マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.4074] 余計なこと考える奴 投稿者:逆行   投稿日:2018/02/15(Thu) 22:56:19     97clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「目と目が合ったらポケモンバトル」という暗黙のルールは、極めて強引な印象があり、例えポケモンが疲労してようとも、どんな急な用事があろうとも、そして、下痢による腹痛に苛まれていたとしても、戦いを拒むことは出来ないものだから、ネット住民は『ヤクザのやりくち』等と揶揄し、過保護な母親らはこぞってルール改正を訴えている。
     だがしかしこのルールが消滅すればどうなるであろう。強い奴を避け弱い奴ばかり狙って戦いを挑み賞金を得る、卑怯なトレーナーを喜ばしかねない。この一見冷酷な仕来たりは、ある意味弱者に優しく平等かつ合理的なシステムであると言えるのだ。最も、全く問題が無いと言えるものでもない。
     さて、ここにいる彼はそのような基本的な原則に則り、唯今からポケモンバトルをやる事となった訳である。
     おトクな掲示板を目的なくぼんやり眺めていた彼は、数秒前、この辺りの草むらを歩いていたトレーナーと目が合った。だが、その人物は彼にとって些か不都合であった。
     その男はバトルをやりたい気持ちを明らかに表に出しながらも、自分とは決して目線を合わせようとはしなかった。そいつは、実にワザとらしく、足元の草を揺らすように歩いていた。これは、向こうから目を合わせるように仕向けているのだろう。
     けれども中々こっちを向いてくれない。だからそいつは、ボールから不意に『ロズレイド』を出し始めた。「戦う準備は万端です」と言いたげな感じを醸し出す。そこまでしますかと彼は呆れた。
     こんな感じで、敵人からまず挙手させようとしてくるタイプは、非常に面倒なのである。さっさと自分の正面に立ってくれよと言いたくなる。
     とてもじれったい。だがかと言って、自分の方から目を合わせようとするのも嫌であった。相手の思惑通りに動いて負けた気がするというのもあるが、それよりも、バトルで敗北した場合、目線を合わせなければ良かったと後悔するのが苦痛になると予想していた。「なんだ、戦う前から負けたときのことを考えておくのか。勝てば良い話じゃないか」と、嘲笑されそうであるが、勝ったら勝ったで、賞金として金を渡す羽目になった悲愴感漂う対戦相手を見て、少々後ろめたい気持ちになりそうなのが嫌であった。つまりどっちに転ぼうが嫌なのであった。
     であるから出来ることなら、向こうから目を合わせて来て欲しいのである。そうすれば勝ったとしても、「お前が仕掛けてきたのが悪いんだろう」と精一杯の笑顔を心の中で浮かべることができる。別にそうでなくてもそこまで後ろめたい気持ちになる訳ではないが、出来得る限り最大限まで楽になりたいのである。
     つまるところ、彼もあのトレーナーも、考えていることは凡そ同じことであった。
     しかし、もう流石にじれったくなり過ぎた。とうとう彼はおトクな掲示板から目を逸し、草を揺らしまくるそいつの方を向いた。「あ、トレーナーさんだ。バトルお願いできる?」。ホッとした様子でそいつは言った。自分の存在にたった今気が付いたという振る舞いに少々イライラしながら、そんな気持ちは一ミリたりとも出さず、彼は笑って頷きながら「いいですよ」と返事をした。


     バトルの相手は年齢が自分と同じか少し下程度の人であった。否、外見だけでは少々判別が厳しい。
     旅をするトレーナーの中には年上だろうと年下だろうと、構わずタメ口を用いるような人もいる。それは横暴な振る舞いであるとも言えるし、むしろ理に叶っているとも言える。どうせ今日一日しか会わないような奴相手に、礼儀うんたらを気にするのはコストパフォーマンスが悪いのだ。
     だがこの彼には、誰にでも構わずタメ口を用いるような勇気はなかった。であるので、相手が年下か同い年であると思っていても、必ず敬語を使うようにしているのであった。
     まあ、そんなことは本来特筆すべきことではない。彼は余計なことを考え過ぎである。これからバトルをやる以上、大事なのは如何にしてこのトレーナーから勝利をもぎ取るかである。真のトレーナーならそこに、脳のリソースの全てを費やさねばならない。ポケモンバトルは常にポケモンバトル以外のことを考えている暇などないのだ。
     彼はどのポケモンを出すか考え始めた。相手がバトルをさせるポケモンは十中八九ロズレイド。フェイクの可能性も無きにしもあらずだがそれを考えるとキリがないし、ただの野良試合でそこまではしないだろう。ロズレイドは草・毒タイプだから普通に考えれば有利なのは炎タイプだ。しかしボールから予め出してあるポケモンに有利なタイプを出すのも、なんだか気が引ける感じであった。ずるいって思われたらどうしようという心配があった。彼はまたしても余計なことを考え始めた。冷静に考えればそもそもあいつが下心ありでロズレイドを出した訳で、こっちが気を使うこともないのだが。一度気になると彼はどうも決断を渋ってしまうのだ。

    「君、ずいぶん考え事長いね」

     鞄に手を突っ込んだまま、どのポケモンの入ったボールを出そうか長考している彼にたいして、ついに対戦相手から突っ込みを入れられた。
     見ると隣のロズレイドは、「早く決めろ」と言わんばかりに自慢の手に付いた花をこっちへ向けていた。
     彼は結局、炎タイプは選ばなかった。彼は『ジャラランガ』を出すことにした。一応彼のエースであり、自信のあるポケモンである。
     相性も別に悪くはない。ジャラランガは竜・格闘。相手の草タイプの技は効果今一つで、こっちの格闘タイプの技も同じく今一つだから、本当は五分五分なのだけれども、ロズレイドはなんとなく草がメインな印象があるから、それを半減させられるのは大きいような気がした。そもそも、ジャラランガは格闘タイプの技を覚えていないので、半減しようが全然関係ない。よって総合的に見て結構こっちが有利。しかし炎タイプ程圧倒的に有利って言う印象は受けない。以上の点から彼はジャラランガを選んだ。
     ジャラランガが入ったボールを投げる。尻尾を振り回して光の粒子を掻き消しつつ、鳴き声を一つ上げてジャラランガは飛び出した。野良試合としては若干オーバーな飛び出し方だが、気合は入っていることは見て取れた。
     この試合は残念ながら審判不在で行われようとしていた。バトルを始めようとすると、近くにいるトレーナーが空気を読んで「審判やりましょうか」って声を掛けてくれる場合が稀にあるが、今回はそういうことはなかった。
     一応近くに若い女性のトレーナーがいた。彼は期待を込めてその人と目を合わせてみた。だか彼女はその瞬間、即スマホを取り出して画面を見始めた。完全に無視をされてしまった。もうちょっと睨み続けてみようかと思ったが、相手は女性であり、そっちの目的かと勘違いされる恐れがあった。「目と胸が合ったら法廷バトル」。そんな言葉も頭を過ぎったので、彼は彼女をじろじろ見るのは止めた。審判をやってもらうのは諦めた。仕方がない。誰もが審判なんぞやりたくないのは当たり前と言えば当たり前のことだ。賞金の一部を貰える訳でもないし、流れ弾が飛んでくるかもしれないから。


     余りにもここまで長々とし過ぎた。お待たせして申し訳ない。いよいよ、である。ポケモンバトルの火蓋が切って落とされた。
     一足早く動いたのはロズレイドの方だった。そのブーケポケモンはトレーナーが指示を出していないにも関わらず既に技の準備をしていた。憶測だが事前に初手は必ずこの技を放つと打ち合わせをしていたのだろう。
     ロズレイドが今発射せんとしているのはエナジーボールという技だ。この技は自然から集めた命のエネルギーを球体にして発射するというもの。ロズレイドの両手の間には、緑と白色が混在した半透明な球体が形成されていた。その球体は周囲から活力を集め、除々に大きさと輝きを増していく。しかし先程述べた通り草タイプはジャラランガに効果が薄い。だから彼は少考して次のように指示を出した。
    「避けずに突っ込んでドラゴンクロー!」
     ダメージが小さいなら変に避けたりして別の攻撃を喰らうリスクの方が大きい。
     ジャラランガは司令塔の発言通り、一直線にロズレイドへ接近した。ジャラランガの腕にエナジーボールが命中し、小爆発が起こる。弾け飛んだエナジーボールの欠片は、キラキラと輝きを放ちながら周囲の木や雑草の元へと帰っていった。
     たいした威力ではないと高を括っていたが、ジャラランガは体をよろけさせていた。半減であるにも関わらずこのダメージ。あのロズレイドはこっちよりもレベルが高いことが明確になった。
     痛みに耐えながらそれでもなんとかジャラランガは体制を崩さまいと必死に足を踏ん張っていた。なんとか耐えてくれと彼は祈っていた。ここで体制を崩すと攻撃を畳み掛けられる恐れがある。その畳み掛けで、早くも試合が終了してしまう可能性もある。
     なんとか、ジャラランガは耐えきった。彼はホッとして胸を撫で下ろす。そして攻撃態勢を素早く整える。
     ドラゴンクローはかなり安牌な技。それなりに高威力で当たりやすい。心理的に最初は無難な技で攻めたかった。いきなり大技や補助技を出すのは戦略的にはありなんだろうが、何と無く彼はそれを実行するのが億劫であった。大技や補助技は外れることが往々にして多い。実際に外す可能性が高いとかそういう話しでは無い。それらは何故か、大事な場面に限って敵から逸れていくものだから、イメージ的に命中率の低い技として彼の中で先入観が出来上がっていたのである。そして初っ端から自信のある技が外れると、テンションが著しく下がるのだ。
     果たしてドラゴンクローはロズレイドに上手く命中した。ジャラランガの巨大な手に備わった鋭利な爪は、ロズレイドの体を容赦なく引き裂いた。千切れた花弁が何枚かひらひらと地面に落ちる。ロズレイドは軽く悲鳴を上げて一旦ジャラランガと距離を置いた。
    「ロズレイド、宿り木のタネ」
     ロズレイドは先程とは全く別の技を繰り出してきた。宿り木のタネは敵の体に木のタネを植えて、どういう原理か分からないが敵の体力を吸い取って自分のものにするという、補助技だ。
     突如としてこの技を使うということは、真っ当な力戦では勝つのは難しいって思ったんだろうか。悪手だろうと彼は思った。持久戦に持ち込むなら最初からそうするべきである。
     そんなことをついつい考えてしまっていたから、彼はジャラランガに命令するのが一瞬遅れた。ジャラランガはロズレイドの手から放たれた無数のタネを回避出来なかった。見事に食らってしまった。ジャラランガの固い鱗を覗いた体の至る部分から小さな芽が出ていた。これでじわじわと体力を削られる羽目になってしまう。苦しむジャラランガを見て心底申し訳ないと思ってしまっていた。
    「ここは一気に決めるぞ。ソーラービームだ」
     そして畳み掛けるかのようにロズレイドは技の準備を始めていた。ソーラービームという大技を放つつもりらしい。宿り木で持久戦に持ち込む作戦はどこへ行ったのか。先程のは悪手であったと気が付いたのだろうか。傍から見てツッコミどころ満載の指示を出してしまうのが、いかにも野良試合クオリティーだ。しかし誤りを直ちに認め直ぐ様方向転換する柔軟性は見習いたい所である。
     行動がチグハグであるとは言え、この技を浴びれば下手したら負けてしまう。ソーラービームは威力が絶大であるが、代償として一定時間溜めが必要な技だ。
     今のうちに攻撃してロズレイドを倒してしまうのが最良だろう。
     彼はあの技を命令した。それは竜星群であった。この技は、ドラゴンタイプの中でも随筆の威力を誇るものである。ジャラランガが使える技で一番強いものと言うとZ技の存在もあって若干微妙な所なのだけれども、非常に強力な技であることは間違いない。という訳で、彼はこの技に勝負をかけた。
     しかしこう言う大技は、大事な場面に限って不思議と当たりにくい。ポケモンが緊張して力んでしまっているからなのだろうか。図鑑やまとめサイトには竜星群は90%の確率で当たると書かれてはいるが、彼は全く信用していない。体感的にはもっともっと低いような気がしていた。
     彼は、攻撃を外したときの未来を予め想像し、ある程度膨らませておいた。その時の空気感、そのときの感情、ロズレイドの反撃。それらをこの一瞬の間に隈なく想像した。そうすることで、外れた場合の精神的なダメージを軽減させようとしていた。保険の教科書に乗っていそうな類の自己防衛である。勿論外れることを期待しているのでは決してなく、ジャラランガを信じていない訳でもない。だが、心の隅から隅まで攻撃が絶対に当たると思い込んでしまうと、外れたときに過剰に落ち込む羽目になってしまう。外れたときに、「やっぱりか……」って心の中で呟けるような原材料を予め用意しておくために、外れたときの未来をなるべく鮮明に想像するのだ。決してそれは逃げではなく、さっさと立ち直り、次の目標へと向かうために必要なことなのである。
     空中から無数の隕石がロズレイドに向かって降り注ぐ。紛い物の隕石ではあるが、決して発泡スチロールではない。直撃すれば只では済まない代物である。果たしてどうなる。結果は――。
     

    「いやーお強いですね。参りました。完敗です」
     何故か急に敬語になった相手は、そういう風に彼を褒めてきた。
     彼はこのバトルで無事勝利することが出来た。やはりと言うべきか、バトルにおける緊張感はとても気持ちが良いものだ。何一つ余計なことを考えさせないでくれる。他人の感情や周りの様子を考えなくて済むのは本当に良い。目の前のバトルのことしか考えさせてくれない状況を勝手に作りだしてくれる。
     ……しかし、それはあくまでバトルの最中の話しである。バトルが終われば彼はまた、余計なことばかり考える羽目になってしまう。先程、賞金を貰うとき、彼は相手の顔を全く見ないように努めていた。
     そろそろ、この男とは離れたい。そう思った矢先のことである。彼はこんな提案をされたのだ。それは悪魔の提案だった。
    「よろしければ次の町まで一緒に行きませんか。後二十分ぐらいで着きますし」
     嫌だ。
     今日始めてお会いした人と、二十分もの間会話を続けていられる自信がない。どうでも良い人ならまだしも、バトルをしてそれなりには親しくなった人だと、「何か喋らないとまずい……」と思ってしまって、翻って喋れなくなってしまう。
     何か嫌な予感はしていた。たまにだがこういう提案をしてくるトレーナーがいるのだ。
     どうする。彼は激しく懊悩した。この提案は、実は非常に断りにくいものなのである。トレーナーであるならばポケモンの回復を第一に考えるべきなので、「ちょっと自分用事あるので……」という、サラリーマンが呑み会を断る際の常套手段がやり辛いのである。
     ここで彼はあることを閃いた。通ってきた道のりに、育て屋が建っていたのを思い出した。
    「すいません、自分近くの育て屋にポケモン預けていて、迎えに行かないといけないのです」
    「そうでしたか。色々お話したいことあったのに残念です。それでは、自分はこれで」
     もちろん、育て屋にポケモンなど預けていない。完全なる嘘である。
     彼はトレーナーと別れると、見つからないよう木の後ろに隠れた。トレーナーが歩いて行くのを只管見つめている。やがて男の姿が完全に見えなくなった。彼は木の後ろから姿を現す。もう振り向いた所で、自分の姿は絶対に見えまい。安心して彼は町まで歩いていった。


      [No.4073] 龍と舞う人 投稿者:カイ   投稿日:2018/02/15(Thu) 21:26:32     90clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     岩塊のような灰色の巨躯に、金色の鱗が何枚も連なって揺れている。
     マイトの視界は、突然現れたそのポケモンの背中で一杯になった。
     ジャラランガ。
     混乱する頭の中でマイトはなんとかその一単語を引っ張り上げた。
     ジャラランガは、背後で間抜けに尻もちをついている若い人間の男などには目もくれず、ゆっくりと右腕で弧を描いた。続いて左腕もその動作にならい、さらに足で二度地面を踏み鳴らす。シャン、シャンと尾を振って節を取りながら、腕を突き出しくるりと回り、徐々に激しくその場で踊る。ジャラランガの爪が空気を裂くごとに、ひるがえした体の上で鱗が光を跳ね返すごとに、その内側からほとばしる力が周囲にあふれるかのようだった。
     幼い頃に祖母から聞いた伝説の、闘龍様(とうりゅうさま)の龍の舞だ。
     十分に力を高めたジャラランガは、鋭い眼光で前方の敵を見据えた。
     一体のロズレイドを連れた密猟者の男が、ジャラランガの金の鱗をねめつけてにやりと口の端をゆがめた。
    「ようやく出やがったか。待ちくたびれちまったぜ。」
     ジャラランガが怒りに狂った咆哮を上げ、ロズレイドめがけて突進した。





     ポニの大峡谷に密猟者が侵入したようだと、マイトが報を受けたのは昨日のことだった。
    「野生ポケモンたちの挙動がおかしい。普段はねぐらにしない場所に移動しているし、ずいぶん気が立っているようだ。」
     数年前に島巡りを終えた後、マイトはその腕を買われハウオリシティの自警団に入った。自警団と言っても半分はボランティア活動のようなもので、街に入ってけんかをしている野生ポケモンをなだめて野に返すとか、迷子になったポケモンの捜索をするとか、そんな仕事が多い。しかし時折は厄介な案件も舞い込むもので、しかもそういうのに限って隣の島の問題だったりする。もっともポニにはハウオリのように大きな街がないからこそ、こちらに話が回ってくるのだろうが、そんな時は団の中でも特に実力のあるマイトのようなトレーナーに声がかかるのだった。
    「狙われているのは、おそらくジャラコ。鱗の密売が目的だろう。」
     数枚の資料をマイトに差し出しながら、団長が問う。
    「引き受けてくれるな、マイト。」
    「はい!」
     自警団の筆頭としての誇りをもって袖を通した青い服を、年少の者はエリートトレーナーの証として憧れの眼差しで見つめる。彼らの視線に恥じない答えを、マイトが選ぶのに時間はかからなかった。

