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  [No.3279] チャックの表裏 投稿者:ピッチ   投稿日:2014/05/26(Mon) 22:07:26   97clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:メガジュペッタ】 【ジュペッタ】 【メガシンカ

 …………。……。はっ。あっ、はい、乗られるんですか? あ、ありがとうございます! 毎度、ミアレタクシーです! どちらまで乗っていかれます?
 カフェ・カンコドール? ちょっと遠くですね。料金がお高くなりますけれども、構いませんか? はい、よろしいならそれで。
 そんじゃ、行きますよー!

 ……ところでお客さん、えーと、その。もしかしてこの前カロスチャンピオンシップに出場されていた方じゃありませんか? あ、そうですか、やっぱり! あの大会、テレビ中継されていたでしょう。それで、もしかしたらと思って。優勝おめでとうございます! いやあ運がいいなあ、チャンピオン様を乗せる機会があるなんて。……え、その呼び方はやめてくれって? 失礼しました。でもこういう時はタクシー運転手やっててよかったなあって思うモンですよ。同僚なんかあのポケウッド女優のカルネさんを乗せたって散々自慢して舞い上がってたことがあります。よっぽど嬉しかったんでしょうね。今ならその気持ちがよく分かります。大丈夫ですよ、私はそんなことしませんから。胸の内にしまっておきます。
 それにしてもお客さんのポケモンバトル、すごかったですよねえ。私はトレーナーとしては全然なんですが観戦は好きなもので、自分で言うのも何ですがなかなかコアな方の観客だと思うんですよね。何せ観戦歴15年、その間の歴代のチャンピオンだけじゃなく敗退した挑戦者の名前と手持ち、覚えてる技とかそれぞれの逸話まで全部言えるくらいです。女房には一緒に見てるといらない蘊蓄まで語るって逃げられちまいますが。……まあそれはいいや。それでも、あれだけハイレベルな戦いは初めて見ましたよ。
 ところで、テレビで見てからずっと気になっていたんですが……お客さんのジュペッタ、何か、フォルムチェンジ? ……してましたよね。バトルが終わったときに映ってたのだと、また元のジュペッタに戻っちゃっていたみたいですけど。あれは一体なんだったんだろうって、観戦好き仲間と話したり、調べたりもしてみたんですけど結局何なのか分からなくて。なんだかそこだけスッキリしないんですよねえ。
 もしよければ、あれが何だったのかこっそり教えていただけませんか?
 大丈夫です、他には誰にも言いませんから。私一人の胸に留めておきますって。
 ……いいんですか!? やった! 

 ほうほう、あれはメガシンカっていうんですか。メガニウムやメガヤンマもしたりしないモンですかねえ。え、今は見つかってない? やだなあお客さん、冗談ですよ冗談。
 シャラシティに塔があるっていうのは知ってたんですが、まさかそんなすごいものを受け継ぐところだったとは。世間一般に知られるどころかプラターヌ博士みたいな人でもまだ研究途中ってことは、相当厳重に守られてきた、まさに進化の秘法ってやつなんでしょうね。
 ……通じない? 通じないかー、私が子供の頃のゲームですもんねえ、あれは。いや、気にしないでください。特に関係ない話ですから。
 それにしても、よかったんですか? そんなすごいもののことを、私にホイホイ話しちゃって。
 ……あのチャンピオンシップ決勝戦のせいで隠しきれなくなったんで、ちょうど今日プラターヌ博士の名義で存在が公表されたばっかりだ、って? あー。今日の朝は寝坊してしまってニュースや新聞を見る余裕がなかったんですよねえ。なーんだ。
 でもお客さんからお話を聞けるのは幸運ですよ。まだ一個だけ私には分からないことがあって、それをお客さんに訊けるんですから。
 ……隠しきれなくなったってことは、本当はまだ隠しておかなきゃいけないものだったんですよね。お客さんほどのトレーナーが、命令違反をさせるとは思えないんですが。一体全体、どうしてあの大舞台でそんなことを?
 ……えっ。え、本当ですか? いや疑うわけじゃないんですが、ちょっと信じられなくって。あなたがた自身でも何でだか分からないなんて。まあその、メガシンカっていうのはまだまだ謎が多いって話ですもんねえ。そんなことが起きても不思議じゃないのかもしれませんね。
 あー、でも進化の一つだって言うなら、なんとなく説明はつくかもしれません。聞いたことないですか? トレーナーの命が危ない時とかに進化までまだまだ遠いはずの力量(レベル)の低いポケモンとか、石を使わなきゃ進化しないはずのポケモンが進化し始めたっていう話。あれに近いんじゃないでしょうかね。ポケモンの進化は力量の他にポケモン本人の気持ちによっても左右されるんじゃないか、って説が、この手の話の説明としてはよくあるんですが。普通の進化と同じように、メガシンカしても強くなるんでしょう? お客さんのジュペッタ、何としてでも勝ちたかったとか。それか、何としてでもお客さんを勝たせたかったのかもしれませんよ。
 それに、ほら。ジュペッタって、口を開けると呪いのエネルギーが逃げちゃうからいつもチャックが閉じっぱなしなんだって話があるでしょう。私の記憶が正しければメガシンカしたジュペッタも、手とかに開いたチャックは開いてましたけど、口のチャックは閉じっぱなしでしたよね。それって何も言えないじゃないですか。いや喋っても鳴き声なんで意味が分かる訳ではないですけど、鳴き声でも機嫌がいいとか悪いとか、それくらいは分かりますよね。それすら口が開けられないんじゃ伝えられない。
 だから姿と行動で示そうとしたんじゃないですかね、どうしても自分は勝ちたいんだ、勝たせたいんだってさ。さっき説明していただいたとき、メガシンカにはポケモンとトレーナーの絆も関わるって話をしてましたよね。その絆を体現したのが、決勝戦の時のあの姿なんじゃないですか。
 いやーすいません、なんかクサいこと言っちゃいましたね。気にしなくていいですよ、忘れてください。
 ……はい、カフェ・カンコドール前到着です。ご利用ありがとうございました、料金は1710円になります。はい丁度。毎度ありがとうございます、またご利用ください。
 これからもご活躍期待してますよ、お元気で!


