マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.644] もふパラ? @イーブイの場合 投稿者:   《URL》   投稿日:2011/08/16(Tue) 07:03:18   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 目が覚めると、イーブイになっていた。

 それに気付いた途端、テンション跳ね上がってベッドから三メートルほど飛んでしまった。イーブイになった。数百種類のポケモンの中から自分がいっとう好きなポケモンになれるなんて超の付く幸運じゃないか。
 ベッドから降りて鏡を確認する。首周りの白いもふもふと茶色い獣の足と狐みたいな尻尾で多分とは思っていたが、確信した。黒く大きな目、長い耳。イーブイだ。

 やったあイーブイだあ、ときゃわきゃわ鳴きつつ部屋にある等身大イーブイぬいぐるみに突進する。うわあ本当に同じ大きさだあ。イーブイの高さ三十センチ、等身大の肩書きに偽りなし。同じ大きさのぬいぐるみと戯れてもふもふちょっと待て。

 なんでイーブイになったんだろう。

 うーん、昨日なんか変なことしたか? いつものようにマサポケのチャットでくっちゃべって、「じゃあおやすみー」って落ちて、ああその前に「長老にもふられても必ず狐になるわけじゃなくて、実は自分の好きなポケモンになれる」って話をしたんだっけ。それで「じゃあイーブイにしてください」って発言し……あ。

 昨日 退室せずに ブラウザ 閉じた☆

 説明しよう! マサポケチャットでは行方不明になることを俗に「もふられる」と言い、長老にもふもふされたため行方不明になったと解釈するのだ! ブラウザを閉じると行方不明扱いだから任意もふられを発動できるぞ! よい子は真似しないようにな!

 よい子はやっちゃいけない。しかしやってしまったものは仕方ない。幸いにもイーブイだし……あー。
 ここ、ポケモン世界じゃないじゃん……。

 こういう場合、どうなるんだろうか。珍獣扱いで大学に売られて解剖……いや、まさかうちの両親がそんなことするはずないよな? イーブイの等身大ぬいぐるみを見せて「イーブイは可愛い、イーブイは可愛い」って洗脳してきたんだから、きっとイーブイだ可愛い飼育しようぐらいにはなるはず……しかしその場合も近所で「あら珍獣だ」と噂になり大学で解剖……ううむ。三日ぐらいで戻れたらいいが、その間に大学で解剖……やっぱり駄目だ。

 よし、ポケモン世界に行こう。確かある小説では、冷蔵庫を開けることでポケモン世界への扉が開いたはず。そうと決まれば夢と冒険の世界へレッツゴー。ごめんね父さん母さん、イーブイの等身大ぬいぐるみを形見だと思って大事にしてくれ。
 というわけで台所にある冷蔵庫の元へ。冷蔵庫の扉に手を……伸ばしたが届かない。どうしよう。どうやってポケモン世界に行こう。

「あら、こんなとこにイーブイが……」
 母さんに見つかった。これは大学で解剖ルートか……!?
「全く、ぬいぐるみほったらかして。そうだ、洗濯機をぬいぐるみ洗えるやつに買い換えたし、洗ってあげよう♪」
 ちょっと待って母さん、私生きてます! ぬいぐるみじゃありません!
「タイマーセットして、洗剤入れて、はい♪」
 洗剤と共に洗濯機(ドラム式)に入れられる私。途中で気付け! と思うも虚しく、洗濯機のドアがカチリと閉まる。ごーと不吉な音が聞こえる。
 ああ、洗濯物ってこんな気分だったんだね……ごめんよ……でも洗濯機便利だからこれからも使うよ……。水音が近付いてきた。

 目の前が真っ暗になった!



「……ありゃ」
 目が覚めると、なんか別の場所にいた。洗濯機の中のような閉塞感はまだあったが、あそこまで狭くはないし、明るい。ドアは透明で丸いあれじゃなくて、四角くて人が通れそうなサイズ、上半分は透明で、下半分は赤色に塗られている。ああ、天井が丸みを帯びている。だから洗濯機の中と似てる感じがしたのか。でも天井が透明で光が存分に入ってくるから、閉塞感はさっき感じたほどにはない。が、なんだか嫌な予感がする。すごくする。

 にしても、ここはど
「オオウ……ムシムシとして……まるでサウナだな、少年!」

 ライモンシティの観覧車ー!
 しかも変な場面に行き当たってしまったー!

「アアア、熱いなァ……少年の肌を、汗が伝っ」
 これ以上聞いてられるかちくしょうめがっ! 今私がちくしょうだったじゃなくてこの状況どうにか逃げられませんかうわあ観覧車ちょうど頂上じゃないすかもうゴンドラ爆破してや

 ……あ、れ? やまおとこのナツミさんの正面に座ってる人、ポケモンの主人公の男の子じゃないな。
 少年、と呼ばれた彼は茶色じゃなくて黄金色の稲穂みたいな色の髪で、その髪はあっちこっち気ままに跳ねている。気弱そうな、優しそうな目も髪に似た色。困った表情の彼の膝の上に乗る、ポーカーフェイスのエルフーン。

 まさかとは思うけど、
「……キラン?」
 自分が書いた小説の主人公の名前を呟いてみる。すると、膝の上のエルフーンがこちらを向いた。
「おや、何故僕の“おや”の名前を知ってるのだねフワモコ。というか君はいつの間にここに来たねフワモコ」
「いやまあ色々ありまして」
 答えつつ一瞬だけやまおとこを見る。「ところで恋人とかいないのか」と言いながら目をめっちゃギラつかせている。キラン君逃げて超逃げて全力で逃げて。それに対してキランは「好きな人はいますけど」と歯切れの悪い返事をしている。えーいお前もはっきりせんかい! 自分が書いた奴とはいえ嘆かわしいなおい!

「というかなんでこんな状況になったの」
「バトルを受けてたったら、何故か一緒に観覧車に乗る話とすり替えられましてね」
 私の疑問にエルフーンが答えてくれた。大変だなあ、エルフーンも、キランも。っていうか観覧車ならレンリさんと乗れ、マジで。

 やまおとこはギラついた目でキランを見ている。そんな目でキランを見るでない! 私はキランの隣に上がって、やまおとこを精一杯威嚇する。キランもやまおとこも突然現れたイーブイに驚いたようだけど、とりあえずやまおとこは身を引いたようだ。しっしっ、お前なんかがキランに近づくでないよ。

 それからは何事もなく、ゴンドラが地面に着いた。キランとエルフーン、私、やまおとこの順で外に出る。「ではまたな、少年!」と言って手を振るやまおとこ。“また”はない、“また”は!
「なんか疲れたね」と伸びをしながらエルフーンに話しかけるキラン。君はもうちょっと危機感を持ちたまえ。しかしあれかな、ゴンドラに入り込んだ時嫌な感じがしたのは危険予知かな? だとしたら夢特性かな、私は。

「このイーブイ、誰かのポケモンかな」と言ってキランが私を抱き上げた。「人馴れしているしね」と言いつつ、首元を撫でられる。
 違うよ、と声を上げる。けど人間には伝わらないらしい。キランは「とりあえず警察で迷子の届出がないか見てみるか」と言って遊園地の出口に向かった。
「君も大変だねフワモコ」
 キランの頭の斜め後ろぐらいをフワフワ浮きながら、綿羊がついてくる。
「ところで君、誰かに捨てられたのかい? フワモコ」
「違う、よ」
 何と説明すればいいんだろうか。
 しかし、エルフーンは特に何も聞かず、「色々あるのだね」と言って収めてくれた。意外といい奴かもしれない。

 ライモンシティの警察署。大きなビルだったそこに入り、キランは私を抱いたまま、受付の片隅にあるコンピュータをいじっていた。しばらくして「イーブイの届けはないなあ」と言ってコンピュータの電源を落とした。どうやら遺失物やら何やらの届出の一覧を見られる端末らしい。
 キランは端末のある場所から離れると、階段を使って二階に上がった。明るい日差しの入る廊下を渡り、ある部屋の前で一旦立ち止まり、私を軽く揺すって抱き直してからドアを開ける。
「こんにちは」
 キランの声がちょっと上擦っている。
「レンリさん」
 ああ、と私は嘆息する。

 いや、ポケモンになった挙句、自分が書いた小説の登場人物に会うなんて、中々ないことだと思うよ?

