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  •   [No.2850] 海に歌 投稿者:direct   投稿日:2013/01/17(Thu) 05:45:21     148clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:エンペルト】 【ラプラス】 【ペラップ】 【書いてもいいのよ】 【別名義なのよ

     海水さえ凍る極寒の地に、風が走る。
     ごうごうと、ひょおひょおと、風が撫でていく。
     雪を飛ばし、あらゆるものを氷で包む風の中であって、風とは似て非なる音があった。
     ほおほおと、はあはあと、生きる命の声が響く。

     一匹のエンペルト。
     風に似た音は、彼の声。彼の歌だった。
     始まりはポッチャマの頃、彼は戯れに風を真似して鳴いてみた。高く、低く、氷を撫でる風のように。

     些細な戯れは繰り返すうちに楽しみとなり、彼はこうこうと鳴き続けた。人目に付かない場所で声を張り上げ、その声色に一人満足するまで。
     しかし人目には付かずとも遠くには音に聞こえるもの。いつしか歌声は評判となり、エンペルトとなった今では同種の仲間たちからも認められるほどとなっていた。


     ある時、氷の海に一匹のラプラスが訪れる。
    「綺麗な歌が聞こえたと思って来てみたのだが、ここに住む君たちは何か知らないかな」
     エンペルトの歌は氷上に響きわたり、そして海へと届いていた。
     それは彼だ、と仲間たちはエンペルトを示し、エンペルトもまた「私が歌っていた」と名乗り出る。

     ラプラス曰く。
    「氷のように透き通った声で、吹き抜ける風のように歌う。まるでここの寒風のようだ」
     エンペルトはうなずいた。
    「実際に風を真似して歌っている。そう評されるなら、うまくいったというものだ」
     物真似だ。そうと知り、ラプラスは納得したようにホゥと息を吐いた。
    「風の真似か。おもしろいな。そういうことなら、暖かい海の風も覚えてみないか」
     言われ、エンペルトは首を傾げる。風など、この海のそれしか知らないが。
    「暖かい海では、風も違うのか?」
    「違う。七つの海を股に掛けた私が断言しよう」
     エンペルトは思った。聴いてみたい、と。覚えて、そしてみんなに聞かせてみたい、と。
     ラプラスは言う。
    「君が望むなら、私の背に乗せて、別の海へと連れていってあげよう」
     エンペルトは「是非に」と答えた。


     二匹のポケモンが海を行く。
     歌を嗜むというラプラスは、世界各地で歌を覚えていた。
     氷の海からは遠い土地の歌。風の真似ではない音楽の歌。ラプラスのそれに、エンペルトは心を躍らせた。
     エンペルトもまた、歌をうたう。耳元を走り抜ける風とは違う、頬を撫でるような風を真似して。
     島に立ち寄れば、海風に揺れる木々の枝葉が、押し寄せる波がエンペルトに歌を教える。
     覚えた音のすべてを歌に変えて、エンペルトは喉をふるわせる。ラプラスも、負けじと歌う。

     海原に響け、我らの歌。


    ―――――


     新たな音を求め、海を行く二匹。
     ある時、ラプラスの角に一羽のペラップが降り立った。

    「やぁや、いきなり、すまない。羽を休めたいのだが、しばらくお邪魔して、よろしいかな」
     そう言うペラップの息は荒い。
    「私は構わないよ。ずいぶん、君もお疲れのようだしね」
     ラプラスは快諾し、「しかしできれば背の上に降りてほしい」と言った。
    「やや、これは、助かります。ではお隣、失礼します」
    「どうぞ。私も彼の背中を借りる身だ。お構いなく」
     エンペルトが空けた場所にペラップは降り、その途端に座り込んでしまった。
    「いやはや。本当に、危ういところで……」
    「ふむ。君の疲れ様、こうして海原にいることが不自然に思えるが」
     背中に顔を向け、ラプラスは言う。
    「差し障りなければ、事情を聞かせてもらえないかな」
    「おぉ、聞いていただけますか」
     ぐぃ、と顔を上げてペラップは迫った。
    「これこそまさに聞くも涙、語るも涙……」
     待ってましたと言わんばかりに身振り手振りを交えながら己が身の災難を、翼で目元を拭うような仕草までつけて語り出す。

