マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.2731] メロンパンの恨み 投稿者:No.017   投稿日:2012/11/17(Sat) 21:27:15     138clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:クジラ博士のフィールドノート】 【食べ物の恨みは一生もの

     クチバシティのホテルに戻ると弟子の頭に妙なものが乗っかっていた。
     もさもさとした羽毛の鳥ポケモンだった。頭から尻尾までの大きさは30センチほどで頭部から背中にかけては茶色い。胸と腹はクリーム色。なんとも憎たらしい配色だ。冠羽は老人の眉毛にも似ている。そしてなにより目つきが悪い。
    「おい! その頭に乗っているものは何だ!」
     思わず私は弟子のトシハルにツッコミを入れた。
    「ポッポです」
    「そんなことはわかっとる!」
     しれっと答える我が弟子トシハルに私は怒鳴りつけた。この弟子は飲み込みはいいが、一を聞いて十を知るとでもいうのか、そういう配慮に欠けていると思う。
     とりあえず状況を説明しよう。
     私はカスタニ。人呼んでクジラ博士だ。
     ホウエンの南の孤島、フゲイ島フゲイタウンに在住。船でホエルオーを追いかけている。
     だが、今週はカントーにいる。久々のカントーだ。つまりは学会発表だ。研究の成果は発表する必要があるからな。発表というものは研究者の尻を叩くものであり、また通過点である。正直準備は面倒だし、費用もかかる。だが、たまにはこういうのがないと気が引き締まらん。それに傍から見ると何してるのかわからんのが学者だから、世に研究の存在を知らしめる機会は必要なのだ。いわば学会というのは世界との接点なのだと私は考える。
     今回は勉強の為に、我が弟子も連れてきた。カントーははじめてときてそわそわしとるわ。ポケモンも初めて生で見る種類が多いとあって、トレーナーと一緒に歩くポケモンを見ては振り返っている。ええい、ちょっと落ち着け。
     ……話を戻そう。
     今、我が弟子トシハルがホテルのロビーに座っている。これはまぁ普通のことだ。今は学会の真っ最中で発表の際のスライド係その他雑用でトシハルを連れてきていた。だから、ここクチバシティのホテルに我が弟子の姿があること自体は不思議でもなんでもない。
     問題はやつの頭だ。やつの茶色がかったもさもさしたなぜか天に向かって伸びる髪。その髪の毛が生える頭部。そこに偉そうにどこのポニータの骨かもわからん目つきの悪い鳥ポケモンが居座っている! 我が物顔で居座っている! 私はそのことについて今まさに我が弟子に問うているのだ。
    「一体誰のだ!」
    「野生です。……たぶん」
    「どこから持ってきた!」
    「そこの公園で」
     弟子はあいかわらず聞いたことしか答えない。もちろん私の聞きたいことはそんなことじゃない。ええいわからんやつめ!
