マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.2343] ピジョンの空を飛ぶ! 第一話【試験投稿】 投稿者:   《URL》   投稿日:2012/04/01(Sun) 13:37:30     183clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ※連載の第一話をこちらに投稿させて頂きます。マルチポストばんざい。






     夜明けを告げる鐘がなる。
     ピジョンのソラマメは銀の鐘楼が朝焼けに染まるのを見ながら、今日も憂鬱な一日が始まったと思った――



     ここはポケモンしかいない世界……の中でも珍しい、鳩しかいない国・ハトオブハトキングダム。
     国民はポッポ・ピジョン・ピジョット・マメパト・ハトーボー・ケンホロウ。雉がいる気がするが国民はこの二系統に限定され、獣・魚・草本・樹木・家電はもちろんノーマル・飛行タイプであっても鳩でなければ国籍を得ることまかりならんという変な国である。

     いや、“だった”。

    「行ってきます」
     ソラマメは誰もいない狭い部屋――通称“巣箱”の中に声を掛け、外に出た。行き先は決まっている。この王国きっての大通りが伸びる先、王城である。
     行きたくなんてないけど、という言葉は飲み込んで、ソラマメは王城へトコトコと歩いて行く。途中、何羽か知った顔の鳩を見かけたが、挨拶はしなかった。向こうだってソラマメに挨拶されたら迷惑だろう、と思いながら。
     馴染みの豆屋で、そこのピジョットのおばさんにはお世話になってるから、流石に挨拶していこうかな、と思う。
     けれど、店先を一瞥して、やめにした。豆屋に来ている客を見た瞬間、話しかけたくなくなったのだ。ソラマメは店番をしているおばさんと目を合わさないように顔を伏せて、早足で通りを歩いていった。

    (なんであいつらがいるんだよ。畜生)

     鳩胸の中に沸き上がってきたモヤモヤは独りよがりで、それが余計にモヤモヤの不快感を増長させていく。その独りよがりをぶつけるように、ソラマメは道に積もった細かな砂粒のひとつひとつを睨みつけて歩いた。

     あいつらがいるのだって、別に悪くはない。心の中の、もう一羽の自分が勝手にしゃべりだす。
     あいつらは法を侵してるわけじゃないし。
     あいつらはそういう権利を持ってここにいるわけだし。
     あいつらは――

     ああ、もう、うるさい。
     ぐるぐる回る考えを振り払うように、ソラマメは頭を振った。前後ではなく左右に頭を振ったので、通りすがりの鳩たちがちょっとばかり驚いている気がする。そうこう考えている内に、もう城門に着いた。国民が鳩だから、高い壁は用をなさないから、門は嫌味なほど低い。
    「これはこれは、ソラマメ三曹。城門を開けなきゃなりませんね?」
     門番の鳩が薄笑いを浮かべてソラマメに話しかける。
     憂鬱な一日は、まだ始まったばかりだ。

     城の天辺では、ばかでかい鳩が誇らしげに翼を広げている。



    「よう、ソラマメ三曹! 今日は歩きか?」
    「足腰のトレーニングかい? 精が出るねえ」
     うるさい! と叫びたいのをグッと堪えて、ソラマメは同僚の鳩たちを睨みつけた。
     それだって、やらなければよかったとすぐに後悔した。同僚たちはソラマメを嘲るように、さっさと自分の持ち場へ飛び立っていく。
    「今日も訓練がんばれよ、銀豆の御曹司!」
     プププ、と騒々しい羽ばたきの音とともに、嘲りが遠のいていく。ソラマメは思いっきり嘴を食いしばってから、自分の持ち場へと向かった。

     城壁を見上げると、首が痛くなった。城を囲む壁とは逆に、守られるその本体は嫌味なほど高かった。天まで届くと謳われる城の先っぽでは、あのばかでかい鳩が誇らしげに翼を広げているのだろう。幸いにも、城の中庭からでは城が近すぎて、頂上にある鳩は却って見えない。
     ソラマメはため息を押し殺して位置につく。
    「本日も晴天なり! 諸君、天と地とその御子・鳩王に敬礼!」
     曹長が三つある首全部を使って怒鳴った。ソラマメは曹長の指示通り、翼を胸の前で軽く組んでかしずく、鳩族の敬礼をした。けれど、この中庭でその敬礼をしたのはソラマメただ一羽だった。

