マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.372] 晩秋の夜の夢 (趣味について3) 投稿者:MAX   《URL》   投稿日:2011/05/03(Tue) 13:17:35   70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 晩秋。
 アパートの自室にて、窓を開け、下降傾向の気温を肌身で感じる今日この頃。
 人間の俺はそろそろワイシャツ1枚では寒いと感じるようになり、そしてミミロップのウサミさんは生え変わりの時期を迎えていた。
 都合よく今日は大学の授業が無く、バイトは午後から。というわけで、午前のうちにブラッシングと相成った。

 折り畳み式の安物ベッドに腰掛けて、同じく布団に座らせたウサミさんの背中にブラシをかけていく。撫でる度にブラシが毛を絡めとり、お役御免となった夏毛がバラバラとこぼれ落ちる。
 後始末を考えると正直うんざりだが、やっておかないと抜け毛をあちこちにばらまくことになる。今の内に落とせるだけ落としておかないと、ただでさえでも大変な掃除が輪をかけて、というわけだ。
 もっとも、毛繕いはミミロップにとって当たり前の行いだから、俺がやるのはせいぜい手の届きにくい背中ぐらいだが。耳や手足、胴体あたりはウサミさんが自分でやっていた。

 …………はい、背中はこんなもん。あとは尻尾のあたりだな。ちょっと寝そべってくれ。
 うつ伏せになったウサミさんの腰や尻尾にブラシをかける。フサフサの尻尾は手間取ったが、それもどうにか片づけて、ついでに背中全体を軽くブラッシング。
 軽くやるとき、ウサミさんは手櫛でやると喜んでくれる。ブラシの方が毛並みには良いんだが、ミミロップはトレーナーに懐いてこそのポケモン。やはり撫でてもらうということがうれしいんだろう。
 そう、ウサミさんも本当は誰かに懐いていたんだ。それがどういうわけだか……。

 背中の毛並みを探れば、鉛筆ほどの直径のハゲが点々と見つけられた。ここだけじゃない。腕や太股、身体のあちこちに、毛並みに隠れたハゲがある。
 火傷。素人の見立てだが、原因はタバコの火を押しつけられたことだろう。

 始めて会った時を思い出す。あの頃、ウサミさんは人間に強い警戒心を、そして炎に過剰なまでの恐怖を抱いていた。
 人間の俺への警戒心はサーナイトのイトウさんが仲介してくれたから早めに落ち着いたが、炎タイプのバシャーモであるハシバさんに馴染むのにはえらい時間がかかった。あれは、ハシバさんが炎の熱を押さえ込むよう猛特訓した末に、ようやく近づくことが出来るようになったんだったか。
 ハシバさんには無理をさせたなぁ。本当に、なにがあったのやら……。

 気がつくと、ウサミさんが目を閉じていた。規則正しい呼吸。寝ているのか? つまりそれだけリラックスしたってことか。
 起こすのも悪いか。ちょいと早いがバイトに出るとしよう。抜け毛がひどい内はウサミさんは店に連れていけないし。
 軽く準備を整え、部屋の窓を閉める。毛皮があるから平気だとは思うが、俺にとっては寒いんで、一応。
 ……イトウさん、行くぞ。それじゃハシバさん、ウサミさんのことよろしく。悪いけど今日は帰りが遅くなるんで。飲み会の誘いがあるんだな。


 *


 バイトが終わり、そして飲み会もほどほどで解散となった。そして俺は、不機嫌を隠そうともせずに夜道を歩いていた。

「あ〜んの野郎どもめ……嫌がらせにもほどがあるぜ……」

 独り言が漏れる。しかし酒の影響が無くとも、そんな愚痴も言いたくなるほど状況は悪かった。
 同僚の男2人と楽しげに酒飲みかと思ったら、あいつら、いつの間にか女3人つれてきて合コン風にしやがった。
 酒の席のにぎやかな空気は好きだが、俺は酒が入ると口数が少なくなるタイプなんだ。仲間内なら理解があるから問題ないが、合コンみたいな喋らなきゃいけないような状況は好きじゃないんだよ。
 しかし1番の問題は……、

