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これはパラス、パラセクトと呼ばれるポケモンがキノコを出会うお話で。
キノコに自分の体をうばわれるまでの、お話です。
昔々、とあるうっそうとした森に『あくまの傘』とおそれられるキノコがおりました。
そのキノコはとても小さいのですが、色が赤と黄色でどくどくしく、一口食べれば命はない。
それどころか近づいただけでもねむりの粉をばらまき、それを吸ったがさいごねむらされ、しまいにはよう分にされてしまうのだから。その森のポケモンたちは『あくまの傘』をおそれ、早くいなくなればいいのにと思っていました。
「ああちくしょう。おれだって、こんな森早く出たいのによ」
しかし、『あくまの傘』とよばれるキノコはいたくてこの森にいるのではありませんでした。
彼は、キノコなので自分で動けません。この森の土はやせていて、土がえいようにならないので仕方なく木やほかの生き物からえいようをもらっているのでした。
なんとかして、この森から出るにはどうすればいいか──ずっと考えていたある日。一ぴきの小さな虫ポケモンが、ぼろぼろのすがたでキノコに近づいてきました。
あんまりみすぼらしいすがたで、えいようにもならなさそうなのでキノコはおいはらうことにしました。
「おいお前、このおれを知らないのか。さっさとあっちへいかないとねむらせて食っちまうぞ」
小さな虫ポケモンは話しかけられたのに気がつき、キノコと同じくらい小さな丸い目を向けます。
「ぼくはこの森にきたばかりだから、君のことは知らないんだ……ごめんね」
「だったら教えてやるよ。おれは食ったらあの世いき、近づいただけでも危ない『あくまの傘』だ。虫もとりもけものも、おれに近づけるやつはいねえ」
「へえ……じゃあ君のそばでねむればとりにおそわれなくてすむんだね。わるいけど、ここで休ませてもらえないかな」
「おいまてなんでそうなる。あっちへ行けと言ってるだろ」
しかし、返事はありませんでした。丸い目はもうとじていて、しかも安心したのかぐうぐうねむっています。
自分をおそれない虫ポケモンにキノコはあきれましたが、そのかわり名あんが思いうかびました。
「おい丸目虫、あんなにとりについばまれて、なにか身を守るわざはないのか」
虫ポケモンが目をさますと、キノコは聞きました。虫ポケモンは首をかしげた後、答えます。
「がんばってにげるしかないかな。丸目虫って、ぼくのこと?」
「お前いがい、だれがいるというんだ。おれに近づこうとするやつはいねえんだぞ」
「でもそのおかげで助かったよ、ありがとう」
「本当に、かんしゃしてるのか?」
「もちろん」
まん丸な目にはなんのうそもなさそうでした。キノコは、そうかとつぶやいた後言いました。
「ならていあんがある。お前、この森とはちがうところからきたんだろ? お前のせなかに、おれを乗せて行ってくれ」
「それはまた、どうして?」
「おれは、この森にはもううんざりなんだ。じめじめしてて暗いうえに、土はうまくねえし。それに……」
「なら、いいよ?」
「まあそうあわてるな。おまえにとってもわるい話じゃない……って、いいのかよ」
話のとちゅうでうなづいた丸目虫に、キノコはまたおどろきました。
「おまえ、ねぼけてるのか。さっきも言ったが、おれはだれにも近づけない『あくまの傘』なんだぞ」
「でも、君はねてるぼくを食べたりしなかっただろ? おかげできずもよくなったし、そのお礼だよ」
で、どうやってのせればいいの? なんてうたがうことなく聞いてくる丸目虫に、キノコはちゃんとせつめいします。
「その前にちゃんとおれの話を聞け。いいか、お前はとりから自分を守れない。だがこのおれがせなかにいればとりは近づけねえ。よってきたどころでねむりの粉のえじきだ」
「わあ、それはうれしいな」
「ただし、おれも生きるのにえいようがいる。だから、一日の間少しだけお前の体を操っておれのしょくじをさせてほしいんだ。なあに、おれの体はお前よりももっと小さい。大した時間にゃならねえよ」
「うん、わかった」
「本当にわかってるのかお前……今までよく生きてこられたな」
「もちろん、君ってけっこうマジメなんだね」
「やかましいわ!」
またあきれますが、キノコは内心しめしめ、ばかなやつだ。と思いました。これでこの森から出られる、そして丸目虫の体を自由に動かせるからです。
「それじゃあ、もっと近くによってせなかをおれに向けてくれ。で、またねてていいぞ」
「どれくらいかかるの?」
「ざっと一日だな」
「わかった、それまでにはきずも治ってるはずだし待ってるね。これからよろしく、あいぼう」
「あいぼうだあ?」
「うん、いっしょに生きていく相手だから、あいぼう。いいだろ?」
「……まあ、いいけどよ」
そして一日かけて、キノコは自分の体を丸目虫にいどうさせました。『あくまの傘』は森から虫の上にうつったのです。この時はまだ、虫のせなかのはん点のように小さなキノコでした。
丸目虫とキノコは、それからいろんなところを歩いて回りました。
「君のおかげで、とりをこわがらずに歩けるようになったよあいぼう。ありがとう」
「へっ、だからってうっかり火をはくやつがいるところに近づくなよ? あれはおれでも、どうにもできねえんだからな」
「うん、気をつけるよ」
「本当だろうな……」
「もちろんだよ」
明るい森、きれいな川、人のすむ村。キノコは今まで見たことのなかったものをたくさん見ました。ちょっとあぶない時もありましたが、二人できょうりょくすれば、なんとかなりました。
あの森と違ってたくさんえいようのある場所へ行けたので、だんだんキノコは大きくなり、今では丸目虫のせなか一面をおおうようになりました。
「おい、そろそろしょくじの時間だ。かわってくれ」
「いいよ。あいぼうも大きくなったね」
「子ども相手みたいな言い方するんじゃねえよ……」
キノコが大きくなったということは食べないといけないえいようが多くなり、キノコが体をあやつる時間がふえたということですが、丸目虫はもんくをいっさい言いませんでした。
キノコがあやつっている間は、丸目虫はねむっているのと同じなので何を言っても聞こえません。しょくじをしながら、キノコはつぶやきます。
「ばかなやつだ。あんな気がるにうなずきやがって。このままおれが大きくなれば、今にこいつはおれのあやつり人形なんだぞ」
大きくなるにつれて、体をあやつる力も強くなりました。今は丸目虫がきょうりょくしないと体を動かせませんが、もうじきむこうがいやと言ってもむりやり自分の思うまま動かせるようになるのがキノコにはわかっていました。
「いやそれどころじゃねえ。じきにこいつの心すらあやつることだってできる。おれのしょくじのためだけに生きる道具にすることだってできるんだ」
もともと、キノコはそのつもりでした。さいしょはなかよくするフリだけして、大きくなったら自分のしょくじのための体にするためにあのていあんをしたのです。
「何があいぼうだ……だがどうせあそこでああしなきゃ、今度こそとりに食われて死んでたさ。うらむなら、おまえの弱さをうらむんだな」
自分の心をごまかすように、キノコはそう言って、しょくじを終えました。その時、はなれたところに丸目虫と同じポケモンが上を見上げているのがたまたま目に入りました。
空には、二ひきのとりがその虫を狙っていました。かくれる場所もないその虫は、あきらめたように丸い目をふせました。
とりがおそいかかったその時──気がついたらキノコは、ねむらせる粉でとりポケモンをこうげきしていました。まったくよそうしていなかったこうげきに、とりはばたりと地面に落ちます。
「ありがとう、あなたは……?」
キノコはさっさとその場をはなれようとしましたが、おそわれていた虫はこっちに気づいて近よってきてしまいました。仕方ないのでキノコは、丸目虫をたたき起こして後をまかせました。
またしばらくたった後のことです。あの時助けた虫とキノコをのせた丸目虫はなかよくなり、愛し合い、そして卵がうまれました。
その間にもキノコは大きくなり、もうやろうと思えばとっくに丸目虫をあやつり人形にできたのですが、キノコはなかなかふみきれませんでした。
卵のそばをはなれすぎないことを新たなやくそくにではありますが、一日のほとんどをキノコがあやつるようになっても丸目虫はもんくを言いません。
「あの時、あの子を守ってくれてありがとうあいぼう」
「けっ、このおれのファインプレーのおかげでおまえみたいなぼんやりした弱いやつにもよってくるやつができたってことだ。ありがたく思えよ」
「うん、かんしゃしてるよ」
「……本当だな?」
「もちろんだよ」
さいしょ出会った時からもうなんどくりかえしたかわからない、いつものやり取り。だけど、今回は。
「あいぼうのおかげで、弱くていつ食べられて死ぬかもしれなかったぼくも、子どもができた。次の世だいへ命をたくして、自分のやくめを終えた。君はちゃんと、卵からはなれないやくそくを守ってくれるしね。……だから、もういいんだ」
「お前、まさか……」
すべてをわかっているような、丸目虫の言葉にキノコが自分にはない目を丸くしたような気分になりました。
「さあ、そろそろ君のしょくじの時間だろう? かわるよ」
「本当にわかってるのかお前、かわったらこれからもう……」
「けど、最後に一つだけいいかな? あいぼうにもう一つだけ、頼みたいことがあるんだ」
丸目虫は、キノコの言葉をさえぎり自分からていあんをしました。そのないようにキノコはおどろきましたが、どのみち何をたのもうがもう丸目虫はキノコのあやつり人形となるのです。やくそくをやぶったところで、もんくの言いようもありません。
「わかったよ……じゃあな、丸目虫」
「うん、おやすみ。楽しかったよ……あいぼうと出会えて、本当によかった……」
それが、丸目虫のさいごの言葉になりました。丸の中の黒目は真っ白になり、二度とそのいしきがもどることはありませんでした。
完全に丸目虫よりも大きくなり、体をのっとったキノコには、さいごのもんだいが残っていました。
キノコじしんの子どもたちを、どこにおくかです。
キノコは自分で動けないので、子どもたちをおく場所は、子どもたちの命にかかわる大切なもんだいです。
あの森はぜったいにいやでした。しかしほかのえいようのある場所はほかのしょくぶつなどえいようを取り合うライバルも多く、かくじつに安全なばしょがありません。
しかし、キノコには名あんがありました。そしてやはり、それを実行することにしたのです。
「ばかなやつだ。おれに卵を守らせたら、こうなることはわかっていただろうに」
今まさに、丸目虫の卵がかえり、小さな丸目虫たちがたくさんうまれたところでした。その子どもたちに──キノコは、自分の子供たちをのせていったのです。かつてキノコが、そうしたように。もう一匹の丸目虫は卵をうんだ後力つきたので、キノコを止めるものはいません。
「これで、お前の子どもはおれの子どもたちに体を乗っ取られる。気が付いたころにはなんで自分がキノコをせおってるのかわからねえ。わけのわからんキノコに守られるかわりに、さいごはお前のようにおれの子どもたちにあやつられて命を終えるんだ。おまえたちは一生、いやそれどころか末代までおれたちのあやつり人形になるうんめいだってことだ。こんなおろかな生き物がいるか? 本当に、ばかなやつだ」
キノコは、丸目虫を笑いました。自分の子どもたちであるキノコがすべて丸目虫の子どもたちにのりうつったのを見とどけてから、つぶやきました。とてもかなしい、つかれた笑いでした。
「なあ、なんでおれに、こんなことをたのんだんだよ……。これじゃあまるで、おれがお前にあやつられてるみたいじゃねえか……ちくしょう……おれはお前のことなんか、あやつり人形としか思ってなかったつもりなのによ……」
丸目虫はさいごに自分の子どもたちに、キノコの子どもたちをのせるようていあんしていたのです。そうすれば、自分の子どもたちも安心して生きられるからと。自分の命をあとにたくし、やくめを終えたキノコはゆっくりと、丸目虫の体をねかせました。
「まあ、いいか……おれも、こいつのおかげで大きくなれたわけだしな……」
丸目虫は、あの時キノコがせなかにのせるようていあんしていなければとりに食べられ死んでいただろう。少なくとも、もう一匹の丸目虫と出会い愛し合うことはなかったはずだ。
だが、それはキノコも同じだった。あの時丸目虫に出会ったいなければあのやせた土の森で、ほそぼそと一生をおえていたはずだから。
「けっきょく、おたがい自分が生きるためにいっしょにいたってだけだ……だが……」
自分の力を使い果たしたキノコの傘が、ぼろぼろとくずれていく。まるで、なみだをこぼすように。
「お前との時間、わるくなかった……楽しかったぜ、あいぼう……」
その言葉をさいごに、キノコも力つきました。これからは、かれらの子どもたちが、いっしょにいるわけも知らぬまま生きていくことになりました。だから、このお話はおしまいです。
だから、パラセクトを見ても、キノコにあやつられるまぬけなポケモンだと思わないであげてください。彼らは自分をとりやてきから守るため、キノコに助けてもらっているのです。
上のキノコにも、体をのっとるわるい生き物だと思わないであげてください。彼らはパラスの体を守るやくめを果たすために、せなかにのっているのですから。
二つの生き物が力を合わせることで一つのポケモンとして生きつづけている。それはとても残酷で、しかしそれよりうつくしいことを、かれらは教えてくれているのですから……。
ひえっはずかしい……!!!!!!!!!!!!!
なつかしい……そしてとても恥ずかしい……とても恥ずかしいものを書いたような記憶になっているので……消え入りたいくらいです……だというのに引っ張り上げてこのような文章まで頂けて幸せ者です 自分が恥ずかしくてなりません……
ほんとうにどうもありがとうございました!!!!!!!!
自分も、その場所に立ちたいと志したことがありました。しかし私はあまりに愚鈍で怠惰で、この小説の主人公のようには机に向かえなかった。だからこそ今いる場所に留まっているとも言えますし、それでも嫌々ながらやってきたことは無駄ではなかったんだと思いたい面もあって。入った後でついていけるかどうか、今思えば不安で仕方がありません。今ですら、私はいつ置いて行かれるやら、振り落とされるやら戦々恐々としつつ、心のどこかではきっとどうにかなるだろうとのんびり構えている甘々な奴です故……
これを読んだ方にもそうでない方にも、「こういうことがやりたい」と思ったら、できる限り努力をしてみて欲しいなぁと思う今日この頃です。それがどこの大学に行きたいということであれ、どんな研究をしたい、どんな勉強をしたい、将来どんな仕事に就きたいということであれ。せめて、今の私のようにはならないように。
同時に、私もこうだったら、という後悔もあり。こうだったら、今頃は全く別の人生を歩んでいたかもしれないと思うと、羨ましくもあり、恐ろしくもあり。何だかんだ順応して楽しくやっている今が、全く別のものだったとしたら、私はどうなっているんだろうなぁと考えさせられました。
ちょうど本日が大学の二次試験当日。受験生の皆々様に、幸あれ――
投下時間から二日遅れの執筆であったにも拘らず、掲載を許可して下さったあきはばら博士さん、本当にありがとうございます。大遅刻ではありますが投下失礼いたします。
一週間で書き合うという趣旨から逸れてしまって大変申し訳ないのですが、せめてオリジナリティは出そうと他作品様は全く読まず執筆させて頂きました。何卒宜しくお願い致します。
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シンオウ地方ノモセシティのバトル施設、あるスタジアム。ポケモン選出を終え、二人のトレーナーがバトル場のトレーナースペースに立つ。観客はいない。あくまで練習試合の光景だ。
「お手合わせの許可を下さり、ありがとうございます。アローラの戦い方、楽しみです」
僕は逆サイドに対峙する外国人の女性に一言感謝を表す。
「いいえ、こちらこそ。私もシンオウのトレーナーと戦えるのは嬉しいものです。アローラでの土産話が一つ増えますからね」
彼女は流暢なシンオウ語でそう答えた。本当にお上手だ。ふと呟くと女性はまだまだです、と謙遜して見せた。
「まあアローラの戦略と言っても、最近は他地方の戦略も入ってきてですね…… 私なんかは専らそれに影響受けていますから、違うところがあるとすればこのZリングくらいですよ」
「そういうものですか。でも、Zワザを生で見れる機会なんて今のシンオウでは希少ですし、アローラの特徴は少ないにせよ僕の知らない戦法が見れるわけですからね。どの道、楽しみですよ」
二人の会話が過ぎたところで審判がそろそろ準備はよろしいですか、と二人に尋ねる。二人はそれぞれ肯定の返事を返した。
「ではルールを説明します。それぞれ選出した一体を使ったシングルバトルです。ポケモンに持たせたもの以外の道具は使用不可。選出したポケモン以外を繰り出したりトレーナーが所持する道具を使ったりすると失格になります。このルールでよろしいですか?」
審判のルール説明に対し、僕は答える。
「はい。大丈夫です」
「分かりました。それではお互い同時にポケモンを繰り出してください」
「いけっ! ロズ!」
「お願い! ヴィオーレ!」
双方が繰り出すポケモンは僕はロズレイド、女性はジャラランガであった。
「よろしくね。ヴィオーレ」
女性はジャラランガに向けて声をかける。ジャラランガは何度も力強く頷くと小さく吠えながら構えを取った
一方ロズレイドの方は隙を見せない凛とした立ち方でジャラランガを鋭く視界に捉えている。
男トレーナーは思う。
さすがアローラの人だ。僕たちに比べてポケモンとの距離が一段と近いように感じる。それにしても、タイプ相性が不利。出し合いは負けたか。いや、勝算がないわけじゃない――
「僕たちも負けないチームワークを見せるぞ、ロズ!」
ロズが静かにうなずく。相変わらず冷静な奴だ。
審判の声が響く。
「では始めます。三、二、一、試合開始!」
「ロズ、くさむすびだ!」
「避けていつものいくよ!」
ロズは地にバラを模す片手を素早く突く。一鳴きして跳ぼうするジャラランガの足に絡むくさむすび。ジャラランガがステップするも既の差でくさむすびは完成しており、ジャラランガを大きく転ばせた。少しスタジアムが揺れる。
「あらら、隙が少ないくさむすびだ。ヴィオーレ、起きていつもの!」
「いつもの、って?」
起き上がるジャラランガを幾つもの白い風が包み込む。
「あぁ、シンオウではワザ名言わないのはタブーだったね、いつもの癖でつい…… ボディーパージ。効果は分かるかな?」
ボディーパージ、被ダメージを上げる一方ですばやさを著しく上げるワザ。速く動けるようになる、ということはワザも避けられやすくなるということだ。すばやさを貯められたらワザが当てられず一方的に攻められる可能性が高い。
「高速戦法か…… タイプがキツいけど一気に決めないとまずいな……!」
ボディーパージの副効果として体重が軽くなるというものもある。重量が多いほど効果が高いくさむすびはドラゴンタイプとの相性も極まって効果がより薄くなる。
まずは威力がタイプ考慮しても一番高いメインウェポンで攻める……!
「ロズ! にほんばれ!」
ロズがオレンジ色の球を放つとその球はスタジアムの天井近くまで上り少し暑いほどの光を放つ。
その間にジャラランガを包んでいた白い風は消え去る。ボディーパージが完了したようだ。
「ロズ! ウェザーボール!」
「ヴィオーレ! もう一度ボディーパージ!」
ロズがオレンジがかったウェザーボールを放つ。一方で一鳴きしたジャラランガは再度白い風を纏う。そして、避けることなく甘んじてウェザーボールを受けるジャラランガ。
決まったか―― いや、ジャラランガはワザを受けてなおケロッとしていた。よくよく考えればなぜウェザーボールを避けなかったのか。僕はこの時点でその違和感に気づく。
「効果なし……? 特性か」
「特性ぼうだん。ボール系のワザは効果はないよ」
ジャラランガの特性を知らなかった僕は少し恥ずかしくなった。すなわち、ウェザーボールは完全に封じられたということだ。
「圧倒的に不利じゃないか…… でも負けない」
「ロズ!!」
ロズも戦意は喪失していない。力強く鳴いて答えてくれた。まだ、あいつも俺を信じて戦ってくれる。俺は期待に応えないと……!
くさタイプの強みとしてにほんばれ状態にややパフォーマンスが上昇するというものがある。すばやさが少し上昇くらいだが、ジャラランガにもギリギリ食いつける。
あのワザは…… 遠距離攻撃をジャラランガが備えていた場合、見せるとかなり不利になるワザだ。いや、ジャラランガが特殊系だった場合詰みだが僅かな可能性にかけて今は封じる。すると今メインウェポンにできる技は一つしかない。
「ロズレイド、ひとまず今は耐えながら少しずつ攻撃! くさむすび!」
「ヴィオーレ! りゅうのまい!」
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りゅうのまいの構えをくさむすびで妨害する流れが何度も続く。にほんばれの効果が切れたらもう一度にほんばれを発動した。
結果としてくさむすびは四回決まった。決まったが与ダメージはジャラランガのボディーパージによる重さの劇的な減少により、一回一回雀の涙程度だ。未だジャラランガの体力を四分の一削っていたらいい方だろうか。一方りゅうのまいは二回積まれた。ジャラランガのすばやさは限界の六段階強化され、攻撃も二段階強化された。かなり厳しい状況だ。
ここでさらに戦況が変わる。彼女とジャラランガがついに攻め始めた。
「ヴィオーレ! どくづき!」
来た!―― 攻撃が二段階上がっている以上、一撃でも急所に当たってしまってはかなり削られてしまう。完全に運だが、耐えなければいけない。
特性どくのトゲの効果を意地でも発揮させるしか、突破口はない!
「ロズ、当たりが悪くないようにワザを受けろ! トゲを刺せ! 頼む!」
ロズは気合のこもった鳴き声を上げて、どくづきを受けながらジャラランガにトゲを刺そうとする。一発目は失敗。ジャラランガは攻撃しては距離を取るヒットアンドアウェイの動きだ。
軽く避けると言ってもダメージを食らいながら相手にトゲを刺す。とても難しかろう。僕はとにかく応援することしかできない。とにかく成功を願うことしかできない。
「ヴィオーレ、トゲに気を付けてどくづき!」
「ロズ、このまま頑張れ!」
二発目、ジャラランガに逃げられる。失敗。
「ヴィオーレ、もう一度!」
「頑張れ、ロズ!」
三発目、失敗。ロズは持っていたオボンの実を食べた。余裕があるチャンスはあと一回。
「ヴィオーレ、もう少し! 頑張って!」
「頼むッ!」
四発目……! ジャラランガがワザを撃って後退する。ジャラランガの表情が歪んだ。ジャラランガの体を紫の電撃が走る。
どくのトゲが入った――
「ヴィオーレ!」
「よくやった! にほんばれの後、近づいてベノムショック!」
ロズはにほんばれを発動、晴れ状態を延長した後に急激に距離を詰める。
「避けて! ヴィオーレ」
ロズが発射する紫色の弾はジャラランガに向かって飛んでいく。ジャラランガは毒状態に未だ慣れず、避けがワンテンポ遅れた。着弾。激しい紫の電撃がジャラランガを襲う。
ベノムショック。毒状態の敵に攻撃すると威力が倍になるワザ。効果半減のワザばかりの中で、唯一の有効打。
「ナイス、ロゼ!」
「うん。仕方ないよ、ヴィオーレ。気を取り直して、反撃に気を付けながらどくづき!」
「避けながらベノムショック!」
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毒状態で動きが少し鈍くなったジャラランガは近距離のベノムショックを一部避けきれない。一方でにほんばれ天候によって少しコンディションの良くなっているロズは相手の毒状態によるワザの鈍さも携わってほとんどを避けきれていた。やがてにほんばれが一旦切れ、にほんばれを発動する。ペースはこちら側に傾いていた。
ただ、油断していたのだ。波に乗ってきてこれは主導権を握ったと思った。ただ、彼女も機転を利かせた策を確実に用意するはずだった。それを予測していなかった僕は完全に油断していた。
「この隙を待っていた…… 私たちのZワザ!」
対戦相手はシンオウでは見慣れないポーズを取る。ジャラランガの持つZクリスタルが輝きを放ち、何か白いオーラのようなものがジャラランガから湧き上がる。
これが…… Zワザ……
「受けてみて! ヴィオーレ、Zドラゴンクロー!」
ジャラランガは踏み込み、恐ろしい跳躍力でロズに迫る。
「ハッ……! 避けろ、ロズ!」
ロズはステップで避ける。しかし、ジャラランガの飛び込みはその先まで届いた。空中で翻りながら放たれる、蒼い力を纏ったドラゴンクロー。僕の目にはスローモーションのように映ったそれは、悔しいけど第一に美しかった。
避けろの号令が一足遅かったのだ。我ながら不甲斐ないし、僕の指示を待ったロズに申し訳がない。初めて見るZオーラに見入ってしまっていた。
ロズが地面に転がる。
「ロズ!!」
ロズは両手の薔薇で地を押して立ち上がろうとするも、膝立ちから上手く立ち上がれない。
「ヴィオーレ、ドラゴンクローでフィニッシュ!」
「ロズ、ベノムショックで迎え撃て……!」
ロズへ一気に差を詰めるジャラランガ。それに向けてロズはベノムショックの弾を撃つも、ジャラランガは跳躍し命中せず。上から縦に切り裂くドラゴンクローをロズは地面を転がり避けるが、二段目のドラゴンクローの薙ぎは避けきれず攻撃を受けた。
「ロズレイド戦闘不能! ジャラランガの勝ち!」
審判の声がスタジアムに響いた。
「ごめんな、ロズ。戻れ」
俺はロズをボールに戻す。最後はやはり自分の不手際が起こした負けだ。勝たせてやりたかった。悔しい。
「ありがとね。ヴィオーレ」
彼女はジャラランガを少し撫でていた。ジャラランガは気持ちよさそうに鳴くと、自分からボールに戻った。
「ありゃ。まあ毒状態だもんね。すぐ回復するからね」
彼女は誰に言うわけでもなく呟くとバトルエリアに歩いていく。そうだ。バトルをし終わったらやることは一つだ。僕もバトル場に少し駆け足で入る。
「いいバトルでした。ジャラランガもあとベノムショック二発くらいで負けてたよ。危ない危ない。対戦ありがとうございました」
「二発って…… 結構余裕あるじゃないですか。対戦ありがとうございました」
バトル場中央での握手。課題が多く残るものではあったが、僕たちのバトルは幕を閉じた。
(4717文字)
「目と目が合ったらポケモンバトル」という暗黙のルールは、極めて強引な印象があり、例えポケモンが疲労してようとも、どんな急な用事があろうとも、そして、下痢による腹痛に苛まれていたとしても、戦いを拒むことは出来ないものだから、ネット住民は『ヤクザのやりくち』等と揶揄し、過保護な母親らはこぞってルール改正を訴えている。
だがしかしこのルールが消滅すればどうなるであろう。強い奴を避け弱い奴ばかり狙って戦いを挑み賞金を得る、卑怯なトレーナーを喜ばしかねない。この一見冷酷な仕来たりは、ある意味弱者に優しく平等かつ合理的なシステムであると言えるのだ。最も、全く問題が無いと言えるものでもない。
さて、ここにいる彼はそのような基本的な原則に則り、唯今からポケモンバトルをやる事となった訳である。
おトクな掲示板を目的なくぼんやり眺めていた彼は、数秒前、この辺りの草むらを歩いていたトレーナーと目が合った。だが、その人物は彼にとって些か不都合であった。
その男はバトルをやりたい気持ちを明らかに表に出しながらも、自分とは決して目線を合わせようとはしなかった。そいつは、実にワザとらしく、足元の草を揺らすように歩いていた。これは、向こうから目を合わせるように仕向けているのだろう。
けれども中々こっちを向いてくれない。だからそいつは、ボールから不意に『ロズレイド』を出し始めた。「戦う準備は万端です」と言いたげな感じを醸し出す。そこまでしますかと彼は呆れた。
こんな感じで、敵人からまず挙手させようとしてくるタイプは、非常に面倒なのである。さっさと自分の正面に立ってくれよと言いたくなる。
とてもじれったい。だがかと言って、自分の方から目を合わせようとするのも嫌であった。相手の思惑通りに動いて負けた気がするというのもあるが、それよりも、バトルで敗北した場合、目線を合わせなければ良かったと後悔するのが苦痛になると予想していた。「なんだ、戦う前から負けたときのことを考えておくのか。勝てば良い話じゃないか」と、嘲笑されそうであるが、勝ったら勝ったで、賞金として金を渡す羽目になった悲愴感漂う対戦相手を見て、少々後ろめたい気持ちになりそうなのが嫌であった。つまりどっちに転ぼうが嫌なのであった。
であるから出来ることなら、向こうから目を合わせて来て欲しいのである。そうすれば勝ったとしても、「お前が仕掛けてきたのが悪いんだろう」と精一杯の笑顔を心の中で浮かべることができる。別にそうでなくてもそこまで後ろめたい気持ちになる訳ではないが、出来得る限り最大限まで楽になりたいのである。
つまるところ、彼もあのトレーナーも、考えていることは凡そ同じことであった。
しかし、もう流石にじれったくなり過ぎた。とうとう彼はおトクな掲示板から目を逸し、草を揺らしまくるそいつの方を向いた。「あ、トレーナーさんだ。バトルお願いできる?」。ホッとした様子でそいつは言った。自分の存在にたった今気が付いたという振る舞いに少々イライラしながら、そんな気持ちは一ミリたりとも出さず、彼は笑って頷きながら「いいですよ」と返事をした。
バトルの相手は年齢が自分と同じか少し下程度の人であった。否、外見だけでは少々判別が厳しい。
旅をするトレーナーの中には年上だろうと年下だろうと、構わずタメ口を用いるような人もいる。それは横暴な振る舞いであるとも言えるし、むしろ理に叶っているとも言える。どうせ今日一日しか会わないような奴相手に、礼儀うんたらを気にするのはコストパフォーマンスが悪いのだ。
だがこの彼には、誰にでも構わずタメ口を用いるような勇気はなかった。であるので、相手が年下か同い年であると思っていても、必ず敬語を使うようにしているのであった。
まあ、そんなことは本来特筆すべきことではない。彼は余計なことを考え過ぎである。これからバトルをやる以上、大事なのは如何にしてこのトレーナーから勝利をもぎ取るかである。真のトレーナーならそこに、脳のリソースの全てを費やさねばならない。ポケモンバトルは常にポケモンバトル以外のことを考えている暇などないのだ。
彼はどのポケモンを出すか考え始めた。相手がバトルをさせるポケモンは十中八九ロズレイド。フェイクの可能性も無きにしもあらずだがそれを考えるとキリがないし、ただの野良試合でそこまではしないだろう。ロズレイドは草・毒タイプだから普通に考えれば有利なのは炎タイプだ。しかしボールから予め出してあるポケモンに有利なタイプを出すのも、なんだか気が引ける感じであった。ずるいって思われたらどうしようという心配があった。彼はまたしても余計なことを考え始めた。冷静に考えればそもそもあいつが下心ありでロズレイドを出した訳で、こっちが気を使うこともないのだが。一度気になると彼はどうも決断を渋ってしまうのだ。
「君、ずいぶん考え事長いね」
鞄に手を突っ込んだまま、どのポケモンの入ったボールを出そうか長考している彼にたいして、ついに対戦相手から突っ込みを入れられた。
見ると隣のロズレイドは、「早く決めろ」と言わんばかりに自慢の手に付いた花をこっちへ向けていた。
彼は結局、炎タイプは選ばなかった。彼は『ジャラランガ』を出すことにした。一応彼のエースであり、自信のあるポケモンである。
相性も別に悪くはない。ジャラランガは竜・格闘。相手の草タイプの技は効果今一つで、こっちの格闘タイプの技も同じく今一つだから、本当は五分五分なのだけれども、ロズレイドはなんとなく草がメインな印象があるから、それを半減させられるのは大きいような気がした。そもそも、ジャラランガは格闘タイプの技を覚えていないので、半減しようが全然関係ない。よって総合的に見て結構こっちが有利。しかし炎タイプ程圧倒的に有利って言う印象は受けない。以上の点から彼はジャラランガを選んだ。
ジャラランガが入ったボールを投げる。尻尾を振り回して光の粒子を掻き消しつつ、鳴き声を一つ上げてジャラランガは飛び出した。野良試合としては若干オーバーな飛び出し方だが、気合は入っていることは見て取れた。
この試合は残念ながら審判不在で行われようとしていた。バトルを始めようとすると、近くにいるトレーナーが空気を読んで「審判やりましょうか」って声を掛けてくれる場合が稀にあるが、今回はそういうことはなかった。
一応近くに若い女性のトレーナーがいた。彼は期待を込めてその人と目を合わせてみた。だか彼女はその瞬間、即スマホを取り出して画面を見始めた。完全に無視をされてしまった。もうちょっと睨み続けてみようかと思ったが、相手は女性であり、そっちの目的かと勘違いされる恐れがあった。「目と胸が合ったら法廷バトル」。そんな言葉も頭を過ぎったので、彼は彼女をじろじろ見るのは止めた。審判をやってもらうのは諦めた。仕方がない。誰もが審判なんぞやりたくないのは当たり前と言えば当たり前のことだ。賞金の一部を貰える訳でもないし、流れ弾が飛んでくるかもしれないから。
余りにもここまで長々とし過ぎた。お待たせして申し訳ない。いよいよ、である。ポケモンバトルの火蓋が切って落とされた。
一足早く動いたのはロズレイドの方だった。そのブーケポケモンはトレーナーが指示を出していないにも関わらず既に技の準備をしていた。憶測だが事前に初手は必ずこの技を放つと打ち合わせをしていたのだろう。
ロズレイドが今発射せんとしているのはエナジーボールという技だ。この技は自然から集めた命のエネルギーを球体にして発射するというもの。ロズレイドの両手の間には、緑と白色が混在した半透明な球体が形成されていた。その球体は周囲から活力を集め、除々に大きさと輝きを増していく。しかし先程述べた通り草タイプはジャラランガに効果が薄い。だから彼は少考して次のように指示を出した。
「避けずに突っ込んでドラゴンクロー!」
ダメージが小さいなら変に避けたりして別の攻撃を喰らうリスクの方が大きい。
ジャラランガは司令塔の発言通り、一直線にロズレイドへ接近した。ジャラランガの腕にエナジーボールが命中し、小爆発が起こる。弾け飛んだエナジーボールの欠片は、キラキラと輝きを放ちながら周囲の木や雑草の元へと帰っていった。
たいした威力ではないと高を括っていたが、ジャラランガは体をよろけさせていた。半減であるにも関わらずこのダメージ。あのロズレイドはこっちよりもレベルが高いことが明確になった。
痛みに耐えながらそれでもなんとかジャラランガは体制を崩さまいと必死に足を踏ん張っていた。なんとか耐えてくれと彼は祈っていた。ここで体制を崩すと攻撃を畳み掛けられる恐れがある。その畳み掛けで、早くも試合が終了してしまう可能性もある。
なんとか、ジャラランガは耐えきった。彼はホッとして胸を撫で下ろす。そして攻撃態勢を素早く整える。
ドラゴンクローはかなり安牌な技。それなりに高威力で当たりやすい。心理的に最初は無難な技で攻めたかった。いきなり大技や補助技を出すのは戦略的にはありなんだろうが、何と無く彼はそれを実行するのが億劫であった。大技や補助技は外れることが往々にして多い。実際に外す可能性が高いとかそういう話しでは無い。それらは何故か、大事な場面に限って敵から逸れていくものだから、イメージ的に命中率の低い技として彼の中で先入観が出来上がっていたのである。そして初っ端から自信のある技が外れると、テンションが著しく下がるのだ。
果たしてドラゴンクローはロズレイドに上手く命中した。ジャラランガの巨大な手に備わった鋭利な爪は、ロズレイドの体を容赦なく引き裂いた。千切れた花弁が何枚かひらひらと地面に落ちる。ロズレイドは軽く悲鳴を上げて一旦ジャラランガと距離を置いた。
「ロズレイド、宿り木のタネ」
ロズレイドは先程とは全く別の技を繰り出してきた。宿り木のタネは敵の体に木のタネを植えて、どういう原理か分からないが敵の体力を吸い取って自分のものにするという、補助技だ。
突如としてこの技を使うということは、真っ当な力戦では勝つのは難しいって思ったんだろうか。悪手だろうと彼は思った。持久戦に持ち込むなら最初からそうするべきである。
そんなことをついつい考えてしまっていたから、彼はジャラランガに命令するのが一瞬遅れた。ジャラランガはロズレイドの手から放たれた無数のタネを回避出来なかった。見事に食らってしまった。ジャラランガの固い鱗を覗いた体の至る部分から小さな芽が出ていた。これでじわじわと体力を削られる羽目になってしまう。苦しむジャラランガを見て心底申し訳ないと思ってしまっていた。
「ここは一気に決めるぞ。ソーラービームだ」
そして畳み掛けるかのようにロズレイドは技の準備を始めていた。ソーラービームという大技を放つつもりらしい。宿り木で持久戦に持ち込む作戦はどこへ行ったのか。先程のは悪手であったと気が付いたのだろうか。傍から見てツッコミどころ満載の指示を出してしまうのが、いかにも野良試合クオリティーだ。しかし誤りを直ちに認め直ぐ様方向転換する柔軟性は見習いたい所である。
行動がチグハグであるとは言え、この技を浴びれば下手したら負けてしまう。ソーラービームは威力が絶大であるが、代償として一定時間溜めが必要な技だ。
今のうちに攻撃してロズレイドを倒してしまうのが最良だろう。
彼はあの技を命令した。それは竜星群であった。この技は、ドラゴンタイプの中でも随筆の威力を誇るものである。ジャラランガが使える技で一番強いものと言うとZ技の存在もあって若干微妙な所なのだけれども、非常に強力な技であることは間違いない。という訳で、彼はこの技に勝負をかけた。
しかしこう言う大技は、大事な場面に限って不思議と当たりにくい。ポケモンが緊張して力んでしまっているからなのだろうか。図鑑やまとめサイトには竜星群は90%の確率で当たると書かれてはいるが、彼は全く信用していない。体感的にはもっともっと低いような気がしていた。
彼は、攻撃を外したときの未来を予め想像し、ある程度膨らませておいた。その時の空気感、そのときの感情、ロズレイドの反撃。それらをこの一瞬の間に隈なく想像した。そうすることで、外れた場合の精神的なダメージを軽減させようとしていた。保険の教科書に乗っていそうな類の自己防衛である。勿論外れることを期待しているのでは決してなく、ジャラランガを信じていない訳でもない。だが、心の隅から隅まで攻撃が絶対に当たると思い込んでしまうと、外れたときに過剰に落ち込む羽目になってしまう。外れたときに、「やっぱりか……」って心の中で呟けるような原材料を予め用意しておくために、外れたときの未来をなるべく鮮明に想像するのだ。決してそれは逃げではなく、さっさと立ち直り、次の目標へと向かうために必要なことなのである。
空中から無数の隕石がロズレイドに向かって降り注ぐ。紛い物の隕石ではあるが、決して発泡スチロールではない。直撃すれば只では済まない代物である。果たしてどうなる。結果は――。
「いやーお強いですね。参りました。完敗です」
何故か急に敬語になった相手は、そういう風に彼を褒めてきた。
彼はこのバトルで無事勝利することが出来た。やはりと言うべきか、バトルにおける緊張感はとても気持ちが良いものだ。何一つ余計なことを考えさせないでくれる。他人の感情や周りの様子を考えなくて済むのは本当に良い。目の前のバトルのことしか考えさせてくれない状況を勝手に作りだしてくれる。
……しかし、それはあくまでバトルの最中の話しである。バトルが終われば彼はまた、余計なことばかり考える羽目になってしまう。先程、賞金を貰うとき、彼は相手の顔を全く見ないように努めていた。
そろそろ、この男とは離れたい。そう思った矢先のことである。彼はこんな提案をされたのだ。それは悪魔の提案だった。
「よろしければ次の町まで一緒に行きませんか。後二十分ぐらいで着きますし」
嫌だ。
今日始めてお会いした人と、二十分もの間会話を続けていられる自信がない。どうでも良い人ならまだしも、バトルをしてそれなりには親しくなった人だと、「何か喋らないとまずい……」と思ってしまって、翻って喋れなくなってしまう。
何か嫌な予感はしていた。たまにだがこういう提案をしてくるトレーナーがいるのだ。
どうする。彼は激しく懊悩した。この提案は、実は非常に断りにくいものなのである。トレーナーであるならばポケモンの回復を第一に考えるべきなので、「ちょっと自分用事あるので……」という、サラリーマンが呑み会を断る際の常套手段がやり辛いのである。
ここで彼はあることを閃いた。通ってきた道のりに、育て屋が建っていたのを思い出した。
「すいません、自分近くの育て屋にポケモン預けていて、迎えに行かないといけないのです」
「そうでしたか。色々お話したいことあったのに残念です。それでは、自分はこれで」
もちろん、育て屋にポケモンなど預けていない。完全なる嘘である。
彼はトレーナーと別れると、見つからないよう木の後ろに隠れた。トレーナーが歩いて行くのを只管見つめている。やがて男の姿が完全に見えなくなった。彼は木の後ろから姿を現す。もう振り向いた所で、自分の姿は絶対に見えまい。安心して彼は町まで歩いていった。
岩塊のような灰色の巨躯に、金色の鱗が何枚も連なって揺れている。
マイトの視界は、突然現れたそのポケモンの背中で一杯になった。
ジャラランガ。
混乱する頭の中でマイトはなんとかその一単語を引っ張り上げた。
ジャラランガは、背後で間抜けに尻もちをついている若い人間の男などには目もくれず、ゆっくりと右腕で弧を描いた。続いて左腕もその動作にならい、さらに足で二度地面を踏み鳴らす。シャン、シャンと尾を振って節を取りながら、腕を突き出しくるりと回り、徐々に激しくその場で踊る。ジャラランガの爪が空気を裂くごとに、ひるがえした体の上で鱗が光を跳ね返すごとに、その内側からほとばしる力が周囲にあふれるかのようだった。
幼い頃に祖母から聞いた伝説の、闘龍様(とうりゅうさま)の龍の舞だ。
十分に力を高めたジャラランガは、鋭い眼光で前方の敵を見据えた。
一体のロズレイドを連れた密猟者の男が、ジャラランガの金の鱗をねめつけてにやりと口の端をゆがめた。
「ようやく出やがったか。待ちくたびれちまったぜ。」
ジャラランガが怒りに狂った咆哮を上げ、ロズレイドめがけて突進した。
ポニの大峡谷に密猟者が侵入したようだと、マイトが報を受けたのは昨日のことだった。
「野生ポケモンたちの挙動がおかしい。普段はねぐらにしない場所に移動しているし、ずいぶん気が立っているようだ。」
数年前に島巡りを終えた後、マイトはその腕を買われハウオリシティの自警団に入った。自警団と言っても半分はボランティア活動のようなもので、街に入ってけんかをしている野生ポケモンをなだめて野に返すとか、迷子になったポケモンの捜索をするとか、そんな仕事が多い。しかし時折は厄介な案件も舞い込むもので、しかもそういうのに限って隣の島の問題だったりする。もっともポニにはハウオリのように大きな街がないからこそ、こちらに話が回ってくるのだろうが、そんな時は団の中でも特に実力のあるマイトのようなトレーナーに声がかかるのだった。
「狙われているのは、おそらくジャラコ。鱗の密売が目的だろう。」
数枚の資料をマイトに差し出しながら、団長が問う。
「引き受けてくれるな、マイト。」
「はい!」
自警団の筆頭としての誇りをもって袖を通した青い服を、年少の者はエリートトレーナーの証として憧れの眼差しで見つめる。彼らの視線に恥じない答えを、マイトが選ぶのに時間はかからなかった。
ポニのしまクイーンや警察関係者への連絡も滞りなく済んだ後、マイトをはじめとする五名のトレーナーたちが密猟者探索の任に就いた。手分けして峡谷内を調べ、怪しい者を見つけ次第すぐ仲間に連絡すること。一人で遭遇した場合は深追いせず、自身の安全を第一に確保すること。お互いにそう約束して散らばったのが、一時間ほど前。
「炊事の跡らしいのを見つけたわ。誰か来て一緒に周りを調べてくれる?」
「俺が一番近い。行こう。」
「では私は念のためその周辺を警戒します。そちらは頼みますね。」
そんな通信が入って、三名がマイトとは反対の方角に向かった、少し後のことだった。
ほとんど偶然に、そびえる岩の角を曲がって小さな谷間に入った時、マイトは炊事の主――件の密猟者と対面した。
一目でそれと分かる出で立ちだった。こんな人里離れた険しい谷で、数日かけて「仕事」をするのに適した頑丈な服装と大きなバックパックを身につけた中年男。傍らのロズレイドはアローラに生息しているポケモンではない。そして何より引きずっている麻袋の口から、ぐったりしたジャラコの姿が見えていた。
マイトはこっそりと仲間宛に救援を求める信号を打ち、ボールホルダーに手をかけた。
「あーあーあー。なんか嫌な予感がするなぁと思ったら、お兄ちゃんポケモンレンジャーか何か?」
「まあそんなところです。そのジャラコについて詳しく教えてほしいんですけど、いいですか?」
「そうだねえ。こっそり持って帰って売り飛ばすつもりだって答えたら、どうするわけ?」
男が自ら密猟者だと告白した。それもへらへらと余裕の薄笑いを浮かべながら。その訳をマイトが理解するのに、ものの五分もかからなかった。
密猟者のロズレイドは、圧倒的な強さだった。
マイトは島巡りを終えたトレーナーだ。彼と彼の相棒たちは、何人もの手強いトレーナーと戦ってきたし、ポニ島の奥地にいる荒っぽい野生ポケモンにもひるまない。それなのに、たった一体のロズレイドに防戦一方。手も足も出ないまま、じわじわと毒にやられ、刃物のような花びらに翻弄され、あっという間に全滅した。深追いだと自覚する暇もなかった。応援もまだしばらくは来ないだろう。
打ち砕かれたプライドと、自らを守るものが何もないという恐怖に、マイトは眼前から光が消えていく感覚に襲われた。
勝利の確信を持って、密猟者が冷たい笑みを満面にたたえる。
不思議な音が谷の空気を震わせたのは、その時だった。
シャラ、シャララと鈴の鳴るようなそれは、ものすごいスピードでこちらに近付いてくる。鈴の音は次第に金属板の激しくこすれ合う騒音になり、天から谷に降り注いだ。一体何事かと見上げた瞬間、巨大な影がマイトの目の前に降ってきた。着地の振動、風圧、怒りの雄叫び。驚いてマイトが尻もちをついてしまったのも、無理のないことだった。
「ジャラランガ……。」
マイトがそのポケモンを知っていたのは、幼い頃、祖母に何度もその伝説を聞かされていたからだった。普段は三つ束に編みこんで結ってあるマイトの長い黒髪は、祖母の血筋を受け継ぐ証。祖母はかつてジャラランガを崇拝し彼らと共に生きた、アローラ先住民の末裔だった。
闘龍様の雄々しい舞は、人にもポケモンにも力を与えてくださるのじゃと、祖母の口から繰り返し語られた舞が今まさに、マイトの目の前で披露されている。自らが打ち震わせる鱗の響きを伴奏に、四肢の躍動を天へと捧げるその動きは、光にきらめいてたいそう神々しいと言う祖母の表現は、伝説がよくなびく衣をまとった結果にすぎないと心のどこかで思っていた。今日この時、ジャラランガの龍の舞を間近に見るまでは。それはジャラランガ自身の力を高め、敗北に意気消沈するマイトの勇気すら蘇らせる、力強くも美しい戦いの舞だった。
(共に戦ってくれるのか、ジャラランガ……?)
なんとか起き上がったマイトがその問いを口にするよりも早く、相手のロズレイドが動いていた。大地に当てた両腕から、黒々としたいばらが生長している。ジャラランガが舞っている間から仕込まれていたのであろうそれは、すでに猛毒の鉄条網と化して、バトル場を取り囲んでいた。
「待て、ジャラランガ、早まるな!」
マイトが叫んだ時にはもう、ジャラランガは仲間を返せと怒号に吠えながら、ロズレイドに大きな竜の爪を振りかざしていた。
確実に刺さった強力な一打。だが、密猟者はにやりとした笑みを崩さなかった。
「ベノムショック。」
毒液を振りかけられて、ジャラランガはいったん退く。
やはり、とマイトは唾を飲んだ。自分のポケモンもあれにやられた。あれは傷口から入りこんで体内の毒を増幅させる特殊な毒液だ。ロズレイドは、ジャラランガを毒状態にした上であれを当てることを狙っている。
「ロズレイドの体には毒のとげがある! 接触戦は危」
マイトの言葉は、ジャラランガの咆哮にかき消された。再び駆けだし、爪を振りかぶるジャラランガ。それを避けようともしないロズレイドは、まるで自分から攻撃の軌道に乗っているようにすら見えた。
刺さるジャラランガの爪を、今度はロズレイドの体から放たれた激しい風がなぎ払う。
花びらが吹雪のように舞い、ジャラランガの体は大きく吹き飛んで、猛毒いばらの茂みの中に落ちそうになった。今、毒に侵されてはまずい!
「ジャラランガ!」
助ける、とかどうやって、とか考えている余裕はなかった。気が付けばマイトは走りだして、体勢の崩れたジャラランガといばらの間に滑り込んでいた。
「ぐうぅっ……おぉっ……!」
ジャラランガの体重がマイトの腕に乗る。背中には毒の茂み。黒いとげが何本か、ブツッと服の繊維を突き破り肌に刺さったのを感じた。さあっと体温が下がり口の中が乾いていくような気がしたが、構っている場合ではない。
ジャラランガが驚いたようにマイトを振り返って見た。
「お願いだ、ジャラランガ……力を貸してくれ。僕もジャラコたちを助けたいんだ。」
震える体に脂汗をにじませた人間の言葉が、どこまで届くものかマイトは知らない。だがその時マイトの腕はふっと重圧から解放された。立ち上がったジャラランガが、赤い瞳にじっとマイトの姿を映していた。
「闘龍様の龍の舞には、舞でお返しするのが人間の礼儀。よくご覧なさい。こう……こうじゃ。」
「わあ、おばあちゃん、かっこいい! ぼくもやるー!」
「ほっほっほ、上手上手。お前はきっといい踊り手になるね。闘龍様の龍の舞が我らに力を与えてくださるように、我らもまた、舞によって闘龍様に力を与えることができるのじゃよ。」
「とうりゅうさまに? すごいなー! ぼく、とうりゅうさまと一緒に踊りたい!」
「うむうむ。ではその時のために、たくさん練習しておかないとね。舞を通じて、人とポケモンは一つになれる。絆を紡ぎ、どんな困難にだって共に立ち向かうことができる。お前の名前にはそういう意味が込められているんじゃよ。ゆめゆめ忘れないようにね……舞人(マイト)。」
シャン、と高い音が響いた。
ジャラランガが尾を震わせ、鱗を打ち鳴らしたのだった。闘龍の舞の導入となる、高らかな音。
マイトはゆっくりと身を起こし、ジャラランガと目を合わせた。ジャラランガがうなずいたように見えた。
ロズレイドの猛毒に内側からじんじん燃やされているのを感じるのに、なぜだか少しも苦しくなかった。見えない力に導かれるように、マイトの体は祖母から習った動きをなぞる。
糸を巻くように腕を上下させながら浮かせた右足を、地面に叩きつけてぱんと音を出す。手を高く空に突き出し、体を回し、流れる大地のオーラに乗るように上半身をたゆたわせて、拳を合わせる。
ジャラランガも、隣で同じように舞っていた。
一定のリズムでシャン、シャン、シャララと震える空気の中で、マイトの黒い三つ編みが舞い、交差するようにジャラランガの連なった鱗が踊り、二つの肉体が一心になって龍の内なる波動を呼び覚ます。
「何の真似だ?」
密猟者が怪訝そうな顔をする。
「いい加減、遊びは終わりだ。ジャラジャラうるせえその鱗、はがして磨けばきっと高く売れるぜ!」
ロズレイドがベノムショックの構えを取った。毒液を発射する直前、両腕を相手に向かって付き出すその構えが、まるっきり無防備であることにマイトはすでに気付いていた。後はそのタイミングをジャラランガに伝えるだけ。ジャラランガがマイトの舞に、答えるだけ。
ジャラランガが連続して体を震わせ、谷中にこだまする響きが最高潮に達した時、ジャラランガの鱗がきらきらとした光をまとった。燃えるような魂の鼓動が、その中心に収束した。
「今だジャラランガ!」
龍の口に見立てた両手をマイトが大きく開く動作を決めた直後、力が爆発した。
二つの舞によって極限まで高められた闘龍の魂が、激しい衝撃波となってロズレイドに襲いかかった。すさまじい光と轟音と暴風が谷に満ち、驚きおののいて背中を向けた密猟者をも、あっという間に飲み込んだ。
放たれた力がようやく大地に沈んだ時には、ロズレイドと密猟者は倒れ伏して気を失い、彼らの荷物はバラバラになって散らばっていた。生活用品やロープや懐中電灯などの他、無数のモンスターボールが転がっている。きっとジャラコが入っているのだろう。大猟で入りきらなかった分を、麻袋に詰めていたというところだろうか。ジャラランガは袋の中でもぞもぞともがいているジャラコの元へ急いで駆け寄った。
「マイト! 無事か!?」
谷の入口から仲間の声がした。振り返ってその姿を確認し、手を挙げて合図した後、マイトの意識はいばらの毒の中にふっつりと溶けた。
マイトが目を覚ました時、心配そうにのぞきこむ仲間の顔が見えた。
「おお、マイト、気が付いたか。大丈夫か?」
谷は整然として、静寂に包まれていた。どうやら応援に来た仲間たちが後始末をしてくれたようだ。向こうの方で一人が周囲の検分をしている他は、密猟者もロズレイドの姿も見当たらなかった。きっと残りの二人が彼らを引っ立てて行ったのだろう。
マイトは少しうめきながら身を起こすと、側に付き添ってくれていた彼にうなずいた。
「ああ、なんとか。密猟者は?」
「今頃ハウオリの警察署に着いた頃だろう。ジャラコもみんな逃がしたよ。お手柄だったな、マイト。ちょっと無茶しすぎだとは思うが。ポケモンが撒いた毒びしにトレーナーが突っ込むなんて、お前らしくもない。」
「自分らしさについて考えている暇のない戦いだったもんでね。」
力なく笑った後、ん? と相手の顔を見た。
「毒びしに突っ込んだって、なんで分かったんだ?」
黙って目線で示された方向をマイトが見ると、岩陰にジャラランガがたたずんでいた。心配とも観察ともつかぬ眼差しで、マイトの様子をじっと眺めていた。
「身振り手振りであいつが教えてくれたよ。お陰で処置が早く済んだ。礼を言ってこいよ。あいつもお前が目覚めるの、待ってたみたいだぜ。」
マイトはちょっとふらつきながら立ち上がり、ジャラランガの側に歩み寄った。ジャラランガも一歩こちらに近づいた。
「ジャラランガ、ありがとう。お陰で密猟者を捕まえることができたよ。ジャラコたちはみんな無事だったかい?」
ぐるる、と喉の奥から敵意のないうなり声が聞こえた。それからジャラランガは、物を渡すような仕草で握り拳をマイトに突き出す。首を傾げながらもマイトが手を広げると、ジャラランガはその上にぽとりと何かを落とし、すぐにきびすを返して走り去ってしまった。
「あっ、おい、ジャラランガ!」
呼んでももう、谷を吹きすさぶ風が答えるばかりだった。
ジャラランガがマイトに残していったのは、小さな宝石だった。
「これ……Zクリスタルか?」
島巡りで手に入れたものとは少し形状の異なる、三つ山になったクリスタルだった。ジャラランガの皮膚を思わせる土色の中に、鱗のような模様が浮かんでいる。よく分からないが、まあ何かを認めてもらえたのだろう。
祖母がつけてくれた自分の名前の意味に思いを馳せ、マイトはふっと微笑んだ。
(おばあちゃん、僕、闘龍様と一緒に踊れたよ。)
風の中にかすかに、金属のこすれる音が響いた気がした。
一瞬
突然だが、ここで質問だ。
今、二人のトレーナーが一対一のバトルを繰り広げようとしている。
一方はロズレイド。両手に毒持つ薔薇の花を携えた、細身の騎士のような出で立ちのポケモン。
一方はジャラランガ。全身にジャラジャラと音の鳴る鱗を持つ、アローラ地方はポニの渓谷で修業を積んだ竜族のポケモン。
読者諸賢には、どちらのポケモンが勝つのか予想しながら読んでほしいのだ。
無論、ルールは説明する。
勝負はシングルバトル形式で手持ちは一体のみ。使用できる技の数は制限なし。相手を戦闘不能にすればその時点で勝ち。どちらも戦闘不能にならなくとも、試合開始後20分が経過したところでジャッジによる判定が行われる。体力の具合、戦いに対する意欲、技の命中率などを〇、△、×の三段階で評価し、より得点の高い方の勝利である。この評価に関しては、ホウエン地方のバトルフロンティアの一施設、バトルアリーナのルールを思い出してもらうと分かりやすいだろう。ん?バトルフロンティアなんて知らない?バトルハウスの間違いじゃないかって?まぁ、そういう施設があった世界線も存在すると、そう考えていただきたい。
*
「一瞬で終わらせてやる」
というジャラランガのトレーナーの宣言通り、勝負はまさに一瞬の決着だった。察しのいい読者諸賢なら、何となく想像がつくのではなかろうか。いや、そんな単純な話ではないだろうと勘ぐる疑り深い方は、真反対のことを想定しているのかもしれない。あるいは、そのどちらでもない状況を想定しているか。私が語る言葉の中にいくつかの嘘が含まれていて、「一瞬で終わった」という部分がその嘘であるという可能性を思い浮かべているのか。そもそも「一瞬」という言葉にあやがあると考えるか。
考えてみれば、「一瞬」の辞書的定義は「きわめてわずかな間」だが、使われ方は人それぞれである。辞書通りひとたび目を瞬く間の出来事であるかもしれないし、そこまで短くはないものの少し、という意味であるかもしれない。最近は少しの間席を外すときにも「一瞬で戻ってくる」、他人にものを借りるときですら、「一瞬○○を貸して」という表現が使われるようになっているようだから。
それについては、先に弁解しておく。私のいう「一瞬」は、本当に「ひとまたたき」の間である。そして最初にも述べた通り、この勝負は「一瞬」の間に決着がついたのである。
*
さて、決着は一瞬とは言ったものの、勝負は膠着状態のまま進んでいった。
トレーナー同士の戦いならば、トレーナーが声で指示を出してその指示通りにポケモンが動くのが基本である。しかし、今回の戦いでは、はじめのうちはトレーナーさえも互いに睨み合い、探り合い、何の指示も出そうとしなかった。どちらもここまでトーナメントを勝ち抜いてきた実力者。相手のポケモンが何であろうと油断はできないのだと言わんばかりに、じっくりと相手の動きを観察し、最良の指示を出さんと身構えていた。隙あらば一撃で相手を仕留められる攻撃を叩き込まんと、虎視眈々と隙を狙っていた。
一方、ポケモンの方はというと。向かい合ったジャラランガとロズレイドは、一定の距離を保ちながら反時計回りに回っていた。ロズレイドは両手の花をだらりと下ろした状態で、眼光だけで相手を射殺してしまうのではないかと思うほどにジャラランガを凝視しながら。ジャラランガはやはりロズレイドから目を離さず、ファイティングポーズを取って威嚇するように鱗をこすり合わせながら。相手の一挙一動を見逃さないように、隙あらば飛びかかって必殺の一撃を放つために、互いが互いをじっと見つめていた。一分、五分、十分、見ている側も戦っている側も痺れを切らしそうなほど長い時間、二匹はそうして回っていた。
何故、互いに何も仕掛けないのか。二人のトレーナーの頭の中ではそれぞれ別の思考がぐるぐる回っているのだろうが、参考までに、二匹の特徴を私なりにまとめてみようと思う。
素早さ自体は若干ロズレイドの方が早いものの、大きな差はない。
物理的な攻撃力や防御力ならジャラランガが秀でている。毒タイプのロズレイドには得意の格闘技による大ダメージは狙えないかもしれないが、ジャラランガは炎のパンチや冷凍パンチも放つことができる。一度でも懐に飛び込み、格闘技の動きに乗せてそれらを撃ち出せば、物理防御力に乏しいロズレイドはひとたまりもない。ロズレイドはやどりぎのタネを使うことができるし、一刺しで相手を死に追いやるほど強力な毒の棘を持っているが、ジャラランガの身体は堅い鱗で守られているため、タネや棘がそう簡単に通るものではない。激しい攻撃の合間を縫って鱗の鎧の隙間に毒針を打ち込む、あるいはわざと攻撃を受けて毒の棘が刺さるのを狙うやり方も無きにしも非ずだが、それはあくまでジャラランガの一撃を避けきるか、または堪えきれればの話である。攻撃を避ける間にねむりごなやしびれごなを舞わせるという手に関しては、ジャラランガの特性が粉攻撃を完全に防ぐ"ぼうじん"だった際には全く無意味となる。
ここまでだとジャラランガの方が圧倒的に有利じゃないかと思われるが、一口にそうだとは言い切れない。物理的な攻防は苦手でも、ロズレイドは特殊攻撃に秀でている。更に、ジャラランガが最も苦手とするフェアリータイプの特殊技、マジカルシャインを放つことができるのだ。ジャラランガの特殊技に対する防御力は低くはない。むしろ、そこいらのポケモンと比べれば格段に高い。それでも下手に近付けば、カウンターで手痛い仕打ちを受けて沈むのがオチである。
では、遠距離から狙い撃てばいいのではないかということになるが、それはそれで問題がある。
まず、二匹が使える遠距離攻撃が、大概は直線的に進むものであるということ。ロズレイドならばソーラービームやマジカルシャイン、ジャラランガなら直線的な攻撃は、いくら素早く放っても予備動作を見て素早く反応することで簡単に避けられてしまう。ロズレイドのマジカルリーフのように相手を追尾する攻撃でも、ジャラランガは着弾までの時間に火炎放射で焼き尽くすなりスケイルノイズの衝撃波やドラゴンテールなどで叩き落とすなり、ダメージを受ける前に対処することも可能である。そもそも、ドラゴンタイプのジャラランガには、草タイプのマジカルリーフは効果薄であることも忘れてはならない。といっても、実力が拮抗した者同士の戦いでは、こうした小さな一撃も馬鹿にならないことを互いのトレーナーは十分把握している訳なのだが。
近接戦闘向きに思われるジャラランガの重い打撃は、直撃せずとも周囲の地形を変えるほどの衝撃波を放つ威力がある。ただし、ダメージを狙うならば、ある程度距離を詰めなければならないことに変わりはない。特有技のスケイルノイズや、特有Z技のブレイジングソウルビートは身代わりや壁を貫通して攻撃することはできる。前者は物理防御力が下がるというデメリットがあるものの、予備動作が小さく威力も大きい。ただし、媒質を伝わるうちに減衰するという音波の特性と、これも直線的な攻撃であるため、あまり離れすぎた場所で攻撃の芯を外すと大きなダメージは期待できない。後者は広範囲に安定した威力で技を届かせることができるものの、予備動作以前にZ技特有のポーズを決めなければならない。そんな大きな隙を突けないほど、ロズレイドは愚鈍でも鈍足でもない。
対するロズレイドは、毒の棘を持った蔓を地面に這わせ、相手の足元から攻撃するという戦法を取ることもできる。これならばどこから毒の棘が現れるか予想がしにくいうえ、ジャラランガの鎧を気にせず攻撃できる一つの方法である。が、蔓を地面に這わせている間はその場から動けないというデメリットもある。遠くを狙って蔓を伸ばしたところで、距離を詰められて打撃を食らえば終わってしまう。高い特殊攻撃能力を生かすとすれば、エスパータイプの技、神通力が効果的であろう。見えない念の力で攻撃するこの攻撃は、一度放たれたら最後、撃たれた相手は攻撃されたことすら気付かずに終わってしまう可能性もある。ただし、少し念じれば強い念の力を放てるエスパータイプとは違い、草・毒タイプのロズレイドでは発動までのタイムラグを要することになる。発動を読まれてしまえば、蔓攻撃と同じく技が起動するまでに決着を付けられる可能性も否定できない。そして忘れてはいけないのが、ジャラランガが持ちうる特性の一つ、"ぼうだん"。相性は良くも悪くもないが使う機会があるかは分からないシャドーボールやヘドロばくだんなどの砲弾系の技を一切受け付けないのである。これらはロズレイドのメインウエポンとして使われることも多いため、運が悪いと遠距離からでは一切技が通用しないという可能性も十分にあり得る。
すなわち、遠距離だろうが近距離だろうが迂闊な手出しを出来ないからこそ、このような遅延行為じみた状態になっている――と、傍から見ればそう思うかもしれない。
*
制限時間まであと一分。スタジアムの時計の文字が、早く決着を付けろと赤く染まった。それでも互いに向き合って公転運動の如く回り続ける二匹にしびれを切らしたのか、三十秒前には警告ブザーまでなり始めた。それでも、二匹は以前回り続ける。二十秒、十五秒。十、九、八、七、六……とここで、双方のトレーナーから短く「行け!」と指示が飛んだ。どちらも具体的な技は告げなかった。こうした指示の出し合いですら、出された指示にあと出しで反応されては困るとでもいうかのように。あるいは、はじめから決め技を打ち合わせていたかのようでもあり。長らく待たされてなおも回り続けた二匹が、遂に動いた。
ロズレイドは両手の蔓に妖精の光を纏い。
ジャラランガは右に炎を、左に冷気を纏った両の拳を振りかぶり。
ロズレイドが、ジャランガが、互いに持てる力の最大限をぶつけんと地を蹴った。
そして。
次の瞬間、二匹のポケモンは共に、地に倒れ伏していた。互いに技をぶつけ合う前に、同時に倒れ込んだ。誰もが望まない形で、勝負は引き分けとなってしまったのである。
ここで勘のいい読者諸賢ならば、ロズレイドとジャラランガが互いに何を仕掛けたのか薄々気付いているかもしれない。
ロズレイドは円形に回りながら、足元に罠を仕掛けていた。両腕の蔓に生えていた、猛毒の棘である。どくびしと呼ばれるその技は、ロズレイドがまだロゼリアの頃に覚えたものだった。知らず知らずのうちに棘を踏んでいたジャラランガは毒に侵され、じわじわと体力を奪っていったのだ。加えて、ロズレイドはこれまた気付かれないように神通力で攻撃を仕掛けていた。目には見えない超能力はジャラランガの弱点のエスパー技。大っぴらに使っていては気付かれるため、出力を抑えて、少しずつ、少しずつ体力を削っていたのだった。
対して、ジャラランガも何もせずに回っていただけではなかった。
回りながらも、全身の鱗を小刻みに振動させ、傍目に見ても分からない衝撃波を撃ち出していたのである。細かい振動はゆっくりと、しかし確実に、気付かれることなく。電子レンジの要領でロズレイドの身体を震わせた。やがて振動は激しくなり、体の内側からロズレイドを蝕んでいたのだった。
かくして、長時間に渡った二匹の戦いは、「一瞬」にして引き分けに終わったのである。
こんなの一瞬とは言わない?確かに、勝負全体は一瞬とは言えない長い時間だった。しかし、屁理屈を言わせてもらえば、決着の瞬間はまさに「ひとまたたき」の間だったわけなのだから。
*
試合の後、二人のトレーナーにこの日の戦略について尋ねてみた。すると、思いもかけないことが分かった。
予想の通り、二人のトレーナーはそれぞれ自分のポケモンに、試合開始後どのように立ち回るかあらかじめ指示を出していたのだという。しかし、それは最後の一撃についてだけ。それまでの駆け引きに関しては、二人の知るところではなかったというのだ。
何が言いたいかというと。つまり。
目には見えない攻防を、水面下の駆け引きを、ロズレイドは、ジャラランガは、自らの判断で行っていたというのだ――
私の名前はガーベラ。自警団〈エレメンツ〉の団員です。私の所属する組織〈エレメンツ〉は、このヒンメル地方で起こる様々なトラブルに対処するべく日夜奔走しています。
私の上司のソテツさんは、現場に赴くことが多い方なので特に忙しそうです。私はそのソテツさんの補佐もしています。ソテツさんとは師弟関係でもあるのもあり、多分現状では私が一番ソテツさんと一緒に行動していると思われます。
そう……補佐であり弟子であるからこそ、彼の体調が、分かってしまうのです。
いえ、誰にでもわかるくらいには、ソテツさんは今にも寝不足で倒れそうでした。
「ガーちゃーん……オイラはもう駄目なようだー……あとは任せたー……」
「ガーちゃんじゃありません。ガーベラです。しっかりしてくださいソテツさん。溜まっている相談はあと一件だけですので……あと私に掴まっていてください。落っこちたらシャレになりません」
「お言葉に甘えるよ……」
大きな葉っぱの被膜を持つ首長のポケモン、トロピウスの背にに二人乗りをして空飛んで現地に向かっていると、後ろのソテツさんが珍しく弱音を吐きます。今週ソテツさんは寝る暇があまりありませんでした。寝ようとしても不規則な休眠は机に突っ伏していたり、椅子で寝ようとして失敗していたり……など姿勢の悪い状態で寝ていました。現在は二徹さんです。本当は今回の依頼も私だけで対処できればいいのですが……まだ一人で向かうには自信がなく、大変申し訳ないのですがソテツさんについてきてもらっているという感じです。自分の未熟さに情けなくなりますが、へこんでばかりもいられません。気を引き締めてその場所へ向かいます。
問題の起こっている谷間に到着する直前、じゃらじゃらとした何かを鳴らす音を集めたような騒音が辺りに響き渡ります。空にまで響くその大きな音に、私とソテツさんも顔をしかめます。
「この音が……例の」
「いやー、確かにこれはキツイねー……」
今回の相談は、谷間の近くの村からの住民から持ち掛けられたものでした。
先程のじゃらじゃらとした音が、谷間の方から昼夜問わず頻繁に大音量で鳴り響いていて困っているとのこと。つまりは「五月蠅いからなんとかしてくれ」という事案でした。
谷間を進んでいくと、眼下に騒音のらしき原因ポケモンとポケモントレーナーとその手持ちポケモンの姿が。
ポケモンは予想通り、大量のじゃらじゃらしたうろこを身に着けたドラゴン・かくとうタイプのポケモン。ジャラランガ。ジャラランガのトレーナーは、赤茶の髪を後ろで縛った少年でした。やはりといいますか……少年はジャラランガに技の特訓をさせていました。
こちらの存在に気付いた少年とジャラランガは技の練習を中断し、物珍しそうな顔で私達を出迎えました。
「こんにちはー、オレたち以外のトレーナーが来るなんて、珍しいな! オレはヒエン! こっちはジャラランガ、姉ちゃんたちは?」
「こんにちは。私はガーベラです。こちらはトロピウスと、ソテツさんです」
「やーよろしくー……」
ひらひらと手を振るソテツさんを見たヒエン君は口をあんぐり開けていました。
「ソテツ!? あの〈エレメンツ〉『五属性』の一人のソテツさん!? なんでまたこんなところに!?」
「キミに会いに来たんだよー……」
「オレに会いに?! うおおお……オレの名もそこまで轟いていたとは」
「轟いていたのは、貴方のジャラランガの技の音です……」
「? どういうこと、ガー姉ちゃん」
「ガー姉ちゃんじゃありません! ガーベラです! ……まったく、もう。ヒエン君。貴方のジャラランガが出す音が、近所迷惑になっていると苦情がありました。場所を移動するなり、自粛をしてもらいたいのですが」
要求を言うと、ヒエン君は明らかに納得のいっていない渋い顔をします。
「なんでだ? ポケモンの技の練習で騒がしくなるのは当たり前じゃないか、それをするなって言われても……ここの場所見つけるのにも、結構苦労したのに」
「まったくするなと言いたいわけではありません……せめて夜間だけでも、控えてもらえませんか?」
私の提案に、彼は譲りがたい理由を述べました。
「オレたちはもっと強くなりたいんだ……そのためには技を磨きたいんだ……頼むよガーベラ姉ちゃん、ソテツさん……『ポケモン保護区制度』なんてものがある限り、オレらはオレらで強くなるしかないんだよ……」
『ポケモン保護区制度』
それはヒンメル地方のポケモンの生態を護るために近隣の国々が押し付けてきた、ポケモン捕獲に対する制限。この制度で苦しんでいるトレーナーが山ほどいるのは知っていました。ポケモンを捕まえる機会が少ない以上、強くなるためには今いる自分とポケモンたちだけで強くならなければいけないのが、現状。
それでもヒエン君はジャラランガと強くなろうとしている。私たちのしていることはその邪魔でしかないのは、分かってはいても苦しいものでした。
でも、安眠できない村の人たちのことを考え……結局私は、頭を下げてお願いしました。
ヒエン君は「仕方ないか」とこぼした後、ある条件付きで説得に応じてくださいました。
「頭を上げてって――――じゃあさ、ポケモンバトルしてくれよ。経験は多い方がいいし、一度〈エレメンツ〉がどれほどの実力なのかって、知っておきたいし」
〈エレメンツ〉の実力を知りたい。その言葉の中にはソテツさんへの指名は含まれていませんでした。ヒエン君はソテツさんの体調を気遣ってくれたのでしょう。
ヒエン君、本当はソテツさんとバトルしたかったはず。私にその代役が務まるのか。不安がこみ上げてきます。ですが、ここは引けない。引くわけにはいかないのです。
「……ソテツさんは、休んでいてください」
「大丈夫? とは、言わないさ――――任せた」
「任されました」
ヒエン君の妥協してくれた恩に報いるために、私はトロピウスをソテツさんに預けて、別のモンスターボールを握りしめました。
「私が相手です、ヒエン君。ルールはシングルバトルの1対1。いいですね?」
「いいよ……ありがとう。ガー姉ちゃん」
「それはこちらの台詞です。そして、ガー姉ちゃんじゃありません、ガーベラです」
「……こだわるね」
「こだわりますとも」
「まあ、いっか――――ジャラランガ! 久々のバトルだ! 気合入れていくぞ!」
じゃらん、とうろこを鳴らし咆哮するジャラランガに対し、私はモンスターボールを上空へ放り投げます。ボールが開き、光と共に現れたのは、草・毒タイプのマスクをつけた花の化身、ロズレイド。
「お願いします……ロズレイド!」
バトルはあまり得意ではありませんが……私の持てるものをぶつけるために、彼の持てるものを受け止めるために、私達はバトルを始めました。
**************************
「先手はもらいます! ロズレイド、『ヘドロばくだん』!」
花束のような腕をスイングさせて、毒爆弾を飛ばすロズレイド。放物線を描いたその毒爆弾は――ジャラランガに届く前に“何か壁のようなもの”にぶつかりはじけて霧散した。
「へへっ、効かないよ! ジャラランガ、『ドラゴンクロー』でお返しだ!」
「爆弾系無効化特性……『ぼうだん』ですか。ならっ、『グラスフィールド』!」
ロズレイドを中心に広がる草の大地『グラスフィールド』が、駆けてくるジャラランガの足元にまで及び、ツタが足に絡まる。
「足場を悪くしてくるかー、構わず突っ込めジャラランガ!」
「かわしてくださいロズレイドっ!」
ジャラランガはツタを引きちぎりながらロズレイドへなお接近。ロズレイドに竜爪を使い連続で切り裂いた。ロズレイドはかすり傷を負っていく。が、微々たるものだがロズレイドの傷口がどんどん回復していく。それは、かすり傷程度では押し切れない回復スピードだった。
「『グラスフィールド』の回復効果か! 確かにかわされ続けたら、決定打がなければ押し切れないね……でも、回復はジャラランガもするし、ダメージを与えられないのはそっちもじゃない?」
「それはどうですかね」
カーベラの言葉に、ヒエンはジャラランガの様子がおかしいことに気づく。
眉間にしわを寄せ、少し息苦しそうなジャラランガ。ジャラランガの体力は、毒で削られていたのだ。毒を仕掛けたのは、ロズレイドの特性。
「しまった『どくのトゲ』か」
「ふふ、タイムリミットが出来てしまいましたね。しかしゆっくりしている暇は与えませんよ! ロズレイド、タネをお見舞いです……!」
ロズレイドが花束のから“タネ”を射出して、ジャラランガに埋め込む。
(まずい、『やどりぎのタネ』! 時間が経てば経つほど、タネにジャラランガの体力が吸い取られる!)
「さて、この布陣をどう切り抜けますかヒエン君?」
ヒエンは動揺していたが、時間をかけるだけジャラランガが不利になる事実を飲み込んでいだ。両手で頬を叩き、瞬時に冷静さを取り戻したヒエンは、ジャラランガへ次の一手を指示する。
「いくっきゃ、ない。やるっきゃ、ない! ――――ジャラランガ! 今こそ特訓の成果を見せる時だ!」
ヒエンの声に、ジャラランガが応える。ヒエンは両腕を交差し、右腕につけた『Zリング』に力を籠め始めた。
「まさか……ロズレイド、踏ん張りをきかせて耐える準備を!」
「いくぞジャラランガ!!」
『Zリング』から出される己のゼンリョクエネルギーをその身に纏ったヒエンは、半円を両腕で描かせてから、その握り拳を正面に突き出す。右足を一歩後ろに引いてから、ドラゴンの口を連想させるようにヒエンは腕を、拳を、今にも噛みつく竜の如く開き構えた!
「これがオレたちの魂のZ技……っ!!」
ヒエンの全力の動作から放たれるエネルギー波を受け取ったジャラランガは、儀式のような雄々しい舞いを始める……じゃらん、じゃらん、と鳴り響くジャラランガのうろこがだんだん早くなる舞いに合わせて小刻みに震えていき、やがてそのバラバラだった音は一つとなり超爆音波となりロズレイドに襲いかかる――!
「喰らえっ! 『ブレイジングソウルビート』おおおお!!!!」
ヒエンとジャラランガ。ふたりの咆哮がガーベラとロズレイドを飲み込んだ。
圧力となった音の塊に押しつぶされそうになるロズレイド。だが、ロズレイドはその猛攻を耐えきる!
音の嵐が過ぎ去り、静けさが戻るころ。にらみ合う形だったジャラランガとロズレイドが体勢を立て直す。
「なんとか、しのぎ切りましたか」
「いいやまだだね! ブレイジングソウルビートの追加効果、オールアップ!」
「なっ」
ガーベラが驚くのも束の間。ヒエンの合図に呼応して、ジャラランガの周囲に五色の光が溢れる。
「攻撃、防御、特攻、特防、素早さ、全部能力上昇ですか。なかなかにえげつない……『ギガドレイン』で体力を奪いますよ、ロズレイド」
「させないよ! 『ドレインパンチ』で迎え撃て、ジャラランガ!」
再びの接近戦。ロズレイドの放つ光がジャラランガの体力を吸い取る。ジャラランガの放つ拳がロズレイドの体力をかすめ取る。お互いいまひとつ相手の体力を削れない。しかし毒のダメージや、フィールドの草タイプ技の『ギガドレイン』の威力が上がる効果などによって次第に二体の体力の差が離れていく。
「まだ、まだだ。もう一発。もう一発『ドレインパンチ』……!」
そして『グラスフィールド』も消滅し、とうとうジャラランガの体力が尽きようとしていた。少し距離を取るロズレイドを見据えながら、ジャラランガは両手と片膝を地につける。
その様子を見たガーベラは、宣言する。
「そろそろ、決着ですね。ロズレイド、最後の攻撃の準備を」
その余裕をもった言葉に、ヒエンは同意した。
「そうだね。最後の攻撃をしよう――――オレたちの勝ちだ!」
宣言返しを合図に、クラウチングスタートでロズレイドめがけて今までで一番早く走るジャラランガ。ヒエンが拳を突き出して、ジャラランガの技名を叫ぶ。
「『きしかいせい』の一手、喰らえ!!!」
『きしかいせい』とは、ダメージを受けていれば受けているほど威力の上がる技である。ヒエンとジャラランガに残された、ガーベラのロズレイドを倒す唯一の手だった。毒のダメージと『ギガドレイン』の威力を見極め、『ドレインパンチ』で残りの体力を調整。そして今の瞬間がベストタイミングであった。
決まれば、ヒエンとジャラランガの勝ち……だった。
「いいえ」
ガーベラの素早く短い否定が終わると同時に、爆発がジャラランガを襲う。
目を見開くヒエン。倒れるジャラランガの向こうに、花束の右腕をガンマンのように突き出したロズレイドの姿をとらえる。
謎の爆発にヒエンは混乱した。しかしどんなに考えても『ヘドロばくだん』の爆発以外にはありえない。けれども弾丸系の技はジャラランガの特性『ぼうだん』によってダメージは通らないはず。
そう、『ぼうだん』の特性が発動しさえすれば。ヒエンとジャラランガは勝っていた。つまりはジャラランガの特性を不発にする技を喰らっていた可能性が出てくるということだ。
(いつ、どのタイミングでそれが起きた?)
ジャラランガに駆け寄り頭を悩ませるヒエンの視界の端に、ジャラランガの身体から芽が出ているタネが映り込む。
そして彼は天を仰ぎ見て、理解した。
「ああああ……あれ……あれ『なやみのタネ』だったのかああああ……!」
「正解です。フェイントは成功していたようですね。そして、私たちの勝ちです」
ヒエンは、眠り状態にならなくなる『ふみん』に特性を一時的に“上書き”する技『なやみのタネ』と、体力を少しずつ奪う技『やどりぎのタネ』と誤認していた。いや、ガーベラに誘導させられていたのだ。
「ごめんよジャラランガ。毒でジャラランガの体力減っていたのと、『グラスフィールド』の回復効果とかで『なやみのタネ』をわかりにくくしていたのかー……でも、それにしてはロズレイド元気じゃなかったガー姉ちゃん?」
「ガー姉ちゃんじゃありません。ガーベラです……ああそれはですね。ロズレイドに持たせてあるこの持ち物ですよ」
ガーベラの指示で、ロズレイドが黒くてどろっとした何かを取り出す。予想外の形状の持ち物にヒエンは一歩引く。
「何これ」
「『くろいヘドロ』と言って、毒タイプ以外が持つと苦しむことになりますが、逆に毒タイプが持つとじわじわ体力を回復してくれる代物です」
「へえー、だから、ロズレイドの回復力が、上がっていたんだね」
「そういうことです。お疲れ様です、ロズレイド」
くろいヘドロをしまうロズレイドと、それを手伝うガーベラを見るヒエンはジャラランガを撫でる。それから彼は、ガーベラの戦い方を思い返していた。思い返し終わった後、ヒエンは素直な感想をガーベラに伝える。
「ガーベラさん、あんなに静かにロズレイドを戦わせられるなんて、すごいよ。オレ、強力な技には強烈な音がつきものだ、強くなるにはより大きな音を出すぐらいじゃないと駄目だって思っていた……でも、そういう静かなバトルスタイルもあるんだね」
「いえいえ……でも、バトルスタイルはポケモンにもよりますし、ジャラランガは音を使いこなすスタイルでもあります。でも、戦い方と強くなる方法は一つでは、ないのかもしれませんね」
「だね。オレもジャラランガも技の威力を上げるだけじゃなくて、音を鳴らすだけじゃなくてもっと戦法とかいろいろ見直してみるよ。そのことに気づけただけでも、バトルして良かった! ありがと!」
ストレートな物言いのヒエンにガーベラは一瞬反応が遅れる。最初はヒエンの対戦相手が自分でいいのだろうか、ふさわしいのかと悩んでいたガーベラは、ヒエンに自分が相手で良かったと言ってもらえて戸惑いもしたが、嬉しかったのだ。その嬉しさを噛みしめ、ガーベラは礼を返す。
「こちらこそ……ヒエン君、お互い強くなりましょう。そしてまたいずれ、バトルしましょうね」
「分かった! その時はガー姉ちゃんもソテツさんも万全の体調で来てくれよな? オレは二人とバトルしたいからさ」
「はい。ソテツさんにもよく言い聞かせておきますね」
「やった! ってー、そういやソテツさん大丈夫かな」
「おそらくは、大丈夫だと思います。ほら」
ガーベラの指差す方には、トロピウスの背中にもたれかかるようにして寝ているソテツの姿が。
「『ブレイジングソウルビート』近くで聞いていたはずなんだけど、よく眠れるなあ」
「そこはほら、耳栓渡しておきました。あとはトロピウスのフルーティーな香りに包まれて熟睡コースです」
「もうちょっと寝かせてあげようか」
「ですね。では、おやつにトロピウスの首についてるきのみ食べますか? 甘くて美味しいですよ」
「いいの、やったっ」
そうして二人は、きのみを食べながら、午後の昼下がりを談笑して過ごした。
二徹だったソテツが目を覚ましたのは、夕時だったという。
**************************
あとがき
バトル描写書き合い会といいつつ長編で連載中の明け色のチェイサー短編で描きたかった話とうまく融和できそうだったので、書いてしまいました。
以下、今回のジャラランガとロズレイドの構成です。
ジャラランガ♂ 特性ぼうだん アイテム ジャラランガZ
スケルスノイズ(ブレイジングソウルビート) ドラゴンクロー ドレインパンチ きしかいせい
ロズレイド♀ 特性どくのトゲ アイテム くろいヘドロ
ヘドロばくだん なやみのタネ グラスフィールド ギガドレイン
目と目が合ったらポケモン勝負、はトレーナーの常識の一つだ。見えるところに携えたモンスターボールはその勝負を受け入れる証でもある。
男は自分の腰に提げたそれを、ポケモンを繰り出す動作の前準備として素早く撫でていく。既に勝負のためのルーチンの一つと化した動き。指先がつるりとした表面を通る度、始まる勝負に向けて気分が昂ぶっていくのが分かる。ボールの中に収まっていながらポケモンたちもまた高揚を隠さず、ボールごとがたがたと震えている。
男の視線は真っ直ぐに、相対したトレーナーの動作へと注がれていた。ポニ大峡谷に吹き付ける強風に煽られた麦わら帽を片手で押さえながら、もう片方の手で鞄の中へ手を伸ばす観光客の女へ。
人里さえ数えるほどのポニ島だ。雄大な大自然が残ると言えば聞こえはいい。その実が強力な野生ポケモンの多く棲む場所であることはアローラの住人ならずとも旅の経験があるポケモントレーナーならば察しはつくだろう。この島に長く住まう男でさえ、帰り道の不意の野生ポケモンへ備えるためバトルに使うポケモンも相手取るポケモンも一匹に留めるというポリシーを貫いているほどだ。
そんな島に一人で足を踏み入れて大峡谷まで辿り着くことができる実力あるトレーナー。この場所にいるということは、女はそういう人物であるということだった。
年若い女だ。大峡谷の外周、バトルフィールドに選ばれた平地を挟んで男と向かい合う姿を誰かが見たのなら親子とさえ見えるような。だからこそ面白いんだと男は心中でほくそ笑んだ。島巡りの一環としてこの地を訪れるトレーナーにも若くしてポケモンと通じた少年少女は多い。だがアローラの外にも若年ながらに実力あるトレーナーは溢れている。
男はここでそんなトレーナーを待ち構えるのが好きだった。いつか勝負したホウエン出身の相手に、ナックラーのような男だと形容されたことさえあるほどに。
見つめる先の女は早々と選定を終え、鞄から取り出したボールを高々と投げ上げる。現れたのは両手に紅青の薔薇のブーケを携えたポケモン。すらりとした二足歩行の姿、仮面じみた模様を持つ顔。頭髪とも花弁とも取れる頭部の白を残して全身を覆う緑の体色、そしてその両腕がその身に纏うタイプを教えている。
しかし読み取ったそれを男が自らの選定に活かすには今一歩遅かった。相手を目にした時には既に男は繰り出すべきポケモンを決め、次の動作へ移っていた。
腰に並ぶボールからひときわ大きく震える一つを選び取って、男はポケモンを放つ。見もせずに選んだからといってそれがどの種族か分からないほど手持ちとの付き合いは短くない。ベテラントレーナーとして、男は人一倍ポケモンバトルに対する自負を持っている。
紅白のボールが空中で弾ける。データの光が一瞬にして固体へと変わり、鎧に身を固めた二足の人型竜が地を踏む。
「わ、ジャラランガ? だよね! ちょうど見に行くところだったんだ、もう生で見られるなんてラッキー!」
一鳴きと打ち鳴らす両の拳、その腕と尾に広がる鱗のそれぞれがぶつかり合うけたたましい音で目前の相手を威嚇する姿を目にして女が歓声を上げる。戦闘の緊張感を削ぐような黄色い声に、男は僅かばかり眉を顰めた。
対する女のポケモンは受ける威圧も背後の高い声もどこ吹く風といった調子で、隙なくジャラランガの出方を窺っている。このポケモンが相当に鍛えられていることは間違いがなかった。両腕、足、尾、鱗。女の口ぶりからすれば初めて見るはずのポケモンに対して、攻撃の起点となるであろう部位を的確に判断し警戒していることが読み取れた。
誰かの鍛え上げたポケモンを借りてここまで来たか。あるいはこの女が、今そうは見えずとも手持ちをここまで鍛え上げるだけの力を持つのか。
その判断を、男は観察ではなく一声に任せた。
「まずは小手調べだ、これだけで倒れてくれるなよ!」
その言葉を聞くや否や、三つ爪を備えたジャラランガの脚が力強く地を蹴った。技名を呼ぶことすら要らないほどに男にもジャラランガ自身にも慣れ親しんだ、幾度となくこの場で繰り返してきた「小手調べ」の動きにして、最も自信を持つ一人と一匹にとっての言わば基本動作。
鎧の下に隠された筋肉が力強く躍動する。相手の身長は自身の半分、横幅で言えばずっと劣るだろう。そこへ下方から拳を叩き込むためにジャラランガはごく低い前傾姿勢でその懐へと飛び込んで、そのまま片脚で踏み切った。格闘タイプの膂力を受け止めるにはあまりにも華奢と見える身体へ叩き込まれる、容赦のない『スカイアッパー』。
吹き飛ぶ小さな身体が描く軌跡は、初めこそ放物線を描いていた。その動きはすぐに何かにつかえたように停止する。苦しげな声を僅かに漏らしたのは、仕掛けたばかりのジャラランガの方だった。攻撃を受け止めたと思しき片腕の花束はひしゃげ、そこに咲いた紅色の花は無残にも散りかけている。しかしもう片方の花束の奥からは蔦が伸び、備えた無数の棘をスパイクにジャラランガの片腕をしっかりと捉えていた。
「いい感じ! 逃げられないうちにどくどく仕込んじゃって!」
女の声とともに未だ鎧竜の腕に巻き付いたままの蔦が脈動した。鱗に弾かれようと、鎧を纏わぬ肉へ深々と突き刺さった無数の棘が、内に秘した中空から注射針じみて毒を送り込む。
その切れ長の面差しをとっても細い体躯をとっても流麗、優雅と称されて遜色ないポケモンだろう。しかしマスクのように顔を覆う部位から覗く赤い目の纏った雰囲気は、踊り子のような気品や科からはかけ離れていた。そこにあるのは、遠く噂に聞くポケモンマフィアもかくやというほどの冷徹さ。
「なんだ、全部計算のうちって訳かい?」
「アローラ、ロズレイドいないんだってね。あんまり毒タイプっぽくないってみんな言うから、これがよく決まるんだ!」
勝利どころか策一つを決めただけながら、女は未だもって脳天気な表情でピースサインを決める。細められた瞼の奥にある目が笑っていないのが自分の思い違いかどうか、男は考えるのをやめた。
仕掛けられた罠に自分達がまんまとはまってしまったのは明白な事実だ。ジャラランガは攻撃の要の一つである利き腕を捉えられ、今もその身のうちに広がりゆく異物の感触に顔を顰めている。相手が毒タイプであった以上、いくら体格差があるとはいえ先ほど放った拳の一撃も大した手傷を与えてはいないだろう。男もジャラランガも己の不利をよく理解していた。けれど同時に、それが覆せないほどのものではないとも確信していた。
男がジャラランガを見る。その表情は身体を駆け巡る毒がもたらす苦痛に歪みながらも、まだまだ闘志を失ってはいない。むしろその心中でふつふつと煮えたぎる己の不甲斐なさと自分を陥れた相手への怒りのせいで、戦意はますます増しているようだった。
「ならその目論見、もろとも焼き捨ててやろうか! ジャラランガ、かえんほうしゃ!」
「えっ、なっ、使え、あーっ逃げてー!!」
指示が飛ぶや否や、待ちに待ったとばかり竜の口ががばりと開く。その目に浮かぶ憤怒をそのまま具現化したような紅蓮の炎が見る間に喉奥から噴き出し、驚きに目を見開いた目前の相手へ襲いかかった。二匹を繋ぐ蔦は高熱の前にあっという間に黒く焼け落ちて灰へと変わり、トレーナーの高い悲鳴を背景にしてロズレイドは半ば転げ回るようにしゃにむに距離を取りその魔手の範囲から逃れる。
「一度止まれ、待つんだ! 相手をよく見ろ!」
無事解放されたジャラランガも追おうとしたその動きを自らのトレーナーに制され、不承の意志をありありと宿す鳴き声を上げつつも足を留めた。
未だ感情の動きが収まらないと見える女は自分のポケモンよりもよほど震え怯えた顔をしながら、ジャラランガとトレーナーに信じられないものを見る目を向ける。
「吐けるんなら最初から使えばいいじゃない!? 草ポケモンでしょどうみても! 草は炎に弱い、何ならトレーナーデビュー前の幼稚園児だって知ってるでしょ!?」
「何、焼いて一発で倒れたって面白くないんでね。半端な奴ならあれだけで沈むんだ、試すには十分だった」
「しんじらんない」
思わずといった調子で呟く女の言葉に付き合う理由ももはや特にないことを、男は十分に承知していた。その実力を感じさせない軽い態度、毒を打ち込んでからの引き延ばしのような会話。本当にこの女の振る舞いは、どこからどこまでが計算してのことなのかがさっぱり分からなかった。
焦げた臭いと煙を上げながら遠ざかったロズレイドが、体表に僅かくすぶる火を潰れた方のブーケで叩いて消していた。至近距離からの弱点属性技。疑いようもない痛打を与えたとはいえ、この底の読めない相手をジャラランガの怒りにまかせて深追いすれば先ほどの二の舞となるのは目に見えている。男は迎え撃つ側へと回る心積もりだった。まさしく先ほどの相手が行ったように。
毒以外の手傷は片腕、それだけだ。過剰に時間をかければ毒が回りきるといえども、倒れるまで一刻一秒を争うほどに状況が切迫してはいない。焦りを覚えるような状況に置かれているのはジャラランガではなく、カードが割れた上に深手を負っているロズレイドのはずだ。その手の内がまだ見えきっていなくとも、何か必ずあと一度仕掛けてくると男は確信していた。
敵が至近から外れたことで頭に上った血がいくらかは落ち着いたのか。待機を命じられた拳竜は今や主人の意図するところを汲み、その鋭い視線は再び二足で立ち上がった相手を注視している。技の起点となった両腕、同じ機能を持つとも知れない頭部に咲いた花がどこを向いているのか。その仮面の奥に隠された眼がどこを窺うのか。そのか細い脚に力の籠もる兆候はないか。その一挙手一投足へと注意を向けながら、いつ動きがあれども迎え撃ってやると言わんばかりに尾を揺らす。眼差しと鳴り響く騒音に宿る恫喝の色。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ! ロズレイド! 私たちまだまだ絶対有利、わかってるでしょ?」
弱った身体でその無言の圧力を受け止める手持ちへ女が言葉を掛けた。硬いもののぶつかり合う音の中でもよく通る高い声、明るく弾んだ口ぶりと自信に満ち溢れた目つきは勇気づけるため無理矢理に繕ったという風ではない。本心から無邪気に言葉通りのことを信じているのだろうと思わせる姿。
その背に声援を受けたロズレイドの口元が、滲み出る自負にわずかに弧を描く。くるぞ、という男の言葉は発せられることがなかった。首元から背にかけて、そして尾、それに肩から腕。前に立って己と同じ方向を見つめる相棒の全身に力が込められたのを、自分と同じ予感を確かに感じていることを見て取ったからだ。
女は笑みを崩さない。高まる感情に合わせて自分までもが拳を突き出しながら、高らかに命じる。
「やっちゃえ! 『ベノムショック』!!」
「絶対に通すな!!」
その技名を耳にした瞬間に男は叫んでいた。もっともあっては欲しくなかった隠し球は、まだ相手の手中にあったのだ。
確かにその音を聞き取ったロズレイドは両手を素早く擦り合わせ、その勢いのまま片腕を相手へと向けた。先から噴き出した、その二つの花色が交じり合ったかのような色の液体が捉えたのは残像。
いつでも動けるよう準備を整えた状況を存分に活かし横飛びで逃れたジャラランガは、二射三射の追撃も軽快な動きで回避していく。格闘タイプの例に漏れずジャラランガの運動能力は決して低くはない。根を張ったように一点から動かないロズレイドが繰り出す直線の攻撃をかわすのはそう難しくもないことだ。
しかし男にはこれがいつまでも続けられることではないのも分かっていた。激しい動きはそれだけ全身の毒を巡らせる。そして今もって放たれ続けているあのけばげばしい色の毒液は、別種の毒と反応してその効力を大幅に増幅する代物だ。当たったが最後、身体の内外からの毒に苛まれてジャラランガは戦う気力を失うだろう。その前にロズレイドへ最後の一撃を加える必要があった。
だがそのために必要な、どうやって、の部分を決定的に欠いている。近づいて技を放とうとするのは自らあの毒へ頭を突っ込みに行くようなものだ。勢いを乗せなくとも放てる炎や爆音は、放つべく脚を止め体勢を整えるところを狙い撃たれるだろう。
男が考えを振り絞る間も、鋼の鱗が立てる金属音は絶え間なく響き続けている。それしかないと結論づけるまでそう長くはかからなかった。その終着点に辿り着いた瞬間に口元が楽しげに歪んだのを、男は確かに自覚していた。
「ゼンリョクを燃やすぞ、ジャラランガ!」
咆吼を上げるのにも似て男が叫んだその真意を、おそらく女は理解しなかっただろう。アローラに暮らす民が重んじる「ゼンリョク」の重みは、島々を囲む海の向こうに生きる者たちの言う「全力」のそれとは異なった色を持つ。
それは無論、自分が現在持てるすべての力をこの場で出し切るという志でもある。そしてそれと同時に、出し切った自らの力が通用しなくとも受け入れるという覚悟だ。
黄土色の輝石がはめ込まれた黒い腕輪。それを着けた左腕と着けない右腕を交差させた瞬間にわずかに電撃のような痺れを覚える。バトルを始める自分への合図にボールを選ぶように、男にとってそれもまた一つの合図だった。これから己の全力を解き放つということの。
力強く応じるジャラランガの一声を聞きながら伸びゆく草木のように腕を真上へめいっぱい伸ばして、そのまま両腕を広げて下ろし青空に浮かぶ太陽のような円を形作る。アローラに広がる自然になぞらえた動作のひとつひとつをこなす度に身に宿る力は膨らみ、身体の違和は広がる。けれどそれはそれは今この瞬間も毒にその身を灼かれるジャラランガを思えば気にするまでもないような感覚だった。身体の前に突き出した両手を再び合わせて、腕輪が練り上げる力を送り込む先である相棒へと伸ばす。
一度腕を引き、手を置く位置は顔の横側。わずかに開いた口元のように合わせた掌をも同様に開く。そのまま前へと腕を伸ばせば描く形は竜の口元。それがゆっくりと開いていく様は、まさしく炎を吐き出すために開いたジャラランガの顎。
「な、なにそれ――――!?」
呆気にとられて状況を眺めていた女がようやく上げた声はもはや悲鳴じみていた。それはトレーナーが送り込んだZパワーが、今や金の燐光と化してポケモンを包み込んだことにも起因している。目に飛び込む光に瞼を細めながらも技を放ち続けるロズレイドが、後方でフィールドの全容を目にしているはずの指揮官の声にただならぬ事態を悟る。仰ぐべき指示が下される前に変化は起こった。
躍動に伴って鎧竜の全身から放たれていた音そのものが、びりびりと空気を震わせ始めたのだ。タンバリンのように高く響くその音域は肉体が振動として感じ取るにはあまりにも高すぎるというのに。自身のトレーナーとは打って変わって冷静な様子を見せ続けていたロズレイドの表情にも繰り広げられる未知への驚愕や狼狽、そして迫り来る未知の攻撃への焦燥が浮かぶ。
波立った心はそのまま繰り出す技にも影響し、撃ち出される毒液は精度を目に見えて欠いていく。その間を縫ってなおも跳ね回るジャラランガの動きが、現れてきた余裕の合間に一定のリズムと型をなぞり始める。
尾や両腕を打ち合わせ、揺らし、回し、振り、掲げては下ろす。一跳びで身体の向きを変え、身体を屈めたかと思えば伸び上がる。様々な動きを交えて、全身の鱗をことさらに強く打ち鳴らす。その果てにぐっと腰を低く落とし、高々とロズレイドの頭上目掛けて跳躍する。
もしも無策のままジャラランガがそのような動きをしたのなら、すぐさま撃ち落とされてバトルは終わりを告げていただろう。けれどそれは考え出された最適解としての行動だった。空中で膝を抱えるように身体を縮めたその姿は、全身に纏った鱗を身体の前方へと集中させるような体勢。顎を引ききった視界の確保が難しい姿勢で技を命中させる方法は一つ。すなわち、全方位へ無差別に攻撃を放つこと。
『りゅうのはどう』にも似た、しかしそれよりもずっと強大なドラゴンタイプのオーラ。Zパワーの引き出した竜の真価が、轟音とともに解き放たれる。ロズレイドの足元、大峡谷を形作る岩が振動に耐えきれず砂へと崩れ、暴風のままに舞い上がる。
結果の全容を二人のトレーナーが目にするには数秒の時間を要した。けれどそれよりも早く、二人は決着がついたことを理解していた。己のゼンリョクを貫いたジャラランガが上げる勝鬨の声によって。
「…………終わり、だよね」
「ああ。俺は一対一以上は、ここじゃ受けないようにしている。悪いがここで切り上げにしてくれ」
「うん」
上の空で短く頷いた女は、今まで目にしたものが信じられないとばかりわざとらしく数度瞬きした。もちろん何度やったところでその目に映るものは変わらない。倒れたロズレイド、未だ立ち続けるジャラランガ、削れた地面、揮発し始めている毒液の水たまり。
そうしてようやく女は現実を呑み込んだようで、
「……は――――、凄かった!!」
そう、ひときわ大きく声を張った。初めてジャラランガを目にした時よりも強くその目を輝かせながら倒れた手持ちをボールへと収める。ありがと、と一声をかけながら。
対する男は、応急処置のための薬品を取り出しながら自らのポケモンへ歩み寄る。その一歩目に少しバランスを崩すのは、Zワザを使った後としてはいつものことだ。年齢を重ねるにつれ、Zパワーが身体にもたらす負担を無視しきれなくなってきている。だとしても己のゼンリョクを振るおうと思える相手に出会い、戦えることはそれ以上に楽しかった。
見事相手を打ち倒したジャラランガも実に満足げな表情を浮かべている。男のポケモンの中でも一番の負けず嫌いは、どうやら今日は随分機嫌良く過ごすことになりそうだ。腕の傷口に薬を吹き付けられた後、その姿もまた紅白のボールの中へ消える。
その姿を見送った後、男は女へ目を向けた。聞きたいことはいろいろとあった。どこから来たのか、あのロズレイドというポケモンとはどれくらいの付き合いなのか、ジムバッジのような実力を証明する何かを持っているのか。
しかし声を掛けようとした相手は、バトルの始まりにロズレイドのボールと入れ違いで鞄の中へとしまったスマートフォンをもう一度取り出して何やら写真を撮っているようだった。その意図はさほど理解できなくとも写真撮影程度ならどうせすぐに終わるだろうと待機を決め込んだ男の前で、満面の笑顔は衝撃に満ちた悲哀、そこから大きな後悔の表情へと変わる。
「ああああああああああああっ!?」
「何だ、どうした!?」
スマートフォンを構えたまま血相を変えて勢いよくこちらを振り向く女に、男は何事かと内心慌てていた。向けられた表情が今やひどく必死なものなのもその心配に拍車を掛けた。何か、よくない連絡でも入ったのかと。
例えば今すぐ里に下りたいというのならば取れる手段はある。荷物の中のライドギアへと手を伸ばしながら続く言葉を待つ男へ、女はスマートフォンのみならず空の片手までもを固く握り締めて叫んだ。
「さっきの凄いの動画に撮れなかったー!! ねえねえもう一回やって!? あの壁とかに!」
その言葉が男の耳に入るまでは一瞬。そこからその要求の真意を理解するのにさらに数秒。そびえ立つ大峡谷の外壁を指差してなおも甲高い声で喚き続ける女の言葉よりも、吹き抜ける風の音の方がいやによく聞こえたのは果たして男の気のせいだっただろうか。
間近でZワザを目にする者はアローラ出身者や島巡りの経験者であろうと決して多くはない。しまキング・しまクイーンやキャプテンに代表される、Zリングを持ちZワザを扱うに相応しい実力を持つトレーナー達を相手取りながら、そのゼンリョクを出させるだけの力を備えていなければならないが故。
この女はその一人でありながら、その力も希有さもなにひとつ理解してはいないのだ!
「できねえよ!!!! Zワザを何だと思ってんだ!!!」
「えーっ!? じゃああの変な踊りだけでもいいからー!!」
「何が変だ!!! あれはアローラに伝わる――」
「わーん!! 絶対みんなめちゃくちゃ面白がってくれるのに――――っ!!!」
その態度へ向けた心配とその実力へ向けた敬意を思わぬ形で存分に裏切られ、思わずゼンリョクの怒号で相手を叱り飛ばす男。当てが外れ訳も分からず怒られながら、重なる不運の理由を何一つ理解できず涙に暮れる女。
大峡谷中のトレーナーが聞いたといわれる大声は、ブレイジングソウルビートよりも遠くまで響いたという。
ジャラランガの口から轟々と音を立てて放たれる一直線の炎。軌道から外れ横ざまに動いたロズレイドが迅速に行動を開始する。
良い動きだ、僅かに相手方の方が速いか。男は口の端に笑みを浮かべた。
遠方からのかえんほうしゃ。タイプ相性を知る者ならばこの選択に異など唱えまい。セオリー通りの動きを初手に選んだのは、これを真っ向から受けるような相手ならば、わざわざ戦うだけ無駄だと判じてジャラランガを引っ込めるつもりだった。もとより格下との諍いなど起こさぬ種族だ。そのプライドもあろう。果たして直線の炎は回避され、反撃の一手に備える。
而して弧を描いて飛んできたのは、蠕動する藍錆の塊。
わざわざ避けるまでもなく、腕の鱗に着弾したヘドロばくだんは、何かを為すでもなくただただ四散する。高揚した気分が一気にしぼむのを感じ、馬鹿か、と一言漏らした。撒き散らされた腐臭が鼻を突き、より一層男の戦意を萎えさせた。
ロズレイドにとっては打てる手の限られる対ジャラランガで、知ってか知らずか特性ぼうだんには無効なヘドロばくだんを撃ち、無駄に一手を消費する。これを愚行と評さずして何だと言うのか。期待外れにも程がある。
相手方の女は何も言わない。ただロズレイドに次の指示を出すのみ。ジャラランガはといえば、トレーナーの気分の乱高下に構わず、ただ相手を見据えて攻撃を続ける。
再度放ったかえんほうしゃをロズレイドは避けなかった。直撃した体はみがわりのそれで、黒焦げの体は焼け落ちて崩れる。想定済みで正面から接近、下段に構えて振り抜く拳はスカイアッパー。大地をも持ち上げる一閃は空を切るも有り余る衝撃、ロズレイドは空中を伝う波を活かし飛び退き、再度みがわりを生み出して次の攻撃に備え、
続けるのも面倒だ、さっさと終わらせてやる。
一瞬の期待を持たせたことに、敬意を表すべきか怒りを抱くべきか。守りに徹する行動を続けるあたり、有効な手の一つも持っていないのだろう。弱点たる火炎と貫通する音波の前ではみがわりなど無意味。ただ嬲り続けて終わらせるよりは、一撃で済ませてしまった方が両者のためだ。
突き出した両腕を頭上へ。体側を通して振り下ろし、形作るは竜の口。命ずるは必殺のZわざ。「ブレイジングソウルビート」。
ジャラランガは一声応じ、金具を擦り合わせる音色を、頭の先から尻尾までの全身で響かせる。舞踏の如き動きで鱗を打ち鳴らす動作に、何かが来ると勘付いたらしい相手方の取った手は少なく、ただ飛び退いて爆心地から距離を置く、ということだけだった。
脚の筋肉をフルで用い、ジャラランガが跳躍した。
全身に力を溜め、そして――放つ。
その場の全員の鼓膜を破る轟きだった。同族の跋扈を許さぬ竜種(ドラゴン)ならば、例外なく一波で昏倒する烈音の衝撃波。正気を保たせぬ大音響、立つことを許さぬ高圧力が、フィールドの全方位をくまなく走り、表面の砂塵のみならず岩盤までもをかち上げる。天敵たるフェアリー以外のおよそ全てを屠ってきた、ジャラランガのみが使える究極にして熾魂の一撃だった。
終わったか、とぽつりと口走る。
ジャラランガが、再び地上に降り立った。真っ平らだったフィールドは今や見るも無残、砂の下の岩盤は縦横の概念まで散々に破壊され尽くし、亀裂と断層の目につかない場所などどこにもない。爆音の残滓か、それとも地の底への道が開いたか、唸り声に近い低音が一帯を満たしていた。
もうもうと舞い上がった砂塵の向こう。
ほう、と、無意識に感嘆の声を漏らした。
ロズレイドは倒れてはいなかった。ロズレイドの周囲に張られた透明の被膜、その周囲だけ、亀裂がほとんど達していない。Zわざにまもるを合わせ、ダメージを抑えたとみえる。被膜が消えた向こう、ロズレイドは戦闘の意志を絶やさず、こちらを見据える目には一滴の怯えすらもない。さりとて、無論ダメージなしというわけでもなく、体のあちこちに裂傷を作っていた。
なるほど、鱗の損耗を気にしつつ押し切れるほど相手方もやわではないと知る。どこまでも諦めずただ前を向き、投げやりになって玉砕を仕掛けることもなく、そんなものはないと知っていても勝利の糸口を探ろうとする。それはいっそ貪欲さとも呼べる代物であっただろう。面白い、と男は心の内で呟いた。相手方が、ロズレイドがその集中を途切れさせ、痺れを切らし、諦めを投げ捨てるまで、とことん攻撃を加えてやろうじゃないか。
意気軒昂のジャラランガに命じたのはスケイルノイズ。先程の激震には届かないが、それでも十分な威力が保障されている。代償として、全身から発した音撃に耐えきれない鱗がひび割れることがあるが、この期に及んでは関係のないことだ。一点に集中させた波動を、両手を突き出して放出する。
みがわりの意味がないことくらいの知識はあったらしい。ロズレイドは正面から離脱。同時にヘドロばくだんを発射。真っ向からぶつければとても盾になどなりえないそれも、中心を離れた端の端であれば話は別だった。広域にまき散らされる音波を凌ぎ、ダメージを最低限に抑える手段としては上策。守勢に長けた相手方ならばそのまま受ける下策など取るまいが、なかなかどうして、しぶとい。
連射したスケイルノイズはまもるで凌がれ、空気中に散っていく。次の一手。足場ごと相手の防御を崩す算段で放つはじしん。片足を持ち上げてしっかと大地を打ち据えた震動が、地面の亀裂を拡大させていく。空中に退避すればスカイアッパーの追撃を見舞い、地に足をつける暇も与えずに一気に押し切ろうと試みたが、その思考も読まれたか。地上を離れずにみがわりで凌ぐ。
次手のかえんほうしゃ、スケイルノイズと同じようにヘドロばくだんをぶつけ、軌道を逸らした。ならばと次に選ぶはスケイルノイズ、しかしこれはまもるに防がれる。
次、スケイルノイズ。当たるも倒すには及ばず、次、スケイルノイズ、まもるで防がれ、かえんほうしゃ、身代わりが受け、じしん、守る、かえんほうしゃ、みがわり、スケイルノイズ、まもる、じしん、みがわり、
ジャラランガの体が、ふいに傾いだ。
光球が一つ、ジャラランガの体から飛び出してきた。
男がそれに気付き、それが何を意味するのか理解するのは、あまりにも遅すぎた。
一度も攻撃など受けていない。こちらが攻勢一方、あちらが防戦一方だったのは誰から見ても明らか。
それでも――ジャラランガは、その体力を奪われ尽くした。回避と防御に徹するロズレイドを追う足が止まり、手をつき、膝をつき、そしてその体を横たえる。吸い取られたエネルギーの光球がロズレイドの体に吸い込まれ、傷を癒す傍ら、地に伏す際に立てたジャラリという音を最後に、けたたましく鳴らしていた鱗の音調は止み、フィールドはしんと静まり返った。
何が起きたのか、否、何が起きていたのか。男がそれを認識したのは、ジャラランガの戦闘不能を告げる審判の声が響いてからだった。
――最初のヘドロばくだんの意味は、それ自体のダメージではなく、その塊の内に仕込んだ、ロズレイドが一番最初にだけ使った四つ目のわざ、やどりぎのタネだったのだ。
「やどりぎのタネとみがわり、そして――戦闘中には全く気付かなかったが――くろいヘドロを使った耐久での粘り勝ち、か。Zわざにまもるを合わせる読みの良さといい、ヘドロばくだんを無駄と見せかける手管といい、上手くできている。俺の完敗だ」
「ちょうはつされていればその時点で降参でした。それと、貴方が私たちを取るに足らないと捉えてくれるかどうか。それが分かれ目でしたね。――対戦、ありがとうございました」
一度握手をし、互いに背を向ける。
戦いに生きる者たちの交わす言葉は、ただそれだけだった。
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