     曰く、自分はある漁師の相棒だった、と。
     それは二日前、いつものように漁を行っていた時のこと、自分たちを恐ろしい不幸が襲ったのだ。
     その不幸とは。

    「伝説の生き物、セイレーンが現れたのです」
    「でんせつ……」
     ラプラスとエンペルトが顔を見合わせた。不幸も様々だが、よりにもよって伝説ときた。
     しかしエンペルトはその伝説を知らず、正直に問う。
    「セイレーン、とは?」
    「おっと、ご存じないですか。船乗りたちに古くから語られる、危険な生き物ですよ」
     セイレーンは海の上に現れ、世にも美しい歌声で人々を眠らせるという。そして船員たちが眠っている間に船はトラブルに巻き込まれて、最悪沈んでしまうのだ、と。
     それはあくまで伝説上の生き物であり、目にしたという者はこの世にはいない。
    「うん? 見た者はいないというが、先ほど君は……」
    「はい、現れたと言いましたが、見てはおりません。しかし聞こえたのです。澄み渡り、心を溶かすようなセイレーンの歌声が」
     ペラップは虚空に目を向け、不幸を語る。

     波風ともに穏やかで漁は無事に終わる。そう思っていた所、自分たちの耳に歌声が聞こえてきた。
     こんなところで、どうして。まさか伝説の? そんなバカなと思っていても、聞こえる歌声は耳に心地よく、瞼は次第に重くなる。
     危険だ。しかし抗えず、自分たちは眠りに落ちていった。

     そして船の揺れに目を覚ました時、目の前には海面から飛び上がるホエルオーの姿が。
     歌声に惹かれて来たのだろうか。そう考える暇さえなく、ホエルオーの起こした大波に飲まれ、船は脆くも沈んでしまう。
     沈む間際、漁師は「お前だけでも生き残れ」と自分を送り出し、海へと消えていったのだ。

    「あれから飛び続けて一晩、二晩。
     翼よ風よ、二度と飛べなくなっても構わない。今ひと度、我が身を人里へと運んでおくれ、と願いつつ羽ばたくも、悲しいかな、我が身は渡り鳥にあらず。長い距離を飛べず、海に落ちれば漁師の後を追うこと必至。
     体力気力共に限界に至るも、しかし陸地は見えず、すわ絶体絶命。そんな折りにあなた様を見つけ、こうして背中を貸していただいている次第で、あります」
    「そんなことが……」
    「まさに、際どいところだったわけだ」
     限界の割にすらすらと語るペラップに内心で呆れつつ、同時に漁師の身を案じてラプラスは言う。
    「しかし話を聞くに、その漁師はこれから私が助けに行けば良いのではないかな?」
     人間一人ぐらいなら運べる。ラプラスはそう言うが、しかしペラップは首を横に振った。
    「おや、どうして? 命一つ、しかも相棒のそれを諦めるのか?」
    「はい」
     諦める。きっぱりとペラップは言った。
    「申し上げましたよ、二日前のことだと。海に落ちた人間がどれだけ生きていられるか存じませんが、わたくしなら死んでいます。
     それにあの人も……」
     海の男が海で死ぬ、これ以上の死に方はあるまい。そう告げた上で相棒は海に消えた。
    「今更助かったところで、あわせる顔がありますまいよ」
    「……そうかい」
     感情を押し殺し、自分に言い聞かせるかのようにペラップは言った。せめてあの人も望まないと考えないことには、と。
     ラプラスたちもまたペラップが諦めている以上、意を通す気は無かった。
    「まぁ、私も死にたがりを無理に助けるほどじゃないよ。けど、助からない命に悲しいと感じるぐらいはさせてもらおうかな」
    「あの人に代わって感謝します」
     目を伏せながらペラップは一礼する。その際、ラプラスの背に雫が落ちたのをエンペルトは見た。
     友を亡くして悲しくないはずがないのだ。それでも生き残れと送り出された以上ペラップは意地でも生きるだろう。だがそれだけでは。
     エンペルトは尋ねる。
    「それで、これからあなたはどうするつもりだ? 漁師と共にいたと言うが、その漁師亡き今に」
    「当面のところは……人里にたどり着くこと、ですかね。お願いできますかな?」
     悲しいことに海の上で生きるには我が身は不都合が多い。ペラップがそう言うと、ラプラスは快く応じた。
    「無論だとも。しばしの同行といこうじゃないか」
    「お世話になります。生きて人里にたどり着けましたら、わたくしは此度のことを語り継ぐ。そう決めております」
     セイレーンの伝説。それをペラップは語り継ぐと言った。
    「悪運しぶとく生き残ったからには」
     あれは伝説だが、事実だったと。

     意気込むペラップだが、しかしラプラスは素直な疑問を投げる。
    「決意に水を差すようだが、どうやって語るというのだい? 私たちの言葉は人には解されないよ」
     人間の言葉なくしてどう語るというのか。ただ喧しく鳴いているだけととられては、せっかくの経験談も意味をなさない。
     ラプラスがそれを尋ねると、ペラップは自分の額を叩いて見せた。
    「それはごもっとも。しかし有り難いことにわたくし、人の言葉が話せるのですよ」
    「そ、そうなのかい?」
    「はい」
     驚くラプラスにペラップは頷く。人以外で人の言葉を話す者など我が身の他に知らない。世にも珍しい特技だが、それが役に立つ時が来たのだ。
    「そして歌を歌うのです。漁村で教わった歌を、セイレーンに気をつけろと」
    「歌を?」
     歌と言われてエンペルトが反応した。
    「はい、海の危険を歌う歌がいくつかありましてね。漁師たちの間で度々歌われているのですよ」
    「危険を、歌う」
     ペラップの言葉を噛みしめるようにエンペルトは繰り返し、そして問う。
    「……とは?」
    「はい?」
    「いや、危険を歌う、とはどういう事なのかな、と……」
    「…………」
     質問が理解できないとばかりに呆けた顔をペラップは見せる。そんな顔をされてエンペルトも「はて私はおかしなことを言っただろうか」と頭をひねる。
     と、そこにラプラスの助け船。
    「彼は、音を歌う歌しか知らないのだよ。言葉を歌う歌は、経験がないんじゃないかな」
    「あ……あぁ、なるほど!」
     つまり声楽しか知らないと言うことか。ラプラスに言われてようやくペラップは納得できた。人間の言葉を知らないエンペルトがただ鳴き声だけで奏でる音楽を歌と言っても、なるほど不思議ではない。
    「いやまさか文化の違いを見るとは思いも寄らず、失礼いたしました」
    「それはいいんだが……ふむ、人間たちの間では言葉を歌うものなのか。言葉の歌によって危険を伝える、と」
     呟きながら、新たな歌の形にエンペルトの中で好奇心がムクムクと沸き上がる。
     それを見透かしてか、ペラップは言った。
    「よろしければ、おひとつ披露いたしましょうか?」
    「……是非に」

     咳払いを一つ。調子を確かめ、ペラップは喉を鳴らす。
    『セイレーンに気をつけろ。聴き惚れたなら、どうなるか』
     海原にペラップの歌が、人々を眠らせる歌声を危ぶむ歌が響く。
     ペラップの真似をしてエンペルトは歌い、ラプラスもまた倣う。
    『セイレーンに気をつけろ。聴き惚れたなら、どうなるか』

     歌いながら、ペラップは思う。
     たとえ人の言葉は語れずとも、弔いに言葉は必要ではない。言葉にはならずとも、その歌を歌い続けることが弔いにはならないだろうか。
     それだけの犠牲があったと、歌う度に思うことができるのなら。
     歌い、語り継ぎ、次なる犠牲者を出させないこと。それが弔いになる、と。