――――


 あ、……あの、すみません! あなたって、カロスチャンピオンシップで優勝してた……あの……?
 そ、そんな顔しなくても……別にサインが欲しいとか、そういうことじゃないですから。ここ、せっかく静かな店なのに、そうやって騒ぎたくはありませんよ。たぶんあなたも、このお店の雰囲気を味わいに来たっていうか……落ち着きに来た、んですよね。もうあの優勝の時から周りが大騒ぎでしょう。少しは休まないと参ってしまいそうなの、ニュースやワイドショーとかだけ見てても分かりますよ。練習する場所に報道陣が張り込んでリアルタイムニュースなんてのでも飽きたらず、なんか色々なところに取材が行ってるみたいですし。アサメのご実家とか、プラターヌ博士の研究所とか。あとはポケモンと心通わす才能は幼児期からとか親のトレーナー経験に鍵がとか言って、サイホーンレーサー時代の親御さんの同僚のインタビューなんかも報道されてましたよ。あそこまで行くと、もう私には何がしたいのかよく分かりませんが……
 え、……はい、すみません。そこまで分かってるなら放っておいてくれ、っていうのもごもっともです。だけど私、どうしても気になることがあって……
 あの、決勝戦で姿の変わったジュペッタのこと……どうか、私に教えてくれませんか。ああ、今日の朝にニュースでやってたのは、もう知ってるんです。だけどあれじゃ、私の知りたいことには全然足りないんです。メガリングとメガストーンにより誘発されるある種のフォルムチェンジで、特徴はポケモンの形質の本来の進化とは違って可逆的な変化。それくらいしか、あの姿については報道されていませんでした。後はあなたのニュースと、普段の事件報道ばっかり。あなたのニュースの中にもうちょっと情報とか、手がかりとか、何かないかって思ってたんですけど、入るのは私にはどうでもいい話ばっかりで。それで煮詰まっちゃって、落ち着こうと思ってここに来たら、あなたに……だからあなたに会えたのは、私にとって願ってもないチャンスなんです。
 お願いします、あれじゃ足りないんです! 私は、私の昔の手持ちのことが、どうしても……!
 ……え、あ、いいんですか? もちろん、こちらのお話はしますから。ありがとうございます……!