     ポニのしまクイーンや警察関係者への連絡も滞りなく済んだ後、マイトをはじめとする五名のトレーナーたちが密猟者探索の任に就いた。手分けして峡谷内を調べ、怪しい者を見つけ次第すぐ仲間に連絡すること。一人で遭遇した場合は深追いせず、自身の安全を第一に確保すること。お互いにそう約束して散らばったのが、一時間ほど前。
    「炊事の跡らしいのを見つけたわ。誰か来て一緒に周りを調べてくれる?」
    「俺が一番近い。行こう。」
    「では私は念のためその周辺を警戒します。そちらは頼みますね。」
     そんな通信が入って、三名がマイトとは反対の方角に向かった、少し後のことだった。
     ほとんど偶然に、そびえる岩の角を曲がって小さな谷間に入った時、マイトは炊事の主――件の密猟者と対面した。
     一目でそれと分かる出で立ちだった。こんな人里離れた険しい谷で、数日かけて「仕事」をするのに適した頑丈な服装と大きなバックパックを身につけた中年男。傍らのロズレイドはアローラに生息しているポケモンではない。そして何より引きずっている麻袋の口から、ぐったりしたジャラコの姿が見えていた。
     マイトはこっそりと仲間宛に救援を求める信号を打ち、ボールホルダーに手をかけた。
    「あーあーあー。なんか嫌な予感がするなぁと思ったら、お兄ちゃんポケモンレンジャーか何か?」
    「まあそんなところです。そのジャラコについて詳しく教えてほしいんですけど、いいですか?」
    「そうだねえ。こっそり持って帰って売り飛ばすつもりだって答えたら、どうするわけ?」
     男が自ら密猟者だと告白した。それもへらへらと余裕の薄笑いを浮かべながら。その訳をマイトが理解するのに、ものの五分もかからなかった。
     密猟者のロズレイドは、圧倒的な強さだった。
     マイトは島巡りを終えたトレーナーだ。彼と彼の相棒たちは、何人もの手強いトレーナーと戦ってきたし、ポニ島の奥地にいる荒っぽい野生ポケモンにもひるまない。それなのに、たった一体のロズレイドに防戦一方。手も足も出ないまま、じわじわと毒にやられ、刃物のような花びらに翻弄され、あっという間に全滅した。深追いだと自覚する暇もなかった。応援もまだしばらくは来ないだろう。
     打ち砕かれたプライドと、自らを守るものが何もないという恐怖に、マイトは眼前から光が消えていく感覚に襲われた。
     勝利の確信を持って、密猟者が冷たい笑みを満面にたたえる。
     不思議な音が谷の空気を震わせたのは、その時だった。
     シャラ、シャララと鈴の鳴るようなそれは、ものすごいスピードでこちらに近付いてくる。鈴の音は次第に金属板の激しくこすれ合う騒音になり、天から谷に降り注いだ。一体何事かと見上げた瞬間、巨大な影がマイトの目の前に降ってきた。着地の振動、風圧、怒りの雄叫び。驚いてマイトが尻もちをついてしまったのも、無理のないことだった。
    「ジャラランガ……。」
     マイトがそのポケモンを知っていたのは、幼い頃、祖母に何度もその伝説を聞かされていたからだった。普段は三つ束に編みこんで結ってあるマイトの長い黒髪は、祖母の血筋を受け継ぐ証。祖母はかつてジャラランガを崇拝し彼らと共に生きた、アローラ先住民の末裔だった。
     闘龍様の雄々しい舞は、人にもポケモンにも力を与えてくださるのじゃと、祖母の口から繰り返し語られた舞が今まさに、マイトの目の前で披露されている。自らが打ち震わせる鱗の響きを伴奏に、四肢の躍動を天へと捧げるその動きは、光にきらめいてたいそう神々しいと言う祖母の表現は、伝説がよくなびく衣をまとった結果にすぎないと心のどこかで思っていた。今日この時、ジャラランガの龍の舞を間近に見るまでは。それはジャラランガ自身の力を高め、敗北に意気消沈するマイトの勇気すら蘇らせる、力強くも美しい戦いの舞だった。
    (共に戦ってくれるのか、ジャラランガ……?)
     なんとか起き上がったマイトがその問いを口にするよりも早く、相手のロズレイドが動いていた。大地に当てた両腕から、黒々としたいばらが生長している。ジャラランガが舞っている間から仕込まれていたのであろうそれは、すでに猛毒の鉄条網と化して、バトル場を取り囲んでいた。
    「待て、ジャラランガ、早まるな!」
     マイトが叫んだ時にはもう、ジャラランガは仲間を返せと怒号に吠えながら、ロズレイドに大きな竜の爪を振りかざしていた。
     確実に刺さった強力な一打。だが、密猟者はにやりとした笑みを崩さなかった。
    「ベノムショック。」
     毒液を振りかけられて、ジャラランガはいったん退く。
     やはり、とマイトは唾を飲んだ。自分のポケモンもあれにやられた。あれは傷口から入りこんで体内の毒を増幅させる特殊な毒液だ。ロズレイドは、ジャラランガを毒状態にした上であれを当てることを狙っている。
    「ロズレイドの体には毒のとげがある! 接触戦は危」
     マイトの言葉は、ジャラランガの咆哮にかき消された。再び駆けだし、爪を振りかぶるジャラランガ。それを避けようともしないロズレイドは、まるで自分から攻撃の軌道に乗っているようにすら見えた。
     刺さるジャラランガの爪を、今度はロズレイドの体から放たれた激しい風がなぎ払う。
     花びらが吹雪のように舞い、ジャラランガの体は大きく吹き飛んで、猛毒いばらの茂みの中に落ちそうになった。今、毒に侵されてはまずい!
    「ジャラランガ!」
     助ける、とかどうやって、とか考えている余裕はなかった。気が付けばマイトは走りだして、体勢の崩れたジャラランガといばらの間に滑り込んでいた。
    「ぐうぅっ……おぉっ……!」
     ジャラランガの体重がマイトの腕に乗る。背中には毒の茂み。黒いとげが何本か、ブツッと服の繊維を突き破り肌に刺さったのを感じた。さあっと体温が下がり口の中が乾いていくような気がしたが、構っている場合ではない。
     ジャラランガが驚いたようにマイトを振り返って見た。
    「お願いだ、ジャラランガ……力を貸してくれ。僕もジャラコたちを助けたいんだ。」
     震える体に脂汗をにじませた人間の言葉が、どこまで届くものかマイトは知らない。だがその時マイトの腕はふっと重圧から解放された。立ち上がったジャラランガが、赤い瞳にじっとマイトの姿を映していた。





    「闘龍様の龍の舞には、舞でお返しするのが人間の礼儀。よくご覧なさい。こう……こうじゃ。」
    「わあ、おばあちゃん、かっこいい! ぼくもやるー!」
    「ほっほっほ、上手上手。お前はきっといい踊り手になるね。闘龍様の龍の舞が我らに力を与えてくださるように、我らもまた、舞によって闘龍様に力を与えることができるのじゃよ。」
    「とうりゅうさまに? すごいなー! ぼく、とうりゅうさまと一緒に踊りたい!」
    「うむうむ。ではその時のために、たくさん練習しておかないとね。舞を通じて、人とポケモンは一つになれる。絆を紡ぎ、どんな困難にだって共に立ち向かうことができる。お前の名前にはそういう意味が込められているんじゃよ。ゆめゆめ忘れないようにね……舞人(マイト)。」





     シャン、と高い音が響いた。
     ジャラランガが尾を震わせ、鱗を打ち鳴らしたのだった。闘龍の舞の導入となる、高らかな音。
     マイトはゆっくりと身を起こし、ジャラランガと目を合わせた。ジャラランガがうなずいたように見えた。
     ロズレイドの猛毒に内側からじんじん燃やされているのを感じるのに、なぜだか少しも苦しくなかった。見えない力に導かれるように、マイトの体は祖母から習った動きをなぞる。
     糸を巻くように腕を上下させながら浮かせた右足を、地面に叩きつけてぱんと音を出す。手を高く空に突き出し、体を回し、流れる大地のオーラに乗るように上半身をたゆたわせて、拳を合わせる。
     ジャラランガも、隣で同じように舞っていた。
     一定のリズムでシャン、シャン、シャララと震える空気の中で、マイトの黒い三つ編みが舞い、交差するようにジャラランガの連なった鱗が踊り、二つの肉体が一心になって龍の内なる波動を呼び覚ます。
    「何の真似だ?」
     密猟者が怪訝そうな顔をする。
    「いい加減、遊びは終わりだ。ジャラジャラうるせえその鱗、はがして磨けばきっと高く売れるぜ!」
     ロズレイドがベノムショックの構えを取った。毒液を発射する直前、両腕を相手に向かって付き出すその構えが、まるっきり無防備であることにマイトはすでに気付いていた。後はそのタイミングをジャラランガに伝えるだけ。ジャラランガがマイトの舞に、答えるだけ。
     ジャラランガが連続して体を震わせ、谷中にこだまする響きが最高潮に達した時、ジャラランガの鱗がきらきらとした光をまとった。燃えるような魂の鼓動が、その中心に収束した。
    「今だジャラランガ!」
     龍の口に見立てた両手をマイトが大きく開く動作を決めた直後、力が爆発した。
     二つの舞によって極限まで高められた闘龍の魂が、激しい衝撃波となってロズレイドに襲いかかった。すさまじい光と轟音と暴風が谷に満ち、驚きおののいて背中を向けた密猟者をも、あっという間に飲み込んだ。
     放たれた力がようやく大地に沈んだ時には、ロズレイドと密猟者は倒れ伏して気を失い、彼らの荷物はバラバラになって散らばっていた。生活用品やロープや懐中電灯などの他、無数のモンスターボールが転がっている。きっとジャラコが入っているのだろう。大猟で入りきらなかった分を、麻袋に詰めていたというところだろうか。ジャラランガは袋の中でもぞもぞともがいているジャラコの元へ急いで駆け寄った。
    「マイト! 無事か!?」
     谷の入口から仲間の声がした。振り返ってその姿を確認し、手を挙げて合図した後、マイトの意識はいばらの毒の中にふっつりと溶けた。



     マイトが目を覚ました時、心配そうにのぞきこむ仲間の顔が見えた。
    「おお、マイト、気が付いたか。大丈夫か?」
     谷は整然として、静寂に包まれていた。どうやら応援に来た仲間たちが後始末をしてくれたようだ。向こうの方で一人が周囲の検分をしている他は、密猟者もロズレイドの姿も見当たらなかった。きっと残りの二人が彼らを引っ立てて行ったのだろう。
     マイトは少しうめきながら身を起こすと、側に付き添ってくれていた彼にうなずいた。
    「ああ、なんとか。密猟者は?」
    「今頃ハウオリの警察署に着いた頃だろう。ジャラコもみんな逃がしたよ。お手柄だったな、マイト。ちょっと無茶しすぎだとは思うが。ポケモンが撒いた毒びしにトレーナーが突っ込むなんて、お前らしくもない。」
    「自分らしさについて考えている暇のない戦いだったもんでね。」
     力なく笑った後、ん? と相手の顔を見た。
    「毒びしに突っ込んだって、なんで分かったんだ?」
     黙って目線で示された方向をマイトが見ると、岩陰にジャラランガがたたずんでいた。心配とも観察ともつかぬ眼差しで、マイトの様子をじっと眺めていた。
    「身振り手振りであいつが教えてくれたよ。お陰で処置が早く済んだ。礼を言ってこいよ。あいつもお前が目覚めるの、待ってたみたいだぜ。」
     マイトはちょっとふらつきながら立ち上がり、ジャラランガの側に歩み寄った。ジャラランガも一歩こちらに近づいた。
    「ジャラランガ、ありがとう。お陰で密猟者を捕まえることができたよ。ジャラコたちはみんな無事だったかい?」
     ぐるる、と喉の奥から敵意のないうなり声が聞こえた。それからジャラランガは、物を渡すような仕草で握り拳をマイトに突き出す。首を傾げながらもマイトが手を広げると、ジャラランガはその上にぽとりと何かを落とし、すぐにきびすを返して走り去ってしまった。
    「あっ、おい、ジャラランガ!」
     呼んでももう、谷を吹きすさぶ風が答えるばかりだった。
     ジャラランガがマイトに残していったのは、小さな宝石だった。
    「これ……Zクリスタルか?」
     島巡りで手に入れたものとは少し形状の異なる、三つ山になったクリスタルだった。ジャラランガの皮膚を思わせる土色の中に、鱗のような模様が浮かんでいる。よく分からないが、まあ何かを認めてもらえたのだろう。
     祖母がつけてくれた自分の名前の意味に思いを馳せ、マイトはふっと微笑んだ。
    (おばあちゃん、僕、闘龍様と一緒に踊れたよ。)
     風の中にかすかに、金属のこすれる音が響いた気がした。


      [No.4072] 一瞬 投稿者:円山翔   投稿日:2018/02/15(Thu) 21:23:41     102clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    一瞬

     突然だが、ここで質問だ。
     今、二人のトレーナーが一対一のバトルを繰り広げようとしている。
     一方はロズレイド。両手に毒持つ薔薇の花を携えた、細身の騎士のような出で立ちのポケモン。
     一方はジャラランガ。全身にジャラジャラと音の鳴る鱗を持つ、アローラ地方はポニの渓谷で修業を積んだ竜族のポケモン。
     読者諸賢には、どちらのポケモンが勝つのか予想しながら読んでほしいのだ。
     無論、ルールは説明する。
     勝負はシングルバトル形式で手持ちは一体のみ。使用できる技の数は制限なし。相手を戦闘不能にすればその時点で勝ち。どちらも戦闘不能にならなくとも、試合開始後20分が経過したところでジャッジによる判定が行われる。体力の具合、戦いに対する意欲、技の命中率などを〇、△、×の三段階で評価し、より得点の高い方の勝利である。この評価に関しては、ホウエン地方のバトルフロンティアの一施設、バトルアリーナのルールを思い出してもらうと分かりやすいだろう。ん?バトルフロンティアなんて知らない?バトルハウスの間違いじゃないかって?まぁ、そういう施設があった世界線も存在すると、そう考えていただきたい。


      *


    「一瞬で終わらせてやる」

    というジャラランガのトレーナーの宣言通り、勝負はまさに一瞬の決着だった。察しのいい読者諸賢なら、何となく想像がつくのではなかろうか。いや、そんな単純な話ではないだろうと勘ぐる疑り深い方は、真反対のことを想定しているのかもしれない。あるいは、そのどちらでもない状況を想定しているか。私が語る言葉の中にいくつかの嘘が含まれていて、「一瞬で終わった」という部分がその嘘であるという可能性を思い浮かべているのか。そもそも「一瞬」という言葉にあやがあると考えるか。
     考えてみれば、「一瞬」の辞書的定義は「きわめてわずかな間」だが、使われ方は人それぞれである。辞書通りひとたび目を瞬く間の出来事であるかもしれないし、そこまで短くはないものの少し、という意味であるかもしれない。最近は少しの間席を外すときにも「一瞬で戻ってくる」、他人にものを借りるときですら、「一瞬○○を貸して」という表現が使われるようになっているようだから。
     それについては、先に弁解しておく。私のいう「一瞬」は、本当に「ひとまたたき」の間である。そして最初にも述べた通り、この勝負は「一瞬」の間に決着がついたのである。


      *


     さて、決着は一瞬とは言ったものの、勝負は膠着状態のまま進んでいった。
     トレーナー同士の戦いならば、トレーナーが声で指示を出してその指示通りにポケモンが動くのが基本である。しかし、今回の戦いでは、はじめのうちはトレーナーさえも互いに睨み合い、探り合い、何の指示も出そうとしなかった。どちらもここまでトーナメントを勝ち抜いてきた実力者。相手のポケモンが何であろうと油断はできないのだと言わんばかりに、じっくりと相手の動きを観察し、最良の指示を出さんと身構えていた。隙あらば一撃で相手を仕留められる攻撃を叩き込まんと、虎視眈々と隙を狙っていた。
     一方、ポケモンの方はというと。向かい合ったジャラランガとロズレイドは、一定の距離を保ちながら反時計回りに回っていた。ロズレイドは両手の花をだらりと下ろした状態で、眼光だけで相手を射殺してしまうのではないかと思うほどにジャラランガを凝視しながら。ジャラランガはやはりロズレイドから目を離さず、ファイティングポーズを取って威嚇するように鱗をこすり合わせながら。相手の一挙一動を見逃さないように、隙あらば飛びかかって必殺の一撃を放つために、互いが互いをじっと見つめていた。一分、五分、十分、見ている側も戦っている側も痺れを切らしそうなほど長い時間、二匹はそうして回っていた。

     何故、互いに何も仕掛けないのか。二人のトレーナーの頭の中ではそれぞれ別の思考がぐるぐる回っているのだろうが、参考までに、二匹の特徴を私なりにまとめてみようと思う。

     素早さ自体は若干ロズレイドの方が早いものの、大きな差はない。
     物理的な攻撃力や防御力ならジャラランガが秀でている。毒タイプのロズレイドには得意の格闘技による大ダメージは狙えないかもしれないが、ジャラランガは炎のパンチや冷凍パンチも放つことができる。一度でも懐に飛び込み、格闘技の動きに乗せてそれらを撃ち出せば、物理防御力に乏しいロズレイドはひとたまりもない。ロズレイドはやどりぎのタネを使うことができるし、一刺しで相手を死に追いやるほど強力な毒の棘を持っているが、ジャラランガの身体は堅い鱗で守られているため、タネや棘がそう簡単に通るものではない。激しい攻撃の合間を縫って鱗の鎧の隙間に毒針を打ち込む、あるいはわざと攻撃を受けて毒の棘が刺さるのを狙うやり方も無きにしも非ずだが、それはあくまでジャラランガの一撃を避けきるか、または堪えきれればの話である。攻撃を避ける間にねむりごなやしびれごなを舞わせるという手に関しては、ジャラランガの特性が粉攻撃を完全に防ぐ"ぼうじん"だった際には全く無意味となる。
     ここまでだとジャラランガの方が圧倒的に有利じゃないかと思われるが、一口にそうだとは言い切れない。物理的な攻防は苦手でも、ロズレイドは特殊攻撃に秀でている。更に、ジャラランガが最も苦手とするフェアリータイプの特殊技、マジカルシャインを放つことができるのだ。ジャラランガの特殊技に対する防御力は低くはない。むしろ、そこいらのポケモンと比べれば格段に高い。それでも下手に近付けば、カウンターで手痛い仕打ちを受けて沈むのがオチである。
     では、遠距離から狙い撃てばいいのではないかということになるが、それはそれで問題がある。
     まず、二匹が使える遠距離攻撃が、大概は直線的に進むものであるということ。ロズレイドならばソーラービームやマジカルシャイン、ジャラランガなら直線的な攻撃は、いくら素早く放っても予備動作を見て素早く反応することで簡単に避けられてしまう。ロズレイドのマジカルリーフのように相手を追尾する攻撃でも、ジャラランガは着弾までの時間に火炎放射で焼き尽くすなりスケイルノイズの衝撃波やドラゴンテールなどで叩き落とすなり、ダメージを受ける前に対処することも可能である。そもそも、ドラゴンタイプのジャラランガには、草タイプのマジカルリーフは効果薄であることも忘れてはならない。といっても、実力が拮抗した者同士の戦いでは、こうした小さな一撃も馬鹿にならないことを互いのトレーナーは十分把握している訳なのだが。
     近接戦闘向きに思われるジャラランガの重い打撃は、直撃せずとも周囲の地形を変えるほどの衝撃波を放つ威力がある。ただし、ダメージを狙うならば、ある程度距離を詰めなければならないことに変わりはない。特有技のスケイルノイズや、特有Z技のブレイジングソウルビートは身代わりや壁を貫通して攻撃することはできる。前者は物理防御力が下がるというデメリットがあるものの、予備動作が小さく威力も大きい。ただし、媒質を伝わるうちに減衰するという音波の特性と、これも直線的な攻撃であるため、あまり離れすぎた場所で攻撃の芯を外すと大きなダメージは期待できない。後者は広範囲に安定した威力で技を届かせることができるものの、予備動作以前にZ技特有のポーズを決めなければならない。そんな大きな隙を突けないほど、ロズレイドは愚鈍でも鈍足でもない。
     対するロズレイドは、毒の棘を持った蔓を地面に這わせ、相手の足元から攻撃するという戦法を取ることもできる。これならばどこから毒の棘が現れるか予想がしにくいうえ、ジャラランガの鎧を気にせず攻撃できる一つの方法である。が、蔓を地面に這わせている間はその場から動けないというデメリットもある。遠くを狙って蔓を伸ばしたところで、距離を詰められて打撃を食らえば終わってしまう。高い特殊攻撃能力を生かすとすれば、エスパータイプの技、神通力が効果的であろう。見えない念の力で攻撃するこの攻撃は、一度放たれたら最後、撃たれた相手は攻撃されたことすら気付かずに終わってしまう可能性もある。ただし、少し念じれば強い念の力を放てるエスパータイプとは違い、草・毒タイプのロズレイドでは発動までのタイムラグを要することになる。発動を読まれてしまえば、蔓攻撃と同じく技が起動するまでに決着を付けられる可能性も否定できない。そして忘れてはいけないのが、ジャラランガが持ちうる特性の一つ、"ぼうだん"。相性は良くも悪くもないが使う機会があるかは分からないシャドーボールやヘドロばくだんなどの砲弾系の技を一切受け付けないのである。これらはロズレイドのメインウエポンとして使われることも多いため、運が悪いと遠距離からでは一切技が通用しないという可能性も十分にあり得る。
     すなわち、遠距離だろうが近距離だろうが迂闊な手出しを出来ないからこそ、このような遅延行為じみた状態になっている――と、傍から見ればそう思うかもしれない。


      *


     制限時間まであと一分。スタジアムの時計の文字が、早く決着を付けろと赤く染まった。それでも互いに向き合って公転運動の如く回り続ける二匹にしびれを切らしたのか、三十秒前には警告ブザーまでなり始めた。それでも、二匹は以前回り続ける。二十秒、十五秒。十、九、八、七、六……とここで、双方のトレーナーから短く「行け!」と指示が飛んだ。どちらも具体的な技は告げなかった。こうした指示の出し合いですら、出された指示にあと出しで反応されては困るとでもいうかのように。あるいは、はじめから決め技を打ち合わせていたかのようでもあり。長らく待たされてなおも回り続けた二匹が、遂に動いた。
     ロズレイドは両手の蔓に妖精の光を纏い。
     ジャラランガは右に炎を、左に冷気を纏った両の拳を振りかぶり。
     ロズレイドが、ジャランガが、互いに持てる力の最大限をぶつけんと地を蹴った。

     そして。

     次の瞬間、二匹のポケモンは共に、地に倒れ伏していた。互いに技をぶつけ合う前に、同時に倒れ込んだ。誰もが望まない形で、勝負は引き分けとなってしまったのである。

     ここで勘のいい読者諸賢ならば、ロズレイドとジャラランガが互いに何を仕掛けたのか薄々気付いているかもしれない。
     ロズレイドは円形に回りながら、足元に罠を仕掛けていた。両腕の蔓に生えていた、猛毒の棘である。どくびしと呼ばれるその技は、ロズレイドがまだロゼリアの頃に覚えたものだった。知らず知らずのうちに棘を踏んでいたジャラランガは毒に侵され、じわじわと体力を奪っていったのだ。加えて、ロズレイドはこれまた気付かれないように神通力で攻撃を仕掛けていた。目には見えない超能力はジャラランガの弱点のエスパー技。大っぴらに使っていては気付かれるため、出力を抑えて、少しずつ、少しずつ体力を削っていたのだった。
     対して、ジャラランガも何もせずに回っていただけではなかった。
     回りながらも、全身の鱗を小刻みに振動させ、傍目に見ても分からない衝撃波を撃ち出していたのである。細かい振動はゆっくりと、しかし確実に、気付かれることなく。電子レンジの要領でロズレイドの身体を震わせた。やがて振動は激しくなり、体の内側からロズレイドを蝕んでいたのだった。

     かくして、長時間に渡った二匹の戦いは、「一瞬」にして引き分けに終わったのである。
     こんなの一瞬とは言わない?確かに、勝負全体は一瞬とは言えない長い時間だった。しかし、屁理屈を言わせてもらえば、決着の瞬間はまさに「ひとまたたき」の間だったわけなのだから。


      *


     試合の後、二人のトレーナーにこの日の戦略について尋ねてみた。すると、思いもかけないことが分かった。
     予想の通り、二人のトレーナーはそれぞれ自分のポケモンに、試合開始後どのように立ち回るかあらかじめ指示を出していたのだという。しかし、それは最後の一撃についてだけ。それまでの駆け引きに関しては、二人の知るところではなかったというのだ。



     何が言いたいかというと。つまり。



     目には見えない攻防を、水面下の駆け引きを、ロズレイドは、ジャラランガは、自らの判断で行っていたというのだ――


      [No.4071] 明け色のチェイサー外伝 大音量と静かなる闘い 投稿者:空色代吉   投稿日:2018/02/15(Thu) 21:12:44     114clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     私の名前はガーベラ。自警団〈エレメンツ〉の団員です。私の所属する組織〈エレメンツ〉は、このヒンメル地方で起こる様々なトラブルに対処するべく日夜奔走しています。
     私の上司のソテツさんは、現場に赴くことが多い方なので特に忙しそうです。私はそのソテツさんの補佐もしています。ソテツさんとは師弟関係でもあるのもあり、多分現状では私が一番ソテツさんと一緒に行動していると思われます。
     そう……補佐であり弟子であるからこそ、彼の体調が、分かってしまうのです。
     いえ、誰にでもわかるくらいには、ソテツさんは今にも寝不足で倒れそうでした。

    「ガーちゃーん……オイラはもう駄目なようだー……あとは任せたー……」
    「ガーちゃんじゃありません。ガーベラです。しっかりしてくださいソテツさん。溜まっている相談はあと一件だけですので……あと私に掴まっていてください。落っこちたらシャレになりません」
    「お言葉に甘えるよ……」

     大きな葉っぱの被膜を持つ首長のポケモン、トロピウスの背にに二人乗りをして空飛んで現地に向かっていると、後ろのソテツさんが珍しく弱音を吐きます。今週ソテツさんは寝る暇があまりありませんでした。寝ようとしても不規則な休眠は机に突っ伏していたり、椅子で寝ようとして失敗していたり……など姿勢の悪い状態で寝ていました。現在は二徹さんです。本当は今回の依頼も私だけで対処できればいいのですが……まだ一人で向かうには自信がなく、大変申し訳ないのですがソテツさんについてきてもらっているという感じです。自分の未熟さに情けなくなりますが、へこんでばかりもいられません。気を引き締めてその場所へ向かいます。
     問題の起こっている谷間に到着する直前、じゃらじゃらとした何かを鳴らす音を集めたような騒音が辺りに響き渡ります。空にまで響くその大きな音に、私とソテツさんも顔をしかめます。

    「この音が……例の」
    「いやー、確かにこれはキツイねー……」

     今回の相談は、谷間の近くの村からの住民から持ち掛けられたものでした。
     先程のじゃらじゃらとした音が、谷間の方から昼夜問わず頻繁に大音量で鳴り響いていて困っているとのこと。つまりは「五月蠅いからなんとかしてくれ」という事案でした。

     谷間を進んでいくと、眼下に騒音のらしき原因ポケモンとポケモントレーナーとその手持ちポケモンの姿が。
     ポケモンは予想通り、大量のじゃらじゃらしたうろこを身に着けたドラゴン・かくとうタイプのポケモン。ジャラランガ。ジャラランガのトレーナーは、赤茶の髪を後ろで縛った少年でした。やはりといいますか……少年はジャラランガに技の特訓をさせていました。
     こちらの存在に気付いた少年とジャラランガは技の練習を中断し、物珍しそうな顔で私達を出迎えました。

    「こんにちはー、オレたち以外のトレーナーが来るなんて、珍しいな! オレはヒエン! こっちはジャラランガ、姉ちゃんたちは?」
    「こんにちは。私はガーベラです。こちらはトロピウスと、ソテツさんです」
    「やーよろしくー……」

     ひらひらと手を振るソテツさんを見たヒエン君は口をあんぐり開けていました。

    「ソテツ!? あの〈エレメンツ〉『五属性』の一人のソテツさん!? なんでまたこんなところに!?」
    「キミに会いに来たんだよー……」
    「オレに会いに?! うおおお……オレの名もそこまで轟いていたとは」
    「轟いていたのは、貴方のジャラランガの技の音です……」
    「? どういうこと、ガー姉ちゃん」
    「ガー姉ちゃんじゃありません! ガーベラです! ……まったく、もう。ヒエン君。貴方のジャラランガが出す音が、近所迷惑になっていると苦情がありました。場所を移動するなり、自粛をしてもらいたいのですが」

     要求を言うと、ヒエン君は明らかに納得のいっていない渋い顔をします。

    「なんでだ? ポケモンの技の練習で騒がしくなるのは当たり前じゃないか、それをするなって言われても……ここの場所見つけるのにも、結構苦労したのに」
    「まったくするなと言いたいわけではありません……せめて夜間だけでも、控えてもらえませんか?」

     私の提案に、彼は譲りがたい理由を述べました。

    「オレたちはもっと強くなりたいんだ……そのためには技を磨きたいんだ……頼むよガーベラ姉ちゃん、ソテツさん……『ポケモン保護区制度』なんてものがある限り、オレらはオレらで強くなるしかないんだよ……」

     『ポケモン保護区制度』
     それはヒンメル地方のポケモンの生態を護るために近隣の国々が押し付けてきた、ポケモン捕獲に対する制限。この制度で苦しんでいるトレーナーが山ほどいるのは知っていました。ポケモンを捕まえる機会が少ない以上、強くなるためには今いる自分とポケモンたちだけで強くならなければいけないのが、現状。
     それでもヒエン君はジャラランガと強くなろうとしている。私たちのしていることはその邪魔でしかないのは、分かってはいても苦しいものでした。
     でも、安眠できない村の人たちのことを考え……結局私は、頭を下げてお願いしました。

     ヒエン君は「仕方ないか」とこぼした後、ある条件付きで説得に応じてくださいました。

    「頭を上げてって――――じゃあさ、ポケモンバトルしてくれよ。経験は多い方がいいし、一度〈エレメンツ〉がどれほどの実力なのかって、知っておきたいし」

     〈エレメンツ〉の実力を知りたい。その言葉の中にはソテツさんへの指名は含まれていませんでした。ヒエン君はソテツさんの体調を気遣ってくれたのでしょう。
     ヒエン君、本当はソテツさんとバトルしたかったはず。私にその代役が務まるのか。不安がこみ上げてきます。ですが、ここは引けない。引くわけにはいかないのです。

    「……ソテツさんは、休んでいてください」
    「大丈夫? とは、言わないさ――――任せた」
    「任されました」

     ヒエン君の妥協してくれた恩に報いるために、私はトロピウスをソテツさんに預けて、別のモンスターボールを握りしめました。

    「私が相手です、ヒエン君。ルールはシングルバトルの1対1。いいですね?」
    「いいよ……ありがとう。ガー姉ちゃん」
    「それはこちらの台詞です。そして、ガー姉ちゃんじゃありません、ガーベラです」
    「……こだわるね」
    「こだわりますとも」
    「まあ、いっか――――ジャラランガ! 久々のバトルだ! 気合入れていくぞ!」

     じゃらん、とうろこを鳴らし咆哮するジャラランガに対し、私はモンスターボールを上空へ放り投げます。ボールが開き、光と共に現れたのは、草・毒タイプのマスクをつけた花の化身、ロズレイド。

    「お願いします……ロズレイド!」

     バトルはあまり得意ではありませんが……私の持てるものをぶつけるために、彼の持てるものを受け止めるために、私達はバトルを始めました。


    **************************


    「先手はもらいます! ロズレイド、『ヘドロばくだん』!」

     花束のような腕をスイングさせて、毒爆弾を飛ばすロズレイド。放物線を描いたその毒爆弾は――ジャラランガに届く前に“何か壁のようなもの”にぶつかりはじけて霧散した。

    「へへっ、効かないよ! ジャラランガ、『ドラゴンクロー』でお返しだ!」
    「爆弾系無効化特性……『ぼうだん』ですか。ならっ、『グラスフィールド』!」

     ロズレイドを中心に広がる草の大地『グラスフィールド』が、駆けてくるジャラランガの足元にまで及び、ツタが足に絡まる。

    「足場を悪くしてくるかー、構わず突っ込めジャラランガ!」
    「かわしてくださいロズレイドっ!」

     ジャラランガはツタを引きちぎりながらロズレイドへなお接近。ロズレイドに竜爪を使い連続で切り裂いた。ロズレイドはかすり傷を負っていく。が、微々たるものだがロズレイドの傷口がどんどん回復していく。それは、かすり傷程度では押し切れない回復スピードだった。

    「『グラスフィールド』の回復効果か! 確かにかわされ続けたら、決定打がなければ押し切れないね……でも、回復はジャラランガもするし、ダメージを与えられないのはそっちもじゃない?」
    「それはどうですかね」

     カーベラの言葉に、ヒエンはジャラランガの様子がおかしいことに気づく。
     眉間にしわを寄せ、少し息苦しそうなジャラランガ。ジャラランガの体力は、毒で削られていたのだ。毒を仕掛けたのは、ロズレイドの特性。

    「しまった『どくのトゲ』か」
    「ふふ、タイムリミットが出来てしまいましたね。しかしゆっくりしている暇は与えませんよ! ロズレイド、タネをお見舞いです……!」

     ロズレイドが花束のから“タネ”を射出して、ジャラランガに埋め込む。

    (まずい、『やどりぎのタネ』! 時間が経てば経つほど、タネにジャラランガの体力が吸い取られる!)
    「さて、この布陣をどう切り抜けますかヒエン君?」

     ヒエンは動揺していたが、時間をかけるだけジャラランガが不利になる事実を飲み込んでいだ。両手で頬を叩き、瞬時に冷静さを取り戻したヒエンは、ジャラランガへ次の一手を指示する。

    「いくっきゃ、ない。やるっきゃ、ない! ――――ジャラランガ! 今こそ特訓の成果を見せる時だ!」

     ヒエンの声に、ジャラランガが応える。ヒエンは両腕を交差し、右腕につけた『Zリング』に力を籠め始めた。

    「まさか……ロズレイド、踏ん張りをきかせて耐える準備を!」
    「いくぞジャラランガ!!」

     『Zリング』から出される己のゼンリョクエネルギーをその身に纏ったヒエンは、半円を両腕で描かせてから、その握り拳を正面に突き出す。右足を一歩後ろに引いてから、ドラゴンの口を連想させるようにヒエンは腕を、拳を、今にも噛みつく竜の如く開き構えた!

    「これがオレたちの魂のZ技……っ!!」

     ヒエンの全力の動作から放たれるエネルギー波を受け取ったジャラランガは、儀式のような雄々しい舞いを始める……じゃらん、じゃらん、と鳴り響くジャラランガのうろこがだんだん早くなる舞いに合わせて小刻みに震えていき、やがてそのバラバラだった音は一つとなり超爆音波となりロズレイドに襲いかかる――!

    「喰らえっ! 『ブレイジングソウルビート』おおおお!!!!」

     ヒエンとジャラランガ。ふたりの咆哮がガーベラとロズレイドを飲み込んだ。
     圧力となった音の塊に押しつぶされそうになるロズレイド。だが、ロズレイドはその猛攻を耐えきる!
     音の嵐が過ぎ去り、静けさが戻るころ。にらみ合う形だったジャラランガとロズレイドが体勢を立て直す。

    「なんとか、しのぎ切りましたか」
    「いいやまだだね! ブレイジングソウルビートの追加効果、オールアップ!」
    「なっ」

     ガーベラが驚くのも束の間。ヒエンの合図に呼応して、ジャラランガの周囲に五色の光が溢れる。

    「攻撃、防御、特攻、特防、素早さ、全部能力上昇ですか。なかなかにえげつない……『ギガドレイン』で体力を奪いますよ、ロズレイド」
    「させないよ! 『ドレインパンチ』で迎え撃て、ジャラランガ!」

     再びの接近戦。ロズレイドの放つ光がジャラランガの体力を吸い取る。ジャラランガの放つ拳がロズレイドの体力をかすめ取る。お互いいまひとつ相手の体力を削れない。しかし毒のダメージや、フィールドの草タイプ技の『ギガドレイン』の威力が上がる効果などによって次第に二体の体力の差が離れていく。

    「まだ、まだだ。もう一発。もう一発『ドレインパンチ』……!」

     そして『グラスフィールド』も消滅し、とうとうジャラランガの体力が尽きようとしていた。少し距離を取るロズレイドを見据えながら、ジャラランガは両手と片膝を地につける。
     その様子を見たガーベラは、宣言する。

    「そろそろ、決着ですね。ロズレイド、最後の攻撃の準備を」

     その余裕をもった言葉に、ヒエンは同意した。

    「そうだね。最後の攻撃をしよう――――オレたちの勝ちだ!」

     宣言返しを合図に、クラウチングスタートでロズレイドめがけて今までで一番早く走るジャラランガ。ヒエンが拳を突き出して、ジャラランガの技名を叫ぶ。

    「『きしかいせい』の一手、喰らえ!!!」

     『きしかいせい』とは、ダメージを受けていれば受けているほど威力の上がる技である。ヒエンとジャラランガに残された、ガーベラのロズレイドを倒す唯一の手だった。毒のダメージと『ギガドレイン』の威力を見極め、『ドレインパンチ』で残りの体力を調整。そして今の瞬間がベストタイミングであった。
     決まれば、ヒエンとジャラランガの勝ち……だった。

    「いいえ」

     ガーベラの素早く短い否定が終わると同時に、爆発がジャラランガを襲う。
     目を見開くヒエン。倒れるジャラランガの向こうに、花束の右腕をガンマンのように突き出したロズレイドの姿をとらえる。
     謎の爆発にヒエンは混乱した。しかしどんなに考えても『ヘドロばくだん』の爆発以外にはありえない。けれども弾丸系の技はジャラランガの特性『ぼうだん』によってダメージは通らないはず。
     そう、『ぼうだん』の特性が発動しさえすれば。ヒエンとジャラランガは勝っていた。つまりはジャラランガの特性を不発にする技を喰らっていた可能性が出てくるということだ。

    (いつ、どのタイミングでそれが起きた?)

     ジャラランガに駆け寄り頭を悩ませるヒエンの視界の端に、ジャラランガの身体から芽が出ているタネが映り込む。
     そして彼は天を仰ぎ見て、理解した。

    「ああああ……あれ……あれ『なやみのタネ』だったのかああああ……!」
    「正解です。フェイントは成功していたようですね。そして、私たちの勝ちです」

     ヒエンは、眠り状態にならなくなる『ふみん』に特性を一時的に“上書き”する技『なやみのタネ』と、体力を少しずつ奪う技『やどりぎのタネ』と誤認していた。いや、ガーベラに誘導させられていたのだ。

    「ごめんよジャラランガ。毒でジャラランガの体力減っていたのと、『グラスフィールド』の回復効果とかで『なやみのタネ』をわかりにくくしていたのかー……でも、それにしてはロズレイド元気じゃなかったガー姉ちゃん?」
    「ガー姉ちゃんじゃありません。ガーベラです……ああそれはですね。ロズレイドに持たせてあるこの持ち物ですよ」

     ガーベラの指示で、ロズレイドが黒くてどろっとした何かを取り出す。予想外の形状の持ち物にヒエンは一歩引く。

    「何これ」
    「『くろいヘドロ』と言って、毒タイプ以外が持つと苦しむことになりますが、逆に毒タイプが持つとじわじわ体力を回復してくれる代物です」
    「へえー、だから、ロズレイドの回復力が、上がっていたんだね」
    「そういうことです。お疲れ様です、ロズレイド」

     くろいヘドロをしまうロズレイドと、それを手伝うガーベラを見るヒエンはジャラランガを撫でる。それから彼は、ガーベラの戦い方を思い返していた。思い返し終わった後、ヒエンは素直な感想をガーベラに伝える。

    「ガーベラさん、あんなに静かにロズレイドを戦わせられるなんて、すごいよ。オレ、強力な技には強烈な音がつきものだ、強くなるにはより大きな音を出すぐらいじゃないと駄目だって思っていた……でも、そういう静かなバトルスタイルもあるんだね」
    「いえいえ……でも、バトルスタイルはポケモンにもよりますし、ジャラランガは音を使いこなすスタイルでもあります。でも、戦い方と強くなる方法は一つでは、ないのかもしれませんね」
    「だね。オレもジャラランガも技の威力を上げるだけじゃなくて、音を鳴らすだけじゃなくてもっと戦法とかいろいろ見直してみるよ。そのことに気づけただけでも、バトルして良かった! ありがと!」

     ストレートな物言いのヒエンにガーベラは一瞬反応が遅れる。最初はヒエンの対戦相手が自分でいいのだろうか、ふさわしいのかと悩んでいたガーベラは、ヒエンに自分が相手で良かったと言ってもらえて戸惑いもしたが、嬉しかったのだ。その嬉しさを噛みしめ、ガーベラは礼を返す。

    「こちらこそ……ヒエン君、お互い強くなりましょう。そしてまたいずれ、バトルしましょうね」
    「分かった! その時はガー姉ちゃんもソテツさんも万全の体調で来てくれよな? オレは二人とバトルしたいからさ」
    「はい。ソテツさんにもよく言い聞かせておきますね」
    「やった! ってー、そういやソテツさん大丈夫かな」
    「おそらくは、大丈夫だと思います。ほら」

     ガーベラの指差す方には、トロピウスの背中にもたれかかるようにして寝ているソテツの姿が。

    「『ブレイジングソウルビート』近くで聞いていたはずなんだけど、よく眠れるなあ」
    「そこはほら、耳栓渡しておきました。あとはトロピウスのフルーティーな香りに包まれて熟睡コースです」
    「もうちょっと寝かせてあげようか」
    「ですね。では、おやつにトロピウスの首についてるきのみ食べますか? 甘くて美味しいですよ」
    「いいの、やったっ」

     そうして二人は、きのみを食べながら、午後の昼下がりを談笑して過ごした。
     二徹だったソテツが目を覚ましたのは、夕時だったという。


    **************************

    あとがき

    バトル描写書き合い会といいつつ長編で連載中の明け色のチェイサー短編で描きたかった話とうまく融和できそうだったので、書いてしまいました。

    以下、今回のジャラランガとロズレイドの構成です。

    ジャラランガ♂ 特性ぼうだん アイテム ジャラランガZ
    スケルスノイズ(ブレイジングソウルビート) ドラゴンクロー ドレインパンチ きしかいせい

    ロズレイド♀ 特性どくのトゲ アイテム くろいヘドロ
    ヘドロばくだん なやみのタネ グラスフィールド ギガドレイン


      [No.4070] バトルイズコミュニケーション 投稿者:P   投稿日:2018/02/15(Thu) 20:56:35     90clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     目と目が合ったらポケモン勝負、はトレーナーの常識の一つだ。見えるところに携えたモンスターボールはその勝負を受け入れる証でもある。
     男は自分の腰に提げたそれを、ポケモンを繰り出す動作の前準備として素早く撫でていく。既に勝負のためのルーチンの一つと化した動き。指先がつるりとした表面を通る度、始まる勝負に向けて気分が昂ぶっていくのが分かる。ボールの中に収まっていながらポケモンたちもまた高揚を隠さず、ボールごとがたがたと震えている。
     男の視線は真っ直ぐに、相対したトレーナーの動作へと注がれていた。ポニ大峡谷に吹き付ける強風に煽られた麦わら帽を片手で押さえながら、もう片方の手で鞄の中へ手を伸ばす観光客の女へ。
     人里さえ数えるほどのポニ島だ。雄大な大自然が残ると言えば聞こえはいい。その実が強力な野生ポケモンの多く棲む場所であることはアローラの住人ならずとも旅の経験があるポケモントレーナーならば察しはつくだろう。この島に長く住まう男でさえ、帰り道の不意の野生ポケモンへ備えるためバトルに使うポケモンも相手取るポケモンも一匹に留めるというポリシーを貫いているほどだ。
     そんな島に一人で足を踏み入れて大峡谷まで辿り着くことができる実力あるトレーナー。この場所にいるということは、女はそういう人物であるということだった。
     年若い女だ。大峡谷の外周、バトルフィールドに選ばれた平地を挟んで男と向かい合う姿を誰かが見たのなら親子とさえ見えるような。だからこそ面白いんだと男は心中でほくそ笑んだ。島巡りの一環としてこの地を訪れるトレーナーにも若くしてポケモンと通じた少年少女は多い。だがアローラの外にも若年ながらに実力あるトレーナーは溢れている。
     男はここでそんなトレーナーを待ち構えるのが好きだった。いつか勝負したホウエン出身の相手に、ナックラーのような男だと形容されたことさえあるほどに。
     見つめる先の女は早々と選定を終え、鞄から取り出したボールを高々と投げ上げる。現れたのは両手に紅青の薔薇のブーケを携えたポケモン。すらりとした二足歩行の姿、仮面じみた模様を持つ顔。頭髪とも花弁とも取れる頭部の白を残して全身を覆う緑の体色、そしてその両腕がその身に纏うタイプを教えている。
     しかし読み取ったそれを男が自らの選定に活かすには今一歩遅かった。相手を目にした時には既に男は繰り出すべきポケモンを決め、次の動作へ移っていた。
     腰に並ぶボールからひときわ大きく震える一つを選び取って、男はポケモンを放つ。見もせずに選んだからといってそれがどの種族か分からないほど手持ちとの付き合いは短くない。ベテラントレーナーとして、男は人一倍ポケモンバトルに対する自負を持っている。
     紅白のボールが空中で弾ける。データの光が一瞬にして固体へと変わり、鎧に身を固めた二足の人型竜が地を踏む。
     
    「わ、ジャラランガ? だよね! ちょうど見に行くところだったんだ、もう生で見られるなんてラッキー!」

     一鳴きと打ち鳴らす両の拳、その腕と尾に広がる鱗のそれぞれがぶつかり合うけたたましい音で目前の相手を威嚇する姿を目にして女が歓声を上げる。戦闘の緊張感を削ぐような黄色い声に、男は僅かばかり眉を顰めた。
     対する女のポケモンは受ける威圧も背後の高い声もどこ吹く風といった調子で、隙なくジャラランガの出方を窺っている。このポケモンが相当に鍛えられていることは間違いがなかった。両腕、足、尾、鱗。女の口ぶりからすれば初めて見るはずのポケモンに対して、攻撃の起点となるであろう部位を的確に判断し警戒していることが読み取れた。
     誰かの鍛え上げたポケモンを借りてここまで来たか。あるいはこの女が、今そうは見えずとも手持ちをここまで鍛え上げるだけの力を持つのか。
     その判断を、男は観察ではなく一声に任せた。
     
    「まずは小手調べだ、これだけで倒れてくれるなよ!」

     その言葉を聞くや否や、三つ爪を備えたジャラランガの脚が力強く地を蹴った。技名を呼ぶことすら要らないほどに男にもジャラランガ自身にも慣れ親しんだ、幾度となくこの場で繰り返してきた「小手調べ」の動きにして、最も自信を持つ一人と一匹にとっての言わば基本動作。
     鎧の下に隠された筋肉が力強く躍動する。相手の身長は自身の半分、横幅で言えばずっと劣るだろう。そこへ下方から拳を叩き込むためにジャラランガはごく低い前傾姿勢でその懐へと飛び込んで、そのまま片脚で踏み切った。格闘タイプの膂力を受け止めるにはあまりにも華奢と見える身体へ叩き込まれる、容赦のない『スカイアッパー』。
     吹き飛ぶ小さな身体が描く軌跡は、初めこそ放物線を描いていた。その動きはすぐに何かにつかえたように停止する。苦しげな声を僅かに漏らしたのは、仕掛けたばかりのジャラランガの方だった。攻撃を受け止めたと思しき片腕の花束はひしゃげ、そこに咲いた紅色の花は無残にも散りかけている。しかしもう片方の花束の奥からは蔦が伸び、備えた無数の棘をスパイクにジャラランガの片腕をしっかりと捉えていた。

    「いい感じ! 逃げられないうちにどくどく仕込んじゃって!」

     女の声とともに未だ鎧竜の腕に巻き付いたままの蔦が脈動した。鱗に弾かれようと、鎧を纏わぬ肉へ深々と突き刺さった無数の棘が、内に秘した中空から注射針じみて毒を送り込む。
     その切れ長の面差しをとっても細い体躯をとっても流麗、優雅と称されて遜色ないポケモンだろう。しかしマスクのように顔を覆う部位から覗く赤い目の纏った雰囲気は、踊り子のような気品や科からはかけ離れていた。そこにあるのは、遠く噂に聞くポケモンマフィアもかくやというほどの冷徹さ。
     
    「なんだ、全部計算のうちって訳かい?」
    「アローラ、ロズレイドいないんだってね。あんまり毒タイプっぽくないってみんな言うから、これがよく決まるんだ!」

     勝利どころか策一つを決めただけながら、女は未だもって脳天気な表情でピースサインを決める。細められた瞼の奥にある目が笑っていないのが自分の思い違いかどうか、男は考えるのをやめた。
     仕掛けられた罠に自分達がまんまとはまってしまったのは明白な事実だ。ジャラランガは攻撃の要の一つである利き腕を捉えられ、今もその身のうちに広がりゆく異物の感触に顔を顰めている。相手が毒タイプであった以上、いくら体格差があるとはいえ先ほど放った拳の一撃も大した手傷を与えてはいないだろう。男もジャラランガも己の不利をよく理解していた。けれど同時に、それが覆せないほどのものではないとも確信していた。
     男がジャラランガを見る。その表情は身体を駆け巡る毒がもたらす苦痛に歪みながらも、まだまだ闘志を失ってはいない。むしろその心中でふつふつと煮えたぎる己の不甲斐なさと自分を陥れた相手への怒りのせいで、戦意はますます増しているようだった。
     
    「ならその目論見、もろとも焼き捨ててやろうか! ジャラランガ、かえんほうしゃ!」
    「えっ、なっ、使え、あーっ逃げてー!!」

     指示が飛ぶや否や、待ちに待ったとばかり竜の口ががばりと開く。その目に浮かぶ憤怒をそのまま具現化したような紅蓮の炎が見る間に喉奥から噴き出し、驚きに目を見開いた目前の相手へ襲いかかった。二匹を繋ぐ蔦は高熱の前にあっという間に黒く焼け落ちて灰へと変わり、トレーナーの高い悲鳴を背景にしてロズレイドは半ば転げ回るようにしゃにむに距離を取りその魔手の範囲から逃れる。
    「一度止まれ、待つんだ! 相手をよく見ろ!」
     
     無事解放されたジャラランガも追おうとしたその動きを自らのトレーナーに制され、不承の意志をありありと宿す鳴き声を上げつつも足を留めた。
     未だ感情の動きが収まらないと見える女は自分のポケモンよりもよほど震え怯えた顔をしながら、ジャラランガとトレーナーに信じられないものを見る目を向ける。
     
    「吐けるんなら最初から使えばいいじゃない!? 草ポケモンでしょどうみても! 草は炎に弱い、何ならトレーナーデビュー前の幼稚園児だって知ってるでしょ!?」
    「何、焼いて一発で倒れたって面白くないんでね。半端な奴ならあれだけで沈むんだ、試すには十分だった」
    「しんじらんない」

     思わずといった調子で呟く女の言葉に付き合う理由ももはや特にないことを、男は十分に承知していた。その実力を感じさせない軽い態度、毒を打ち込んでからの引き延ばしのような会話。本当にこの女の振る舞いは、どこからどこまでが計算してのことなのかがさっぱり分からなかった。
     焦げた臭いと煙を上げながら遠ざかったロズレイドが、体表に僅かくすぶる火を潰れた方のブーケで叩いて消していた。至近距離からの弱点属性技。疑いようもない痛打を与えたとはいえ、この底の読めない相手をジャラランガの怒りにまかせて深追いすれば先ほどの二の舞となるのは目に見えている。男は迎え撃つ側へと回る心積もりだった。まさしく先ほどの相手が行ったように。
     毒以外の手傷は片腕、それだけだ。過剰に時間をかければ毒が回りきるといえども、倒れるまで一刻一秒を争うほどに状況が切迫してはいない。焦りを覚えるような状況に置かれているのはジャラランガではなく、カードが割れた上に深手を負っているロズレイドのはずだ。その手の内がまだ見えきっていなくとも、何か必ずあと一度仕掛けてくると男は確信していた。
     敵が至近から外れたことで頭に上った血がいくらかは落ち着いたのか。待機を命じられた拳竜は今や主人の意図するところを汲み、その鋭い視線は再び二足で立ち上がった相手を注視している。技の起点となった両腕、同じ機能を持つとも知れない頭部に咲いた花がどこを向いているのか。その仮面の奥に隠された眼がどこを窺うのか。そのか細い脚に力の籠もる兆候はないか。その一挙手一投足へと注意を向けながら、いつ動きがあれども迎え撃ってやると言わんばかりに尾を揺らす。眼差しと鳴り響く騒音に宿る恫喝の色。
     
    「だいじょうぶ、だいじょうぶ! ロズレイド! 私たちまだまだ絶対有利、わかってるでしょ?」

     弱った身体でその無言の圧力を受け止める手持ちへ女が言葉を掛けた。硬いもののぶつかり合う音の中でもよく通る高い声、明るく弾んだ口ぶりと自信に満ち溢れた目つきは勇気づけるため無理矢理に繕ったという風ではない。本心から無邪気に言葉通りのことを信じているのだろうと思わせる姿。
     その背に声援を受けたロズレイドの口元が、滲み出る自負にわずかに弧を描く。くるぞ、という男の言葉は発せられることがなかった。首元から背にかけて、そして尾、それに肩から腕。前に立って己と同じ方向を見つめる相棒の全身に力が込められたのを、自分と同じ予感を確かに感じていることを見て取ったからだ。
     女は笑みを崩さない。高まる感情に合わせて自分までもが拳を突き出しながら、高らかに命じる。
     
    「やっちゃえ! 『ベノムショック』!!」
    「絶対に通すな!!」

     その技名を耳にした瞬間に男は叫んでいた。もっともあっては欲しくなかった隠し球は、まだ相手の手中にあったのだ。
     確かにその音を聞き取ったロズレイドは両手を素早く擦り合わせ、その勢いのまま片腕を相手へと向けた。先から噴き出した、その二つの花色が交じり合ったかのような色の液体が捉えたのは残像。
     いつでも動けるよう準備を整えた状況を存分に活かし横飛びで逃れたジャラランガは、二射三射の追撃も軽快な動きで回避していく。格闘タイプの例に漏れずジャラランガの運動能力は決して低くはない。根を張ったように一点から動かないロズレイドが繰り出す直線の攻撃をかわすのはそう難しくもないことだ。
     しかし男にはこれがいつまでも続けられることではないのも分かっていた。激しい動きはそれだけ全身の毒を巡らせる。そして今もって放たれ続けているあのけばげばしい色の毒液は、別種の毒と反応してその効力を大幅に増幅する代物だ。当たったが最後、身体の内外からの毒に苛まれてジャラランガは戦う気力を失うだろう。その前にロズレイドへ最後の一撃を加える必要があった。
     だがそのために必要な、どうやって、の部分を決定的に欠いている。近づいて技を放とうとするのは自らあの毒へ頭を突っ込みに行くようなものだ。勢いを乗せなくとも放てる炎や爆音は、放つべく脚を止め体勢を整えるところを狙い撃たれるだろう。
     男が考えを振り絞る間も、鋼の鱗が立てる金属音は絶え間なく響き続けている。それしかないと結論づけるまでそう長くはかからなかった。その終着点に辿り着いた瞬間に口元が楽しげに歪んだのを、男は確かに自覚していた。
     
    「ゼンリョクを燃やすぞ、ジャラランガ!」

     咆吼を上げるのにも似て男が叫んだその真意を、おそらく女は理解しなかっただろう。アローラに暮らす民が重んじる「ゼンリョク」の重みは、島々を囲む海の向こうに生きる者たちの言う「全力」のそれとは異なった色を持つ。
     それは無論、自分が現在持てるすべての力をこの場で出し切るという志でもある。そしてそれと同時に、出し切った自らの力が通用しなくとも受け入れるという覚悟だ。
     黄土色の輝石がはめ込まれた黒い腕輪。それを着けた左腕と着けない右腕を交差させた瞬間にわずかに電撃のような痺れを覚える。バトルを始める自分への合図にボールを選ぶように、男にとってそれもまた一つの合図だった。これから己の全力を解き放つということの。
     力強く応じるジャラランガの一声を聞きながら伸びゆく草木のように腕を真上へめいっぱい伸ばして、そのまま両腕を広げて下ろし青空に浮かぶ太陽のような円を形作る。アローラに広がる自然になぞらえた動作のひとつひとつをこなす度に身に宿る力は膨らみ、身体の違和は広がる。けれどそれはそれは今この瞬間も毒にその身を灼かれるジャラランガを思えば気にするまでもないような感覚だった。身体の前に突き出した両手を再び合わせて、腕輪が練り上げる力を送り込む先である相棒へと伸ばす。
     一度腕を引き、手を置く位置は顔の横側。わずかに開いた口元のように合わせた掌をも同様に開く。そのまま前へと腕を伸ばせば描く形は竜の口元。それがゆっくりと開いていく様は、まさしく炎を吐き出すために開いたジャラランガの顎。
     
    「な、なにそれ――――!?」

     呆気にとられて状況を眺めていた女がようやく上げた声はもはや悲鳴じみていた。それはトレーナーが送り込んだZパワーが、今や金の燐光と化してポケモンを包み込んだことにも起因している。目に飛び込む光に瞼を細めながらも技を放ち続けるロズレイドが、後方でフィールドの全容を目にしているはずの指揮官の声にただならぬ事態を悟る。仰ぐべき指示が下される前に変化は起こった。
     躍動に伴って鎧竜の全身から放たれていた音そのものが、びりびりと空気を震わせ始めたのだ。タンバリンのように高く響くその音域は肉体が振動として感じ取るにはあまりにも高すぎるというのに。自身のトレーナーとは打って変わって冷静な様子を見せ続けていたロズレイドの表情にも繰り広げられる未知への驚愕や狼狽、そして迫り来る未知の攻撃への焦燥が浮かぶ。
     波立った心はそのまま繰り出す技にも影響し、撃ち出される毒液は精度を目に見えて欠いていく。その間を縫ってなおも跳ね回るジャラランガの動きが、現れてきた余裕の合間に一定のリズムと型をなぞり始める。
     尾や両腕を打ち合わせ、揺らし、回し、振り、掲げては下ろす。一跳びで身体の向きを変え、身体を屈めたかと思えば伸び上がる。様々な動きを交えて、全身の鱗をことさらに強く打ち鳴らす。その果てにぐっと腰を低く落とし、高々とロズレイドの頭上目掛けて跳躍する。
     もしも無策のままジャラランガがそのような動きをしたのなら、すぐさま撃ち落とされてバトルは終わりを告げていただろう。けれどそれは考え出された最適解としての行動だった。空中で膝を抱えるように身体を縮めたその姿は、全身に纏った鱗を身体の前方へと集中させるような体勢。顎を引ききった視界の確保が難しい姿勢で技を命中させる方法は一つ。すなわち、全方位へ無差別に攻撃を放つこと。
     『りゅうのはどう』にも似た、しかしそれよりもずっと強大なドラゴンタイプのオーラ。Zパワーの引き出した竜の真価が、轟音とともに解き放たれる。ロズレイドの足元、大峡谷を形作る岩が振動に耐えきれず砂へと崩れ、暴風のままに舞い上がる。
     結果の全容を二人のトレーナーが目にするには数秒の時間を要した。けれどそれよりも早く、二人は決着がついたことを理解していた。己のゼンリョクを貫いたジャラランガが上げる勝鬨の声によって。
     
    「…………終わり、だよね」
    「ああ。俺は一対一以上は、ここじゃ受けないようにしている。悪いがここで切り上げにしてくれ」
    「うん」

     上の空で短く頷いた女は、今まで目にしたものが信じられないとばかりわざとらしく数度瞬きした。もちろん何度やったところでその目に映るものは変わらない。倒れたロズレイド、未だ立ち続けるジャラランガ、削れた地面、揮発し始めている毒液の水たまり。
     そうしてようやく女は現実を呑み込んだようで、

    「……は――――、凄かった!!」

     そう、ひときわ大きく声を張った。初めてジャラランガを目にした時よりも強くその目を輝かせながら倒れた手持ちをボールへと収める。ありがと、と一声をかけながら。
     対する男は、応急処置のための薬品を取り出しながら自らのポケモンへ歩み寄る。その一歩目に少しバランスを崩すのは、Zワザを使った後としてはいつものことだ。年齢を重ねるにつれ、Zパワーが身体にもたらす負担を無視しきれなくなってきている。だとしても己のゼンリョクを振るおうと思える相手に出会い、戦えることはそれ以上に楽しかった。
     見事相手を打ち倒したジャラランガも実に満足げな表情を浮かべている。男のポケモンの中でも一番の負けず嫌いは、どうやら今日は随分機嫌良く過ごすことになりそうだ。腕の傷口に薬を吹き付けられた後、その姿もまた紅白のボールの中へ消える。
     その姿を見送った後、男は女へ目を向けた。聞きたいことはいろいろとあった。どこから来たのか、あのロズレイドというポケモンとはどれくらいの付き合いなのか、ジムバッジのような実力を証明する何かを持っているのか。
     しかし声を掛けようとした相手は、バトルの始まりにロズレイドのボールと入れ違いで鞄の中へとしまったスマートフォンをもう一度取り出して何やら写真を撮っているようだった。その意図はさほど理解できなくとも写真撮影程度ならどうせすぐに終わるだろうと待機を決め込んだ男の前で、満面の笑顔は衝撃に満ちた悲哀、そこから大きな後悔の表情へと変わる。
     
    「ああああああああああああっ!?」
    「何だ、どうした!?」

     スマートフォンを構えたまま血相を変えて勢いよくこちらを振り向く女に、男は何事かと内心慌てていた。向けられた表情が今やひどく必死なものなのもその心配に拍車を掛けた。何か、よくない連絡でも入ったのかと。
     例えば今すぐ里に下りたいというのならば取れる手段はある。荷物の中のライドギアへと手を伸ばしながら続く言葉を待つ男へ、女はスマートフォンのみならず空の片手までもを固く握り締めて叫んだ。
     
    「さっきの凄いの動画に撮れなかったー!! ねえねえもう一回やって!? あの壁とかに!」

     その言葉が男の耳に入るまでは一瞬。そこからその要求の真意を理解するのにさらに数秒。そびえ立つ大峡谷の外壁を指差してなおも甲高い声で喚き続ける女の言葉よりも、吹き抜ける風の音の方がいやによく聞こえたのは果たして男の気のせいだっただろうか。
     間近でZワザを目にする者はアローラ出身者や島巡りの経験者であろうと決して多くはない。しまキング・しまクイーンやキャプテンに代表される、Zリングを持ちZワザを扱うに相応しい実力を持つトレーナー達を相手取りながら、そのゼンリョクを出させるだけの力を備えていなければならないが故。
     この女はその一人でありながら、その力も希有さもなにひとつ理解してはいないのだ!

    「できねえよ!!!! Zワザを何だと思ってんだ!!!」
    「えーっ!? じゃああの変な踊りだけでもいいからー!!」
    「何が変だ!!! あれはアローラに伝わる――」
    「わーん!! 絶対みんなめちゃくちゃ面白がってくれるのに――――っ!!!」

     その態度へ向けた心配とその実力へ向けた敬意を思わぬ形で存分に裏切られ、思わずゼンリョクの怒号で相手を叱り飛ばす男。当てが外れ訳も分からず怒られながら、重なる不運の理由を何一つ理解できず涙に暮れる女。
     大峡谷中のトレーナーが聞いたといわれる大声は、ブレイジングソウルビートよりも遠くまで響いたという。


      [No.4069] 鱗竜咆哮・毒花繚乱 投稿者:ポリゴ糖   投稿日:2018/02/15(Thu) 20:47:06     97clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     ジャラランガの口から轟々と音を立てて放たれる一直線の炎。軌道から外れ横ざまに動いたロズレイドが迅速に行動を開始する。
     良い動きだ、僅かに相手方の方が速いか。男は口の端に笑みを浮かべた。
     遠方からのかえんほうしゃ。タイプ相性を知る者ならばこの選択に異など唱えまい。セオリー通りの動きを初手に選んだのは、これを真っ向から受けるような相手ならば、わざわざ戦うだけ無駄だと判じてジャラランガを引っ込めるつもりだった。もとより格下との諍いなど起こさぬ種族だ。そのプライドもあろう。果たして直線の炎は回避され、反撃の一手に備える。
     而して弧を描いて飛んできたのは、蠕動する藍錆の塊。
     わざわざ避けるまでもなく、腕の鱗に着弾したヘドロばくだんは、何かを為すでもなくただただ四散する。高揚した気分が一気にしぼむのを感じ、馬鹿か、と一言漏らした。撒き散らされた腐臭が鼻を突き、より一層男の戦意を萎えさせた。
     ロズレイドにとっては打てる手の限られる対ジャラランガで、知ってか知らずか特性ぼうだんには無効なヘドロばくだんを撃ち、無駄に一手を消費する。これを愚行と評さずして何だと言うのか。期待外れにも程がある。
     相手方の女は何も言わない。ただロズレイドに次の指示を出すのみ。ジャラランガはといえば、トレーナーの気分の乱高下に構わず、ただ相手を見据えて攻撃を続ける。
     再度放ったかえんほうしゃをロズレイドは避けなかった。直撃した体はみがわりのそれで、黒焦げの体は焼け落ちて崩れる。想定済みで正面から接近、下段に構えて振り抜く拳はスカイアッパー。大地をも持ち上げる一閃は空を切るも有り余る衝撃、ロズレイドは空中を伝う波を活かし飛び退き、再度みがわりを生み出して次の攻撃に備え、
     続けるのも面倒だ、さっさと終わらせてやる。
     一瞬の期待を持たせたことに、敬意を表すべきか怒りを抱くべきか。守りに徹する行動を続けるあたり、有効な手の一つも持っていないのだろう。弱点たる火炎と貫通する音波の前ではみがわりなど無意味。ただ嬲り続けて終わらせるよりは、一撃で済ませてしまった方が両者のためだ。
     突き出した両腕を頭上へ。体側を通して振り下ろし、形作るは竜の口。命ずるは必殺のZわざ。「ブレイジングソウルビート」。
     ジャラランガは一声応じ、金具を擦り合わせる音色を、頭の先から尻尾までの全身で響かせる。舞踏の如き動きで鱗を打ち鳴らす動作に、何かが来ると勘付いたらしい相手方の取った手は少なく、ただ飛び退いて爆心地から距離を置く、ということだけだった。
     脚の筋肉をフルで用い、ジャラランガが跳躍した。
     全身に力を溜め、そして――放つ。
     その場の全員の鼓膜を破る轟きだった。同族の跋扈を許さぬ竜種(ドラゴン)ならば、例外なく一波で昏倒する烈音の衝撃波。正気を保たせぬ大音響、立つことを許さぬ高圧力が、フィールドの全方位をくまなく走り、表面の砂塵のみならず岩盤までもをかち上げる。天敵たるフェアリー以外のおよそ全てを屠ってきた、ジャラランガのみが使える究極にして熾魂の一撃だった。
     終わったか、とぽつりと口走る。
     ジャラランガが、再び地上に降り立った。真っ平らだったフィールドは今や見るも無残、砂の下の岩盤は縦横の概念まで散々に破壊され尽くし、亀裂と断層の目につかない場所などどこにもない。爆音の残滓か、それとも地の底への道が開いたか、唸り声に近い低音が一帯を満たしていた。
     もうもうと舞い上がった砂塵の向こう。
     ほう、と、無意識に感嘆の声を漏らした。
     ロズレイドは倒れてはいなかった。ロズレイドの周囲に張られた透明の被膜、その周囲だけ、亀裂がほとんど達していない。Zわざにまもるを合わせ、ダメージを抑えたとみえる。被膜が消えた向こう、ロズレイドは戦闘の意志を絶やさず、こちらを見据える目には一滴の怯えすらもない。さりとて、無論ダメージなしというわけでもなく、体のあちこちに裂傷を作っていた。
     なるほど、鱗の損耗を気にしつつ押し切れるほど相手方もやわではないと知る。どこまでも諦めずただ前を向き、投げやりになって玉砕を仕掛けることもなく、そんなものはないと知っていても勝利の糸口を探ろうとする。それはいっそ貪欲さとも呼べる代物であっただろう。面白い、と男は心の内で呟いた。相手方が、ロズレイドがその集中を途切れさせ、痺れを切らし、諦めを投げ捨てるまで、とことん攻撃を加えてやろうじゃないか。
     意気軒昂のジャラランガに命じたのはスケイルノイズ。先程の激震には届かないが、それでも十分な威力が保障されている。代償として、全身から発した音撃に耐えきれない鱗がひび割れることがあるが、この期に及んでは関係のないことだ。一点に集中させた波動を、両手を突き出して放出する。
     みがわりの意味がないことくらいの知識はあったらしい。ロズレイドは正面から離脱。同時にヘドロばくだんを発射。真っ向からぶつければとても盾になどなりえないそれも、中心を離れた端の端であれば話は別だった。広域にまき散らされる音波を凌ぎ、ダメージを最低限に抑える手段としては上策。守勢に長けた相手方ならばそのまま受ける下策など取るまいが、なかなかどうして、しぶとい。
     連射したスケイルノイズはまもるで凌がれ、空気中に散っていく。次の一手。足場ごと相手の防御を崩す算段で放つはじしん。片足を持ち上げてしっかと大地を打ち据えた震動が、地面の亀裂を拡大させていく。空中に退避すればスカイアッパーの追撃を見舞い、地に足をつける暇も与えずに一気に押し切ろうと試みたが、その思考も読まれたか。地上を離れずにみがわりで凌ぐ。
     次手のかえんほうしゃ、スケイルノイズと同じようにヘドロばくだんをぶつけ、軌道を逸らした。ならばと次に選ぶはスケイルノイズ、しかしこれはまもるに防がれる。
     次、スケイルノイズ。当たるも倒すには及ばず、次、スケイルノイズ、まもるで防がれ、かえんほうしゃ、身代わりが受け、じしん、守る、かえんほうしゃ、みがわり、スケイルノイズ、まもる、じしん、みがわり、

     ジャラランガの体が、ふいに傾いだ。
     光球が一つ、ジャラランガの体から飛び出してきた。
     男がそれに気付き、それが何を意味するのか理解するのは、あまりにも遅すぎた。

     一度も攻撃など受けていない。こちらが攻勢一方、あちらが防戦一方だったのは誰から見ても明らか。
     それでも――ジャラランガは、その体力を奪われ尽くした。回避と防御に徹するロズレイドを追う足が止まり、手をつき、膝をつき、そしてその体を横たえる。吸い取られたエネルギーの光球がロズレイドの体に吸い込まれ、傷を癒す傍ら、地に伏す際に立てたジャラリという音を最後に、けたたましく鳴らしていた鱗の音調は止み、フィールドはしんと静まり返った。
     何が起きたのか、否、何が起きていたのか。男がそれを認識したのは、ジャラランガの戦闘不能を告げる審判の声が響いてからだった。
     ――最初のヘドロばくだんの意味は、それ自体のダメージではなく、その塊の内に仕込んだ、ロズレイドが一番最初にだけ使った四つ目のわざ、やどりぎのタネだったのだ。

    「やどりぎのタネとみがわり、そして――戦闘中には全く気付かなかったが――くろいヘドロを使った耐久での粘り勝ち、か。Zわざにまもるを合わせる読みの良さといい、ヘドロばくだんを無駄と見せかける手管といい、上手くできている。俺の完敗だ」
    「ちょうはつされていればその時点で降参でした。それと、貴方が私たちを取るに足らないと捉えてくれるかどうか。それが分かれ目でしたね。――対戦、ありがとうございました」
     一度握手をし、互いに背を向ける。
     戦いに生きる者たちの交わす言葉は、ただそれだけだった。


      [No.4068] マダム・ウェザーの特別講義 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2018/02/15(Thu) 20:42:09     112clap [■この記事に拍手する] [Tweet]





     とある地方のトレーナーズスクール。決して大きくはない校庭で、10人ほどの子供たちが自分のポケモンと触れ合っている。
     マリルリのしっぽで毬つきをして遊ぶ子。
     布の表情を変えるミミッキュとにらめっこをする子。
     自分の体が燃えないようにポニータの背に乗ろうとする子。
     素人が見れば遊んでいるようにしか見えないそれを、シルクのジャケットに黒のスカートを着こなした貴婦人がベンチに腰掛け厳しい目で見ている。その隣ではまるで貴婦人を飾るようにロズレイドが控えていた。

    「あちちちち……」
    「ツクモさん、もっとポニータの背中に体を預けなさい。中途半端におびえて体を離そうとするから、火に焼かれるのです」
    「は、はいマダム・ウェザー!」

     少年は指示通り、ポニータと密着し背中を撫でてやる。すると炎は小さくなり、足の周りと頭にのみ集中した。ポニータの目が細まり機嫌がよくなったのが感じられる。
     貴婦人はそれをため息を一つついてまた全体を見渡す。ここにいる子供たちは遊んでいるのではない。自分のポケモンへの理解を深める授業中なのだ。そして、この丁寧な言葉に鋭さと厳しさを併せ持つ貴婦人が教師、人呼んでマダム・ウェザーというわけである。

     そんな校庭に、一人の少女が鈴の音を鳴らしながら入ってくる。なぜか衣服のあちこちに銅色の鈴をつけているが、衣服はほつれていてみすぼらしく、穴の開いた箇所をポケモンや子供向け商品のシールでふさいでいるひどい有様だった。このスクールの生徒ではない。
     ぼさぼさに伸びた赤銅色の髪をいじりながら、少女は貴婦人に尋ねた。生徒たちは不思議そうに少女を見ている。

    「おばちゃんがこの学校の先生なんでしょ。600族っていうポケモン達のこと知ってる?」
    「600族……疑似伝説、とも言われる強力なポケモンの事ですね」

     いきなり入ってきてなんですか、とは言わない。ここはトレーナーズスクール。ポケモントレーナーがいきなり入ってきて勝負を挑んできたりするくらいは慣れっこだ。

    「おばちゃんは一番強い600族って、どのポケモンだと思う?」
    「ふむ……」
    「えー、そんなの、ガブリアスに決まって……」
    「お黙りなさい」

     少女の何かを期待した問いに、貴婦人は考える。この少女が求めているのはガブリアスやメタグロス……ではないだろう。そんな答えなら、わざわざ道路に出て見知らぬ人に聞かずとも学校の先生なり友人なりインターネットでいくらでも聞けるはずだ。
     改めて少女を見る。かなり着古している割にサイズがぶかぶかで合っていない服が覆う体はまだ子供、いいとこ10歳に見えた。彼女の瞳はもじもじしながら自分を見つめている。ならば、サザンドラやバンギラス、ボーマンダも考えにくい。あれは気弱な女の子が憧れるものではないだろう。
     
    「カイリュー……ですかね。全てを半減する万能の鱗<<マルチスケイル>>に神速の動き。わたくしはそう思います」

     ヌメルゴンとの二択で迷ったが、あのぬめぬめは生理的に受け付けない人も少なくない。進化前のミニリュウは可愛らしさがあり、カイリューも普段は優しいポケモンだ。これが一番無難だと思い答える。

    「そう……カイリュー……やっぱり……」

     少女は俯き、肩を震わせる。貴婦人は立ち上がり、少女から距離を取った。同意するような言葉だが、この雰囲気はおかしい。

    「じゃあおばちゃん、ポケモンバトルしよう。本当に最強の600族がだれなのか……私とこの子が、教えてあげる!」

     少女がポケットから出したのは、貴婦人と同等の背丈、しかしその体積は何倍も違う巨躯。鎖がかすれ合う音を響かせてただ体を動かすだけで咆哮となるポケモン、ジャラランガが少女と貴婦人の間に現れた。

    「ジャラランガ……ああ、そんなポケモンもいましたね。どうやらやるみたいですよ、ロズレイドさん」

     思い出したように笑う貴婦人。ロズレイドが薔薇の中から棘まみれの蔓を覗かせ、戦闘態勢に入る。
     アローラという未開だった土地に住む600族に認定されたポケモン。しかしその戦闘性能は弱点の脆さや器用貧乏な能力、特殊な技のデメリットなどから決して強くないと貴婦人は認識していた。
     そんな思考で口にした何気ない言葉が、その少女を深く傷つけた。細い体がわなわなと震え、怒りに叫ぶ。

    「ソンナケモンモイマシタネ……? そんなポケモンもいましたね!? そこまで侮辱されたのは生まれて初めて……絶対に許さない!」
    「やれやれ、ルールは一対一で構いませんね? ジャラランガしか持っていなさそうですし」

     つまり、こういうことだ。この少女は多分今まで何回も道行くトレーナーに同じ質問をしている。そしてジャラランガ以外のポケモンを答えたが最後、バトルで強さを思い知らせたのだろう。

    「一撃で終わらせる!ジャラランガ、Z技行くよ!」
    「皆さんは下がっていてください。ここからは特別講義の時間……わたくしのバトルを見て勉強なさい」

     少女とジャラランガの間でZリングが反応し、ジャラランガが己の体を打ち鳴らす。鳴子のような音を何度も響かせ、自分の中でのリズムが取れたところで――曇天の空へ飛びあがり、その気流の流れすらも音の力に変えて最大パワーの一撃を放つ。

    「私達の叫びに頭蓋を砕かれ、脳を揺らせ、刻み込め!!『ブレイジングソウルビートッ』!!」
    「ロズレイドさん、『守る』」

     避ける空間などありもしない。さっきまで貴婦人が座っていたベンチを粉砕するほどの音が全てを揺らす、必中の大音波。それをロズレイドは青い薔薇から大きな水球を出現させ、貴婦人と自分を覆う。だがその守りも弾け、音のダメージが二人を襲う。

    「はあっ、はあっ、はあっ……どうだ!これがジャラランガの本当の力!脳が震えて何もできないでしょ!」

     Z技というのはトレーナーも体力を使う。荒く息をついて、少女は勝ち誇った。初手で超強烈な音波を発生させ、ポケモンに大ダメージを与えつつ、そのそばにいる人間の脳を揺らし、まともな判断を不可能にする。ジャラランガだけの切り札と少女は自認していた。


    「まったく、世も末ですね……まともな教育を受けていない子供がこんな強力なポケモンを操る世の中になってしまうなんて……」
    「!!」

     
     だが、貴婦人は平然としている。軽く耳をトントンと叩いているものの、脳震盪には陥っていない。ロズレイドも、平然と立ち上がり戦意を向けている。

    「あり得ないみたいな顔をしていますが、別に不思議なことではありませんよ。衝撃というのは、距離や間に置かれたものによって減衰するものです。天候を雨にしてロズレイドさんが作った水の壁は、貴方の騒音を全てとは言わずとも、致命的にならない程度に防ぐには十分だったということです」
    「意味が分からない……」
    「でしょうね。あなたのような無教養な子供には。しかし、生徒の皆さんはわかりますね? わたくしが何故水による防御をしたか」

     例えば水面に石を落とした時、石の大きさや勢い次第では相当遠くまで音が響く。だが同時に生まれる波紋は、勢いや大きさが強くても水が大きく変形するだけでさほど大きく広がりはしない。貴婦人とロズレイドを大きく覆った水は弾けとんだものの、そのはじけ飛ぶのに使われたエネルギーでダメージを殺したのだ。

    「そして貴方にも教えてあげましょう。そもそも貴方のそれはポケモンバトルではありません。ボクシングをしようとしている相手にリングの外からミサイルを撃って殺して自分の方が強いと息巻いているようなものです。ジャラランガというポケモンはともかく、貴方は強くも何ともありませんね」
    「……ふざけるな!私たちは強い!」
    「ホッホッホ……なら見せてもらいましょうか、あなた達のポケモンバトルを!ロズレイドさん、『眠り粉』!」

     ロズレイドの頭から、相手を眠らせる粉が飛ぶ。それは正確にジャラランガの顔を叩く。が、全く眠る様子はない。

    「効かないっ、そんなもの!ジャラランガは『防塵』を持ってる!馬鹿にしないで!!」
    「特性を確認しただけの行為を馬鹿にされたと被害妄想ですか……どっちにしても、会話のできない子ですね」
    「うるさいっ!『火炎放射』!」
    「……ロズレイドさん、『ウェザーボール』」

     ジャラランガが炎を吐き、ロズレイドが青い薔薇から大きな水の球を撃ちだす。炎はロズレイドの弱点だが、雨の中での『ウェザーボール』は強力な水技。こちらの方が押し切れる……そう読んだが、炎と水は相殺しあった。

    「『スケイルノイズッ』!!」
    「ロズレイドさん、『リーフストーム』!」

     初手のZ技ほどではないにせよ強烈な音波を、草タイプ最強クラスの技で応戦する。やはり本来の威力はロズレイドが勝るはずだが、鱗の音波と草の嵐は互角に打ち消し合った。

    「『ブレイジングソウルビート』はただの攻撃技じゃない。この技を発動した後ジャラランガは全ての能力がアップする!ポケモンバトルじゃないなんて言ったこと、取り消して!」
    「なるほど……専用のZ技が存在したのですか。確かにそれは、知りませんでしたね」

     貴婦人の知るポケモンバトルの知識はアローラのポケモン達の存在が世界に知られたころまで。特殊なZ技を持つものがいることは聞き及んでいたがジャラランガがそうだとまでは知らなかった。常に持たせているしろいハーブでロズレイドの特攻を戻しつつ、戦略を切り替える。

    「踏みつぶしてあげる!『地震』!」
    「手間が省けますね。ロズレイドさん、『グラスフィールド』を」

     相手の地面を揺らす衝撃に合わせるように、地面に蔦を這わせ大地を支配する。木々の育った山で土砂崩れが起きにくいように、その蔦が地面の衝撃を減らした。更にフィールドの効果でロズレイドの体力は回復していく。

    「『グラスフィールド』は地面にいるポケモンの体力を回復させ、さらに地面技の攻撃を和らげます。相手の地震に合わせて打つことで無駄なく守りと回復を一体にすることができる。参考にしてくださいね」
    「とっておきを見せてあげるっ!『スカイアッパー』!!」
    「何ですって……?」

     ジャラランガが地面に踏み込む。『スカイアッパー』はジャラランガの得意技とされている。しかしあれは宙に浮く相手に大きな効果を発揮するもの。ジャラランガよりも体が小さく地面に足をつけるロズレイドには有効打とは言えない。貴婦人は訝しむ。
     しかし、足元を沈下させたジャラランガの体はさらに深く沈んでいく。『地震』によって地面を崩すことで大地を傾けたように踏み込みが深くなり前傾姿勢へ変化、ついにはクラウチングスタートを切る選手のように低く沈む。本来『スカイアッパー』は立っている状態から大地と垂直に腕と体を振り上げるものだ。だが今のほぼ体を大地と水平に近づけた状態から同じ動きをすれば、それは大きく前へ進むことになる。原始の巨体、トリケラトプスの突進にも等しい。

    「これで終わりにする……いけええええ!!」
    「ロズレイドさん、『タネマシンガン』!」

     向かってくるジャラランガをロズレイドは種子の掃射で迎え撃つ。グラスフィールドの効果で強化され、無数に飛んでいく弾も、恐竜の突進の前では分が悪い。止めるに止めきれず――ロズレイドの体が大きく吹き飛ばれた。今度こそ、少女が勝利に胸を撫でおろす。貴婦人も瞳を閉じた。

    「終わりですか……」
    「さあ、これで私たちの強さわかってくれたよね!もう一度聞いたら……ジャラランガが一番強いって答えてくれるよね!?」
    「認識を改める機会にはなりましたよ。貴方はいい教材になってくれました」
    「そんなこと聞いてないっ!ジャラランガ、『スケイルノイズ』!頭蓋を砕き脳を揺らせ!」

     ジャラランガが、激しく己の体を振った。ジャラランガだけが持つ特殊な鱗はその舞によって激しい音を放ち、対象を音で破壊する一撃を放つことが出来る。
     だが――この時だけは、音が響くことはなかった。舞が空しく空気を斬り、腕を振り回すただの風切り音が聞こえるだけだ。


    「ですから終わりなんですよ。このポケモンバトル……貴方の負けです。ロズレイドさん、『マジカルシャイン』!」

     
     むくりと立ち上がったロズレイドが、強烈な光を放ちジャラランガの目を潰した。ジャラランガの弱点、フェアリータイプによる一撃。これでしばらくは視界が効かない。

    「なん、で……もう一回、『スケイルノイズ』!」

     視界を奪われては、音で広範囲を襲うしかない。だがいくら体を振っても、音は出ない。鱗が、揺れない。

    「いいですか皆さん。ポケモンバトルとは、600族などの種族値やタイプ、使える技など知識は必要ですが、知識だけではこのようなことになってしまいます」

     貴婦人は距離をとってみている生徒たちに講釈をする。ジャラランガを操る少女を悪い見本として。

    「常々言っていますが、このポケモンはなぜこの技を使えるのか?またなぜこの技が得意なのか?それを直接ポケモンに触れ合うことで理解し、その知恵を生かすことが肝要です。……種明かしといきましょうか。さっきの『タネマシンガン』はあなたの一番自信がある音技を封じるために使ったんですよ」
    「なんで……あんな種粒で、ジャラランガが倒せるはずない」
    「まだわからないのですか? ジャラランガが音を出せるのは、鱗の可動域が広く体を動かせば鱗が揺れ固い皮膚に当たるから。しかし鱗と皮膚の間にぎっしりタネが詰まってしまえばいつもの音にはなりませんし。そもそも鱗の動く場所自体にタネがつまって体を動かしても鱗が動かなくなってしまったらぐうの音も出ない。そうなった貴女のジャラランガは、ただの鈍重な爬虫類に過ぎません」
    「う……」
    「最初に『眠り粉』を使ったのもこのため。特性が『防弾』のジャラランガは『タネマシンガン』や『ウェザーボール』が効きませんからね。そんなことにも気付けず、わざわざ音技でとどめを刺そうとするとは……やっぱりあなたは弱い子でしたね。約束通り、お灸を据えてあげましょう」

     貴婦人は鋭く、叱りつける目で少女を見る。少女の肩がびくりとはねた。Z技を使われる前に先手を打って発動しておいた『雨乞い』が晴れ、『日本晴れ』によって強い日差しが差す。
     そして、ロズレイドの真上、貴婦人よりも数メートル頭上にまるで太陽のミニチュア、それでもジャラランガの体積よりも大きく炎よりも熱いエネルギーの塊が出現した。
     少女が余りの光に思わず目をつむる。しかし顔をそらせない。そうすれば、すぐさまこの太陽は自分とジャラランガを焼き尽くす。そう直観できてしまう。

    「ご、ごめんなさい……私の負けだから……これ以上はやめて!」  
    「わたくしはね、勝手に入ってきて強くもないのに一方的に持論を押し付ける。そんな子供を見ていると我慢ならないんですよ」
    「も、もうしないから!!もうここに来ないから!お願い、やめて!」
    「許しません。どうせここから逃げてもまた別の場所で同じことをするんでしょう?そんな人生は、わたくしが終わらせてあげます!!」

     喝を入れるがごとく鋭い貴婦人の声に、少女がわっと声をあげて泣く。泣いて、膝をついて、それでも叫ぶ。

    「いやだ!まだ死にたくない!私とこの子を捨てたパパとママに、私たちは強いんだって証明するまでは死にたくない!」

     ひれ伏し、文字通り泣いて謝る。自分は小さいころ手持ちの中で一番使えないと言われたジャラランガと一緒に山に捨てられたのだ。それが憎くて悔しくて、見返すために自分たちが最強だと町の外の道路やトレーナーズスクールで触れ回っていたのだと聞いてもいないことをしゃべる。
     貴婦人は一通り聞いた後、最後通告をした。


    「いいでしょう。あなたに残された道はただ一つ──わたくしの生徒としてポケモンバトルの本当の強さを学ぶことのみです」
    「え……?」


     全く予想していなかった言葉に少女が泣き止み、ポカンとする。ロズレイドの出した炎の『ウェザーボール』が消え、日差しが元に戻っていく。

    「強くなって見返したいのでしょう? ならば貴方のすべきことは道場破りではなく、一度きちんと道場で学ぶことです。本来やや使いづらい『スカイアッパー』をあのような形で強力な技に変えたのは見事でした。わたくしの下で学べば、貴方は今よりはるかに強くなれます」
    「で、でも学校に入るお金なんてない……」
    「構いませんよ、立派なトレーナーになって賞金で返してくれれば……ここにいるのは、おおむね貴方たちのような子供達ですから」

     遠巻きに、しかし貴婦人のバトルを見ていた子供たちが駆け寄り、少女に優しく笑いかける。ようやく視界の回復したジャラランガが自分の主である少女に近づく者たちを威嚇しようしたが。

    「いいの、ジャラランガ。私たちの負け……今日からここで、もっと強くなろう」

     少女の涙は、恐怖からうれし涙に変わっていた。貴婦人はそれを見て、手を口元に持っていき笑った。


    「ただし覚悟しておいてくださいね、わたくしの講義は厳しいですから……では皆さん、改めてこの子を加え授業を再開しましょう!ホーッホッホッホ!!」


     それから数年後、この少女はジャラランガの使い手として名を馳せることになるのだが、それはまた別の話──


      [No.4067] VS 妖精閃光(マジカルシャイン) 投稿者:あきはばら博士   投稿日:2018/02/15(Thu) 20:28:26     128clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     なんでこんなことになったのか……。
     アンジュは頭を抱えたかった。
     次の大会に向けて練習をしようと野良バトルの募集を掛けていたところ、捕まったのがこの男。

     赤紫色のテカテカピチピチの密着度が高めのボディスーツを身に着けて、さらにそこには何かを勘違いしたような、子どものオモチャみたいな金ピカの装飾品が付属している。
    (ダセェ……)
     というのが素直な感想。さらにヤバイのはそこに青黒いマントである。いまどきマントってなんだよ。
    「はじめまして、俺はドラゴン使いのターフェ」
     うんうん、ドラゴン使いは知ってる、見れば分かる。かつてトレーナージョブ名鑑で一際異彩を放っていた、密着度の高いクソダサスーツ+マント姿のレア職業、こんな格好で道を歩くなど罰ゲームじゃないかと「いや、こんなヤツいるわけねぇだろww」「だよねーww」と友達と盛り上がっていたのが懐かしい。
    (いたよ……)
     本当にいたよ。
     トレーナージョブとはトレーナーの年齢・性別・バッチ数・資格などで名乗ることができる称号である。それぞれに推奨される服装はあるが、守る必要はない。例えば私のジョブ名は『ミニスカート』だがミニなんて履いてないし、短パンを履いてない短パン小僧も多い。ブリーダーやドクターなど名乗るために資格が必要なジョブもあり、多分だけどドラゴン使いを名乗るというのは一種ステータスだろうし、普通では入れない場所も入れるかもしれない、だからと言ってあんな恥ずかしい服を着る必要は無いと思うのに。
     うわ、なんか股間がちょっともっこりしてる。見たくないけど。
    「シングル、1対1でいいかな?」
    「あ、はい」
    「ソナリ、任せた」
     彼は私の心境など露にも気にしてないようで、ジャラランガを出してきた。
    「うーん、出番よ ローヌ」
     私はドラゴンタイプに強い手持ちはいなかったので、ロズレイドを出した。


     ▲  ▲  ▲  ▲


    「アンジュです、対戦よろしくお願いします」
     お互いにポケモン出し終えたので、ミニスカートのアンジュはとりあえず、対戦の挨拶をした。
    「うむ、ではっ! 逆鱗(さかさうろこ)に懸けて勝利を誓う!」
     彼は自らの口上と共に、くるっと体を反転して自らのマントをアンジュに見せつける、マントの後ろには、▼を3つ組み合わせた、ちょうどトライ〇ォースをひっくり返したデザインの紋章が描かれていた。
    「【逆鱗狩り】のターフェ、いざ参る!」
     そして顔だけこっちを見て、笑顔で前歯がキラーン。
     そこでアンジュの腹筋が崩壊した。
     突然入ってしまった笑いのツボに、口を押えて必死に踏みとどまるがもうだめだ、口元がによによして耐えられない。個性的な服に、まさかの二つ名を名乗ってくるという衝撃、そこにもっこりした股間がちらっと見えて、さらに自爆。
    「竜の舞だ」
    「くっ、ふふ……ぐっ、あっ待って」
     お互いにポケモンを出して、名乗り合った時点で、残念ながら戦いは始まっている。こうして体調の不良を訴えて相手が油断したところを騙し討ちにする悪どい手法も横行しているため、このように多少の様子がおかしくても手加減は無用である。
     竜が空中で旋回する様子をイメージしたと言われる、妖しい円を描くような踊りを始めるジャラランガ。
     動きの激しい踊りにあわせて鱗が打ち鳴らされて、じゃらんじゃららんと優美な響きを奏で始める。
     練度と完成度の高い舞だからこそ起こる、その音色には嘆賞の一つくらいは残したい出来映えだったが、あいにく腹筋がそれどころじゃない、いっそのことこのまま地面に転がって、気が済むまで心置きなく笑い転げてしまえばすっきり収まるだろうと思うのだが、もどかしい、こうして無理に我慢するから笑いも増幅されるため、堪えれば堪えるほど呼吸ができない。
    「くく、うう、ロ、ローヌ。マジカルシャイン」
     先ほどから主人の様子が気になってしょうがなくて、後ろをチラチラみていたロズレイドだったが、主人に戦闘続行の意思があったので、意を決して身体に力を溜めて、[マジカルシャイン]を放出する。
    「ソナリ、舞いながら、ラスターリフレクト」
     ジャラランガは目を閉じて、竜の舞の動きをそのままに、その全身の鱗が鏡のように輝き出す。そこに聖なる閃光が当たると、キラキラとその光を乱反射させて、光輝きながら舞い踊る。マジカルシャインの閃光を浴び……いや閃光を跳ね返しながら[りゅうのまい]を踊り続けた。
     ラスターカノンのワザの原理とは『鋼の表面の光の反射力を利用して、その光を操作して攻撃する』という手順が行われている。ジャラランガはラスターカノンの一部を利用して、受けた光を吸収せずに反射させて弾くという手段でマジカルシャインのダメージを受け流しているのだ。

     笑いが急だったこともあってか、アンジュの笑いは波が引くようして急に収まり、ようやく腹筋に平穏が訪れて、落ち着きを取り戻していた。彼女は思い出し笑いをしないように必死に真顔で、目の前の状況を見る。だが、眩しすぎてよく見えない。
     フェアリー技はジャラランガに効果抜群であり、照射系の全体攻撃なので目を瞑ったり耳を塞いだり横に逃げるなどで防御できるワザではないため、回避が困難である。またバトルフィールドを埋め尽くす眩い閃光に目がくらんで、今がどういう状況になっているのかがまるで把握できてなかったが。着実にダメージは通っているものだとアンジュは思っていた。

     戦局が動いたのは2回分のマジカルシャインの照射を終えたところ、トレーナーのアンジュの眼が慣れてきて、さすがに何かがおかしいと気付いた時だった。状況を確認するべくワザを止めて、ロズレイドは次の動きに備えて呼吸を整える。
     ターフェはこの瞬間を待っていた。機は熟した、腕を横にきって、指示を下す。
    「――逆鱗 解放」
    『ヴォオオオオーーーーーン!!!』
     ジャラランガは舞を止め、劈(つんざ)く雄叫びをあげて、禍々しい赤いオーラを纏わせる。咆吼に併せてジャラランガの鱗が細かく共鳴し、響きを鳴らす。
     そして両腕をダランと垂らし、湧き上がる[げきりん]のオーラに包まれながら、脱力をする。
    「備えながら、牽制、マジカルリーフ」
     アンジュはマジカルリーフで牽制しながら、相手の様子を窺うことにした。
     有効打を与える抜群技がこれしかないとはいえ、効きの悪そうなマジカルシャインを使い続けるのは得策ではないだろう、ここは攻め手を変えてみようと彼女は思った。ジャラランガの特性には防弾と防塵があり、それぞれボール状の攻撃と粉の効果を無効にするものになっている。エナジボール・ヘドロ爆弾・シャドーボール・眠り粉などは効かないものだとして立ち回らなければならない。今後の展開に柔軟に対応できるように、片手でも扱える使い慣れたワザを撃って様子をみる。
    「突撃」
     ターフェの指示を聞いて、ジャラランガはカタパルト発進のごとく、ロズレイドに突貫する。
     身構えていたロズレイドはひらりと回避する。 
    「(指示が届いた?)」
     アンジュは驚いた。先ほど指示を出して相手が発動しているワザはげきりんのはずだ、花びらの舞と同様にあのジャラランガはトレーナーの指示など聞かずに暴れ回るはずだ。

     ドラゴンポケモンは高い潜在能力を持っている。普段はそれを無意識に制御しているが、そのリミッターを意図的に外すというワザがげきりんである。
     だが、げきりんのワザを使うとドラゴンポケモンはその自らの強すぎる力に振りまわされて、正気を無くして暴れ回り、やがて疲れて動きを止めて混乱してしまう。
     だが、もしも――
     そのげきりんを正気を失わない程度に制御して、リミッターをギリギリまで開いて制御することが出来たとすれば…… ドラゴンの潜在能力をまるまる使いながら戦うことができる。
     ワザ『げきりん』を極めしドラゴン使い【逆鱗狩り】のターフェ、これがその神髄だった。

     げきりんのオーラを保ちながら、それでいてしっかりと相手の姿を見据えて攻撃を加えていくジャラランガ、格闘の竜というだけあり、そのフットワークは軽やかで、流れるように腕を振りおろしながら、すり足で相手への距離を一瞬で詰めつつ、拳を振り上げる。この静かなる逆鱗は、まるでまだ舞を踊っているようだった。
     対してロズレイドはイバラのムチを自在に使いつつ、巧みに相手の攻撃の回避と防御に徹しているが、反撃に移ることができず、防戦一方でジリジリと追い詰められていた。なにしろジャラランガの繰り出す一手一足に一度でもまともに当たってしまえば致命傷になってしまう。竜の舞に加えて逆鱗状態による身体強化が重なり、すさまじいスピードとパワーを持って叩き込まれる連撃を、ロズレイドは必死に捌くので精いっぱいだった。
     そうした攻防がしばらく続いた。


    「……ん?」
     ジャラランガの動きが鈍り始めたことに、ターフェは気づいた。
    「毒……? 毒びしか」
    「……やっと効き始めたわね」
     ロズレイドは防御の合間に地面に少しづつ[どくびし]を撒いていた、地面を暴れ回るジャラランガは知らぬ間にそれを少しづつ踏み続けて体に毒が回っていたのだ。
     あの時に受け続けていたマジカルシャインのダメージは多少は減らすことは出来ていても、それでもすべてを跳ね返せたわけではない。しっかりと、確実にジャラランガの体力を奪い取っていた。そこに毒の蝕みが加わることで、さすがのジャラランガの動きも大きく削がれることになる。
     いまこそが反撃の時間だ。

    「ローヌ! いくよっ」
     相手が毒状態の時において抜群の威力を叩き出すワザ『ベノムショック』
     条件さえ揃えばヘドロ爆弾すらも超える威力を誇る、ロズレイドのローヌのとっておきのワザである。
     アンジュとローヌは互いに呼吸を合わせて、そのワザを繰り出そうとする。
    「ベノムシ」
    「制限全開錠(リミット・フルオープン)っ!!」
    『キュォォォォォォォォォォ!!!!』
     ターフェは叫んだ。
     金属を引っ掻くような甲高い吶喊と共に、禍々しくも燃え上がる赤い燈気に加えてさらに蒼い燈気が交じり合い、ジャラランガの体は妖しく燃え上がった。
     いままで途中まで開いていた逆鱗のリミッターをすべて外す。暴走を加速させて自我を完全に失い、これでもう勝負が決するまでトレーナーの指示も制止も聞かなくなる。
     ここまでの疲れも毒のダメージも何も感じなくなり、ただ目の前の存在に向けてまっすぐ突貫するだけ――。

     一度、ベノムショック攻撃の態勢に入ってしまったロズレイドはもう回避動作に入ることはできなかった。それでも[ベノムショック]で生成した特殊な毒液を使い、精一杯の防御でジャラランガの突貫を受け止めることになったが。
     本気の逆鱗の前に圧し徹されてしまい、ロズレイドは地に伏せた。


     ▼  ▼  ▼  ▼


    「いい勝負だったね」
     対戦後、ドラゴン使いのターフェは私にそう挨拶をしてくれた。
     彼がボールから出したカイリューが、水筒のお茶を出してくれたので頂くことにした。
    「ありがとうございます」
     【逆鱗狩り】のターフェ、逆鱗を狩る、ではなく逆鱗で狩るという意味の二つ名、ということなのだろう。
     強大なワザに強弱の制御を付けるという発想とそれを成し遂げる実力、たった一つのワザを取っても、勉強になる戦い方だと思えた。
    「あの、……その服とマントですが」
    「おっ このマントに目を付けてくれるとはお目が高い。これは普通の市販品のマントとは違う、龍の聖地フスベで認められたドラゴン使いにしか手に入らず着用が認められないマントなんだ。 カッコいいだろ?」
     本人はとても気に入っていたようで、ご丁寧に『カッコいいだろ?』に併せて決めポーズもしてくれた。
     横にいるカイリューちゃんも、それにノッてくれて一緒に決めポーズに参加している。
    「…………」
    「……そうか、まだ分からないか」
     たぶん、一生分からないような気がします。

     うーん……
     こうしてみれば、誇り高きドラゴンを扱うというプライドの元に、胸を張ってこうした衣装を身に纏っているわけで、
     案外この服もカッコイイのか――
     ……いや、やっぱり ダサいよなぁ

     ないわー


    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    その昔、バトル企画に出したドラゴン使いのターフェ=アイトさんを登場させてみました。
    逆鱗を極め、逆鱗しか使わない、逆鱗(さかさうろこ)に懸けて勝利を誓うダサいマントの男(2x歳)です。

    名前の元ネタ紹介
    ・アンジュ→ロゼワインの産地
    ・ローヌ→ロゼワインの産地
    ・ソナリ→鈴がいっぱい付いた楽器

    なにぃ ドラゴン使いを知らない? いかんいかん! これを見て勉強するのだ!
    → http://www.pokemon.jp/special/dragontype/master/index.html


      [No.4066] Santalum album 投稿者:浮線綾   投稿日:2018/02/15(Thu) 20:12:47     90clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     暗雲が天に満ち、ざあざあと大雨が降り始める。
     戦士は行かねばならなかった。竜の鱗を綴った防具をしゃらんしゃらんと鳴らしつつ。
     この島の中で唯一異様な雰囲気を醸し出す瀟洒な屋敷へと、ぬかるんだ道を急ぐ、急ぐ、一刻も早く終わらせねば。
     恵みの雨が続くうちに。
     終わらせなければならない。

     雨の中で異邦人の屋敷は白く輝いて見えた。忌々しかった。
     入る前にドアをノック?━━知ったことか。島の守り神のものであるはずの森の木を勝手に伐って作った仰々しい扉を、激しく蹴りとばすが戸は開かない。鍵などというものを取り付けて他人が勝手に家の中に入れないようにしているのだ。どれだけ冷酷で自己中心的なのか。
     だから戦士は腰帯に吊るしていた瓢箪を手に取り、その栓を抜いた。黄金色に輝く鎧に覆われた鱗竜が姿を現す。
     戦士が指示を出すと、竜はその太い腕を振るい、拳で厚い扉を叩き割った。

    「あらあら、香りに誘われ、お茶にいらしたの?」
     間延びした、声。
     屋敷の中は甘ったるい匂いが満ちていた。島の森のかぐわしい空気とは正反対の、むせかえるような、薔薇と、毒と、茶の香りだ。
     商人は絹の布きれをかけた卓に着き、シノワズリの白磁を傾け花入りの茶を啜っていた。その身を包むのは真っ白な絹のドレス。
    「どうぞお座りになって。あなたの分のロズレイティーも用意してありますわ。なにせあなたときたら……かなり遠くからでも聞こえますものね。その大きな足音といいますか、賑やかなアクセサリー……ふふふ」
    「━━我はカプより光り輝く石を賜りしポニの守護者である」
     戦士は石の腕輪と、浅黒い肌に刻まれたポニの戦士の紫の入れ墨を示し、泥で汚れた裸足で重厚な絨毯を踏みにじったまま、商人を見下ろした。
    「島の自然を破壊し奪った財物でのうのうと暮らしている卑怯者とは、貴様だな」
    「まあ、あなたって……哀れなほど盲目ね。お友達のキラキラ輝く鱗で目が眩んでしまったのかしら」
     真っ赤に塗られた商人の唇が卑しく曲がる。
     戦士は嫌悪感を覚え、その悪しき感情を体内から捨てるために絨毯の上に唾を吐いた。
    「表に出よ、悪魔の商人。カプのご照覧の下、正々堂々と決着をつけようではないか。我らが勝ったならば、館を潰し、島から永劫に立ち去るがよい」
    「仕方ありませんわね、道理を話して聞かせようにも、あなたきっと聞かずにこの美しいお屋敷を何もかもめちゃくちゃになさるでしょう?」
    「これまで散々話し合いを無視してきたのはどちらか!」
     戦士が腹の底から声を出し怒鳴りつけると、商人は静かにカップをソーサーに置いた。絹の裾を鳴らして立ち上がる。
     そして甘ったるい笑みを浮かべた。

    ***

     暴雨が大地を浚い、海の波は高い。
    「荒磯の、彼岸の遺跡に在すカプ・レヒレよ、我に力を与えたまえ、簒奪者を亡者の水底へといざないたまえ!」
     戦士は朗々と守り神を讃えると、首にかけていた葉と実のレイを外して荒れ狂う海に投げ込んだ。
     そして傍に控えていた黄金に輝く鱗を持つ竜と共に体を躍動させ、金属質の飾り鱗を賑々しく打ち鳴らす。
    「我ら異界の闇を祓う者、聖なる響きにより悪を退け、鱗の光により魔を滅す!」

     対峙する商人は絹の裾をたくし上げ、絹の傘をさし、おまけに回復道具を詰め込んだらしい鞄も抱えて━━降りしきる大雨の中でどうも格好がついていない。その傍には、両腕に紅と青、頭に白の薔薇の花を持つモンスターを伴っている。
    「あらあら、もう、泥はねが…………成程そちらのドラゴンも光の使者というわけですね。わたくしのこのロズレイドも祖国の国王陛下より賜った光の石のエネルギーを浴びて、このように香り高い姿に進化したのですよ」
     ロズレイドと呼ばれた薔薇のモンスターは、先ほどの館に満ちていたような頭がくらくらするほどの匂いをその身から漂わせていた。たっぷりの湿気の中でひどく重苦しくまとわりつく。
    「妙な香りだ、惑わされるな!」
     戦友を叱咤する。
     ジャラランガは咆哮した。地につけていた両の拳を天に突き上げ、背骨をぐぐと反らして勇壮にいなないた。全身の青銅の鱗を打ち鳴らす、自陣を鼓舞し敵を圧する。澄ましていたロズレイドの花弁が音圧を受けてかすかに震え、その向こうの商人も口角を吊り上げる。
     そして双方が動いた。
    「花吹雪」
    「スケイルノイズ!」



     青銅の鱗がガシャガシャとぶつかってこすれて。
     荒々しい美しさだこと、と商人は笑う。それは南国の素朴な音楽を思わせる。
     ジャラランガは激しく体を揺すった、全身の金属質の飾り鱗を打ち鳴らし、それはエキゾチックで洗練された響きだ。ロズレイドの左手の青薔薇から撃った波涛のごとき花吹雪は、音波とぶつかって、泡のように、空に散って消えた。
     続けて第二波が飛んで来る。今度は花弁を霧散させる為でなく、ロズレイド本体を吹き飛ばす為に。

    「根を」
     爆音に曝されても、長く寄り添った商人の涼やかな声はロズレイドにはよく聞き取れた。足元の大地に植物を繁茂させる。大地の養分を吸収しつつ、姿勢を持ち直して。
    「根ごと吹き飛ばせ!」
     敵の追撃指示。三発目のスケイルノイズ。
     ぬかるんだ地面ごと、今度こそ弾き飛ばされた。

    「いやですわ、やっぱり水はけのよい土地でないと薔薇は美しく咲けませんわね……」
     眉間を押さえる商人に応え、地に膝をついたロズレイドは太陽を呼んだ。とたんに雨雲が割れ、光の梯子が下ろされる。ロズレイドの全身の緑が喜んで光合成を始める。
     南国の強い日差しを受け、あっという間に地表のぬかるみさえ蒸発する。心なしか、戦士とジャラランガの表情が歪んだ。
    「このところ雨続きで欝々としておりましたの……さあ、あちらも乾かして差し上げて、ロズレイド」
     太陽の強い日差しを集め発火させる。無数にして巨大にして豪速の火球を、濡れそぼったジャラランガに投げつけた。
     しかしジャラランガは無造作にそれをすべて受け流す。
    「ポニの大峡谷の鱗竜に、西洋の鉄砲玉など通用せぬと思い知れ」
     竜が吼える。自身の鱗を痛めつけつつ巻き起こす轟音は、爆発の如き風圧を生みロズレイドを再び大地につき転ばす。ロズレイドは喘ぎ、また思い切り光合成をしようとした。

     しかし見る見るうちに、太陽の加護は遠のいていった。
     またしても暗雲が空に戻ってくる。ぽつり、と雫がこぼれたかと思うと、再び滝のような雨が降り出した。
    「あら、なぜ……」
    「ポニの守り神の計らいだ。海鳥たちが守りの雨をもたらした━━貴様らに光をくれてやるくらいなら、我らポニの民、白檀の森ごと、カプに命をお返しする覚悟だ……!」
     ロズレイドとジャラランガの上空を、野生のペリッパーたちが旋回している。彼らが雨を降らし、ロズレイドを太陽から遠ざけたのだ。
     野生の生き物に乱入されて困惑する商人を睨みつけ、ポニの戦士はその罪を糾弾した。
    「聞くがいい、罪深き異国の白檀商人よ、貴様がこの島で何を成したか!」

    ***

     晴れる日が、恐ろしい。
     晴れた日には、森を焼きに行かねばならない。

     物欲に駆られた愚かなポニの長が、異国の商人とばかげた取引をしたのだ。━━香り高い茶、見目麗しい白磁、なめらかな光沢のある絹織物、立派な白い邸宅、軽快に走る頑健な船、恐るべき破壊力を備えた鉄砲に大砲。それらを手に入れたいがために、愚かな長は守るべき島の自然を破壊した。
     商人は、ポニ島に生える『白檀』という香木を欲している。
     白檀の伐採や運搬など、過重な労働に駆り出されたポニの島民たちは疲弊しきっているが、それだけではない。

    「貴様らが欲する白檀を伐るためだけに、無数の森が焼き払われた!」
     かつてこの本島に数多く生息した首長のナッシーたちも、炎から逃れ損ねたかあっという間に姿を消し、小さな離島にしか見られなくなった。
     そもそもの白檀の木も、乱伐に遭ってはめっきり数を減らし、見つけるためにますますたくさんの森が焼かれる、白檀は焼いた時に香りが立つから、それで白檀を見つけるのだ。
     だから恵みの雨は続かねばならない。
     晴れた日は、森を焼くことを強要される。

    「森が枯れ、海も痩せ、人々は疲れ果て、このままではポニは滅びる」
     だが、しかし。島を滅ぼしかけた愚かな長は今となってはもういない。カプの罰か否か、それを知る者はない。
     だから、あとは、この白檀商人を、消しさえすれば。
     世界を光で満たす太陽を心から歓迎できるものを。
    「あとは貴様さえいなくなれば━━━━!」

     雷鳴のごとく激しく鱗を打ち鳴らしながら、ジャラランガが吼え、泥濘を蹴散らして走る。
     曇った鱗に覆われた腕を大きく振り上げ、そして、ロズレイドの胴体に青銅の爪が深々と突き刺さった。

    ***

     ガアア、ア、ア、とジャラランガが苦悶の声を上げた。
     必殺のスカイアッパーを弱った敵の懐の急所に見舞ったはずなのに、ロズレイドは喜悦の表情を浮かべて、甘ったるい薔薇の香りを撒き散らしながらジャラランガの腕を掴む。そのブーケの中に潜ませていた毒の棘を深々と鱗の隙間に突き立てる。

    「先ほどまで慎重に接近を避けておられましたのに。焦りまして?」
     雨幕の向こうで白檀商人が嗤う。
     その手には空になった“Hyper Potion”━━すごいキズぐすりの容器があった。姑息にも戦士が白檀商人の罪を糾弾している隙に回復アイテムを使い、ロズレイドの体力を補っていたらしい。

     また地中から湧き出た植物の蔓が、空中に飛び出していたジャラランガを絡めとった。貪欲な寄生植物は竜の鱗の下に潜り込み、肉に根を張りエネルギーを吸収する。一方でロズレイドの体は瑞々しさを取り戻してゆく。
    「これは、宿り木……?」
    「あなたの長いお話、つい退屈で」
     ジャラランガは大地に引きずり下ろされる。しかしその腕に突き刺さった毒の棘は抜けず、ブーケの中に隠されていた棘付き鞭がずるりと伸びた。大地に這いつくばるジャラランガを、宿り木と薔薇の玉座に座したロズレイドが見下ろし上機嫌に笑んでみせた。
    「さあ、続けてベノムトラップを」
     続けざまに棘付き鞭に別の毒液が流し込まれる。すでにジャラランガの体内を侵食していた毒と反応を起こし、その体を蝕んだ。宿り木に締め上げられて行動の自由が奪われたうえ、二種の毒を受け四肢にほとんど力が入らないのが見て取れる。状況判断が遅れた戦士が逡巡する僅か数瞬の間にも、ジャラランガは宿り木と毒で体を内外からボロボロに溶かされ、雨に打たれ惨めな姿になり果てた。
     ポニの戦士は唾棄し歯噛みした。
    「……汚い寄生植物めが……まるで貴様のようだ、白檀商人」
    「あら、ご存知ないかしら━━ヤドリギというのは、ビャクダン科の植物。白檀は寄生植物なの」
     噎せ返るような白檀の香りが雨の中に満ちていた。



     白檀の寄生根に絡めとられもがくジャラランガを、ロズレイドは見下ろして嘲笑う。
     絹のドレスに身を包んだ白檀商人は、絹傘の陰で憂いを込めて嘆息した。
    「……さて、困りましたわね……先ほどのあなたのお話ですと、わたくしの取引相手であるポニ島の酋長は既にいないのですよねえ……」
     もはや目の前の戦闘に興味はないのか、不良債権の処理に気を取られているようである。
     ジャラランガが無意味に足掻いているだけなのをいいことに白檀商人は暫し思案していたが、ふと、ぽんと陽気に両手を打ち鳴らした。
    「ならばせめて、あなたを捕縛し━━あなたにポニ酋長の殺害の嫌疑あること、アローラ当局に訴え出ねばなりませんね?」
     ポニの戦士が、かすかに動揺する、竜の鱗を加工した装飾品が揺れてちりりと焦れたように鳴る。
    「……できるものか、長が消えたのはカプの罰だ……!」
    「さてどうかしら。あなたが嘘をついているか否かは、この戦いをご照覧のカプとやらがきっと見定めて正しき裁きを下すはず、そうでしょう?」
     ━━まあカプが手を下さずとも、海外諸国と親密な現アローラ政権下で然るべき機関に訴え出てしまえば、白檀商人の言い分が受け入れられる公算のほうがはるかに大きいのだけれども。
     白檀商人が鈴を転がすような声で笑うと、戦士は震える拳を握りしめ、深く息を吐いた。

     最初の怒涛のスケイルノイズのために、ジャラランガの攻防一体の自慢の鱗はかなり早期から傷みボロボロになっている。そこを毒に蝕まれ、白檀の根に捕らえられ、もはや装甲も力も体力も残りわずか、動くことすらままなるまい。
     その鼻先へロズレイドは薔薇の花を差し伸べ、うっとりするほどの官能的な香りをたっぷりと吸い込ませてやった。思考することすら億劫になるまで、理性が崩壊するまで。



     ジャラランガは戦友を待っていた。すっかり鈍くなった鱗の向こうの赤い眼差しは、責めてはいない。ただひたすら体力を温存しつつ、抗いがたい魅力を持つ香りの誘惑と闘いつつ、錆び付きそうになる雨の中で、無言で友の正義を信じ、その指示を待っている。
    「わかっている……我らは間違っていない。我らは正しい……ポニを守らねば。カプ・レヒレよ、我らを護りたまえ!」
     ポニの戦士は賛歌を朗誦する。絶体絶命の危機に瀕しているはずのジャラランガもそれに呼応し、僅かに自由の残っていた、尾の錆びかけた鱗を打ち鳴らした。

     白檀商人とロズレイドはわずかに目を眇める。敵にはまだ奥の手があるらしい。さて傷ついた鱗と溶けた爪と萎えた手足とで、何をしてくれるというのか。
     ロズレイドは念のためにちらりと白檀商人を伺う。
     こちらも頷き合った━━わかっている、相手の心が折れないのなら、むざむざ時間をくれてやることはない。
     ジャラランガに向き直る。敵の目は闘志を宿し、輝いていた。
     背後から白檀商人の熱に浮かされたような指示が聞こえてくる。
    「花弁の舞……!」



     僅かに香りが変わった、と気付くが早いか。
     ロズレイドがゆらりと動いたかと思うと、恍惚とした表情で舞い始めた。
     右の紅薔薇、左の青薔薇、双方から無数の花弁が左右に噴き出して、うねり、こすれて熱風をも生み出し、激烈な甘い香りを漂わせながら、見るもおぞましい極彩色の点描、地獄の毒沼を作り出した。
     ジャラランガの手足は忌々しい毒と白檀に縛られているけれど、でも、心はポニの戦士と共に一つであって、そしてまだ自由だった。ふたりは共に心を鎮める。とても静かだった。
     ただ、静かだった。紅と青を扱き混ぜた嵐が音も無く襲い掛かる、香り立つ白檀の枝ごと、傷つき錆びたジャラランガの鱗を削り取る。
     ━━今だ。
     あちらが香りを変えるなら、こちらも別のビートを刻むまで。

     ポニの戦士は光り輝く石の腕輪を掲げた。
     両手を持ち上げ、頭の右横に構える。
     右手が上顎、左手が下顎。
     竜の顎を模した形の両手をなめらかに正面に突き出し、そして大きく斜め上下に開く。
     嵐を喰らい尽くす大顎を描き出す。



     花弁の舞で、白檀の呪縛のほんの一角が断ち切られた、まあすぐに再生するから、などとロズレイドは思いつつ無我夢中で舞い踊っていたら━━突如ジャラランガの体躯が光を纏い躍動した。
     それは、全力の、竜の舞。
     ロズレイド自身も夢中で花弁の嵐に狂喜乱舞しながら、ジャラランガの舞に見入っていた。相手も同じで、無我夢中で舞いながら、こちらを見ていた。
     脳髄がとろけるほど濃厚な薔薇の香り。
     豪華絢爛な金属質の鱗の響き。
     そして二体は舞の腕を競いだす。
     どちらがより美しく、より強く、より輝けるか。舞比べと洒落こもう。
     花弁の舞が敵を傷つける技であるならば、竜の舞は自らを磨き昇華する技である。
     度重なるスケイルノイズで自身を散々すり減らしたはずなのに、更にベノムトラップでぼろぼろに溶かしてやったはずなのに、紅と青の花弁で完膚なきまでにずたずたに刻んだはずなのに。ジャラランガが舞えば舞うほどその青銅の鱗は鋭く研がれ、黄金色の輝きを増す。
     南国の音楽は陽気だけれど、こうなってはもはや耳障りである。飲み込んでやれ、と最後の理性が命じた。あとは濃厚な薔薇の香りの狂気の渦に呑まれた。



     もはやロズレイドは正気を失い、自身の強すぎる毒と香りに酔いしれて、自身の自慢の萼のうなじや托葉のマントすら切り裂きながらも、花弁の舞はますます勢いを増す。
     けれどもう遅い、戦士の全力を受け取ったジャラランガによる全力の竜の舞によって、爪の鋭さも、鱗の硬度も、敏捷性も、すべてが取り戻され、かつ更に磨きがかかった。
     もはや花弁の舞はこの前座でしかない。
     黄金の雨に輝く鱗で、薔薇の花弁を無残に切り刻み、踏み躙ってやった。
     疲れ切ったロズレイドは、もはや丸裸。
    「叩きのめせ!」
     戦士とジャラランガは哄笑した。ロズレイドへと、正面から突っ込んでいく。
     白檀商人は苦笑し、空になった“Full Heal”━━なんでもなおしの容器を地に放り捨て、ロズレイドに呼びかけた。
    「マジカルシャイン」

    ***

     真っ白な光が見えた。
     目が熱くて、痛くて、ポニの戦士は自分の両手で眼球を押さえたままぬかるんだ地面の上をのたうち回った。ジャラランガはどうなったかわからない、何も聞こえなかった、いつの間にか雨音すら聞こえなくなっている。
     ただただひたすらに静かで、暑く、薔薇と白檀の噎せ返るようなにおいだけがあたりに満ちていた。

    「何を……」
    「あなたは最後まで何も見ようとなさいませんでしたね。━━自分でもよく出来た形勢逆転に目が眩み油断する。━━自分の罪を認めない。━━この島の現状が法に基づいた公正なる取引、神聖なる契約の結果であるという事実からすら、目を逸らす。━━そしてロズレイドの薔薇の美しさも、シノワズリの白磁の美しさも、絹のドレスの美しさも、解することができない。ただただ暗い雨雲の下で無暗に騒ぎ立てるだけ」
     白檀商人の奇妙に晴れやかな声が、ロズレイドを呼ぶ。
    「そんなあなた方に、眼球など必要あって?」

    「だから、何を……」
     小さな足音が、近づいてきた。脳裏に、花束の奥に潜む毒の棘のイメージがちらつく。

    「なにを」
     匂いが強くなる。

    「やめて」
     頭が割れそうなほど、強い香り。


      [No.4065] 第二回 バトル描写書き合い会 投稿者:あきはばら博士   投稿日:2018/02/15(Thu) 20:08:43     79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Twitterで突発的に行った【バトル描写書き合い会】の作品投下スレッドです。
    指定されたポケモン同士のバトルを1週間で書き、同じ対戦カードで作者ごとにどれだけの違いが出るのかを楽しむ企画です。

    ルール
    ・ロズレイドVSジャラランガ の勝負を書く
    ・シングル1VS1のトレーナー戦で書く

     任意事項
    ・ロズレイド、ジャラランガ、およびそれらのトレーナーの名前は自由
    ・原作や既存のキャラを使っても良い


    | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93 | 94 | 95 | 96 | 97 | 98 | 99 | 100 | 101 | 102 | 103 | 104 | 105 | 106 | 107 | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | 130 | 131 | 132 | 133 | 134 | 135 | 136 | 137 | 138 | 139 | 140 | 141 | 142 | 143 | 144 | 145 | 146 | 147 | 148 | 149 | 150 | 151 | 152 | 153 | 154 | 155 | 156 | 157 | 158 | 159 | 160 | 161 | 162 | 163 | 164 | 165 | 166 | 167 | 168 | 169 | 170 | 171 | 172 | 173 | 174 | 175 | 176 | 177 | 178 | 179 | 180 | 181 | 182 | 183 | 184 | 185 | 186 | 187 | 188 | 189 | 190 | 191 | 192 | 193 | 194 | 195 | 196 | 197 | 198 | 199 |


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