有名になったことは全くもって不本意だったが、ある意味では都合がよかった。 多くの探検隊が集う『ギルド』という施設へ行ったとき、誰も疑うことなく情報をくれる。 そんな中、とある噂を聞いた。 『時の歯車』を盗んでいる奴がいるらしい……と。 Chapter―3:遭遇 今になってようやく、奴らが動き出したらしい。時の歯車を盗む……そんなことをするのは奴らしか考えられない。 わたしはこれまでずっと、彼らはわたしと同じように『時の歯車』を探しながら盗もうとしているのだろう、と、そう考えていた。 しかし、わたしがこれほど必死で探しているのに情報すら得られないものを、こうもあっさりと見つけてしまうものだろうか。それに、なぜこれまでずっと行動を起こさなかった? 思い当たることがいくつかあった。 まずこれまで行動を起こさなかった理由。恐らく、これはわたしのミスだ。 どうやらわたしは、奴らが渡ったのよりももっと過去に戻ってしまったらしい。奴らがどのくらい過去に戻ったのか、さすがに正確にはわからなかった。数ヶ月の誤差が生じてもおかしくない。 考えてみれば、奴らが渡ったのよりも後の時代に行かなくてよかった。だからまあ、この程度のミスはよしとしよう。 そして、『時の歯車』をあっさりと見つけた理由。それはきっと、あのジュプトルのパートナーである、人間の少年の能力のせいだ。 あの人間の少年が持っているという、触れたものの過去や未来を見る力、『時空の叫び』。恐らく奴らはこの力を使って、未来にいる間に『時の歯車』の場所を特定していたのだろう。 わたしの住んでいた世界とこの世界は全く違うように思えるが、空間としては同じだ。場所もそんなに変わることはないのだろう。 それにしても、人間がこの世界にいると目立つはずだ。しかし、どこかで人間の少年が目撃されたという噂は聞かない。 もし目撃されたら、間違いなく大きな話題になるはずだ。何故一切噂にならない? こればかりは頭を抱えるほかない。わたしもさすがに心当たりはない。 何にせよ、急がなければならない。 奴らが『時の歯車』の場所を既に突き止めているというのなら、残りを集めるのもあっという間のはずだ。 早く見つけなければ。奴らが回収し終えるよりも早く。 そんな時、ある情報が入ってきた。プクリンのギルドが『霧の湖』へ遠征に行った、と。 『霧の湖』。そういえばまだ行った事がない。プクリンのギルドの噂も幾度となく聞いている。そこの親方であるプクリンは相当な腕の持ち主だ、とか。 もしかしたら、何か有力な情報が手に入るかもしれない。そう思い、わたしは『トレジャータウン』にあるという、プクリンのギルドを訪れることにした。 トレジャータウンは、非常に穏やかな気候の町だった。 空はよく晴れ上がり、真っ青な海も青々と茂る森も近く、ここに住む者たちはとても生き生きとしている。わたしの住んでいた『闇世』とはまるで正反対といったところだ。 このままずっとここに住むことが出来たら何と素晴らしいことだろう、と思った。 しかし、それは叶わぬ夢。わたしには成し遂げなければならない使命がある。 ……町中でまた住民たちに囲まれたが、いい加減対処にも慣れた。 噂のプクリンのギルドへ行った。わたしが入り口へ行くと、ギルドの中で少し揉めているのが聞こえた。足型がわからない、とか何とか。当たり前だ。わたしに足などない。 少し手間取ったが、名を名乗ったところあっさりと入れてくれた。こういう時は、探険家ということになっていてよかったとつくづく思う。本当に。 ギルドの親方であるプクリンは、何ともつかみ所のない性格だった。 初対面のわたしに妙になれなれしく接してくるし、何を考えているのかも一体何歳ぐらいなのかもよくわからない。ある意味恐ろしかった。弟子たちの方はそうでもなかったが。これでもし、弟子たちまでこのような連中だったら始末に終えない。 