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  [No.2657] お望みの結末 投稿者:SB   投稿日:2012/10/02(Tue) 23:08:27   114clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



お望みの結末




「なぜきみにはポケモンがいないの?」

 そう聞かれたとき、僕はいつも答えに窮する。
 ポケモンがいる理由は明確だ。好きなポケモンがいて、10歳以上20歳以下の年齢で、なりたい自分を強くイメージした時に現れる。
 だから、「なぜ君はそのポケモンにしたの」と聞かれたときに理由が答えられない人はまずいない。
 僕はポケモンが好きで、10歳以上20歳以下の年齢で、なりたい自分を強くイメージしたけれど、エーフィもサーナイトもリザードンも現れなかった。

 それなのに、僕はいま、なぜここに立っているのだろう。

    ◇

 最初にポケモンを手に入れた人が誰なのかは、正確にはわかっていない。なぜなら、最初のうちはみんなそれが来たことを隠していたからだ。怪物出現が社会現象になったのは、初めて彼らがやってきてから数か月以上経った後なのではないかとも言われている。
 ポケモンは友達だ。道具じゃないし、見世物でもない。初期のトレーナーが彼らの存在を隠したのもうなずける。
 しかし、あまりにも多くのティーンエイジャーがポケモンを手に入れたことから、彼らが存在することがむしろ普通のことになってしまって、それでポケモンの存在が社会一般に認知されることとなった。

 まず槍玉に挙がったのは、その攻撃性だった。
 ポケモンは強い。人を殺せるくらいに。
 ゲームの中における「きりさく」と、実際の世界における「切り裂く」は全くの別物で、前者は威力70の平凡な物理技、後者は血しぶきがでて、肉片が散らばり、人が死ぬ。
 理論上は。
 ポケモンは、ポケモンバトルという競技を除いて戦うことはなかった。彼らはトレーナーに従順で、人間を殺すはなく、危険性はとても少ないとされた。といっても、バトルに負けたポケモンは致命傷を負うこともしばしばだったが。そのため、一部の地域ではポケモンバトルを禁止する条例が発効された。しかし、ポケモン本来が持つ闘争本能を完全に抑え込むことはできなかったようだ。

 ある程度の安全性が確保されてからようやく、彼らがいつどのようにしてこの世界にやってきたのかが公に議論されるようになった。
 もちろんポケモンは株式会社ポケモンが管理運営するゲームあるいはそれに現れるキャラクターのことであったが、裁判沙汰になることを危惧したのだろう、今回出現した「それら」に関しては、株式会社ポケモンの商標権の範囲外にあるという発表が本社からなされ、とりあえず「それら」はいわゆる「株式会社ポケモンが作ったポケモン」ではなく、まったく別個の「ポケモン」であるという結論が下された。
 もちろんこの発表がなされた後も、ポケモンの発生ルートは謎のままである。

 とはいえ、わかったこともある。
 それが冒頭にも述べた3か条。
1.好きなポケモンがいて
2.10歳以上20歳以下の年齢で
3.なりたい自分を強くイメージした時
にポケモンは現れる。

 そして僕にはポケモンがいない。

    ◇

 最近はポケモンバトルにも明文化されたルールが出来上がった。
 これはポケモンバトル協会が設定したものである。なお、ポケモン協会という名前は、株式会社ポケモンのポケモンにおける商標権の侵害であるとされたためポケモンバトル協会になったというのはまた別の話。
 そのルールによれば、ポケモンが相手に致命傷を与えるのを防ぐために「瀕死」あるいは「気絶」という概念を用いる。これは医学な意味における「瀕死・気絶」とは異なり、あくまでもポケモンバトルにのみ適用される概念であり、レフェリーあるいはトレーナーがもう戦えないと判断した状態のことである。だから意識があっても気絶になる。「瀕死・気絶」を区別するルールも区別しないルールもあり、それは日本の東西でわかれているということである。
 このルールのおかげで命を落とすポケモンは極端に減り、安心して強さを追い求めることができるようになった。
 強いポケモンと弱いポケモンが明確に分かれるようになり、強さ別のトレーニング施設ができ、空いたニッチに滑り込もうと多くのベンチャー企業がポケモン産業に参入した。

 いま僕の目の前にいる人たちは、明確に分かれたうちの片方である強い人たちであり、いま僕の目の前にいるポケモンたちは、文字通りの強者である。

 それなのに、なぜ僕はここにいるのだろう。

    ◇

 グーグルアースを通じてこの社会の隅々まで知ったつもりでいた人が突然自分の家の前に放り出されて、そして今自分のいる場所がどこだかわからなくなってしまったような、そんな心持。