「いやぁ〜ははぁ、世間って案外 狭いんねぇ〜。アタシの友達が、あんたの同僚とデキてるなんてぇねぇ」

 なぁ〜んでお前が参加してて! 酔いつぶれて! 俺が面倒みなきゃならなくなるんだよ!
 店の常連の女トレーナー。かき氷をメニューから外してから来ることも減って、バイトが楽になったと思っていたのに……。
 こいつは、飲み会にひょっこり現れて、友人たちに誘われるままにホイホイ酒飲んで、飲みつぶれて、今、こうしてッ……!

「はぁ〜〜〜〜っ…………ごめんな、イトウさん。面倒かける」

 俺とイトウさんで左右から肩を貸しあって、こいつをやっと歩かせていた。
 イトウさんから大丈夫という感情が伝わってきて、さらに申し訳なくなる。本当に、こんな面倒なことに巻き込んじゃって……。

 どうしてこんなことに。思い出すのは飲み会が終わって解散するときのこと。俺らを除いた男女2組のうち、一方は素直に解散したんだが、もう一方が妙な動きを始めやがった。
 酔いつぶれたこいつを介抱するかと思ったら、いきなり俺の方にお押し付けて……!


「その子の介抱は普段から話し慣れているお前にしてもらう」
「なにぃ? おい、ちょっと待て」
「いやぁ、すまんね。おれ、その子のうち、知らないし」
「わたしもなんですよね〜。いやぁ友達として恥ずかしいわ〜」
「恥知らずな真似してよく言うよ。俺だって知らないんだから」
「アタシ知ってるぅ」
「そりゃお前の家だからな。酔っ払いは少し黙れ」

「とにかく、だ。おれたちはこの後ちょっと用事があってな」
「ホテルに行くんですよ〜」
「おーい、いきなりバラしちゃ恥ずかしいじゃないか」
「恥ずかしい関係じゃないですよ、わたしたち〜」
「おーおーウザってぇなぁオイ?
 俺にこんな厄介事押し付けといて、お前らは夜のプロレスごっこかぁ? 怒るでしかし!」
「そー言うなや。飲み会の後にはつきもんじゃないか、こういうことも。
 なぁ? キミもこいつの部屋、見てみたいよなぁ?」
「えぇー? あー、興味あるわねぇ」

「というわけだ。頼むわ」
「オメェンチニじゅぺった送リツケテヤル」


 ……あいつら、今頃よろしくやってんのかねー。恨めしいったら……呪われろぉ。

「あぇ〜、どこ連ぇてくのよぉ?」
「俺のアパート。お前んち、知らないからな」
「やぁだ、エッチ」
「警察なら引き取ってくれるかなぁ……」

 イトウさんから咎める感情が来た。普段なら冗談だって言うところだけど、今回ばかりは本気で思ったから素直に謝った。


 *


「ただいま……」
「お邪魔しぃます」

 夜は9時過ぎ。宣言通り遅くなったわけだが、アパートにつくなり溜め息が出た。
 招かれざる客を連れてきて、ハシバさんもウサミさんも、きっと戸惑うだろうなぁ。
 案の定、俺を迎えたウサミさんが意外な人物に目を丸くした。しかし、そんな俺の目には見慣れない物が。

「どしたの、ウサミさん。そのタマゴ」

 ウサミさんが大事そうに抱えている……多分、ポケモンのタマゴ。
 イトウさんも困惑をテレパシーで伝えてきている。いったいどこから持ってきたんだか。

「何があった……何してんのさ」

 部屋に入ればハシバさんが、片隅で膝をそろえて正座していた。なに、この「申し訳ない事しました」って姿。
 俺としては状況はさっぱりなんだが、しかし意外にイトウさんから、納得の意のテレパシーが伝わってきた。どういうことだ?

