マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.716] 3話 道はオノノクスの後にできる 投稿者:クロトカゲ   投稿日:2011/09/13(Tue) 23:00:02   54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 信仰とは感謝することだとボトルは思っていた。
 神をあまり信じていないし、それにすがることもしないが、感謝をする相手に、神は最適だとボトルは考えていた。植物を育てるということは、思い通りにいかないことが沢山ある。しかし、上手くいかないことは自分の力不足だとして、上手くいったのが自分の実力だと中々思えなかった。そして、その収穫の喜びなどの向かう先が神で、神への感謝が彼の心の平穏を強く作っていた。
 ボトルは頭を上げると合わせていた掌を離す。その礼が終わって振り向くと、いるはずのない人間がいて、仰天した。
 
「ボトルさんおはようございます」
「サクヤか、今朝は随分早いな。何かあったか――?」

 気の抜けた声のサクヤは開ききっていない瞼でよろよろと歩いてきた。サクヤは

「早いのはボトルさんですよ〜。いつもこんな時間に起きてるんですかぁ〜」

 あたりはまだ真っ暗で、随分と静かだった。それは夜の果樹園とはまたまた違った穏やかな静寂だ。

「それ、何ですか?」
「ああ、祠だよ。豊穣の神が祭ってある」

 子どもの背ほどもない小さな祠があった。茂みに隠れてしまうほど小さくて、その場所を教えられていないサクヤは、初めてその存在に気付いたのだった。

「こういうのはちゃんと教えてくださいよ」

 そう言った後、彼女は自分の頬を軽く叩いて目を覚ますと、姿勢を正して祠に向き合った。そのまま二拝四拍手一拝を行う。ボトルが普段行っているものと作法が異なり随分と丁寧なものだったが、神への拝礼に礼儀正し過ぎることなんてないだろう、とボトルは感心してそれ見ていた。

「でも、イッシュ地方もこういう祠があるんですね。なんか少し意外です」
「農耕や豊穣の神を祭った場所はみんなこういう形みたいだな。イッシュではそうだな……、確かホワイトフォレストの近くに大きな神社があったな」
「へぇ……。じゃあ一度お参りに行ったほうがいいかもしれませんね。私も果樹園で働いてるわけですし」

 それには纏まった休みを貰わなければ行くことができないな。とそこまで考えて、彼女はボトルが休みという休みを取っていないことを思い出す。ボトルがいなければわからない部分も多く、ボトルの休日に決めても、結局果樹園の仕事に必ず加わっている。それはサクヤの力がまだまだ足りていないことの証明で、彼女が苦々しく思うことの一つだ。すぐに彼女はその考えを振り払った。

「神様かぁ。そういえば私、イッシュの神話とか言い伝えとか、ほとんど知らないんですよね。建国の二対のポケモンの話ぐらいはさすがに知ってますけど」
「なんだお前、そういうのにも興味があったのか」
「いや、知り合いにそういうのが凄く好きな人がいて。その人に連れられてシンオウのミオシティの図書館で――」

 先ほどまでは開ききっていなかった目も、今はいつものようにその存在をアピールしていた。サクヤの目は大きくて、その感情をよく表す。そしてボトルは彼女の大きな目で見られると純粋な視線に晒されている気がして、なんだか居心地が悪くなって顔を背けるのだった。