 ゲームは100回以上プレイした。プレイ時間は、1万から先は覚えていない。
 でもここが、どこだか分らなかった。

 リーダー格の青年が、ほかのみんなを励ます。隣にいるショートカットの女の子がそれに同調する。
 この事態に不平を言う性格の悪そうな痩せたメガネの青年がいて、涙を流し始めた小さな少女もいる。そして少女を慰める優しそうな太った青年。
 ここにいる人はみんな互いに互いを知らなかった。
 みんな突然ここに飛ばされた。
 年齢も性別も性格も皆ばらばら。それでも、不思議な一体感で結ばれていた。

 僕を除いて。

    ◇

「なんでポケモンがいないの?」

 小さな少女にそう尋ねられ、僕は答えに窮する。
 リーダー格の青年が僕をフォローし、僕の知識が役に立つとみんなに説明する。
 メガネの男がわざとらしくため息をつく。ショートカットの女がそれを諌める。太った青年がつぶやく。
「ぼくらはこれからどこへ行くんだろう」

    ◇

 その時僕を、得体のしれない違和感が包み込んだ。
 この世界の存在そのものに対する違和感だ。
 あまりにも唐突な展開。
 あまりにもステレオタイプな登場人物。
 そして僕という存在。

 右を向く、左手を挙げる。その程度ならば許される。けれども、僕が反対しようと思っても、僕はリーダーに賛成する。思ってもないことを突然提案する。
 ようするに、旅の進行にかかわりの低い些細なことならば僕に行動権があるが、メンバーの意思決定にかかわる事項はあらかじめ答えが用意されていて、それ以外のことはできないようになっていたのだ。
 そして、僕はいつの間にか真面目ながり勉タイプの人格に置き換わっていく。
 僕でない僕が、勝手に僕を作っていた。

 僕の状況は明らかだった。僕は単なるマリオネットになり下がったのだ。
 なぜそうなったのか。
 僕は神を信じるタイプではない。突然僕を操る存在が出てきたと考えたとしても、いま僕がいる場所、僕らの進む道は明らかに非現実的だ。
 信じられないくらいベストなタイミングで僕らに助言が入り、進むべき道が決定し、僕らが話しかけた人間は、何回話しかけてもほとんど同じセリフを繰り返す。
 そこで僕は一つの仮定を立てた。
 いま僕のいる世界はゲームなのだ。もちろん僕が現実からゲームの世界にやってきたなんてことはありえないから、僕は最初からゲームの駒だったと考えるのが妥当だ。
 僕は今マリオネットになったのではない。生まれたその瞬間からマリオネットだったのにそれに気づかずにいたのだ。今まではまだゲームが始まっていなかったから自由に動けていた、それだけのことだろう。

 最初のイベントをクリアすると、よくわからない女の人が現れて僕らに助けを求める。
 僕はこの展開に辟易する。
 いまどき、こんなストーリーでは子供漫画のプロットも勤まらないだろう。
 それでも物語は進んでいく。だって僕は作者じゃないんだから。

    ◇

 その旅は唐突に始まり、しかし、目的はゆっくりと明らかになっていった。
 ある一部の人たちが私利私欲を追い求めた結果、この世界の秩序が乱された。今の状態が続くと世界が歪んでしまう。
 それを何とかしましょうね、と。

 世界をゆがませている原因は多々あるが、どれも人為的なものだった。ついでに言うと、子供だましのつまらない理屈で運用されているものがほとんどだった。そんなことをして本当に利益が上がるのかしらん。
 エスパータイプの力を増幅させる装置を壊し、敵の結社の幹部をとらえ、また別の悪事を、力を合わせて懲らしめる。

 体がほとんど乗っ取られているとはいえ、ある程度は自主的に行動することができたし、僕の思考そのものが乗っ取られるということはなかった。また、ゲームのストーリーに反しないように行動する限り、ほとんどは僕自身の意思で動くこともできるようだった。
 特に自分が自分で行動していると感じられるのは戦闘シーンである。
 戦闘時は各々が自分で判断して攻撃、回避を行うことができる。当然といえば当然だ。そこまでストーリーが決めていたらゲームとして成り立たない。
 しかし、僕にはポケモンがいない。
 だから僕が戦闘に参加することはなかった。

