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今年もこの町で一番大きく古い桜の花が咲く。
僕はそれを見上げながら何故か物足りなさを感じた。毎年この時期には見ているはずなのに、僕はどうしてだかそんなことを思った。けれど今日はそうもしていられない。いくら慣れないからといって高校初日に遅刻するのは良くない。大事な大事な第一印象が台無しになってしまう。
僕は何時の間にか地面に置いてしまっていた真新しいスクールバッグを肩に掛け直すと、足早に学校へと向かい始める。
物足りなさは消えなかった。
通学路の途中でふと目に付いた、一本の電信柱に手向けられた小さな花束で思い出したことがある。この辺りは昔から自動車と歩行者の接触事故がとても多く、僕は小学一年生のときから親やPTAのおじさんやおばさんに注意され続けていた。花束が置いてあるということはまた事故があったのだろう。もしかしたら事故にあったのは人間じゃなくニャースやニャルマーなどの小さなポケモンかもしれない。
――この辺りは事故が多いでしょ。その死体はあの一番大っきい桜の下に埋められてるんだ。だからあんなに大っきくなったんだよ。
昔、といっても僕がまだ幼い頃だがそんなことを言ってる奴がいた気がする。人の話をそのまま鵜呑みにしてしまうあの頃の僕は、その話を親や友達に一生懸命話していた。そして思い出すたび体を震わせ夜トイレにも行けなくなった。今思えば全く可愛らしいことこの上ない。
物思いにふけっていたら足が電信柱の前で止まっていた。慌てて腕時計を確認し走る。
まだ、足りない。
初日の学校ほどめんどくさく嫌になる。けれどここで悪い印象をもたれてしまうと、後々さらにめんどうだ。誰かに話しかけるのも億劫だと思った僕は、人見知りキャラを演じて前の席の奴が話しかけてくるのを待った。これでそいつも人見知りだったら残念だが、運良く「お前どこ中? ポケモン何?」と勢いよくきたので無難に会話ができた。
LHRの時間は早口の担任がマシンガンの如くずっと喋っていたので、窓側の席なのをいいことに、ずっと外を向いて思考していた。そうして思い出したことがある。窪田結衣という同級生だ。彼女は僕の幼馴染で、幼稚園からずっと互いの家を行ったり来たりして遊んだ仲だった。彼女は凄く生き物想いで、勉強がよくできた、まるで優等生の一例の様な少女だったが、彼女の生き物想いは尋常ではなかった。本当生き物想いなのだ、人間を除く、ほぼ全ての生き物の。弱いポケモンを虐める輩がいれば、それが年上であろうが一人で立ち向かい、植物を抜いたり折ったりした奴には植物に向かって謝らせたり。それだけでも十分変人なのに、彼女は死んだ生き物ーーつまり死骸までもを大切にした。あの事故の多い電信柱の前を通ったとき、車に轢かれた可哀想なポケモンの死骸を見つけると、彼女は駆け出して僕に埋めてあげようと言いだす始末である。ともかく、彼女ーー窪田結衣はそんな少女であったわけだ。だが窪田結衣はとある事件を引き起こし、小学五年生のときに転校してしまった。それ以来彼女に会ったことは無いし、何の噂も聞かなかった。
――ゆう君。生き物はね、生きてる間は目一杯輝いているんだよ。
そんなことを彼女はいつも言っていた気がする。
学校が終わった。さよならの挨拶の後にクラスの何人かにメアドを教えてとせがまれたが、携帯を忘れたと言ってまた後日にしてもらった。なんとなく今朝からもやもやしていたし、あの桜の元へと行きたかったからである。それに窪田結衣。彼女との思い出の場所でもあった。
一人で下校しながら僕はまた回想する。彼女は何故転校したのか。今まで恐怖で思い返せなかったあの日のことを。マメパトがぱたぱたと飛び去った。
あの日は夏休みの真っ最中で、太陽が地面を焦がすんじゃないかなんて彼女と話したりしていて。ごく普通の、毎日の直線上にあったはずで。僕ら二人で、あの桜の近くで喋っていた。彼女は親のポケモンだったかデスカーンを連れていた。当時自分のポケモンを持っていなかった僕としては、とても羨ましいものだったので、デスカーンの何本かある黒い長い手を、握ったり握手したりして触っていた。あの不思議な感触は今でもしっかりと手の内に残っている。
この頃、あの桜の木が寿命だか病気だかで枯れそうになっていると近所でニュースになっていた。彼女はあの桜が大好きだった。しかしその大好きとは、小さい子がピカチュウ大好きと言って抱きつくような純粋さではなかった。逸脱した彼女の生き物想いがそうさせていたのか、もしくはあの桜に魅せられたのかはわからないが、ともかく大好きだった。だからニュースを聞いたとき、彼女は言ったのだ。
――あの桜の木を元気にさせよう!
と。
その時点ではまだ彼女の思惑は読めなかったので、僕は快く受け入れた。そのときの彼女の表情は今までに見たことが無いくらい恍惚としていたのは忘れられない。ただ、表情に見とれていたせいか、その次に言った彼女の言葉を聞き逃してしまった。ごめん、もう一回言って。けれど彼女は繰り返すことなく、笑顔で無言のまま僕を見つめていた。わけがわからずつっ立っていたその瞬間、後頭部に強い衝撃が走った。衝撃は激痛へと変わり、あまりの痛さに叫ぼうとしたが、いつか触れた不思議な感触に口を塞がれ呼吸を妨害する。何が起こってるのかわからない僕はパニック状態に陥り、口を塞ぐデスカーンの手を剥がそうと藻掻く。が、所詮小学五年生の力ではポケモンに敵うはずなく押さえつけられそのまま
――ゆう君のお陰で桜が元気になるよ! ゆう君ありがとう! 大好きだよ。
何時の間に掘ったのか。桜の木の根元に人がちょうど一人入るくらいのサイズの穴があり、デスカーンはそこへ僕を放った。背中に落ちた衝撃が走り、肺から息が多量に出た。そこへ土が降ってくる。今思えばそこまで深い穴ではなかったから出ようと思えば出れたはずだが、このときばかりはそんな冷静に考える暇もなく、ただ出来たことは一つ。彼女の笑顔を見守ることだけだった。
あの後気を失った僕は病院で目を覚ます。ここから先は聞いた話だが、たまたま近くを通りがかった知らないおばさんが僕が埋められる瞬間を見ていたらしく、彼女の行動を途中でやめさせた上、110番してくれたようだった。僕が一応、少しの間入院することになった間に彼女の一家は何処かへ引っ越してしまったらしい。入院中僕が尋ねても誰もが話題をそらしてしまい教えてくれなかった。
今年もあの桜は元気に咲いている。あの事件(果たして事件と言うのだろうか?)の後、自治体の皆さんが頑張って桜を元気にさせたらしく、その翌年にはけろっとした調子で花を咲かせていた。
けれど人ががんばっただけで植物が簡単に元気になるものだろか? そこで窪田結衣のことを思い出し、ずっと感じていた物足りなさが何か気付いた。
「……あった。これだ」
僕は桜の根元に近づき、幹を削って書かれた下向きの矢印を見つけた。僕が入院中に看護婦さんから一度だけ、彼女から渡して欲しいと言われたらしいメモを受け取ったことがある。そのときの内容が、桜の幹に下向きの矢印を書いたから、桜が満開になったらその下を掘ってと書かれていた。今まで忘れていたが、僕は指示通りに矢印の下の地面を手で掘り始める。制服や手が汚れるなんて気にしなかった。ただなんとなく埋まっているものの想像がついたので、尚更掘り起こしてやらないといけないなという使命感が手を動かしていた。
やがて指先が何かにあたる。僕はその辺りを丁寧に掘り始めると、埋まっていたそれの一部をよく確認し、冷静に警察へ電話する。
「あの、警察ですか? すみません。桜の木の下に――」
通話を終え携帯をしまう。僕は改めて埋まっていたそれ――窪田結衣の手の骨を見て言う。
「今年も桜はきれいだよ」
――――――――――――――――――――――――
スポーツテストで持久走とシャトルランがないと聞いて嬉しすぎた勢いで書いた。
久々に書いたからなんか不思議な気分です。
受験終わったときから溜めてるネタはまだ書き終えていないのですが。
あと機会音痴で、iPhoneから投稿したもので、段落の一マスが空いてない……。そのうちパソコンで直しますごめんなさい。
あと、久方さんネタ被らせてすみません私も死体埋まってるネタ好きなんです
【何してもいいのよ】
> レアコイルと桜の組み合わせとは、意外でした。
思わぬ組み合わせがうまれるのがポケモン小説の楽しいところです。そんな言い訳をひとつ(
> 周りの温度が二度上がるの、知りませんでした。そこで桜前線とか、素敵だなあ。
初めてプレイしたピカチュウ版の図鑑、いろいろ記憶に残っています。コンパンの目からビームやら重さ20キロを放り投げるイシツブテ合戦やら…。ネタが尽きませんなぁ。
> それでは、短い感想ですが失礼します。
感想ありがとうございました!