 肩にバチュルを乗せ、黒い髪に紅いメッシュを入れた長身の女性。室内だからかコートは着ていない。白のカッターシャツと黒のパンツが、細身の体にばっちり似合っている。レンリ――キランが観覧車の中で言ってた好きな人。
「こんにちは、キラン」
 口元に笑みを浮かべ、部下に挨拶を返す彼女。物静かながら確実に耳に届く声。うわあこんな声してたのか私の文章力では届けられません。

「えっと、あの」と急にどもりだしたキランを、彼女は黙って見つめている。キランの言葉を待っているのだ、と途中で気付いた。レンリに見つめられながら、やっとキランが言葉を見つけ出す。
「この子、育ててみようと思うんですけど、いかがでしょうか!?」
 と言いつつずいっと差し出される私……私かい!?

「いいんじゃないか」
 そう私の文章力では形容できない声で答えつつ、レンリはパソコンに向かう。
「大事にしろよ」
「はい、がんばって育てます!」
 えーキランかよー。
 っていうか自分が育てるポケモンのことまで上司にお伺いたてるなよ。主体性ないな、ったく。
「じゃあよろしくね、えっと……ルーナ!」
 ブラッキーにする気満々の名前だなキランよ! 仕方ない、なんかややこしい状況だけども、しばらく手持ちポケモンになってやるか。ここで断って変な奴にゲットされたら嫌だし。
「いたっ! 噛んだ! 噛まれた!」
 私が懐くまで、せいぜい頑張るがよい。

 そんなこんなで、次の日。
「なんか、レンリさんに懐いてますね……」
 がっくりした声でキランがぼやく。仕方ない、レンリの方が撫でるの上手だもの。っていうかレンリの手持ちになりたかったなー。
「いっそのこと、レンリさんがその子を育ててみます?」
「何言ってるんだ、お前のポケモンだろ? それに、私は六匹育てるので手一杯だからな」
 だよなあ。自分が書いた人だもの行動パターンも薄々察するというものだよ。こんなことになるんならレンリは七匹ぐらいポケモン育てられるよ設定つけとけばよかったなあ。苦しいか。後付け設定。

 何か呼び出されたらしく、レンリが私を撫でるのをやめて部屋を出た。残ったのはキランと私、それからエルフーンのウィリデ(昨日キランの手持ち全員と挨拶と自己紹介をした。私は全部知ってんだけどね)。ウィリデは相変わらずポーカーフェイスで綿を散らかしている。キランは机に突っ伏して、何やら机に向かって喋り始めた。

「才能ないのかな……ルーナもレンリさんが育てた方が良さそうなのになあ」
 ふう、とため息をつき、キランは顔を上げる。慰める為に近付いたらしい、エルフーンの綿をもふもふしながら、
「こんなんじゃもう一回告白とか……無理そうだなあ」
 なんか愚痴ってる。めんどうだなあ、と思っているとウィリデと目が合った。「すまないねフワモコ」と言って、ウィリデは気ままに綿を散らかす、振りをする。そうしたら「なんとかしなきゃね」と、キランも何故だか元気が出たようで。

「じゃあまず、ルーナの特訓だね」
 仕方ない。手持ちポケだし、付き合ってやるか。


「しかし君も大変だねフワモコ」
 特訓の合間にウィリデが労いに来た。こいつもずっと私の特訓に付き合っていたはずだが、ひっくり返って息も絶え絶えの私に対して、こいつは綿の先っぽも乱れていない。レベルが違うんだなー、と感じた。あれ、でもこいつ、身代わり四回使ってなかったっけ。まあいいや。

「元の世界に帰れるのかねフワモコ」
 同じパーティのメンバー、しかもウィリデはパーティのリーダーという都合上、私の事情はウィリデにほとんど全て話してある。それでも態度が変わらないのは、大物なのかそれとも何も考えていないのか。
 けれど、イーブイのままここに居ても構わないという私に、ウィリデは元の世界に帰るべきだと言い張り続けた。何か思うところはあるのだ。でも態度は変わらないから、大物か。あんまりにも言い続けるから、私も帰った方がいい気がしてきた。

「何か、鍵になりそうなことはないかね。こちらの世界に来るきっかけとか、何か」
 きっかけねえ。ようやく息の整った私は、仰向けから腹ばいの姿勢に戻って考える。きっかけってあのチャットか。しかしイーブイの姿でチャットをやるわけにはいくまい。他にきっかけ。
「あの観覧車かな」
 あちらからこちらに来たのは洗濯機を通してだったが、着いたのは観覧車の中だ。また観覧車に乗ってみれば、何か起こるかもしれない。まずはやってみよう。話はそれからだ。

 がしかし。
「観覧車ねえ」
 ウィリデは珍しく渋い顔をして私に向ける。そうしてそのまま顔をキランの方向に向けた。
 親愛なる我がキラン君は、基本レンリとしか観覧車に乗らんのである。

 トレーナーが乗らないのにポケモンだけ観覧車に乗るのは無理のある話だ。というか観覧車の横に書いてある。『ポケモンのみの乗車はご遠慮下さい』って。
 ついでに観覧車は二人乗り、一人でも三人でもなくぴったし二人乗り。先日みたいな事故がなければキランはレンリと乗りたいに決まっている。普段の視線からして間違いなくそうだ。というわけで、なんとかして私は二人を観覧車に乗せねばならんのである。

 しかし、これが難しい。
 キランを観覧車の前に連れて行っても、「乗りたいの? また今度ね」とスルーされるか、「レンリさんと……無理そうだなあ」と愚痴られるか、あと近付いてくる某さんから全力で逃げるか、そのどれかだ。レンリなんかそもそも観覧車の前に来ない。どうがんばっても来ない。手強すぎる。
 いっそ二人を乗せるのは諦めて、ゾロアどもの幻影を使えばいいと思った。が、ウィリデによるとこの前ゾロアたちがそれで観覧車に乗ったが、結局バレてそれ以降観覧車に幻影キャンセラーが付いたとのこと。誰だそんな間抜けをやらかしたのは? とにかく見事に手が塞がれた形だ。

「まだ望みはある。二人を観覧車に乗せればいいのだよフワモコ」
 落ち込む私をウィリデが慰めてくれる。いやそれが難しいのですよ、と私は思う。何故フラグ折った私。
 事情はある程度まで(人間だったとか、別世界から来たとか)話したが、流石に自分が君たちの物語の作者なんです、なんてことは喋っていない。キランとレンリが観覧車に乗ったのが、レンリがキランに誕生日プレゼントを渡した一回きりになってしまったの私の所為だなんて言えないし。その時の誕生日プレゼントは雷の石だったが、その後かなり長いこと経って闇の石が手に入るまでシビビールもランプラーも進化はお預けなんてことも言えないし。
「なんか、自分に跳ね返ってきてるというやつか……」
 呟いた私を不思議そうにウィリデが覗き込む。いや独り言、と誤魔化して私は身を起こす。

 うー、しかし何か方法ないかな……。
 闇の石をレンリが見つければ、彼女はそれをプレゼントするという名目でキランと再び観覧車に乗ってくれるかもしれない。だがしかし、闇の石の入手ルートについてはそれとは別に考えてしまった。のみならず、それをどっかにメモしてしまった。ああもう自分の迂闊。あのメモ破り捨ててえ。
 それだけではない。あんまり時間をかけすぎたら次は別の話が始まってしまう。題名だけ先に零したのだが『ラスト・コマンド』という話だ。その名の通りラストである。私が作者だから話の筋が頭に入っているが、これが終わると……ネタバレになるから詳しくは言えないが、とにかくまずい。

 こういう時、小説ならうまくいくのになー、と思いながら考える。特訓しつつ考える。ウィリデが身代わり連発するので思わず身代わりを覚えてしまったが、とにかく考える。夜遅くに家に戻って(キランは下宿住まいだったようだ)、食事をしたり身奇麗にしたり窓の外を見て黄昏たりしながら考える。窓の外を見る。
「あ」
 ふと思いついた。うまくいくだろうか。ウィリデの傍に行って相談する。
 観覧車は光を放ちながら回っている。



 日々は穏やかに過ぎた。いつものように特訓をする。結局、キランと一緒に何か事件を解決することはなかった。それは少し残念だな。ウィリデとも皆とも、多分もう二度と会えない。もちろんレンリとも。最後と決めた三日間は極めて平和に、そしてあっという間に過ぎていった。
 そして、決行の日がやってきた。

「全然懐いてくれないよな、ルーナは」
 キランが私の頬をつついた。やめい。
 今日はちょうど、夜勤だった。いや、夜勤の日を決行の日にしたのだ。理由は主に二つ。

「気長に待て、そういうのは。しかし、本当に懐いてないな。ブラッキーに進化したくないのかもな」
 レンリの指がカリカリと首を掻く。すいません、その通りなんです、と小さな声で鳴く。 理由の一つは、私がブラッキー以外に進化する為のあるアイテムが、この部屋に置いてあったからだ。

 ウィリデが私に痺れ粉を掛ける。うー、気持ち悪い足先から変な感じのがぞわってくる。これは来たる時の為の準備。私は麻痺をおして、キランの机の上に飛び乗った。
 窓の外を見る。観覧車が光っている。自分の顔が映る。この姿ともお別れだ、気に入ってたのに。

 私はキランの机の引き出しを蹴り開ける。そして、その中でぼんやり光っていた雷の石を咥えた。

 ……えーと、これどうやって進化すんの? 噛み砕くのか、せいやっ!

 口の中に細かな石の欠片が入り込んだ。私が食い破った箇所から目を刺すような光が溢れた。体が熱い。思考をふっ飛ばして体の変化に身を任せる。光と熱が収まる。視線が高くなっている。足も長くなっている。そして何より、体が軽い。
「あっ、雷の石……!」
 キランが焦った声を上げる。ごめんよキラン。ごめんよシビビール。けど、こうでもしないと観覧車に乗るのも難しそうでね。

 言い訳もそこそこに、私は部屋を飛び出す。ガタリ、と椅子か机を蹴る音がした。廊下を走り、階段を飛び降りてビルの外へ出る。本当に体が軽い。特性“早足”とはこれだけの威力があるものらしい。

 私は一路、道しるべのように輝く観覧車の方へ向かう。サンダースに進化し、早足を発動させた今の私なら余裕で着く。問題は、
「ルーナ!」
 鋭く私を呼ぶ声。ケェーッ、という空を震わせる鳴き声。絶対追ってくると思ったんだもう。
 直線をしばらく走ってから大きく跳躍して後方を確認する。ほらやっぱりね。レンリと彼女のアーケオス、ローだ。レンリのポケモンには事情を話していない。特訓やら何やらで話すタイミングがなかった。キランのポケモンたちに事情と今日の計画を分かってもらうだけでも、新参ポケの私には随分大変だったのだ。勘弁してくれ。だが大きなロスだ。

「ルーナ、どうした。戻れ!」
 レンリの指示に、思わず戻りそうになりそれは駄目だ。私は観覧車までの道のりをひた走る。レベル差がきつい。だが早足の分、なんとか引き離せている。パチン、と夜空に響く音がした。まずい、指パッチンだ!

 勘で右に避けた。今までとっていた進路上をバチュルのシグナルビームがなぞる。かなり恐いぞこれ。指パッチンとかで指示出されたら何の技が来るか分からないので恐い。ついでにレンリのポケモンはレベルがやたら高い。恐い。そういえばバチュルの目の前で指を振って指示を出すとかそんな描写しましたっけ私。うわあ墓穴ーっ!
「ロー、大地の力」
 普通に技名で指示出されても困る、っていうかタマゴ技覚えてるとか! 低い家を選んで屋根へ飛ぶ。直後、地面から赤い何かが吹き上がった。大地のエネルギー的なものですかこれが。と感心している場合ではない。民家を傷付けるわけにはいかないのだろう、レンリがほんの一瞬だけ迷った。ごめん、その隙を使います。高速移動で素早さを補い、再度駆け出す。

 後ろで羽音がした。飛んで追いかける気らしい。そうなるよね。こっちは早足を使っているものの、麻痺で時々すっ転びそうになるから冷や汗ものである。口から心臓吐きそうだ。
 スピードではこちらが水をあけたものの、あちらが空中こちらが地上では勝負はおっつかっつ。ポケモンの技が飛んでこないよう、建物のすぐ横や屋根の上を選んで走った。

 遊園地のゲートが見えた。私は遊園地の職員の叫ぶ声を無視して、ゲートの内側へ走り込む。ゴール? いやまだだ。

 遊園地の中を走る。流石に夜中だからだろう、人はまばらだ。というか職員しか見当たらない。メリーゴーランドのメンテナンスなのか、ゼブライカやギャロップの姿が光に照らされたり、また闇に沈んだりしていた。
 ガン、と鈍器で何か殴ったような着地の音がした。追いつかれた。けれど私も目的地に着いた。遊園地の最奥、静かに回り続ける観覧車のその根元。

「キラン……観覧車の所だ。さっさと来い」
 レンリは私を見据えたまま携帯電話を取り、そして切った。わずかに息を切らしている。随分手こずらせたらしい、と分かる。私は一声鳴いて、誘うように観覧車の乗り場の方向へ進んだ。
 レンリはアーケオスをボールに戻し、奥に進む。私が制止を無視した職員に詫びの言葉を入れ、彼女も乗り場に進んだ。りんりん、と鈴の音が響く。癒しの鈴だ。何故夢特性と両立しているのか分からないが、麻痺が取れるしいいとしよう。

「ルーナ」
 レンリが“私”の名前を呼ぶ。そして、片膝をついて“私”と目を合わせる。
「どうした、ルーナ。不満があるのか、それとも」
 そこで言葉が止まる。レンリが息を整える。“私”の後ろでゴンドラが動き続ける。降りる人はいない。ちょうどいいタイミングで来た、とこればかりは運に頼るしかなかったので、大いにホッとする。

 レンリが“私”に数歩近付く。私は間合いを慎重に測る。“私”は一歩だけ前に出て、レンリの袖を引く。「私の……」レンリがそこまで言って、言葉を切る。“私”は何かをねだるようにレンリを見る。後は彼女に勝手に解釈させておけばよい。
 レンリが“私”の首元を撫でる。その表情は読み取り辛い。ただ困っているように見えた。あるいはもっと別の感情があるけれど、自分はそれを読み取れていないだけなのか。
「レンリさん」
 やっと真打が登場した。キランも、キランを運んできたココロモリも息を切らしていた。不思議と息が切れるものなのだな、トレーナーも、と私はそんなことを思って見ていた。ココロモリと目が合う。彼はパチリとウインクを返した。

 “私”は再びレンリの袖を引く。
「ルーナ、一体どうして……」
 キランが困ったように呟いた。ゴンドラが回る。“私”の後ろを通り過ぎていく。
「キラン、お前が何か言ってやれ。お前のポケモンだ」
 お前の、の部分を心なしか強調して、レンリが言う。そして、“私”に咥えられた袖はそのまま、立ち上がった。自然と彼女は中腰になる。

 キランが“私”を見る。ゴンドラが“私”の後ろを通り過ぎる。キランは黙っている。言葉が見つからないらしかった。

 ゴンドラが動く。レンリの姿勢は中腰で不安定だ。キランはまだ言葉に迷っている。

 とん、と“私”が後ろ足をゴンドラの中に乗せた。そして、高速移動で積み上げた素早さはそのまま、咥えていた袖を思い切り、引いた。
 きゃあ、と小さな悲鳴が聞こえた。レンリの体がゴンドラの中に入り込む。ゴンドラはまだ地面スレスレを動いている。
「ルーナ、何やってんだよ!」
 “おや”のトレーナーが鋭い声を上げると同時に、ルーナのすぐ傍に駆け寄って袖を離さずにいた顎を叩く。衝撃に耐えるようにできていない“私”は簡単に霧散する。キランはちょっと驚いていたが、すぐに身代わりだと分かったらしかった。
 なんだ、そういうこともできるんじゃないか。私は苦笑する。ゴンドラはまだ動いている。離陸まであと少し。

 私は電光石火で飛び出して、ゴンドラの中に飛び込んだ。同時に、二人が出られないようドアの傍に陣取った。ココロモリが素早く入り込んで念力で扉を閉める。さっきゴンドラが開いていたのは何故かって? 事情を知ったココロモリが協力してくれたのだよ。観覧車は上に昇り始める。

 ゴンドラの中で、キランがレンリを助け起こしていた。あまりレンリの方は助けが要りそうに見えなかったが、こんな場面もたまにはいいか。
 すいません、大丈夫ですかと一通り決まり文句があった。それから私は軽く怒られた。
「何が不満だったか知らないけど、騒ぎを起こすのは勘弁してくれよ」
 そう言って、キランはゴンドラの冷たい椅子に腰掛けた。トレーナーの顔を立てがてら、私はキランの隣に上がりこんでしおらしくして見せる。
「本当、何がいけなかったのかな。サンダースに進化したかったのか、それか僕のことが嫌いなのか」
 いつもの調子で呟いたキランを見て、レンリがおかしそうに笑う。
「これに乗りたかったんじゃないのか?」
「え?」
 キランが聞き返したのは無視して、レンリは私の身代わりに噛まれたコートを軽く払い、キランとは逆側の椅子に座った。そして、足を組む。何かを察した様子で私を見た。

 理由その二。どうせならこいつら二人を観覧車に乗せたい。しかしまあその為に……手間なこった。レンリをおびき寄せるか私が倒されるか、全く心臓に悪い賭けだったよ。
「ごたごたはあったが、まあ突発的な休暇だ」
 そう呟いて、彼女はゴンドラの外に視線を移した。キランは黙って、私の背を撫でていた。

 私はキランとレンリを交互に見ていた。キランは私を見たり、ココロモリを見たり、あるいはレンリを見ていたり。レンリの方は肩のバチュルをつついている時もあったが、大体は窓の外を見ていた。そして時折キランの方を見る。けれど驚くほどに、二人の視線はすれ違って噛み合わなかった。

 私も窓の外を見る。
 あちらでも電車や高層ビルから見られそうな、光の群れが見えた。あの光の一粒一粒にポケモンと暮らす誰かがいて、ポケモンのことを四六時中考えている誰かがいるのだ。そう考えると、とても奇妙に思えた。

 観覧車が頂上に近付く。いつか来るかもしれない、来て欲しいその瞬間に備えて、私は目を閉じた。すると、それを待っていたかのように、私の意識が闇に落ちた。何も見えなくなった。



「夢オチかい」
 目が覚めた。思わず声に出してツッコんだ。
 まあそりゃそうだよなー、と思いながら起き上がる。あれだ、寝る前に長老にもふもふされてイーブイになったという話をチャットでしたりとか、ポケストに投稿されてた小説読んだりとか、そういうことするから変わった夢を見るんだ。

 起きる。冷蔵庫を開ける。特に異次元に繋がることもなく、中にあった朝食を勝手に食べる。イーブイのぬいぐるみが干されていた。洗ったらしい。抱き締めたらもふもふしていた。

おわり。


【この物語はフィクションです】
【もう一度言うけどこの物語はフィクションです】
【この物語はフィクションです何度も繰り返します】
【もう私得話でごめんなさい】
【お好きに料理していいのよ】
【もふパラにさんくす! 音色さんにもネタ借りましたさんくす!】
【なんだか金色のもふもふしたものが伸びてきた】
【もふもふ】


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