    「なんで頭にのっかってるんだ!」
    「パンをあげたらついてきちゃって」
    「野生ポケモンにエサをやるんじゃないッ!」
     とぼけた答弁を繰り返す弟子。私は頭にプッツンマークを浮かべて再び怒鳴った。公園の鳥ポケモンにエサをやるとは何事か! 人間と野生ポケモンにはとるべき距離ってもんがあるんだというのが私の教育方針であり、ポリシーだった。
     ポケモンの研究は好きだ。好きでなければこんな酔狂な職業についたりしない。しかしポケモントレーナーとかの類は好かん。ベタベタしすぎなんだやつらは! 私は研究が好きなのであってけしてポケモンとベタベタしたいわけではない。
     弟子がうつむいた。そこで相も変わらず弟子の頭に居座る鳥ポケモンと目が合う。やはり目つきが悪い。ポケモンは進化するとかわいくなくなるとよく言われるが(もちろんホエルオーは例外だ)、この初めにポがつく鳥ポケモンの種族ときたら最初から目つきが悪い。これは一体どうしたことか。
    「というか、痛くないのか!」
    「……ちょっと痛いです」
     あいかわらず弟子はずれた回答をするばかりだった。
    「今すぐ公園に戻して来い!」
     私はそう言ってホテルの出口を指差した。
     トシハルはなぜかものを言いたそうにしていたが、
    「わかりました……」
     と、力なく言って、相変わらず鳥ポケモンを頭に乗せたままとぼとぼと出て行った。
     やれやれだ。私はほっと一息ついてロビーの椅子に腰掛けた。

     朝になった。
     昨晩の学会懇親会でたらふく食って飲んだ私は目を閉じたまま、ああ、なんか胸が重いなぁ、などと思っていた。ううむ調子に乗って飲みすぎてしまったか、節制せねば。が、それにしては何かおかしい。違和感があった。私はパチリと目を開ける。
    「クルッポゥ」
     どアップの桃色嘴が眼前に迫っていた。
    「のわァ!?」
     私は飛び起き、思わず声を上げた。すると胸にとまっていたそいつはバサバサっと飛び立った。羽毛が散る。茶色い小さな羽根がひらひらと目の前に落ちた。私はしばらく状況が飲み込めず呆然としていたがやがて叫んだ。
    「おい! 一体どうなってるんだ!」
     ええい、どうなってる! 公園に戻したはずのこいつがなんでホテルの部屋にいるんだ! わけがわからん!
    「どうしたんですかぁ? 博士」
     向かいのベッドで寝巻きのバカ弟子が目を擦りながら、起きだした。やつはトシハルのベッドに着陸して、ササッとその後ろに回り、こちらの様子を伺った。
    「その後ろに隠れてるのはなんだッ」
    「ポッポです」
    「そんなことはわかっとるッ!」
     私は再び叫ぶことになった。もちろん私の言わんとしてることはそんなことじゃない。
    「どうして公園に戻したはずのそいつがそこにいるんだッ!」
    「昨日の夜、窓の外で寒そうにしてて……」
    「野生ポケモンを部屋に入れるんじゃないッ!」
     私はまたまた叫んだ。
    「公園に戻してこいッ。部屋にも入れるんじゃないッ。いいかわかったな!」
     部屋の扉を指差し、私はバカ弟子にそう指示した。寝ぼけまなこのバカ弟子は何か言いたそうな顔をしていたが、顔を洗って眼鏡をかけると、憎々しいカラーリングのその鳥をむんずと掴んで出て行った。バタンと扉の閉まる音がして、私はほっと一息ついた。
     さあて、学会も終わったし、数日カントー見物でもしてホウエンに帰ろう。早々に帰りたいところだが、今急いでトクサネまで行ったって島行きの船が出るのは一週間後だ。バカ弟子に古巣のタマムシ大学でも行かないかと誘ったが、僕は行きたいところがありますからなどと言って断られた。まったくなっておらん。まぁいい。バカ弟子は放っておいて、ひさしぶりに世話になった人にでも会いに行くことにしよう。

     三日ほどの別行動の後に、私とバカ弟子は空港で落ち合って、カントーを発った。
     飛行機に乗り、ホウエンの土を踏む。ミナモシティから船でトクサネに渡り、フゲイ島行きの船に乗った。しかしまだ油断は出来ん。なぜなら家に帰るまでが学会だからだ。
    「ふう、それにしても暑いな」
     私は甲板に立ち、甲板の上を影となって横切ってゆくキャモメを見つめながらそう言った。ホウエンは年中暑いが、今は夏だから余計に暑い。船室にもどって着替えるか。まだ替えがあったはずだ。
     私は船室に戻るとトランクを開け、シャツを一枚引っ張り出した。
     隣に寝ている弟子のトランクは開きっぱなしで、散らかり放題だ。やれやれ、だらしないやつだ。
     が、弟子のトランクに目を移したその直後、私は見た。弟子の積み重なった服の山がもっこりと盛り上がったところを目撃した! 家政婦は……いや、クジラ博士は見た!
    「うおおお!?」
     私は思わず奇声を発した。一体全体どうなっている!
     山は移動すると、トランクの端っこまで来てその正体を現した。
     それはカントーで見た憎々しい茶色とクリームのカラーリングだった。
    「ポポッ」
     鳥ポケモンは目つきの悪い目で私を見ると、鳴いた。
    「トシハルーーーーーッ!!」
     私は大声で叫ぶと甲板にいたバカ弟子の腕を捕まえて、船室に連行した。
    「おい!! これは一体なんなんだ!?」
     私は叫ぶ。顔を真っ赤にし、指を震わせて、トランクの上、我がもの顔で座り、冠羽のうしろを足でバリバリと掻く茶色い鳥を指差した。
    「ポッポです」
    「そんなことはわかっとるッ!!」
     あいかわらずすっとぼけた返事をする弟子に私は怒鳴った。
    「なんでトランクの中にいるんだッ」
    「ボールに入れてたんですけど、出てきちゃったみたいで」
    「誰がゲットしろと言った!」
    「だって、公園に置いてもついてくるんです」
    「そこは非情になれッ。研究者とはクールなものなんだ」
    「つぶらな瞳で見つめてくるんです」
    「こいつの瞳はつぶらなどでは無いッ!」
     私は主張した。こいつらの目ときたらいつだって極悪だ! 特性にもあるだろう! するどい眼だ! するどい眼なんだ!
    「博士、それは価値観の相違です。つぶらをどう定義するかの問題ですよ」
     ぐぬぬう、と私は唸った。何かが○○であるとする場合、誰にでもわかる定義、すなわち条件を提示する必要がある。たとえば、ある論文で14メートル以上を大きいと定義したなら、14メートル以上は大きいということになる。それが定義というものだ。
     しかし私が教えた概念をこんな形で返すとはけしからん弟子だ。
    「だいたいお前は免許持ってないだろうが!」
     私はつぶらの議論を放置して別の方向からツッコミを入れた。
     するとバカ弟子はトランクをごそごそと漁りはじめた。
    「はい」
     名刺大のカードを取り出して見せる。
     見るとトシハルの顔写真が印刷されて、妙な番号が振ってあった。
    「ポケモン取扱免許です」
    「いつの間に取った!?」
    「カントーで自由時間が三日もあったんですよ?」
     弟子はしれっと言った。
     バカ弟子いわく昨今の取扱免許は一日も講習を受ければとれてしまう簡素な手続きらしい。そんなに簡単でいいのか。まったくこの国は体制がなっておらん。
    「今更公園には戻れませんよ?」
     バカ弟子が追い討ちをかけるように言った。
    「なんだそれは! 勝ったつもりかこのヤロー!」
     私は怒鳴った。が、本来の生息地で無いところに放せとも言えないのが弱いところだった。バカ弟子はさらにトランクを漁った。
    「見てください〜」
     と、一冊の本を差し出した。
    「なんだこれは?」
     私は「やさしいピジョンの育て方」と書かれた本のページをめくる。写真があった。この憎たらしい鳥ポケモンの進化系であるピジョンを一羽、むんずと掴んだ著者らしき眼鏡の女がドヤ顔で写っていた。眼鏡の足元、バックの木の上にも、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン、ピジョン! 抱いてるのを含め全部で17羽も写っている。
     文字欄には「ピジョンの魅力を世界に伝えるのが夢です」と書いている。他にも「なんといっても体型がたまりませんよね」なんてぬかしている。部屋の写真があり、全国から集めたというピジョングッズが所狭しと並んでいた。
     ん? 何? 17人の絵師が描くピジョンがいっぱいのイラスト集が近日発売……?
     ええい! 狂気の沙汰だ! この女はどれだけピジョン狂いなんだ! ホエルオーのほうが十七倍……いや、十七万倍いいわ!!
