ふむ、なかなか涼しくなってきた。
秋というものは不思議なもので、町にはお得な話が流れ始める季節だ。
そう例えば、食欲の秋。そこかしこで食い物が安くなって、美味い物を求めるおれなどは嬉しさのあまり、歓喜歓喜、庭のポケモンたちと一緒に仮装パーティーを開いてもいいくらいにココロオドル。主に食い物のためにだ。
それからそうだ、食欲の秋。それと、食欲の秋。それから……、
「だぁ! お前ら、食欲の秋だァ! 食べたいだけ食べることを許された最高の季節がやってきたぞ!」
茶の間で両手を挙げて、だぁ! とやったら縁側から見える中庭で、がさがさとやつらが動き出す。
テッカニン、アメタマ、スピアー、マメパト、ミノムッチ、ポッポ。それから、お隣さんちのストロベリー。
「今日はおれのおごりだ。ついてこい、野郎ども」
様々な雄叫びが中庭に響いた。
ただしストロベリー、お前だけはダメだ。
そういうわけで、おれがある筋から仕入れた情報によると、なにやら素晴らしい催し物が行われているらしい。家を出て空を見上げればそこに見えるアドバルーン。ドーナツ半額! 半 額 !
おれたちはその二文字に導かれてドーナツを食すというわけだ。いいか、半額だぞ。おまえら分かっているか、半額なんだぞ。二個買っても通常一個分の値段にしかならないってことだぞ。ポケモン一匹掴まえたと思ったら首が二個ついてたみたいな、そういお得感に溢れた催し物だ。
「で、お前ら、なんて名前だっけ」
おれとしたことがポケモンたちにつけた名前をすっかり忘れてしまった。確かそうだ、かきごおりの味にちなんだ名前をつけたような気がするけれど、残念ながらもう季節外れだ。名前剥奪。ストロベリーだけはきちんと覚えていてしまっているが、何故だろう。でもお前のその素敵な名前も今日限りでおしまいだ。
「ざまあみろ!」
って言ったら前後の文脈もなしにストロベリーが噛みついてきやがった。こいつ、心を読めるのか。
おれはストロベリーにつける新しい名前は最低な物にしてやろうと心に決めた。
電気屋の前を通ったら、何の因果か、タイミングよくドーナツ半額のCMをやっている。
――ミミスタードーナツ♪
首の周りに大きなドーナツを巻いたミミロルがぴょっこぴょっこ跳ねている。
草原に花柄のベンチシートを広げて飛び乗り、その上でちょこちょこ踊るとヒトデマンが回転しながら降臨してきて、ミミロルの方は一回転してカメラ目線、くいっと身体を傾けてヒトデマンと一緒にポーズを決める。
――ミミスタードーナツ♪
「せめて半額らしさを出せよ」
って言ったらストロベリーに噛みつかれた。こいつはミミスタードーナツの回し者か。それとも画面に映ったミミロルに惚れてしまったのか。これぞ雄の性というやつか。しかし残念だったなストロベリー、やつは絶対雄だ。
「ってええ、だから何故かみつく!」
こいつ、とりあえず噛みつけばいいと思っていやがる。これだから最近のポケモンは。とりあえず厨ポケ入れてれば勝てるだろ、とか思ってる姑息なガキの方がまだかわいげがある。
ミミスドに着く間で五回くらい噛まれて、スピアーに一回刺されたおれだったが、首の皮一枚繋がる程度のライフでどうにか生きている。しかし店の行列を見た瞬間、おれは息絶えた。
というのは冗談だ。
これくらいは十分に予想できたので大人しく並ぶこと十五分弱。さあ、おれたちの食欲を解放する時が来た!
「お前ら、おれに対する感謝の気持ちを忘れずにドーナツを選べ! 慎重にだ! お願いだからあんまり取りすぎないで!」
やつらは早速器用にトレイを持ち、ドーナツをぽんぽんぽんと次々に積み上げていく。いくらなんでも半額だからってそれは……!
「あんまり財布をいじめないでくれ!」
とか言いつつおれも自分の食べたいものは回収。フエンチクルーラーにコールドパッション、ソン・デ・リオル、ハニーヒヤップ、そうだ、これを忘れてはいけない。D−ポッポ。
いくらなんでも買いすぎかもしれないと思いつつレジに三つものトレーを並べて、さあ、おれたちの秋は始まる!
「いらっしゃいませ。店内で……あら?」
店内であら、とはまた何だか新しい試みだなあ、と思って店員さんの顔を見れば、まさしくあらだった。
スマイル〇円とはよく言うが、この人のスマイルに〇円というのは申し訳ない。というよりこれは何の奇跡だ、1301の店員さん、あの、イノウエさんが何故ここにいる!
「あ、あなたは……あの時の……いてえ!」
感動的な場面において何故ストロベリー、お前はかみついてくるんだ! 早く食べたいのは分かるが今は待て、待つんだ。人の恋路を邪魔するやつはコールドパッションの食い過ぎで死んでしまえ。
「今日も騒々しいですね、うふふ」
「ええ、まったく、騒々しいやつらで。ははは、ほんと、申し訳ないです」
「いえ、微笑ましい光景が見られるので嬉しいです。それじゃあ、お会計しますね」
嬉しいですなんて言われてしまうと、こっちも、へへ、嬉しいです。
会計を済ませて店内のテーブルにトレイを運んで、さあて、食べようかと意気込んだところで、なぜだかイノウエさんがやってきた。
「私もご一緒していいですか?」
「いいですとも!」
おれは即答した。
ちょうど上がる時間だったらしい。制服を着替えてたら帰ってしまうと思ったのか、制服のままやってきた。ちょっと私服を見てみたいような気もしたが、彼女は何を着ても似合うから大丈夫。
「あ、あの」
我ながら情けない声が出た。ミミスドのドーナツを食べながら、ちょっとずつ話す。
「今度、カフェにでも行きませんか」
ストロベリーにハニーヒヤップを奪われた。
「いいですよ。ご一緒させてください」
ああ、これぞ秋だ!
秋というものはまったく不思議で、お得な話に溢れている。ようやくおれにも秋がやってきたのだ。違う、春だ! でも秋だ!
「その時はそのガーディをだっこさせてもらってもいいですか?」
「えっ、は?」
何を言うてらっしゃる。
「あら、ポケモンたちと一緒に行くんですよね?」
「あ、はは、そう、そうですね。ポケモンたちと、一緒に」
「楽しみです」
笑った顔はとても可愛いわけですけれど……こいつも連れて行かなければいけないのか、ちらりとストロベリーの顔を見る。
めちゃくちゃむかつく顔をしていた。でれっと垂れた目にいやらしく持ち上がる口の両端。しかも今食べているのはおれが買ったはずのD−ポッポだ。
「ところで、このガーディはなんて名前です?」
ああ、こいつ、こいつの名前ね。
「とってもかわいい名前ですよ。ゲーチスちゃんって呼んであげてください」
そう言った喜色満面のおれに、ゲーチスがもの凄い勢いで噛みついてきた。ざまあみろ。
○ ○ ○
秋と言えば、ひきこもりの季節ですわね。