|
|
ゾロアークイベント、以前コンテストでも取り上げている方がいらっしゃいましたね。その時はまだBW2が発表される前だったと記憶してますが、1本のソフトが発売されるとまた違った話ができるものだなあと、感じました。
私は技術に関しては何も言える立場にありませんが、学校の教科書に載っても違和感がないような作品だとは思いました。迷いの森の由来の部分は、オリジナルのはずなのにしっくりきて良かったですよ。
久々に続きがきになる作品でした。次も期待してます。
その日は今までになく晴天だった。それまでずっと降り続いていた雨が嘘のように、雲一つない晴天だった。
私はその日も森に行った。葉についた雨粒が、きらきらと輝いて、いつもと違う感じがした。日が落ちて、月が昇り始めると、無数の星が煌めいて、空が大きく見えた。
彼女は笑っていた。空を見上げて、ずっと笑っていた。
でも、今思うとあれは絶対おかしかった。
おかしかったんだ――
この森は嫌われ者だった。でも、私はこの森が大好きだった。街ではわからないことを、森はたくさん教えてくれた。春になれば桜が咲いて、地面が薄桃色の絨毯になる。花びらが散っていくところを、綺麗だと思ったのは初めてだった。夏になれば緑が生い茂り、木陰を通る風が心地いい。風になびいて枝がさらさらと音をたて、葉っぱの隙間から見える空がきらきらとして見えた。秋は少しずつやってきて、森の木の葉を夕焼けの色にする。少しずつ落ちてくる葉っぱを、ポケモンたちと踏んで、音楽を作って遊んだ。冬になると枝がなんだかさみしくなる。でも、冬の空はとても大きくて、高く見えた。
私は毎日森へ行くようになって初めて、季節が巡ることを知った。もはや街から出ようなんて思ってもみなかった。私の住んでいるこの街は、娯楽の街として有名で、街から出なくても遊ぶところなんて山ほどあるからだ。でも、街の外には自分の思っている以上に素敵なものがたくさんあった。綺麗なものがいっぱいあった。その感動を誰かに伝えたいと思って友達に森へ行こうと声をかけてみた。友達と行ったら、きっと、もっと楽しい。でも、声をかけた友達みんなに首を横に振られた。そして、みんなこう言った。
「あそこは迷いの森だから、行っちゃいけないんだよ」
森に誘えば誘うほど、私はみんなに変な子だと思われた。でも、私にしてみれば、変なのはそっちだった。街から出たこともないくせに、森に行ったこともないくせに、何も知らないのに知ったようなふりをする。それがたまらなく悔しくて、悲しかった。無邪気にジェットコースターに乗る友達も、観覧車に乗る友達も、それに夢中になっているはずなのに、私には瞳の輝きが失われたように見えた。それからというもの、私はこの街の人と関わることがほとんどなくなった。
そんな私も、昔はこの街から出たことのない、森を知らない子どもだった。その私に街の外の話を聞かせてくれたのは、この街で一番長生きの私のおばあちゃんだった。おばあちゃんは、川のことも、海のことも、山のことも知っていた。私の知らない外の世界を知っていた。それは、今まで街しか知らなかった私にとって、とても魅力的な話だった。私は時間があればすぐにおばあちゃんに外の世界の話をせがんだ。その中でも私が特に大好きだった話がある。それが、この街の近くにある迷いの森の話だった。
昔、この街は、自然豊かな緑の街だった。そして、この地方の真ん中にある街として物が行き交い、市場としても栄えていた。
この街のはずれに、小さな狐が住んでいた。その狐は人間のことが大好きで、毎年ある時期になると街へやってきて、今年の流行りの商品を教えては、街の人に感謝されていた。街の人は、いつしか狐のことを「お稲荷様」と呼ぶようになった。そうしてお稲荷様は、街の人気者となったのだ。
そんなある日、他の地方から人がやってきた。この街はもっと発展すべきだと、その人は言った。ここに大きな娯楽施設を作ろう、この街はみんなにとって住みやすい、すばらしい街になるのだ、と。
街の人たちは、真っ先にお稲荷様に相談した。お稲荷様は、すぐには首を縦に振らなかったが、みんなにとってそれが一番良いのなら……と、最後はその話に賛成した。でも、ひとつだけお願いをしたのだ。