「イトウさん、何か知ってるのか? 俺はちょっと、わからないんだが……」

 そう言うと、イトウさんは苦笑いを浮かべてテレパシーを送ってきた。
 内容は、ハシバさん、ウサミさん、愛情。……愛情?

「なに?」

 続けて、布団、シーツ。……見れば確かに、ベッドのシーツが洗った後みたいになってる。ウサミさんの抜け毛が残ってるから、帰ってからガムテープで掃除しようと思ってたんだが。
 視線を動かし、ハシバさんを見る。縮こまっていたのがさらに縮んだような気がする。
 続いてウサミさんを見れば、恥ずかしそうに視線を逸らして、タマゴを抱き直した。

「……そーゆうことかぃ」

 ハシバさんは生真面目だし、ウサミさんは俺に甘えてばかりだったから、まったく予想してなかったよ。いつの間にか発展してたのね、君たち。
 知らなかったのは俺ばっかりかぃ。なんか悔しいなぁ。身近な相手が知らない間に進んでるっていうのは、なんとなくすっきりしないものがあるねぇ。

「いやはや、まぁ……今後も仲良くな」

 そっかぁ〜……いやまぁ、ハシバさんがウサミさんの心の助けになってくれるんなら、俺は素直にうれしいよ。ウサミさん、結構ツラい経験してきてるからさ。
 いやはやしかし、なんか大事なこと忘れてないかな……。


「あ。……ごめん、出そう」

 こいつ連れてきてんだった。忘れてた…………なに? 出る?

「イトウさん、トイレっ!!」
「ぅぁぁ……揺らしたら…………ぅ」


「ぅぁああああああああ…………」

 うわああああぁぁぁぁ…………。
 何が悲しくてこいつ家に連れ込んでまでリバースさせなきゃならないんだよぉ〜……。

「飲み過ぎだオマエ……」
「ぅぁ〜……」
「はぁ〜……イトウさん、こいつ落ち着いたらシャワー浴びせてやって。服脱がすの、俺がやるわけにいかないからさ」
「やぁん、エッチぃ……」
「言ってろ、ボケ。
 暴れるようなら“サイコキネシス”で押さえつけてもいいから。面倒押し付けるようで悪いけどさ……」

 本当なら俺もシャワー浴びて早く寝たいところだけど、今日はそうもいかないみたいだ。イスに座ろうとしたら勢いがついてドスンといった。酒と疲労と罪悪感で身も心もグッタリです。
 ひどい状況だとは俺も思う。イトウさんはこう言う時とばっちりを受けてばかりだ。それでも「大丈夫」と、苦笑い程度で引き受けてくれる。ホント、イトウさんの献身は心にしみるよ。
 イトウさんが人間だったら、あるいは俺がポケモンだったら、今頃結婚を申し込んでいるところだよ……。現実じゃ有り得ないが。

 シャワー室から響くにぎやかな声と水音が、逃避しかけた俺を現実に引き戻した。……そうだ、バスタオル用意しとこう。足拭きマットもだ。
 …………あぁそうだ、ウサミさん。悪いけどウサミさんにも面倒事、いいかな。
 首を縦に振ってくれた。ありがたいねぇ。それじゃぁ、あいつの下着、軽く洗濯しておいてくれない? 洗面所で水洗いだけど。
 …………あぁ、ありがとう。キレイ好きのミミロップは流石だよ。これも俺がやると後で騒動になるからねぇ……。あ、タマゴは預かるから。よろしく頼むよ。

 ハシバさんは、洗濯の後で頼みたいことがあるから。……とりあえず、正座はもういいだろ。
 どこでそんな仕草覚えたんだか。俺は教えてないぞ?