 朝の簡単な下準備の作業を教えた後、二人は朝食を食べる。朝食に関しては、いつもボトルが作る。以前、サクヤが半分寝たような状態で作った料理を出し、それを口にしたボトルが朝キッチンに彼女が立つことを禁じた。彼女もいつかは朝食も作らなければと思ってはいるのだが、同時にそれが来ることはないだろうとも思っていた。
 食事はほぼ交互の当番制になっている。お互いレパートリーが多くないので、続けて料理すると同じようなメニューが続いてしまうから、自然とそうなっていた。
 ボトルは簡単に作れて味の応用が利く、サンドウィッチやパスタなどが多い。が、客が来るとたまに凝った料理も出す事があり、サクヤを驚かせた。対してサクヤの方はあまり料理をしてこなかったので、最初はカレーやシチューなどの初歩的な料理しかできなかった。しかし彼女が何を料理するか困っていると働きに来たトレーナー達が料理を手伝ってくれ、教えてくれることもあり、徐々にではあるが、作れるメニューも増えてきている。お客に食べさせることもあるのだから、いずれきちんと料理を学ぶ時間もとらなければ、とサクヤは思っていた。しかし実際の所は仕事に追われ疲れ果て、休みは休みで見たいものやりたいことが山積みで、中々そこまで手が回らないのが現状だったのだが。
 今日はたまたま早くに目が覚めたので、仕事をすることになったが、サクヤのいつもの朝は、朝刊や雑誌を取って来て食卓につくことから始まる。テレビをつけ、キャスターが暗い話題を熱心に伝えるのを右から左に受け流しながら、二人はトーストと目玉焼きを食べる。朝からボトルは少しご機嫌で、それはサクヤが珍しく早起きをしたせいか、それとも目玉焼きが随分まん丸に作れたからなのかはサクヤにも本人にもわからなかった。
 ボトルは食事が早い。彼の方が先に食べ終わり、コーヒーをゆっくり飲み終わった頃にやっとサクヤが食べ終わる。彼女は、ちゃんとよく噛んでるのかしら、と心配になる時もあったが、そう思うのは大抵食べ終わった後なので、どんな風にボトルが租借しているのかを一度も彼女は見たことが無い。
 食事が済み、食器を洗って席につくと、ボトルは経済新聞を読み終え、地元の少し過激なタブロイド誌に目を通し始めていた。

「ブラックシティでモンスターボール流通の動きが活発、ねぇ……。あんな高い場所で買う物好きがいるってんだから、世の中わからないよな――」

 サクヤは新聞もタブロイド誌も読まない。書いてあることのほとんどが自分と関係ないことしか載っていない気がしたし、知るべきことはテレビのニュースだけで事足りる気がしたからだ。本当のところは単純に難しくて読み気がしないだけなのだが。その代わり、ポケモン関係の雑誌を講読していて、その日はブリーダー専門誌が届いていたので、夢中になってページをめくる。綺麗にトリミングできる新発売のブラシの広告に目を輝かせたが、その値段のゼロの数にがっくりと肩を落とした。そんな彼女をボトルは横目で見ながら、少し心配をする。旅をしていたトレーナーなのだから、新聞ぐらい読んだ方がいいのではないかと。ところが自分のことを省みると、同じぐらいの頃は全く新聞なんて読んでいなかったことを思い出す。いつの間にかサクヤも新聞を読むのが当たり前になっていくのだろう。だから、彼はそれを口にはしなかった。

『――次のニュースです。最近その活動を活発にしてきたポケモン保護団体のプラズマ団ですが、先日、イッシュのポケモン協会に莫大な額の寄付をしていたことが明らかになりました』

 画面には物々しいマントを纏った男が演説をしている映像が映った。組織の幹部で顔役のゲーチスという男だ。カリスマを持ち合わせているようで、団員の数は中々の勢いで増えており、誰もが無視できない規模の組織に成長している。

「これって、最近ポケモンの強奪とかしてるって、怖い組織ですよね」
「そんな話も聞くな。ポケモンの解放を謳ってる組織みたいだが、そういうことしてるのは末端の暴走なのか、根も葉もない噂なのか、どっかの嫌がらせの風評なのかはわからないな。メディアでもそういったことは具体的な事件として取り扱われていないし、知り合いでそういう目にあったやつはいないしな――」
「最近ホドモエでも、あの甲冑みたいな制服着た人達、見かけるんですよね。ちょっと怖いな……」
「まぁ、近づかない方がいいだろうな。そもそもウチなんて、ポケモン働かしてるから、強奪するしないは置いといても、こいつらの主張とは真っ向から対立しちまうからな。気をつけろよ」
「そうかもしれませんね……」

 プラズマ団のニュースが終わって芸能コーナーが始まり、ライモンシティのシムリーダーの熱愛疑惑に話が移ったところで二人共テレビへの関心が薄れ、お互い雑誌に視線を戻した。それからほぼ同時に壁の時計を見る。そして、サクヤだけが口を手で覆いながら大きな欠伸をした。


 剪定をする実や枝などはボトルが木を確認してから選ぶ。本格的な収穫時期は、予め目星がつくので、番号の札などをかけて、どの木がいつ収穫なのかを区別している。ボトルがその番号をカレンダーに記入していたので、サクヤはそれを毎日チェックするだけで何を収穫するのかがわかった。その日は収穫の番号は二つしか振られておらず、一つ目のゴスの実は随分と数が少なかった。個人による注文のようで、大した数の収穫ではなかったようだ。サクヤはホッと胸を撫で下ろした。その日の受け持ちの仕事のノルマが早く終われば好きにしていいために、ブリーディングに集中できるからだ。
 収穫するゴスの木の近くに行くと、音楽が流れてきた。静寂を嫌うのか、その方がはかどるのか、手持ち無沙汰でつけるのか。ボトルはいつも時間がかかる作業の時にはラジカセを運んで来る。そして適当につけたラジオを聴きながら仕事をする。

「ボトルさんって、仕事の時はいつもラジオ聞くんですね」
「ああ、悪い。消すよ」
「違うんです! そういう意味じゃなくて! 流しておいてください!」

 慌てて両手を振るサクヤを見て、ボトルはラジオをつけ直した。もちろん彼女の言葉に非難を感じたわけではないのだが、ボトルは反射的にさっきのような言葉が口に出て、ラジオを消していたのだ。彼は顔には出さなかったものの、自分の行為に少しだけ動揺していた。
 ボトルとサクヤの暮らしは、こういったことは少なくなかった。手伝いのトレーナーがいる日は別だが、どうしてもサクヤと二人だけで顔を合わせることが多い。しかし、彼は長い間この場所で一人で暮らしてきた。他の人間と暮らした経験はあったが、彼女とは似ても似つかないタイプだったり、彼より年上の人間ばかりだった。自分主導で年下の人間と接する機会はほとんどなかった。その弊害が少し現れていた。と、そのように彼は思い込んでいたのだった。実際は経験不足だけではなく、彼の人との関わり方や彼女への考えからくる行動だったのだが、彼はそんな深く自分について考えることはなかった。
 そしてサクヤの方はというと、彼とは違い、自身の至らなさや未熟さばかり考えて、ボトルがどんなことを思っているのかまで考える余裕がなかった。
お互いわかったフリをして、面倒にならないように適当に振舞う。そうしてこの果樹園のたった二人の人間関係は、変に噛み合ったすれ違いが積み重なっていて、奇妙な平静を保っていたのだった。
 ラジオで流れてきたポップスに合わせてボトルがハミングする。どこかで聞いたことがある曲だと思い、サクヤは尋ねる。

「それ、なんて曲でしたっけ?」
「『Clock Wolker Brothers』の『Land Of 1000 Giarus』って曲」
「クロックワーカーブラザーズ……、1000のギアルの国……、聞いたことないですね」
「CMなんかでも使われてる有名な曲だから、聞き覚えがあるんだろ。……ああ、結構カバーもされてるから、他のバージョンを聞いたのかもな」

 サクヤはタイトル名を聞き、ハミングの後ろに聞こえる妙な音はギアルの鳴き声だったのか、と納得した。そして、そのネーミングは決まったスケジュールと習慣できっちり生活するボトルにはピッタリだと思った。サクヤはたまに、彼を機械の様だと思うことがある。その体の中に小さなギアルが詰まって回っているのを想像し、彼女は噴き出す。それを聞いたボトルは歌うのを止め、黙々と作業する。彼女はなんだかばつが悪くなり、自分が木でボトルから見えなくなる位置をキープして、ボトルのいる場所を気にしながら仕事を続けた。