「私の住んでいるこの場所だけは、森のまま残しておいてほしい」
娯楽施設が出来上がった後も、街の人たちは何かに迷うとお稲荷様のところに行った。それからというもの、この森は迷いの森と呼ばれて続けている。
最初の施設が出来てから、もう数百年が経つ。何度も何度も工事が行われ、ジムだけでも、今ので12代目になるのだと、ジムリーダーが言っていた。
おばあちゃんはそれを聞くと、いつも悲しそうな顔をした。おばあちゃんが生まれたときから、もうあの森は嫌われ者だったそうだ。自然を愛していた街の人々は、娯楽施設を作るために木々を倒し、自然が破壊されていくのを見ていられなくなってしまったのだ。街の人々は、施設が増えるにつれ次々と街から去って行き、新しいものを求めた人々がこの街に移り住んできた。だから、迷いの森のことを誤解しているのだ、と。
そんなこんなで、私はいつも一人で森に行った。おばあちゃんの言う「お稲荷様」に会ってみたいと思ったのだ。でも、おばあちゃんは、もう迷いの森にはお稲荷様はいないのだと言っていた。私のご先祖様で、お稲荷様と最後に会えたのは、おばあちゃんの、それまたおばあちゃんらしい。おばあちゃんも何度か森に足を運んだが、一度も会えなかったそうだ。
それでも私はあきらめきれなくて、お稲荷様が好きだという油揚げや、木の実をまぜたクッキーを持って、毎日森へ遊びに行った。友達を誘ってからは周りの目が痛かったけど、それでも私にとって森は魅力的な場所だった。今では、森にすむポケモンとも仲良しで、お稲荷様探しよりも、ポケモンに会いに行っているようなものだった。
そんなある日、私がまたクッキーを持って森へ行くと、見たことのない大きな車が停まっていた。形はトラックに似てるけど、トラックほど大きいわけじゃない。私が驚いて立ち止まっていると、そこに男の人がやってきた。大きなリュックを背負った、街では見かけない人だった。
「驚いたな……」
男の人は、私を見てそう言った。
「世界にはいろいろな価値観を持つ人がいるってことか」
言葉の意味がよくわからなくて、私が首をかしげて考えていると、男の人は車のほうをじっと見た。
「自分は楽しくないってことを、楽しいって思う人もいる……世界中にいろんな価値観があるから、世界は豊かになるってボクは思うんだ」
私はまた少し考えた。この男の人の言葉はあまりにも難しかった。でも、なんとなく言いたいことはわかった。
「それって、私はこの森が大好きだけど、街の人はこの森が嫌いでもいいってこと? それが、ユタカなの?」
「そうだね……そうなのかもしれないね」
男の人は曖昧に返事をしてから、続けて言った。
「世界中を回って、いろんな人と話をするのがボクは大好きだけど、この家にいる女の人は、ひとりで静かに暮らすことを大事に思っているんだろうね」
私は車をじっと見つめた。わからないことだらけだった。
「この車、家なの?」
「そうさ。キャンピングカーと言ってね、旅をしながらでも生活できるようなつくりになっているんだよ」
「女の人が住んでるの?」
「それは、自分で確かめてごらん。お嬢ちゃん、森が大好きなんだろう?」
男の人は、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。そして、次の街へ行くからと言ってこの森から去って行った。
ポケモンたちは興味津々でその車を見ていた。私も車が気になって仕方がなかったけれど、その車のドアをたたく勇気はなく、ちらちらと車のほうを見つつも、ポケモンたちと遊んでいた。
ポケモンと遊び疲れて、おやつのクッキーを出した時だった。クッキーを出すと、ポケモンたちが私の周りに群がって、クッキーを貰おうと必死に集まってくる。私は地べたに座り込み、クッキーの入った袋を出来るだけ高く上にあげて、ポケモンたちがクッキーを取りやすいようにした。すると、突然ドンッと音がした。車のほうからだ。私はクッキーの袋を地面に置くと、クッキーに夢中のポケモンたちをかきわけて、車のほうに目を向けた。そこには、二十代くらいの綺麗な女の人が立っていた。
本当に、綺麗な人だった。深い紫色の髪の毛を空色の髪留めでひとつにまとめ、あまり飾らない服を着ていた。髪留めと同じ空色の瞳は、光を帯びて煌めいていた。とても質素で……けれど、それでも綺麗な人だと思った。顔立ちもすっきりとしていて、凛として見える。とても、不思議な雰囲気を持った人だった。
彼女は私に気が付くと、少し驚いた顔をした。でも、すぐに冷静を取り戻して、空を見上げてしまった。まとめた髪の毛の先が風になびく。空を見上げる彼女の瞳が小さな空に見える。彼女の姿があんまり綺麗だったので、私は少し彼女に見惚れてしまった。
クッキーの存在を思い出したのは、それから少し後のことだった。私は慌ててポケモンたちのかたまりをかきわけ、いつも自分のために別に用意しているクッキーを取り出した。ほかのクッキーと中身は同じなのだが、袋を別にしておかないとポケモンたちに全部取られてしまうのだ。そして、私は急いで彼女に駆け寄ると、クッキーを差し出した。
「あの、これ……」
近くで見ると、さらに綺麗だった。私は言葉がつまってしまって、それ以上言えなくなってしまった。空色の瞳がこちらを見ている。彼女はそれを受け取ると、口の端のほうを少し動かして、また車に戻ってしまった。その後また車から出てきてくれるんじゃないかと思って、いつもより遅くまで森にいたのだが、彼女はそれきり車から出てこなかった。
それからも私は毎日森へ行った。彼女は、私がクッキーを取り出すくらいの時間になると、車から出てきて空を見上げていた。私は少しでも彼女に近づきたくて、彼女の分のクッキーを用意するようになった。彼女が森に来てからは、油揚げは持っていかなくなった。
彼女は私からクッキーを貰うとき、いつも口の端を動かす。最初は私も慌てたり焦ったりして気にしていなかったのだが、慣れてきて顔をじっと見ていると、口の端を動かす以外にも、顔を赤らめたりうつむいたりしていることがわかってきた。もしかしたら、とっても恥ずかしがり屋なのかもしれない。口の端を動かすのは、笑っているつもりなのかもしれない。相変わらず私と彼女が言葉を交わすことはなかったが、それでも少しずつ彼女のことがわかってきた気がした。
ある日、私が森に行くと、彼女が座って空を見ていた。私はなんとなく隣に座ると一緒になって空を見上げた。木々の間から差し込む光があたたかく感じる。時間がいつもよりゆったりと流れているような気がする。私は彼女のほうを向いて、声を出して笑って見せた。すると、彼女も口の端をきゅっと動かした。少し目を細めて、頬を上げて……それが、私が初めて見た彼女の笑顔だった。
「あのね、お姉さん。今日のクッキーはね、モモンの実を入れてみたんだよ」
毎日森で彼女と過ごす度、私と彼女は仲良くなっていった。相変わらず彼女は言葉を発しなかったけれど、私が何かを言うと反応してくれるようになった。
「あ、お姉さん、今嫌そうな顔したでしょう? 大丈夫、お姉さんの分はブリーの実を入れたから!」
毎日毎日楽しい日々が続いた。私が森に行くと、彼女が車の外で空を見ながら私を待っていてくれる。森へ行こうと誘っても来てくれない友達なんかよりも、彼女のほうがよっぽど信用できると思った。彼女は森にやってくる私を変な目で見ない。またあの子森に行ってるよと、あの子は変な子よと、彼女は言わない。彼女は私を見て笑ってくれる。普通に接してくれる。それがたまらなくうれしかった。
梅雨の時期が来た。毎日毎日じめじめとした日が続いた。私が傘をさして森へ行くと、彼女が車のドアから手招きしているのが見えた。
車の中は、まるで家のような作りになっていた。男の人が言っていた通りだ。中には台所やソファ、机まで揃っていた。私が台所を覗こうとすると、彼女は顔を赤らめて必死に台所を隠した。
「え、なになに?」
私は意地になって台所を覗いた。そこには、すっかり焼け焦げたクッキーが山のように積み上げられていた。
「これ……」
彼女は顔に両手を当てて、しゃがみこんでしまった。相当恥ずかしかったのだろう。私がどんなに慰めても、彼女は両手を顔から離さなかった。
「そうだ! 雨の日が続くから、明日から一緒にクッキー作ろうよ」
私がそう言うと、彼女はやっと両手を離し、こちらを向いて頷いた。
それからは、車で一緒にクッキーを焼く日々を送った。
その日は今までになく晴天だった。それまでずっと降り続いていた雨が嘘のように、雲一つない晴天だった。
私はその日も森に行った。葉についた雨粒がきらきらと輝いて、いつもと違う感じがした。日が落ちて、月が昇り始めると、無数の星が煌めいて、空が大きく見えた。
「空が、大きいね」
私は空を見たままそう言った。彼女も空を見上げていた。
「なんだか、空を独り占めしてるみたい。あ、でもお姉さんと一緒だから二人占めだね!」
私が彼女のほうを見ると、彼女は今までになく自然に笑っていた。私はどきっとしてすぐに目をそらしてしまった。私はなんとなく花を摘み始め、彼女に気づかれないようにしてネックレスを作った。そして、彼女の後ろに静かに近付いて、そっと首にかけてあげた。彼女はとっても驚いて、ふわっと笑ってくれた。
そのとき、私は彼女の笑い声を聞いた気がした。明るくて、優しくて、でもちょっと不自然で……これもきっとそのうち慣れるんだろうなぁなんて思っていた。
「また、明日も一緒に見ようね」
彼女はネックレスに夢中で頷かなかった。
その日の帰り、ちょうど森から出たころだった。私は一人の少年にぶつかった。赤い帽子をかぶって、茶色い髪の毛が外側にはねていた。手にはモンスターボールがひとつ、強く握りしめられていた。
慌てて謝ろうとすると、彼は険しい顔をしていた。私がぶつかったことに気がつかずに、そのまま歩いて行ってしまった。眉間にしわを寄せ、唇を噛んで……暗くなっていたこともあり、その少年の存在が、私には恐ろしいものに思えた。私は怖くなって、逃げるようにして家に帰った。彼はどこに向かっていたのだろう、もしかして森に行ったのかもしれない……そう思うと私は彼女が心配でたまらなくなった。明日の朝、起きたらすぐに森へ行こう。もし彼女に何かあったら……。
私は不安でいっぱいのまま、眠りについた。
次の日、私は森の入り口で息をのんだ。
立ち止まったまま、動けなかった。
でも、そこにあるのは、本当になんてことない風景だった。
そこには、何もなかったのだ。
その日、私は森があった場所でぼーっとして過ごした。信じられなかった。森が一夜にして消えたのだ。森だけじゃない、彼女も、彼女もいなくなってしまった。それでも、実感がわかなかった。そのうち戻ってくるんじゃないかと思っていた。
ぼーっとしたまま夜になってしまった。空には満天の星。昨日と何も変わらない。
でも、木々がなくなってしまった分、空は大きく見えた。今日の星空は独り占め……でも――
「でも、この星空は、私一人には大きすぎるよ――」
あまりにも、大きすぎる……
あれから数ヵ月が経った。私は森には行かなくなっていた。毎日をなんとなく過ごした。すべてが色あせて見えた。
街は、ポケモンリーグに挑戦している少年の話でもちきりだった。サブウェイマスターという人たちが、あの人はやると思っていましたよと話していた。正直興味はなかったが、至るところでその話になる。私はちらっと、ポケモンリーグの中継をしている街の大きなスクリーンに目をやった。
目を疑った。
その少年は、森が消える前日に険しい顔で私とすれ違った、あの少年だったのだ。
そして、その少年の前に横たわっているのは……
空色の瞳に、空色の髪留め。首にはからからに乾ききった花のネックレスをした、綺麗なゾロアークだった。
彼女は、ゾロアークだった。
彼女はお稲荷様だったのかもしれない。本当のことはわからない。でも、彼女がお稲荷様なんだとしたら、彼女はどうして森を消したのだろう。彼女はどうして、どうして――
あれから二年が経った。私はもうすぐ旅に出る。街に住んでいる同い年の子たちは、もうとっくに旅に出ていた。私は彼女のことについてうじうじ悩んでいたせいで、旅に出るのが遅れてしまったのだ。
もう一度、森へ行こうと思った。もう、何もないけれど、誰もいないけれど、あそこに行かないと旅に出られない気がした。私は昔の通りクッキーを作っていった。今日のクッキーはブリーの実入りだ。
森は思った通り静かだった。木々もなく、誰もおらず、二年前のまま……変わったことと言えば、少し雑草が伸びたくらいだった。空が、大きい。
「やあ、久しぶりだね」
突然後ろから声がした。そこに立っていたのは、彼女が森へやってきた日に会った男の人だった。
「大きくなったねお嬢ちゃん。それにしても、ここはだいぶ変わってしまったようだね」
「はい」
「そんな、かしこまらなくてもいいんだよ? ……ところで、ゾロアークというポケモンを知ってるかい?」
「……!?」
「その顔は、知っているって感じの顔だねぇ」
男の人はくすくすと笑った。
「ま、この先信じて裏切られるのも、疑って生きていくのも、きみの自由だけどね」
男の人は、にやにやと笑ってそう言った。まるで、この森で起きたすべてのことを知っているかのようだった。
私はずっと考えていた。彼女が少年にポケモンとしてゲットされていたら、それは仕方がない。じゃあ、どうして森を消したのだろうと。
「私は、どっちでもない」
「え?」
彼女は、もう戻ってこない気でいるのだ。娯楽施設を作るときにも、残しておいてほしいと言った自分の居場所を消したのだ。彼女はもう、ここには帰ってこないのだ。
「私は、信じてる」
男の人は、一瞬驚いた顔を見せた。そして、小さく微笑んだ。
「きみは、優しいんだね。きみのような価値観を持った人に出会えて、彼女は幸せだよ」
「え……」
「彼女はきっと、君のことを待ってるよ。花のネックレス、見ただろう?」
優しい、空色の瞳が私を見つめた。
「ゆめゆめ疑うことなかれ……か」
そう言うと、男の人は空を見上げた。まるで、彼女がするように、空を見上げた。空色の瞳、空色のリュック――
こきゅきゅきゅきゅーんっ!!
一瞬のことだった。男の人の体が黒く毛深く変化して、それは空に向かって吠えた。
ゾロアークだった。
ゾロアークは私のほうを見てお辞儀をすると、素早く去って行った。
あの男の人は、彼女が私のことを待っていると言った。きっと、どこかで私のことを待っていると。
それなら、私はそれに応えよう。森と共に消えた彼女を、私は探しに行こう。
彼女がそれを望むなら――
ーーーーー*+-----*+-----*+-----*+-----
こちらではとってもお久しぶりです、風間です。
最後までコンテストに出すかどうか迷ったんですけど、前にツイッターで今書いてる作品のタイトルを書いてしまっていたので、こちらに投稿することとしました。どうしても、タイトルは譲れなくて……
多分、一年ぶりの投稿となります。おかしいところも意味不明のところもきっといっぱいあります。誤字脱字等あったら教えてくれるとうれしいです。
では、失礼しました。
| タグ: | 【なにをしてもいいのよ】 |
「さて、今日もはりきって頑張ろうね!」
「チルッ」
励ましあうような会話のすぐ後に聞こえてきたのは、歌。
誰もが一度は聞いた事があるようなありふれた歌。
歌っているのは、僕の飼い主の女の子と、僕と同じ立場のチルット。
今日は公民館の合唱クラブで行われる練習に参加するそうだ。
前回の合同練習から二週間、ほとんど毎日二人は楽しそうにこの歌を練習していた。
……僕?
僕は聞くのは好きだけど、歌うのはそうでもないんだ。
眠たそうにしていれば放っておいてくれる。夜行性の特権だね。
それはともかくいいのだろうか。
もう出発しなければいけない時間なのに。
その証拠にむずむずとなんともいえぬ衝動が襲ってくる。
僕は衝動に逆らう事はせずに、思いのままピョンッとひと跳ね
続いて眠たそうな半目にしていた目はきりっとさせて、尻尾をピンと伸ばし
まんまるな胸を張ったら準備は完了!
「ホーホー(9時だよ)」
ふう、なんだかやりきった感じがする。
種族的にも、僕の体内時計は信用していいはずだし。
練習も良いけれどもうそろそろ出発した方がいいんじゃないの?
遅れちゃうよ。
ぎょっと振り返った女の子の顔が焦りを伝えるのと、
チルットが帽子みたいに女の子の頭に乗っかるのはほとんど同時だった。
傍に置いてあったかばんを引っつかんだ女の子の一言。
「早く行かなきゃ!」
向けられたボールと、赤い光に包まれたのは一瞬。
遅れて聞こえたのは「ボールに戻っててね」だった。
……チルット頭に乗っけたままだけれど、そっちはいいの?
「はあっ、はあ、間に合った……」
たどり着いたのは大きな建物。通称公民館。
ポンッと音と共に、僕はボールから飛び出した。
朝の少しひんやりとした空気が気持ちいい。びよーんと背伸びをしてみる。
「チルッ?(時間は大丈夫?)」
「ホーホー(今日は何とか間に合いそうだよ、よかった)」
「ずるいや、ポケモンだけで会話しちゃって。私にも教えてよー」
そんな事を言いながら早歩きで歩いていく女の子に低空飛行でお供する。
いいなチルット。 頭の上に乗ってるから飛ばなくていいもんね。
ボールはあんまり好きじゃないけれど、全速力で走る女の子についていくのもつらい僕。
かといってチルットのように女の子につかまっている事もできない。
まるい体形の僕には肩に乗せてもらう事ができないし。
頭にだって僕が乗っかろうとすると、あっという間にバランスを崩して滑って落ちてしまうんだ。
ガチャっと音と共に扉が開く。
扉の横には「音楽室」というプレートがかかっていた。
明るい室内に入ると、そこには合唱クラブの人たちがすでに集まっている。
「おはようございます!」
「おはよう」
「おはようございます」
挨拶が飛び交う部屋の中で、僕は何時もの定位置に移動した。
この音楽室には、小学校の音楽室のようなぽつぽつと穴の開いた壁に大きな窓。
壁の一部にホワイトボードが掛かっていてそのすぐ近くに大きなグランドピアノがある。
基本的に合唱クラブの人たちはグランドピアノの周りで練習をするから
僕は邪魔にならないようになるべく離れた場所にある窓の傍で日光浴をする事に決めているんだ。
……チルット?
チルットなら、定位置の頭の上に乗っかったまま発声練習に参加してる。
チルットだけじゃない、合唱クラブの人もちらほろポケモンを連れてきていたりするから
おばさん達に混ざってプリンとかニョロトノとかいたりする。
定位置でまんまるな体を膨らませてもっとまんまるにして目を閉じる。
春の日差しが暖かい、至福のひと時だね。
女の子に捕まえられて初めてこれをやったとき「メタボリックシンドローム」と間違われて
病院に検査へ連れて行かれそうになった。
しかも、その事件が原因で僕につけられたニックネームが「ぷくろう」
僕ホーホーなんだから、丸いのは当たり前だよそんなニックネーム認めるもんかと
意地を張っていたはずなのに、最近は「ぷくろう」と呼ばれると反応してしまう自分がいる。
それにしても、今日もいい天気だあたたかい。
ぽん、ぽん。
すぐ近くで、歌声やピアノの音とは違う音が聞こえた。
……だれかがガラスを叩いているのかな?
そっと目を開けて、窓の外を見ると。
僕は、一目ぼれって奴をはじめて知った。
ふっくらとしているけれど僕のようにまんまるではないうらやましい体形に
点のようなかわいらしい目、黒くつややかな嘴にハートのようにも見える胸のふわふわな羽。
そう、最近外来種がきたとかで元からいた国有種との交配が進んでしまい国有種の保護が
叫ばれていたり、昔公園でも専用の餌が売られていたりしたのに鳥インフルエンザを理由に
公園で餌を販売する事が禁止されていきなりご飯をもらえなくなり数を減らしてしまったり
しているあの有名な。
マメパト
点のような瞳と、僕の目が合った。
なんて、愛らしいんだろう可愛らしいのだろう!
「ホーホー、クルック、ホー!(お嬢さん、結婚してください!)」
「?」
驚いてこっちを見たポケモンたちに釣られて人間たちもこちらを見た。
音楽が、止まった。
「あらー、メタモンちゃんお散歩から帰って来たのね」
……今なんと?
声の主は合唱クラブの教師を勤めている女の先生。
近づいてきたけれどそのまま通り過ぎた足音と同時に、愛しのマメパトちゃんが形を崩し、訳の分からぬピンク色に
なんだこれ、どうなっているんだ
そういえば、マメパトって黄色くてもっと大きな目をしていたような気がする
遠ざかる音と真っ暗になる視界。
なんてことをしたんだろう。
あの可愛らしいマメパトちゃんはメタモンだったなんて、信じられない。
一生の不覚、混乱する頭と心に絶望がふつふつと湧き出て来た。
僕、もう二度と恋なんてしない。
薄れる意識の中でそう決心。
うにょーんと、心配そうな声が聞こえた気がした。
___________________________________________
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
楽しく読んでいただけたなら幸いです。
| | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | |