マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.2806] おきみやげ 投稿者:フミん   投稿日:2012/12/24(Mon) 23:57:07     100clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:批評していいのよ】 【描いてもいいのよ

    ここに、これから他人同士になる夫婦がいた。

    「それじゃあ元気で」

    「ええ」
     
    最初に言葉を放ったのは、中年のラティオス。体型はやや太り気味で皺が目立つが、おっとりとしていて、温厚そうな顔をしている。対して生返事を返したのは、ラティオスと同じ年のラティアス。こちらの見た目はまだまだ若くスタイルも良いので、本来の歳よりも十歳程若く見られることがしばしばあった。
     
    二人は兄妹でも親戚でもない。種族が同じなだけで、元は赤の他人である。
     
    彼らの種族は、あまり人間の前へ姿を見せない。他の地方へ遠出する者もいるが、大抵は狭いコミュニティの中で共存している。そのためか、同じ種族同士で結婚する者も多いのだった。

    二人は激しく愛し合った。しかし今、二人の恋は終わりを迎えようとしている。
    浮気をしただとか、典型的な理由ではなかった。共に生活していると、とにかく些細なことで喧嘩してしまうのだ。元々他人が一つ屋根の下で暮らすのだから、揉めるのは仕方ないと互いに我慢してきた。だが、それにもとうとう限界が訪れた。要するに、この二人は馬が合わなかったのだ。
    夫のラティオスは、自分の荷物を大体まとめ終え、これから家を出て行くところだった。二人が住んでいた家は、元々ラティアスが住んでいた家だったので、相談した結果ラティオスが出て行くことになった。
    言い争いばかりしてきた二人だったが、別れ際である今、どちらも物悲しそうな顔をしていた。互いに幸せだった時間を思い出していた。どちらも心の中では、別れることが嫌だという未練の気持ちが残っていた。
     
    特に妻のラティアスは、その気持ちが強かった。


    「体に、気をつけるんだぞ」

    「ええ」

    「ないと思うけど、俺の私物が出てきたら捨てても良いからな」

    「ええ」

    「そろそろ行くよ。手を離してくれないと行けないじゃないか」

    「――――うん」
     
    ラティアスは、ラティオスの手を渋々離す。彼も名残惜しいのは事実だったが、ラティアス程ではなかった。できればここに残りたいという気持ちがない訳ではなかったが、一緒に暮らせば絶対にまた揉めてしまうことは分かりきっていたので、心を鬼にして元妻に背を向ける。
    しかし、もう一度振り向いて、鞄の中から正方形の箱を取り出した。片手で簡単に持てる大きさで丁寧に包装されている。まるで誕生日に渡すプレゼントみたいだった。正確には、プレゼントという意味では正解だった。

    「これ、おきみやげとして置いて行くよ」

    ラティアスは驚いたものの、差し出されたプレゼントを受け取る。

    「開けて良い?」

    「駄目」
     
    厳しい制止に、ラティアスは慌てて手を止めた。

    「僕以外に気になる人ができたら開けてくれ。それまでは、絶対に開けちゃいけない」

    「絶対に?」

    「うん、絶対に」

    「それじゃあ、さよなら」
     
    ラティオスは、彼女をもう一度だけ抱きしめると、勢いよく夜の空へ飛び立って行った。


    ひんやりとした風が吹き、外では虫が鳴いている。呆然としていたラティアスも、虚無感に襲われ、急いで家の中へと戻る。
    これまでも、ああして念を押されたことがあった。ラティアスは以前、絶対に開けるなという彼の荷物を、悪戯も兼ねて開けてしまったことがある。その中には、前々から彼女が欲しがっていた洋服が仕舞われていたのだ。ラティアスは、その時とても後悔した。せっかくの楽しみを自分で潰してしまったのだから。
    そんな前例があったので、彼女は素直に従うことにした。今開けるなというならば、それなりの意味があるのだろう。

    ラティアスは独り溜め息をつく。
    好きな人ができたら、か。
    そんな日は来るとは到底思えない。
     
    彼と一緒に過ごすのはとても楽しかった。恋人の関係だった時は揉めたことがない。ただ、同じ空間で、同じ生活すると上手くいかなかっただけなのだ。そうだ、何も別れることなく、夫婦から恋人同士に戻れば良かったのだ。
    彼女は激しく後悔し涙を流す。どんなに涙を流しても、子どものように喚いても、彼が自分の元へ戻ってくることはないのだ。


    [newpage]


     

    それから、三ヶ月が過ぎた。

    ラティオスがいなくなってから、暫くは何もせずに過ごしたラティアスだったが、最近になって、漸く自分の生活を取り戻しつつあった。友人や周辺に住むポケモン達に慰められながら、少しずつ前を向こうとしている。
    今日も彼女は、熱い紅茶と丁寧にむいた林檎で優雅な午後を過ごしていた。一昔前ならば、隣にパートナーがいたのだ。そう考えると虚しくなるので、彼女は考えるのを止める。
    小腹を満たし、日が暮れるのをじっと待つラティアス。脳裏に浮かんでくるのは、やはり出て行ったラティオスのことだ。
     
    無言で寄り添ったあの一日、下らない雑談で盛り上がった昼下がり、そして濃厚な夜。

    喧嘩をして不快になった一瞬よりも、脳内で美化された素敵な思い出ばかり思い出してしまう。ラティオスと離れて改めて理解した。彼女は、本当にラティオスのことを好きだったのだ。
    彼と寄りを戻そうとはした、もう一度会いに来てくれと言いたかった。しかし、彼の行方がどうしても分からない。友人に連絡を取っても、思い当たる場所へ赴いても一向に見つけられない。もしかしたら、あの人は旅に出てしまったのかもしれない。ラティオスとラティアスは、遠出に適した種族である。別れる前のラティオスは、どこか遠くへ行くのが好きで、彼女は何度も付き合わされたことがある(そこでいつものように言い争ってしまったのだが)。物好きな彼は、自分が知らない場所へ行ってしまったに違いない。本当にもう会えないのだろう。
    彼女は、出て行ってしまったあの日、どこへ向かうか尋ねなかったことを悔やんだ。
     
    ひたすら家の外にある森を眺め続ける。目の焦点を合わさず、ただ無駄に時間を潰しているだけ。
    表面上は回復しているように見えたが、実際は空っぽの生活。
    そんな彼女を心配するポケモンがいた。


    「何を考えているんだい?」
     
    雄らしい低い声に紺色の尖った毛並み、細い尻尾の先端には星のような模様、四足歩行で凛々しいポケモンのレントラーである。
    彼は、ラティアスにとって数少ない別種族の友人だった。幼い頃偶然森の中で出会った二人は、いつまでも一緒に遊び続けた仲で、幼馴染みと言っても過言ではない。
    レントラーは、ラティアスが夫と別れたことを知ると、こうして頻繁に様子を見にくるようになったのだった。


    「何にも、考えてないよ」

    「無理に嘘をつかないで良いさ」
     
    二人は並び合う。レントラーは、置いてある林檎を一つ摘んだ。

    「とっても仲が良かったから、別れたと聞いた時は驚いたよ。彼を問い詰めようかと思った」

    「そんなことされても困るわ。悪いのは、彼だけじゃないもの」

    「君にも非があるのか」

    「そうよ。今思えば、詰まらないことで怒ったものね。私が取って置いた木の実を彼が知らずに食べてしまった時は何日も口を聞かなかった。偶然あの人が他の雌ポケモンと一緒にいるのを目撃して一方的に浮気だと勘違いしたこともあったわね。彼はたまたま道を尋ねられただけだったのに、私はあの人を一切信用しなかった。冷静に考えれば、私はいつも怒っていた気がする。これじゃあ、彼が逃げたくなるのも分かるわね」
     
    盛大な溜め息。それは、幸せが抜けていくような大きな溜め息だった。

    「歳を取れば取る程、態度は傲慢になっていったわ。救いようがないわね」

    「それ以上自分を責めない方が良いよ」

    「良いじゃない。幼馴染み相手に不満を吐きだすくらい許してよ」
     
    レントラーは眉を寄せる。彼は月日が経ったので、ラティアスはすっかり元気になっているものと決めつけていた。だが実際に会ってみて、想像以上に彼女が立ち往生していることに気がつく。
     
    しかしこれは、同時にチャンスだと思った。
    俯いて黙るラティアスに、自分の気持ちを伝える絶好の機会。
    [newpage]

    「俺達って何だかんだ言って、付き合い長いよな。俺がまだコリンクの頃から遊んでいたし」

    「―――それがどうかしたの?」

    生唾を飲み込む。レントラーは、勇気を振り絞った。


    「そりゃあお前は我が儘で、自分勝手なところはあるかもしれない。でもな、お前とこうして話しているだけで楽しいよ。一緒に過ごしているとあっという間に日が沈んじゃうし、それぞれの寝床へ帰るとき、離れたくないと思ったことが何度もあった。お前が結婚すると知った時は、心から祝福したさ。でもとっても悲しかった」
     
    ラティアスは、彼が何を言おうとしているのか気がついた。だが、止める間もなかった。


    「一緒に暮らそうとか、そういうのは気が早いけどさ、俺の恋人になってくれないかな。互いにもう若くはないけど、お前となら、上手くいきそうな気がするんだ」
     
    恥ずかしがりながらも、レントラーはしっかりと自分の想いを伝えた。
    頭の中は真っ白になる。若干の嬉しさを戸惑いと不安の感情がかき消していく。自分がいかに最低かを愚痴っている時に告白を受けるなんて誰が予想したことだろう。
    赤の他人ならば、ふざけるなと一蹴したことだろう。しかし、相手は幼馴染みのレントラーだ。ふざけているようにも、からかっているようにも見えない。

    長い沈黙が流れる。
    そして今度は小さなため息。


    「少し時間を頂戴。明日、同じ時間にここに来て」

    「分かった」
     
    分かった、と言った瞬間のレントラーは、昔怪我をした際、側でずっと慰めてくれていた時と表情が似ていた。

    [newpage]





    夜。ラティアスはひたすら考え続けている。
    色褪せていた筈の自分の恋心が燃え始めていた。

    だが、確実に邪魔をしているものがある。
    もうあんな奴忘れてしまえ。連絡先も伝えず、どこかへ去ってしまったあんな男なんか気にしていてはいけない。
    何度心に念じても必ず脳裏に浮かんできてしまう。
    どうして明日に答えを出すと言ってしまったのだろう。しかし、あまりに先延ばしにすると大事な親友を無駄に苦しめるかもしれないので、やはり早い方が良い。
    やはり心を鬼にしなければいけない。試しに心の中で元夫を罵倒してみる。あんな中年親父、こちらから願い下げだ。もし気まぐれで帰ってきても絶対に家にいれてやるものか。おまけに、変なおきみやげまで置いていくなんて―――
     
    おきみやげ?
     
    そういえば、とラティアスは思い出す。彼は、私にプレゼントを残して出て行った。小さくて綺麗な箱。
    ベッドの近くに置いてあった筈だが、いつの間にかベッドの下に落ちていたようだ。誇りだらけになった箱を拾い眺めてみる。

    『僕以外に気になる人ができたら開けてくれ。それまでは、絶対に開けちゃいけない』

    彼女は、ラティオスが言い放ったこの言葉をしっかりと覚えていた。まるで、つい昨日言われた気がしてしまう程に脳裏に焼きついている。
     
    ラティアスは言いつけを守ってきた。最初は捨ててやろうかと思ったが、あれだけの態度を取られたら中身を知らずにいるのも癪だ。と言って、言い付けを破ってさっさと中を確認する勇気もない。約束してしまったのだから後にも引けない。何が入っているのかを想像する夜が何日も続いたが、月日が経ったらそんな作業にも飽きてしまった。レントラーがああして告白してこなければ、思い出すのはもっと先だったかもしれない。いや、一生放置していた可能性もある。
     
    今がその時ではないだろうか。ラティアスは確信した。
     
    無我夢中に包装を破いていく。これ程もったいぶった物は一体何なのだろうか。その招待が今明らかになるのだ。
    包み紙を破くと、出てきたのは更に白い箱。紙で出来ており、シミ一つない。
    生唾を飲み込んで蓋を開ける。そしてゆっくりと、箱の中身を覗き込んだ。
     
    中に入っていたのは、小さな玉が三つ。柔らかい布の上に固定されている。それぞれの色は、赤、緑、黄。
    首を傾げる。一体これは、何に使えば良いのだろうか。わざわざ、今日まで開けるなと念を押された意味はあったのだろうか。
    すると、突然三つの玉は光りだす。急なことにラティアスは玉から顔を離すが、直ぐに冷静さを取り戻した。交互に点滅する小さな玉を見つめ続ける。それはクリスマスに飾られるイルミネーションのようで、しかし派手ではない柔らかな光。一体どういう仕掛けが施されていたのか。夜の月明かりに照らされながら、彼女はいつまでもおきみやげを凝視し続けていた。







    「どうやら、私の手は無事役目を果たしたみたいだよ。思ったよりも長かったね」

    「そうか――――不便な生活をさせて悪かったね」

    「気にすることはない。大事な友人の滅多にない頼みだ、これくらいは当然さ。手はそのうち戻ってくるよ」
     
    ラティアスが住んでいる地域から離れた土地。古い廃墟に住んでいるのは、あのラティオスと、もう一人別のポケモン。縦長の顔には黒い縦線がいくつも刻まれている。人間の目にあたる部分は緑色で、中に小さな瞳があるのが分かる。足はなく宙に浮いていて、全身は茶色い。人間のような細い手が二つ、片方の手には、ラティアスがプレゼントされた三つの玉が付いていた。 
    彼、いや彼女は、ブレインポケモンのオーベム。
    オーベムという種族は、その生まれもった力で、相手の記憶を操作することができるのである。

    「でも良かったのかい? 彼女と君の思い出を全て消してしまうなんて。思い出というのは、そう簡単に忘れて良いものでもないだろう?」

    「良いんだよ。自分で言うのもなんだが、あいつは俺のことを思っている以上に好いていた。でも共同生活は上手くいかなかったんだ。いつも衝突してばかりで、俺はもううんざりしていた。どうして好きな相手と喧嘩しないといけないのかとね。次第にあいつが好きという感情は薄れていった。でもあいつを傷つけずに別れるには、こうするしか思いつかなかったんだ。好きな相手ができたタイミングで、俺のことを忘れれば目の前の恋に没頭できるだろう」

    「――――優しいねえ。嫌いになった相手を気遣える余裕があるのに、どうして別れちゃったんだろうね」

    「うるさい。お前には分からないさ」

    夫婦生活は上手くいかなかったかもしれない。だが俺にとってあいつは最愛の相手だった。
    彼は、あえてその言葉は言わないでおいた。
    オーベムは、石の上に座るラティオスの前に座る。


    「分からないよ。大好きな相手と暮らして、失敗したことないもの」

    「まあ、分かる気がするよ。オーベムは昔から優しいからな。些細なことで怒ったりもしない。俺は、もっと早くお前を選ぶべきだったと思う」

    「良いの。こうして今、一緒に居られるんだから」
     
    二人のポケモンは幸せそうに微笑み合った。 
    残されたオーベムの鮮やかな玉は怪しげに光り、目の前のラティオスを魅了していた。



    ――――――――――

    というお話でした。ポケモンが喋るのはデフォです。
    この話を含めた短編集を 【コミックマーケット83 東 3日目 キ-41a 『甘く香る杜若』】にて配布する予定です。参加する方は、気が向いたら足を運んでみてください。


    フミん


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