> 色々埋まりすぎてて怖い。
桜って成長が早いのでエネルギーをより必要とするとか何とか昔聞いたことがあります。
毎年一体どれだけ犠牲が出ているというのだろうか……フヒヒ
> 即興……だと……。
着想→投稿まで大体1時間くらいでした。
> 【その位置からダグトリオの下半身が見えるはずだ! さあどうなっている!?】
明かりがないから見えなかったようだ! 残念!
感想ありがとうございました!
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ドッ
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ドッ
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冷たいコンクリの床に寝そべっていると、耳を貫くような底から湧き上がってくる音で目が覚めた。俺は体に合わない小さな耳をピクリと動かす。エンジンの調子はいいようだ。そして、主人の機嫌もいいようだ。
「……よっし!異常なし!あとは着替えてヘルメットとゴーグルつけて」
主人は女だ。だが性格は男だ。普通、女が相棒と一緒に乗れるくらいのサイズのバイクを購入したりしないだろう。横に俺専用のカーをつけて。ちなみに色は青と黒。寒色系のコラボレーション。
暖色系の体を持つ俺が乗ると、何処へ行っても目立つ。
「はい、アンタもこれつけて!ヘルメットとゴーグル!まだこの季節は風が冷たいし、変な物目に入ったら困るから」
主人は既にレザージャケットに着替えていた。元々豊かな胸が、黒い服のせいでウエストが縮まってるように見えて更に強調されている。これで髪ゴムを外してそのままにすれば、どこぞのモデルのようになるだろう。
もちろん言わないが。
俺は言われた通りヘルメットを被りゴーグルをつけた。暗い赤の世界が無限に広がる。そのまま専用のカーに乗り込む。主人も隣のバイク本体に跨り、再びキーをまわした。
心臓の鼓動。
エンジン音。
全てが混ざり合い、耳に入っては通り抜けていく。
「さあ、目指すはサザナミタウンよ!Lets go!」
(果てしなく遠い ゴールを探しながら 高速で転がる 直上型のBIG MACHINE)
――――――――――
この一人と一匹はユエとバクフーンです。似合うかなーと思って。
【何をしてもいいのよ】
色々埋まりすぎてて怖い。
> 俺の目と鼻の先で、ダグトリオが地盤を掘り返している。
> そういえば彼女も、ダグトリオじゃないけどモグラのポケモンを持っていたっけ。
> それを知ったのは、彼女と別れた直前のことだったけど。
最後二行でここらへんの意味が分かるのがすごい。すげー怖い。
雑多な感想ですが、失礼します。
即興……だと……。
【その位置からダグトリオの下半身が見えるはずだ! さあどうなっている!?】
レアコイルと桜の組み合わせとは、意外でした。
周りの温度が二度上がるの、知りませんでした。そこで桜前線とか、素敵だなあ。
ピッカピカに磨かれたボディに映る桜も、いいなあ……。
あと「期間限定のトレーナー」という言葉も好きです。毎年同じような時期にやってきて、その人が去ってふと気付くと桜が咲いている、みたいな。そんな風流めいた言葉に似合わず、道中のトレーナーを銀行がわりにしているのはポケモンらしいといいますか。
それでは、短い感想ですが失礼します。
前書き:カップリングです。http://masapoke.sakura.ne.jp/lesson2/wforum.cgi?no=2393&reno= ..... de=msgviewのその後です。
ダイゴがソファに座った。ハルカも何も言わず隣に座る。その距離は今まででは考えられないくらいに近い。拒否されるかもしれない。恐る恐るハルカはダイゴの手に触れる。
「もっとこっちにきなよ」
体をまるごと抱き上げられ、ダイゴの膝の上に座る。後ろから抱きしめるダイゴにハルカは身を任せる。
「君を拒否なんてしないよ。だからもっとおいで」
ダイゴの甘い声がハルカの耳元で響く。彼女の体を痺れさせるには十分だった。
「ダイゴさん」
「ん?」
