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都心部から離れた築数十年経つアパートのある一室。男は、もう何日も干していない古い布団に、着替えもせずに倒れ込んだ。服装は、仕事に行くときのまま、スーツのままで全身の力を抜く。
「もう、限界だ」
誰に話しかける訳でもなく、男はそう呟いた。
時刻は夜の十一時。平日の真只中。朝七時に出勤したにも関わらず、帰ってきたのは真夜中。当然のように、明日も同じ時間にアパートを出なければならない。休日は週に一度。まだ二十代の若者は、とても厳しい環境で働いていた。
給料も少なく。ボーナスも余り出ない。そして自分の時間を確保することが叶わなかった。貯金も出来ない、趣味に金を浪費する余裕がない。良い女と仲を深める時間もないし、たまの休みはひたすら体を休め続け、また働く。そんな虚しい毎日の繰り返し。
 
このままでは、いずれ潰れてしまう。
仕事を変えようか。しかし、先ずは転職先を決めなければいけない。
頭の中で葛藤する男。そんな彼に、話しかけてくるポケモンが居た。
「夜遅くに失礼します。お困りのようですね」
外見は灰色。人間に似た大きな手、目は一つで大きな体。胸には閉じてはいるが大きな口があるポケモン、ヨノワールだ。噂では、その姿を人前に見せた時、あの世に導くポケモンと言われている。
窓を開けもせずに、男に断ることなく部屋に侵入する。
「勝手に、僕の部屋に入らないでくれるかな」
「失礼しました。でも、あなたの手助けが出来るかと」
男は、起き上がりもせずに頭だけを動かしヨノワールを睨みつける。彼には全く恐怖心がない。動くのも辛い程の疲労が、恐怖をかき消しているのだ。
「手助け。お迎えかい? 僕はもう直ぐ死ぬから、こうして迎えに来てくれたのかな?」
「まさか。あなたはまだまだ長生きしますよ。ゴーストタイプである私が保障します」
「じゃあ、手助けってどういうことだ?」
「簡単です。あなたの辛い思い出を食べてあげるのです」
男は眉を寄せる。
「よく分からないよ。君が言っているのはゆめくいをするということだろう? なのに、何故辛い思い出を食べようとするんだ。普通、良い思い出を欲しがるんじゃないか?」
「確かに素敵な思い出は美味です。私にとっては極上のご馳走です。しかし、人間だっておいしい食べ物ばかり食べていては飽きてしまうでしょう。ポケモンだって同じです。美味しい物も良いのですが、たまには苦いものも口にしたいのです」
ヨノワールは、見た目よりもずっと紳士な態度で言う。
「失礼ながら、あなたの行動はここ数日ずっと拝見させて頂きました。日の出と共に起きて直ぐ仕事着に着替えて家を出る。自分の身を削り、何時間も働く。昼食はお金がないから、おにぎりとペットボトルのお茶のみ。お昼休みはたった四十分。昼を過ぎてからも働き続け、気づけば辺りは真っ暗。同僚や上司はさっさと帰宅してしまうのに、あなたは仕事を残してはいけないとサービス残業。そして誰もが家に帰り就寝する準備を終えた頃に帰宅。あなたの上司は責任感がない方です。普通部下はさっさと帰らすのが普通でしょう。それなのに、仕事を上手く割り振らず、自分は有能な上司だと信じて疑わない無能です。潜在能力で言えば、あなたの方がよっぽど努力家で人の上に立てる人間――いや、これは関係ない話ですね」
こほんと間をあけて
「ともかく、あなたはもう少し救われるべきです。ポケモンという立場でありながら、私は同情しました。最近裕福な夢ばかりを味わっているので、たまにはと思っていたのです。是非、あなたの今までの辛い夢、食べさせてくれませんか?」
男は考える。人というものは、楽しいことはあっさり忘れてしまうというのに、辛いことは時々脳裏に浮かんでくる生き物だ。幼い頃につい出来心でしてしまった悪さ、思い出すのも恥ずかしい黒歴史、そして現在のような苦痛。それらを忘れることができるとしたら、どんなに素敵なことだろう。体の疲れは寝れば取れる。しかし、心の疲れは簡単には取れることはない。
けれど、見返りなしということはないだろう。
「悪くない話だ。でも、僕は君に何をあげればいい。当然、ただでできるなんて甘いことはないだろう」
ヨノワールは心配なく、と呟く。
「いいえ、対価は取りません。私はあなたを気に入ったのです。いつもなら寿命より早めに霊界へ――と言うところですが、今回は何も求めることは致しません。あなたの失敗した時にできた辛い記憶、今まで蓄積した苦い思い出を綺麗さっぱり食べてあげましょう」
「本当に? 僕を騙そうとしていないよな?」
もし事実なら、魅力的な話だと男は思った。嫌なことを忘れることができる。どんなに楽しいことがあってもふと頭に浮かんでくる苦痛な記憶。それらを、綺麗さっぱりと消してくれるというのだから。
「ポケモンは、人間よりずっと正直者ですよ。あなたの辛い思い出を私が食す。それで私が満足する。それで対等です。その後何も求めることはありません。あなたも私も得をする。良い取引だと思うのですが」
「いや、僕としては是非お願いしたい話だ。直ぐにやろう」
「ありがとうございます。こうして了承を得てからゆめくいをするのは気分がいいものです。無理に食事をしても後味が悪いですからね」
ヨノワールはそう言うと、手を使わずに寝そべっている男を起こす。サイコキネシスで浮かされた男は、最初は慌てたものの大丈夫ですと、ヨノワールに宥められて大人しくなる。声からしてヨノワールは雄だったが、体を弄られるのは悪くない気がした。男は、つい先程まで全く他人だったポケモンに親切にされ、自分の祖父を思い出した。両親言いつけを破り、家から追い出された時、誕生日に欲しいゲームソフトを買ってくれた時、男はいつも近くに住んでいた祖父に甘えていた。自分の親よりも、祖父との思い出の方が濃いかもしれない。あれは間違いなく良い思い出だ。他人からの愛情を受けていない男は、ヨノワールの些細な一言で歓喜余ってしまう程に疲れ果てていたのだった。
祖父との思い出のような綺麗な思い出だけが心に残ったら、どんなに幸せだろう。寧ろ、そうして悪いことがあるのだろうか。
ヨノワールは、腹にある大きな口を開く。桃色の舌が男に少しずつ近づいていく。
「では、あなたの苦痛な記憶、思い出を頂きます。ゆっくり目を閉じてください」
最早、男に抵抗する気はない。彼は、言われたままに目を閉じる。独特な舌が男の頬に触れる。一瞬寒気が走ったが、直ぐに気にならなくなる。途端に、段々と男の意識が遠退いていく。
「またいつか会いましょう」
それが、ヨノワールの最後の言葉だった。
翌朝、日が昇る前に男は目を覚ました。
服装はそのままだが、きちんと布団に入り熟睡していた。気を失った後、ヨノワールがベッドまで運んでくれたようだ。時刻を確認してみるとまだ五時半だった。しかし、やけに目覚めがいい。
昨日は、まるで夢を見ていたみたいだった。本当に、辛いことをさっぱり忘れてしまったのだろうか。
あまり実感が湧かない男だったが、直ぐに自分の変化に気がついた。
体が軽い他に、心境が変化している。胸の中に詰まっていたものが綺麗さっぱりと消えてしまったようだ。昨日だって、些細なミスの責任者としてたっぷりと怒られた。そのことは覚えている。しかし、あの瞬間に感じた苦痛というものがまるでない。そもそも何故自分は怒られたのか、まるで覚えていない。
昔のことを思い出してみる。小さな頃は外でも家でも沢山遊んだものだ。家の隣に住んでいた可愛い女の子。道ばたで怪我をしたときにおんぶをしてくれた近所のお兄さん。どれも大切な思い出だ。じっくり記憶を辿る。すると、ところどころにぽっかりと穴が開いている気がする。まるで意図的に、その部分だけごっそりと抜き取ったような、そんな感じ。
間違いない。昨夜ここにはあのヨノワールがいたのだ。そして本当に辛い思い出・記憶を食べてくれた。
辛い記憶が胸に詰まっていないことがどんなに楽か、男は身を持って知ることができた。山登りをする際に背負っていた重たい荷物を捨ててしまったみたいに、心が身軽になっている。辛いこと忘れてしまうということは、とても気分がいい。
男は、晴れやかな気持ちで着替え始めた。こんな爽快な朝は久しぶりだ。久しぶり喫茶店でも行き朝食でも食べようと思った。
「おはようございます」
「おはようございます、男さん」
男は、近所の喫茶店でモーニングを済ませ、少し早めに会社に出勤した。同僚に挨拶をしながら自分の席へと座る。同時に、同じ歳の女性社員に話しかけられた。
「昨日は大丈夫でしたか? 男さん、随分落ち込んでいましたけど」
「昨日?」
男は首を傾げた。
「そうですよ。昨日凄く上司に怒られていたじゃないですか。しかも理不尽に。私達も悪いのに狙ったように男さんだけを叱るなんて。男さん半泣きのまま帰ってしまうので、皆で心配していたんですよ」
ああ、と男生返事を返す。その記憶は、つい先日抜かれてしまったので何も覚えていない。だから気を遣われても逆に困ってしまう。同僚の女性社員は平然としている男を本気で気遣っているようだった。
男は言う。
「ああ、もうあのことは良いんです。いつまでもくじけていてはいけませんから」
「強いんですね。でも良かった、あんなの気にすることはありませんよ。今日は食事に行きませんか? 私、奢りますよ」
女性社員は、声を小さくして男の耳元で呟く。
「それは、二人きりで?」
「ええ」
男は冷静に対応するつもりだったが、思わず笑みがこぼれてしまう。普段からこの女性社員とは仲良くしているが、こんなことは初めてだった。久々に良いことが男に訪れる。男の中には苦い思い出がない分、嬉しさが直に心に来る。
「じゃあ、仕事が終わったら駅で飲みましょうか」
「そうしましょう」
さり気なく約束を交わした二人は、それぞれの持ち場で仕事を始めた。今日すべきことを早めに終わらせて早めに帰るためだった。
黙々とやるべきことを終わらせていく。男の効率はとても良くなっていた。心に引っかかることが何もないからだ。仕事は確かに楽ではないが、やり慣れた内容なので問題なくこなすことが出来る。
気分は爽やかだった。彼は改めてヨノワールに感謝した。
その時、男はある中年の男に話しかけられた。
「男君。ちょっと今外せるかな」
それは、昨日男を叱った上司だった。
「はい。問題ありませんが」
男は座ったまま上司の方へ振り向いた。上司は少し苦い顔をしている。着いてきてくれと言い残して上司はオフィスの奥へ歩いていく。男は急いで立ち上がり、後を追いかけていく。
上司が入った部屋は、使用していない会議室だった。上司は男に空いている椅子へ座るように促し、男はそれに従う。
「昨日はすまなかったね。私もつい大人気なく怒鳴りすぎてしまった。ここのところ寝不足が続いていて、つい言い過ぎてしまったよ」
上司は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。もちろん男は、そのことを覚えていない。
「大丈夫です。もう気にしていません」
上司は驚いた。男は、本心で言っていることが分かったからだ。
「そうか。許してくれて良かった。しかし、今日はやけに明るいな」
「ええ、元気を出して仕事をしないと楽しくありませんから」
男の上司は、明らかに戸惑っていた。いつもあんなに気の小さい部下が、まるで手本のようにハツラツとした様子だったからだ。昨日とはまるで別人。中身が入れ替わってしまったようだった。
上司は、戸惑いながら何かを言い出そうとしていた。そんな様子を見た男も、自分の上司の異変に気づく。
「どうかしましたか?」
男の返事に上司は更にうろたえる。言うことがあるならどうぞ遠慮しないでくださいと、男は笑顔で返す。ますます上司は踏ん切りがつかなくなる。
数分ためらった後、上司ははっきりと述べた。
「男君、冷静に聞いてくれ」
上司は辛そうに言う。
「君は、今月でクビだそうだ」
男は、言葉を失った。
「君はあのプロジェクトの責任者だっただろう。あれが失敗し多大な損失が出てしまったんだ。それで、ついに社長が怒ってね。私は今朝きちんと反対したんだ。だが、なんとしても君を解雇すると」
上司の言葉は耳に入らない。
「君からきちんと辞めると言ってくれれば、退職金等はちゃんと出すということだ。私にはどうすることもできなかった。すまない」
今度は更に深く頭を下げるが、男は何も見てもいなかった。それよりも、またもや自分の体の異変に気が付いた。
辛い。会社から去れと言われて辛くない訳がないのは分かっている。しかし、心に残る傷の深さが尋常ではないことに、男は気が付いた。
彼から辛い記憶は確かに消えた。しかしそれは、未経験になるのと変わらない。誰でも初めての経験は良い事でも悪い事でも、本人には未知の刺激。つまり心構えができないのだ。男は、実は一度解雇された経験があった。しかしその体験もなかったことにされている。昨晩、あのヨノワールによって。
今の男は負の経験に対しては、一度も叱られたことがない子どもと変わりない。クビにされるというとても辛い出来事は、直接彼の心に突き刺さった。何も耐性がない男にとって、この痛みは計り知れない。
精神的な痛みは、とうとう男の体にまで異変を起こす。頭痛、吐き気、めまい、そして動悸が激しくなる。彼は胸を押さえて椅子から落ちた。側にいた上司が駆け寄り、大丈夫かと呼びかけるが返事を返すことができない。慌てた上司は、直ぐに会議室から飛び出して助けを求めた。
朦朧とする意識の中で、男はヨノワールにして貰ったことを後悔した。
同時刻、別の場所にヨノワールはいた。
大理石の床に磨かれた壁、天井からはシャンデリアが釣られている豪勢な部屋。大きな窓の側には、柔らかくて立派な部屋に座る中年の男性がいる。歳は四十を過ぎているにも関わらず体は引き締まっていて、腹に多少脂肪があるが全身に筋肉がついている。髪はワックスで固められ髭も剃られている。歳相応の、格好良い中年のおじさん。
その直ぐ側に、あのヨノワールはいた。
「どうだ。あれは持ってきたか?」
「はい。今回は、とても極上の夢を持って参りました」
「では早速夢を頂こうかな。金は、そこの机のテーブルに置いてある分で足りる筈だ」
「いつもありがとうございます」
ヨノワールは金が積まれた机に向かい、中年男の前で札束を数え始めた。時間をかけてじっくりと。そして確認を終えると、ヨノワールは頷く。
「確かに、指定した金額が置いてあります」
「なら良いだろう。今日はどんな夢だね」
「環境が悪い企業で、働き疲れ果てた青年の思い出です。これは、私が口にした夢の中ではかなりきつい
ものだと思います」
「それは楽しみだ。さあ早くその夢をくれ」
急かす男性に従って、ヨノワールはかしこまりましたと返事を返して行動を起こす。腹の口を開け自分の手を口に入れ、何かを取り出した。それは、不可思議な物体だった。手でつかめる程の球体で色は紫色、ヨノワールの手の中にあるその瞬間も、球体の中心ではドロドロと渦を巻いている。球体は、音も出さずに存在感を醸し出していた。
「数十年分の、辛い思い出です」
男性は身動きせずじっと座っている。ヨノワールは男性に近づき、球体の一部を米粒程の大きさに引きちぎる。それを慎重に男性の口の中へ入れた。
暫くの沈黙、すると男性が痙攣を始める。目を見開き口を大きく開けて全身を震わせる。喉からは嗚咽が漏れ、空中に手を差し出し何かを掴む動作をした後、直ぐに頭を抱えて悶えだす。数十秒その症状は続き、やがて男性は正常な状態に戻る。
肩で息をして激しい運動をしたように呼吸が荒いが、その表情には至福の気持ちが混じっていた。
「素晴らしい」
男性は、それだけ呟くと水を口に含んだ。そしてもう一度だとヨノワールに促す。ヨノワールは先程と同じ量をまた男性の口に含ませる。そして悶える。ただその繰り返し。
夢の球体が三分の一に減るまでそれは続けられた。もう今日は止めましょうというヨノワールの制止に男性は素直に従った。全身汗だらけで、ヨノワールに差し出されたおしぼりで顔を拭く。
「最高の時間だったよ。お前の主人は良い仕事をする」
「ありがとうございます」
ヨノワールは、深くお辞儀をした。
「これでまた記憶が入っていくのか。少しずつしか入れることができないのが残念だが」
「仕方ありません。これには何年分もの辛い思い出が詰まっています。一瞬でそれ程の負を取り込んだら、あなたはショック死してしまいますよ」
「分かっている。しかし人間というのは不便なものだな」
男性は、葉巻をふかす。
「私は産まれながらにして金はあった。将来は約束されていたし、同じ地位の友人も裕福でない友人もいる。しかし、辛い目に遭って来たことはなかった。高度な勉強も嫌いではなかったし、親戚と立場争いをしている訳でもない。友人にも恋人にも恵まれていたし、両親もまだ元気だ。だから辛い経験を少しでもしておかなければならない。世界有数の社長になったのだから、もっと失敗や苦悩を学んでおきたいんだ」
「分かっております。だから私の主人は、こうして私に苦い思い出を集めさせているのです。普段我々は、幸せな夢を売るのが商売です。しかしあなたは特別なお客様ですから、こうして少々危険なことをしているのですよ」
「分かっている。もう私も歳だし、忙しくて自分の時間があまりないからな。座ったままさま様な体験ができるなら、これくらいどうってことない金だ。寧ろ安いくらいだ」
「この続きは明日の同じ時刻で宜しいでしょうか?」
「ああそうしよう。今日はありがとう。いつも済まないね」
「いえ、これが私の仕事ですから」
そう言い残し、ヨノワールはケースに入れられた札束を持ち、いつも通りに姿を消した。
――――――――――
いつも見てくれてありがとうございます。再び作品を置かせて貰います。
自分の人生思い返してみれば、辛い思い出の方が圧倒的に多く感じてしまいます。
フミん
【批評していいのよ】
【描いてもいいのよ】
 今年もこの町で一番大きく古い桜の花が咲く。
 僕はそれを見上げながら何故か物足りなさを感じた。毎年この時期には見ているはずなのに、僕はどうしてだかそんなことを思った。けれど今日はそうもしていられない。いくら慣れないからといって高校初日に遅刻するのは良くない。大事な大事な第一印象が台無しになってしまう。
 僕は何時の間にか地面に置いてしまっていた真新しいスクールバッグを肩に掛け直すと、足早に学校へと向かい始める。
 物足りなさは消えなかった。
 通学路の途中でふと目に付いた、一本の電信柱に手向けられた小さな花束で思い出したことがある。この辺りは昔から自動車と歩行者の接触事故がとても多く、僕は小学一年生のときから親やPTAのおじさんやおばさんに注意され続けていた。花束が置いてあるということはまた事故があったのだろう。もしかしたら事故にあったのは人間じゃなくニャースやニャルマーなどの小さなポケモンかもしれない。
――この辺りは事故が多いでしょ。その死体はあの一番大っきい桜の下に埋められてるんだ。だからあんなに大っきくなったんだよ。
 昔、といっても僕がまだ幼い頃だがそんなことを言ってる奴がいた気がする。人の話をそのまま鵜呑みにしてしまうあの頃の僕は、その話を親や友達に一生懸命話していた。そして思い出すたび体を震わせ夜トイレにも行けなくなった。今思えば全く可愛らしいことこの上ない。
 物思いにふけっていたら足が電信柱の前で止まっていた。慌てて腕時計を確認し走る。
 まだ、足りない。
 初日の学校ほどめんどくさく嫌になる。けれどここで悪い印象をもたれてしまうと、後々さらにめんどうだ。誰かに話しかけるのも億劫だと思った僕は、人見知りキャラを演じて前の席の奴が話しかけてくるのを待った。これでそいつも人見知りだったら残念だが、運良く「お前どこ中? ポケモン何?」と勢いよくきたので無難に会話ができた。
 LHRの時間は早口の担任がマシンガンの如くずっと喋っていたので、窓側の席なのをいいことに、ずっと外を向いて思考していた。そうして思い出したことがある。窪田結衣という同級生だ。彼女は僕の幼馴染で、幼稚園からずっと互いの家を行ったり来たりして遊んだ仲だった。彼女は凄く生き物想いで、勉強がよくできた、まるで優等生の一例の様な少女だったが、彼女の生き物想いは尋常ではなかった。本当生き物想いなのだ、人間を除く、ほぼ全ての生き物の。弱いポケモンを虐める輩がいれば、それが年上であろうが一人で立ち向かい、植物を抜いたり折ったりした奴には植物に向かって謝らせたり。それだけでも十分変人なのに、彼女は死んだ生き物ーーつまり死骸までもを大切にした。あの事故の多い電信柱の前を通ったとき、車に轢かれた可哀想なポケモンの死骸を見つけると、彼女は駆け出して僕に埋めてあげようと言いだす始末である。ともかく、彼女ーー窪田結衣はそんな少女であったわけだ。だが窪田結衣はとある事件を引き起こし、小学五年生のときに転校してしまった。それ以来彼女に会ったことは無いし、何の噂も聞かなかった。
――ゆう君。生き物はね、生きてる間は目一杯輝いているんだよ。
 そんなことを彼女はいつも言っていた気がする。
 学校が終わった。さよならの挨拶の後にクラスの何人かにメアドを教えてとせがまれたが、携帯を忘れたと言ってまた後日にしてもらった。なんとなく今朝からもやもやしていたし、あの桜の元へと行きたかったからである。それに窪田結衣。彼女との思い出の場所でもあった。
 一人で下校しながら僕はまた回想する。彼女は何故転校したのか。今まで恐怖で思い返せなかったあの日のことを。マメパトがぱたぱたと飛び去った。
 あの日は夏休みの真っ最中で、太陽が地面を焦がすんじゃないかなんて彼女と話したりしていて。ごく普通の、毎日の直線上にあったはずで。僕ら二人で、あの桜の近くで喋っていた。彼女は親のポケモンだったかデスカーンを連れていた。当時自分のポケモンを持っていなかった僕としては、とても羨ましいものだったので、デスカーンの何本かある黒い長い手を、握ったり握手したりして触っていた。あの不思議な感触は今でもしっかりと手の内に残っている。
 この頃、あの桜の木が寿命だか病気だかで枯れそうになっていると近所でニュースになっていた。彼女はあの桜が大好きだった。しかしその大好きとは、小さい子がピカチュウ大好きと言って抱きつくような純粋さではなかった。逸脱した彼女の生き物想いがそうさせていたのか、もしくはあの桜に魅せられたのかはわからないが、ともかく大好きだった。だからニュースを聞いたとき、彼女は言ったのだ。
――あの桜の木を元気にさせよう!
と。
 その時点ではまだ彼女の思惑は読めなかったので、僕は快く受け入れた。そのときの彼女の表情は今までに見たことが無いくらい恍惚としていたのは忘れられない。ただ、表情に見とれていたせいか、その次に言った彼女の言葉を聞き逃してしまった。ごめん、もう一回言って。けれど彼女は繰り返すことなく、笑顔で無言のまま僕を見つめていた。わけがわからずつっ立っていたその瞬間、後頭部に強い衝撃が走った。衝撃は激痛へと変わり、あまりの痛さに叫ぼうとしたが、いつか触れた不思議な感触に口を塞がれ呼吸を妨害する。何が起こってるのかわからない僕はパニック状態に陥り、口を塞ぐデスカーンの手を剥がそうと藻掻く。が、所詮小学五年生の力ではポケモンに敵うはずなく押さえつけられそのまま
――ゆう君のお陰で桜が元気になるよ! ゆう君ありがとう! 大好きだよ。
 何時の間に掘ったのか。桜の木の根元に人がちょうど一人入るくらいのサイズの穴があり、デスカーンはそこへ僕を放った。背中に落ちた衝撃が走り、肺から息が多量に出た。そこへ土が降ってくる。今思えばそこまで深い穴ではなかったから出ようと思えば出れたはずだが、このときばかりはそんな冷静に考える暇もなく、ただ出来たことは一つ。彼女の笑顔を見守ることだけだった。
 あの後気を失った僕は病院で目を覚ます。ここから先は聞いた話だが、たまたま近くを通りがかった知らないおばさんが僕が埋められる瞬間を見ていたらしく、彼女の行動を途中でやめさせた上、110番してくれたようだった。僕が一応、少しの間入院することになった間に彼女の一家は何処かへ引っ越してしまったらしい。入院中僕が尋ねても誰もが話題をそらしてしまい教えてくれなかった。
 今年もあの桜は元気に咲いている。あの事件(果たして事件と言うのだろうか?)の後、自治体の皆さんが頑張って桜を元気にさせたらしく、その翌年にはけろっとした調子で花を咲かせていた。
 けれど人ががんばっただけで植物が簡単に元気になるものだろか? そこで窪田結衣のことを思い出し、ずっと感じていた物足りなさが何か気付いた。
「……あった。これだ」
 僕は桜の根元に近づき、幹を削って書かれた下向きの矢印を見つけた。僕が入院中に看護婦さんから一度だけ、彼女から渡して欲しいと言われたらしいメモを受け取ったことがある。そのときの内容が、桜の幹に下向きの矢印を書いたから、桜が満開になったらその下を掘ってと書かれていた。今まで忘れていたが、僕は指示通りに矢印の下の地面を手で掘り始める。制服や手が汚れるなんて気にしなかった。ただなんとなく埋まっているものの想像がついたので、尚更掘り起こしてやらないといけないなという使命感が手を動かしていた。
 やがて指先が何かにあたる。僕はその辺りを丁寧に掘り始めると、埋まっていたそれの一部をよく確認し、冷静に警察へ電話する。
「あの、警察ですか? すみません。桜の木の下に――」
 通話を終え携帯をしまう。僕は改めて埋まっていたそれ――窪田結衣の手の骨を見て言う。
「今年も桜はきれいだよ」
――――――――――――――――――――――――
スポーツテストで持久走とシャトルランがないと聞いて嬉しすぎた勢いで書いた。
久々に書いたからなんか不思議な気分です。
受験終わったときから溜めてるネタはまだ書き終えていないのですが。
あと機会音痴で、iPhoneから投稿したもので、段落の一マスが空いてない……。そのうちパソコンで直しますごめんなさい。
あと、久方さんネタ被らせてすみません私も死体埋まってるネタ好きなんです
        【何してもいいのよ】
> レアコイルと桜の組み合わせとは、意外でした。
 思わぬ組み合わせがうまれるのがポケモン小説の楽しいところです。そんな言い訳をひとつ(
> 周りの温度が二度上がるの、知りませんでした。そこで桜前線とか、素敵だなあ。
 初めてプレイしたピカチュウ版の図鑑、いろいろ記憶に残っています。コンパンの目からビームやら重さ20キロを放り投げるイシツブテ合戦やら…。ネタが尽きませんなぁ。
> それでは、短い感想ですが失礼します。
 感想ありがとうございました!
> 色々埋まりすぎてて怖い。
桜って成長が早いのでエネルギーをより必要とするとか何とか昔聞いたことがあります。
毎年一体どれだけ犠牲が出ているというのだろうか……フヒヒ
> 即興……だと……。
着想→投稿まで大体1時間くらいでした。
 
> 【その位置からダグトリオの下半身が見えるはずだ! さあどうなっている!?】
明かりがないから見えなかったようだ! 残念!