遠征の成果を尋ねると、プクリンは、今回は大失敗、何も見つけられなかったと言って笑った。何か嘘っぽい感じもするが、やはりよくわからない。元々こういうキャラクターという可能性もありうる。 何にせよ、ここでも情報は得られなかった。残念だ。今回はもしかしたらと思ったのだが。 それにしても、ここのギルドの者たちも、やはり大半はわたしのことを知っているらしい。わたしの名は一体どこまで広まってしまっているのだろうか。 「突然彗星のように現れた」、「たった独りで世界中を冒険する」、「世界中のことを知っているんじゃないかと思われるほどいろいろなことを知っている」探検家……。そんなところらしい。悪い評判でないだけましだと思うべきであろうか。 このギルドの纏め役のような存在らしいペラップが言った。 「いいかお前ら! 間違ってもサインとかせがむんじゃないぞ!」 「いえいえ、サインぐらいお安い御用ですよ」 もう慣れたしな。 プクリンのギルドでは結局、有益な情報を得ることは出来なかったが、このギルドはかなり力を持っているので、情報が集まりそうだ。 だからわたしはしばらく、トレジャータウンに滞在することにした。 ここにいればきっと、ジュプトルや人間の少年の情報もいち早く手に入る。 何より、ここは住み心地がいい。本当に、このまま永遠にここで暮らしたいぐらいだ。 トレジャータウンに滞在するようになって数日。わたしはカクレオンの店に行った。 カクレオンの店にはあまりいい思い出がないのだが、あの店の店主とここの店の店主はもちろん違う。だからあまり気にするまい、と自分に言い聞かせて。 それにしても、同じカクレオン同士だからなのだろうか、あの店主とこの店主はやはり性格が似ている。特に商売魂溢れる辺りが。 店主のカクレオンと話していると、2匹の少年たちが店へ走ってきた。 チコリータとポッチャマのコンビ。ギルドに行った時に会った記憶がある。 その少年たちは探検隊で、ギルドで働いているという。 わたしは感心した。まだ若いというよりは幼いくらいなのに、立派な子達だ。 こんな少年たちがわたしの世界にもいれば、あの世界もきっと、もっと住みよい世界になるだろうに、と思った。 少年たちと話していると、今度はマリルとルリリの兄弟が道を走って行った。 話を聞くと、その兄弟が以前失くした『水のフロート』という道具が見つかったのだという。 嬉しそうに話す幼い兄弟の顔を見ていると、わたしも少し心が和んだ。 それから数日。 わたしがまたカクレオンの店を訪れると、先の兄弟が浮かない顔で店主と話をしていた。 何でも、例の落とし物を何者かが持ち去り、それをダシにこの幼い兄弟を脅迫しているのだとか。 わたしは激しい憤りを感じた。何とも恥知らずな、悪質な連中がいるものだ。 そして、その落とし物を取り返しに、例のプクリンのギルドの少年たちが向かっているという。 こんなどうしようもない輩がいる中で、何と実直なことだろう。やはり立派な少年たちだ。わたしは強い感銘を受けた。 わたしは彼らがどこへ向かったのか、マリル少年に聞いてみた。マリルは答えた。 「エレキ平原です」 「えっ? エレキ平原ですか?」 わたしは瞬時に、頭の中から、未来にいた時読んだ文献の記憶を引き出した。 この時期、エレキ平原には雷が多く、それを求めてルクシオとレントラーの一族がやってくる。 しかし、彼らは以前、そのエレキ平原で何者かに襲われ、深手を負った経験があるらしい。 それ以来彼らは、縄張りに入ったものに対して過敏に反応するようになったという。 殺られる前に、殺る。彼らはそういう連中だ。 もし、そんなところにあの少年たちが行ったら……! 気がつくと、わたしは猛スピードでエレキ平原へ向かっていた。 あの少年たちを助けなければ、と、そのことばかり考えていた。 わたしはまさに間一髪のところでエレキ平原に到着した。 電気を溜め、今まさに少年たちに向かって渾身の一撃を繰り出そうとしているレントラーに、わたしはとにかく必死で説得を試みた。 怒りはもっともだ、しかしこの少年たちは縄張りを荒らしに来たわけではない、と。 説得が通じたのだろうか、レントラーは何とか落ち着きを取り戻し、理解を示してくれた。 わたしは心の底から安堵した。正直、駄目かと思った。 水のフロートをこの場所へ置いたのは、いかにも小者といった感じの輩だった。 あんなに幼い兄弟を利用し、この立派な少年たちに大怪我を負わせようとするとは、本当にたちの悪い連中だ。叩きのめしてやりたかったが、逃げ足だけは速く、追いかけるのは困難だった。 小悪党は放っておくことにして、少年たちは無事水のフロートを回収し、わたしたちはトレジャータウンへ戻った。 兄弟たちは水のフロートを受け取り、とても嬉しそうにしていた。幼い子の笑顔はいいものだと思った。 話を聞いていると、この少年たちは、以前もルリリを助けたことがあるらしい。その時この少年たちは、いち早く場所を突き止めて依頼を成功させたとか。 カクレオンの店主がそう言うと、ポッチャマの少年が少し困ったような顔をして言った。 「カクレオンの言うとおりだとカッコイイんだけど……でもちょっと違うんだよね。ルリリの時は場所を突き止めたというよりは……偶然夢を見て……」 ひやり、とした感覚が、全身を駆け巡った。 「ん? 夢? 夢ってどういうものなんですか?」 「あっ! そっか。もしかしてヨノワールさんならわかるのかな? 何かに触れた瞬間、めまいに襲われて……過去や未来の出来事が見える……そういうものなんだけど……」 「!! そ……そ……それはっ!!」 『時空の叫び』……。 わたしがずっと捜し求めてきた能力。 ポッチャマの少年は、チコリータの少年と何やら話し合って、相談を持ちかけてきた。 わたしは彼らに誘われるまま、海岸へ向かった。 わたしの心の中には、これまで考えもしなかった、ある疑惑が芽生え始めていた。 海岸で、わたしは彼らの話を聞いた。 彼らが出会ったのは、わたしがこの世界へ来た少し後。 トレジャータウンの南にある海岸に、チコリータの少年が倒れていたという。 そのチコリータの少年は、これまでの記憶を失くしていた。 そしてポッチャマの少年は、そのチコリータの少年を誘い、探検隊になるためプクリンのギルドに弟子入りした、と。 全てのつじつまが合う。時期的にもあっている。 わたしの心の中の疑惑の芽は、確実に大きくなっていた。 しかし、信じられなかった。いや、もしかすると、信じたくなかったのかもしれない。 少し混乱し始めていたわたしに、ポッチャマの少年はとんでもないことを言った。 「その時覚えていたのは自分の名前と……元々はポケモンでなく、人間だったって事みたい」 どこからどう見ても、チコリータの少年。 しかし、元々はポケモンでなく、人間だった。 ポケモンでなく、人間だった。 人間だった。 ……ニンゲン……。 人間。 『時空の叫び』を持つ、人間の少年。 疑惑は確信に変わった。目の前の風景が歪んで見えた。 わたしの心は奇妙に波打っていた。 「あなたは……あなたは自分の名前は覚えているとおっしゃってましたよね? して……その……その、名前は?」 少年はその名をわたしに告げた。 わたしがずっと捜し求めていた、その名を。 歪んでいた風景が、真っ白になって、融けた 込み上げてくる笑いを抑えることが出来なかった。 興奮。喚起。安堵。高揚感。そして、衝撃。 わたしは嬉しかった。 ずっと捜し求めいていた『犯罪者』を見つけることが出来たことが。 ……わたしは悲しかった。 この立派な少年が、許すことの出来ない『犯罪者』であったことが。 To be continued…… |