ある所に、一匹のザングースがいました。
性別はメスで、とても強い個体でした。
同族はおろか、永遠のライバルであるハブネークすらも、彼女には迂闊に近寄ろうとしませんでした。
彼女は一人でした。
彼女は好きで強いわけではありませんでした。
修行したわけでも、元々トレーナーのポケモンだったわけでもなかったのです。
生まれ持った強さが、周りと違い過ぎたようです。
時折強さを聞きつけてゲットしようとするトレーナーもいましたが、未だに彼女に傷を付けたトレーナーは誰もいませんでした。
彼女は一人でした。しかし、別に良いと思っていました。
ある時、彼女は森で捨てられた雑誌を見つけました。
それはコンテストやミュージカルの特集をした、若い女性世代の雑誌でした。
彼女は当然、人の言葉は読めないし、話せません。
しかし、その色鮮やかな世界と華やかなポケモン達に、すっかり見入っていました。
そして、その中に一匹のドレディアを見つめたのです。
一応説明しておきますと、彼女はミュージカルのトップスターでした。
美しく着飾り、舞台の上で演技をすると、観客が素晴らしいと褒め称えるのです。
きちんと手入れされた毛並みは、ライトに照らされて更に輝きます。
そして何より、彼女自身が内側から輝いて見えました。
ザングースは、その写真をずっと見つめていました。
やがて彼女は、一人群れを離れて旅に出ました。
そのドレディアを見つけて、話がしたいと思ったのです。
その時、彼女の中には既に『強さではなく、美しさで評価されるようになりたい』という思いが芽生えていました。
自分と生きる世界が違い過ぎると分かっていました。だからこそ、話をしたいと考えたのです。
この時、彼女は自分がひとりぼっちなのだと自覚しました。
山を越え、川を渡り、時折バトルを仕掛けてくるトレーナーを蹴散らし、やっと彼女はそれらしい街に辿りつきました。
ミュージカルが行われる場所は、すぐに分かりました。ドレディアのポスターが、所狭しと貼られていたからです。
観覧するお客は皆、着飾り楽しそうに談笑しています。
彼らが連れているポケモンもまた、美しくコーディネートされていました。
自分が場違いだと感じたザングースは、そろそろとその場を離れました。
裏口に向かった彼女は、あのドレディアを見つけました。
しかし、その時の彼女にはあの華やかさはありません。
悲し気に俯き、疲れた顔で目を閉じています。
頭の花も、何だか元気がありません。
ザングースは思い切って、ドレディアに話しかけました。
自分は貴方の雑誌を見てここに来たこと。
自分はこの通り、外見が怖くて誰かに愛されたことが一度もない。
反対に貴方は沢山の人に愛されている。
どうしたら貴方のように沢山の人に愛されるポケモンになれるのか。
ドレディアはしばらく聞いていましたが、悲しそうに微笑みました。
私は誰にも愛されていないの、本当よ。
皆、舞台の上の私しか愛してくれないの。
御主人だってそう。私をどれだけ美しく見せるかを考えて、私の体のことなんてちっとも考えてくれない。
アクセサリーも演技も、私を縛る鎖にしかならないわ。
口調は静かな物でしたが、その瞳には怒りと悲しみの色が映っていました。
ザングースはそこでやっと分かりました。
自分はひとりぼっちだった。荒々しく、強いから。
でも、彼女の方がずっとひとりぼっちだ。こんなに美しいにも関わらず。
ドレディアは、最後にこう言いました。
貴方が羨ましいわ。貴方には、本当の自由がある。
でも私には、見せかけの自由しかないから。
それだけ言って、ドレディアは夜の講演へと向かっていきました。
裏口には、ザングースだけが残されました。
多少ショックでしたが、何故か落ち着いた気持ちでした。
誰も知らない彼女の顔を、自分だけは知ったからでしょうか。
ザングースは、それを知ってドレディアを助けてあげたいとは思いませんでした。
普通なら思いそうな所を、彼女は思いませんでした。
何となくですが、たとえ彼女を助けたとしても、同じ道を歩くことは決してできないと思ったからです。
野生ポケモンとトレーナーの元に長くいたポケモンは、生活が何もかも違うのです。
しかし、時折裏口でドレディアと話すようになりました。
彼女は口が悪かったけれど、本心から言っているわけではなかったようです。
口に出すのは、演技や舞台の上での愚痴ばかり。
ですが、何度も聞いているうちにドレディアの顔はすっきりしていきました。
これも一つの『救済』なのかなあ、とザングースは後になってからふと思ったようです。
誰にも見せることのできない顔を、たった一人には見せられる。
素を見せられる相手に、ザングースはなれたようです。
ザングースは、もうひとりぼっちではありませんでした。