感想ありがとうございました!
お待たせしました。
 「マサラのポケモン図書館、ポケモンストーリーコンテスト・ベスト」通販受付始めました。
GW明け一斉発送となる予定です。
通販サイト
http://www.chalema.com/book/pijyon/
ベストついでにNo.017個人誌も購入出来ます。
よろしくお願い致します〜
ドッ
ドッ
ドッ
ドッ
冷たいコンクリの床に寝そべっていると、耳を貫くような底から湧き上がってくる音で目が覚めた。俺は体に合わない小さな耳をピクリと動かす。エンジンの調子はいいようだ。そして、主人の機嫌もいいようだ。
「……よっし!異常なし!あとは着替えてヘルメットとゴーグルつけて」
主人は女だ。だが性格は男だ。普通、女が相棒と一緒に乗れるくらいのサイズのバイクを購入したりしないだろう。横に俺専用のカーをつけて。ちなみに色は青と黒。寒色系のコラボレーション。
暖色系の体を持つ俺が乗ると、何処へ行っても目立つ。
「はい、アンタもこれつけて!ヘルメットとゴーグル!まだこの季節は風が冷たいし、変な物目に入ったら困るから」
主人は既にレザージャケットに着替えていた。元々豊かな胸が、黒い服のせいでウエストが縮まってるように見えて更に強調されている。これで髪ゴムを外してそのままにすれば、どこぞのモデルのようになるだろう。
もちろん言わないが。
俺は言われた通りヘルメットを被りゴーグルをつけた。暗い赤の世界が無限に広がる。そのまま専用のカーに乗り込む。主人も隣のバイク本体に跨り、再びキーをまわした。
心臓の鼓動。
エンジン音。
全てが混ざり合い、耳に入っては通り抜けていく。
「さあ、目指すはサザナミタウンよ!Lets go!」
(果てしなく遠い ゴールを探しながら 高速で転がる 直上型のBIG MACHINE)
――――――――――
この一人と一匹はユエとバクフーンです。似合うかなーと思って。
【何をしてもいいのよ】
色々埋まりすぎてて怖い。
> 俺の目と鼻の先で、ダグトリオが地盤を掘り返している。
> そういえば彼女も、ダグトリオじゃないけどモグラのポケモンを持っていたっけ。
> それを知ったのは、彼女と別れた直前のことだったけど。
最後二行でここらへんの意味が分かるのがすごい。すげー怖い。
雑多な感想ですが、失礼します。
即興……だと……。
【その位置からダグトリオの下半身が見えるはずだ! さあどうなっている!?】
レアコイルと桜の組み合わせとは、意外でした。
周りの温度が二度上がるの、知りませんでした。そこで桜前線とか、素敵だなあ。
ピッカピカに磨かれたボディに映る桜も、いいなあ……。
あと「期間限定のトレーナー」という言葉も好きです。毎年同じような時期にやってきて、その人が去ってふと気付くと桜が咲いている、みたいな。そんな風流めいた言葉に似合わず、道中のトレーナーを銀行がわりにしているのはポケモンらしいといいますか。
それでは、短い感想ですが失礼します。
前書き:カップリングです。http://masapoke.sakura.ne.jp/lesson2/wforum.cgi?no=2393&reno= ..... de=msgviewのその後です。
 ダイゴがソファに座った。ハルカも何も言わず隣に座る。その距離は今まででは考えられないくらいに近い。拒否されるかもしれない。恐る恐るハルカはダイゴの手に触れる。
「もっとこっちにきなよ」
 体をまるごと抱き上げられ、ダイゴの膝の上に座る。後ろから抱きしめるダイゴにハルカは身を任せる。
「君を拒否なんてしないよ。だからもっとおいで」
 ダイゴの甘い声がハルカの耳元で響く。彼女の体を痺れさせるには十分だった。
「ダイゴさん」
「ん?」
「好きでいたいです」
「僕もハルカちゃんを好きでいたいな」
 惜しげもない愛の言葉がハルカに降りかかる。なぜこの人はこんなに怖がることなく愛を告げることが出来るのか。ハルカはいつもそれが不思議だった。
 ハルカはいつも怖い。大好きなダイゴから嫌われることが。否定されることも 、拒否されることも。だから怖くて好意を表に出せなかった。ダイゴはそれすらも見抜き、ハルカを待っていた。
 大人になれば解るのかな。ハルカは振り向き、ダイゴの目を見る。キスしてしまおうか。ハルカにふとそんな考えが浮かぶ。けど、もし拒否されたら。その考えがハルカを止めた。
「ねぇハルカちゃん」
「なんですか?」
「僕は今すぐ君を押し倒して犯したいと思っている」
「な、なにをっ」
「それくらい、ハルカちゃんが好き。これくらい言わないと」
 ダイゴに引き寄せられ、ハルカは彼の胸に押し付けられる。
「臆病な君は僕に抱きついてくれないし、キスしてくれないだろう?」
 何でも見通しているような目。ハルカは顔をあげてダイゴを見る。
「ダイゴさん、なんで何でも知ってるみたいに言うんですか!?」
「単純さ」
 ダイゴが少しだけ笑う。
「君が大切にしてるポケモンを見る目と、僕を見る目、同じようで違うよ。ポケモンたちは思いやりがあるのに、僕を見る時は好きでたまらないと言いたげだ」
 ダイゴに唇を塞がれ、抱きしめられては逃げ場ばない。どこにも逃げられない。
 怖がってダイゴからのサインを見ないフリをしていた。それは違う、本当は私など見てないと。もっと早くダイゴに伝えていれば、こんな時間がたくさんあったのか。唇を重ねながら、ハルカは思う。
「とろけそう」
 唇を離し、ダイゴに抱きついた。
「そうだねハルカちゃん」
 ダイゴの声が少し震えている。
「もっと君が大きくなって、僕と同じくらいの立場になったら、たくさん教えてあげる。キスより気持ちいいこと、いっぱい」
 ダイゴに抱かれるだけで胸がいっぱいになってしまうのに。ハルカはその先なんて想像つかなかった。
「だから今はポケモンのことを教えてあげるよ。大きくなってから知らないことがないように」
 
 仕事だから会えないという旨のメールをもらったのはついさっき。こんなのはいつものこと。
「ハルカ!今日は暇?遊ぼうよ」
 友達からの誘いにハルカは乗る。いつもの仲良しグループは、近くのファミレスに入る。
「えっ……」
 ハルカは友達の話を聞いて、言葉が出なかった。
「何いってんの?付き合ったらセックスなんて当たり前じゃん」
 友達には付き合って3ヶ月の彼氏がいる。けれど赤裸々にそんな話をされるとは思わなかった。
「むしろハルカの彼氏ってさぁ、もう2ヶ月じゃん?セックスないとか有り得ないよねぇ」
 全くないわけではない。忘れるわけがない。付き合ったあの日、ダイゴに脱がされ、寸前の行為までしたこと。
 あれ以来、そういうことは全くないし、ダイゴの方からもアプローチはない。
「え、ないわけじゃないんだけど…」
「てかハルカはもっとアピールしなきゃ!やったもん勝ちだよ」
 そういうものかな。ハルカはそう思っていた。
 ダイゴの家でポケモンの訓練をした後に、夕食をごちそうになる。
「今日はポトフとビーフストロガノフだよ」
「なんですかそれ?」
「まぁ食べてみなよ。ハルカちゃんに食べてもらいたくて覚えたんだ」
 嘘か本当かは解らない。ダイゴは台所からテーブルに料理を運ぶ。それを手伝うハルカ。ダイゴの姿を見て友達の言葉が浮かぶ。
 確かにダイゴは大きくなったら教えてあげると言った。けどそれはハルカとしたくない口実なのではないか。ダイゴから聞いた話ではないのに、ハルカは一人で悩んでしまっていた。
「どうしたんだい?」
 ハルカの変化に気づいたのか、ダイゴが心配そうに尋ねる。
「いえ……あの…ダイゴさん…」
「どうしたの?何でも聞くよ」
「私と…セックス…したくないんですか?」
「一体どこからそんな発言でて来るの?」
「だって友達が…付き合ったらセックスするんだって…したもの勝ちだって言うから…」
「ハルカちゃん。そういうのは貞操観念って言うんだけどそんなの人それぞれ。その友達がどう思っても、ハルカちゃんとは違うんだよ」
「でも…それにダイゴさん答えてください」
「何度言わせたら気が済むのかな君は」
 少しイラついたような言葉。ダイゴは怒ってるように見えた。
「ハルカちゃんは僕のこと信じられないの?僕は君の先生で彼氏だよ」
「だってよく考えたら、ダイゴさんは年上で、こんなにかっこいいのに、私なんかを相手にするなんて…」
 どんどん出てくるハルカ自身の欠点。ダイゴはため息をつくと、泣いてる彼女を抱き上げる。お姫様抱っこされて、ハルカも思わずダイゴを見た。
「ハルカちゃんはまず、自分に自信を持って。君みたいに真っ直ぐでかわいい子はあんまりいないよ。それに美人だからって僕が付き合うわけじゃない。ハルカちゃんだから付き合うんだ」
 食卓につかせる。そしてハルカの頭をなでた。
「泣いてたらおいしくないよ」
 こんなに優しくしてくれるダイゴに対し、自分はなぜこんなにダイゴを困らせるようなことしか言えないのか。
 ハルカは泣きながらもスプーンを握る。そして一口、また一口。ダイゴが作ってくれた料理だ。残すわけにはいかない。
 それから数日後のこと。午後からダイゴとミナモデパートに買い物しにいく約束だ。
「ハルカ…」
 家の前で友達に会う。とても暗い顔をして。
「どうしたの?」
「ハルカ、どうしよう!私、私…」
「解らないよ、落ち着いて。ね」
「あ、あのね。私、妊娠しちゃったの…」
 突然のことにハルカはかける言葉が見つからない。
「妊娠…?どういうこと?親にはいったの?彼には?」
「突然、連絡とれなくなって…親には言えない…どうしたらいいか解らないの…」
 泣き出した友達を放置するわけには行かず、ハルカはダイゴに詫びのメールを入れて、とりあえず自宅から離れた公園へ行く。
「もう3ヶ月なの」
「それって確か…」
「会ってからずっとやってた。お金ないし、外に出すから大丈夫だって…」
 ハルカはめまいがした。友達だって一緒の授業で教わったはずなのに。
「どうしよう。親にいったら怒られる…」
「でも言わないとどうしたらいいか私も解らないよ」
 ダイゴからのメールが来る。友達とカナズミシティにおいで、と。会社の方に誘うなんて珍しい。ハルカは言われるまま、カナズミシティに行く。
 ポケモンセンター前でダイゴに会う。ハルカに安心感が生まれ、友達の前というのに駆け寄る。
「ダイゴさん!」
「どうしたんだい?僕でよければ話を聞こう」
 友達はダイゴに必死で状況を話す。それを端からみていたハルカは一つの感情を覚える。
 嫉妬だ。ダイゴは自分だけのものだと思っていた。それなのに…
「解った。僕の知り合いの医者を紹介しよう。そこで解決した方が良さそうだ」
 ダイゴは友達の肩に軽く手をまわし、ハルカには声をかけただけ。
「やっぱり、私なんかじゃ…」
 ハルカは二人についていく。ただ黙って。
 ダイゴは病院まで送り届け、医者に状態を説明すると、すぐにハルカの手を引いて出ていく。
「ダイゴさん、いたっ!」
「ああ、ごめんね」
 ダイゴが力を緩める。歩き方も何だか怒っていたようだし、何かがおかしい。
「ハルカちゃん。君の友達のことを悪く言うのは申し訳ないけど、あれはないよ」
「え、何がですか?」
「あんな子にセックスする権利なんてない。セックスって確かに気持ちいいけど、それは子供を作る行為だってこと忘れて、しかも彼氏も嘘ついてそこまでしたいかな」
「え…」
「まぁ産むにしても下ろすにしても、あの子は一生消せない事実を作ってしまった。普通の結婚や普通の生活は望めないだろうな」
 ハルカの胸に、ダイゴの言葉が突き刺さる。
 ハルカがダイゴにねだった行為の結果が、今日の友達だ。もし、あそこでねだっていたら、今日泣いていたのは…
「ハルカちゃんは、セックスが怖い?」
 いきなりダイゴに振られて、まとまらない考えは口に出ることはなかった。
「セックスしたら、あんな未来が待ってるかもしれない。大人ならまだいい。けど君は責任とれる年齢でもない」
「確かに、怖くなりました…」
「そうか」
 ダイゴは立ち止まる。
「けど僕は君を押し倒して犯したい」
「えっ…あ、あの…ダイゴさん?」
「僕はどちらも望んでる」
「どういう、ことですか?」
「もう少しハルカちゃんが大きくなったら、ちゃんと解説してあげる」
 なんだか掴みどころのないダイゴが、今日はとても真面目に見えた。いままでよりもずっと頼もしく。
「ダイゴさん」
「どうしたの?」
「本当のこと言うと、さっきまで友達と仲良く話すダイゴさんが嫌でした。ダイゴさんは私だけのものだって思い上がってました」
「それで?」
「ダイゴさんは私のものじゃないのに…」
「ハルカちゃんは僕のことが好きだからそう思ったんだろう?僕は素直に嬉しいよ。けどね、他人は誰のものでもない。そこも気づいたのは、ハルカちゃんの心が大人になっていってる証拠だね」
 ダイゴが歩みを止める。
「もうお昼かなり過ぎたね。何食べようか?」
「え、あ…オムライス!」
「じゃあそうしよう。」
 カナズミシティのビジネス街のレストラン。時間もずれて、サラリーマンはほとんどいない。
「ねぇハルカちゃん」
「なんですか?」
「ちょっと伏せて」
 言われるままにハルカは頭を下げる。そして振り向くと、ガラス越しに、見つかったと逃げていく人間。
「ハイエナみたいなやつだ」
「また、ですか?」
 有名企業のトップから出たチャンピオン。その私生活を面白おかしく暴こうとする人間に、ダイゴは目で威嚇する。
「ああ。やつらにとって、君と付き合ってることも恰好のネタだからね」
 水に口をつけ、ダイゴは一息はく。
「大丈夫。何があっても君のことは守る。僕はさらし者になっても、君のプライベートは関係ないからね」
 ハルカにとって、怖いのはプライベートを全国に売られることではない。目の前のダイゴから拒絶されることが一番怖いのだ。
 解って欲しい。ハルカはそう思ってメニューを渡した。
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お前が言うなと思った人は正しいよ(
ポケモントレーナーとして生命倫理は必ず持つべきものだと思うんだ。
特に頂点に立つ人の倫理観が書きたかった。
だって自分の他に生き物の責任を追う職業だから、必要だとは思うんだよね。
【好きにしてください】
 北へ向かう。歩きで、電車で、船で、ときには鳥ポケモンの背に乗って。ホウエンからジョウト、カントーを経てシンオウへ至る。出発は風もすこし冷たい3月の末、シンオウにたどりつく頃には5月の始めになっている。
 私が北へ向かう理由はないが、どうも私の連れには理由があるらしい。浮遊する生命体は焦ることなく、しかし北へ向かいたがる。道中、銀行代わりに……もとい経験のためにトレーナーとのバトルにいそしみ、宿屋代わりにポケセンに押しかけ宿泊する。期間限定のトレーナーとでもいうのだろうか。
 私と彼が通りすぎた頃、あたりの寒さが緩む。濃紅色の桜のつぼみが色を薄め、ほろんほろんと咲いていく。桜前線の先駆をしているような気分になってくるのだ。
 まるで桜の先駆けのようだ。ただ、彼に似合わないのが非常に惜しい。
 お世話になるカーネル氏の言葉は、いつぞやそう言って賞金をはずんでくれた。チェリムやワタッコのような草タイプが先駆けならいざ知らず、彼はでんき・はがねタイプですよ。そう私は返し、灯台から降りる。
 灯台に守られるようにある若い桜の枝に最初の一輪が花開き、淡い紅色を鋼のボディに写す彼を見て、私はカーネル氏の言を否定したくなる。
 
 彼は確かに桜の先駆けだ。
 レアコイルであることが、なんの失点になろうか。
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 レアコイルの半径1キロで気温が2度あがるそうではありませんか。
 なら、レアコイルが北上すれば桜前線北上するんじゃないのかと思った結果が行き倒れ満載なこれでした。
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