 ……あなたでも、やっぱり分からないことが多いんですね。すみません、無理にお伺いして。でも、とても参考になりました! ただ、腑に落ちないところがいくつかあって……
 あ、はい。お話しするって言ったこととも関係ありますから、そちらと一緒に。ちょっと長い話になりますけど、いいですか? はい、それじゃあ。
 私、あの姿になったジュペッタを、昔一度だけ見たことがあるんです。ええ、手持ちのジュペッタが、あの姿になったんです。
 私、ホウエン地方のミナモシティっていう街の出身で。近くに送り火山っていう霊山があって、そこは丁度カロスでいうセキタイタウンみたいなその地方の伝説のポケモンの言い伝えが残っているようなところなんです。父はそういう言い伝えやオカルトじみたことが大好きな……オカルトマニアとか遺跡マニアって部類の人で。しょっちゅう家を空けてはいろんな地方の遺跡を巡って、よくわからないものを持って帰ってくる。そんな人でした。
 送り火山は亡くなったポケモンの墓地やゴーストポケモンの一大生息地としても有名で、そういう訳で私の手持ちには送り火山で捕まえたジュペッタがいたんです。でも、トレーナーとしては私は全然ダメで。ゴーストポケモンはいたずら好きとか、壁抜けしてどこへでも行っちゃうとかで初心者向けじゃないって後から聞いた話なんですけど、本当にその通りで。今思うと私、あの子にナメられっぱなしだったんでしょうね。もういろんなところにいたずらして迷惑をかけては私が謝りに行くことの繰り返しでした。どうしてそんなことするのって叱っても、食べ物なんかでしつけてみようと思っても、全然効果がなくて。
 そんなときに、父が遺跡の旅から帰ってきたんです。行き先はカロスで、そのときのお土産は綺麗な石のついた古いネックレスと、その石によく似たもう一つの石でした。古いとは言ってもいつも父が持って帰ってくるガラクタと比べればずっと綺麗でしたし、何より石が本物の宝石みたいにきらきらしていて。珍しくいいお土産をくれたなあって思ってました。
 もう一方の石はジュペッタが随分気に入って、もう肌身離さず持ってるんです。何がいいのかはよくわからなかったんですが持ってると満足するのか、それを持たせてから、あれだけ困ったいたずらが少しずつですが収まってきたんです。もう石と父様々でした。それでしばらくは保っていたんですが。
 それで何とかし続けたある時に、ジュペッタがそれまでで一番のとんでもないことをしてしまって。街の美術館にある絵を破いてしまったんです。謝ったってもちろんダメで、私一人じゃどうにもならないような弁償額を言い渡されてしまいまして。どうしようって随分考えました。ふみんの特性がつきそうでしたね、それこそジュペッタみたいに。
 最終的にどういう結論を出したかっていうと、ネックレスと石を売ってしまおうって考えたんです。仮にも遺跡から出てきた宝石と宝飾品ですから、持っているものの中では一番価値があるだろうと。あの石なしでジュペッタをどうやって大人しくさせるかは全然考えつかなかったんですが、そんなこと言っていられませんでした。何しろ生活がかかっていましたから。バトル以外はボールから出さないとか、思い切って逃がしてしまうとか。最悪そういうことになるだろうって思いも、少しはありました。かなり手を焼いてはいましたが、やっぱり手持ちポケモンを手放すのは寂しいので……石を取り上げるのがお灸を据えることになってほしいって、ずっと思っていましたね。
 それで、売るにもまずジュペッタから石を返してもらわないといけませんから。何とかしてジュペッタを捕まえて取り上げようとしたんですが、まあそんなことができたら普段からいたずらされるまでもなく取り押さえてますよね。はい。無理でした。それどころかそのまま町の中に逃げ出して帰ってこなくなりまして。ただ被害報告は相変わらず聞こえてきましたから、町から出てないんだっていうのは分かりました。ただ、どうしても帰ってきてもらわないとーー少なくとも石は返してもらわないとどうにもなりません。
 それでどうしたかって、家計はもちろん火の車だったんですが、一人じゃどうしようもないから必要経費ってことでお金を出して、捕獲専門のトレーナーの方にお願いしたんです。野生ポケモンの捕獲だけじゃなくて暴れポケモンや迷惑ポケモンの捕獲もやってるってその時初めて知りました。……ついでに、私の住んでいた地区から何度か仕事の打診が来てたって話も。はい、もちろん私のジュペッタです。それでいろいろ情報を集めていたところだったみたいで、すぐ動いてもらえました。数日で捕まるだろう、とのことでした。その通り何日かしてから、ジュペッタは自分から私のところに帰ってきたんです。
 ……私がそれまで見たこともないくらい、ボロボロになって。
 もうあちこちから綿は飛び出してますし、両腕の先なんて引きちぎれかけて、こう、ぶらんって。その上全身が霜ついて動くのも辛そうで……
 その時やっと、とんでもないことしてしまったって分かって。すぐにでも抱きしめて謝ろうとしましたよ。でも、無理でした。
 後にも先にもあれ一回だけにしたいですね、ポケモンの技をまともに受けたなんて。飛びかかられて床に倒れたところにこう、お腹をシャドークローで。そこからとにかく痛かったことしか覚えてない……って周りには言ってますけど、実はもう一つだけ覚えてることがあるんです。あまりに現実離れしていたので、これまでは気絶してる間に見た夢なんだろうかって思っていたんですけど……先日のあなたの試合でメガシンカしたジュペッタを見て確信しました。あれは夢じゃなかったんだって。
 ええ。私は、あの子がメガジュペッタになったのを見たんです。私に馬乗りになった後に、あの子の全身の破れ目から黒い靄みたいなものが出てきて。その中から出てきたときには、もうそうなっていた。そのままあの手のところの口を向けて……シャドークローって、名前の通り爪を出す技ですよね。でも、あの時は出方が丁度、チャックの周りにぐるっと牙みたいな風になっていて。だから私、このまま喰い殺されちゃうんだって思いました。
  ……覚えてるのは本当に、ここまでです。気付いたら病院のベッドの上でした。どうして助かったのか、今でも分からない。
 はい。たぶんネックレスはメガリングの役割をするもので、あの石はメガストーンだったんでしょうね。そこは分かるんです。でも……
 メガシンカにはポケモンとトレーナーの間の絆が不可欠だって、言っていましたよね。メガリングとメガストーンが揃っていても、私にはどうしても絆があったとは思えないんです。あの子がメガシンカした時の目は、本気で私を殺してやるって……そんな目でした。そんな状態で、メガシンカってできるものなんでしょうか……?