 一つのダンジョンが終わるたびにまた新たな旅の目的地が設定され、また一つクリアするごとにこの世界に関する新たな発見があり、そして僕はその様子を後ろで見ている。
 僕の持つ知識はとりあえず役に立っているようであり、邪険にされることは少なくなった。それでも戦うのはポケモンでありポケモンを持つトレーナーであり僕ではなかった。彼らが求めているのは僕の知識であって、健全なるストーリーの進行であって、僕ではなかった。そして僕の知識は、僕でない誰かが発言した内容でしかないのだ。
 同じゲームの駒とはいえ、僕と彼らには歴然とした差があった。
 彼らには力があり、僕には力がなかった。
 彼らには自由を行使する戦闘があり、僕にはそれがなかった。
 そして彼らには相棒がおり、僕には相棒がいなかった。

 その時、声がした。

    ◇

 その声は、僕にポケモンをくれてやる、といった。
 僕は喜び、見えない声に従って夜の道を歩いて行った。
 二つある月の片方が水平線の下へと沈んでいき、もう片方の赤い月が静かに僕を照らす。この世界の歪な情景にももはや慣れきってしまい何の感慨もない。舗装されていない道を無言でひたすら歩く。
 どこかでいつの間にかテレポートされたのだろうか、突然目の前に大きな城が表れて、中に招かれた。このデザインはNの城の使い古しなんだろうなと思った。
 大きな階段を上ると中世の建築物を思わせる柱が並んでおり、その奥にある巨大な扉が音を立てて開く。城内には赤いじゅうたんが敷かれており、黒服の男について歩く廊下には様々な絵がかけられていた。
 そして男が立ち止った先には、また新たな扉。この向こう側に声の主がいるらしい。

 声の主は美しい女だった。
 ゲームショウのコンパニオンみたいな服を着ているが顔面偏差値はそれよりやや上といったところか。ゲームに出てくる登場人物なのだからまぁ大体こんなところだよなと想像がつく程度の登場人物であり、悪役であることを確約するかのような冷たい目をしていた。
 彼女は僕にハイパーボールを渡した。ポケモンカードに載っているコンピュータグラフィックで書かれたハイパーボールに不思議とよく似ていて、質感はまさにCGのそれだった。
 僕はそれを受け取り、中のポケモンを放出する。
 赤い光の先に、6枚の黒い羽根をはばたかせ、赤い目を持った三首のドラゴンが表れた。
 サザンドラだった。
 サザンドラは僕の右手に降り立ち、神妙に僕のほうをうかがう。彼の吐く息が僕の顔にあたる。少し生臭いような、それでいて懐かしいようなにおいがした。
 生まれて初めてのポケモンだった。
 僕は嬉しくて彼の首に抱きつき、彼もそれにこたえて低く唸った。
 僕という存在にこたえてくれる者がいたことに、僕は感激した。彼は彼で今までトレーナーがおらず、コンパニオンのお供をやっていたのだ。ポケモンなりに今までの悲壮さを訴えるかのような、低い、低い、唸り声だった。

 そんな僕らを冷ややかに眺めながら、城の主は、僕にサザンドラの見返りを求める。
 それは、旅の仲間を裏切れ、というものだった。

    ◇

 僕が旅の仲間を裏切ることを許諾するならば、サザンドラは僕の相棒になる。
 どこかで聞いたことのあるような話だった。
 そう、僕はゲーム製作者あるいはプロット作成者にとってとても都合の良い立ち位置にいたのだ。
 リーダー格の青年はやはりリーダーとしての職を全うしなければならない。幾多の困難と葛藤を乗り越えて英雄として成長していくのだ。
 ショートカットの女の子はヒロインとして泣いたり笑ったりしながらリーダーを支えていくことになる。
 メガネの男は最初悪い奴だと思われていたものの、いざという時頼りになる奴という立ち位置を与えるのにもってこいだといえる。また理性的なので作戦立案にも役立つ。
 小さな少女は物語の悲壮さを冗長させる機能があり、守ってもらう役割を担う存在でもある。
 太った青年はチームが乱れたときに、その包容力をして結束を保つ微妙な役回りをこなすことになるだろう。

 一方僕は、何だ?

 僕は比較的真面目にリーダーや旅の仲間に助言をし、対して役に立たないなりに努力してきた。
 そう、まじめに努力。これが重要だ。
 世間の子供はまじめであることを極端に嫌がる。生徒会長といえば先生に告げ口するしか能のないつまらんやつだというイメージが先行する。また各種メディアも勉強しかしない若者の無能さを説き、また地味な若者が人殺しなどをした事件が発生すると「まじめな青年の心に潜む暗い影」と大見出しをつけてこの種の人間を罵倒する。
 すなわち、このたびのメンバーにおいて唯一感情移入されにくい存在が僕だ。
 表面上、僕の性格が突然変わったように見えたのはこのような理由があったからだろう。

 だからこそ、僕だけが敵になることができる。

 裏切った後僕はどうなるか。
 もちろん僕がラスボスになることはありえない。そこまでの器ではないからだ。
 ゆえに僕はバトルに負ける。
 もちろん最初は奇襲をかけるのだから僕がいったん優勢になるだろう。しかし、残りのメンバーが一致団結して、最終的には僕という存在を倒すのだ。
 けれども、旅のメンバーは僕を憎まない。
 なぜならば、僕にはポケモンがいないという負い目があるからだ。
 ポケモンがいない苦しみが原因だったと納得する。
 僕が死んだとしても、僕が悪い人間ではなかったのだといって、ヒロインあたりは涙を流すだろう。
 まじめであることが表向きはよいことだと吹き込まれているのもその理由の一つである。
 まじめという性格を全否定することは社会通念上許されない。しかし、まじめである人間はいくらひどい目にあったとしても感情移入されにくい存在なので倒すこと自体は正当化される。
 結果として、僕以外のメンバーの株は上がり、僕は舞台上から姿を消す。

 なぜ僕がそんな戦いを挑まなければならない?
 当然僕は城の主の要請にノーを突きつけるべきだ。

 しかし、マリオネットであるところの僕はそれが許されない。
 葛藤したそぶりをしたのち、美しい女にたぶらかされて、結局は落ちる。そういうシナリオだ。

 そして僕は黒い竜の背中に乗り、飛翔する。

    ◇

「なぜ僕にはポケモンがいないの?」

 その答えは今や明白だ。僕が裏切る恰好の口実を与えるためだったのだ。
 物語の構成上、無理のないストーリーにするための伏線だったわけだ。

 僕にポケモンがいないことのために得られるとても大きな何かがあって、僕があの場所に立っていたすべての意味が今この瞬間にあって、僕がこの物語に登場するすべての意義が黒い竜とともにこの空の中を飛んでいる。

「ぼくらはこれからどこへ行くんだろう」だって?
 ぼくが歩むべき道は、ゲームが始まる前から決まり切っていたことだったんだ。

    ◇

 メンバーがいないこの黒の世界の中では、僕は自由だ。
 もしかするとほかのメンバーは、僕がいないことに気が付いて、何らかのイベントが発生しているのかもしれない。
 だからこそ、今の僕はブラックアウトされていて、今だけは自分の好きなことを話して好きなことをすることができる。
 誰にも見られていないこの瞬間だけ。

 このサザンドラも不遇だ。
 悪ドラゴンというタイプから味方の側が使うことはストーリー構成上考えにくく、ゲーム内でもラスボスのもつ切り札として登場する。
 彼が彼としての存在価値を全うするためには、彼は悪役でなくてはならず、そして当然悪役は負けることが運命づけられている。
 今回はラスボスの手持ちですらなく、単なる中ボス扱いである。僕は彼に対して申し訳ない気持ちになった。

「ごめんね、サザンドラ」
 
 僕は言う。
 風にかき消されそうな小さな声だったけれども、彼はちゃんと答えてくれた。
 彼も知っているのだ。自分の運命を、自分の役割を。

 すべてを飲み込んでしまいそうな黒い闇の下、僕は、この表現が単なる比喩でなく、本当に僕らを飲み込んでくれたらよいのにな、と思った。
 けれども無情にも、もうする夜が明けるだろう。
 旅のメンバーにとっての朝と、僕らにとっての朝はきっと意味が異なる。
 僕にとっての朝は僕という存在の終わりを意味し、彼らにとっての朝は新しいイベントの始まりを意味する。
 彼らはこれからハッピーエンドに向かって邁進していくのだろう。
 そう、僕は知っている。

 どうぞよい結末を。


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タイトルは星新一先生のパチリですね。ストーリーは全く似ていません。。。
主人公が最初から最後まで無駄に現実的なのが逆に非現実的で好みだったりしています。


【描いてもいいのよ】
【書いてもいいのよ】
【批評してよいのよ】


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