     曹長は三つある長い嘴を交差させる。それが彼らドードリオたちの敬礼なのだ。他の連中は大体、獣型の種族がやる前足を折った半端な伏せみたいなのをやっている。この部隊にいる奴は、大体そう。

     ソラマメを除いては。

     父さんが今のソラマメを見たらどう思うだろう。自分の息子が王立軍に入るとは常々思っていなかった父だが、こうなるとは予想していなかったに違いない。スッ、と鋭い何かがソラマメの胸に入り込んだような気がした。もちろんそれは気のせいで、いつもの被害妄想なのだけれど。父さんのことなんか思い出して、ソラマメは一層腹ただしくなった。
     その苛立ちを紛らわせるために、ソラマメは強いて部隊の連中を見回した。どうせ敬礼の次は曹長のつまらない説教なのだから。

     小柄なポニータが真面目くさって説教を聞いている。その隣ではレントラーとヘルガーが、つまらなさそうに曹長の説教を聞いている。今朝、ソラマメ行きつけの豆屋にいた連中だ。あいつら豆なんて食わないだろ、何しに行ったんだよ、とソラマメはまた胸くそ悪くなった。
     その隣にはガーディ、タテトプス、メタングといつもの面々が並んでいる。軍隊のメンツは本来コロコロ入れ替わるものではないが、今の王国ではそうとも言えない。現に、隊列の端っこには新顔のイーブイがいる。

     なんだあいつ。ちぇ、一丁前に空色のスカーフなんかしやがって。
     ソラマメは小さく嘴を尖らせた。八つ当たりだと分かっていても、難癖を付けずにはいられない。悪い思考だと分かっている。が、いつもそうなのだ。部隊に、自分より足の速そうな奴が来た時は、いつもそう。

     我ながら嫌になる。

    「おいっ、ソラマメ三曹。話を聞いていたか?」
     唐突にドードリオ曹長がソラマメを名指しした。いや、ぼーっとしていたのだから当然かもしれない。
    「聞いてました」
    「じゃあ、何の話をしていたか答えてみろ」
     返す刀でしっかり黙らされたソラマメの姿に、小さくて、でも遠慮のない笑い声が上がる。追い討ちをかけるように、曹長の怒声が三重奏でソラマメの耳に突き刺さった。
    「全く、お前には三曹としての自覚があるのか! そんなだから先の戦争もこの国は大敗を喫したのだ!」

     あんたはその時、この国にいなかっただろ。
     ソラマメの鳩胸の中がかぁっと熱くなった。
     目を合わせれば生意気だと詰られる、目を逸らせば真面目に話を聞いてないと吊るされる。ソラマメは、顔を上げてけれど目は合わさず、必死に説教に耐えた。

     ドードリオである曹長が、あの戦争より前にこの国にいたはずがない。今たくさんの種族がいるのは、この国が戦争で負けたせいなのだから。なのに、自分もその時から王立軍で貢献してたみたいに言ってほしくない。この国のことを、鳩でもない新参者に語ってもらいたくなんてない。
    「全く、銀の豆勲章を授与されたかの英雄は――」
     あんたにその英雄のことを語ってほしくない。

    「あのさあ」
     場にそぐわない間の抜けた声が、突如曹長の説教に割って入った。隊の全員が声の主を見た。
     あのイーブイだ。空色のスカーフをした、新入りの。
     軍で階級が上の奴の説教を中断するなんて何者だと、他のポケモンがそういう目で見ているのに気付いているのか、気付かない振りをしているのか、イーブイは黒豆のような目をクリクリさせて言った。
    「オレの自己紹介、まだなんだけど」
    「あー……そうだな」
     思わぬ横槍に気勢をそがれた曹長は、言うことも思いつかないらしくあっさりと引き下がった。

     隊の全員が沈黙する中、当のイーブイは脳天気にちょこちょこと前に進み出て、くるりと振り向いた。
    「どーも、今日からここでお世話になります。アルっていいます。種族は見ての通り、イーブイです」
     空色スカーフのイーブイはそこまでひと息に行って、ペコリとお辞儀をした。そして、行きとは少し違う沈黙の中を、またもや平然と元の場所へ戻っていく。

     エヘン、と曹長の首が三つ同時に咳をした。
     ヘンテコな沈黙が破られて、二曹のポニータが訓練の内容を告げる。
     いつものように、持久走から始まって嫌な訓練をする時間だ。

     ただ、いつもと少し違うのは。
     ソラマメは隊列の端っこをちらりと見た。

     空色のスカーフを巻いた、イーブイがいること。

     持久走開始の合図に怒号のような返事をして、王立陸軍第一小隊が一斉に走り出す。
     ソラマメも慌てて駆け出した。案の定、アルはソラマメよりも足が速かった。
     のみならず、ドードリオ曹長とポニータ二曹を除く他の連中よりも足が速かった。このイーブイ、大物か、それとも大馬鹿か。

     それにしても、お世話になりますって同好会じゃないんだから。
     ソラマメはビリッケツで息を切らしながら思った。
    「ソラマメ三曹、またビリか。少しは新入りを見習ったらどうだ?」
     曹長が三つの首で順番こに繰り出す嫌味に耐える。今度は遠慮のない嘲笑が上がった。
     イーブイのアルをちらりと見る。彼は笑っていなかった。
     黒豆みたいな目は、ソラマメを見つめていたけれど。

     ソラマメはちょっとの間だけアルを見つめ返した。そして、すぐに目を逸らした。なんだか恥ずかしかったのだ。
    「む。ちょっと失礼」
     連絡係のポッポに耳打ちされて、ドードリオ曹長が中庭から出ていった。いかにも曰くありげな退場に隊の連中がざわめいたけれど、ポニータ二曹が諌めてすぐに静まった。だが、心はすぐには静まりそうになかった。隊の奴らはまだなんとなく落ち着かないでいる。若い二曹がはっと気付いて、訓練の続きを始めたけれど、二曹含め皆が皆上の空で、訓練に身が入っていなかった。まあ、運動音痴のソラマメにはありがたい。ただ一匹、イーブイのアルだけはさっきと同じ調子のようだった。

     炭酸の抜けたサイダーみたいな訓練のメニューをふたつまでこなしたところで、曹長が戻ってきた。
    「訓練は中止だ」
     真ん中の首が言った。なんで? と小さな疑念を漏らしたりする者もいたが、その問いは無視された。
    「各自、兵舎に戻れ。今後のことは追って連絡する。以上!」
     有無を言わさず、という調子で曹長のいつも怒っている首が言ったが、それだっていつもの怒声に比べれば元気がなかった。何があったのだろう――と皆が訝っているのは明らかだったが、曹長に答える気がないのも明らかだった。

     嫌な風が吹いてるなあ、とソラマメは思った。

    「解散」
     ドードリオは三つの首を全部合わせて、いつもの首一本分くらいの号令を発した。それに対する号令も、いつもの三分の一ぐらいに減っていた。
     皆はいよいよ炭酸どころか水まで抜けたサイダーみたいになって、三々五々散っていく。門、また開けてもらわなきゃなんないなあと思いながら、同じく気が抜けたソラマメは中庭から出る扉を探す。

     その尾羽を誰かに踏まれた。
     怒って振り返る。アルだった。
    「なあ、兵舎に案内してもらっていい?」
     無邪気な黒豆がクリッと動いて、ソラマメは怒るに怒れなかった。踏まれた尾羽が、さして痛くなかったのもある。
    「いいよ」
     アルのスカーフを見ながら、返事をする。ソラマメの視線に気付いたアルは、へへっと笑った。
    「これ、大事な物なんだ」
     少し自慢気なアルに、「あ、そう」と気のない返事をして、会話が終わった。

     トコトコ歩いて王城を抜けた。イーブイのアルがいる為、門を開けてもらうのに引け目を感じずに済んで、ソラマメは得をした気分になった。けれどすぐさま自分の問題が解決したわけじゃないと気付いて、また不機嫌になった。
     二人黙りこくったまま、メインストリートを下っていく。
     しかし、こういう時でもイーブイのアルは機嫌が良いというか、連れの機嫌が悪くても気にならないらしく、道沿いの店を興味深げに眺めながら足取り軽く歩いている。

    「あ!」とアルが嬉しそうな声を上げる。
    「ピジョットのおばさん、こんにちは!」
     そちらを向いたソラマメは、驚きで目ん玉が落っこちるかと思った。
     アルが挨拶したのは、紛れも無い、ソラマメ行きつけの豆屋のピジョットおばさんだったから。