 ……あっ。
 い、いえ。なんて言うんでしょう、自己解決っていうか、その。すみません、考えていただいてるのに。むしろ聞いていただいたことで、自分の中で何か整理がついたのかもしれません。
 ジュペッタって、そもそもゴーストポケモンですよね。それも、ゴーストの中でも恨みとか呪いとかに殊更縁がある。
 それって、ある意味での絆になるんでしょうか。
 例えば誰かが不幸になればいいのにってずっと思い続けて、その人のことで頭がいっぱいになったとしたら。それってプラスかマイナスかの違いはあっても、その人のことを強く強く想っている……つまり、とても強く繋がっていることになりませんか? あの時のメガシンカは、そんな感じで……あの子が私をどうしても殺したいって、こんな目に遭わせたヤツに復讐してやるって、そんな気持ちになったから起きてしまったのかもしれません。
 それに、ジュペッタって。あの姿になっても口を開けられないんですよね。開くチャックは手ばっかりで、メガシンカしたって口は開かない。恨み言の一つも言えないでしょう。言われてもわからないと思いますけど、他のポケモンとかだったら鳴き声でいくらか気持ちも分かるでしょう? それもないんですよね。
 だからあの姿は、絶対に私に仕返ししてやるって、もうお前のところなんかたくさんだって、そういう恨みの積もり積もったのが身体に現れたのかもしれないって、今、そう思いました。
 ……ああ、ジュペッタですか? あれっきり、行方が分からないんですよ。街からも出て行ってしまったみたいで。もちろん石を持ったままでしたから、石を売る、っていうのもできなくって。
 仕方ないから、代わりに家を売ったんです。トレーナーとして旅をするなら、ポケモンセンターにだって格安で泊まれる。行く先々のアルバイトでお金だって稼げる。困るのは、もう父を迎えてあげられないくらいですね。そのネックレスとメガストーンをもらって以来、一度も父には会っていません。一度くらい旅先で会うかと思ったんですけどね。まあこれからも旅は続ける予定ですから、そのうち会うと思って期待しますよ。
 父もそうですが、ジュペッタにも会いたいんです。あんな目に遭わされても? って聞かれますけど、だからこそ謝らないといけない。私は、そう思っています。
 長々とお話を聞いて頂いてありがとうございました。おかげで長年の疑問が晴れました。
 それじゃあ。……少しは落ち着いた日々の過ごせること、お祈りしてますね。


 ……お客さん、ちょっと独り言多くないかい? 疲れてるんだと思うよ、あんたあの、テレビの。チャンピオンさんだろ? どこか洞窟の奥にでもこもることも、考えた方がいいんじゃないかな……カントーとかホウエンとか、チャンピオンになった人ってそうやって隠れ住むみたいなことする人はけっこういるって聞くからね。
 独り言じゃない? さっき出て行った人と? ……いや、お客さん。大丈夫? 誰も出入りはしてないよ。ほら、ドアベル。あんたが入ってきてからずっと鳴ってないだろ? 誰かがドアを開ければ、あれが鳴るからね。ドアを動かさずにっていうと……幽霊でも見たんじゃないのかい? 自分の店にそういうのが出るとは、あんまり考えたくないけどね。
 ……あれ。そこの席、何か置いてあるね。ほら、あんたの前。それは……ネックレスかい?
 誰かの忘れものかねえ。お客さん、知らない?
 ……そう。じゃ、これ、店で預かっておくよ。それにしてもきれいな石だねえ、プランタンの石屋に持っていったら、なかなかいい値がつきそうだ。
 え、思い出したって。なんだい、結局持っていくの? はいよ、ちゃんと届けてやりなよ。その話してた子の忘れものだってんならさ。


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