「好きでいたいです」
「僕もハルカちゃんを好きでいたいな」
惜しげもない愛の言葉がハルカに降りかかる。なぜこの人はこんなに怖がることなく愛を告げることが出来るのか。ハルカはいつもそれが不思議だった。
ハルカはいつも怖い。大好きなダイゴから嫌われることが。否定されることも 、拒否されることも。だから怖くて好意を表に出せなかった。ダイゴはそれすらも見抜き、ハルカを待っていた。
大人になれば解るのかな。ハルカは振り向き、ダイゴの目を見る。キスしてしまおうか。ハルカにふとそんな考えが浮かぶ。けど、もし拒否されたら。その考えがハルカを止めた。
「ねぇハルカちゃん」
「なんですか?」
「僕は今すぐ君を押し倒して犯したいと思っている」
「な、なにをっ」
「それくらい、ハルカちゃんが好き。これくらい言わないと」
ダイゴに引き寄せられ、ハルカは彼の胸に押し付けられる。
「臆病な君は僕に抱きついてくれないし、キスしてくれないだろう?」
何でも見通しているような目。ハルカは顔をあげてダイゴを見る。
「ダイゴさん、なんで何でも知ってるみたいに言うんですか!?」
「単純さ」
ダイゴが少しだけ笑う。
「君が大切にしてるポケモンを見る目と、僕を見る目、同じようで違うよ。ポケモンたちは思いやりがあるのに、僕を見る時は好きでたまらないと言いたげだ」
ダイゴに唇を塞がれ、抱きしめられては逃げ場ばない。どこにも逃げられない。
怖がってダイゴからのサインを見ないフリをしていた。それは違う、本当は私など見てないと。もっと早くダイゴに伝えていれば、こんな時間がたくさんあったのか。唇を重ねながら、ハルカは思う。
「とろけそう」
唇を離し、ダイゴに抱きついた。
「そうだねハルカちゃん」
ダイゴの声が少し震えている。
「もっと君が大きくなって、僕と同じくらいの立場になったら、たくさん教えてあげる。キスより気持ちいいこと、いっぱい」
ダイゴに抱かれるだけで胸がいっぱいになってしまうのに。ハルカはその先なんて想像つかなかった。
「だから今はポケモンのことを教えてあげるよ。大きくなってから知らないことがないように」
仕事だから会えないという旨のメールをもらったのはついさっき。こんなのはいつものこと。
「ハルカ!今日は暇?遊ぼうよ」
友達からの誘いにハルカは乗る。いつもの仲良しグループは、近くのファミレスに入る。
「えっ……」
ハルカは友達の話を聞いて、言葉が出なかった。
「何いってんの?付き合ったらセックスなんて当たり前じゃん」
友達には付き合って3ヶ月の彼氏がいる。けれど赤裸々にそんな話をされるとは思わなかった。
「むしろハルカの彼氏ってさぁ、もう2ヶ月じゃん?セックスないとか有り得ないよねぇ」
全くないわけではない。忘れるわけがない。付き合ったあの日、ダイゴに脱がされ、寸前の行為までしたこと。
あれ以来、そういうことは全くないし、ダイゴの方からもアプローチはない。
「え、ないわけじゃないんだけど…」
「てかハルカはもっとアピールしなきゃ!やったもん勝ちだよ」
そういうものかな。ハルカはそう思っていた。
ダイゴの家でポケモンの訓練をした後に、夕食をごちそうになる。
「今日はポトフとビーフストロガノフだよ」
「なんですかそれ?」
「まぁ食べてみなよ。ハルカちゃんに食べてもらいたくて覚えたんだ」
嘘か本当かは解らない。ダイゴは台所からテーブルに料理を運ぶ。それを手伝うハルカ。ダイゴの姿を見て友達の言葉が浮かぶ。
確かにダイゴは大きくなったら教えてあげると言った。けどそれはハルカとしたくない口実なのではないか。ダイゴから聞いた話ではないのに、ハルカは一人で悩んでしまっていた。
「どうしたんだい?」
ハルカの変化に気づいたのか、ダイゴが心配そうに尋ねる。
「いえ……あの…ダイゴさん…」
「どうしたの?何でも聞くよ」
「私と…セックス…したくないんですか?」
「一体どこからそんな発言でて来るの?」
「だって友達が…付き合ったらセックスするんだって…したもの勝ちだって言うから…」
「ハルカちゃん。そういうのは貞操観念って言うんだけどそんなの人それぞれ。その友達がどう思っても、ハルカちゃんとは違うんだよ」
「でも…それにダイゴさん答えてください」
「何度言わせたら気が済むのかな君は」
少しイラついたような言葉。ダイゴは怒ってるように見えた。
「ハルカちゃんは僕のこと信じられないの?僕は君の先生で彼氏だよ」
「だってよく考えたら、ダイゴさんは年上で、こんなにかっこいいのに、私なんかを相手にするなんて…」
どんどん出てくるハルカ自身の欠点。ダイゴはため息をつくと、泣いてる彼女を抱き上げる。お姫様抱っこされて、ハルカも思わずダイゴを見た。
「ハルカちゃんはまず、自分に自信を持って。君みたいに真っ直ぐでかわいい子はあんまりいないよ。それに美人だからって僕が付き合うわけじゃない。ハルカちゃんだから付き合うんだ」
食卓につかせる。そしてハルカの頭をなでた。
「泣いてたらおいしくないよ」
こんなに優しくしてくれるダイゴに対し、自分はなぜこんなにダイゴを困らせるようなことしか言えないのか。
ハルカは泣きながらもスプーンを握る。そして一口、また一口。ダイゴが作ってくれた料理だ。残すわけにはいかない。
それから数日後のこと。午後からダイゴとミナモデパートに買い物しにいく約束だ。
「ハルカ…」
家の前で友達に会う。とても暗い顔をして。
「どうしたの?」
「ハルカ、どうしよう!私、私…」
「解らないよ、落ち着いて。ね」
「あ、あのね。私、妊娠しちゃったの…」
突然のことにハルカはかける言葉が見つからない。
「妊娠…?どういうこと?親にはいったの?彼には?」
「突然、連絡とれなくなって…親には言えない…どうしたらいいか解らないの…」
泣き出した友達を放置するわけには行かず、ハルカはダイゴに詫びのメールを入れて、とりあえず自宅から離れた公園へ行く。
「もう3ヶ月なの」
「それって確か…」
「会ってからずっとやってた。お金ないし、外に出すから大丈夫だって…」
ハルカはめまいがした。友達だって一緒の授業で教わったはずなのに。
「どうしよう。親にいったら怒られる…」
「でも言わないとどうしたらいいか私も解らないよ」
ダイゴからのメールが来る。友達とカナズミシティにおいで、と。会社の方に誘うなんて珍しい。ハルカは言われるまま、カナズミシティに行く。
ポケモンセンター前でダイゴに会う。ハルカに安心感が生まれ、友達の前というのに駆け寄る。
「ダイゴさん!」
「どうしたんだい?僕でよければ話を聞こう」
友達はダイゴに必死で状況を話す。それを端からみていたハルカは一つの感情を覚える。
嫉妬だ。ダイゴは自分だけのものだと思っていた。それなのに…
「解った。僕の知り合いの医者を紹介しよう。そこで解決した方が良さそうだ」
ダイゴは友達の肩に軽く手をまわし、ハルカには声をかけただけ。
「やっぱり、私なんかじゃ…」
ハルカは二人についていく。ただ黙って。
ダイゴは病院まで送り届け、医者に状態を説明すると、すぐにハルカの手を引いて出ていく。
「ダイゴさん、いたっ!」
「ああ、ごめんね」
ダイゴが力を緩める。歩き方も何だか怒っていたようだし、何かがおかしい。
「ハルカちゃん。君の友達のことを悪く言うのは申し訳ないけど、あれはないよ」
「え、何がですか?」
「あんな子にセックスする権利なんてない。セックスって確かに気持ちいいけど、それは子供を作る行為だってこと忘れて、しかも彼氏も嘘ついてそこまでしたいかな」
「え…」
「まぁ産むにしても下ろすにしても、あの子は一生消せない事実を作ってしまった。普通の結婚や普通の生活は望めないだろうな」
ハルカの胸に、ダイゴの言葉が突き刺さる。
ハルカがダイゴにねだった行為の結果が、今日の友達だ。もし、あそこでねだっていたら、今日泣いていたのは…
「ハルカちゃんは、セックスが怖い?」
いきなりダイゴに振られて、まとまらない考えは口に出ることはなかった。
「セックスしたら、あんな未来が待ってるかもしれない。大人ならまだいい。けど君は責任とれる年齢でもない」
「確かに、怖くなりました…」
「そうか」
ダイゴは立ち止まる。
「けど僕は君を押し倒して犯したい」
「えっ…あ、あの…ダイゴさん?」
「僕はどちらも望んでる」
「どういう、ことですか?」
「もう少しハルカちゃんが大きくなったら、ちゃんと解説してあげる」
なんだか掴みどころのないダイゴが、今日はとても真面目に見えた。いままでよりもずっと頼もしく。
「ダイゴさん」
「どうしたの?」
「本当のこと言うと、さっきまで友達と仲良く話すダイゴさんが嫌でした。ダイゴさんは私だけのものだって思い上がってました」
「それで?」
「ダイゴさんは私のものじゃないのに…」
「ハルカちゃんは僕のことが好きだからそう思ったんだろう?僕は素直に嬉しいよ。けどね、他人は誰のものでもない。そこも気づいたのは、ハルカちゃんの心が大人になっていってる証拠だね」
ダイゴが歩みを止める。
「もうお昼かなり過ぎたね。何食べようか?」
「え、あ…オムライス!」
「じゃあそうしよう。」
カナズミシティのビジネス街のレストラン。時間もずれて、サラリーマンはほとんどいない。
「ねぇハルカちゃん」
「なんですか?」
「ちょっと伏せて」
言われるままにハルカは頭を下げる。そして振り向くと、ガラス越しに、見つかったと逃げていく人間。
「ハイエナみたいなやつだ」
「また、ですか?」
有名企業のトップから出たチャンピオン。その私生活を面白おかしく暴こうとする人間に、ダイゴは目で威嚇する。
「ああ。やつらにとって、君と付き合ってることも恰好のネタだからね」
水に口をつけ、ダイゴは一息はく。
「大丈夫。何があっても君のことは守る。僕はさらし者になっても、君のプライベートは関係ないからね」
ハルカにとって、怖いのはプライベートを全国に売られることではない。目の前のダイゴから拒絶されることが一番怖いのだ。
解って欲しい。ハルカはそう思ってメニューを渡した。
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お前が言うなと思った人は正しいよ(
ポケモントレーナーとして生命倫理は必ず持つべきものだと思うんだ。
特に頂点に立つ人の倫理観が書きたかった。
だって自分の他に生き物の責任を追う職業だから、必要だとは思うんだよね。
【好きにしてください】
北へ向かう。歩きで、電車で、船で、ときには鳥ポケモンの背に乗って。ホウエンからジョウト、カントーを経てシンオウへ至る。出発は風もすこし冷たい3月の末、シンオウにたどりつく頃には5月の始めになっている。
私が北へ向かう理由はないが、どうも私の連れには理由があるらしい。浮遊する生命体は焦ることなく、しかし北へ向かいたがる。道中、銀行代わりに……もとい経験のためにトレーナーとのバトルにいそしみ、宿屋代わりにポケセンに押しかけ宿泊する。期間限定のトレーナーとでもいうのだろうか。
私と彼が通りすぎた頃、あたりの寒さが緩む。濃紅色の桜のつぼみが色を薄め、ほろんほろんと咲いていく。桜前線の先駆をしているような気分になってくるのだ。
まるで桜の先駆けのようだ。ただ、彼に似合わないのが非常に惜しい。
お世話になるカーネル氏の言葉は、いつぞやそう言って賞金をはずんでくれた。チェリムやワタッコのような草タイプが先駆けならいざ知らず、彼はでんき・はがねタイプですよ。そう私は返し、灯台から降りる。
灯台に守られるようにある若い桜の枝に最初の一輪が花開き、淡い紅色を鋼のボディに写す彼を見て、私はカーネル氏の言を否定したくなる。
彼は確かに桜の先駆けだ。
レアコイルであることが、なんの失点になろうか。
☆★☆★☆★
レアコイルの半径1キロで気温が2度あがるそうではありませんか。
なら、レアコイルが北上すれば桜前線北上するんじゃないのかと思った結果が行き倒れ満載なこれでした。
「エビワラーよ。お前のことが好きだ」
「俺もアブソルの事は好きだよ」
「――――少し曲がって伝わったようだな。私は、お前を一人の雄として好きだ」
「そ、そうか」
一昔前。とある地方の、夜の帳が下りた人間がいない深い森の中で、二匹のポケモンが会話をしていた。仏頂面で生傷だらけのエビワラーと、にこにこと満面の笑みを浮かべるアブソル。夜が開けるまでは危険だからと互いに身を寄せ合っている時、ふとなんの余兆もなく雌のアブソルが雄のエビワラーに愛の告白をした。当然、心構えも何にもしていなかったエビワラーは、ただ戸惑うことしかできなかった。
「私とお前の出会いは偶然だったな。お前が森で体を鍛えているとき、殴っていて倒れた木に下敷きにされたのが始まりだった。よく覚えているよ。数日看病を受けている間に、私はすっかりお前に惚れてしまったんだ」
「あの時はびっくりしたけど、細い木で本当によかったよ。大木だったら大怪我だからな」
「いや、私も間抜けだったよ。お前が特訓をしてあんなに騒いでいるのにも関わらず、寝ていて気づかなかったのだからな」
アブソルはエビワラーの膝に顔を置いた。そのまま仰向けになり、下からエビワラーの顔を見つめる。
「だが、あの時に怪我をして良かったと思っている。ああいう劇的な出会いがあってこそ、私とお前は親密になれたのだよ」
「それは正しいな。あの頃の俺はろくに仲間も作らず、独りきりで修行に励んでいたからな。それに比べてアブソルは、誰とでも親しく関わるから、外から来たポケモンなのにすっかりここに馴染んでしまったな」
「お前は初対面の奴には人見知りするからな。やたらむやみにとは言わないが、信頼できる相手がいて損はないぞ。せいぜい、友人と呼べるポケモンは数人だろう?」
「数人いれば充分だ。交友関係は狭く深く、だ。それに、お前がいつも側にいるだろう。だから寂しくないよ」
「―――そうか。それは告白の返事だな。嬉しいぞ」
「いや、これは返事ではないんだけどな」
エビワラーの冷たい態度に、アブソルは落ち込んでしまう。
「なんだ、まだ私を雌として見てくれないのか。先は長いな」
小さなため息を吐く。アブソルは頭を回転させ、そっぽを向いてしまった。
「寝る。おやすみ」
「拗ねるなよ。ちょっと待て」
「女心をここまで表に出しているのに、結果がどうであれ答えを出さないポケモンは嫌いだ。雄らしくないぞ」
「あのな、俺の気持ちも考えてくれ。告白って、する方も凄く勇気が要るんだぞ?」
段々と、蝋燭の火が消えるように声が小さくなっていく。ふてくされていたアブソルは、もう一度エビワラーを見ようと振り返る。
「俺は、アブソルのこと好きだよ」
エビワラーは、震える口で声を絞りだし言った。告白を受けた本人は、最初は呆気にとられていたが、直ぐに笑顔になり体を起こす。
「本当か?」
「嘘ついてどうする」
「夢じゃないよな?」
「頬叩こうか?」
「止めてくれ。格闘技は、私には少々効き過ぎる」
そう言うとアブソルは、前足で自分の片方の頬を叩く。ぱちんと気持ちいい音がなるが、笑みは崩れない。
「ああ、ようやくこの日が来たのか。確かに私は毛むくじゃらで四足歩行、エビワラーは二足歩行で、まるで人間のような容姿。同じポケモンとはいえ大きな壁があるのは分かっていた。それでも、私は自分の心を殺すことはできなかった。望みが叶って嬉しいよ」
「俺だって、最初はアブソルのこと、正直鬱陶しいと思っていたよ。でも、一緒に生活していくうちに、気持ちが変わっていったんだ。確かに、俺とアブソルは種族が違いすぎるけど、それでもいい。今まで受け流していて悪かったよ。もう素直になる」
「そうか。これで両想いか。なら、これから遠慮しなくていいな」
エビワラーは、彼女が何を言いたいのか理解し、緊張で体が硬直する。それを理解しながらも、アブソルはエビワラーをゆっくりと押し倒した。白い体毛でエビワラーを包み込む。
「あの。俺な、そういう深い経験はしたことないんだよ。だから、気をつけるけど、嫌だったちゃんと言ってくれよな」
「私も経験はない。心配するな、嫌なものは嫌と言う。だから、安心して愛をぶつけてくればいい」
アブソルは、のしかかりながら軽くエビワラーに口づけをした。長く唇を重ねない、軽いキスだった。
その日の夜。二匹のポケモンの体が重なった。
数日後。エビワラーが、木の実を抱えて森の中を歩いていた。時刻は正午を過ぎる前で、昼食を食べるには丁度良い時間だった。
森の中をゆっくりと歩いて目指している先は、小さな丘にある横穴だった。意気揚々とエビワラーは中に入っていく。横穴の奥で枯葉の上に寝そべっているのは、毛並みが美しいアブソルだった。入ってきたのがエビワラーだと分かると、穏やかな表情で出迎えた。落ち着いた態度で、大事な番におかえりと言う。彼もまた、ただいまと言い返した。
アブソルは、一つのタマゴを抱えていた。真っ白で、ひび一つ入っていない。
「どうだ、タマゴの様子は?」
エビワラーは、アブソルの側に座りながら尋ねた。
「動く頻度が多くなってきているぞ。もう少しで産まれそうだ」
「そうか。ほら、木の実を持ってきたぞ。お前が好きなモモンの実もある」
「ありがとう。有難く頂こう」
アブソルはタマゴを傷つけないようにゆっくりと起き上がる。なるべく体毛に埋もれるように調整して、手渡された木の実を口に含んだ。
「しかし、まさか子どもができるなんて。俺達は余りにも違いすぎるから、半分諦めていていただけに嬉しいよ」
「そうだな。腹部に違和感があったときは驚いたよ。エビワラーに抱かれてから直ぐに、いきなりタマゴが出てくるんだからな。お前が小躍りしているところなんて、初めて見たぞ」
「仕方ないだろう。嬉しかったんだから」
あの告白の後、エビワラーとアブソルは、互いを激しく求め合った。今まで塞き止めていた感情が爆発し、それは全て性欲として発散された。彼らは睡眠も食事も忘れ、体力が続く限り体を弄り合い、深く愛を確かめ合った。
二匹は一日中交尾を続け、そして力尽きた。数時間後、エビワラーが目を覚まして最初に見た物は、腹を抱えて苦しむアブソルだった。彼は慌ててアブソルの腹を擦るが、痛みが引く様子がない。そして大きな悲鳴を上げて出てきたのは、一つの大きなタマゴだった。
正真正銘、二匹の子どもだった。
「焦ったよ。このままアブソルが死んでしまうのかと、泣きそうになった」
「とても痛かったし、恐かったぞ。体が裂けてしまうかと思った。でもその代わりに、大切な宝を授かったな」
「そうだな。それに、もう直ぐ俺達の子どもと会える」
エビワラーは、優しくアブソルの頭に触れる。お返しにと、アブソルはエビワラーの頬にキスをした。
すると、突然タマゴが激しく揺れる。二匹は驚いたが、直ぐにこの現状に気づいた。
「産まれるみたいだな」
「ああ。いよいよだぞ」
ついに待ち望んでいた時がやってきた。数日の間大切に守られてきた白い殻に初めて亀裂が入る。徐々に音を立てて広がり、中から出てこようともがいているようにも見える。エビワラーとアブソルは、この瞬間を見逃すまいと食い入るようにタマゴを凝視する。
そして次の瞬間、タマゴは光り二匹の視界を奪う。彼らは反射的に目を瞑った。
数秒間、横穴には沈黙が流れた。二匹は一息おいて、ゆっくり瞳を開ける。
そこにいたのは見たことがないポケモンだった。まん丸とした頭に、大きな丸い目。細い体に、人間が服を着るみたいにズボンを履いているように見える。何より特徴的なのは、全身が黄色いということ。その姿には、両親の特徴が全く受け継がれていない。
産まれたばかりのポケモンは、地面を這いアブソルの元へ近寄る。必死にもがき、自分の母親の乳房に近づいていく。呆然としていたアブソルも我に返り、産まれた我が子を胸に抱き寄せた。
そのポケモンは、乳房から母乳を吸い始める。
「ああ・・・俺の・・・子」
父親になったエビワラーは、夢中で食事をする自分の子どもを撫でようか止めようか、何度も手を出し引っ込めて、ようやく小さな頭を当てた。
「可愛いなあ。天使みたいだ」
「当たり前だ。私達の子なのだからな。容姿は多少違うが、表情はお前そっくりだ。この母乳を吸っているときの顔、私の乳に口付けするときと似ているな」
「――こんな顔していたのか俺は」
「ああ、そっくりだ。顔は父親似だな」
「直ぐそういう意地悪言うんだから、アブソルは」
「でも、まんざらでもないだろう?」
「ああ、お前みたいに、優しくて純粋な子に育つと良いな」
二匹は、親になった喜びを噛み締めていた。
時が経つと、後にこの子どもの種族は、人間達からズルッグと呼ばれるようになる。
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フミんと言います。また短編を置かせて貰います。
【批評していいのよ】
【描いてもいいのよ】
皆さんが楽しんでくれれば幸いです。
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