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正直言ってこの仕事は辛い。と俺は一人、埃っぽい部屋で思う。
絶え間ない権力争い、終わりの見えない研究作業、次から次へと舞い込む不確実なデータ、おべっか買い、妙な誤解、それを巡る果てしない論争…
よほどのバカか物好きでない限り、この職業は勧められないと俺はいつも思う。
じゃあもし、俺が俺に仕事を勧める機会があったとして、俺は自分にこの仕事を勧められたか、と聞かれると、答えは『ノー』になる。正直言って、何故今もここにいるのか俺自身が一番良くわかってない。
…惰性?それを言っちゃ何もかもおしまいだろう。
実の所、その「答え」は出ているのかもしれない。
ドアの向こうから誰かが走ってくる音がする。
その音はだんだんこちらに近づいてきて、バン、と部屋の扉が乱暴に開かれて止まった。
「カイドウ室長!こちらにいらっしゃったんですか!」
「あーなんだようるせいな…もうちょっと静かにこれないのかよ」
両手一杯に資料を抱え込んだ部下は、俺の机にカッカッと歩み寄ってきた。明らかに機嫌が悪いが、おおかた俺を捜して小一時間歩き回ってたんだろう。俺が部屋に居るなんて普段なら考えにくいことだろうから。
「静かに、ってこの状況でどう静かに開けろっていうんですか」
「言葉のアヤだ」
「アヤ過ぎます」堅物に定評のある部下は、器用に眼鏡を直した。それくらい器用ならドアだって開けられただろうにと思うが、心内にとどめておく。
「あーもうそこはどうでもいいよ…それより何だ本題は。お前だってヒマじゃないだろ?」
不機嫌そうに俺を見下ろしていた部下の顔が、ワンテンポおいてにやりと笑った。そして、抱えた紙の束からガサガサと一枚の紙を俺の前に差し出した。「今日はどうしても室長に見せたいものがありまして」
紙にはずらずらとした外国語の文章と、一枚の写真が載っていた。
「・・・・なんだこれは?」俺は答えを知りながらそれを聞く。
「今日付けで出された新個体の情報です。今度のはかなり面白そうですよ」
俺の口が、にやりと曲がったのが分かった。
「場所は?」
「ten.イッシュです」
ten.― tentative、つまり仮称。
「…要するに新しいポケモンって訳か」
「まだ学内では確定的な意見は出されていませんが、研究者間での非公式見解では十中八九そうだろうと」
「…よしわかった」
俺は勢いよく机から立ち上がった。
「カシワギ!」「はい!」「今ある資料はこれだけか?」俺は部下から資料を全てひったくる。ざっと目を通していくが、まだしっかりとした根拠は出揃っていないらしい。
「はい。資料科から取れるだけもってきました」
「もっかい行って探してこい。まだρ-DNA関連のデータがあるはずだ」
「それは僕も探しましたが、まだ出てないようで…」部下の視線が少し泳ぐ。そこに俺は紙の束を叩きつけた。
「そんならうちで出すしかないだろ?遺伝子解析室の割り当て見てこい。あとこの公開試料」さらに資料を部下に押し付ける。
「こいつの個体データも。この辺りだと…イカリ辺りが専門か?」俺は普段おぼろ気な研究員のリストを脳内で引っ張りだす。
「じゃあρ-DNAについては僕とイカリでまとめておきます」
そう言って部下は机から離れた。
「おう、そうしてくれ」俺は資料を漁りながら片手を上げた。部下のいう通り『取れるだけもってきた』らしく、信憑性の高いデータから関係ないジャンクまでよりどりみどり。これをより分けて裏付けするのだけでも一週はかかりそうだ、と何となく見当をつけてみる。
まぁ学内のレジギガスとまで揶揄される俺のカンだから、果たして当たっているのかどうかはわからないが。
「…あとカイドウさん」扉の方から、部下の声が聞こえた。
「なんだ?」俺は手を休めず答えた。
「…こちらのサポート人員も集めてきます。データの裏付けだけなら外の人間でも平気ですよね?信頼できるツテがあるので辿ってみます」
俺は首だけなんとか扉に向けた。
「…悪いな、カシワギ。いつもいつも」
部屋から出ようとしていた部下も、首だけでこちらを振り返った。
「だって室長が本気で動くのを見られるのは、こんなとき位ですから。こちらだって数少ないチャンスを無駄にはできませんよ」
では、失礼します。そう笑いながら、部下は扉の向こうに小走りで消えた。
「…ったく、よく出来た奴だよ」
また一人になった部屋で、俺は紙の山から一枚をつまみ上げた。
蛍光灯の安い光に透けて映るのは、見たこともないポケモンの姿。これから俺達が出会う、まだ見ぬ誰かの"仲間"の一匹だ。
「…へへっ」
俺はその輪郭を指でなぞる。
果たしてこいつは本当に新しいポケモンなのか、それを調べるのが俺達研究者の一番の仕事だと、この世界の片隅に居る俺は少なくともそう思っている。
こいつを、こいつの仲間たちを、生涯一緒に過ごせるパートナーに出会わせるための仕事。
星の数ほどの出会いのいくつかが俺の手から、汗から、涙から、生まれる。それだけで、その喜びだけでこの世界にいるだけの価値があるってもんだ。
…誇大妄想?それを言っちゃ何もかもおしまいだろう。
「………さて、と」
俺は紙を山の上に戻す。
これからこの部屋も忙しくなってくる。多分この手柄を狙って、全ての研究室が動きだすだろう。こういう競争主義な所が俺は一番嫌いだが、まぁこの世界に身を置く以上仕方ない。
案ずるより生むが易し。
「…さぁ旅立つとしますかね」
俺は紙の山をかき分けた。
****
「・・・・ん」
珍しく新聞を読んでいたら、珍しく友人の名前を見つけた。
『カント―学会カイドウ博士・新個体を発見か』『「ファーストコンタクター」またもや快挙』
地方紙にも関わらず四分の一の紙面を割かれたその記事には、友人が見つけたらしいポケモンの詳細と、友人の研究がすこし誇張された文体で書かれていた。
「ファーストコンタクター、か」
まぁ確かにポケモン図鑑はポケモンとの出会いのきっかけにはなるけれど、それにしても凄いあだ名だと少し笑ったとき、後ろからヨノワールが覗き込んできた。
「?」
「あぁ、これか?俺の昔の友達だよ。大学で一緒だったんだ」
窓の向こうには広い空。
今日もどこかで、あいつの作ったファーストコンタクトが生まれてるんだろう。
"Contacter" THE END!
[あとがきのようなもの]
初めましての方は初めまして。
また読んで下さった方、ありがとうございます。aotokiと申すものです。
何が相棒との出会い?こっちゃ先に会ってるんだよ!!というポケモン学者のお話。
作中の単語は全て創作です。スイマセン。
現代のポケモン図鑑はきっとたくさんの研究者さんが関わってできていくのかな〜とか思っています。
安全なポケモン・危険なポケモン・生態・能力・習性・・・・それが分かって初めて素敵な出会いが成り立つ。
縁の下は大事。そんな作者の妄想なのでした。
ちなみに最後の「俺」は、「日曜は(ry」のお父さん・・・・のつもりです。
コメントありがとうございます!
銀は初見の印象でチコリ―タを選んだクチなので後々苦労しました・・・・
あぁ、バクフーンえらんどきゃよかったなぁ・・・・(遠い目)
ここは花香る街、タマムシシティの一角に建つレストラン“すばくらめ”。所々を燻したような赤レンガの趣ある外観で、ちょうど梅雨入り時という事もあってか、辺りを囲う生垣のアジサイは黄緑色から紫へ、うっすらと変わりつつあるところであった。ぴかぴかに磨かれたショーウィンドウに並ぶのは、いかにもおいしそうなオムライスやスパゲティ。きっちりと整った店内は、洒落た絵柄の大皿や異国の絵画、ジョウロ型の花瓶に生けられた薄桃色の花々等、実にさまざまなものが落ち着いた雰囲気を醸し出している。
一見普通に見えるこの店だが、実は今、街でちょっとした話題を呼んでいるのである――
アヤメは皿を拭く手を休め、外を眺めた。
窓越しに降る雨は、無数の斜線がいくつも重なっているように見える。それは依然として止む気配はなく、店に客が来る気配もない。
「暇だね、ジョン」
足元で寝そべっていたグラエナは、同意するようにあくびをした。
休日の昼下がり、せっかくのかき入れ時だというのに肝心の客足はさっぱりだった。一応、来店する客もいたことにはいたのだが、それもせいぜい三、四組で、さっさと昼食を済ませると満足して帰っていった。
店内はすっかりがらんと静まり返り、一人厨房を任されている口数少ないコックのサエジマは、時間潰しでもするかのようなのんびりとした手つきで壁にこびりついた油だの、水周りだのの掃除をやり出した。店長にいたっては「ちょっと寝てくる、何かあったら起こしてくれ」と、頭をかきかきあくびを残して店の奥へと引っ込んでしまった。
かくしてまるっきり活気のないホールには、アルバイトのアヤメと、店長のポケモンで接客もこなせる利口なグラエナ、ジョンだけが取り残された。
いつお客が来てもすぐに迎えられるよう、入り口をちらちら見ながらの作業はすっかり身に染み込んではいるが、ちっとも開かない扉を見つめていると何とももどかしいような歯痒さに苛まれる。腕時計に目をやると、最後に時間を確認してからまだ五分と経っていない。
アヤメはため息をついた。
まるで拷問である。果たしてこのひどく退屈な時間に、自分はどこまで耐えられるだろうか。それもこれも、朝からずっと降り続くうっとうしい雨のせいだ。
「せめてもう少し小降りになってくれればいいのにね」
ジョンは黒毛の豊かな尻尾をぱたりと一振り、それから尖った顔を先までしっかり床につけて目を伏せた。
アヤメはつい苦笑した。
ポケモンはトレーナーに似るとは、全くうまいこと言ったものだ。もっとも絵的に違うのは、店の奥で同じように寝ているであろう彼の主人は、きっとまたお子様用の椅子に体育座りで眠りこけている、というところか。
初めてその図を見た時は、幅の足りない小さな椅子の上に、サンドみたいに丸くなって仮眠をとる姿があまりにも滑稽で吹き出しそうになったものだが、後に狭い店内で休憩をとるにはそれしかないことを知った。店長という多忙な肩書きは、どこでも寝れるという特性を自然と身につけさせるのだろうか。
それにしても、と再び窓の外へと視線を移す。
変わらぬ様子で降り続ける雨は、アヤメの記憶が確かなら、昼頃には止むという予報だったはずだ。それなら少しぐらい雨足が落ち着いてもいいだろうに、一向に収まる様子は見られない。
アヤメはすっかり憂鬱になって、窓から目をそらそうとした。が、ふいに思い止まって、もう一度店の外に視線を戻す。
やはり、何かおかしい。店から十数メートル離れたところを歩く人は、誰一人傘をさしていない。店の前はざあざあ降りのままなのに、だ。
「まさか……」
アヤメは拭きかけの皿を置いて、店の外へと飛び出した。ぽたぽたと水の滴る屋根の下で、かすかな予感が確信に変わる。アヤメは急ぎ店内へ踵を返すと、何事か、といった風に顔を上げたジョンを通り越し、そのまま奥へと駆け込んだ。
「店長っ! 大変です、この雨、うちの店の周りにしか降ってませんよ!」
「んぁっ……? ……あ? 何だってぇ?」
案の定、店長は小さな椅子の上で不恰好に丸まって眠っていたが、アヤメに揺すられると間抜けな呻き声をもらしながら目を覚ました。目元をごしごし擦りつつ、上擦った声で急かし立てるアヤメに腕を引かれるままに表へくりだすと、店長はあんぐりと口を開けた。
店の周りはけたたましく降り続く激しい雨天、道路を一つ挟んだ向こう側は、雲の隙間から澄み切った青空が顔を覗かせ、陽射しきらめく見事な晴天である。よくファンタジー映画なんかで、悪の帝王が待ち構える城だか屋敷だかが厳かにそびえていて、その周りにだけ不気味に雨が降っている、という演出があるが、まさにこの店がそんな状況だったのだ。
そりゃ、客も寄りつかねぇわな、と店長が呟いた。
もっとも、待ち構えているのは掴みどころのないひょうひょうとした独身男性と、冴えない女子大生アルバイターだけれども、とアヤメは思った。
「でも、どうしてここだけ……まるでこの道路が雨の境界線になってるみたいじゃないですか」
「まるでじゃなくって、まさに境界線なんだよ。んー……そうだな、多分アレかな。おーい、ジョン!」
主人に名を呼ばれたグラエナは、心得たと言わんばかりにガウと吠えると、雨もいとわず屋根から飛び出し地面に鼻面を押しつけた。
「この天気じゃあ、匂いも薄れて嗅ぎ分けにくいだろうが、絶対近くにいるはずだ。頼むぞ」
ジョンは掃除機みたいに首だけを動かしながら、ふんふんと盛んに濡れた地面の匂いを嗅いでいる。すると、何かを感じとったのだろう。突然火のついたように走り出し、店の生垣に生えたアジサイの群に向かって激しく吠え立てた。
ぎざぎざ縁の艶やかな葉っぱや、薄い色した小さな花の丸い束が、驚いたように大きく揺れた。
アヤメが事の成り行きを呆然と見つめていると、店長にちょいちょいと肩をつつかれ傘を持ってくるよう仕草で指示された。慌ててレジ横にかけてあった従業員用のビニール傘を手渡すと、店長は何も言わずに手早く広げ、真っ黒なたてがみを炎のように逆立てているグラエナの後ろについた。アヤメももう一本を手に取って、それに続いた。
ジョンは鼻にしわを寄せて牙を唸らせ、今にも飛びかかりそうな勢いだ。
その威嚇の対象に目を向けて、アヤメはあっと声をもらした。
まだ咲きかけの、薄紫色をしたアジサイの花の固まりのすぐ下に、青いしずくのようなものがまん丸の小さな目でじっとこちらを見つめている。
「ポワルンか。やっぱりな」
店長が苦々しげにため息をついた。
「最近、ゲームコーナーの景品に追加されたって噂を聞いたんだ」
ポワルンというポケモンはアヤメも知っていた。確か、天気によって姿やタイプが変わるという不思議なポケモンだ。
天候を操る技を使えるポケモンは数多くいるものの、それを自力で習得できる種類はさほど多くない。ポワルンはそのうちの一種で、日本晴れや霰など、数々の天気技を覚えることができると、昔本で読んだことがある。だが、その明確な生息地は分かっておらず、なかなか珍しい種類であるらしい。
アヤメは店長が意外に博識だったことに驚きつつも、それを顔に出したら失礼だろうなとか思いながら、もう一度アジサイの中で息をひそめる青いしずくをじっと見つめた。
「じゃあ、この子がずっとここで雨乞いしてたってことですか。何でだろう」
「知るかよ。やれやれ、とんだ迷子のお知らせだ」
店長が言うと、その迷子はびくりと身動ぎした。青く透き通る体が、ぷるぷるのゼリーみたいな動きで小刻みに震えている。
その様子を見つめながら、アヤメは頭の中でじっと考え込んでいた。
食べ物目当てで店にちょっかいを出してくる野性ポケモンはちょくちょく見かける。その大半は力づくで店に入り込もうとするため、いつも少々荒っぽいやり方でお引取り願っているものだ。
だが、このポワルンは明らかに様子が違う。食料につられてやって来たのかは分からないが、これだけ敵意をむき出しにされてもいっかな攻撃してくる素振りは見られない。
一体なぜだろう。
「全く、立派な営業妨害だ。ジョン」
ジョンはぐっと姿勢を低くした。次に主人が何か言えば、すぐにでもポワルンに飛びかかるだろう。
その声を聞いたアヤメの脳裏に、不意にさっき店長が呟いた言葉がよみがえった。
そうか。この子はゲームコーナーの景品として連れて来られたところを、逃げ出してきたんだ。
胸にちくりとするものを感じて、アヤメは店長の腕にすがりついた。
「ちょっと待ってください! ジョンも、威嚇を止めて!」
店長は驚いたようにアヤメを見た。突然の制止の声に、ジョンも戸惑った様子で主人とアヤメとを見比べている。
「なんだよ、いつも通りに追っ払うだけだろ……」
「この子はおびえているだけですよ。知らないところに迷い込んでパニックになってる。このまま追い払ったとしても、きっとまたどこかで同じことが起こります!」
「だからって、このままにしておくわけにも……あ、おい! アヤメ!」
アヤメはずいと進み出て、対峙しているグラエナとポワルンの間に割って入った。
危ないぞ。後ろで店長が叫んだが、アヤメは聞こえないふりをした。
アジサイの中のしずくが潤んだ瞳でこちらを見上げた。
「大丈夫。怖くないよ」
アヤメは驚かさないよう気をつけながらゆっくりとしゃがみこみ、ポワルンと同じ目線になった。それから目だけはポワルンを捉えたまま、指先でポケットの中のつるつるした感覚を探す。手にしたそれを取り出すと、しずくが恐れたようにたじろいだ。アヤメはしずくに笑いかけ、大丈夫、と言い聞かせながら、ボールのスイッチを押した。
「セリア、アロマセラピー」
赤白二色の球から光が放たれ、勢いよく飛び出したベイリーフはすぐさま首巻く葉っぱを振るわせた。とたんに華やかなよい香りが辺りに広がり、緊張した空気が薄れていく。
アジサイの中のしずくは、始め、呆然としたようにベイリーフを見つめていた。が、やがて見る見るうちに表情が和らぐと、ゆっくりと身をひそめていた葉っぱから滑り出た。その時にはもう、しずくの形はしていなかった。
アヤメはにっこり微笑んで、傘を閉じた。
いつの間にか顔を出した太陽が、軒先から滴り落ち、アジサイの葉を弾いた水をきらきらと輝かせた。
「じゃあ、つまりこいつは、自分の身を隠そうとして雨乞いをしてたってことか?」
「ええ。多分そうだと思います。前に、そういう話を聞いたことがあるんで」
アヤメはすっかり懐いた様子で手のひらに収まったポワルンを撫でながら、店長にうなずき返した。
通常のポワルンはまん丸の体が雲のように真っ白で、つぶらな瞳に、ねぐせがついた前髪みたいなものがついている。
アヤメはその前髪もどきをくすぐりながら、かつて読んだ本から得た知識を店長に披露した。
ポワルンは戦いを好まない温厚な性格のために、その時々の天気によってさまざまな姿に変化することで敵の目を欺いているらしい。また、自ら天候を変えることでよりその場に適した姿になって隠れたり、更にはそれで仲間に感情を伝えることもあると言われている。
「だから、あれはこの子なりのSOSでもあったんです。怖いよ、助けて、って」
「ほぉぉ、なるほどな。さすがよく知ってるな」
店長が腕を組んで感心したように言うと、アヤメはつい苦笑した。
「小さい頃から、ずっと、ポケモンが好きでしたから」
「まあお前の場合、それだけが取り柄みたいなもんだしな」
「ちょっとそれ、ひどいじゃないですか」
アヤメはむっとして言い返したが、店長はただ笑って流しただけだった。
とことんデリカシーのない人だ、アヤメは心の中でこっそり毒づいた。
「で。どうするんだ? こいつ」
店長は腕組みをしたまま、アヤメの手の中のポワルンを顎でしゃくった。
「どうするって……?」
「ゲームコーナーの景品だったんなら、お返しにあがるのが筋ってもん……」
「えーっ! 店長のオニ! 悪魔! それ本気で言ってるんですか!」
店長の言葉を遮って、アヤメは盛大に声を張り上げて抗議した。
ゲームコーナーにはいろいろと黒い噂がある。そもそもポケモンを景品にしていること自体気に食わない上に、やたら珍しい種類ばかり並んでいるのも不気味である。経営者の裏にマフィアがついているという噂も聞くし、店に入り浸っているのも強面の人間ばかり。
この手の中に大人しく収まるポケモンが、アジサイの葉に隠れて潤んだ瞳でじっとこちらを見つめていた様を思い出せば、よほど怖い目に遭ったとしか考えられない。
アヤメは両手にポワルンを包んだまま店長から遠ざけるように背中へ回し、早口でまくし立てた。
「せっかく逃げ出してきたのに、また檻の中に戻すような真似しろってことですか。そんなの絶対あり得ないですって! フリーザーもびっくりの冷徹人間ですよ!」
「だああぁぁぁ! いいから最後まで聞けよ面倒な奴だなー! それが筋だけど、そうするわけにはいかないだろって話をしたかったのに。俺だけ悪者かよ」
「えっ」
「えっ、じゃねえよ。いい加減傷つくぜ、全く。デリカシーのない奴だな」
店長が訳知り顔でにやつくのを見て、アヤメは凍りついた。
まさかこの人は読心術でも使えるのだろうか。
「んで、デリカシーのないお姉さん」
「放っといてくださいよ」
店長はからから笑い、アヤメの手の中から窮屈そうに顔を覗かせたポワルンを見つめた。
「ちょっと相談なんだが……こいつは臆病みたいだけど、人懐っこくて聞き分けも良さそうだ。……なあ、お前さ」
店長はしゃがみ込み、ポワルンの顎の辺りをくすぐった。
「うちの店で働かないか?」
ポワルンは目をぱちぱちさせた。
アヤメも驚いて店長の顔を見た。先程までの冗談めかした様子はなく、どうやら本気の申し出らしい。
「いいんですか? だって、さっきまでは追い払おうとしてたのに」
「いつもいらっしゃる食料泥棒どもとは違うみたいだしな。ちょうど人手不足だし。なかなか平日の昼間に入れる奴がいなくてさ、ニャースの手も借りたいってな。もちろん。どこまで仕事を任せられるかはこいつ次第だけど」
長年店を手伝ってきたジョンですら、できる事とできない事ははっきりしている。お客を席まで案内したり、メニューや伝票を運ぶことなら訳はないが、どんなに仕込んでもオーダーテイクは覚えられなかったらしい。毛が入るとまずいので、料理提供もタブーである。
店長は、まだきょとんとした顔で自分を見上げているポワルンの頭をぽんぽん叩いた。
「週六日勤務で、給与は……そうだな、ポフィン食べ放題ってのはどうだ? お前の好きな味の木の実で作ってやるよ」
店長がポフィン食べ放題、と言った辺りから、ポワルンはいかにも嬉しそうにきらきらと目を輝かせた。それから途端にアヤメの手のひらから飛び出して、こくこくとうなずいて見せたのだった。
その様子があまりにかわいくて、アヤメはつい笑ってしまった。
「本当にそれでいいの? だって、週六日勤務だよ? 割に合わないよ」
それでもよほど給与が魅力的に思えたらしい。ポワルンはぷるぷると首を振り、考え直すつもりはないと訴えている。
「よし。じゃあ決まりだな! ジョン、後輩にしっかり仕事教えてやるんだぞ」
ジョンはガウと一吠えすると、先程までの態度とは打って変わって親しげに尻尾を振り振りポワルンの顔をぺろんと舐めた。
「良かったね、ライちゃん」
「ライちゃん?」
「この子の名前です。ライチの皮をむいたみたいな色だから」
「ふぅん。それでライチ、ライちゃんか。え? てか、こいつメスなの?」
「店長、気づかなかったんですか?」
呆れたように言うアヤメの隣で、ポワルン改めライチが不満げにぷくっと頬っぺたを膨らませた。店長はその両頬を手で挟み、きゅっとしぼませた。
「悪い悪い。ま、今日からよろしくな。ライチ」
店長の見込んだ通り、ライチは物覚えが良くて徐々にその才能を露にした。ちょっと教えただけで簡単な接客の他、単純なオーダーも承ることができるようになったのだ。
何品もあるような複雑なオーダーはさすがにお手上げのようだが、一、二品程度ならば何とかこなせるらしい。もちろん人間の言葉を話せる訳ではないので、まず他のホールスタッフにメニュー表を指し示して注文を伝え、それからそのスタッフがキッチンに通すという方式になるため手間はかかるが、それでも珍しさからかお客の評判も上々で、彼女目当てに来店するファンもちらほら現れ始めた。
かくしてライチは、ジョンと並んで早くも店の看板ポケモンとしての地位を獲得したのである。
「それにしても店長。あの時、よく一目見ただけでポワルンだって分かりましたね」
今日も立派に繁盛して、そろそろ客足落ち着くお昼過ぎ。
桃色のポフィンをおいしそうにもぐもぐやっているライチの頭を撫でながら、アヤメは店長にずっと気になっていたことを聞いてみた。
「私、ポワルンってノーマルタイプの姿しか見たことなかったから全然分かりませんでしたよ」
「あぁ……そうだな。お前、ホウエン地方って知ってる?」
「えっと、カントーの南西にあるところですよね? 緑豊かな野生の王国だっていう……」
「そうそう。そこに天気研究所ってのがあってさ。ガキの頃社会科見学で行ったんだ。そこにめちゃたくさんいた。やっぱ、進化でもないのに姿が変わるってのが子供心に印象的だったからな」
「……って、店長。ホウエン出身なんですか?」
「なんだよ、その意外そうな顔は」
「いや……何ていうか、ホウエンの人って、ばいとか、ごわすとか言うものだと思ってたから……」
「イメージ古風だな」
からんからんと入り口のベルが鳴り、ジョンとライチが競うように迎えに行く。
ここはレストラン“すばくらめ”。寡黙なコックが作り出す数々の料理と、人当たりのいい店長、そして度々訪れる珍客、珍事がちょっとした評判を呼んでいる、今話題の店である。
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6/22追記
【ポケライフ】つけるの完全に忘れてました……
あと誤字一箇所修正。ちゃんと推敲してないのがモロバレル。
とりあえずBW2発売までに書き上げられてよかったです。
そしてせっかくタマムシ舞台なお話のはずなのに、カントー勢が一匹も出ないというパターン。
どうしよう、店にカビゴンが来襲する話でも書いてみようかな(←
はじめましてaotokiさん。
寄り添ってくれるバクフーンが愛おしいです。
それでいて、やっぱり悲しい。なんというか、ぎゅうっと抱きしめてあげたい。
両親の仲が悪いのは子供にとって本当に嫌なものですよね…。
それでもバクフーンが傍にいてくれるなら、少しはそんな気持ちが和らぐような…。
とりあえず何が言いたかったのかというと、バクフーン萌えです。
そうか!ピカチュウがあんなに強いのは先に出来たからなのか!!
・・・・と妙な納得をしました(笑)
ドーブルの「スケッチ」は確かに謎いですね。レベルが上がると描写能力が上がるから?と考えてみたのですが・・・。どうなんだろう。
ともかくラスト展開には鳥肌が立ちました。
創造神より手前で世界を作るドーブル・・・かっこよかったです。
【ドーブルはイケメンなのよ】
おいかぜ、その手段があるのをすっかり忘れていました。
フワンテがちょうどおいかぜ覚えているので一緒に飛んでもらおうと思います。そういえばフワライドの特性が軽業だったので、それも発動させて飛んでみたいと思います。きっと鳥ポケモン真っ青のそらをとぶをみせてくれるはずだと信じています。さっそく、バイト先に空から颯爽と舞い降りようと思います。
ご回答、ありがとうございました!
☆★☆★☆★
意気揚々とおいかぜかるわざのフワライドそらをとぶで空から颯爽と登場しようとしてあまりの速さに目を回して落下していく姿が思い浮かんだのです。注意書きには注目しなきゃだめですね。
回答、ありがとうございます!
ぼくが部屋のすみっこに座っていると、バクフーンはいつもぼくのとなりにいてくれる。
背中の炎をけして、そーっと、ぼくの近くにやってきて、あったかい体でぼくのとなりにくっついてくれる。
パパとママの言い付けどおり、リビングのテーブルの上でボールの中にいるはずなのに、バクフーンはいつもぼくの部屋まで出てくる。
そんなときは大抵、パパとママがケンカしてるときだ。
パパとママはなかよしだって、どんな本にも書いてあるけど、それはウソだってぼくは知っている。だって、なかよしならケンカのあとの『ごめんね』があるでしょ?ぼくだって、友達とケンカしたら、ぼくが悪くても悪くなくてもあやまりに行く。でもパパとママにはそれがない。だから、いつまでもケンカをしてるんだ。
いつまでも。いつまでも。ぼくが寝たはずの時間から、いつまでも。
そんなパパとママを聞いているのが、ぼくはイヤだ。
だから、こうして部屋のすみでちいさくなることにしてる。まるで、図鑑でみたヒノアラシみたいに。
もうひとつ、ぼくは知っていることがある。
それはぼくがバクフーンに命令すれば、パパとママのケンカは片付けられるってこと。
ぼくが一言、友達とのバトルのときみたいになにかをいえば、パパも、ママも、二度とケンカをしなくなる。
バクフーンも、ぼくが言わないからそうしないだけで、本当はケンカを止めさせたいはずなんだ。
ぼくは知っている。
パパとママがケンカしているとき、バクフーンもぼくと一緒に悲しいかおになる。けれどすこしだけ、一回だけ、かならずドアの向こうを睨むんだ。それも、バトルの前のときみたいな、怖い目で。まるで、敵が向こうにいるような怖い目で。
…でも、ぼくはそれをするのがイヤだ。
だって、そんなことしても、本当に二人はなかよしにならないから。
だれも、ぼくのとなりにいてくれなくなるから。
だから、ぼくはこうして部屋のすみでちいさくなることにしている。
そうすれば、バクフーンがとなりに来てくれて、ぼくと一緒にいてくれるから。
***
初めましての方は初めまして。
また読んで下さった方は、ありがとうございます。aotokiです。
ポケモンは家族。じゃあこういうちょっと物悲しいのもありかな、と勢いで書きました。
第二世代はチコリ―タでしたがバクフーンもなかなか好きです。・・・べっ、べつにオーダイルが嫌いだとかそういうのじゃないからね!!
反省はしている。だが後悔は(カイリューの はかいこうせん!
【なにしてもいいのよ】
皆さんの話を踏まえて息子と話したところ、「一週間考える」と留まってくれました。
でもいっしょに遊んだりしているところを見る限りだと、大丈夫なようです。
ラグラージの姿は見せていないので、また同じようなことを言われるかもしれませんが、
そのときもまた皆さんの話をしようと思います。
ありがとうございました。
【ありがとうございましたなのよ】
【ラグラージはかわいいのよ】
まさかの同士がいました!いやその前に初めまして!
Nがかわいそう、N悪くない!となった時にちげーだろって思ったのが発端です!
そーじゃなきゃ、途中途中でもっとNを利用してます的な発言が端々に感じられてもいいと思うのですよ!
あとゲーチスがそのままなのはその通りでございま!
高橋容疑者の件でも解った通り、名前を知られているのと知られていないのではやっぱり違いますし!
Nじゃなくてゲーチスが演説していたのは、年齢かさねた貫禄もありましょーが、あそこまで顔だしてると首謀者はゲーチスと聴衆は言うだろうし!
サザンドラは流星群なんか使わないで竜のはどうでいいです
それにしてもそういう表現があるのだな、と描いてみたをみながら思いました。
ゲーチスとNをありがとうございます! うすいほんだとそっち系しかn
人の身体と云うものは真に便利に出来ており、植物の養分と成ることは勿論、放っておけば実を削ぎ、白く小さな欠片となってくれるのです。あの形のまま、残り続けるのは勘弁ですが、少し散らしておけば芸術のちょっとしたアクセントになるもので
貴方もそう思うでしょう。
この建物の最奥の、小さな小さな寝室に、彼女は眠っています。優しく儚げな木漏れ日に照らされて揺れるーーそれはまるで秋千の様に、
ゆらゆらと揺れる彼女、ひらひらと揺れる私。
私は彼女のことを何一つ知らないのです。何故此処に居るのか、何故彼女を目の前にして私が生まれたのかーー理由は分からないけれど彼女は私と何か深い関係があったのではと。私はそう思いました。故に私は彼女を守り、此処を守り、彼女は私が喜べば喜び、悲しめば悲しみーー
赤い瞳の彼女、赤い瞳の私、
白い姿の彼女、黒い姿の私、
吊り下がる彼女、浮遊する私、
とうに死んでいる彼女、とうに死んでいた私、
黙す彼女、嘆く私、
詛う彼女、呪う私、
私は彼女、彼女は私ーー。
光の届かない影の闇が、静かに嗤った。
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