 それからしばらくして、洗濯が終わった下着をハンガーや洗濯バサミで吊し、俺はハシバさんにうちわを渡した。
 左手に火をつけ、右手のうちわで熱風を扇ぐ。ハシバさんには、乾燥を急ぐために一役買ってもらうことになった。これもまた、俺ではできないことである。
 それも20分ほどして、シャワー室から「終わった」とテレパシーが飛んできた。ウサミさんに下着を渡し、あいつにさっさと着替えてもらう。

「ねぇー。あんた、アタシの下着、見たぁ?」
「あー? 見てないよ。全部イトウさんとウサミさんにやらせたんだ。わかるわけねぇだろ」
「そーねぇ。ありがとうねぇ、イトウさん、ウサミさん」

 知らぬが仏なり。嘘もつかねば仏になれぬ、ってな。面倒を回避だ。
 着替えの終わったあいつと入れ替わりに、今度は俺がシャワーを浴びる番だ。重い腰を上げ、下着と寝間着とタオルを持って、シャワー室に足を運んだ。


 *


 シャワーを浴びて多少は疲れもとれたところ、部屋に戻れば俺の寝床に酔っ払いが寝ころんでいた。

「ふぁー……男臭い」
「男の布団に入ってんだ。当たり前だろ」

 何やってんだよ、こいつは。
 そりゃぁ異性の布団の臭いなんて、緊張するもんだと思うけどさ。こいつはなんだ? さっきから呆けてるように見えるんだが。酔いがひどいか? それとも のぼせたか?

「まー、とりあえず。男臭いと思うけど、そこで一晩寝てくれ。
 掛け布団は……そーだな、バスタオルがあるから、タオルケットとして使ってくれ。風邪引かれても困るからな」
「ポケモンたちはぁ?」
「適当な場所で寝るだろうさ。毛皮があるから、外じゃなければ風邪も引かないだろ」
「じゃー、あんたはどこで寝るのさ」
「俺か? あぁ、イスで寝るよ」

 それしかあるめぇ。布団は占領されてて、床は寝るにはキレイじゃない。となればイス寝は必然。腐っても医者を志す者として、寝る場所に贅沢は言ってられない。

「ふー……ん」
「なんだ?」

 と思っていたら、あいつがのっそりと身体を起こして、こちらをじっと見つめてきた。
 何事かと思えば、今度は立ち上がり、俺の身体につかみかかると……、

「よいしょぉっ!!」
「ぉ、ぉぉおい!?」

 布団に向けて、俺を押し倒した!?
 悲鳴を上げる安物ベッドを心配し、下の階の住人から苦情がこないか恐怖する。そんなことを考えているうちに、あいつが俺に被さって、抱きついてきた。

「おぉっ……お前、何をするンだ!?」
「なにって、えぇ? わかってるくせにぃ」
「わかりたくないから聞いてるんだよ」
「あーそぅ……ナニよ」
「ナニ?」
「ナニをするの」

 訳の分かりたくないけどわかってしまうことをほざきながら、こいつは俺の胸に自分の胸を押し付けてきた。
 男のそれとはちがう、柔らかな感触。暖かさ。そして鼻に来る異性の臭い……って酒臭ぇ。

「ウェストはイトウさんみたいに細くないし、足だってウサミさんみたいにキレイじゃないよ。
 けどね、バストだけは結構自信があるのよ? そりゃハシバさんの大胸筋にゃ負けるけど」
「いや、比べる対象が間違ってる気がするんだが……」

 確かにこう、胸に来る感触はなんだか良いものを感じてしまうが……。
 言いながら、拘束から逃れようとモゾモゾと身体をくねらせる。が、まったく緩む様子はない。くっそぅ、ポケモントレーナーの腕力がこんなに強いなんて……って、俺もその1人のはずなんだが……!
 しかも身体を動かす度に柔らかい感触が右に左にむにむにと形を変えて……やべぇ。

「くすぐったぃ……」

 不覚にもドキッとした。

 …………って落ち着くんだ! 動くな、俺!
 相手はこいつだ! 目に見えるものを見ろ。身体に感じるものは本能で反応するだけだ!

 ……シャワーで暖まったからか、酒に酔ってるからか、こう……とろけた表情って、どうしてこう色っぽいんだろうな……。

 待て。
 お前の目の前にいるのはあの女だ。憎まれ口を叩き合うようなひねくれもの仲間だ。理性は相手にするなと言っている。本能に流されるんじゃぁない!
 思い出せ、これは酒の勢いなんだ。シラフじゃないんだ! あいつは酔っ払い。俺もほろ酔い。本心じゃないし、ここで一線越えたら後が面倒どころじゃない!

 理性と本能に流されまいと必死になっている。なんでだ。なんでこいつがこんな風に見えるんだ!
 こんな状況の原因になった同僚とその友人を心の中で恨む。恨むというか現実逃避に走る。
 しかし、こいつの声が俺を目の前の現実に引きずり戻してくる。

「あんただって、アタシを連れ込んだらこういうことするつもりだったんでしょ?」
「あー……いや。お前とそういうことするのは、有り得ないから」

 強がりを口にする。この調子だ。とにかくイヤだと口で言え。そうすりゃ気分もネガティブに傾く。

「お前は俺のストライクゾーンには入ってないんだ。ボールどころかデッドボールだよ。逃げるよ。乱闘物だよ」
「へ〜ぇ……口ではそう言ってるけどねぇ。ここんとこガチガチになってるんだけど? どう説明すんのさ」
「〜〜〜〜ッ!」

 握ってきた。
 それは、反則。

「……俺だって、普通の人間の男だよ。女に抱きつかれたら、身体はこんなんなるさ。けどな、理性の方は絶対にイヤだって言ってるよ」
「女がここまでやってるのにイヤだって? 据え膳を食わないのは恥なんじゃないの?」
「酒に飲まれてお前と過ち犯す方が、よっぽど後生の恥だよ」
「そんなにイヤなの?」
「あぁ、イヤだね。こんなん酒の勢いだ。一時の気の迷いだ。そんなんじゃ俺は絶対に納得しないよ。
 だいいち、周りを見ろや。お前は何か? ハシバさんもウサミさんもイトウさんも見てるのに、構わねぇってか?」

 考えてみれば、こうしているすぐそこにみんながいるわけだ。家族の見ている手前、そんなバカなことができるわけない。

「知らないわよ……あんたしか、見えてないもの」
「おー、視野の狭いことで。それでトレーナーが務まるか? 現実見ろよ」
「うるっ……さい! じゃぁ、泣いてやるっ」
「なにぃ?」
「泣いてやるんだから! あんたがその気にならないってんなら、アタシゃここで泣き寝入りしてやる!」
「なっ……おい、なんで泣く」
「あんたがやらないからよ! あんたなら良いって思ったのに!
 アタシはあんたのことが…………あんまり好きじゃないけど」
「なら今すぐやめろ。離れろ。こういうのは恋人同士がするもんだ」
「じゃぁ恋人になれ!」
「ならない」
「泣くぞ!」
「泣くな!」
「どっちよ! やるか! 泣くか!」
「やらない! 泣かせない!」

 どうなってるんだ。
 口から出るに任せていたら、なんだか訳の分からない会話になってきた。
 俺にだって一応、明日には午前から大学で授業があるんだ。こんなところでジタバタしてるわけにもいかない。
 三十六計逃げるにしかず。ここは一発、夢の中に逃げる!

「あーもぅ、酔っ払いとの会話なんて埒が明かねぇ。
 イトウさん、最後にゴメン。“さいみんじゅつ”で俺ら、寝かせてくれ」
「逃げる気!?」
「逃げるよ! 俺だって疲れてるんだ。明日は午前中から予定があるんだ。いい加減に寝たいんだ。
 お前だって一晩寝れば、今の記憶なんざキレイに消し飛んで、朝から大騒ぎすることになるだろうさ」
「するわけないでしょ! “ハジメテ”を賭けたって良いわ!」
「なにぃ?」
「あんたが賭に勝ったら、アタシの“ハジメテ”、くれてやるって言うのよ!」
「いるか、ボケェ! どこまでテメェに都合が良いように話し転がそうとしてんだ! いい加減に寝ろ! 頼む、イトウさん!」

 盛大な溜め息が聞こえた。どうやら、イトウさんの堪忍袋も限界が近いらしい。
 イトウさん、本当に面倒をかけてゴメン。

「ちょっと! なに、自分だけ大人しく寝ようとしてるのよ! アタシばっかり恥かいて! あんたも何か賭けなさいよ!」
「うるせぇな! 名前も知らねぇヤツにそんなことできるかよ! 俺は店員で、お前は常連客だ! それだけだ!」
「あーそう、知らなかったの! そういやアタシも知らないわね! アタシはミズハよ! あんたは!?」
「ミズハか! 俺はタダマサってんだ!」
「タダマサね! ほら、名前覚えたんだから、文句無いでしょ!」
「おぉ、いいさ! わかったよ! お前が明日になっても忘れてなかったら、俺は人生かけてお前を養ってやるよ! これでいいだろ!」
「あー、聞いたからね! 覚えたからね! 明日になっても忘れなかったら、ちゃんと守ってもらうからね!」
「いいから寝ろ! 忘れろ! お前なんか、にゃ……ぜったぃ…………」
「覚えて、て……やるんだかぁ…………」

 興奮した意識が一気に鎮静していく。強烈な眠気で瞼が落ちていき、俺たちは、揃って眠りに落ちた。
 とびっきりの“さいみんじゅつ”か。最後に、ありがとうございました……。


 *


 携帯電話のアラームが鳴り響く。起きる時間だ。
 まだ眠い。が、アラームは止めないと。みんなの迷惑になる。
 ……あぁ、なんだか布団が重いな。やけに窮屈だ。腕を伸ばすだけでも一苦労だし。昨日の飲み会、そんなに疲れたんだったか……。

 …………。

「…………ぁ、ぁああああああああ!!!???」
「んー……て、ぇええええええええ!!!???」

「で、出て行けぇーーーーっ!!」
「なんでぇーーーーっ!?」

 な……どうして俺のベッドにミズハがいる!?
 俺は昨晩なにを…………飲み会でミズハが現れて、ミズハが飲みつぶれて、ミズハの家を知らないから俺のアパートで介抱して、ミズハに押し倒された!!

「お前っ……早く、出て行け! 荷物まとめて!」
「ちょっ……タダマサ!? なんで……ここどこよ!」
「俺の部屋だよ! アパート! いいから早く!」

 大慌てで身なりを整え、「わけわかんない!」とか言いながら、ミズハが玄関に駆けていく。

「ミズハ、忘れ物!」
「あぁ、カバン!」
「ほれ!」
「あ、ありがと!」

 放り投げたカバンを受け取ると、靴を履き、ドアの鍵を開ける。ドアの隙間から光が射し込み、玄関が一気に明るくなった。

「も、もう2度と来るんじゃないぞ!」
「に、2度と来ないんだからね!」

 最後まで罵声を浴びせあい、朝の騒々しさが駆け抜けていった。


 はぁ〜〜〜〜…………。


 静かになった部屋の中で、大きな溜め息が響いた。

「…………イトウさん」

 見れば、イトウさんが眉間にシワを寄せて、諦めや怒りがない交ぜになった感情をテレパシーで激しく送ってきた。
 そしてハシバさんとウサミさんもまた、疲れた顔で首を横に振っている。
 救いの道は有りや無しや……無いな。

「本当に、ご迷惑おかけしました……」

 床に膝をつき、俺は深々と頭を下げた。
 そしてしばらく、イトウさんが落ち着くまでの間、ずっと謝り続けることになった。


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