    「ピジョンの世界的ブリーダーで、カントーにピジョン牧場を持ってる難波十七女史の著作なんですよ。これ一冊でポッポからピジョンまで完璧です」
    「ピジョットはどうした!」
     思わずツッコミを入れる。
    「ピジョンとそんなに変わらないので割愛するそうです」
     何の疑問ももたずに弟子は言った。
     待て! これは作者の陰謀だ! あ、いや、なんでもない! だが、それにしたってピジョット不憫すぎるだろ!? だいたいピジョン牧場ってなんだ。牧場? 今流行の花鳥園ではなく? まったく意味が分からん。
    「とにかく僕が育てますから」
     茶色い鳥を掴むとバカ弟子は言った。
    「勝手にしろ!」
     私は捨て台詞を吐くとそそくさと船室を出た。
     ああ不快だ! こいつらとは同じ空気を吸いたくない!

     船が到着する。フゲイ島について一夜が明けた。
     私の教育方針はスパルタだから、帰った後だから次の日は休むとかそういうことはしない。
     うおおお、久しぶりの島! こここそが私のフィールド! 今日は朝から海に出るぞー!
     バカ弟子はまだか? 船を出すぞ!
    「博士〜」
     船着場から声がする。トシハルが手を振っていた。おお、もう来ていたか我が弟子よ。学会帰りにもかかわらず殊勝な心がけだ。さすがは我が弟子だ。やはりお前もホエルオーが恋しいか。ようし、さっそく船を出すぞ!
     私は意気揚々と船に乗り込む。エンジンキーを回す。まさに舵を取ろうとした。
    「クルックー」
    「ギャア!」
     私は思わず叫んでしまった。舵の前に憎々しいカラーリングの毛玉がとまっていた。
    「トシハルーッ!」
    「はい」
    「おい! これはなんなんだ!」
    「ポッポです」
    「そんなことはわかっとるッ!!」
     ええい、前言撤回だこのバカ弟子め! まったく変わっておらん。気のつかんやつだ。
    「野生ポケモンを船に乗せるんじゃないッ!」
     私は叫んだ。
    「野生じゃないです。僕んです」
    「うるせー!」
     弟子の揚げ足取りにさらに叫んだ。そこで弟子があれっ? という顔をした。
    「もしかして博士、ポッポお嫌いですか……?」
    「今頃気がついたのか!」
     私はまたしても叫ぶことになった。
     やはりこいつはだめだ。さっぱり空気が読めておらん!

     不愉快な日々は続いていった。
     憎々しいことにバカ弟子は毎日毎日、不快な毛玉を連れてきやがった。
    「船に乗せるな!」
     と私が言っても
    「だってついてくるんです」
     と言って聞かない。
     更に憎々々々しいことに、近所のおばさんやら、はては面倒をみてやったことのあるミズナギまで「あらかわいいわねー」「かわいいポケモンですねー」などと口々に言いやがる。一体どうなってるんだ。こんな目つきの悪いポケモンのどこがいいと言うのだ!
     これは陰謀だ! 皆騙されている! ポッポに騙されている!
     うおお、いかん。ついに忌まわしい種族名を口に出してしまった!
     船が海上を滑る。双眼鏡を覗く我がバカ弟子の頭に今日も毛玉が乗っかっている。ええい、目障りだ。
    「博士! イチクニです。こっちに来ます」
     弟子が言った。イチクニとはホエルオーの個体の名前だ。発見したホエルオーには番号をつけて個体識別をしているが、192番は語呂がいいのでそう呼んでいる。好奇心旺盛なやつで船を出しているとよく近寄ってくる。あの憎々しい鳥に比べて瞳だってつぶらでかわいいヤツだ。
     イチクニがゆっくりと海を泳ぎながら近寄ってくる。おお、よく来たな。最近弟子が言うことを聞かなくて。お前からも何か言ってやってくれ。
     するとバサバサとポッポ野郎が飛び立ってちょこんとイチクニの頭に乗った。
    「こら! 観察の邪魔をする気か! そこを退け!」
     私は叫ぶ。
    「落ち着いてくださいよ博士」
    「落ち着いていられるか!」
    「でもあんまり嫌がっていないみたいですし」
    「何?」
     イチクニをよくよく観察すると、やつはなんでもなさそうな顔をして、ぷかぷかと浮かんでいた。むしろなんか楽しそうに見える。あまり大きな動きをせずに見たことも無い茶色い鳥に気を遣っているようにすら見えた。
    「イチクニー! お前だけは信じてたのに!」
     けしからん。ホエルオーをたぶらかすとは何事だ! 我が弟子のみならず島民やうきくじらまで手駒にしおって! さてはポッポ一族は茶色い悪魔か! ポッポが飛び立ったその時にイチクニがまぁまぁという感じで潮を吹いたのが尚更気に食わなかった。

     さて、海から帰ったら、本日のデータ整理だ。
     おやつをつまみながら、データ整理。これが私と弟子の嗜みだ。
    「今日は柿ピーです」
     トシハルがそう言って、菓子皿に入れた柿ピーを持ってきた。
     柿ピー。つまり柿&ピーナッツ。柿ピーといえば私と弟子の間には暗黙のルールがある。
     私と弟子、つまり私とトシハルは当然血縁関係には無いのだが、見た目がよく似ていると人に言われる。だが結構食べ物の好みは別々だ。研究所から歩いて十分の食堂「海風」でも、あいつはゴーヤチャンプルを注文し、私は豆腐チャンプルを注文するように、食べ物の好みは分かれるのだ。だから柿ピーにおいても、当然分かれる。トシハルは柿の部分が好きだが、私はピーナッツが大好きだ。このちょっと塩のきいた感じがたまらん。だからトシハルは柿部分ばかり食べるし、私はピーナッツばかり食べる。これが私達の暗黙のルールだった。
     師弟共に腹が減っていた。私達は目当てのものに向かって手を伸ばした。柿とピーの割合はだいたい半々だ。弟子と私の食べるペースはだいたい同じだから、いつもほぼ同タイミングで柿ピーの皿は空になる。だが。
     カカカカッ。
     私と弟子が手を突っ込む菓子皿。そこにポッポ野郎が手を、いや、嘴を出しやがった。
     減っていく柿ピー。しかも狙い澄ましたようにクリーム色だけが減っていくではないか!
    「この野郎! 私のピーナッツをとるな!」
     私は叫んだ。
     もう我慢がならん! 私はポッポ野郎をつまみ出してやろうと掴みにかかった。
     だが、さすがは鳥ポケモンと言うべきか。ポッポ野郎は素早く私の手をかわすと飛び立った。バサバサと小うるさい羽音を立て、部屋の隅にある机にとまると、毛を逆立て、生意気にも臨戦態勢を整えた。
    「なんだこの野郎! この私とやりあおうというのか!」
     望むところだ! 私は近くにあったノートを丸めると台所の黒き悪魔と戦う主婦と同じ装備になった。さあ、どこからでもかかってきやがれ! この茶色い悪魔め!
    「博士! やめてください!」
     弟子が言う。だが私は聞く耳を持ってなどやらない。
    「うおおお! 覚悟しやがれ!」
     私はポッポ野郎に「たたきつける」の一撃をくれてやるべく、挑みかかった。
     だが瞬間、強風が吹いて思わず目を覆った。竜巻が起こって、風が研究室をぐるぐると何周もしたようだった。
     風が収まって私は目を開ける。床に、机に、テーブルに。無数の書類が舞っていた。お世辞にもそんなに片付けていない部屋だったが、今度は部屋の惨状に目を覆いたくなった。
    「だから言ったのに……」
     今日取ったデータをかろうじて守った弟子が言った。
    「かぜおこしですよ博士。ポッポに襲い掛かるからそういうことになるんです」
     砂がなくてよかったですね、もっと悲惨なことになりましたよ。と弟子は言った。そういう問題じゃねぇ! どうするんだよこの部屋!
     結局きれいにするのには三日三晩ほどかかった。やはり悪魔だ! ポッポ一族は茶色い悪魔だ! こいつらはいつだって私の邪魔をするんだ!

     研究室があんなことになっても弟子は懲りなかった。
     毎日毎日毎日毎日、研究室と船にポッポ野郎を連れてきやがる。
    「その頭に乗ってるのはなんだ!」
    「ポッポです」
    「そんなことはわかっとるッ!」
     同じ会話をこの二週間ほど繰り返した気がする。このやりとりもいい加減単調およびマンネリになってきた。
     今日も研究所に弟子がやってくる。頭にはポッポ野郎。あいかわらず目つきが悪い。
    「おいトシハル!」
    「なんでしょうか」
    「その頭に乗ってるのはなんだ!」
     ああ、いかん。マンネリになってるのにまた言ってしまった。習慣とはかくも恐ろしきものだ。
    「ダイズです」
    「……!? 名前をつけたのかッ!」
    「いい加減ポッポもどうかと思って」
     悔しい。なぜか異様に悔しい! なんなのだこの敗北感は!
     ポッポのくせに生意気にニックネームなんぞ貰いおって。ホエルオーですら番号なのに!
    「番号で十分だろ!」
    「一匹しかいないのに意味ないです」
    「うるせー。17番とかにでもしとけばいいんだ!」
    「ポッポの図鑑ナンバーは16ですよ? だいたい17とか呼びづらいです。ピーナッツが好きみたいだし、豆の名前がいいかなーと思って」
     弟子が冷静に応答しているのがことさらにムカついた。というかピーナッツの話はするな!
    「勝手にしろ!」
     私はバタンとドアを閉めて、部屋を出た。
    「最近の博士、機嫌悪いなー」
     と、弟子がつぶやいた。聞こえている。聞こえているぞ。誰の所為だと思ってるんだ!
     私はドアをそっと開けて、隙間から弟子とポッポ野郎の様子を伺った。バカ弟子ときたら、私が一生懸命撮影したホエルオーメモリアルアルバムを広げて、この個体はどうなんだとか説明をはじめている。ちきしょー楽しそうにしやがって! だいたいポッポにそんなこと分かるわけないだろうが! バカ弟子は一通り個体の説明をすると、今度はカメラの説明をはじめた。ポッポ野郎が首を傾げている。
    「ここを押すんだよ」
     パチリと弟子がポッポ野郎を撮影する。こらっ! 貴重な容量をポッポ野郎ごときに使うんじゃない! 私は狭いドアの隙間から念力を送る。だが、私はエスパーポケモンではないので当然カメラは動かない。
    「あ、そうだ。昨日本で読んだアレ、調べなくちゃ」
     弟子が言った。アレ? アレとはなんだ? 私は何か宿題を出したか?
    「ダイズ、ちょっとおいで」
     トシハルはポッポ野郎をテーブルに呼び寄せる。ちょこちょことポッポ野郎は近寄っていく。フン、トシハルの前じゃあ大人しいんだな。鳥のくせにエネコをかぶりやがって。私は知ってるぞ。お前らポッポ一族の本性ってやつをな! 私は忘れていないぞ。私が昔お前らにどんな目に合わされたか! 私は、私は……!
    「ちょっとごめんね。すぐ終わるから」
     トシハルはポッポ野郎をむんずと掴んで、ひっくり返した。そうして足を両手で持つと股を開いた。そして、今までにない真剣な表情でそこを覗き込みはじめたではないか。
    「んー、もうちょっと開いてみないと」
     トシハルはつうっと指を伸ばし、毛を掻き分けるようにした。
     ちょ、ちょっと待て! お前一体何を!?
    「トシハルーッ!!!」
     私は急いでドアを全開にし、部屋に飛び込んだ。
     ポッポ野郎はびっくりして飛び立ち、トシハルはあっけに取られている。
    「見損なったぞ! トシハルッ!」
     私は叫んだ。なんということだ! 我が弟子にそんな趣味があったとは! 私はそんな教育をした覚えは無いッ。断じて無いぞ!
    「そこへなおれ! 根性叩き直してやる!」
     私は叫んだ。私は悲しいッ。弟子に手をあげなければならないのが悲しいッ。
    「博士? 何か勘違いしてませんか」
     弟子はまるで私をなだめるように冷静に言った。
    「何が勘違いなんだッ」
    「博士、僕はただ生物学的興味から……」
    「いかーん!」
    「……ダイズの性別を判定しようと思っただけなんです」
    「へっ?」
    「鳥って生殖器官が中にあるじゃないですか。キャモメは嘴とかでなんとなくわかるんですけど。でもポッポって見分けつきづらいですよねぇ」
    「…………、……」
     私は一気にガクっと脱力した。うう情けない。そうだった。そうだった。鳥ポケモンはたしかにそうだ。大きくなれば、さえずる等の行動からだいたい分かるのだが、未熟なうちはこれといった性差がなく、判別しづらい。ポッポ憎さのあまり冷静な判断ができなくなってしまっていたようだ。いかんいかん、これではカゲボウズを島に招きよせてしまう。
     ポッポ野郎は部屋の隅っこで何事もなかったようにクルルッと鳴いて、首をかしげた。いや、野郎かどうかはこれから確認すべきことだが。
     私はのろのろと部屋を後にした。
    「あ、博士、どこ行くんですか」
    「昼寝」
     なんか、疲れた……。
     ああ、やめよう。もうやめよう。
     何かを恨むには、憎しみをぶつけるにはエネルギーがいる。疲れるからもうやめよう。
     いい加減過去は水に流してやるべきなのかもしれない。
     窓を全開にして風を誘い入れると、ベッドに突っ伏した。


     遠い昔の夢を見た。
     私がまだ学ランの高校生で、カントーに住んでいて貧乏学生だった頃だ。
     当時の私は、新聞配達に、バイト、そして学業と忙しい日々を送っていた。
     私は早く「あそこ」を出たかったから、金が欲しかった。だからいくつものバイトを掛け持ちした。
     だからといって学業をおろそかには出来ない。私はタマムシ大学に行きたかった。あそこは当時(いや今でもだが)、携帯獣研究の最先端だったから。
     だが、大学に行くには金が必要だ。誰の援助も受けられない私は国の奨学金を手にすることにした。成績優秀なやつには返済免除で金をくれるタイプのやつだ。
     そんな金の無い私の学生生活だからして、昼食は元気印のモーモーミルク一本に、パン一個だ。だからパンはなるべく上等のやつを選ぶことにしていた。
     狙いは、高校近くの人気のパン屋「ピッジィベーカリー」。あそこで売っている一日三十個限定のメロン果汁入りメロンパン! あれがコスト換算で一番上等だ!
     四時限目終了のチャイムが鳴ると共に私は教室を飛び出し、駆け出す。全力で走っていけば、焼き上がりちょうどの時間に着くのだ! 五秒、十秒が惜しい。一分も遅れをとったなら、メロンパンはとられてしまう。
     私は大股で道を走り抜け、うまそうな匂いのするピッジィベーカリーの方向へ突っ走る。
     勢いと共に店のドアを開く。チリンチリンと扉のベルが鳴った。
    「いらっしゃい! メロンパンかい?」
     エプロンのおばちゃんが言う。店ではすでに何人かがレジに並んで、こっちを見ていた。
    「はい! それとモーモーミルクを一本」
     私は答える。
    「まだ残ってるよー」
     そう言っておばちゃんは、焼きたてのメロンパンを一つ、紙袋に包んだ。モーモーミルクと紙袋に入ったメロンパンを金と引き換えに受け取った。私はほっとする。メロンパン争奪戦という戦いは終わったのだ。
     袋の中からはかぐわしいメロンパンの香りがする。腹がぎゅうぎゅうと鳴る。よだれが出る。近くの公園でゆっくりと味わいながら食べることにした。
     だが、私はその日、不覚を取った。敵は人間だけでは無かったのだ。
    「いっただっきまぁーす」
     公園でメロンパンを両手で掴み、大口をあけていると、突如上空から大きな羽音がした。
    「ピジョオオオオ!」
     けたたましい鳥ポケモンの声、鋭い爪が私の腕を掴んだ。
     うわあ! 何しやがるんだこの野郎! 離せ!
     不意に上空から襲われて、私は尻餅をついた。襲ってきたのは中型の鳥ポケモン、ピジョンだった。私は腕を振り回し、なんとかそれを追い払おうとする。ほどなくしてピジョンはどこかに飛んで行った。
     はーはー、ぜー。やっとの思いでピジョンを追い払った私はほっと一息をつく。
     だが、その直後にあることに気がついた。
     無い。メロンパンが無い!
     手に持っていたメロンパンが、無い!
     私の昼飯が、一日三十個限定のメロン果汁入りメロンパンが、無い!!
     私は周りを見渡す。十メートルほど先で、茶色い鳥ポケモン達が何かに群がっているのに気がついた。まさか! 私は駆けつける。そこでは茶色い鳥ポケモン、ポッポ達が見覚えのあるメロンパンに集団で喰らいついていた。
    「俺のメロンパーン!!!」
     私は慟哭した。補足説明すると当時の一人称は俺だった。
     私の目の前で無残な姿を晒した一日三十個限定メロンパンはすぐに跡形も無くなって、ポッポ達の胃袋に収まっていった。
    「ぐおおおおおおおおっ」
     私は再び慟哭した。私の昼飯を腹に収めたポッポ達は一斉に飛び去っていった。
     それ以来、私はポッポが大嫌いになった。がむしゃらに勉学とバイトに励んだ私は無事にタマムシ大学にストレート合格し、奨学金も手に入れた。だが、携帯獣研究を始めてもポッポが嫌いだった。種族名を口にすることも嫌だった。
     いや、冷静に考えてみれば襲ってきたのはピジョンだったのだが、腹に収めたのはあのポッポ共だ。たぶんあのピジョンの子どもか何かだったんだろう。
     しかしまぁとにかく、食ったのはポッポだ。私の大事なメロンパンを食ったのはポッポなのだ。あの茶色い悪魔なのだ! 食い物の恨みは怖いのだ! 何十年も恨み続ける程度には! 当時の私は貧乏で金が無くて、つねに腹を空かせていたのだから!
     ああ、返せ! 私のメロンパンを返せ! 返せえええええ!!


    ハッ。
     そこで私は目覚めた。
     ふむ。おやつの時間だ。私の体内腹時計は非常に正確だ。
     きっと弟子がおやつを用意している。研究室に戻ろうではないか。
     ぱたぱたと廊下を歩き、研究室のドアを開く。
     その向こうでテーブルの上のポッポが……

     ポッポ野郎がメロンパンをつついていた。

    「うわぁあああああああああ!」
     私は絶叫した。
    「博士! 落ち着いてください! ありますから!! 博士の分はちゃんとありますから!!」
     弟子が私を押さえつけて言った。

     私はメロンパンにかじりつく。
     ふわっとしたパンにクッキー部分の甘み。その味を私はじっくりと味わう。うむこれこそが幸せの形だ。やはりメロンパンは至高だ。誰が何と言おうと至高の味だ。あああ〜、幸せだ。
     まったりとした顔になっていると、ポッポ野郎がこちらを向いた。
    「なんだ! 私のメロンパンはやらんぞ!」
     私は守りの体勢をとる。
     だがもうポッポ野郎は腹がいっぱいなのか、そっぽを向き、ぴょこぴょこと向こうに歩いていくと、嘴でカメラの肩掛けストラップを引っ張り始めた。
    「なんだお前、カメラに興味があるのか」
     私はポッポ野郎に尋ねた。あるいは単に引っ張りたいだけか。
     バカ弟子が「こうやるんだよ」などと言いながらメロンパンを食う私をパチリと撮った。ああ、また無駄遣いをしおって。ふん、でもまぁおやつをタダを食いされるだけというのも癪だから、何か仕込んでみるのも一興かもしれん。
    「だが、メロンパンの恨みは忘れんからな! 許してやってもいいが、忘れんからな!」
     と、私は言った。
     弟子とポッポ野郎は何のことだか分からずに不思議そうな顔をしていた。


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