    ―――――


     歌い、語り、人の歌を習う。未知の歌にエンペルトは心を躍らせ、ペラップは教える事を楽しんだ。しかしその時間は、ラプラスによって終わりを告げられる。
    「何か見えるが……あれは、人間の船かな」
     遠めに見えた船の姿。人里ではないが人間がいることの証拠だ。
     同じく見やり、ペラップが驚嘆の声を上げる。
    「なんと? ……おぉ、あれに見えるはまさしく人の船!」
    「あれが船なのか……あれに人が乗っているのなら、やはり行くのか?」
     エンペルトも船を見つけ、そしてペラップに問うた。人がいるのなら、行って歌を歌うのが目的だったはず。
    「はい、もちろん行きますとも。彼らもまた海の上にある人です。セイレーンの被害にあわないよう、改めて伝説を思い出していただかなくては」
    「そうか……」
     残念そうに言うエンペルト。その後をラプラスが継ぐ。
    「では、お別れかな」
    「え?」
     何の事かとペラップは素っ頓狂な声を上げた。聞き返されるとは思っていなかったラプラスもまた、一瞬呆気にとられ、気を取り直して続ける。
    「んん……君は、人里に行くのが目的だろう。あれに乗って行けば、必ずや人里まで辿り着けるんじゃないかな」
    「あー……あぁ、そうですよね!?」
     間をおいての反応。君のことだろう、とラプラスは内心呆れた。
    「人の船が人の住まう土地に向かわないわけはない。当て所無く漂う私よりかは確実だと思うよ」
    「それは、確かに……ですが……」
     しかし返答は歯切れが悪い。
    「いつかこうなるとはわかっていましたが、まさか陸に上がる前にお別れとは……」
    「思いも寄らず、かな。しかしそれも旅だ」
     ラプラスは言う。転機の訪れは何時とも知れず、乗るか見送るか、その都度 迷ってしまう、と。
    「私たちと別れて早道に乗るか、急がず漂うか……」
    「いやいや、答えなら決まっておりますとも」
     どうするか、と尋ねようとしたラプラスを遮りペラップは言った。そも、ペラップは急な展開に戸惑っただけなのだ。
    「遅かれ早かれ別れはあるのです。ならば気の良いうちにスパリといくのも、乙なものでしょう。幸いにして……」
     言って、エンペルトを見る。
    「教えたかった歌は軒並み教えましたし」
    「……あぁ。教わった歌は忘れずにいるよ。歌いながら、あなたのことも思いだそう」
     ペラップは満足げに、エンペルトは感謝のため、共に頭を下げる。
    「だから、教えてくれてありがとう」
    「どういたしまして。道は違えども、お互い励みましょう」


     そして、ペラップは飛び立つ。
     セイレーンに遭遇し、生き残った者として、その危険を語り継ぐために。
    「お世話になりました!」
     離れてゆくペラップへエンペルトは手を振り、ラプラスと共に鳴き声を上げた。
     良い旅を、君に幸あれ、と。別れと祝福の声を上げた。
    「……彼には、不幸を埋めるような幸せが訪れてほしいものだ」
    「万事快調、とまでは行かないだろうね。しかし私たちにできることは祈ることと歌うことだけだ」
    「ならば歌おう。景気付けにな」
     言い、エンペルトは大きく息を吸った。


     人間の船に乗り込んだペラップは、船員たちに警告の言葉を繰り返す。
    『デヤガッタ! デヤガッタ! セイレーン! キヲツケロ! セイレーン!』
     何事かと船員たちが注目する中、漁師たちから覚えた言葉を話し、その意を彼らに伝える。
     セイレーンだ。この海に、確かにいるんだ。伝説じゃない。備えを怠るな。
    『マジデ? オオマジ! キレーナウタゴエ! ダメナンダ!』
     自分は確かに聞いた。だから危険に思う。あの歌声は聞く者を眠らせる。聞いてはダメだ。
     だからこんなように、船員たちが次々と昏倒していくのはセイレーンが……。
    「……ッ!」
     自身の声で聞こえなかったのか。言葉を詰まらせた今、ペラップの耳には心を溶かすような歌声が聞こえていた。
     振り返った。その視線の先、海の上に小さな影がある。
    「まさか……」

    『セイレーンに気をつけろ。聴き惚れたなら、どうなるか』
     澄み渡る歌声は、そこから聞こえていた。


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