     いいや、アルが悪いってわけじゃない。とソラマメは今朝の問答をまた繰り返した。
     アルは別に法律を侵してるわけじゃないし。
     れっきとした王立陸軍の兵士だし。
    そういう権利を持ってここにいるわけだし。

     それでも、ソラマメの胸の中はモヤモヤするのをやめられないのだ。

     アルは笑顔でソラマメを振り向いた。
    「ピジョットのおばさん、親切だよね。オレは豆は食べないけど……」
    「おやおやまあまあ、ソラマメじゃないの」
     ピジョットのおばさんは羽を大きく広げながらソラマメに駆け寄ってきた。「こんにちは、ピジョットのおばさん」抱擁を避けながら、ソラマメは挨拶をする。しかし、ソラマメの態度には構わず、おばさんは話し続ける。
    「最近ねえ、顔を見ないから。元気にしてた? 一人暮らしは栄養が偏るっていうから、おばさん心配でねえ。もう大きい大人なのに心配するっていうのもおかしいけど。兵隊さんの生活にはもう慣れた?」
     ええ、とソラマメは小さな声で答えた。おばさんは「それは良かった」と大袈裟に三回繰り返した。そして、「ちょっと待っててね」と言うと店の奥に姿を消した。

    「いい人だよね。オレは豆は食べないけど……」
     アルがもう一度言った。その言葉が全部終わらない内に、ピジョットのおばさんが大量の豆を持って出てきた。器用に、羽で豆の入った巨大なタッパーを支えて。
    「はい、ソラマメ」
     その容器がソラマメに渡される。おばさんが羽を離すから、ソラマメは慌てて羽を伸ばして支えたけれど、その途端羽に有り得ない重みが掛かって、容器を地面にぶつけそうになった。
     アルが素早く容器の下に滑り込んで支えてくれたから良いものの。
    「お友達と二人分、これはサービスだからね」
    「は、はい。ありがとうございます」
     しどろもどろになりながらお礼を言う。これ、どうやって持ち帰ろう。イーブイのアルを覗き込む。

     結局、アルが背負ってソラマメが支えながら兵舎に戻ることになった。
    「時々でいいから、顔、見せてね」
     後ろからおばさんの声が追いかけてくる。ソラマメは首を回して会釈するので精一杯だった。

    「オレは豆は食べないけど」
     豆屋が見えなくなったところでアルが話の続きを始めた。
    「豆を見るのは好きだよ」
     そう、とソラマメは頷いた。

     そう。そうなのだ。ピジョットのおばさんは誰にだって親切なのだ。



     角を曲がって少し行った先に兵舎がある。通称“巣箱”。昔は鳩の寝泊まり以外、何の利便性も考えずに兵舎が作られていたことから、そう皮肉られているらしい。
    「今はそうでもないんだろ?」
     黒い目をくりっとさせて尋ねたアルに、相変わらず豆の山を支えながら歩くソラマメが答える。
    「今も狭いよ。豆を置くスペースはあるけどさ」
     アルが豆の山の下でクスリと笑う。

     昔に比べれば、これでも広くなったらしい、と聞いた。父親に聞けばもっと色々分かっただろう。
     父親のことを思い出しても、いつもの憂鬱は来なくて、ソラマメはホッとした。
     巣箱が見えてきた。ばかでかい木の箱にしか見えない。



     巣箱でまたひと悶着あるとは、ソラマメもアルも思っていなかった。

     折良く巣箱の近くにいたハトーボーの寮母さんを呼び止めた。普段ちゃんと挨拶していかないソラマメを見て、このさばけた寮母さんは「生きてたんだぁ」と遠慮なく言ってくれた。
    「で、どうしたの? 珍しく。あら、友達? 珍しい」
     素直に感嘆する寮母さんに苦笑しつつ、ソラマメは隣の友人を紹介した。
    「イーブイのアル。陸軍の。兵舎まで案内してほしいってさ」
    「はじめまして」
     重い豆を背負ったままではろくに動けない。アルは豆を地面に置くと、ペコリと頭を下げた。

    「へえ、可愛い兵士さんねえ。お部屋はどこ?」
    「あの、それは着いたら教えてくれるって言われたんですけど」
     ソラマメは寮母さんの目の中にあやしい光がよぎるのを、見た。アルも何だか合点できなさそうにハトーボーさんを見ている。なんだか雲行きが怪しい、ぞ。

    「オレ、新人で今日軍に入ったばっかなんですけど、部屋、ありません?」
    「聞いてないわねー。本当にこっちで部屋割りはこっちだって言われたの?」
     ハトーボーさんはそう言うと、不審者でも見るような目でアルを睨んだ。それでソラマメは思い出したが、そういえば、ここは鳩の国だったのだ。大概の鳩は、他の種族に寛容じゃない。ピジョットおばさんは例外なんだ。
    「言われましたよ。オレ、ちゃんと確かめたし」
     そこまで言っても、ハトーボーさんの目の中の不審がる光が消えない。アルは半ば諦めたように後ろ足で長い耳を掻き始めた。「じゃあ野宿にしようかな」と呟きながら。

     どうしよう、とソラマメは思った。兵士が兵舎にいないんでは外聞が悪い。他所の国に知れたらまた馬鹿にされること必至だし、その責任が何故かソラマメに降り掛かって最悪辞職なんてことも、あったら困る。
     けれど、いい案がそうそう浮かぶわけでもない。藁にもすがる気持ちでハトーボーさんを見ると、彼女はソラマメの横の方を見て、意味ありげにウインクした。
    「部屋も空けられないことはないと思うんだけど」
    「本当ですか」とアルが食いつく。ハトーボーさんは中空を見ながら答えた。
    「あの人は兵隊さんじゃないし。でも老兵だし、邪険にするのも可哀想よねえ。あのフーディンさん」

     あのジジイ、まだ兵舎にいたのかよ! 早く追い出せよ! と叫びそうになるのをソラマメは堪えた。
    「フーディンさん、ってどんな人?」
     アルは首を傾げた。ハトーボーさんは何故か満面の笑みで答えた。
    「百戦錬磨の作戦参謀で、かの戦争で共和国の指揮を執ったのが天下ってこっちに来たんですって」
    「絶対嘘だよそれ」
     ハトーボーさんは信じているのだろうか。そう疑いそうになるほど幸福そうな表情で、ハトーボーさんは続けた。
    「でも今は退役軍人だとかで、兵舎にいなくてもいいんですって。だから」
    「じゃあオレがその人に頼みます」
     というアルの台詞を、綺麗な羽を振って遮った。
    「私から頼んだ方が良いのよ、こういうことは。でも、あの人、何と言ってもご老人でしょう」
     ハトーボーさんは小首を傾げて、意味ありげにアルの横を見た。つまり、
    「ショックは与えないように頼みますね?」
    「じゃなくてさ、アル」
     ソラマメは手羽先で軽くアルを叩くと、同じ羽根でアルの横を指した。それを見て、アルはやっと納得したように頷いた。

     ソラマメは咳をひとつして話し出した。
    「ところで、ハトーボーさん豆要ります?」
     出来るだけ棒読みで、投げやりになるように言ったが、そんなこと心掛けなくても自然と棒読みで投げやりになった。対するハトーボーさんは大袈裟に喜び、
    「まあ!? こんなにたくさん? 嬉しくて舞い上がっちゃいそう!」
     本当に空に舞い上がった。

     そういうリアクションはソラマメに対する嫌味とも思えるのだが、ハトーボーさんは全く考えが至らない様子で、「じゃあフーディンさんに話しておくわね」と豆入りタッパーに両羽を置いた。ソラマメはさっさとその場を立ち去りたかったのだが、アルが律儀に「ありがとうございました。よろしくお願いします。さようなら」まで言うのでずっと待っていた。

    「じゃあね。ちゃんと話しておくわ」
     アルがひとっ飛びでソラマメの横に並んで、また足並み揃えて歩き出す。立ち去るソラマメの背に、ハトーボーさんの上機嫌な声が追い付いたが、ソラマメは振り返らなかった。アルは振り返って会釈していた。

    「とりあえず」
     巣箱の影に入ってから、ソラマメは言った。
    「今日は僕の所に泊まるといいよ」
    「でも、狭いんだろ」
     アルの黒豆みたいな目がいたずらっぽく光る。
    「君が寝るスペースくらいあるよ」
     そう言うと、アルは笑った。何故だかソラマメも嬉しくなった。

     部屋の入り口を羽で示すと、アルは「本当に巣箱だ」と歓心したように言った。木製の壁に規則正しく並べられた丸い穴。巣箱を並べたような建物、というか事実、そんな風に作っているらしい。
     ソラマメは二階の端の部屋――というか穴に掛かっている縄梯子の所へアルを連れて行った。
    「ここが僕の部屋」
     そう言いながら爪と嘴を使って登りだした。登ってから、あがってってよとか、何か気の利いたことを言えば良かったと、ちょっぴり後悔した。

     狭い巣箱の中に戻る。すぐにアルが軽快に登ってきて入り込んだ。部屋の中は相変わらず殺伐としていて、寝床の藁以外ろくな家具も置いていない。けれどアルはそんなこと気にならないのか、「すっきりした部屋だなあ」としきりに感心していた。
     そして、すっきりした部屋にポツンと立っている銀の盾にも、アルは興味を示す。
    「銀の豆勲章だよ」
     アルが何か言う前に、ソラマメはボソッと呟いた。

     銀で出来た土台から浮かび上がるように、種々様々な豆が象られている。豆として外せない大豆に小豆が中央。そこから輪を広げるようにレンズ豆ヒヨコ豆エンドウにインゲンなんかが配される。下には地中で実を結ぶ落花生が、上には天に向かってさやを付ける空豆があり、他の豆を囲うように豆独特のちょうちょみたいな花で結ばれている。

     らしいのだが、なにぶん銀一色なのでどれがどのマメかあんまり分からない。



    「すごい勲章なの?」
     アルの目が銀の盾を離れ、ソラマメを見る。ソラマメはまた黒豆みたいな目だと思った。
     勲章のことを説明しようとすると、父親のことが頭を過ぎった。
     これを授与された時、確か父は大喜びで帰ってきたはずなのに、どうもその辺りの記憶が曖昧だ。何かを喜んで説明していたけれど、その頃の小さな頭には難しかったのだろうか。その時はまだポッポで、父親はソラマメを両羽で抱き締めた。普段から父はソラマメを抱き締める鳩だった。父親の背に乗って空を飛ぶと、決まってソラマメが寒い寒いと泣くからだった。寒い、お父もう降りて、抱っこがいい――

     ソラマメは無理に笑った。乾いた笑い声にアルの目付きが一瞬変わったけれど、すぐ何事も無かったかのように元の黒豆に戻った。あまり、父さんのことは思い出さないようにしよう、とソラマメは思った。友達の前で、あまり憂鬱に浸っていたくはなかった。
    「最高の勲章だよ。今のところ」
     気分を切り替えて明るい声を出す。アルはすぐ目をキラキラさせて、「すごいや!」と本当に嬉しそうに言った。そこに嘘が見当たらなくて、ソラマメは却ってドギマギした。

    「すごくないよ。貰ったのは父さんだから」
     誰も貰ってないけど、銀の上に金の豆勲章ってのがあるんだから。
     そう言おうとしたはずなのに、ソラマメの嘴は勝手に別の言葉を紡ぎ出していた。そこに畳みかけるように、アルの言葉が続く。
    「じゃあ、ソラマメは金の豆勲章を目指さなきゃな」
     ソラマメは流れのままに、頷いた。そして顔を上げて……まるで天井に頭をぶつけたみたいに、重い衝撃を感じた。

    「無理だよ!」
     気付いたら、ソラマメの口から大声が出ていた。夢から覚めたみたいに、妙に頭が冴えていた。ぶつけた頭は何もなくて、でも脳みそだけブルブル震えている気がした。さっき多分、僕の脳みそが現実の壁にぶつかったんだ。でも、自分の大音声で震えている気も、した。

     巣箱の壁は、薄い。後で隣近所から絶対怒られると思いながら、ソラマメは叫び続けた。さっきの白昼夢を打ち壊して、なかったことにしたかった。
    「無理だ。父さんでさえ銀だったのが、僕に金なんて。英雄だなんて呼ばれてるけど、それでも銀だったんだ。
     僕には無理だよ。僕は、出来損ないの、飛べもしないピジョンなのに!」
     喉に絡まった最後の言葉を必死で吐き出すと、ソラマメはぐっと空気を飲み込んだ。ビィン、と何か響いているような、響き合ったのが互いに打ち消しているような、まがい物の静寂が巣箱に訪れた。

