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  [No.331] 母の形見 投稿者:No.017   投稿日:2011/05/02(Mon) 21:30:52   63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

■母の形見


「あなたの子は長生きできないでしょう」

 易者はそのように預言いたしました。
 胸に赤い石を抱いた白装束の精霊を連れたその易者の預言はよく当たるのです。
 易者は予言いたしました。
 あなたの子は七を数えないうちに、死ぬだろうと予言したのであります。

 それを聞いた母親は、血なまこで探しました。
 我が子の運命を回避する方法を懸命に探したのです。
 彼女はあらゆる易者や術者、陰陽師の類を訪ね歩きました。
 母親というものは腹を痛めて産んだ子供の為だったら何だってやるのです。

 幾月かの後、何十もの術者を訪ね歩いた後に彼女は一つの手がかりを得ることが出来ました。
 術者の一人がそういったまじないを扱える者を知っているというのです。

「だがあの男か。あの男はやめたほうがいい」

 女が教えを請うと術者はそのように渋りました。
 けれど、我が子の運命がかかっているのですから、女は答えを求めました。
 とうとう母親の気迫に負けた術者は"男"の居場所を教えてやったのでした。



 "男"は都のはずれのほうにある古い屋敷に住んでおりました。
 女を出迎えた男は真新しくはないものの美しい衣を羽織っており、まるで陽の下に出たことがないように白い肌をしております。

「さあ、こちらへ」

 と、白い手が女を招きます。
 男はだいたいのことを察しているようでした。

 屋敷は暗くじめじめとしています。
 男の後ろについて、ぎしぎしと音を立てながら廊下を渡ってくと、時折くすくすと子供の笑い声のようなものが聞こえました。
 振り返って声の方向を見るのですが何もいません。
 女は何かいますよとでも言いたげに男の背中を見ましたが、男はまるで気にかける様子がありませんでした。
 男のことを教えてくれた易者が言うように、たしかにやめておいたほうがよかったのかもしれないと、女は少し後悔しました。
 けれどここまで来たら引き返せません。何より我が子の為です。引き返すつもりもありませんでした。

 男は屋敷の奥に女を案内すると古びた箪笥から、何かを取り出しました。
 それは何かの形をかたどった紙でした。

「これはヒトガタと呼ばれるものに私の師匠が独自のまじないをかけたもの。そのまじないを今は私が受け継いでいるのです」

 と、男は言いました。

「この十枚の紙にあなたの子の血を二、三滴ずつ吸わせなさい。そうしたら、そのうちの何枚かの色が変わって浮かんできます。それがあなたの子が七になるまでに降りかかる災厄の数なのです。浮かんできたヒトガタはあなたの子の代わりに災厄を引き受けてくれます。役目を終えると元の姿に戻ります」

 女の前に紙を並べて男は続けました。
 子供というのは七つになるまでは神様の子であると言われています。
 七つになるということが真に人になるということであり、ひとつの区切りなのであります。
 七つを超えたならきっと子も健やかに育つことでありましょう。

「十のうち浮かびあがってこなかった分は私のところに持ってくるよう。しかるべき方法で処分するようにいたしますので」

 女は丁重に礼を述べて、安堵したように十の紙を手に取りました。


 女は家に戻りますと、我が子の指の平を切って、そこから流れ出る血をヒトガタに吸わせました。
 子どもは泣きましたが致し方ありません。
 するとどうでしょう、血を吸った十のヒトガタのうち、六枚ほどの色がみるみるうちに紫色へと染まってゆきました。
 紫色に染まった紙はぐぐっと猫背になって起き上がると、ぷうっとふくれます。
 それは、頭と胴を持っていて、頭は丸く、胴は衣のようにひらひらと揺れております。
 丸い頭に二つほど切れ目が入ったかと思うと、頭上ににょきりと角が生えぱっちりと目が開きました。
 瞳の色は三色に輝いておりました。
 我が子の血を吸って生まれたそれは、それは飽咋(あきぐい)と呼ばれる者の姿をしておりました。



「驚かれましたか」

 翌日になり、浮かび上がってこなかったヒトガタを返しにきた女に男は尋ねました。
「少し」と、女は返します。

「獣や精霊たちが使う技に"身代わり"と呼ばれるものがあります。自身の持つ力の一部を分け与えることによって、自らの分身を作り出す……あの飽咋たちはそういう存在です。役目を終えるまではどうかかわいがってやってください」

 男は血の染みたヒトガタを四枚受け取ると、そのように語りました。

「ところで……ひとつつかぬことをお伺いしますが」

 女の顔をじっと見て男が言いました。

「前に一度どこかでお会いしたことはありませんか?」

 女はきょとんとします。
 彼女が男の屋敷に訪ねるのは、ヒトガタを受け取った時がはじめてのはずでしたから。
 ですから当然「いいえ」と、女は答えました。

「……気のせいですかね。いや、変なことをお伺いしてすみませんでした」

 女の返事を受けて、男はそのように答えました。




 幾年かが流れました。
 ヒトガタを作った女の子供はすくすくと育ちました。
 その間に六匹いた飽咋が、一匹、二匹と減っていきました。
 減った飽咋は皆、家のどこかにはらりと元のヒトガタとなって落ちていました。
 ヒトガタの中心にはうっすらと茶色い跡。
 そうして必ずどこかが、破れていました。

「ありがとう」

 女はそのように呟いて、合掌するとヒトガタを拾い上げ、小さな木箱に納めました。
 これでこうするのは五回目です。

「ねえ、ゴロウはどこに行っちゃったの?」

 いなくなった飽咋の事を子供が尋ねてきます。

「ゴロウはね、お山に帰っていったんだよ」

 そのように彼女が言うと子どもはわかったような、わからないような顔をしました。

「じゃあ、ロクロウも? そのうちお山に帰っちゃうの?」
「そうよ。だからそれまでロクロウをかわいがってあげるのよ」
「ロクロウもいなくなっちゃうの?」

 となりでふよふよと浮かぶ飽咋を見て子供が言います。
 ロクロウと呼ばれた飽咋は首をかしげました。

「だめだよ。ロクロウは一緒にいるの! ロクロウは行かないよね、ずっと一緒に居てくれるよね?」

 子供が問いかけます。
 六番目のロクロウはちょっと困った顔をしました。
 たぶん、自分の運命を知っているからでしょう。


 それから間もなくのことです。
 女の子供が七つになろうとするほんの前、少し離れたところに住んでいる女の母親が亡くなったとの知らせが届きました。
 女はおおいに悲しみましたが、一方で葬儀をつつがなく執り行いました。
 仕事もありますし、子もいます。
 泣いてばかりはいられませんでした。

 葬儀が終わると、遺品の整理と形見分けが行われました。
 女は母の遺品のうちいくつかを引き取ることになりました。
 品を手に取り思い出に浸っていると、僧侶がやってきて言いました。

「このたびは誠にご愁傷様でございました」
「ご丁重に恐れ入ります」

 と女は答えます。
 すると僧侶が懐から何かを取り出して女の前に差し出したのです。

「実は生前、お母様から頼まれておりまして。自分が旅立ったら、娘に渡して欲しいと言われ、ずっとお預かりしておりました」

 女は驚きます。僧侶から手渡されたのは小さな木箱でした。
 木箱の紐を解いて蓋を開くと女はさらに驚愕いたしました。

 中に入っていたのは、何かの形を象った紙が何枚か入っていたのです。
 その中心には茶色いしみ。紙はどこかが必ず破れておりました。
 それは、間違いなくヒトガタでした。
 しかも自身があの男から譲ってもらったのとまったく同じヒトガタだったのです。

 女は震えた手でヒトガタを手にとりました。
 すると木箱の底には手紙が沿えてあることに気がつきました。
 母が娘にあてたものでした。


 娘へ

 あなたがこれを読んでいるということはもう私はこの世にはいないのでしょう。
 今、手紙と一緒に添えられているものはあなたのヒトガタです。
 あなたが生まれたとき、あなたは七つまで生きられないと言われました。
 だから私は術者に頼んで、まじないをかけました。
 術者から貰ったヒトガタにあなたの血を染み込ませて、六匹の飽咋という身代わりを作ったのです。
 身代わりはあなたの目の届かないところで災厄をその身に引き受けました。
 そうして元のヒトガタに戻っていきました。
 あなたは飽咋たちをとてもかわいがっていましたから、私は飽咋たちがいなくなる度に彼らが山へ帰ったのだといって慰めたのです。
 けれども最後の六匹目の時に思わぬ事態が待っていました。
 あなたの目の前で、六匹目がヒトガタに戻ってしまったのです。
 貴方は一晩中泣きましたが、泣き止みませんでした。
 困り果てた私は、貴方を術者のところに連れて行ったのです――

 ヒトガタを作った術者には一人の弟子がおりました。
 その弟子はヒトガタと人の血から作ったのではない、本当の飽咋をたくさん飼っていたのです。
 彼はあなたの悲しい負の感情をみんな飽咋に食べさせてしまいました。
 だからあなたはこのことを全く覚えていないでしょうが……


 女はすべてを理解しました。
 すべてが一つに繋がったのがわかりました。
 気がつけば彼女はヒトガタをくれたあの男の言葉を反芻しておりました。

『前に一度どこかでお会いしたことはありませんか?』

 だからあの男はあんなことを尋ねたのだ。
 女はやっと理解いたしました。
 手紙にある弟子こそが、あの男だったと理解したのです。



 数日の後、彼女は母の形見を男のもとに返しにいきました。
 男はすべてわかっていたかのようにそれを受け取りました。

「そういえば、息子さんはそろそろ七つになるのではないですか。六匹目がヒトガタに戻る日も近いでしょう」

 と、男は言いました。

「うまくやってください。そうしないと結構大変なことになりますから」

 女はわかっている、と返事を致しました。

「尤も私はどちらでもいいですけれど。万一の時はいらっしゃい。屋敷にいる子達も待っていますから」

 男はそう言って冷たい笑みを浮かべました。
 すると男の後ろに立つじめじめとした屋敷の中からくすくす、くすくすと無数の笑い声が不気味に響いてくるのが聞こえてきたのでした。


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