く買い手からは重宝されている。まさに、その土地の恵みと、青年の家の技術があってこその味を保っている。
 
故に青年は旅に出ている時よりも裕福な生活を送れている。旅に出ている時は食糧も質素なものになることが多かったし、時には地面で眠り雨風に打たれ体を洗えない日が続くこともあった。しかし今は、栄養価のある食事を食べ、農作業という肉体労働に勤しみ、夜は早く就寝して朝は日が昇る前に起床する。
そんな生活から一変した毎日で、青年は心身共に健康になった。体つきも良くなり目の舌のくまが消え、滅多なことで病気をしなくなった。
 
しかし、そんな青年にも少々の不満はあった。
五体満足で病気知らずな体を手に入れた彼は、日々性欲に悩まされることになった。
 
ポケモントレーナーを志していた彼には恋人と呼べるものはおらず、沢山の土地があっても人口の少ない過疎地である。彼に見合う若い女は都心部の刺激を求めて上京したものばかりで、持ち込まれる縁談は青年を満足させるものがない。と言って毎日独りで鎮めてはいるものの、健全な体を手に入れて以前よりも強い性機能を所持している彼がそんなもので満たされることはない。それに、青年は今段々と農家を管理する立場になりつつあり、時間をかけて都心部へと赴き、鎮めることもできないでいた。
若い彼は、それでも自分が本来歩むべきだった人生を謳歌している。
しかし青年は、どこか満たされない感情を抱えたまま月日を重ねている。
思えば、ここまでして肉欲に悩まされたことはこれまでなかったと、青年は自分の人生を振り返る。彼はポケモンマスターという存在に憧れてがむしゃらに走り続けていたから、そもそもそんな暇を持て余すことはなかった。彼にとってポケモンマスターとは、テレビ番組のヒーローそのものだった。あの頃の青年は、それしか見えていなかった。

だからこそ、彼は自らの変化に驚いている。
今ならば、若い女の尻を厭らしい目で追いかける中年男性の気持ちも分からなくはないと彼は思う。
 
 



その日も、青年はいつも通りの日課をこなしていた。今日は育ちかけの木の実の中から質の悪いものを選び枝から切り捨てる作業をこなす。そうすることで、残った良質な木の実に栄養が集中して、その木の実独特の味が濃縮されるのである。
 
前日の晩は蒸し暑い夜だった。風の吹かない部屋で寝た青年の眠りは浅く、肌を焼く、恵みを通り越した敵意ある日差しに充てられて青年の疲労が表に出てきてしまった。
青年の近くでは、メタモンが青年と同じ姿になり、彼と同じ作業を手伝っている。
熱さと水分不足でやられた彼は、ふと気づいた。メタモンは、何にでもなれることを。
思考が鈍った彼は、長年連れ添った家族ならば多少の無茶は聞いてくれるだろうと、変なことを考えた。

「メタモン、お願いがあるんだ」
 
青年に呼びかけられたメタモンは作業を中断して何かあったのかという顔をする。単純に青年の意図が読めないメタモンは、青年に近くの倉庫に連れ込まれても何も疑問に思わない。
 
青年は、非常に礼儀正しい礼をする。

「頼むメタモン。僕を慰めてくれないか?」
 
メタモンは説明を受ける。人間の女性の姿になってくれ、そして発散させてくれと。
青年は恥な行為をすることは分かっていた。しかし、彼の理性は、とっくに抑えつけておける限度をあっさりと超えていた。
彼は何度も謝罪しながら懇願する。君にしか頼めない。一度だけだからと、自分の正当性を主張するように呟き続ける。
 
古い倉庫だった。家族も用事がなければ入りもしない農具やら雑貨が置かれている狭い倉庫の中で、一人の青年と一匹のポケモンが向かい合っている。

長く沈黙が続いた後、メタモンが青年の肩を叩く。
青年は、目の前に顔立ちの整った美しい女性を見た。それは、最近メディアで露出を繰り返している新人のアイドルの姿であり彼は混乱するが、それが直ぐにメタモンであることに気が付いた。

「ありがとう」
 
メタモンは、人間の美女の姿で微笑んだ。その表情は青年を肯定している。
青年は、狭く隔離された空間の中で、天にも昇るような優越感と恍惚感を味わった。

 



その日から青年に活力が戻った。
毎朝日が昇る前に起きるようにもなったし、昼間作業をしている時に呆けることもなくなった。辛い肉体労働を自ら進んでやるようにもなったし、何よりもその表情には常に日の光が差しているように感じられた。誰と会話しても明るく振る舞い、以前よりも周囲の評判が良くなっていった。
彼の両親は何かあったのかと青年に聞いた。しかし、特に何もないよと言うだけだった。

恋人ができたのだろう。

彼の両親はそのように解釈した。その相手はどんな人物なのか、一体どこの娘なのか等詳しい話を問いただしたい気持ちに駆られたが、漸く息子に春が来たのだからと堪えることにした。自分達の行動のせいで息子達の仲に亀裂が入れば、それこそ彼の結婚する時期が遅れてしまうからだ。
青年の生活はいつも通りに過ぎていく。朝から夜まで畑仕事をして、夜は趣味に勤しむ毎日。その日々にほんの少しの、特別な時間が加えられた。

結局、彼とメタモンは毎日営むようになった。

メタモンは、青年の望むままの姿に変化をして青年を最高の状態へと導く。彼は欲望のままにメタモンを様々な姿へと変えた。彼は、長年のファンだったジムリーダー、コンテストのアイドル、道中出会ったおとなのおねえさん、一時的に共に旅をした同じ年のトレーナー等、思いつく限りの相手をメタモンに伝え、写真を見せて変身させた。それは、青年の気持ちを大いに満足させる結果になった。彼の家族であるメタモンは実に上手くそれらの女性に化けた。顔の形、髪の質、肌のきめ細やかさ、体毛、体臭、仕草、人間に必要な特徴をメタモンはほぼ完璧に真似することができた。

青年は、自分の立場をよく理解していた。
だから、メタモンが化けた相手は、彼にとっては本物意外の何物でもなかった。

欲の調整は、青年の生活に花を添える結果になったのだった。
そのうちに、メタモンの方から青年を求めるようになっていった。
彼はそれを喜んだ。今まで一方的だった行為は、互いを充実させる時間になったことは彼らにとっては幸福だった。

秘密の時間は随分と継続された。

 





ある日、いつもの倉庫へ行くとポケモンのタマゴがあることに気が付いた。
 
このような事態に慣れていた青年は、またかと思った。
どこからともなく運ばれてくるという、不思議なポケモンのタマゴ。自然豊かな地域でその辺に捨てられるように置かれていることは珍しいことではない。野生のポケモンが放置することもないこともないだろうが、大抵は人間の行いである。特に、ポケモントレーナーにとってはポケモンのタマゴは珍しいものではないので、不必要ならば新しい命を置いてきぼりにする者もいる。
 
青年は、元トレーナーとしての知識があった故に、過剰に怒れてしまった。
どうせ、手持ちがいっぱいだから要らぬと、旅のトレーナーが置いて行ったのだろう。そうに決まっている。

タマゴの裏から生き物が飛び出してくる。
それは、彼がよく知る家族だった。

「メタモン?」
 
どうしてそこにいるのだろう。そして、どうしてそんなに大切そうにタマゴに絡みついているのだろう。
青年が近づいてみると、まるで彼の存在を待っていたかのように、タマゴに亀裂が入った。

「お前が拾ってきたのか?」
 
メタモンは、無表情のまま首を振る。
 
殻のヒビは広がっていく。

青年は厭な予想を立てたが、直ぐにその妄想を止めることにする。

そんな馬鹿な筈はないと思いながらも、出てくるポケモンを注視してしまう。

一瞬、倉庫の中が眩い光に照らされる。
青年が見たのは、薄紫色の軟体状の生き物。

「メタモンが産まれた?」
 
青年は驚愕するもの無理はないことだった。メタモンは、どのポケモンともタマゴを設けることができると認知されてはいるが、メタモン自体がタマゴから産まれた前例は報告されていない。
 
もしかして、自分は今歴史に残る瞬間に立ち会っているのかもしれないと青年は考えた。もし彼が研究者だったならば、迷わず産まれたてのメタモンを研究し、正式な学会へと発表していたかもしれない。
しかし青年はあくまでも元ポケモントレーナーであって、一般的な木の実農業を営む人間だった。だからこそ、彼の頭の中には焦燥感しかなかった。
 
小さなメタモンを、メタモンが守っている。
まるで、家族のように寄り添っている。

青年の家族であるメタモンは優しいポケモンである。だからこそ、親の知らぬ新しい命をまるで自分の子供のように可愛がるのは至極当然の行動だった。
青年は頭を振り、自分の想像をかき消した。
 
 
 





当然、青年はこのことを誰にも伝える気はなかった。彼は上手く説明できる気がしなかったし、下手なことを口走れば大騒ぎになるのは確実だからだ。

「良いかい? このことは、皆には内緒にしておいてくれ」
 
青年の家族のメタモンは、何事もないように頷いた。同時に、このことをきっかけに、青年とメタモンの営みは自然と終了した。
彼は、この狭い倉庫の中で小さなメタモンを飼うことにした。毎日、仕事の手間が空いた時には必ず倉庫へと足を運ぶ。彼が行くと小さなメタモンはとても喜んだ。小さなメタモンにとって、青年は大切な寄り処だからだ。

「良いかい? この倉庫から出てはいけないよ」
 
小さなメタモンは、青年のそんな言葉に素直に従った。
小さなメタモンにとって青年の存在が見本であり、生活の全てだった。だからこそ、従わない訳がなかった。
 
その代わりにと、青年は、小さなメタモンを、まるで自分の子供のように可愛がった。埃の被っていた絵本をひっぱり出してきて読み聞かせたり、携帯式の端末で人間が作り出したテレビ番組を見せたりした。なるべく美味しい食べ物を食べさせたし、時々親の目を盗んで家へ連れ込み、一緒に寝たりもした。
彼は、予期せぬ生まれてきたポケモンの存在を上手く隠し続けた。
 
ある日から、小さなメタモンは青年の姿に変身するようになった。

「本当にそっくりだな」
 
青年は、自分と瓜二つの姿のポケモンを褒めると、小さなメタモンは喜んだ。自分自身を愛でるのは何だか奇妙だと感じたが、可愛がっているポケモンがはしゃぐ姿を見てそんな些細なことは気にしないことにした。
 
一つ不思議なことがあった。小さなメタモンに他のポケモンに変身するように言ってみたが、小さなメタモンは変身をしようとはしなかった。試しに野生のポケモンを捕まえ、実物を小さなメタモンに見せてみたが、小さなメタモンは小さく首を振るばかりだった。しかし、どんな生き物でも、ハンデを負って産まれてくるものはいることを青年は理解していたので、あまり深く気にしないようにした。
傍から見れば奇妙な親子関係は、誰にも公にされることもなく数ヶ月間もの間続いた。


 



ある日、青年は寝坊をした。
気付いた時には、もう太陽は一番高いところにいた。
 
彼は驚いて飛び起き、慌てて着替え始める。よりによって今日は木の実を市場へと下ろす日で、沢山の木の実を運ばないといけない日だった。一人でも人手が欲しい日に失態した青年は自分を責めた。年老いた両親とポケモン達に仕事を押し付けてのんきに寝ていたことになる。昨日彼は小さなメタモンを今後どうしていくのかについて随分と悩み、寝るのが遅くなってしまったのだった。
 
彼が慌ててリビングへ行くと、そこにはくつろぐ両親の姿があった。

「ごめん。今日は市場に行く日なのに寝坊しちゃって」
 
年齢を重ねた両親は、その言葉に首を傾げる。

「何を言っているの。あなた一番に起きて荷物を車に乗せてくれたじゃないの」

青年は、あまりにも意外な答えに、目を見開くことしかできなかった。しかし、それは青年の両親も同じことだった。

「さっきまでご好意で頂いたお隣の農家で頂いたモモンの木の実を調理して皆で食べたばかりじゃないか。それを食べたらもう少し寝るっていって部屋に戻ったばかりだろう?」
 
ぽかんと呆ける息子に、両親は疑うことなく笑いかけた。


「全く、寝ぼけているな。後の作業はやっておくからきちんと休みなさい」

「そうよ、無理はしないで。今夜はご馳走を作るから、たまには好きなことでもすると良いわ」
 
笑いながら息子を見つめる両親は、あくまでも青年の体を労わっている。
青年は混乱しながらも、自分の部屋へと戻る。当然動揺を隠し切れず、部屋の中でむやみに歩いても、自らの頭を叩いても、じっくり考えても、やはり朝日が昇る前に起きて、いつもの市場へと赴いた記憶がない。
 
もしや、僕は二重人格なのだろうか。
 
青年は考える。もちろん今までそういうことはなかったが、この歳になって内に眠っているもう一人の自分が目を覚まして体を乗っ取った。
彼は笑う。あり得ない話ではないかもしれないが馬鹿らしいとも思った。
とにかく、今日は言われた通りゆっくりと休もう。青年はそう決意する。いつも畑仕事ばかりしているからか、自由な時間は有難かった。
 
彼は自室を後にして、いつもの小屋へと向かう。
 
そこで、青年はそれこそ有り得ない予測をした。
 
急いで小屋へ赴き、古い建物へと入ると、小さなメタモンが飛びついてくる。まるで、褒めて欲しいと懇願するようにすり寄ってくる。


「今日、どこかへ行かなかった?」
 
その一言で、青年の腕の中にいるメタモンは硬直し、そして悲しい顔を親代わりの青年へと向けてきた。
彼はまさかと思ったが、これで予想していたことが真実になった。

つまり、この小さなメタモンは小屋を抜け出して、青年の代わりに青年になりきった。青年として市場へと赴き、青年として力仕事をこなしてきた。
青年は無言でメタモンを持ち上げる。メタモンは、親代わりである青年の表情を読み取り、自分がしたことが間違いであり叱られると思い強く目を閉じた。

「ありがとう」
 
青年は素直にそう答え、胸に抱くポケモンを撫でて愛情を伝える。

「僕の為にしてくれたことだものね。ありがとう」
 
小さなメタモンは、叱られると構えていたのだが、意外な優しさに驚き、青年にその小さな体を預ける。そして、小さなポケモンはその柔らかい頬を擦り寄せた。今したことは良いことなのだと、私は褒められることをしたのだと。
一方、青年は、目の前の新しい家族を今後どうするのか。それだけを考えていた。

 




その日から、小さなメタモンは時々青年を演じるようになった。

というのも、その新しい命を狭い倉庫に閉じ込めておくのがそろそろ難しくなってきたからだ。確かに、倉庫にはあまり人気はないが、青年以外の家族が時々出入りすることもある。青年は小さなメタモンに「ここにいる時は僕以外の生き物と会ってはいけない」と言い聞かせていたので家族が小さな生き物の存在に気づくことはないが、ある日、不審がった両親が倉庫に迷いポケモンがいるのではと、小さな建物の中の捜索を始めたことがある。幸いにも小さなメタモンは上手く隠れ、その存在を知られることはなかったが、流石にいよいよ隠し通すのは限界かと考え、青年は時々そのメタモンを外に出すことにした。

青年は、それでも小さなメタモンを家族に紹介することはなかった。彼の中で、自分なりの答えが出ているからだ。

小さなメタモンは、青年を演じることは上手かった。というのも、小さなメタモンにとって青年の存在は全てであり、見本であるからだ。確かに最初は家族に違和感を与えることはあったが、それも月日を追うごとに少なくなっていく。
 
小さなメタモンは、やはり青年以外の生き物に変身することができなかった。
だからこそ、外に出る時は青年である必要があった。

しかし、この世に青年が二人いる訳にはいかない。
 
青年は、わざと小さなメタモンに農作業を任せるようになった。日付が経ち、すっかり第二の青年になりきった小さなメタモンは、それらの雑務を難なくこなせるようになっていく。

青年は、時間を持て余すことになる。

そうなると、家にいる訳にはいかない彼は、家族が肩代わりしてくれている時間を利用して街へ出かけるようになった。様々なところを旅して歩いた青年は、人とポケモンが集まる都心部に、今現在の自分求めている物事が集中していることを知っている。様々な娯楽に酔い、性を発散していく。幼いトレーナーだった頃には行けなかった場所から場所へと足を運び、今までため込んできた鬱憤を晴らしていく。もちろん、青年は小さなメタモンへのお土産も忘れなかった。ポケモンの口に合うよう調整された菓子を毎回持参した。青年は夜遅くに自宅へ到着すると倉庫へ直行し、疲れを溜めた小さなメタモンにお礼を言い、その手土産を渡す。小さなメタモンは、これまで味わったことがない味に酔いしれ、青年に更に懐くようになった。
 
青年は、自分の代わりをしてくれているメタモンを楽しませようと、遊びに向かった場所のことを語るようになる。流石に濁すような内容も混ざってはいたが、あそこにはお洒落な喫茶店もあることや、お金をかけることができるゲームコーナーがあること、また旅をしていた頃に訪れた様々な街のことや、これまで赴いた観光名所のことも話すようになった。
 
小さなメタモンは、輝かしい表情をする青年を凝視し、自らの親が語る話を聞き続けた。

 



青年は、外泊することが多くなった。

確かに彼はポケモントレーナーの道を諦めていた。しかし、代わり映えのない毎日にうんざりしていた。何故なら、彼はトレーナーとして様々な場所を巡り、自分の今の生活が全てではないと知ってしまったからだ。木の実を育てる生活は、まだまだ活発な青年には単調で退屈過ぎた。
 しかし、逃げることはできないでいた。再びトレーナーとしての道を歩むことも考えたが、両親は歳を重ねているのでいつ倒れるかは分からないし、残された家族であるポケモン達も青年に行かないで欲しいと願っているのはひしひしと伝わってきているからだ。
 
彼は期待されていた。だからこそ、彼は逃げるつもりはなかった。
 
だが、青年は一時的にでも逃げられる状況を作り出してしまった。
 
彼は、これまで使うことのなかった収入を遠慮することなく発散した。高級な料理を沢山堪能し、欲しいと思ったものはその場で全て購入し、生地の良い服に身を包んで様々な店を歩き回り、夜は飲み屋で無駄に女にお酒を振る舞った。少年時代の、貧乏なトレーナーだった頃にはできなかった楽しみを存分に享受し味わった。
 
そして、そんな生活は予想以上に上手くいった。小さなメタモンは、もう一人の青年としての振る舞いを完全に把握して、あくまでも一人の人間として、青年として人生を送るようになった。そんな間も、青年はこれまでの見えない重圧を忘れ、鬱憤を晴らすことに勤しみ続けた。
そんな生活は随分長く続いた。

 




何日も家を空けたある日の夜、彼はいつものように真っ先に狭い倉庫へと赴いた。しかし、そこには小さなメタモンはいなかった。
 
どうしていないのだろうと考えたが、それも当然のことだった。少し長く家を空けることきちんと話していたのだから、青年として振る舞っているのだから自分の部屋で寝ているのだろう。
 
家の中で青年が二人になってはいけないから、彼はその小さな倉庫の中で彼の帰りを待つことにした。隙間から風が入ってくるし空気が重いし、数日ぶりに来た倉庫は思ったよりも狭く感じて待つのは辛いと感じたが、遊び疲れた青年はそんな環境の中でもあっさりと眠りに落ちることができた。
 
夜が明けても、小さなメタモンが倉庫に顔を出すことはなかった。
 
青年は不安になってくる。帰ってくる日付はきちんと伝えていた。だから自分がここにいることは相手が知っている筈だった。それなのに来ないということは、もしかして帰ってくる日を間違えて把握されてしまっているのだろうか。もしそうなると、いつまでもこの居心地の悪い場所にいても時間が勿体ない。家に赴くべきだろうか。しかし、不用意に外に出ると自分が二人いることになってしまう。それは避けなければならない。
 
青年は悩みながらも、なかなか外に出られないでいた。
 
やることがない彼は、窮屈な空間で眠りにつき、気が付けば再び夜を迎えていた。
いい加減自分の部屋に帰ろう。青年はそう決意する。もう随分夜も更けているし、こっそりと入れ替われば悟られない筈だ。
 
倉庫へ出ようとする青年。すると急に、扉が勝手に開いていく。
そこにはメタモンがいた。しかし、それがあのタマゴから生まれた小さなメタモンではなくて、青年の相手を勤めたメタモンだった。

目的のポケモンではなかったが、青年は妙に安心していた。これでやっと家に帰れる。

「丁度良かったよ。メタモン、あの子を呼んできてくれないか?」
 
青年のメタモンは無表情のまま頷いた。しかし、呼ばれる前に目的の人物は青年のメタモンの後ろに立っていた。
小さなメタモンは変身を解かず、青年の姿のままだった。

「二人ともただいま。今日のお土産だけど、有名なヨウカンなんだ。これはとっても美味しいんだよ。二人の口に合うと良いな」
 
青年は、小屋の中で寝たことによる疲労の色を浮かべながらポケモン達に笑顔を向ける。
二人のメタモンは、表情を作ることなく青年に視線を当て続ける。
青年は、家族の雰囲気がいつもと違うことを漸く察し、首を傾げる。

