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  [No.3843] 煙管 投稿者:イサリ   《URL》   投稿日:2015/10/09(Fri) 22:00:29   62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 亡き祖父の書斎を整理していると、机の引き出しの奥に隠すようにして仕舞われていた箱が目に留まった。
 訝しみながら箱を開けると中に入っていたのは、使い込まれた煙管(キセル)だった。相当古い物のように見えたが、大切に扱われていたのか、刻み煙草を受ける火皿は今なお鈍い光沢を放っている。
「おい、どうした。何か見つけたのか」
 一緒に片付けをしていた父が、僕の手元を不思議そうに覗き込んでくる。そして、一目みるなり合点がいったようで、父はこう呟いた。
「ははあ、親父の煙管だな」
「……ああ、そういえばそうだった」

 心臓を患っていた祖父は、医者から長らく禁煙を勧められていた。
 穏和に見えて実は頑固だった彼は忠告を聞き流しつつ吸い続けたが、夜中に大きな発作を起こして病院に担ぎ込まれてからというもの、どうも弱気になったらしい。その時を境に彼はパタリと煙草を止めてしまった。それ以来、この煙管は少なくとも彼の亡くなる数年前から引き出しの隅で眠っていたことになる。

「この煙管、お前がもらえばいいんじゃないか」
 しばらく無言で煙管を見つめていた父が、ふと思いついたように口にした。
「確か、欲しがっていただろう。親父もきっとそれで納得するさ」
「欲しがっていた? 僕が、いつ?」
「ガキの頃だよ。自分のポケモンをもらいたてのくせに、生意気に」

 ああ、そう言われてみれば、そんなこともあった気がする。
 煙管にしみついたヤニの匂いに、遠い日の微かな記憶が呼び覚まされた。


 小春日和の昼下がり、縁側で煙管をふかす祖父は、何故か男らしく、かっこよく見えたものだ。
 刻み煙草を火皿につめ、マッチを近づけて、そっと一服。火が煙草の葉を灰に変えていき、紫煙が一筋立ちのぼる。吸い終えた灰を皿の上に落とす音が、コンッと小気味よく響く。紙巻き煙草にはない、どこか魔術めいた魅力だった。
 大人への憧れも相まって、自分はそれが欲しくなったのだと思う。
「おじいちゃん、僕が大きくなったら、このキセルをちょうだいよ」
 大きく見開かれた祖父の目が、意味ありげに細められた。
「おや、なんとまぁ。……そうさなぁ。お前もようやく自分のポケモンを持って一人前になったことだし。一筆書きでモンスターボールの形を書けるようになったら、譲ってやってもいい」

 おもむろに手渡された紙と鉛筆で、モンスターボールを書こうとした。書いては消し、消してはまた鉛筆を走らせ、幾度も幾度も試みた。だが出来損ないのアンノーンのような図形が並ぶばかりで、何度やっても望む形にならなかった。
 結局最後には諦めたのか、飽きたのか。そのあたりは定かではないが。
 実のところ、そんな問題を出されたことさえ、今の今まで記憶の底に埋もれていた。


 ――大人になった今ならば、解くことができるだろうか。
 頭の中で、図形を構築する。暗いキャンバスに幻影の線が引かれていく。一通り描き終わると、俯瞰する視点を想像して、図形の交点を数えた。
『一筆書きの可能な図形の条件は、全て偶点だけで構成されていること、もしくは奇点が二つだけ存在すること』
 対してモンスターボールの形には、偶点は存在せず、奇点の数は……。

 少し考え、首を横に振った。
「……いいや、僕は受け取れないよ」
「そうか。ならいいさ」父は怪訝な面持ちで、蔵書を整理する作業へと戻っていった。

 祖父の出した問題を解けない自分には、それを受け取る資格はない。そんな気がした。
 この煙管は未来永劫、おじいちゃんの煙管だ。





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 奇点(集まっている辺の数が奇数の点)は四つ。

煙管 (画像サイズ: 150×150 8kB)

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