歴史を変えることは許されない罪だ。
 しかし、それを行おうとするものたちは多い。

 長年追いかけて、何度も逃げられた奴がいる。
 そして奴はついに、過去へタイムスリップしたらしい。



+++闇世の嘆き 時の護役+++
Chapter―2:災難



 その『犯罪者』はジュプトル。以前から歴史を変えようとすることに執念を燃やしている奴だった。
 わたしは何度も奴を捕らえようとしたが、その度に逃げられてしまっていた。
 やっていることは犯罪だが、奴は意思が強く、機転も利く。もし奴がわたしと同じ考え方をもっていたら、きっと……最高の相棒になっていただろうに。

 相棒といえば、そのジュプトルにも相棒がいた。
 それはどんなポケモンでもない。1人の人間の少年だ。
 話によると、その少年は『時空の叫び』という能力を持っているらしい。
 『時空の叫び』。わたしも実際に目にしたことはないのだが、何かに触れると、それに関係する過去や未来を夢に見ることが出来るという。めったにない、極めて稀な能力だ。
 ジュプトルが過去へ行ったということは、当然その少年も共に過去へ渡ったのだろう。
 彼のその能力がどう関わるのかはわからないが、恐らくわたしにとってあまり都合のいいことではない。

 それにしても、いくら変わった能力を持っているからといって、その人間に時をわたる能力などないはずだし、当然ジュプトルにもない。ディアルガ様が彼らを送ったわけもない。
 ということは、ほぼ間違いなくセレビィが絡んでいるのだろう。厄介なことに。
 さすがのセレビィも歴史を変えることの重大さはわかっていたはずだ。それなのにジュプトルの奴、よくもまあ口説き落としたものだ。ある種尊敬に値する。


 わたしは焦った。もう一刻の猶予もない。
 彼らを止めるためには、過去に戻るしかないだろう……わたし自身が。
 実を言うと、わたしはこれまで過去に行ったことはなかった。本来は渡るだけでも重罪なのだ。それだけで歴史が変わってしまう恐れもあるのだから。
 しかし、もはやそうも言っていられない。奴らを止める方法は他にない。

 わたしはディアルガ様から命令を受け、過去へ向かった。
 『犯罪者』を粛清することが私の使命。自分の『正義』に従うのみだ。



 ……。
 …………。
 …………………………。



 身体を生ぬるい何かが撫でていく。
 目を開こうとすると、これまで経験したことのない、とんでもない量の光が飛び込んできた。光に視界を遮られ、何も見ることが出来ない。

 目が慣れるまで、かなりの時間を要した。
 わたしは緑色の草原に仰向けになっていた。見上げる空は驚くほど青く澄んでいる。その中に、とても直視など出来ないほど眩い光を放つものが見える。ああ、あれが太陽というものかとぼんやり考えた。
 その光を見、暖かさを肌に感じ、わたしは改めて、自分が過去の世界へ来たことを実感した。
 何よりも、感動が大きかったように思う。
 様々な色と光に溢れた、美しい世界。わたしはしばらくの間、動くことが出来なかった。


 柔らかな草の上に寝転がったまま、わたしはするべきことを考えた。
 この世界に来た者たちがやろうとすることはわかっている。世界の各所に散らばる、5つの『時の歯車』と呼ばれるものを集め、『時限の塔』へはめ込む。そうすることにより、『時限の塔』の破壊は妨げられ、未来が暗黒に包まれることもない、ということだ。
 つまり、その『時の歯車』を彼らより先に見つけることが出来ればいい。彼らは必ずそこへ現れる。あとは彼らを元の『闇世』……この世界から見れば未来へ連れ帰り、処刑するだけだ。

 しかし、困ったことがある。
 わたしはその『時の歯車』がどこにあるのか知らない。『時の歯車』がある場所は、本来誰にも知られてはならないことだ。いくらわたしがディアルガ様にお仕えしているとはいえ、知らないものは知らない。
 もう1つ。わたしはこの世界のこともよく知らない。何せ来るのは初めてなのだから。

 とにかく、手当たり次第探してみるしかない。
 わたしは起き上がり、行動に移した。


 不思議のダンジョンというものは、わたしのいた世界にもあった。だから、そのもの自体にはわたしも慣れ親しんでいる。
 わたしはその日、とあるダンジョンへ行った。
 しかし、そのダンジョンにも『時の歯車』は存在しなかった。わたしはがっかりして、そのダンジョンから出ようとした。

「いや〜そこの方、このダンジョンに単独で来るなんて大したもんですねぇ〜♪」

 突然声をかけられ、わたしは驚いて振り返った。
 そこには真っ赤な絨毯が敷かれていて、道具が幾つか並べられていた。その中央に、緑色のポケモン……カクレオンが座っていた。

「いらっしゃいませ〜♪ 北から南から東から西から、果てはダンジョンの中にまで全国展開、高品質安心価格でおなじみ、『カクレオン商店』へようこそ〜♪ そこの方、探検家か何かですか? いいですよねぇ〜♪ やっぱりお宝とか古代文明とかには漢のロマンを感じますからねぇ〜♪」
「い、いや、わたしは別に、探検家というわけでは……」

 わたしがしどろもどろになりながらそう答えると、店主の目つきが変わった。

「えぇ〜っ!? こんなダンジョンにたった1匹で来るほど実力があるのに探検家じゃない!? そんな勿体無いハナシないですよ!」
「は?」
「ちょっとお客さん! アタシについてきてくださいよ!」

 そう言うなり、店主はわたしの腕をつかみ、恐ろしいほどの馬鹿力でわたしを引きずっていった。さすがダンジョン内に店を構えるだけのことはあるということだろうか、この店主、そこらのポケモンの数十倍は強い。
 わたしが突然の出来事に呆然としている間に、店主はわたしを引きずってダンジョンから出て行った。


 ……それから先は、事があまりにも急激に進んだため、はっきりとは覚えていない。
 とにかくわたしは、その店主にポケモン探検隊連盟とかいうところに連れて行かれ、書類やら何やらを書かされた。
 そして気がつくと、わたしはいつの間にやら『探検家』ということになっていた。

 不測の事態だった。
 わたしはこの世界から見れば未来の者。本来はこの世界にいてはならない者。だからこの世界の者たちとはなるべく関わらないようにするつもりだった。
 それなのに、よりによって探検家。それもこの世界の連盟に認定された正式な。
 何でこんなことになったのだ。わたしは自分自身の運の悪さを嘆いた。

 しかし、嘆いていてもしょうがない。何とかいい方向で考えよう。
 探検家……そういうことにしておけば、どこへ行ってもおかしくないし、突然消えても不思議には思われないだろう。
 そうだ。そのほうが、こちらで動くには都合がいいかもしれない。
 探険家になり、地図を手に入れた。あとは奴らより先に、『時の歯車』を見つければいい。
 場所が誰にも知られないということは、相当な秘境にあると考えていいだろう。心当たりなどないから、片っ端から当たるしかない。とにかく、行動あるのみだ。
 そう、とりあえず、思いつく限りの場所へ行けばいい。
 あとは要するに、今後この世界に住む者たちと関わらなければいいだけの話だ。


 その考えが甘かったと悟るのは、またしばらく経ってからのことだった。


 こちらの世界に来てから、何度日の出と日の入りを見たことだろうか。
 様々な秘境を回ったが、未だに『時の歯車』の情報さえつかめない。
 このままではまずい。奴らに先を越されてしまう。

 それにしても、奴らも奴らだ。
 ポケモンと人間のコンビなんて珍しいから、すぐに噂がたつと思っていたが、そんな話は全く聞かない。
 奴らも今頃こっそりと、時の歯車を探しているのだろうか。わたしと同じように。

 そんなことを考えながら、次の捜索の準備のため町の中を散策していると、辺りからなにやらひそひそ話が聞こえてきた。しかも、道行く者たちが皆、わたしのことを見ている気がする。
 一体何だろうか。もしかして、わたしが未来から来たことがばれたのだろうか。いやまさかそんなことはあるまい。

 1匹のヒコザルの少年が、顔をほんのり染めてわたしの元へ走り寄ってきた。

「あ、あの、もしかして、あの探検家のヨノワールさんですか!?」
「ん? あ……ああ……」
「やっぱり!! お、オレ、ファンなんです! あ、あ、あ、あ、握手してください!!」

 そう言って、ヒコザルの少年は右手を勢いよくわたしに突き出した。見開いた瞳が星の如く輝いている。
 辺りのひそひそ声が大きくなる。
 「あのヨノワールさん?」「すげぇ、本物だ!」「俺とも握手して!」「サイン欲しいなぁ……」 ……などなど。
 そしていつの間にか、わたしの周りには大勢のポケモンたちが集まっていた。
 な……何だ? この異様な雰囲気は……。


 ……どうやら、わたし自身知らない間に、わたしは有名になっていたらしい。
 「たった独りで世界中の秘境を探検する探検家」……として。

 何故だ。何故なんだ。
 なるべくこの世界とは関わらないようにと思っていたのに、何故わたしの知らない間にこんなに有名になってしまったのだ。
 口に戸は立てられず、噂というものの広がる速さはギャロップよりも速いという。
 あの時のわたしは知らなかった。『探検隊』というものが、この世界でどれだけポピュラーな存在であるかを。考えが甘かった。
 そう。要するに、わたしが探検家になってしまったことがそもそもの間違いだったのだ。


 ……し……失敗したああぁぁぁ!!


 今更後悔してももう遅い。
 こうしてわたしは探検家として、この世に知られることになってしまったのだ。


 ……え? 握手とサインはどうしたのか?

 したよ。心の中で血涙を流しながらな……。



To be continued……




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