     アルと目が合う。何にも動じなかったはずのアルの目に、静かな怒りが宿っていた。その後ろには銀の豆勲章があった。まるで、守られるように。
    「……何だよ、それ」
     声こそ落ち着いていたが、目は真っ直ぐにソラマメを射抜いた。怒ってるのに泣きそうだった。変な奴だとソラマメは思った。

    「どうして諦めてんだよ! お前には立派な羽があるじゃん! オレよりずっと空に近いのに、なんで自分には無理だって思うのさ」
     アルの嘆願のような台詞を、ソラマメは聞き流した。そして、わざと笑う。自分は本当に嫌な奴だと思った。
    「アルこそ、空を飛びたいの」
     アルは黙って頷いた。泣きそうに見えるのに、中々涙を流しはしなかった。ソラマメは当たり前のように、言う。
    「無理だよ。イーブイに空なんて飛べるもんか」
    「飛べるよ! ドードリオだって空を飛べるじゃんか」
    「イーブイには無理だよ」
    「無理じゃない!」
     返された定型句に、ソラマメはまた「無理だ」と返して泥沼になるんだと思った。でも、それより先にアルが叫んだのだ。

    「願わなきゃ、願いは叶わないんだよ!」



     ― 父 ん、  で帰っ

       願わなきゃ、願ってなきゃ、もしも

    「願ったって叶うもんか!」
     奇妙な間が空いて、誰かが叫んだ。それが自分の叫びだということに、ソラマメが気付くのに随分時間がかかった。

     気付いた時はもう遅かった。
     はあ、とため息をついた。アルの言葉はソラマメの触れてほしくない場所に触れた。けれど、アルはソラマメを傷付けようと思って喋ったわけではないのだ。それが分かるのに、ソラマメはアルを許したくなかった。許した方がいいのに、簡単に許すと言えるほど、アルの言葉は軽くなかった。

    「明日も早いし、日も沈んじゃうから、寝るね」
     おやすみ、とソラマメは機械のように返事をした。アルは寝床の藁を避けて、部屋の隅で縮こまっている。思い出して巣穴から外を見ると確かに暗くて、すぐにも目が効かなくなると、頭のどこかで理解した。

     カツカツ、とソラマメの爪が木の床に当たって音を立てた。体が前かがみになり、嘴が藁を取る。はみ出た藁を寝床に戻す作業に、ソラマメはいっとき集中した。
     その内作業出来ないほど暗くなったので、ソラマメは足先で探って寝床に潜った。藁の中は暖かいが、父さんの羽毛には敵わない。そんなことを思いながら、ソラマメは無意味な夢を見ようと瞼を下ろした。



    「おはよ、ソラマメ」
    「……おはよう」
     次の朝、ソラマメとアルはギクシャクしたまま城に向かった。途中、メインストリートに出る一歩手前の所で、アルが立ち止まった。
    「ソラマメ」
    「ん?」
     ソラマメも立ち止まる。アルを振り返ろうとは思わなかった。
    「ごめんな」
     昨日のことか、と思った。アルは謝っている。ここで快く許すのが、大人の対応で、アルは大人なんだろうとソラマメは思った。許せばいい、と分かっているけれど、そう出来るほど、あの言葉は軽くない。そこだけは、ソラマメは子どもでいたかった。だから、
    「どうでもいいよ」
     投げた。
     歩き出す。アルの足音が後ろでしていた。

     問題ごと投げて、なかったことにする。どうして自分はこう、卑怯なんだろうと思ったけれど、怒っているから当然の権利だとも思えて、余計に自分が嫌になった。

     それからいつも通り、門を開けてもらい、訓練をして、ドードリオ曹長から叱責を浴びた。いつもの訓練が終わって、いつものように帰ろうとした矢先、曹長に呼び止められた。用向きを尋ねると、黙って付いて来いと言う。
     なんだろう。二等兵にでも転落するのだろうか。長い足で歩いて行く曹長に置いていかれないよう、足を出来るだけ素早く動かした。アルに「用事あるから、帰るよ」と言われたのだが、それも上の空で頷いてしまった。なんだろう。ソラマメがあまりにも役立たずなので、除隊とか。三曹には新人だけど見所があるのでアルがなるとか。なんだろう、悪い可能性しか浮かんでこない。

     急に曹長が立ち止まった。ソラマメはうっかり曹長の長い足にