マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.4064] 後日談 フィオラケスとナルツィサ 投稿者:あきはばら博士   投稿日:2018/02/11(Sun) 22:22:46     1685clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    時代の後日談となるオマケの話となります。
    後半部分のネタバレあります。ご注意ください。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


     月に紛れて風でざわめく草の音の中を走る。
     動く影は二つ、人間の影と、この地方には珍しいゲッコウガというポケモンの影。
     二つの影が茂みを抜けると、その目の前には灯りが燈る洋館があった。

     月明かりから避けるように洋館の壁に辿り着き、背を壁に付けて静かに呼吸を整える。
     彼らの名はカゲマサ、そしてゲッコウガのゲンジ。
     カゲマサが指で合図を送ると、ゲンジは構え、カゲマサはそのゲンジを足場にして大きく跳躍し、真上にあった二階のバルコニーにしがみ付き、音を立てずによじのぼる。ゲンジも長い舌を上に伸ばしてバルコニーの手すりへ絡めて上昇、彼も二階へとよじのぼった。
     バルコニーの窓からは、内側からカーテン越しに明かりが漏れていた。
     窓扉を軽くノックすると、中から単語が返ってくる。
    「シュトゥルム」
    「ドランク」
     その合言葉を言った後、少しするとかちゃりと金具が動く音がして、内側から扉が開かれた。
    「やあ、ひさしぶりだな」
     そう微笑みを浮かべて挨拶したのは、今回のカゲマサの依頼人。フィオラケス・アルビノウァーヌスだ。
     カゲマサはバルコニーを背に寄りかかって、腕を組みながら一言。
    「……用件を聞こう」
     カゲマサは忍者だ。
     この欧州の地からはるか東方にいた諜報部隊である忍者の生き残りで、故郷を捨ててはるばるこの地まで流れてきた。
     その仕事内容は主に暗殺・諜報・密偵と裏の仕事を一手に引き受ける。
     はるばる手渡されてきた手紙には、詳しい依頼内容は実際に会って話すと書かれてあったが、一体どのような依頼なのだろうか?
     フィオラケスは顔を崩さずにカゲマサに今回の依頼内容を告げる。
    「そうだな、 私の明日の狩りを、手伝ってくれ」
    「……????」


     その後「今日はもう遅いからここで寝ていい、明日の朝出発する」と言われ、何もない空き部屋に案内された。
     呆然と途方に暮れるカゲマサは、ゲッコウガのゲンジに尋ねる。
    「……どう思う?」
    『知らぬ』
     罠であることを警戒して、一通り調べてみたがそれらしきものは見当たらなかったため、大人しくその晩はそこで睡眠を取ることにした。


     翌朝、フィオラケスが現われて「友人が来ているから出迎えてくれ」と言うと、また返事も聞かぬままに、立ち去ってしまった。仕方なく玄関に降りてみると。黒髪の娘の姿がそこにあった。
     それはカゲマサの姿を見つけるなり、手を広げながら全力でこちらに走ってくる。
    「うおお、ニンジャだ! 本物のニンジャだ!」
     と言って、両手でカゲマサの手を掴み取り、両手で強く握手をして、
     そのまま腕を大きく広げて、ハグをして、
     そして両肩をガッシリを握って、顔と顔と近づけて濃厚なキ

     ……キスは毎日の鍛練で鍛え上げた回避能力で避けた。日々の鍛錬の大切さが分かる一幕である。
     きょとんとした表情を浮かべる娘の姿を見て、カゲマサはしまったなと気付いた。つい突然のことに驚いてしまったが、一応はここではごく当たり前の挨拶だ。これでは無礼にも淑女の挨拶を拒んでしまったことになってしまう。
     少し悩んだが姿相応の対応をするべきだと考え、その場でひざまずき、女性に対する挨拶として相手の片手を取って一礼をする。
    「おはようございます。はじめましてニンジャさん、私の名はナルツィサ・メランクトーン。ナルって呼んでください」
    「お初にお目にかかる。私は久瑞景昌。姓がクズイで、名がカゲマサ、よろしく申し上げる」
    「よろしくね。 クズイか……、じゃあクズィーだね」
     ドレスのふちを摘まんでおしとやかに礼をしながら、それでいて気さくな名乗りを上げる。
     真白い布地に色とりどりの花模様の刺繍が施された豪奢なピナフォア・ドレスを身にまとい、黒曜石のような長い髪は何かの花を模した可憐な髪飾りを用いて結わいている。ドレスの縁はレース飾りが施され、可憐な貴族の娘という装いだ。
     だが男だ。
     なるほど、確かにカゲマサ同様の噂通りの真っ黒な髪だ、ただ瞳の色はカゲマサの黒と異なり、琥珀色の瞳が輝いている。道ですれ違った男が、思わず心を奪われてしまうのも無理もない嫋(たお)やかな美貌を備えている。
     だが、男だ。
     狩りの装束としては一見ふざけているようには見えるが、あのドレスはそもそも掃除や水仕事を行う際の作業服であり、長い髪も上に縛って邪魔にならないようにしている、下にはちゃんと動きやすい服を着ているようで、何も考えてないわけではなさそうだ。
    「先ほど、ニンジャと申したが、貴方は忍者を知っているのか?」
    「本で読んだ。で、この前忍者についての話をしたら、フィオが『ニンジャ? ああ、あいつだな、戦ったぞ』のことか言ってさ、もうファァァァァ??? って感じだった! そういうことは先に言ってほしいよ、ひっどいなぁ。でも、まさか本当に会えるとは思わなかった!」
     興奮冷めやらず、カゲマサと握手した手をぶんぶんとするナルツィサに、カゲマサは若干引き気味だった。
    「そ、そうか……」
     ポケモンが強い力で引っ張っても壊れない頑丈な船が造れるようになって可能になった牽引船の発明で、海を越えてイッシュを始めとする様々な国や地方の、物資や文化がここ欧州にも入ってくるようになった。中でも日之本の国は東の最果てに位置しているため話題性があり、この地では強い関心があった、忍者や侍が登場する小説や戯曲が作られており、文学を嗜む一部の知識階級によく知られている。
     文学少女(?)であったナルツィサは本を読み漁り、そうした本を通して日之本を知り、憧れを持っていたそうだ。
    「私はニンジャについては詳しいぞ。 ニンジャとは隠密行動をするために色々な隠語で呼ばれていた。 例えば」
     ナルツィサは得意げな声で言い放つ。
    「すっぱだかっ!」
    「?! 違う、透破(すっぱ)だ」
    「草」
    「……ああ、忍びのことを草と呼ぶことはあるな」
    「乱太郎!」
    「……なんとなくあってる気はするが、おそらく、乱破者(らんぱもの)かな」
     どうしてこうなったのか…… 海を越えて伝わった結果、いろいろと間違って伝わっているようだった。
     だがカゲマサとしてはそれで構わないと思っていた。むしろ間違って伝わっていることはカゲマサにとっては喜ばしいことだった、忍者のことを大いに誤解して、敵が自分達のことを間違えた方向に過大評価してくれるならば、それだけ仕事もやりやすくなる。


    「仲良くなったようだな」
    「おはよう、フィオ」
     着飾ったナルツィサに対して、フィオラケスの装いは極めてシンプルだった、緑色の狩猟用の服に、白いモフモフしたファーが首に付いた紫のマントを肩にかけて、腰のベルトからは二本の剣、鞭、ロープ、そしてモンスターを入れるためのボールなどの小物をぶら下げている。
     横にはオンバーンと、ポーカーフェイスで表情が読み取れないインディゴとスノーの二色の猫のポケモン、ニャオニクスを連れていた。
    「ねえ、クズィー! 何かニンジャっぽいニンジツを何かやってよ」
    「……変化の術くらいなら」
    「やった」
    『カゲマサ、あまり調子に乗るな』
     ゲンジは小さい声でたしなめる。
    「まあ、少しくらいならいいだろ? 鏡変化で軽く組手して戻るぞ」
    『……承知』
     溜息をつきながら、浮かれているのだ、とゲンジは呆れた顔で思った。
     彼は忍者というものが大好きなのだ、だからこそかつての頭領のあの発言に怒ってしまい、忍者を大好きだと言ってくれたものが現れると、うれしくてしょうがなくなる。ブリガロンを連れたあの男とも、同じように忍者を気に入ったと言われてコロッと仲良くなるなどしていたので、いつかそれで騙されるんじゃないかとゲンジは心配だった。
     カゲマサとゲンジは横に並び、共に静かに両手で印を結ぶ。
     煙幕を発生させ、一瞬だけ姿を晦ますと、二匹のゲッコウガが現れ出た。
    「ゲッゲッゲ……」
    「ゲッ、ゲコォォォ!」
    「おおっ」
    「なんと」
     二匹のゲッコウガだが、カゲマサの服装はそのままなので、どちらがカゲマサだったかは一目瞭然だった。だが、だからこそ二人は驚愕していた。これは普通に分身をしたわけではないということだからだ。
     ゲッコウガ達は手甲の裏からクナイを取り出し、互いに刃を交えて組手を始める、縦横無尽に跳び回り、双方共に水手裏剣を放った後、再びクナイを交えたところで煙幕。
     煙が晴れると、元のカゲマサの姿とゲンジが並んでいた。
    「忍法、変化の術なりぃ」
     片手にクナイを構えて口上を決めるカゲマサに、二人は拍手で応える。
    「これがニンジツか!」
    「素晴らしいものを見せてもらった」
     横で見ていたオンバーンとニャオニクスの表情をちらりと見えると、彼らも素直に驚いているような顔をしていたので、成功したと言えるだろう。
     これはタネを明かしてしまえば簡単なカラクリで、ゲンジが『実体を練り上げて、それ術者であると認識操作するワザ』みがわりと、『術者の姿を模した虚像を作り出すワザ』かげぶんしんを組み合わせ、カゲマサに重ね合わせることで姿を変えたように見せかける。あとはゲッコウガの鳴き真似や、自前の体術で動き回り、水手裏剣は身に纏ったみがわりを切り崩して、それっぽく発射したのだ。
     本当はゲッコウガ以外にも化けることもできたり、他にも『認識操作するワザ』みがわりを上手に掛けることで、『相手から自分の存在を認識させなく』する《霞隠れの術》など、ワザを組み合わせで様々なことができるが、さすがにそこまでの手の内を見せることはしない。


     カゲマサはフィオラケスに、アルビノウァーヌス家の厩屋に案内された。
    「馬は乗れるか?」
    「ああ」
    「じゃあ、好きな馬を選ぶといい」
     とフィオラケスに言われたので、ゲンジと相談して気が合いそうなギャロップを見繕って乗ることにした。後ろにはゲンジを乗せるつもりなので、ギャロップには悪いが二人乗りである。
     外に出て少し乗り慣らしていると、フィオラケスとナルツィサも自分達が愛用しているギャロップに乗ってやってきた。フィオラケスが乗っているギャロップは何と、珍しい漆黒の炎をたたえる、漆黒のギャロップだった。
    「では、行こうか」
     フィオラケスの案内で馬を走らせて、道を少し進むと、そこには見渡す限りの草原が広がっていた
     山をまるまる一つ抱える、アルビノウァーヌス家の領地は広い。
     ただ、逆に言えばこれだけ手付かずの土地が残っているということは、農耕作に不向きな土地であるということで、持て余しているということになる。
     草や木は充分に茂っているため特別に土地が痩せているというわけでは無かった、ここや近くの山に生息する野生のポケモンが恐ろしく強く凶暴で、耕作地にすると農民が襲われる危険が及ぶために放置している。ポケモン避けの壁の構築や育成技術の進歩に伴い、野生のポケモンに対抗する手段は増えているとは言え、蝙蝠竜の潜む竜穴や、世界の秩序を司る大地の大翠蛇が眠る伝説がある『終焉の山』が近くにあるため、進んで開拓しようとは思わない。
     だが、国に上納する金は土地の広さに応じて上納しなければならず、いくらか免除はあるとは言え、耕作適合地であるか否かに関わらず広大な土地に対して税を納めなければならず、アルビノウァーヌス家は常に貧乏に悩まされていた。先日の戦争にフィオラケスが参加したのも、用意できない上納金を労役で支払うためでもある、という裏事情も存在していた。
     領主にとっては利益を生み出さない土地を持つことはデメリットでしかないが、このような野放しになって野生のポケモン捕り放題の土地は狩猟マニアにとっては天国のような場所かもしれない。


    「……あー ……あー 聞こえるか?」
     先に走っていって、数十ヤードも離れている場所にいるはずのフィオラケスの声が、まるですぐ隣にいるかのようにカゲマサの耳に聞こえてきた。
    「聞こえるよ」
    「聞こえる」
     ナルツィサが返事を返したので、カゲマサもつられて返事を返す。
    「よし、繋がったか」
    「何をした……?」
    「ディーを拠点にして、それぞれの声をリンクして貰った」
    「うにゃぁ……」
     フィオラケスは身体の前に抱えていたニャオニクスを抱えあげて指し示し、遠くにいるカゲマサの方に見せる。ディーとはあのニャオニクスの名前らしい。
    「狩場は広くて大きな声を出しても届かないから、こうして狩りの間はいつもディーに連係を取って貰っているんだ。ああ、もちろん声に出したことしか伝わらないから、頭で変なことを考えていても大丈夫だよ」
    「ナルに言われたくないな」
    「ひどい。私がいつもいかがわしいことを考えていると思っているの」
    「私はいかがわしいとは一言も言ってないぞ」
    「よくも騙したなっ」
    「騙してない。少なくとも、そこでいかがわしいという単語が出てくる程度には考えているはずだ」
    「……ふむ」
     二人のやりとりは放っておいて、フィオラケスに詳しく聞いてみると、これはエスパーポケモンであるニャオニクスの精神感応(テレパス)を用いた複数人会話(マルチメンバーチャット)らしい、ニャオニクスがそれぞれの感覚を読み取って、それを人間とポケモンを含めたメンバー全員に配っている。エスパーポケモンを親にした無線通信システムということになる。
     後で聞いた話によると、頭の中の思考を直接共有させているのはなく、自分が発した声を自分の耳で聞いた、この時の自分の『声を聞いた』感覚を共有させることで、喋った声を伝えているようだった。
     こうすることによって獲物を捕らえる際に、離れたところから互いに意志の疎通をして、集団の連携で追い詰めることができる。
    「面白いな」
    『然り』
    「興味深い、何かに使えないか?」
    『うむ、盗み聴かれる恐れは如何せん。古き歴史を紐解けば同様の手段はあったが、其のために活用も限られていた』
    「ああ、そうか……そうだったな、まあ心の隅にでも置いておこうか」
    『賢明だ』
     テレパシーを用いた集団通話は昔から知られており、かつては戦いの際に使われていたが、盗聴や妨害念波(ジャミング)を受けるため実戦での運用には注意が必要だった。そもそもカゲマサはエスパーポケモンを所持してないため、思い付きで簡単に導入できるものではない。むしろ、使われる側として傍受の方法を探るべきだろうか。


    「オォォォーーン」
    「よし、きたか」
     オンバーンの静かな咆哮を聞いたフィオラケスは声を上げて、オンバーンに追い込みをさせながら、合図と共に彼を乗せたギャロップは駆けだす。
     加速し終えたところでフィオラケスは手綱を放し、背中に背負っていた長弓を構えて、矢の代わりに赤い短剣らしきものを矢枕に乗せて、素早くそして強く弓を引く。
    「……あれは、ポケモンか」
     カゲマサは遠目から矢に代わりに射ようする正体を見極めた。
     射放たれた赤い剣のポケモンは、上空の鳥ポケモンに目掛けて飛んでいき、吸い込まれるようにして命中する。
     羽ばたく力を失った鳥ポケモンの体を、ポケモンから出た剣の穂(柄から伸びる飾り布)が空中で絡めとり拘束して、草むらの中に落下した。
     フィオラケスは手綱を再び握り直し、長弓を背負い直して速度を落としながら、地に落ちた獲物を探しに向かう。
    「お見事、素晴らしい腕前だ」
    「ありがとう」
     普通の色とは少し異なっていたが、あれはヒトツキというポケモンだろうとカゲマサは見た。
     矢の代わりにヒトツキを射る、その特性ノーガードにより多少狙いが外れても、届きさえすれば獲物に必ず命中することになる。だが、いくら自力で浮いているとはいえ、一本の剣と同じ重さの金属の塊を支えて弓で引く、しかもそれを走る馬に乗りながら行わなければならない。それを可能にするためには日々の鍛練と並々ならぬ筋力が必要となるだろう。


     向こうではナルツィサがヒノヤコマに指示を出して、獲物のケンホロウを追い詰めていた。
     ヒノヤコマは進化するとファイアローとなり、殖やしやすく手懐けやすいことから、かつて戦場において無類の活躍を誇っていた。
     出撃して数分で敵陣地に到着し、ブレイブバードを放つだけ。その戦術のシンプルさ故に突破が極めて難しい。いかに強固な城壁を築こうとも空を軽々と越えて突撃できた。尖った岩(ステルスロック)を浮かべるなどの対策を打とうにも、高速スピンで弾き飛ばせるポケモンを背中に乗せて飛べばよいなど、ファイアロー側はその対策の対策を打つ余裕があり、応用の利かせやすさも強さの一つだった。
     攻撃力も防御力も並であり、決して単体で強いポケモンではないが、戦闘に使わなくとも伝令や兵の移動、補給手段の確保など、優秀な指揮官にとって極めて秀でた駒となり。とある帝国に代々伝わるファイアローは他の種に比べて特に素早く、飛行ワザを使わせれば誰一種として敵うことは無かったとされ、帝国はそれを巧みに操ってあらゆる戦いに勝ち続け、大帝国を作りあげたという、そのファイアローは『はやてのつばさ』と呼ばれた。まさに一つの時代の構築したポケモンだった。
    「そのまま旋回、右に切れ」
     ナルツィサの指示にヒノヤコマは大きく旋回するが、オンバーンのようにうまく追い込むことはできなさそうだ。この間合いでは炎の渦で拘束しきることができず、逃げ道ができてしまう。
    「……林に入るな」
    「そうなったら、逃げられちゃうか」
     もし木々の中に潜り込んでしまったらもうヒノヤコマでは追うことができなくなる。
    「中で待ち伏せして、そこで仕留めよう」
    「ありがとうよろしく」
     カゲマサはギャロップを走らせて、林の中に入って行った。

    「こちら、位置についた」
    「OK、行くよ」
     ナルツィサの声から少しして、木の枝葉が擦れる音と共に何かが地面に落ちてきたようだった、急いでその場所に駆けつけて、やや疲れたケンホロウを見つけると、カゲマサは素早くクナイを投擲する。
     クナイは軽々と避けられてしまったが、元から当たるとは思っておらず、その注意を引くのが目的だったので問題は無い。クナイを投げる前に枝の上に待機していたゲンジが、木の上から枝の隙間を縫うようにして、獲物を狙い撃つ。ゲンジの放った[れいとうビーム]が急所の羽に命中し、翼から先に見る見るうちに凍り付いていった。
    「よし」
    『上手くいったな』
     カゲマサはここでの狩りの作法はよく分からなかったが、とりあえず殺さないように絞めて落とした上で、持っていたハーネスでグルグルに縛り上げて、持っていたボールの中に押し込めて収納することにした。

    「お見事」
    「いや、貴方のおかげだ」
    「そんなことはないさ」
     それぞれが獲物を見つけるまでの隙間の時間で、カゲマサはナルツィサといろいろな話をした。
     長らく疑問だった、その服装の趣味について尋ねてみたところ。
     男児よりも女児の乳幼児の生存率が高いことから、この地では昔から男児に女児の服装をさせ、女と扱うことで死神の目から逃れようとすることがあるそうだ。ナルツィサの幼い頃から病弱であったため、長らく女児の格好で生活していた。幼い頃は本気で自分は女だと思い込んでいたそうで可愛らしい服を自ら進んで選んでいたそうで、そんな生活があまりに長かったために、辞め時がなく、ずるずると今に至ったらしい。

     メランクトーン家は元々は地主だった。自分の土地で取れた物を商品作物として市場に売り、貨幣の運用により大きな財を成した。その金で子女を学ばせて官職につかせ、いわば貴族身分をお金で買ったという新興貴族である。
     対して、アルビノウァーヌス家は帯剣貴族と呼ばれる由緒正しい家柄であり、当主は子爵の地位を賜っている。歴史や功績から鑑みれば伯爵を賜ってもおかしくは無いが、高貴は血を嫌い、血を浴びる騎士は下の地位に追いやられるため、血生臭い剣を振るい続ける限り、冷遇されやすい事情がある。
     騎士上がりの爵位として言えば子爵は最高位であり、ナルツィサ曰く「伯爵に近い子爵」らしい。
     そんなアルビノウァーヌス家は常に貧乏と戦っていた、先ほどの領地に対して耕作に適した土地が少ないこともあるが、山を抱えるアルビノウァーヌス領は田舎街で、年々発展していく都市部への人や富の流出があった。封建制度も衰退気味で、台頭する新興貴族の影響で帯剣貴族はやや落ち目となり、このまま行けば家の存続も危ぶまれる事態になっていた。
     そこで思いついたのは領内の新興貴族メランクトーン家と縁戚関係を結び、新興貴族の財産を得るという手段だった。両家の奥方の妊娠がほぼ同時期に発覚した時に、アルビノウァーヌス家の当主は、まだ妊婦だったメランクトーン家の奥方を乳母として雇い入れて、あわよくば生まれたその二人が将来婚姻できればいいと画策した。
     その企みは二人の性別が同じであったために水の泡と化したが、そうして生まれたフィオラケスとナルツィサは乳兄弟として幼い頃から共に育てられたそうだ。乳兄弟の場合、乳母の子はそのまま従者になるのが普通だが、そういうことにならず幼馴染ということになった。
    「クズィー、今回の依頼だけど、驚いただろう?」
    「ああ、驚いた。一体何を依頼されるのだろうかと思っていたら、狩りを手伝ってくれとは……」
     
     報酬は昨日のうちに貰っていたため不満は無い。またカゲマサは自給自足して森で食糧を調達する生活をしており狩猟には多少の覚えがあるので、不慣れというわけではなった。
    「私は、フィオは先日のリベンジ決闘でも申し込むんじゃないかと思ったよ」
    「その可能性は捨てきれぬと、その準備もしていた」
    「勝てそう?」
    「そうだな…… 手加減ができないのが辛いか」
    「どういうこと?」
    「前回の戦いは、相手がゲッコウガというポケモンを知らないことを利用して短期決着を狙ったために勝てたようなもので、相手がやりたいことをやる前に叩いたが、もう次はそういうわけにもいかないだろう。また、あの時はスタジアムの狭さというオンバーンにとって不利な場であった、このような広い場所で戦うと勝てないだろう。明らかに地力で負けているから、相手は牽制のつもりでもこちらは全力で対処しないと押し負けてしまう。できれば多少の手加減ができるくらいの余裕が欲しい」
    「なら、どう攻める?」
    「なんとか気配を消して、懐に潜り込む策を考えるしかないな」
    「ふーん」
     ナルツィサは真顔になり、その回答に詮索はせず、話題を切り替える。
    「今回、クズィーをここに誘ったのはいろいろと事情があってね。ベーメンブルクの一件以降、周りの諸侯達の間で不穏な動きが見え隠れしている。形式上は反乱は鎮圧されて王国の勝利という形に終わったが、新教徒の不満は未だに燻ったままになっている」
    「うむ」
     カゲマサは先日のベーメンブルクの戦いに参戦した。その際に一度は降参したが、それを無効にして再戦して勝利し、民衆軍を勝利に導いた。
     だがその後、王国を束ねる帝国本邦から『あの降参は有効である』という達しが下ったことで一転し、王国側の勝利に覆ってしまった。さらにこの一件は王国内での内乱に留まらず、その上の帝国の本軍までもが介入して圧力を加えてきた、これ以上逆らうと帝国軍が直々に戦うと脅してきたのだ。
     民衆軍はさすがに帝国軍相手では勝ち目はないため、相手の言うことを聞くしかなくなってしまった、新教徒諸侯の領地が大幅に削られ、国内の新教徒への締め付けが更に強まるという不本意な結果に終わってしまった。
     カゲマサは日之本にいた頃より祖霊土地神を信仰しており、旧教徒でも新教徒でもないため、この宗教対立のどちらかに肩入れをする気はなかった。そのため速やかに身を隠して行方を眩ませた、不用意に居座れば帝国軍に命を狙われかねず、民衆軍に担ぎ上げられるのも断じて避けたかった。あくまでも、何も持たない影なのだ。
    「いくらでもやりようのある流れではあったけど、信仰の違いという非常にデリケートな問題に対する回答としては、いささか強引だった」
    「そうだな、まさかこんなことになるとは思わなかった」
     戦った当事者だったカゲマサとしては、降参の取り下げは流石に無茶だったという自覚はあったわけで、取り下げも止む無しと考えていたが。喧嘩両成敗ということで新教徒に寛容だった頃に戻し、お互いに折り合いがつくだろう思っていたところ、この結末は予想外であった。
     いくらベーメンブルク王が皇帝の名家の血筋だからと言って、自治の独立が認められている一地方に対してこのような必要以上の干渉してくるのはあまりに不可解だ。おそらくは何かの影がそこに渦巻いているのでは、とカゲマサは感じ取っていた。
    「フィオや私たちにとって幸いなことは、このアルビノウァーヌス家の領地は中心から外れていて、戦場になるということはないことだね」
     アルビノウァーヌス領は帝国中心部よりもカロス国境との距離の方が近い、帝国から派兵通知が届いても理由を付けて拒んでも構わないため、何者かが領土を横断するようなことが無い限りは、戦争に巻き込まれることはない。
    「一応……ありうるとすればカロスとの戦争になる場合か」
    「いやしかし、いくら帝国とカロスの仲が悪いと言えど、今回は宗教対立である以上は手出しをしてくることは無いだろう」
    「カロスは帝国と同じ旧教国だからな、援軍くらいは送ってきそうだが、カロスもカロスで国内に問題を抱えている。うかつに手を出せばカロス国内の宗教対立の火種を誘うことになるから静観するだろう。余計な首をつっこんで火傷したくはない」
    「まあ、カロスが攻めてくるなんてバカなことはありえないだろう」
    「ありえんな」
     なおこの後、宗教戦争だったにも関わらず旧教国が味方のはずの旧教国に攻め込むという“ありえないバカなこと”が本当に起こるのだが、この時点の二人にはそんなこと全く予想もつかなかった。

    「御存じの通り、アルビノウァーヌス家は古くからある武家貴族で、領地も辺境にあり、あまり社交界での交流は無い方だ。古くからの繋がりでそれなり情報は流れてくるが、有事の際にもその身と剣一つで解決していたこともあり、他を頼るようなことがなかった。今の状況はしばらくは静観できるが、少々心もとないところがある」
    「なるほど、そういうことだったのか」
    「お、理解が早くて助かるね」
     アルビノウァーヌス家は武闘派で名を馳せた反面、細かい工作が苦手であり、フィオラケス・アルビノウァーヌスは裏方で動ける隠密のカゲマサと今のうちに接触しておき、今後のいざという時に裏方で行動できる存在と繋がりを持とうとしていたのだ。
     ただ、何も起きてない今の状況では正式な仕事の依頼は何もない。かと言って、ただ会うだけでというわけにも行かない。そのため、とりあえず趣味の遊びに誘うことになったのだ。
    「世間一般的には、お茶会やパーティを開いて、それに招いたりするけど、フィオはそういうガラじゃないし、クズィーもそういうの好きじゃないだろう?」
    「ああ、こういう狩りの方が気楽でいいな」
     剣を交えて負かした因縁のある相手に突然呼ばれて食事なんか出されたら、間違いなく罠と考え、毒が盛られていることを警戒する。
     それはどう考えても悪手だ。
    「……まあ、そういうわけだけど、依頼主と手先の関係ではなく手軽に会って話ができるように、私個人的としてはクズィーとフィオが仲良くなってほしいと思っているんだ」
     ナルツィサはまっすぐ前を向きながら言葉を続ける。
    「あいつ、友達いないから」
    「ぐふ……」
     不意に言われたその言葉が何故だかツボに入り、思わず吹き出してしまった。
    「こんな時代にも関わらず、騎士の修行なんか始めるくらいすごくマジメでさぁ。なのにいろいろと誤解されやすいんだよなぁ」
    「…………」
     そのいろいろな誤解はほとんどナルツィサの仕業であることを、カゲマサは知っていたが、黙っておくことにした。
     私事ではこのような女の装いをするナルツィサだが、公の場では一転してしっかりして、商政を引っ張る新興貴族の一角として名を馳せている、また法の知識にもについて研究する学者でもあり教会からの信頼も厚い。「こんな品格公正な男が、あのようなことをするわけがない、あの変人フィオラケスの趣味に付き合わされているのだ」というのが世間からの評価となっている。
     人たらしで世渡り上手で、良く思われやすいナルツィサの奇行の原因は、フィオラケスであると、とばっちりで濡れ衣を着せられているということになる。
    「まあ、良ければ仲良くしてやってほしい」
    「あ、ああ」
    「……聞き捨てならないぞ、どういうことだナル」
    「!? ってフィオ、いつから聞いていたんだ」
    「一番最初からだ」
     突然聞こえてきたフィオラケスの発言に驚くナルツィサ。こうした狩りの最中はニャオニクスを用いたチャットネットワークは繋ぎっぱなしのため、ここまでの会話がダダ漏れだったようだ。
    「友達がいないから仲良くしてくれだなんて心外だ。 ……いや、まあそうかもしれないが、ナルには言われたくないな」
    「どういう意味だ、それ」
    「……あー」
    『主は黙ってろ』
    「そうだな」
     とりあえず何か言おうとしていたところをゲンジに止められたので、その場では大人しく二人の会話を黙って聞くことにした。


     充分な獲物を得られたとのことで、日が傾き始める頃に狩りを終えて、屋敷へと帰還した。
     本日の獲物はフィオラケス自らの手でナイフをふるって解体し、血抜きと乾燥などの処理を済ます。ポケモンの皮膚は極めて硬く、高い再生能力も持っている。吊し上げて血抜きを済ませたビーダルを、屠殺台に並べて、硬い皮膚を目掛けて両手で短刀を突き刺す、刺さったら瞬時に筋にそって引き裂き、毛皮を剥がしとる。ビーダルの毛皮は水を弾き、極めて保温性が高いため、市場では高く売れる。作物が育ちにくいアルビノウァーヌス領においては貴重な収入源となっている。また、真冬の雪が積もる川の中で生活できるビーダルの肉は極めて脂身が多いため、ここでは貴重なエネルギー源でもあった。
     今日はカゲマサがいたために特別に量が多い、時間が経つとそれだけ劣化していくため、秒単位でいかに早く処理を済ますかがカギであり、フィオラケスは一心不乱にナイフを突き刺しては次々と屠殺加工処理を行っていく。カゲマサは鬼気迫る顔で向かい合うフィオラケスの後ろ姿を驚きの表情で見つめていた。ポケモンの身体は固いため、人力で解体するにはとてつもない馬鹿力が必要なのだ。
     そこに、ドレスを脱いでジャケットに手を通し、簡単に着替えて来たナルツィサが現れた。
    「フィオ〜 例の件だけど、進めていいか?」
    「構わない。是非進めてくれ」
    「OK じゃあ、クズィー、こっちに来てくれ」
     ナルツィサはカゲマサを手招きして、屋敷の奥へと案内する。
     通された部屋は、壁の棚にはたくさんの書物が収められ、机と椅子がいくつか並ぶ、執務室だった。
     ナルツィサは大きな机の引き出しから一枚の羊皮紙とインクを取り出すと、ペンを片手にナルツィサは言う。
    「協定を結ぼう」
    「協定……?」
     ナルツィサは羊皮紙の上をペンを走らせながら、その内容について細かく説明をする。
    「アルビノウァーヌス家―クズイ氏間において、不可侵として互いに社会的危害を加えることを禁じる。及び友好協定として以下の提供を行う」
     なるほどそういう話が始まるのか、と察してカゲマサは立ちながらその内容を聞く。
     今は忙しいフィオラケスに代わって、乳兄弟であるナルツィサが代理で協定を結ぼうということらしい。
    「クズイ氏。フィオラケス・アルビノウァーヌスからの連絡手段を確保する。ただし依頼の拒否権は認めるとする」
     これは今回の依頼のように『いつ届くのか分からず、届かないかもしれない不確定な連絡手段』ではなく、呼んだらすぐに来るようなホットラインを作って欲しいということだ。ただ断ってもよく、強制力はないようで、これに関してはカゲマサは問題ない。
    「対して、フィオラケス・アルビノウァーヌスより対価として提供することは3つ。まず、アルビノウァーヌス領からカロス国境を越える際の、関の通行手形を発行」
    「ふむ」
     カゲマサのかつての里の仲間達はカロスにいる、凱旋帰郷というわけでは無いが、いつかはカロスに挨拶しに戻ろうと思っていた。前回のようにまた密入国をしようかと目論んでいたが、それならばその手間は省けそうだ。
    「アルビノウァーヌス家所有の一般書架への出入りの許可。そのためにクズィーには屋敷の臨時掃除人として登録しておくよ」
    「書架か」
     本が貴重品であるこの時代に、貴族が所有する本を読む機会が得られるのは嬉しい。情報集めもだいぶ楽になりそうだ。
    「そして、私が所有している婦女服をいくつか寄与する」
    「……?!」
     これは…… 正直あまり認めたくはないが、大変有り難いことだった。
     平民の娘服や貴族の紳士服なら容易だが、貴婦人服は極めて入手が難しい、さらに服はすべてオーダーメイドで、女性のラインぴったりに採寸されて作られているため、仮に手に入れても男の体では着ることはできないだろう。
     多少の調整は必要になるが男性の体に合わせて作られた女性服が手に入るとすれば、変装潜入の選択肢はぐっと多くなる。……まあ、着たくはないが、選択肢は多いに越したことは無い。
    「そんなところでどうだ?」
    「……契約の反故について聞きたい」
    「これは契約ではなく協定だ、好きに反故にするといい。が」
     脅しか凄みか、ナルツィサの琥珀色の瞳が鋭く光る。
    「不可侵を破り、然るべき対処を行うことになる」
    「そうか」
     協定が破棄されればそれまで通りの、敵かもしれない関係に戻ることになるだけで、違約金があるわけではない。連絡手段の確保は、確実に届くように複数用意することになるが、これに関してはさほど苦ではない。三つの対価に関してはどれもカゲマサにとって嬉しいものであり、むしろ貰いすぎではないかと心配にはなったが。関の手形も書架も許可を出すだけであって、婦人服はようするに彼が着なくなった服の在庫処分ということで、彼らは全く金を払ってないということになる。全体的に見ればカゲマサにとって有利な条件であった、なにより貴族の後ろ盾に近いものが得られるのは嬉しい。
     この程度であれば口約束で済ませても構わないとは思ったが、断る理由というものは無かったので、羊皮紙にサインして、カゲマサは執務室を後にした。

    「それにしても……」
     ずいぶんと踏みこんだ内容の協定だった。その内容からして、よほどカゲマサは気に入られていたようだった。
     ……しかしどうもおかしい、今日の狩りの最中にずっと話していたナルツィサから信頼されていたのならばまだ分かるが、あれはフィオラケス・アルビノウァーヌスとの契りなのだ、今日の狩りでフィオラケスはカゲマサとほとんど会話を交わしてないし、そこまで信頼される理由も分からない。いくら代理とはいえ彼の独断で結べるような内容ではないはずだ。そんな会話……あれ、かい、わ?
    「まさか…… あの狩りの間の会話を、全部聞かれて、それで」
    『主、まさか今になって気付いたのか』
    「……うかつなことを口を滑らせてなかっただろうか」
    『む、間抜にも再戦時の戦略について聞き出されていた他に在ったか……?』
    「…………」
     どこまでがナルツィサの掌の上なのかは分からないが、奇抜な姿で近づいて人の心に寄ってくるナルツィサはとんだ食わせ者だったようで、「ナルツィサには気を付けろ」という言葉もしっかりと胸に刻まないといけないとカゲマサは思い知った。


     その日の晩御飯はスープをふるまわれた。
     野菜はくたくたになるまで煮込んだ後、灰汁を捨てて、味をすべて殺した野菜のカスのようなものを鍋に投入し、ビーダルの生肉をブリーの実のジャムで漬け込み、柔らかくなったものを薪火で焼いて、それも鍋に投入する。
     最後に小麦を練って叩いて切って少し乾燥させて作った太めのパスタも鍋に投入して、煮込んでスープを作った。
     食後にナルツィサは「この料理、クズィーの故郷ではどう言うんだ、漢字で書いてくれ」とカゲマサにせびってきた。本来の料理とはとても似ても似つかぬような気がしていたが、カゲマサは少し悩んだ末に彼の服に墨で書いてあげた。

     鍋焼饂飩(なべやきうどん) と



    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    Q:アルビノウァーヌス領って?
    設定上はカロス地方レンリタウンから西に山を越えたあたりです。オンバーンの生息地の山を所有しており、その麓を含めた一帯を領土としているので広さだけはあります。メランクトーン家の土地はその中にあります。貴族の土地の所有ルールはよく分からないので適当にボカしたいです。

    Q:乳兄弟って?
    A:高貴な家では、子育てのような雑務をすべきではない、より栄養価の高い母乳で育てるべきだと乳母を雇うのですが、乳が出るためには同時期に子を出産している必要があるので乳母にも子がいます。この子供と乳母の子は兄弟同然で育てられ、乳兄弟という間柄になります。
    だいたいの場合はそのまま主人と従者の関係になり、乳母の子はお付きのお世話係になることが多いです。義理の兄弟のため、乳兄弟同士の結婚は禁じられている場所もあります。

    Q:帝国って?
    A:神聖ローマ帝国をモチーフにしてます。神聖ローマ帝国は国の集まりに過ぎず、国王の中で選挙を行って、選ばれた王が国王と皇帝を兼任します(選帝侯)。むやみに導入すると話が複雑になるので、時代執筆時はこの帝国設定を全く考えてませんでした。
    ベーメンのあの国王は皇帝ではありません。今の皇帝はウィーンあたりにいて、帝国の中心部はそこにあるイメージでいます。

    Q:フィオナルの街遊びはどこでやってるの?
    A:二人ともガッツリ馬(ギャロップ)に乗れるので、当時の貴族では考えられないくらい行動範囲が広いです。領内で遊ぶだけなら「またあの子息は……」と苦笑いされるだけで済むのに、帝国中の市街地(ベーメンブルクなど)を渡り歩くので知らない男がナルに騙されてトラウマを植え付けられる事態が起こります。

    Q:ナルはなぜ執務室に出入りできるの?
    A:フィオは字が下手なので自分の書類仕事をすべてナルに任せており、ナルが代筆してます。なおナルは、婦人服はすべてフィオラケスの名前で発注しております。

    Q:ナルが前半と後半でキャラが違う……。
    A:公私を使い分ける人で、表の顔は貴族の実務を一手に担うイケメンという設定なので。同じ人が喋っているように頑張りましたが、もっとうまくかき分けがしたいです。

    Q:なぜクズィーと呼ぶの?
    A:ビジネスパートナーとして扱っているので苗字で呼んでいます。


      [No.4063] ロズジャラ 投稿者:αkuro   投稿日:2018/02/09(Fri) 00:01:17     75clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ※あきはばら博士さん発案のバトル描写書き合い会にインスピレーションを受け勝手に書いた物です。企画のレギュレーションには全く従っていません。悪しからず。
     
     
     
     
     
     ふわりと香った甘い妖しさ。
     それに気付いた時には既に身動きが取れなくなっていた。
     しゅるりと鱗に蔓が這い。
     しゃらりと擦れて音が鳴る。
     拘束されている。微かな笑い声に見下ろすと、挑発的にこちらを見上げるロズレイドがいた。尻尾を振るとひらりと身をかわされる。
    「なんだ貴様は」
    「……やっと捕まえた」
     鱗を掻き分けた蔓が深く絡み付く。じわじわと何かが染み込む感覚に、くらりとした。毒か。逃れようともがくが、余計に刺が深く刺さり込み、喉奥で呻く。
    「逃げようとしても無駄だよ。君を捕まえるために鍛えたんだから」
    「お前は、何者だ」
    「えー、僕のこと覚えてないの? 残念だなあ」
     ロズレイドの瞳に失望の色が宿り、奴はそのまま赤い手を空に向けた。青い手からは次々と蔓が伸び、拘束を更に強める。早く抜け出さなければ。しかしただもがくのは逆効果だ。
    「ぐ、うぁっ!?」
     じりじりと、炙られるように熱い。頭上にはいくつもの火の玉が生まれ、まさしく自分を炙っていた。ウェザーボールか。
    「っ、ぅ」
    「ははっ……君のそんな顔が見たかったんだ」
     楽しそうなロズレイドの声と、熱と、毒が思考を鈍らせる。
     意識を失いかけた時、微かに草木が焦げる匂いがした。
     ――今だ。
     全身を大きく震わせ、脆くなった蔓を引きちぎる。その衝撃に吹き飛ばされたロズレイドは、後方に軽やかに着地した。
    「へぇ、僕の毒を受けたのに、まだそんなに動けるんだ。やっぱり君は凄いなぁ」
     今が好機だ、反撃を――。
    「……がっ、ぁ……」
     その場に崩れ落ちる。動けそうにない。思ったより体力を消耗していたようだ。
    「卑怯だぞ……戦いなら、堂々と……」
    「戦い? 僕はそんなことしないよ。ただ、君が欲しいだけ」
     
     再び蔓が絡み付くのを感じながら、ジャラランガの意識は闇に堕ちていった。


      [No.4062] Re: This is new world. 感想です 投稿者:逆行   投稿日:2018/01/14(Sun) 17:26:40     55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    海さん

    感想ありがとうございます!こちらでは初めまして逆行です!

    うんこ視点の下りは自分も気に入っています。
    この下りをやりたいがためにこの話を書いたと言っても過言ではありません。
    ぶっちゃけ他は全部蛇足です!(笑)

    便秘って本当にしんどいですよね。
    どこまでこの掲示板で汚い話をしていいのか分かりませんが、自分は2週間ぐらい出なかったことがありました。
    ちなみにギネス記録は102日だそうです。(驚くべきことにこの記録はしっかり申請されているという)

    こんな下らないうんこ小説に感想を書いて頂いて感謝です。
    クリスマスで世間が賑わっている最中、独り部屋で黙々とこの話を書いていた甲斐がありました。


      [No.4061] Re: This is new world. 感想です 投稿者:   投稿日:2018/01/14(Sun) 15:30:49     67clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     こんにちは。こちらでは初めまして。ツイッターでお世話になっております、海と申します。

     めちゃくちゃ真面目でめちゃくちゃ面白いじゃないですか……面白い……腹筋を返してください……うんこ視点は卑怯すぎますよ……途中までは必死に我慢するがごとくうんこというワードも出てこなかったのに……頭から最後の尾っぽまで見事に……!!
     便秘……
     辛いですよね……
     私は五日も出なかった経験は無いんですが想像を絶する痛みでしょう……しかし五日って……下痢止めの前に昨日とかのうちに便秘薬を飲んで出せと言いたくなりますね。これが初めての経験でないなら余計に!w
     これだけトレーナーが必死なのにポケモンたちとの温度差がまた、たまりませんね。正直エネコロロが似たパッケージで全然違う薬(たとえば下剤とか)を持ってくるオチかと思ったんですがなんとまさに下痢止めを持ってくるとは!結局下痢止めとしての効力を発揮しなかったとしても!!
    トレーナーくんがぎりぎり切羽詰まりすぎてることが敗因でしたが結果的に大勝利でしたね。やー、もう、何度読んでも……誰しもが経験するであろう、なかなか出てこないブツがようやく出てきた瞬間の、あの、言葉にならない幸福感……開放感……このあたりの描写も流れも鮮やかすぎて共感できすぎて最高でした。からのうんこ視点、流れていく様……サヨナラ……!


     彼は、先程活躍したマッスグマとエネコロロをボールから出す。二匹は、あらゆる華麗な技を畳み掛けるかのように魅せる。観客は彼らの演技に、笑顔で拍手をしたりしている。その笑顔には何の皮肉もない。とても純粋な気持ちで彼らはコンテストを楽しんでいる。
     ついさっきまでうんこと格闘していた者と、その格闘の手伝いをしていたポケモンだとは知らずに。

     ある意味コンテスト本番よりも必死な舞台裏、めちゃくちゃ面白かったです。ハイセンスすぎてこれに返せる感想にならないのが悔しいですが、これが投稿されたのが12月24日だというのも含めて何もかもやられました。傑作です。ありがとうございました。


      [No.4060] 奇人たちのバトルタワー 投稿者:造花   投稿日:2018/01/06(Sat) 22:21:38     60clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    注意、このお話はポケモンとは関係ないキャラクターの設定を借りてポケモントレーナー化&もしポケモンの世界にいたらというIf設定(妄想)を盛り込んでいます。
    たぶんキャラ崩壊してるので苦手な人はごめんなさい。
    彼は手じゃなくてリョナに目覚めてます。ついでにたぶんケモナー。




     世界のどこか、例えば南国の観光リゾート地に、天を穿つ巨大な高層ビルがそびえたつ。その名はバトルタワー。
     壁面全体にガラスをあしらった近代的な姿は、辺りの景観を損なうことなく、この土地が誇る象徴の1つとして、人々から好意的に受け入れられていた。
     一見すると大企業の本社ビルか、或いは高級高層ホテルのように見えるが、実際のところは観光・レジャーを兼ね備えたポケモントレーナーのポケモントレーナーによるポケモントレーナーの為のポケモンバトル施設である。
     年間1000万人を越える観光客たちの大多数は、その高層ビルを必ず訪れていると言っても過言ではない。
     ある者は展望スペースで南国のパノラマを一望し、ある者はビル内部で繰り広げられている無数のポケモンバトルを観戦し・・・或いは自ら挑戦者となり、数多のポケモントレーナーたちと戦いを挑んでいる。
     挑戦者に課せられるルールは次の通り。
     トレーナーは異なる種類のポケモン三体まで用意する。ポケモンに道具を持たせる場合、それらは全て異なるものでなくてはならない。対戦相手と7連戦し、全勝するか敗北・棄権するまで出ることはできない。
     トレーナーは、ポケモンに対してアイテムを使用できない。ポケモンへの行動指示とポケモンの入れ替え、ギブアップのみが許される。
     7連勝を達成すれば、バトルポイントを貰うことができ、貯まったバトルポイントは、ポイント引き換えコーナーでアイテムと交換することができる。
     連勝し続ければ、施設のオーナー「タワータイクーン」の称号を保持する凄腕のポケモントレーナーと戦う権利が与えられる。
     挑戦者を迎え撃つ応戦者たちは、バトルタワーと契約を結んだ社員トレーナーである。彼等にも挑戦者と同様のルールが課せられるが、挑戦者が7連戦の間に如何にして撃ち破らなければならない使命を帯びている。
     挑戦者と応戦者、彼等は純粋にバトルを楽しみたい者、自分の実力者を試したい者、バトルの修行を目的とする者もいれば・・・ただ暴れたいだけの乱暴者や対戦中毒の戦闘狂、自分の強さを誇示したい自惚れ屋、対戦相手をいたぶりたい変態もいる。
     トラブルを招く人物はどこにでもいるが、個人レベルの諍い程度ならまだ許容範囲内だ。
     バトルタワーにとっての真のトラブルメーカーとは、タワータイクーンを二度に渡り撃ち破るだけでは飽きたらず、連勝記録を伸ばし続ける規格外の化物ポケモントレーナーたちである。
     その化物の連勝記録を打ち止める事を使命とする社員や用心棒たちは、昼夜を問わず死に物狂いで応戦している。
     一見すると華やかな観光地の一名所に過ぎないが・・・・・・ここはポケモンバトルの魔境である。

     ★

    (興醒めだな・・・・・・"これ"は見るに耐えられない)

     バトルタワー実戦部門課長補佐を務める中年男性"ビジネスマンのキラ"は、控え室の椅子に座りながら真っ白に燃え尽きて、項垂れるタワータイクーンを見て思う。
     彼女はポケモンリーグチャンピオンとも互角以上に戦えるポケモンバトルの実力者であり、鍛え上げた数多のポケモンたちの中には伝説と評される貴重な個体も存在する。
     そんな彼女が本気で挑んでも全く歯が立たず、悔しさのあまり変装してまでリベンジマッチを幾度となく繰り返したが、全て返り討ちにされてしまっているのだ。
     今の彼女は、青髪の縦ロールのカツラを被り、ミニスカートに黒タイツを履いた若々しいエリートトレーナーのコスプレ(本人は完璧な変装と言い張る)をしており・・・・・・文字通りと言うべきか見た目通りと言うべきか、とにかく無理をして病んでいる状態なのは間違いない。

    「キラさん・・・・・・私また負けてしまいましたわ」
    「えぇ、そのようで・・・次は私の出番なので、それでは」

     タイクーンのかすれるような声を右から左へと受け流し、キラは足早に控え室から出ていく。
     彼女の言葉は怨嗟の念が込められているように重苦しく聴こえてくる。
     まともに取り合っては呪われてしまいそうな負の念を、彼女が纏っているように見えてしまう。
     馬鹿であるが高潔な彼女は、決して口に出しはしないが・・・・・・そもそもこんな醜態を晒している原因は、挑戦者の連勝記録を打ち止められないでいる腑甲斐無い応戦者たちにあるのだ。
     故にキラは次の戦いで必ず勝たなければならないが、相手はタワータイクーンを何度も撃ち破る化物。
     しかし、手段を選ばなければ勝算がない訳ではない。
     タワータイクーンは高潔なポケモントレーナーだ。ポケモンリーグが制定した公式戦のルールに準じた模範的な正当な戦いで1つの頂点まで上り詰めており、それ故に対戦相手を徹底的に対策したメタゲーム・奇策縦横させる柔軟な戦い方をしようとしない節がある。
     キラは挑戦者にコテンパンに打ちのめされたタワータイクーンのポケモンたちの姿を思い出し・・・・・・自身の倒錯的な異常性癖を静かにたぎらせながら、勝ち筋を思案する。
     ビジネスマンのキラ、彼はバトルタワー実戦部門課長補佐であると同時に、バトルタワーに所属する社員トレーナーの中でも有数の実力者であるやり手の危険人物(ヘンタイ)だ。
     彼は時々考える・・・・・・もし自分がポケモンとの出合いがなく、ポケモントレーナーとして成功していなかったとしたらどうなっていたのだろうか?
     しかし、それはまた別のお話で。



     バトルタワーの頂点に一番近いバトルフロア。そこに招待されるポケモントレーナーは連戦連勝記録を更新し続ける者たちだ。
     今その場を陣取るポケモントレーナーは、見た目こそ10代前半くらいの少年だが、ポケモンリーグに挑戦したトレーナーの中でも最速最年少で四天王とチャンピオンを打ち負かし、殿堂入りを果たした稀代の天才ポケモントレーナーと評される逸材だ。
     その面構えは決して変わることがない事で有名らしく、どんな危機的状況に陥っても崩れない完璧なポーカーフェイスを維持し続ける様は、彼の異名・・・もとい蔑称を『サイコパス』やら『マシーン』と足らしめているらしい。
     サービス係が手持ちポケモンを回復している間も、彼は表情1つ変えることなく、新たな対戦相手・・・・・・ビジネスマンのキラが入室しても変わらない。

    「君はここまで飽きもしないで勝ち続けしまったんだね・・・・・・うらやましいよ・・・ヒマそうで」

     年上の大人に嫌味を言われようとも、どこ吹く風が如く気にしていない。それどころか取り合おうともしないで堂々と無視を決め込む始末だ。
     ならばとキラは切り口を変えて相手の出方をうかがう。
    「私の名は『キラ・ヨシカゲ』 年齢33歳。自宅はここからそう遠くない北東部の別荘地帯にあり結婚はしていない。仕事は『バトルタワー』の社員トレーナーで 毎日遅くとも夜8時までには帰宅する。
    タバコは吸わない。酒はたしなむ程度。夜11時には床につき、必ず8時間は睡眠をとるようにしている。寝る前にあたたかいミルクを飲み、20分ほどのストレッチで体をほぐしてから床につくと、ほとんど朝まで熟睡さ。赤ん坊のように疲労やストレスを残さずに朝目を覚ませるんだ。健康診断でも異常無しと言われたよ」

    (・・・・・・何言ってるのキラさん!?)

     その場にいたサービス係の女性は、キラの唐突な自己紹介に困惑の表情を浮かべる。
     しかし、当の挑戦者はノーリアクションのまま、困惑するどこれか苛立って口を挟むこともなく、最後までキラの自分語りを行儀よく(?)聞いてくれていた。
     サービス係りと目が会うとキラは思わず、ギラリと睨み付けてしまい、彼女を萎縮させてしまう。

    (すまない、君は悪くないのに・・・しかし、これではまるで私が赤っ恥をかいているようではないか!!)

     挑戦者もサービス係も誰も悪くない。キラが相手の出方を探ろうとして勝手に自滅しただけなのだから。
     しかし、このままでは締まらないので、話を早々に切り上げて勝負を仕掛ける。

    「何故こんな話をしてるかって・・・・・・それは君が、私の睡眠を妨げるトラブルであり敵という訳だからさ。さて準備はいいかね?」

     キラはスーツの懐からモンスターボールを取り出すと、少年モンスターボールを取り出して構えて見せ、準備万端であることを伝えるように頷いてみせた。

     バトルフィールドにモンスターボールが投げ込まれ、戦いの火蓋は切られる。

     少年が繰り出した先鋒のポケモンはゲンガー。濃紫色の卵型の体には短い手足と尻尾・とがった耳が生えており、赤い双眸をギラギラ輝かせながら、口が裂けそうになるまでヘラヘラ嗤っている。
     ずんぐりむっくりとした愛嬌のある姿をしているが、見た目に反して身のこなしは軽やか、その実は暗闇に潜みながら人の奪い取ろうとする危険なポケモンだ。
     対するキラの一番手のポケモンはアシレーヌ。白と青のツートンボディはアシカと人魚姫を掛け合わせたような美しい姿をし、頭部は泡の髪止めで纏めた水色の長い髪が生え、ヒトデの髪飾りを付けており、実際の性別に関係なく女性的な雰囲気を漂わせる。
     アシレーヌはフィールドに出てくるや否や、口から水のバルーンを無数に放出し、臨戦態勢を整えた。

    「ヘドロ爆弾」

     少年が短く口火を切ると、ゲンガーは口を大きく開けると吐瀉物・・・ではなくヘドロの塊をアシレーヌ目掛けて吐き出す。
     フェアリータイプのアシレーヌにとって毒タイプの攻撃は弱点である。初手はセオリー通りの手堅い責めだ。

    「うたかたのアリア」

     対するキラはアシレーヌの弱点を突かれようとも、決して焦ることなく攻撃技で応戦するよう指示を仰ぐが、相手の出方を受け追加のオーダーを出す。

    「プラン通り"夜の女王"で行こう」

     夜の女王とは、古の音楽家が手掛けた歌劇で歌われるアリアである。その歌に秘められた思いは、絶対に果たさなければならない復讐、バトルタワーの威信をかけた失敗は許されない必勝の作戦が動き出す。

     アシレーヌは水のバルーンを歌声の音波で自在に操る特殊な力を持つ。透き通った綺麗な歌声を響かせながら、先ほど発生させた大小様々な水のバルーンは幾つもの層をなす壁となり、迫り来るヘドロ爆弾の進路を防ぐ。
     バルーンに接触したヘドロ爆弾は汚泥を辺りに撒き散らしながら破裂するが、バルーンの防壁は表面の層が破裂するのみで、他の層は緩衝材となり、攻撃の影響を受けずに形を保っている。
     水のバルーンには触れると破裂する物としない物、二種類のパターンが存在し、ヘドロ爆弾を防いだのは後者、アシレーヌが飛び乗っても破裂しない耐久性を持つ。

    一方、触れると破裂する水のバルーンは、群をなして一斉にゲンガーの方に迫り来る。その様は群を成したヨワシが如く。

     しかし、少年は冷静な指示をゲンガーに仰ぐ。

    「影の中に避難しろ」

     バルーンの群の真下には、半透明の影が無数に出来ていた。
     ゲンガーはシャドーポケモンと分類される通り、影に潜り込む特殊な能力を持つポケモンだ。
     一度、影の中に潜伏してしまうと物理的な力で強引に引きずり出すことは難しいだろう。
     目標を失ったバルーンは床に接触し破裂、強烈な水飛沫と衝撃波を発しながら次から次へと連鎖爆発を起こし、大半が役目をまっとうできないまま消失する。
     最後尾のバルーンが破裂すると同時に、影に潜伏していたゲンガーは依代を失い姿を表した。
     ゲンガーは影から影へと移動しており、既にアシレーヌの目前にまで迫っていた。

     しかしアシレーヌの破裂しないバルーンの防壁は未だ破れる事なく展開しており、その守りの布陣は分厚いまま。

    「バルーンを利用して高くジャンプだ。目標はアシレーヌの影」

     少年の指示を受けたゲンガーは、辺りに漂うバルーンに次々と飛び移り、アシレーヌお株を奪うかの如く宙を舞う。
     邪魔なバルーンを飛び越えてアシレーヌの影に潜伏し、近距離から確実にヘドロ爆弾を当てる算段だ。

     「題目を変えよう・・・"誰も寝てはならぬ"」

     キラはほくそ笑みながら、自分とアシレーヌにしか分からない暗号の指示を出す。
     それは先程の"夜の女王"と同様に、古の音楽家が手掛けた歌劇で歌われるアリアの一種である。
     アシレーヌの歌声が辺りを柔らかく包み込む。その特殊な音波は聴く者を微睡みの世界に誘う催眠効果を有するポケモンの技"うたう"だ。
     しかもアシレーヌは"うたう"と並行して、バルーンを自在に操っていた。
     バルーン利用して跳躍していたゲンガーは、催眠音波の影響を受け、意識を保つことができず落下するが・・・バルーンの集合体は対戦相手を優しく受け止めた。
     プカプカと優しく包み込まれ、ぼやけた視界は宙の中・・・まるで空に浮かぶ雲の上でお昼寝しているかのような錯覚に陥る。
     心地よい感触と耳障りの良い音色、夢と現実の境目が曖昧になり・・・人を呪い殺す影に潜む怪物・ゲンガーは睡魔に堕ちると同時に、戦いを忘れそうな、ほんわかふわふわした気持ちになりそうだった。
     しかし戦いの最中、一時の心地よさに流されて眠ってしまう者の末路は、惨めな敗北しかない。

    ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

     キラの気配が変わる。
     不敵に笑いながら両腕を交差させる。その右腕にはZリングが装着しており、必殺のZワザを発動するべくゼンリョクポーズをしようとしていた。
     しかし、少年も何もしないまま黙って必殺のZワザを受ける気は毛頭無い。

    「眠るくらいなら舌を噛み千切れ」
    「・・・・・・」
    「もう一度言う。眠るくらいなら舌を噛み千切れ」
    「・・・・・・!?」

     少年は決して感情は現さないが、物騒過ぎる激励の命令を僕に送る。

     すると心地良い歌声の中でガブリ・・・と嫌な音がした。

     ゲンガーはワナワナと身を震わせたかと思えば、飛び跳ねながら微睡みの世界から覚醒し、そのままアシレーヌの影に飛び込んだ。

    「なにぃ!!?」

     あの状態で意識を覚醒させるとは想定していなかったキラたちは、完全に虚を衝かれてしまう。
     影への潜伏を許してしまった事も手痛いミスである。キラたちが発動しようとしていたZ技・わだつみのシンフォニアは、対戦相手と十分距離を取らなければ、巻き添えを食らいかねない大技なのだ。
     しかし、影に潜入された以上、下手に逃げ出しても後方からヘドロ爆弾の直撃を受けるてしまう・・・アシレーヌは追い詰められていた。
     しかし、追い詰められた時こそ、冷静に物事を対処しチャンスをモノにするのだ。
     キラ・ヨシカゲはいつだってそうやってきたのだ。今まで乗り越えられなかったトラブルなど一度だってないのだ。

     キラとアシレーヌは覚悟を決めた。
     33歳独身のビジネスマン・キラは両腕で波を描くようにゆらゆら動かし、水タイプ特有のゼンリョクポーズを決める。
     するとキラと共鳴したアシレーヌは、Zパワーを体にまとうと、全力のZワザを解き放つ。

     わだつみのシンフォニア

     ゲンガーが影の中から姿を表し、アシレーヌの無防備な背中にヘドロ爆弾を放つが・・・トレーナーと共鳴した全力の歌姫は、その身を汚泥で穢されようとも歌うことを決して止めない。

     アシレーヌの頭上には既に巨大な水のバルーンが出来上がっており、その場で勢いよく破裂する。
     水飛沫と共に凄まじい衝撃波がバトルフィールドに解き放たれる。トレーナーたちはバトルタワーの特殊防護システム"透明な防御壁"によって戦いの影響を受けることはないが、フィールドのポケモンは、あの一撃をまともに受けては一溜りもないだろう。
     歌を最後まで歌いきったアシレーヌだが、ヘドロ爆弾とわだつみのシンフォニアの直撃をまともに受けて立っていられるハズがなく戦闘不能状態、力なく倒れ伏していた。
     その痛ましい姿を目の当たりにして・・・・・・キラは息を荒げて性的な興奮を感じていた。
     台無しである。彼自身自分が最低だという自覚はある。しかし生れ持った性(サガ)というヤツは、爪が自然に伸び続けるように、誰にも止める事はできないのだ。

     アシレーヌを失ったが引き分けに持ち込めたなら上出来だ。細やかな絶頂(エクスタシー)に浸るキラだが・・・すぐさま冷静さを取り戻す。いないのだ。肝心のゲンガーの姿がどこにも見当たらないのだ。

     まさか・・・その嫌な予感が的中する。


    ゲーゲッゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!!!

     嗤い声がどこからともなく聞こえたかと思えば、倒れ伏したアシレーヌの体が宙に吹き飛ぶと、その影の中からゲンガーが飛び出てきた。
     口元を邪悪に裂かせ、悪魔のようにゲラゲラ嗤う。その舌先にはカートゥンアニメに出てくるような冗談みたいな大きな絆創膏がワザとらしく貼られていた。

     キラは激しく動揺する。
     コイツを刺し違えてでも仕留められなかったのは非常に不味い。コイツはまだあの凶悪な技を温存しているのだから・・・!

     
     ▶To Be Continued


    〜〜〜〜〜〜・・・・・・!

    次回予告(仮)

     キラの次鋒・第2のキラークイーンは抱擁ポケモンサーナイト。彼女は場に出るや否やメガシンカ状態になる。
     異常性癖者とのキズナが編み出したとっておきの技は、ポケモンリーグが、その危険性から公式の技から除外した禁じ手ブラックホール!
     キラたちは独自に改良を重ね、ブラックホールをポケモンバトルで使用できる技のレベルまで落とし込めたのであった!

    「コレプサーバリア!」

    サーナイトの周囲に、擬似的に産み出された極小のブラックホールが無数に展開される。

    悪鬼羅刹のゲンガーが繰り出したシャドーボールは、ブラックホールに吸収されてズタズタに引き裂かれてしまう!

    さらにブラックホールを超能力で転移(テレポート)、形を維持するサイコパワーを解放すると・・・

    「コレプサーボム!」

    極小のブラックホールは瞬く間に蒸発!そして大爆発!!!

    止めて!地球が壊れちゃう!!でもそんなの関係ねぇ!!!ポケモンバトルは今、新たなフェイズに移ろうとしていた!!!

    それでも鬼畜ゲンガーは、極悪非道の奥義"道連れ"をチラチラちらつかせメガサーナイトと互角以上に渡り合う!

    ブラックホールが未来に託される時、勝負は決まる!!そしてあの最凶のドラゴンが動き出す!!

     
    次回、メガサーナイト死す
    ポケモンバトルスタンバイ!


      [No.4059] Re: ハウとグー!ラジオ年末スペシャル 投稿者:小樽   投稿日:2018/01/02(Tue) 22:45:22     53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    こんにちは。感想を書くのはお久しぶりです。小樽です。

    > 「グラジおかんだねー」
    読んだらグラジオくんめっちゃオカンでした。前作もひっくるめて納得してます。
    対してざっくり受け流すハウくんはオカンの子どもの感がありますね。
    ラジオのこの凸凹感がたまらないっす……。

    グラジオくんも強さや鍛錬一辺倒かなと思いきやそうでもなく、
    リーリエのハンカチを大事にしていたりと、実は情に厚いところもあるのが垣間見えますね。
    あと選曲に思わず懐かしさを覚えちゃいました。いいラジオでした。


      [No.4058] ハネッコジャンプ 投稿者:空色代吉   投稿日:2018/01/02(Tue) 21:47:28     77clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     大地を踏みしめ全身に力を籠める。感覚を研ぎ澄まし風の流れを読む。
     重要なのは体の力と風の力。
     両方のバランスを取りベストコンディションになるのをひたすら待つ。
     その時が来るのは、一瞬かもしれないし、丸一日経っても来ないかもしれない。
     それでもただただ待っている。その時を待ち焦がれている。
     睨み上げる先にそびえ立つは、人の手によって作り上げられたラジオ塔。
     その建物から延び出ている頂上こそが、私の目的地だ。
     私は必ずそこへ辿り着いてみせる。絶対にラジオ塔のてっぺんに昇ってみせる。
     あいつらを見返せるのなら私は何でもしてやる。

     このジャンプは、私のすべてを賭けた挑戦である――――そう、思っていたのに。

     私は失敗した。失敗した。失敗してしまった。
     力み過ぎたのがいけなかったのか。風を読み違えたのか。
     努力不足だったのか。はたまた運に見放されたのか。
     とにかく私のジャンプはラジオ塔の半分にも届かなかった。半分さえも届かなかった。
     挙句の果てに風に飛ばされてしまう。私の落下予測地点は海面だった。泳げない私にとってそれは死を意味していた。

     落ちる、落ちる。ゆっくりとだけど確実に落下している。
     私の目指していたラジオ塔のてっぺんが、どんどん遠のいていく。
     短い両手をその頂へと伸ばしても、空を掴むばかり。
     風さえ、風さえあればまだ私は舞い上がれるのに。
     すがる想いを背中に託しても、憧れの頂点は離れていく。
     ああ、私の挑戦はここで終わるのか。
     私をのけ者にしたあいつらを見返せないまま、終わるのか。
     特訓したのに。頑張ったのに。努力したのに。この様か。
     協力してくれたヒマナッツとタマンタにどう顔向けすればいいのだろう。
     あんなに力を貸してくれたのに、応援してくれたのに。私はふたりに借りを返せないまま死ぬのか。
     感謝の言葉さえ、まだ言っていないというのに。

     塩辛い空気の味を噛みしめながら、終わりたくないと蒼天に願った。




    ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑


     さて、失敗をしてしまった私には残り僅かな時間しか残されていない。
     幸運かは微妙だが、お天道様に願ったおかげで私は走馬燈に陥っていた。
     この恵まれたわずかな時を、気持ちの整理と回想に使いたいと思う。

     まずは自己の再認識から。
     私はハネッコ。ピンクの丸い体に尖った耳を持ち、頭から葉っぱを生やしたキュートな容姿をしたポケモンである。ハネッコとは、私の種族名であり、私自身の個を表す名前は無い。とりあえず友からはハネッコと呼ばれている。
     外見以外に特徴を上げるとするならば、私はとても軽い体をしている。そよ風に吹かれるだけでも飛ばされてしまうほど軽いのである。突風に飛ばされて住処に帰ってくるのに何日もかかる場合もあるほど、ハネッコは軽い。
     だが、その軽さは短所ばかりではない。私は軽いからこそ生かせる技を持っていた。
     その特技とは――――「はねる」
     跳ねる、という言葉を聞くと、ぴょんぴょんぴょこぴょこと低くジャンプするイメージがあるだろう。だが、ハネッコの跳ねるは根本的に違うのだ。
     ハネッコは軽いからこそもともと重力に縛られにくい。更に「はねる」で高く跳べば跳ぶほど、地上との距離が離れるだけ体にかかる重力は距離の二乗に反比例して少なくなるらしい。つまり上へ跳べば跳ぶほど重力の枷から解き放たれ、ますます上昇できるそうだ。
     反比例云々は物知りな知り合いからの受け売りなので、私自身は正直に言うとよく解らない。だがそういう理屈や仕組みがありそうなのは日頃ジャンプをしていて感じていたので、恐らくあってはいるのだろう。
     そして力の入れ具合と解き放つタイミングさえ合わされば、一回のジャンプでニコニコ笑いながら山を軽々と飛び越すことも可能だという伝説も私達ハネッコの間では残っている。
     ハネッコの「はねる」は、無限の可能性を秘めていた。

     力説しておいてあれだが、所詮言い伝えは言い伝えでしかない。私が山越えを出来るかというと、まだその境地まで達していない。私の「はねる」はせいぜいニンゲンの住処である一軒家のてっぺんに届けばいい方だった。そして私の仲間内では一番低い方だった。
     つまり私は、落ちこぼれジャンパーなのであった。


     ハネッコ仲間から落ちこぼれた私は、とうとう群れから追い出されることになる。
     理由は単純。周りのハネッコと一緒の高さまで跳ねることができない私は、渡りの時期に乗る風に乗れず、いつもグループからはぐれて迷惑をかけていたからだ。
     だが、それも仕方のない話である。はぐれた私を捜すことは、仲間にとってはとても危険なことだった。
     まず、手分けして捜すと群れがバラバラになって二次被害どころの騒ぎじゃなくなる。風は都合よく流れてはくれない。かといって群れでまとまって低い場所をうろうろしすぎると襲われるのだ、鳥ポケモンの群れに。最悪の場合みんなまとめてフルコースである。
     だから群れの危険を少なくするために、私を置いていくという判断はやはり正しい。正しいとわかっているだけに情けなく、そして何より悔しかった。

     行き場をなくした私は悩んだ末に、飛ばされないように歩き昔迷子になった時に知り合った友を訪ねた。
     ラジオ塔のある街の近く、海岸沿いにある黄色い花畑にふたりは居た。
     片方は、黄色と茶色の縦縞を持ち、大きな黒い目を輝かせ、私とは違う葉っぱを頭から生やしたヒマナッツというポケモン。
     もう片方は、海に棲んでいる青くて平べったい、長めの触覚と下まつ毛のある目がチャームポイントなタマンタというポケモン。
     慣れない歩きに疲れた私はふたりの顔を見て泣き崩れ、これまでの経緯と悔しい胸の内を吐露した。
     ふたりは相槌をしながら私の話を丸一日聞いてくれた。救われたし、ありがたかった。だが溜め込んでいた胸のつかえが少なくなるのと反比例に惨めさは増していって仕方がなかった。多分反比例とはこういう使い方なのだろうと、その時に悟った。
     頭の葉っぱがしおれた私の心中を察してくれたのか、ヒマナッツがある提案をしてくれた。

    「ハネッコ。悔しいのなら飛べるようになろう。他の仲間に負けないくらい高く、高く跳べるようになろう――――あのラジオ塔のてっぺんに、一回のジャンプで昇れるくらいにさ。そして見返してやろうよ」

     何気ないそのヒマナッツの激励が、私の生きる上での目標、夢……いいや違う。
     これが私の初めての、野望になった。


    ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑


     それから、私の野望を叶える為の特訓と研究にヒマナッツとタマンタは協力してくれた。
     まず初めにしたのは、ラジオ塔がどれくらいの高さかの把握だった。ラジオ塔の中から歩いて登ってみたのだ。(私だけでは重さが足りなくて入口の自動ドアに反応されなくて凹んだことは、心の隅に置いておく)
     数えてみるとラジオ塔は六回建てで、その最上階の展望台から見た景色は、家々がずいぶん低い所にある風に見えた。私の限界点がこんなに低いものだという現実を突きつけられた。

     タマンタは私の挑戦にまとわりつく身の危険を案じてくれた。

    「この街は海に近いからね。もしジャンプが上手くいかなかったときは海に落ちる可能性が高い。そうしたら僕がハネッコを助けに行っても間に合わないかもしれない。それでも君は挑むのかい?」

     そのタマンタの心配に、私は確かこう答えた。
     どのみち群れに戻れても戻れなくても、高くジャンプできる力がなければ危険なのは変わりない。少しでも生き残りやすい方法を身に着けたい。それになにより私だって“ひとりで生きていける”とあの私を追放した者たちに言ってやりたい。見返してやりたい。と。
     私の言葉を聞いたタマンタは、静かに「そう。なら止めないよ」とこぼした。その時のタマンタの表情は、どこか寂しげに見えた。

     目標の高さを覚えた私は、一旦ふたりと別れ海から離れた森でひたすら跳ねる練習をした。
     切り株の上で踏ん張りをきかせ、跳ねた。昼夜を問わずに跳ねまくった。
     時に風に流され、エアームドの鋼の翼にかすり、ポッポの群れにつつかれ命からがらに逃げ、トランセルがバタフリーに進化して羽ばたく瞬間にも立ち会った。
     時折ヒマナッツが差し入れてくれたモモンの実はとても甘くて美味しかった。
     いくつもの太陽と月が昇っては沈んでいき、雨の日は切り株の虚の中でイメージトレーニングをして過ごす。
     月日が経ち、着実に高く跳べるようになっていく。そしてとうとう森の上からラジオ塔のある街を見渡せるぐらいには跳ねられるようになっていた。

     あとは、天気と風の情報が欲しかった。上手く風に乗れれば、ラジオ塔の頂上に届く自信はついていたのである。
     私が天候を知るあてがなく困っているだろうと思ったのか、ヒマナッツが人間の家にひそかに忍び込んで、ラジオの気象予報をチェックしてくれていた。正直凄く助かった。
     久しぶりに会ったタマンタは一回り大きくなっていた。泳ぐスピードも速くなっていて驚いた覚えがある。タマンタも特訓したのだろう。私も負けてはいられない。
     天候の条件に合わせ体調が絶好調になるように維持し、ついにその時は来た。

     私が選んだのは、澄み渡る青空の日。
     植物の混じったポケモンである私は、晴天の下でたくさん陽光を浴びてエネルギーを溜める。
     準備運動をしてコンディションを整え、ヒマナッツとタマンタが静かに見守る中私はひたすら風とタイミングを待った。

     大地を踏みしめ全身に力を籠める。感覚を研ぎ澄まし風の流れを読む。
     睨み上げる先にそびえ立つは、人の手によって作り上げられたラジオ塔。
     風が来る。力の入れ具合はベストのタイミングに至る。
     心から待ちわびた瞬間にたどり着き、全身全霊を持って地面を蹴った。


    ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑


     そして私は失敗した。
     本来の力を出し切れなかった。ラジオ塔の半分も届かずに風に流され海の方へ落下していく。
     走馬燈のゆっくりとした時の流れをもってしても、もう海面はすぐ後ろにあるのを察した。
     泣きたかったが、涙は出なかった。それでも口の中はしょっぱかった。
     もう最後の瞬間くらい何も考えずに死ねたらいいと思った。だが私は思考を止めることは出来なかった。
     色々考えたのちに、ある感情がこみ上げてくる。それは悔しさだった。

     悔しい。
     失敗したことが悔しい。
     悔しい。
     見返せなかったことが悔しい。
     悔しい。
     辿り着けなかったことが悔しい。
     悔しい。
     全力を出し切れなかったことが悔しい。
     悔しい。
     心半ばで死んで終わってしまうことが悔しい。

     悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。
     嫌だ。嫌だ。嫌だ。死にたくない。終わりたくない。
     まだ、死ねない。終われない。
     その境地に至った私は、諦め悪く悪あがきでめちゃくちゃにみっともなく叫ぶ。
     格好悪く、助けを求めた。

    「嫌だ……まだ、終わりたくない諦めたくない――――助けて!!」


     助けを求めたら背中を押された気がした。それは気のせいなどではなく、本当に背中を押されていた。
     日差しが一気に強くなり、なんと海面から上昇する風が私の背中を押し上げた。

    「「その言葉を待っていた!!」」

     余裕のできた私は、それまで背にあった海面をようやく見下ろす。そこにはタマンタが「おいかぜ」の技で風を起こし、タマンタの背に乗ったヒマナッツが「にほんばれ」の技を使い日の光を強くして海面を温め、私の真下から援護の上昇気流を発生させてくれていたのである。

    「風を掴め、ハネッコ!!」
    「行くんだハネッコ、頂へ!!」

     今度こそ本当に涙が出た。
     タマンタとヒマナッツが生み出す風は温かく、心地よくて力強くて、即興で生み出されたものではなく、この風を作るのにふたりがどれだけ練習したかが伝わってきて……どこまでも高く跳べる気にさせてくれる。
     頭の葉っぱでたくさん風をうけて、私は舞い上がり昇っていく。
     塔の半分を勢いよく越え、展望台を越え、勢い余って頂上を通り過ぎた。
     慎重にラジオ塔のてっぺんにしがみつくように着地する。
     辿り着いた感想は、喜びよりも高さに対する怖さが勝った。何故なら、私は遥か彼方に広がる地平線よりも真下ばかりを見下ろしていたから。
     石粒よりも小さくなってしまった。ヒマナッツとタマンタの姿を見つけるのに躍起になっていたから、その高さにビビってしまっていた。


    ↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑


     結局私は本来の目的である、昔のハネッコ仲間を見返してやることは出来なかった。
     ジャンプに失敗し、友の手を借りてようやくラジオ塔のてっぺんに到達した私だ。まだまだ精進しなければならない。
     ふたりにお礼を言った時に聞いた話だが、ヒマナッツとタマンタは始めの内は手出しをせずに見守るつもりだったらしい。私が失敗しても命だけ助けるつもりで、手伝う予定はなかったそうだ。だが私の根性を見て、ふたりは私がいつ助けを求めてもいいように上昇気流を作る特訓をこっそりしていたそうだ。

     今回のジャンプを経て、一つ考えを改めたことがある。
     それは、ひとりで生きていくことはやはり難しいということだ。
     ヒマナッツとタマンタにはたくさん協力してもらっていたのに、私はそんな当たり前のことを見失っていた。
     どんなに努力しようとも、強くなろうとも誰かに助けられてしまうことはある。だが、そのことを恥ずべきではないということを知った。

     甘えすぎてもいけないけれども、助けてくれる友を持てたことは私の財産である。
     いずれは私も彼らの力になれるようになりたい。そのくらい格好良くなりたい。
     その大切な気持ちを胸にしまい、これからもハネッコらしく元気に跳ね続けようと私は私に誓った。


      [No.4057] ハウとグー!ラジオ年末スペシャル 投稿者:音響担当:風間深織   投稿日:2017/12/31(Sun) 17:27:06     65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「最初はグー! ジャンケングー! 今週も、ハウとグー! ラジオ、始まるよー! ハウだよー!」
    「グラジオだ」
    「グラジオ聞いてよー。今日で、もう今年が終わっちゃうみたいなんだよー、どうしよー?」
    「12月31日だからな」
    「それはー、そうなんだけどー……グラジオは今年やり残したこと、ないのー?」
    「男に二言はない」
    「それ、使い方間違ってる気がするよー? おれはねー、冷蔵庫に昨日買った12月限定の粉雪マラサダを入れっぱなしにしちゃって、まだ食べてないんだよー! 早く食べないと12月終わっちゃ……」
    「そのマラサダがこちらになります」
    「えっ」
    「そのマラサダがこちらになります」
    「えっ、これ、おれが冷蔵庫に……」
    「そのマラサダがこちらに」
    「グラジオ何度もカンペ棒読みするのやめて」
    「……さっきハラさんが届けにきてたぞ」
    「じーちゃんナイス! そういえばこの前も、『ハウ、しまキングは気配りができないといかんぞ。しまキングに限らず、強い者は周りをよく見ているものだ』って言ってたー! さすがおれのじーちゃんだ!」
    「そうか……」
    「どうしたのグラジオー? おれの顔に何かついてるー?」
    「よだれがたれてるぞ。曲が流れてるあいだに早く食べろ。食べながら話されて言葉が通じないのは一度で十分だ」
    「わー、まだ根に持ってるー……」
    「だから早く食べろ。……今日の1曲目は『ゲッタバンバン』」

    ♪〜ゲッタバンバン

    「い……」
    「口を開くな。飲み込んでから話せ」
    「……」
    「ちゃんと噛んで食べろ。喉を詰まらせるぞ」
    「……」
    「食べ終わったら手を拭けよ」
    「……グラジオってさぁー」
    「なんだ」
    「口煩いお母さんみたいだよねー」
    「なっ」
    「グラジおかんだねー」
    「変なあだ名をつけるな」
    「この前もさー、おれがマラサダ食べようとしたら『手は洗ったのか』って言うし、洗ってきたら『ハンカチは持ってないのか』って言うし……」
    「それは当たり前だろう」
    「それでそれで、ハンカチ持ってないって言ったら、ピンクのレースがついたハンカチ貸してくれたんだよー」
    「ぐ……リーリエがくれたんだ」
    「それをちゃんと使ってるのもグラジオの優しさだよねー。ね、グラジおかん?」
    「うるさい、少しはまともなことを話せ」
    「うーん、そうだねー。グラジオいじりはこの辺にしておいて、お便りのコーナーに行ってみよう!」
    「勝手にしろ」
    「最初のお便りは、アローラのカイさんから『こんにちは!いつもハウとグー!ラジオ楽しく聴いています!来年もよろしくお願いします。ハウくんとグラジオくんの来年の目標は何ですか?教えてください!あとハウくん収録終わった後、良かったら一緒にマラサダ食べ納め行きませんか?』だってー!」
    「オレの来年の目標は、己の弱さを補填する、頂点に立てるほどの強さを手に入れることだ」
    「それ、ずっといってるよねー」
    「オレは強さを手に入れたい、それだけだ」
    「じゃあまた強さって書いた色紙あげるよー。おれの目標はー、毎日元気で、ゼンリョクでバトルすることかなー?」
    「それもずっと言ってるやつだろ」
    「初詣で、無病息災全力勝負をお願いするつもりなんだよー」
    「むびょうそ……?」
    「さて、次のお便りに行こうかなー! 次は、ポニ島のジュカインさんから。いつもありがとうー! 『31日なのに年賀状が書き終わっていません。どうしたらいいと思いますか?』うーん、それは大変だねー」
    「漆黒の闇で塗り潰せば書かなくてもいいんじゃないか」
    「それじゃあ呪いの年賀状になっちゃうよー! 確かに、黒で塗り潰せば書かなくてもいいかも……あ!」
    「どうした」
    「逆にさー、真っ白のままにすればいいんじゃないかなー? 自由記入欄的なやつ! ちょっと斬新だよねー……うん、とりあえず頑張ってー! そんなジュカインさんにはこの曲をプレゼント!ハルカの『私負けない!〜ハルカのテーマ〜』」

    ♪〜私負けない!〜ハルカのテーマ〜

    『アローラ観光ならまずココ! アローラローラー♪ アローラ観光案内所!』
    『マラサダー♪ マサラダー♪ サラダではないー♪ マラサダー♪ おいしいー♪ シュガー・クリームもいっぱいー♪ マラサダを食べるなら! マラサダショップへGO!』
    『初詣ならマリエシティヘ。皆様のお越しをお待ちしております』

    「さて、そろそろラジオも後半戦だねー! 次のコーナーに行ってみよう!『グラジオの決め台詞ー!!!』」
    「またこれか……」
    「なんだかんだでずっと続いてるよねー。今日もグラジオに言って欲しい言葉を募集するよー! なんでもいいよー! メールで送ってくれると嬉しいなー」
    「前回の『ククイ博士のプロポーズシーンを2人で再現してください』みたいなやつはやめてくれよ……」
    「えー? いいじゃん、おれは楽しかったよー!」
    「お前が調子に乗るから嫌なんだ!!!」
    「おれにはハウっていう名前がー……っと、最初のメールが来たよ! ブルーバード島のシロイルカさんから『ロケット団の口上をハウくんとグラジオくん二人でやって欲しいです』だってー! グラジオも知ってるよね?」
    「知ってはいるが……」
    「なんだかんだと聞かれたらぁ〜〜?」
    「答えてあげるが世の情け」
    「世界のグズマくんを防ぐためぇ〜〜?」
    「違うだろ」
    「いいのいいのー、世界の平和を守るためぇ〜〜?」
    「愛と真実の悪を貫く」
    「ラッブリーチャーミーなかったきやくぅ〜〜?」
    「ククッ……」
    「グラジオ笑っちゃダメだよー」
    「グ……グラジオ!」
    「ハウだよー!」
    「なんでだよ!!!」
    「え、ダメ?」
    「ダメだろ、続きがあるんだぞ!」
    「思い出せないから次グラジオ言ってー」
    「銀河をかけるロケット団の2人には」
    「ホワイトホール! 白い明日が待ってるぜ!」
    「にゃっ……」
    「グラジオはやくー」
    「騙したな……」
    「そんなことはー、ないよー」
    「目をそらすな」
    「はやくー」
    「ぐっ……にゃ、にゃーんてにゃっ!」
    「もう1回!」
    「やるわけないだろ!」
    『にゃーんてにゃっ!』
    「録音するな!」
    『にゃーんてにゃっ!』
    「楽しかったねー」
    「楽しいわけないだろ!」
    「さて、今日のハウとグー! ラジオ、おしまいの時間が近付いてきましたー。今日でねー、今年の放送は最後なんだけど、来年もゼンリョクでラジオ頑張るからー、みんな聞いてねー!」
    「もうそんな時間か」
    「最後に1曲! これを聞いて新年を迎えると元気になれるんだよー! あと、この曲に出てくる四字熟語の漢字テストを来年やるから、グラジオは勉強してきてねー!」
    「どういう意味だ」
    「今年最後の1曲は『アドバンスアドベンチャー〜ADVANCED ADVENTURE〜』ハウとグー! ラジオ、ハウと」
    「グラジオでした。おいハウ四字熟語って……」

    ♪〜アドバンスアドベンチャー〜ADVANCED ADVENTURE〜

    『この放送は、アローラ観光案内所とマラサダショップ、マリエシティの提供で、お送りしました』


      [No.4056] ハウとグー!ラジオ 投稿者:音響担当:風間深織   投稿日:2017/12/31(Sun) 17:25:07     72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    ♪〜
    「最初はグー! ジャンケングー! 今週もハウとグー! ラジオ、始まるよー! ハウだよー!」
    「……」
    「ちょっとグラジオー、ちゃんとしゃべろうよー。これ、ラジオだから、しゃべらないと誰がいるのかわからないよー」
    「……グラジオだ」
    「わー、なんだか今週も不安になってきたよー。おれ、口閉じてもいい?」
    「……勝手にしろ」
    「わかったー!」
    「……」
    「……」
    「おい」
    「……」
    「おい、お前だ」
    「……」
    「聞いてるのか?」
    「おれには、ちゃんとハウっていう名前が……あ!しゃべっちゃったよー」
    「ハウ」
    「なにー?」
    「しゃべってくれ」
    「わかったよー。そういえば、夏休みが終わってもう学校が始まった人もいると思うんだけど、グラジオは夏休み何してたー?」
    「オレは自分の弱さと向き合うために、白銀の氷塵の積もった孤高の山で、相棒と共に修行をしていたが……」
    「うーん、よくわからないけど、修行してたってことだよねー。どこかに遊びに行ったりはしなかったのー?」
    「遊び……だと? お前は俺に遊ぶような暇があるとでも思うのか!?」
    「ラジオに来てくれるってことはー、暇なんじゃないのかなー? それに、おれにはハウっていう名前があるってさっきも言ったよねー?」
    「ぐっ……」
    「グラジオの夏休みはなんだかつまらなさそうだから、おれの夏休みの話してもいいー?」
    「勝手にしろ」
    「わかったよー、しない」
    「えっ」
    「しない」
    「しよう」
    「グラジオがそんなに聞きたいっていうなら、してあげるよー。おれ、夏休みの間に、アローラ地方で売ってるマラサダを、全種類食べたんだー!」
    「なるほどな……」
    「マラサダにも色んな種類があって、シュガーと、シナモンと、ココナッツと、あと中にクリームが入ってるのもあるんだー! ナナシの実のクリームと、モモンの実のクリームと、あと」
    「ハウ」
    「どうしたのー? グラジオもマラサダたべたくなったー?」
    「いや、そうじゃないんだが」
    「マトマのクリームが……」
    「ちょっと待て」
    「さっきからどうしたのー? おれにマラサダの話させてよー」
    「この言葉を自分の口から発するのはかなり癪だが、この際だ、心して聞けよ」
    「なになにー?」
    「お前、脂肪という鎧を身に纏ったな?」
    「何言ってるんだよー、おれ、鎧なんて着てないよー? それに、おれにはハウっていう名前がー……」
    「わかった、ハウにもわかりやすく言ってやろう」
    「うん、耳をゴマゾウにして聞いてるよー」
    「オレにはお前が太って見える。それも、ゴンベ並みに横に成長している気がする」
    「えぇーーー! それって、じーちゃんに近付いたってことーーー!?」
    「はぁ……もう何も言うまい。体型的には近付いたかもな、よかったな」
    「わーい、わーい。えっ、なになにー? あっ、えっと、今ねー、音響さんが、そろそろ曲流せってー。えっ、音響さんとかそういうのは言っちゃダメー? ごめんもう言っちゃったよー。グラジオ、タイトル言ってー?」
    「えっ……これをオレが言うのか!?」
    「はやくー」
    「後で覚えとけよ。タケシの……タケシのパラダイス」

    ♪〜タケシのパラダイス

    「みんなきいてよー、曲が流れてる間にグラジオにげんこつされたんだよー」
    「この曲聞くと、オレの気分が反比例して漆黒の底へと堕ちるんだよ」
    「えっ、それって最初はめちゃめちゃテンション高いってことー? しかもその後ガタ落ちで、でも0にはならないから底でもないよねー」
    「そんなわけあるかよ」
    「えっ、もしかして、グラジオって勉強できな……えーーーっと、なんでもないよー! そんな怖い目で睨まないでよー! あ、ちょっとスカル団に似てきたかもー?」
    「……」
    「あぁもうまたグラジオが口閉じちゃったよー…… あ! そうだ! メールとお便りがたくさんきてるんだー!」
    「……」
    「まずは、アーカラ島の、光の三原色赤さんから『タケシのパラダイスを聞いて、ガラガラたちが踊り出しました。でも、俺の知らない謎の山男が混ざっているのは気のせいにしておきます』そうだねー、気のせいにしたほうがいいと思うよー」
    「……」
    「次は、メレメレ島の、エリコさんから『ハウさん、グラジオさん、こんにちは。私はトレーナーズスクールで先生をしています。夏休みが終わり、スクールには日焼けをした子どもたちが毎日元気に登校してきます。ただ、どうしても夏休みの宿題をやってこない子が全体の6割をしめて困っています。ハウさんとグラジオさんは夏休みの宿題をきちんとやっていましたか? そして、子どもたちが宿題をきちんと終わらせるにはどうしたらいいと思いますか?』うーん、夏休みの宿題って、永遠の課題だよねー。グラジオは、どう? ちゃんと宿題やってたのー?」
    「一応やってはいたが……」
    「うんうん」
    「なぜか提出した後に、夏休みの倍の宿題を出されて、しばらく学校を休んでいたことがあった」
    「えぇーーー! それってやっぱり…… えっと、グラジオは、どの教科が1番苦手だったのー?」
    「国語だな。この時の作者の気持ちを答えよっていう問題とか、文章を読んで答えを書くみたいなやつが特にダメだった」
    「あ、ダメそう」
    「うるさい、その達者な口を閉じろ」
    「わかったよー」
    「……」
    「……」
    「開けろ」
    「グラジオも、学ばないよねー」
    「うるさい」
    「ちなみにおれは、ちゃんと宿題やってたよー! 宿題が終わるとじーちゃんがマラサダ買ってくれるんだー! ご褒美があると頑張れる気がするよー」
    「ご褒美か」
    「グラジオは何をもらったら宿題頑張れるー?」
    「己の弱さを補填する、頂点に立てるほどの強さだな」
    「それはちょっとあげられないかなー。後で色紙に強さって書いてプレゼントするねー。さーて、次のお便りにいこうかな。へー、たった今カントー地方からメールがきたよー。カントーの21様ラブさんから『ハウさん、グラジオさん、こんにちは。いつも楽しく聞かせていただいてます。グラジオさんに質問です。グラジオさんには兄弟はいますか? それはどんな方なのでしょうか、教えてください』うわー、これってもしかしてー」
    「リーリエは先々週くらいに電話で特別出演したはずなんだが……」
    「でもさ、あのときはグラジオもリーリエと話すの久しぶりで、緊張して結構辛辣なこと言ってたよねー? あ、それとも照れてたのかなー? このままだとリスナーさん達がグラジオとリーリエのこと誤解したままになっちゃうよー。この機会に本当はどう思ってるのか話してみたらー?」
    「ぐ……そうだな。オレには妹、リーリエがいるんだ」
    「そうだねー」
    「弱々しくて1人じゃ何もできなくて、小さい時もオレの後ろをついて回っては転んで足を擦りむいてたな。本当に鈍臭くて、泣き虫で、でもかなり頑固なんだ」
    「確かに、そんな感じー……って! また辛辣トークになってるよー!?」
    「でも、あいつは今、母の病気を治すために、自分でカントーに行くことを決めて、あっちで頑張っている。良い目をしているやつだ、なんとか頑張っているんだろうな」
    「グラジオ、なんだかんだ言っても、リーリエのことが大好きなんだねー」
    「そうだな。いなくなってから気が付いたが、オレは思いの外家族想いらしい」
    「だってよ、リーリエ! よかったねー。普段は聞けないデレジオの言葉、ちゃんと聞けたかなー?」
    「何!?」
    「今のメール、リーリエからだったんだよー。この前の電話のやつ、やっぱり気にしてたんだねー。グラジオが勝手に電話切っちゃうしさ。本当に良かったねー! 今リーリエからまたメールが来たよー『本当に嫌われたと思っていましたが、そうではなくて安心しました。わたくしは変わらず兄さまのことが大好きですので、母さまの病気が治ったら、またたくさんお話聞かせてください。それまでは、がんばリーリエ! です!』だって! リーリエらしいねー 」
    「クソッ、はめられたのか…… だがリーリエ、お前の想いは上昇気流に乗って、オレに届いたぞ」
    「メールだよー?」
    「お前はさっきからいちいちうるさいんだよ!」
    「怒られちゃったー。さて、ここで1曲。リーリエも、おんなじ空を見ているかなー? ロケット団のニャースさんからのリクエストで、ニャースの、ニャースのうた!」

    ♪〜ニャースのうた

    「良い歌だな」
    「なんだかしんみりしちゃったねー。グラジオ何かしゃべってよー、おれ、さっきからずーっとしゃべってるよー。そろそろ顔の筋肉が疲れてクチナシおじさんみたいになりそうだよー」
    「それはそれで見てみたい気もするが……何をしゃべればいいんだ」
    「それを考えるんだよー。ラジオだから、言葉が少ない方がかっこいいとか、言ってられないよー」
    「チッ」
    「今舌打ちしようとしてできなくて、チッて言ったよねー?」
    「わかった、ちゃんと考えるから、時間をくれ。そろそろCMの時間だ。えーっと、ハウとグー! ラジオは、アローラ観光案内所と、マラサダショップの提供でお送りしています」

    『アローラ観光ならまずココ! アローラローラー♪ アローラ観光案内所!』
    『マラサダー♪ マサラダー♪ サラダではないー♪ マラサダー♪ おいしいー♪ シュガー・クリームもいっぱいー♪ マラサダを食べるなら! マラサダショップへGO!』

    「ハウとグー! ラジオ、パーソナリティのグラジオだ。ハウに何かしゃべれと言われたので、どうしてハウとオレがラジオなんて面倒なものを任されたのか話そうと思う」
    「うん、いいよー」
    「あれは、よく晴れた夏の午後、オレとチャンピオンがハウに連れられてマラサダショップに行ったときだった」
    「なんだかんだで仲良しだよねー」
    「3人でマラサダを頼んで、あいてる席に座ったとき、外から汗の滴りし上裸に白衣のサングラス男が……」
    「ククイ博士のことだねー」
    「そのククイ博士とやらが、チャンピオンとハウにラジオをやらないかと声をかけてきたんだ。どうやら研究が忙しくて、自分のラジオ番組に出演する時間さえも惜しくなったらしい」
    「結構忙しそうだったよねー。リーグ作るのもきっと大変だったろうし、頑張り屋さんだよねー」
    「ハウは『えー、ラジオー? おもしろそー!』って言って、すぐに快諾していたんだが、チャンピオンが厄介で、絶対にやらないって言ってな……」
    「グラジオと違って、言葉が少ないかっこいいオレを演じてるんじゃなくて、本当に話すのが苦手なんだよねー。その分心に熱いものをもってるというかー、ね?」
    「途中まで聞き捨てならないが、今はいい。それで、チャンピオンがオレを推薦して、ハウと2人でラジオをすることになったわけだ」
    「この『ハウとグー! ラジオ』っていうタイトルは、チャンピオンにつけてもらったんだよー。面白いセンスだよねー」
    「最初の放送は大暴走だったよな……」
    「そうだねー…… おれ、じーちゃんに優しく怒られちゃったよー……」
    「……」
    「……」
    「ハウ」
    「どうしたのー?」
    「オレは今役目を終えた。後はハウに任せる」
    「えぇーーー! 聞いてないよーーー! でも、そろそろそう言われると思って、コーナーを考えてきたんだー。グラジオも手伝ってくれるよねー?」
    「わかった、言われたことは何でもやろう」
    「あ、音響さーん、今の録音取れたー?」
    「えっ」
    『わかった、言われたことは何でもやろう』
    「そうそれー。よろしくねー。じゃあ新コーナー! 『グラジオの決め台詞ー!!!』」
    「はっ……ハウこれはどういう……」
    「これから、グラジオに言って欲しい言葉を募集するよー! なんでもいいよー! メールで送ってくれると嬉しいなー」
    「おい、オレはそんなこと」
    『わかった、言われたことは何でもやろう』
    「音響さんタイミングバッチリー! おっと、もう586通もメールが届いてるよー、ありがとー! 最初はこれにしようかな。マサラタウンの3104さんから『オレ、マサラタウンのグラジオ。こっちは相棒のシルヴァディ』まだ言える方だと思うんだけど、どうー?」
    「オレ、マサラタウンのグラジオ。こっちは相棒のシルヴァディ。これでいいのか」
    「テンション低いねー。じゃあ次は……これにしよー! ポニ島のジュカインさんから『ミーに感謝するでしゅ』いいねーこれ、グラジオ言ってみてー」
    「なんでオレが……」
    『わかった、言われたことは何でもやろう』
    「だが……」
    『わかった、言われたことは何でもやろう』
    「ぐっ……みっ、ミーに感謝しゅるでしゅ」
    「あ、グラジオ今噛んだよねー? もう1回ちゃんと言ってよー」
    「ミーに感謝するでしゅ!!!」
    「おぉー、全力なかんじー」
    「ハウ、お前覚えとけよ……」
    「えー? そろそろおなかすいたなー……。え、なに? 時計見ろ? あっ、今日のハウとグー! ラジオ、おしまいの時間が近付いてきましたー。今日は、夏休みの話と、宿題の話と、リーリエの話と……思ってたよりたくさんしゃべってたみたいー! 来週もグラジオの決め台詞のコーナーはやろうと思うからー、メールとお便り待ってるよー! ハウとグー! ラジオ、ハウと」
    「グラジオでした。ハウこの野郎……」
    「わー、げんこつしないでよー! 強さって書いた色紙あげるから、ねぇー!」
    『ミーに感謝しゅるでしゅ』
    「おいっ」
    『ミーに感謝しゅるでしゅ』


    『この放送は、アローラ観光案内所とマラサダショップの提供で、お送りしました』


      [No.4055] 後半部予告 投稿者:あきはばら博士   投稿日:2017/12/30(Sat) 22:52:59     204clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    次回予告。


    『僕はユリアン。ここはいい国だねぇ』

     ゲンジとカゲマサの前に、キュウコンが立ちはだかる。
     大仰な羽根帽子、原色をふんだんに使った胴着、黄金色に光る美しい体毛を台無しにするように、乱暴に絵具をぶちまけたように原色の布を何重も重ねている、本来ならば気品溢れる九つの尾にはまるで統一感がない縞模様や水玉模様の布が巻かれていた。さらに背中にバグパイプのような、ワケの分からない筒を乗せた姿は、背負ったバグパイプをブカブカと吹いて街を練り歩き、騒がしく祭を盛り上げるピエロにしか見えない。
     そんなキュウコンが、ゲンジの放つ水流を炎で焼き尽くし、水をすべて蒸発させながら襲い掛かる。
     悪魔の手先だと罵られてきたゲッコウガよりも、その姿は正真正銘の"悪魔"のようだった。
    「時代が……終わったんだな」
     倒れたゲンジを前にして、カゲマサは苦虫を噛み潰したように、重い口を開く。

     今、キズナの力が試される。


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