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  [No.4171] また君と燃える火 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/01/10(Sun) 23:30:01   23clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



僕には名前はなかった。

でも僕には、呼ばれていた名前があった。

『イグサ』

それが、前の僕の名前。
今の僕は、その名前を借りている。


呼ばれていたのは、僕なのには変わりないのだけど、前の僕は今の僕と違う姿をしていた。

今の僕は、子供だった。
前の僕は、マグマラシだった。

僕には、前世の僕という珍しい記憶があった。


■ □ ■


人の子として生を受けた僕は、物心つくころから前世の記憶とやらに気づいていた。
ただ、その記憶の僕と現実の僕の姿が違うことに、当時はとても戸惑っていた。
前世のマグマラシのイグサは炎とともにあり、炎を操っていた。
人間の僕が何度も何度も口や背中から炎を出そうと這いつくばって試すも、出ない。
今となっては当たり前の事実も、その当時の僕は受け入れられないでいた。

馬鹿だなあ、ニンゲンが炎をあやつれる訳ないだろ。と、青い炎を操るランプラー、ローレンスは呆れた。
ローレンスの言っていることはなんとなくわかった。これも、前世がポケモンだった影響だろうか?

僕の育ての親であり、ローレンスのパートナーの女性ミラベルは、僕の話を聞いてはいつも困った笑顔でこういった。

「本来、記憶は引き継がれないものなのだけどね、君は、前のイグサの記憶が魂に強く刻まれて、焼き付きすぎてしまっていたのかもね」

……刻まれ、焼き付いた記憶。その言葉に僕は、親しみを覚えていた。
火を噴く練習は、頻度こそ減ったけど、その当時の僕はなんだかとても――

――とても燃え上がりたい気分になっていた。

僕の心はぼうぼうと燃え上がる炎を共にあった。


■ □ ■


ミラベルとローレンスは、亡くなった人やポケモンの魂を送る仕事をしていた。
皆は、真っ黒な装いの彼らを「死神」と呼んだ。僕も将来、そう呼ばれるのだろうかと思ったら、何だか少しだけ不思議な気持ちになった。
僕はミラベルに養ってもらう代わりに彼女らの仕事の手伝いをしていた。

何人も何体も見送った。
魂をあちら側に連れていくときにローレンスが発する青い炎を、僕はよくまじまじと見ていた。
それは、少なからず命と魂を燃やした火だったからだ。

いや、命とか魂とかだけではくくれない、その燃える何かが僕は好きだった。

僕はいつも寝る前にイグサの記憶を辿っていた。
イグサはいつも燃やしていた。自分が生きるために燃やしていた。
食べるために、逃げるために、戦うために、生きるために。ありとあらゆるものを燃やしていた。
その中には当然、生き物も含まれていた。
イグサは、生きるためなら命を奪えるやつだった。
そして、そのことに罪の意識とか覚えるわけでもなかった。
それがイグサにとっては普通のことであったからだ。

イグサには、一日一日を生き延びるために、今の僕のように考えている余裕がなかった。
ミラベルとローレンスに守られた僕と比べて、イグサはたったひとりで生きていかなきゃいけなかった。だから、良いも悪いも、考える前に次の食べ物を探す方が大事だった。

でも、必死に生きていたイグサにも、イグサなりの考え方があった。

生きるために、不必要なものや無抵抗のものまでは燃やそうとはしていなかった。
それから、本当の意味で生きる。ということに憧れを抱いていた。
つまり、イグサは自分を燃え上がらせたかったみたいだった。

――――だけどそれらが今の僕には、ひどく他人事のように見えていた……。


■ □ ■


すべての前世のイグサの記憶を思い出した僕は、ミラベルとローレンスを呼んだ。

「ミラベル」
「なあに、イグサ」

ずっと、考え続けていることをミラベルに打ち明ける。

「僕は、誰なのだろう」
「……前世のあなたのことで悩んでいるの?」
「そうだ。僕は、今の僕は果たしてこの記憶の持ち主のイグサでいいのだろうか」
「君はどう思うの」
「僕は」

しどろもどろに言葉を紡ぐ優しく見守ってくれるミラベル。だいぶとりとめのない言葉が散らばっていく。でも、その中から導き出される今の僕の答えは、こうだった。

「前世の、過去の僕が他人に見えるんだ。本当にこれは僕だったのかって、疑問を覚えるんだ。でも、胸のずっと奥に感じていたこの何かは、ぼうぼうと熱い何かは今の僕にも感じられるものなんだ。でも僕は……昔の僕にはなれない。そう思うんだ」
「そうだね。私も昔の私になれって言われても難しいかな。少なくとも、見え方や考え方まで、そのまま戻れるわけじゃないしね」
「でも、今の僕は昔のイグサを見捨てる気にもなれない」
「そんな気はしていた」

見透かされていたか。
彼女はいつもの困った笑みを見せる。僕に対して聞きあぐねているようでもあった。
聞いてもいいよと促すと、彼女は真剣な眼差しで僕に聞いた。

「君はずいぶんと前世のイグサにご執心のようだね。でも今のイグサと前世の彼との関係は薄いと思うよ。ないと言ってもいいかもしれない。キミにはイグサを見捨てるという選択肢もあったはずだよ。それでもキミには譲れない何かがあるようだね。それは……何?」

本当に、お見通しだね。気持ちいいくらいの指摘に、失礼だけど思わず微笑んでしまう。
わずかにむくれるミラベルに、僕は白状した。

「シトリー、だ」
「……その子は、誰?」
「前世の、マグマラシの僕が最後に出逢った、そして残してきた大事な相手」

今の僕にもあいつの笑った顔が今でも脳裏に焼き付いていた。
不思議なことだけれども、過去のイグサは他人のように見えていても、シトリーだけは他人とは思えなかった。
それから僕が今までミラベルに語っていなかったイグサの思い出を語り始めた。

「シトリーとは、地獄の中で出会ったんだ」


■ □ ■


辿っていった記憶の最後の方で、イグサは地獄に落ちていた。
正確には、地獄のような場所に連れてこられていた。
人の都合でポケモン同士を殺し合わせ戦い合わせるためだけの場所。
実験場と言われていたそこで、イグサは生き残れずに力尽きた。

その力尽きる直前のわずかなひと時。地獄の中でイグサと、僕と一緒に居てくれた相手がいた。
そいつの名前は『シトリー』。なんか“シトりん”と呼んでくれと言われていたが、僕は一言もその愛称で呼ぶことはなかった。

シトリーはメタモンだった。メタモンの中でも人によって変身能力のとても高いように改造されたポケモンだった。シトリーに性別らしきものはない。シトリーは両方の性別を持っている。シトリーのことを彼とも彼女とも呼ばないのは、呼べないのはそこからきている。

初対面の頃のシトリーとは戦う相手だった。けど少し技を交えるとシトリーは僕と戦うことをやめ、僕と一緒に居ると面白そうだと付きまとってきた。
その時僕に話を合わせただけかもしれないけど、シトリーも燃え上がりたいという欲求を持っていた。あと、つまらない死に方は、一人ぼっちは嫌だとも言っていたっけ。
僕はそんなシトリーに、僕の燃え上がる様を見ていてくれと頼んでいた。
今にして思えば、ひどいお願いだったとは思う。

実はマグマラシの頃の僕の両親。その母親も、メタモンだった。でも親同士寄り添いあうだけで僕を無視したトラウマもあり、その時のイグサはメタモンが大嫌いだった。
それでもシトリーのことは、嫌いじゃなかった。
話していくうちに惹かれていって。
どちらかと言えば、最後は好きだった。
もっと一緒に生きたかった。
でも現実はそれを許してはくれなくて。
僕は先に燃え尽きてしまった。

「シトリーは僕の願いを聞き届けてくれた。でも僕はシトリーの願いを叶えられなかった。そのうえ一方的に願いを重ねた」
「“ボクはまだキミと生きていたかった”ってシトリーは願ってくれた。でも僕は、イグサは、一方的に……」
「……シトリーに生きてくれと願ってしまった」
「もし今もシトリーが生きているのだとしたら。僕は。イグサは」
「迎えに行って責任を取らなければいけない」
「そんな気がするんだ。だからミラベル、ローレンス……」

ぼうぼうと、燃えていたものが、イグサの気持ちが僕と重なる。
僕はマグマラシではない。前世の僕にはなれない。
僕とイグサはどこまでも他人かもしれない。仮にシトリーが生きていたとしても、前世の記憶があるって伝えてもろくなことにならないかもしれない。

でも、だけど、
目蓋を閉じれば蘇るその姿を、様々な思いを込めて、思い起こして。
僕は、イグサになることを決めた。

何かが、燃え上がる。

その体温はいつまでも脳裏に焼き付いて。
(シトリー。僕はまだ燃え尽きてなんかいない。たとえマグマラシじゃなくっても、僕の心にはずっと僕と君が生きている)
その言葉はいつまでも脳裏に焼き付いて。
(シトリー。君と一緒に居たのはほんのわずかだったかもしれない。でも君は僕と一緒に居てくれた。僕の心を燃え上がらせてくれた)
その笑顔はいつまでも脳裏に焼き付いて。
(シトリー。僕はイグサとして、君を見つけるよ。僕が僕として生きることで、僕と君はまた一緒に在れる。僕の魂を、君のそばに)
その願いはいつまでも脳裏に焼き付いて。
(シトリー。今度は僕の番だ。僕が君の願いを叶える番だ。イグサとして、僕は――――君と伴にありたい)

いつまでも。
だから、お願いだ。

「一度死んでいる身が使うのは卑怯な、一生に一度のお願いだ」

そういうと、ミラベルとローレンスは、とても困った笑みを浮かべた。

「シトリーを迎えに行かせてくれ」

幼い僕でもわかっていた……本来は、タブーなのだろう、と。
でも彼女たちは、ダメとは言わないでくれた。

「迷子の魂を送り届けるのは、私たちのお仕事だから。ね、ローレンス?」

しらを切るミラベルにローレンスは「仕方がないな、仕事だからな」と青い炎をぼうぼうと燃やしながら笑った。


■ □ ■


それから数週間後。ミラベルとローレンスに案内された先で僕は予想外の再会をした。
ミラベルは黙って、ローレンスもじっと、僕らを見ていた。

「…………」

開いた口が塞がらない。
僕の目の前には、マグマラシとメタモンのふたりがいた。

マグマラシが僕からメタモンを庇うように立ちふさがる。背中の炎をごう、と燃やし威嚇をしてくる。
マグマラシをたしなめるメタモン。メタモンに気を遣うマグマラシ。
まるで前世の僕らそっくりだった。
僕は、歩み寄る。
僕は、名乗る。

「僕はイグサ。君みたいなタイプは、嫌いじゃないさ」

そして僕はメタモンに自己紹介をして……火傷を恐れずマグマラシを抱きしめた。
炎こそ熱かったけどマグマラシの体はどこかひんやりとしていた。

「おいおい、新しい連れと仲良くやっているなんて僕がつまらないよ。どうせそのメタモンの名前、シトリーなんだろ、“シトりん”?」

マグマラシが目を見開く。それからマグマラシは、“シトりん”らしく泣き笑いをした。
それから、驚きながら僕の名前を呼んだ気がした。

「人間に生まれ変わってしまったんだ。君たちポケモンの言葉を理解できるように頑張るよ」

シトりんは首を横に振る。それから。懐かしい声色で。
喋った。

「それ、は、ボク、が、がんばる。このくらい、できる、さ」
「凄いな。シトりん」
「いぐさ、ほど、じゃない」

そういうとシトりんはメタモンの姿に戻り、泣きじゃくった。
もう片方のメタモンのシトリーも、僕は抱きかかえた。

「寂しかったよ。これからはみんなで一緒に、面白く生きよう」

温かく燃え上がる何かは、ひんやりとした体温に溶けていく。
そして僕らは、再び生を共に歩んだ。

僕の命は、まだ燃え続けている。
君と一緒に、燃え続けている。




あとがき

昔リレー小説で絡んでいただいたシトりんとそのキャラ主のぺーくるさんに捧ぐ、蛇足です。スネイクテイル。お貸しいただきありがとうございました。
イグサくんとシトりんをまた描きたいと思ったとき、こういった形でないと、ふたりが、みんながともに歩むことは難しいだろうなというギリギリのコーナーを曲がるがごとくの所業をさせていただきました。

とりあえず、これからよろしく。シトリー。これからもよろしく。シトりん、イグサ君。


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