「どうかしたのかい? 僕の留守中に何かあったの?」
 
二匹のメタモンはそれでも答えない。
青年は居心地悪くなってくる。こんな彼らを見るのは始めてのことだったし、何よりも自分と瓜二つの生き物に凝視されている感覚はやはり奇妙でムズムズする。側に仁王立ちする青年の姿のメタモンは、鏡の中の自分のように幻想ではなくて、あくまでも実在する一人の生き物として青年を見下ろしている。
 
沈黙は破られない。

「一体どうしたんだい? 僕が留守にしている間、家族に何かがあったのかい?」
 
漸く、小さなメタモンの方が、青年の姿のまま首を振る。

「もしや、君の正体が明らかにされてしまったのかい?」

否定。

「―お土産が、気に入らなかったのかい?」
 
それでも二匹は黙っている。
全ての予想を出し尽くした青年は、最早彼らの意図を掴めず、ただ訝しげな表情のまま流れに身を任せていることしかできない。彼にとって長い時間が続く。夜という静けさが支配する時間帯が、青年の体感時間をより長いものにする。

この曖昧な状況がいつまで続くのだろう。そんなことを考えているうちに、とうとう沈黙は破られた。


『お帰りなさいお父さん。今日は、お話があって来ました』
 

それは確かに小さなメタモンが発した言葉だった。
青年は、自分と同じ声に驚愕して、もう一人の自分を凝視する。

「メタモン、君は喋れたのか?」

『随分前からお母さんに教わっていました。でも、人前で必要以上に喋るなとも教わっていました。だから黙っていました』
 
青年は考える。確かに、万が一このメタモンが人間の言葉を使えることが公になった場合、この小さなメタモンはやはり珍しいポケモンとして知れ渡り、これまで通りの生活を送ることが難しくなるだろう。
 
しかし、青年はこうも思う。父親である自分がどうしてこの事実を隠されていないといけないのか。
そして、どうして今秘密を守ることを止めたのか。

『こうしてずっとお父さんと話をしてみたかったです。でも残念です。これからお父さんには辛いことをしないといけません』

「辛いこと?」

『はい。僕に、お父さんを譲って下さい』
 

青年は、自分の息子が言っていることを理解するまでに随分と時間を費やした。そして感じる、背筋がムズムズとする妙な感触と、焦り。

「それは、どういうことだい?」
 
時間が経過しても、青年は息子の意図を掴めずに、再度確認することにする。

『僕はお父さんのことを尊敬していました。中途半端に生まれた僕をきちんと育ててくれて、父親としての愛情を沢山注いでくれました。だからこそあの日、約束を破って外へ出たあの日に、日頃の疲れでぐっすりと眠っているお父さんを見て、僕が力になれればとお父さんの代わりをすることにしました。人間として振る舞うのは難しかったですが、これまで見たことがない世界を直に見られて本当に嬉しかったです。それからお父さんは、僕をよく外に出してくれるようになりましたが、それにはとっても感謝しています。外の世界がとっても楽しい場所であることを知った僕が、ずっとここにいることはできないからです』
 
息子が、メタモンと一緒に青年へと近づいてくる。

『お父さんは、僕の為にお父さんの時間を分けてくれていると思っていました。ですが、それは違ったみたいですね。お父さんは、僕に辛いことだけを押し付けて楽しい時間だけを独り占めしていたんですね。だから家に帰ってくることが少なくなった。だから、僕のところへ来る時間が少なくなった』

「それは…」

『それが嘘だとしたら、時々僕が遊びに行っても良かった筈です。お父さんが畑仕事をして、僕が街へ出ても良かった筈です。違いますか?』
 
青年は押し黙ってしまう。
そのうろたえた様子が、青年の息子の意思を固めてしまった。
気が付けば、地面に腰を下ろす青年の直ぐ側に息子とメタモンがいた。


『大丈夫です。お父さんからは、人間としての振る舞いを色々教わりました。お母さんからも沢山学んでいます。だから、僕はきっときちんとしたお父さんになれますので安心して下さい』
 
青年は素早く立ち上がり、にじり寄ってきた二人の脇を通り過ぎる。
 
早く外へ出ないといけない。この狭い倉庫から出て、家族に助けを求めないといけない。取り返しがつかないことになる前に、ここから離れないといけない。
 
だが、青年は何もないところで躓いた。
 
彼の足には、彼の家族であるメタモンが、青年を慰め続けたメタモンが絡まっていた。
そんな暇などないというのに、青年は振り返り状況を見定めようとする。
そこには、大きな石を持ったもう一人の自分が笑顔で







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