 果樹園で育てている木は、普通の植物とは違う不思議な力を秘めている実のなる植物だ。その実は何といってもポケモンが道具として使うことが出来るという、不思議な力を秘めている植物だ。バトルで持たせると様々な効果を発揮してポケモンを助ける。また、それらの木の実は全てのポケモンが食すことができる。木の実を食べるとポケモンの魅力を引き出すことができると言われており、コンテストに参加するポケモンやブリーダーには必須の食べ物だ。とにかく、バトルでもコンテストでも、はたまた普段の食べ物にも、ポケモンとは切っても切れないものなのだ。
 しかしながら、イッシュ地方では大きなコンテスト専用の施設が無い。そのためコンテストは一部のトレーナーや上流階級などが参加するイベントとなり、他の地方に比べてあまり一般化しなかった。もちろんそれ専門のテレビ番組や雑誌などもあったが、どちらかといえばコアな扱いを受けている。こういった中でイッシュ地方では木の実はバトルに活用する道具であったり、ポケモンが好んで食べる食料という面の方が強かった。
 木の実についてサクヤがイッシュで妙だと思ったのは、一般のトレーナーが木の実を育てないことだった。彼女の故郷のシンオウ地方などでは、トレーナーが特定の場所で木の実を育てられる場所があった。付ける実の数はそれほど多くは無いものの、促成で育つ木の実を植える代わりに成った実をいくつか貰っていく。そうして木の実が多くのポケモンやトレーナー達に受け渡っていた。しかし、イッシュはそうした習慣はないトレーナー達は木の実を買ったり譲り受けたりするだけ、消費するだけである。では、それはどこから来るのか。もちろん、ボトル達の様な農家が木を育てて売って広まっている。それもシンオウなどとは比べ物にならない程の土地があるので、大量に育てられて流通する。特に木は、シンオウなどに比べてかなり大きく実も沢山成る。成り立ちからして違い、サクヤはその状況を理解するのに時間が掛かったものだった。

「どうだ。もうゴスの実は終わりそうか?」
「――今終わりました!」
「ご苦労さん。運ぶのは俺がやっておくから」
「あとウブの実の収穫で終わりですよね。ウブの木ってどこでしたっけ?」
「ああ、すぐそこだよ。こっち」

 ボトルについていくと、すぐに黄色い実のなった木が現れ始める。さすがにゴスの実のように一本二本では収まらないようで、次々に収穫の数字の札が見つかってゆく。

「ウブの実は今日全部収穫だ」
「これ全部ですか?!」

 目の前にあるウブの木は無限に続いていきそうな気がする程生えていて、いつもの一日の収穫の何倍もの量の実をとらなければいけないことは確実だ。せっかく考えた今日のブリーディングプランは弾けて消えた。

「ウブは全部工場に卸すんだ。ジュースやワインになるんだよ。だから一気に大量の出荷をしなきゃならなくなるんだ」
「ちょっと凄い量ですね。ハァ……」
「細かい作業は終わってあとは採るだけ、楽なもんだろ?」

 簡単に言ってのけるボトルに、サクヤは少しムッとした。最近、彼女はボトルの言動に怒りを覚えることが多い。要するに一言多いのだが、それが気になるようになってきた。

「全く男の人はこれだから――」

 ブツブツ言いながら作業を行う彼女の動作はいつもより速く、「やる気だな」なんてボトルが言うものだから、彼女はさらに怒りを募らせてそれを作業に集中するコトで紛らわせた。実は、ボトルは彼女が怒ると作業能率をアップすることに気付いてワザと焚きつけるようなことを言っていたのだが、もちろん彼女は気付かない。
 彼女は何か作業を行う時、いつも考え事をする。たまにそれに気をとられて作業が疎かになることもあった。そこで、ボトルは単純作業の時はわざとそれを行うようにしていた。怒らせることによって嫌われることも考えたが、気に入らなかったら出て行って、また一人に元に戻るだけだと考えていた。フォローもしない。それが彼の出した結論だった。怒ったサクヤが彼をどう評価するか、それは彼にはあまり興味の無い話だった。
 果樹園で育てる木はオレンやオボン、ヒメリなどの回復の効果を持つものが一番多い。バトルで重宝されるのも勿論だが、滋養強壮の効果があると言われ、人にも良く食されているためだ。次に多いのが、モコシ、ゴス、ラブタ、ノメルだ。これらは特別バトルに効果は発見されていないが、食用として優れていた。サクヤにとってはポフィンの具材として馴染みのあるものだが、味もしっかりしていてそのままでも人が果物感覚で食べられ、調理素材としてもポピュラーだ。そしてラブタは皮ごと食べることによって、胃の洗浄効果がある健康食品として人気がある。

「――よし、じゃあ次。この木も結構成ってるわね」

 梯子を立てかけ、木に登った彼女は、最初の実に手を伸ばした時、沢山の何かがいるのに気付いた。枝、実、葉、気のありとあらゆるところにうじゃうじゃとクルミルがいた。

「――っ!」

 声の無い悲鳴を上げると、渾身の力でボトルの名を呼んだ。

「おーい、どうしたー?」

 しばらくしてからやっと根元から聞こえたボトルの声はやけに呑気で、手近にあった実をぶつけてやりたい衝動に駆られたがぐっと堪えると、サクヤは震える声で言った。

「ボトルさん、見てくださいよ! この木、クルミルがウジャウジャいますよ……!」
「あれ? お前虫苦手だったっけ?」
「苦手じゃないです! 大丈夫なはずですけど、そんなこと言っていられるレベルじゃないですよぉ……!」
「今行く。……うわ、これはすごいな」

 ほとんどの木の実は齧られていて、とても商品にはならないだろう。そして葉も上手そうに食べているので、そのままにしておいては木も死んでしまうかもしれなかった。いつも被っているパナマ帽のつばを弄りながら、ボトルはじっと考えている。それが待ちきれないサクヤは、彼の腕を揺すりながら言う。

「私、今、手持ち、全部いないんですけど、どうします?」
「ポケモンで追い払おうかって? バトルで追っ払うわけにはいかないんだよ。参ったな」
「何で駄目なんですか?」
「こいつらクルマユに進化するだろ? クルマユがいると植物が良く育つんだよ。もちろん木もな。落ち葉を腐葉土にしたりって習性があるらしいんだ。んで、前にも葉や実を齧ってるクルミルをポケモンで追っ払ったら、クルマユ達が果樹園で全く姿を見せなくなってな。おかげで育ちが悪くなって大変だったんだ。再び顔を見せるようになるまでだいぶ掛かったからな――」
「この木は諦めるればいいんですか……?」
「いや、この量だ。食べ終わって他の木に移ったら目も当てられない」
「じゃあどうするんですか?!」
「しょうがない。全部運ぶ」

 ボトルは木の根元に置いてあるカゴ付き台車に、手じかにあった齧り跡のついたウブの実を二三放り込む。そしてそっとクルミルを掴んで肩に乗せ、カゴまで運んだ。

「俺がここのクルミルを外れの木に運ぶから、お前は他の木の収穫に取り掛かってくれ」

 そうやって何度も梯子を上り下りしてクルミルをカゴに集めて運ぶらしい。体力も時間もだいぶ消耗してしまうだろう。しかし、サクヤには他にいい案も浮かばず、その場を任せることにした。まだまだ、収穫しなければいけないウブの実はたくさんあった。もう、他の木にクルミルはいませんように、と祈りながら次の木に向かう。そして、次の木に登るとまた何かがいた。しかし、それは休んでいたエモンガで、サクヤの顔に驚いて飛んで逃げていった。サクヤは溜息をつくしかなかった。


「よし! これで全部!」

 昼食を挟んで空がオレンジ色に変わりかけた頃、やっとサクヤの収穫作業は終わった。実の入ったカゴを台車に乗せて運ぶと、保管庫の前にチラーミィがいた。尻尾で木の実をせっせと磨いている。すでに運んであった木の実を丁寧に拭いていて、しっかり出荷できるものと出来ないもので仕分けされていた。

「ご苦労様。じゃあこれで最後だから、私も手伝って終わらせちゃおう!」

 サクヤの声に、チラーミィは視線を向けたがすぐに作業に戻った。

「でも、ボトルさん、いつのまにチラーミィなんてゲットしたのかしら? 私、サクヤ。よろしくね」

 自己紹介をしても振り向きせずに作業を続けるチラーミィに、サクヤは少し悲しくなった。気を取り直して布を持って隣に腰を下ろした時、その臭いに気付いた。
 独特の強い獣臭さ。それはチラーミィの体臭だった。

「ひょっとして、あなた野生の子なの?!」

 野生のポケモンとゲットされたポケモンの一番の違いはその臭いだ。ゲットされたポケモンは主人達に洗われたりして、臭いを薄めていく。しかし、野生のポケモンは土や植物などの自然の臭いや、ポケモンそのものの臭いを強く感じさせる。チラーミィから漂うのは野生の臭いそのものだった。
 サクヤの出した大きな声に、チラーミィは一瞬動きを止めるが、やはりサクヤを無視するように作業を続ける。

「どうした? 今日はでかい声出してばっかりだな」
「ボトルさん、この子――」
「ああ、最近ちょくちょく顔を出すようになってたんだが、木の実を磨くのが好きみたいでな。手伝ってもらってる」
「手伝ってもらってるって……!」
「終わった後、好きな実を二三適当にやってる。ま、正統報酬だろ。安いぐらいだけどそれ以上持っていかないからな。飯代も掛からないし、どうやって俺らと付き合えばいいか仲間に広めてもらえるとありがたいんだけどな」

 さも当然のように言うボトルを見ていると、サクヤは自分が驚いてるのが馬鹿らしくなってきた。それがイッシュ地方にでは普通なのか、それともボトルや果樹園が特別なのかはサクヤには経験も見聞も不足していた。
 いくつか実を磨き、効率的なやり方を生み出そうと色々試していると、彼女の手持ちのトゲチックが飛んできた。すごいスピードで鳴にも近い高い声を上げてサクヤの周りを飛び回る。何かを伝えようとしていた。それは少なくともいい知らせではないのがわかる。

「ねぇ、どうしたの?! 落ち着いて!」

 宥める声も聞かず、髪や服を引っ張る彼女のトゲチックに、サクヤは戸惑う。必死に捕まえるが、そのまま振り回されてしまっていた。チラーミィも木の実の山を盾にして様子を伺っている。

「ちょっと――」

 やっとサクヤはトゲチックを押さえ込む。体の中でバタバタ暴れるトゲチックをなんとかボールに戻し、一息つくと、木の実の山が崩れた。カゴが少し動き、実が揺れた。ほんの僅か地面が揺れている。そして、地響きと何かの鳴き声が聞こえた。

「先に行ってろ。後からすぐ行く」

 言うと同時にボトルは飛び出した。ボ−ルからトゲチックを出す。何とか気が静まったようで、暴れるようなことはなかった。

「リッキー、何か来てるのね。怖いかもしれないけど、案内してくれる? お願い」

 目を見ながら頼むと、心細そうな小さな鳴き声を上げたものの、ゆっくり浮かび上がり、目的地へ飛んでいく。トゲチックについて果樹園の中を走る。かなり奥まで進み、息が切れるほど走る。やがて見えてきたのは倒れる木と、その前に超然と佇む大きな影。そして、それは顔から生える二本の牙を見せ付けるように振り回すと、雄たけびを上げた。

「ドラゴン……!」

 オノノクス。イッシュに生息するドラゴンポケモン、キバゴの最終進化系。我が物顔で歩くオノノクスは木の近くに来ると、その木の胴体目掛けて――、

「駄目っ!」

 身をよじる様に頭を振り、牙を打ち付けると、ゆっくりと嫌な音が響いてあっけなく木が切れ倒された。
 その牙は刃物のように鋭く光っていた。体は鈍く光る金属のような輝きを持っていて、並みの攻撃は簡単に跳ね返してしまうだろうとてつもない硬さを思わせた。
 ドラゴンは耐性が多く弱点が少ない戦いづらい。さらにそのポテンシャルも高く最強のタイプと名高い。そんな相手と戦えるのか、彼女は頭をフル回転させる。現在手持ちはトゲチックだけ。有効な技も無く、レベルの差もあるかもしれない。どう考えても圧倒的に不利なバトルになるのは明らかだ。しかし、追い返すだけならなんとかなるかもしれないと、考える限り最善の戦術をシミュレートし、今まさに、指を刺し口を開いたところ、
 
「待て、手を出すな」

 横にボトルがいた。肩に手を置き、もう一方の手で彼女の腕を下ろし止める。

「でも! 木が……!」
「いいんだ」

 言ってるそばから、オノノクスはまた木を倒す。普段手を入れていない生え抜きの木だが、育てているものと同じ木が倒されるのは、彼女にとって仲間が倒されるような、心が張り裂けそうな光景で目を逸らしたくなった。だが、彼女はなんとか歯を食いしばって見届ける。
 倒れた木をじっと見ていたオノノクスはやっと二人の存在に気付いた。血のような真紅の目で二人を見回すと、一際大きな声で鳴く。

「きゃあっ――」

 迫力に気圧されて、後ずさりながらサクヤが小さく声を漏らした。足の震えるサクヤの横で、ボトルは一歩踏み出す。顔は緊張で少々強張っている様だったが、そんな口から出たのは空気にそぐわぬ明るい声だった。

「おう、久しぶりだな」

 友人にでも声をかけるように手を挙げると、オノノクスは真っ赤な目でボトルの姿を捉えていた。

「まぁ、そんなもんで勘弁してくれ。周りのやつらにもお前が縄張りの主だってことは十分わかっただろ」

 オノノクスが警戒を強めたところで足を止める。そして、リュックから木の実を取り出した。紫の実は特に味が濃くて貴重なべリブの実だ。

「昨日採った実だ。受け取れ!」

 投げた実は丁度オノノクスの足元に転がった。それを尻尾で器用に弾くと実は口元に飛び、顎で思いっきり噛み砕いた。何度も噛み締め飲み込むと、二人に向かって大きく口を開いた。
 絶叫にも近い声。大気がぶるぶると震えた。
 何度か鳴いて、満足したのか、振り向いて元来た道を引き返していく。

「またな!」

 ゆっくりと森の置く、山の方へと消えていく。見えなくなっても鳥達が飛び立つせいで、どこに行くのかがわかるほどだった。
 それすらなくなり木の葉が風で揺れる音しか聞こえなくなった時、やっとサクヤが声を出した。

「なんだったんですか、あれ」
「あいつはここら辺の主なんだよ。果樹園も縄張りに入ってるみたいで、たまに見回りに来るんだよ」
「そうなんですか。……それにしても怖かった。――あー怖かった! やっぱり凄い迫力ですね、ドラゴンって」
「ああ、お前知らなかったんだな」

 茶化すように言って恐怖を振り払おうとする彼女に、ボトルは納得したとばかりに言った。

「何がです?」
「オノノクスって、温厚なポケモンなんだよ。人懐っこくて人間を襲うことはほとんどない」

 キバゴの進化系のドラゴン達は皆、温厚なポケモンばかりだ。縄張りを侵すものや平和を乱すものには容赦しないが、見つければ襲い掛かってくるような凶暴なポケモンではない。特にソウリュウシティでは野生のキバゴやオノンド達が闊歩するほどだ。

「そうだったんですかぁ?! 先に言ってくださいよぉ……!」

 緊張が切れたことと、その緊張が意味のないことだったのを知り、サクヤはへなへなとその場に座り込んだ。そんな彼女を鼻で笑ってからボトルは言う。

「縄張り意識は強いから、中で好き放題するポケモンには容赦ないけどな。暴れまわってるヤツなんかがいるとやってきて、もう、一発だよ」

 掌に拳を打ち付けて言うボトルは何だか誇らしげだ。

「あいつは酸っぱい実が好きみたいでな。どうにも他じゃ満足のいく実が手に入らないのか、縄張りの主張のついでにたまに食べに来るんだよ。なんつーか、ウチの実を気に入ってくれてるんだな。俺もショバ代を収めるじゃないけど、そんな感じでいつあいつか来てもいいようにベリブの実は常備してる。あとな、森の開拓なんかもあいつらの仕事だ。オノノクスが通れば道が出来るし、倒れた木でまた草木が育ったりポケモンの住処になったりな。倒す木も手当たり次第じゃなくて、弱ったり古くなった木が多いらしいからな。あれもウチの敷地だけど、手を入れてるやつじゃないから問題ない」

 サクヤにとってドラゴンポケモンというのは、強く恐ろしいイメージがある。故郷シンオウ地方のドラゴンポケモンと言えば、ガブリアスだ。野生のフカマルの進化系のドラゴン達は住処の洞窟から滅多に出てくることはないがどれも獰猛で、トレーナーが手なづけるのも難しい。だが、彼女は思い出した。シンオウにいるもう一種類の野生のドラゴンポケモンを。チルタリス。大空を散歩し歌うことを好む温厚なポケモンだ。ドラゴンは恐ろしいものだけではないことを彼女は思い出した。そんなことはすっかり忘れていたのだった。
 美味そうに木の実を頬張り飲み込み、歓喜の咆哮を上げたガブリアス。ひょっとしたらボトル自慢の木の実は酸っぱ過ぎて驚いて鳴いていたのかも、と考えると随分愛らしいポケモンな気がしてきて、サクヤは愉快な気分になった。

「すごいですね。果樹園って、自然の中にあるんですね。果樹園って自然の一部なんですね」

 新たな発見と関心でサクヤは笑顔で言う。

「まぁ、いやがおうにも自然の中にいることは思い知らされるよな」
「でも、何か自然のいっぱいでいいですね。私ここに来てよかったです。今まで知らなかったことも沢山知ることが出来るし、こういう自然を守るお仕事ですもんね。だから――」
「いや、それは違う」
「え?」
「人の手で自然を弄り、管理して、制御して、思い通りにしようとするんだ。農業なんて、俺達のやってることは自然とは程遠い、不自然で人口的なもんだよ」

 サクヤには淡々と言うボトルの声は、なんだか突き放すように聞こえた。せっかくの感動に水をさされた気がして、文句の一つも言ってやろうとボトルの方を向く。
すると、ボトルは笑っていた。普段見慣れているからこそわかった、かすかな笑み。そのままボトルは踵を返すと、ひらひらと手を振って歩いていった。
 それに込められているのはどんな意味言葉なのか。色々浮かぶがサクヤには本当の所はわからない。聞いても教えてもらえることは無いだろう。適当に言葉を濁すか、話を逸らされるに決まっている。だが、彼女はわからなくてもいいかな、と思った。言葉や考えが交じり合わなくても、果樹園で働いていて、オノノクスが現れたのを一緒に見て――、それだけでいいのかもしれない、別にわからなくてもいいんじゃないか。そう彼女は思った。
 そうして彼女は、ボトルのことを考えた。一体、あの人の方はどうなのだろう、と。自分の言葉、行動はどう伝わり映っているのか。

「ボトルさんにだって、わからないのかも」

 二人はお互いのことがわからない。なぜならお互いのことをまだ知らないからだ。

「わかるわけないわよね」

 ボトルは過去のことをあまり話したがらない。そして自分もそこに踏み込むようなことをしなかったし、できなかった。できないならば今の彼を知ればいい。そして色々話して自分の事をわかってもらえばいいのだ。そう彼女は思った。果樹園でブリーディングを受け持つことを主張した時、彼女は二人の心が触れ合った気がしたのだ。そして、その上でお互いがのことがまだわからなくても、それはそれで構わないのではないか。そんなことを前向きに考える始めた自分自身に彼女は少し驚いて、笑みの吐息を漏らした。

「――っ」

 お腹が小さく鳴った。夕食の時間までは少しある。早く戻らないと、チラーミィが木の実を磨き終わってるかもしれない。今日中にもう少し仲良くなってやる、とサクヤは走り出す。その足取りは一日中働いていたにしては軽やかに動いた。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー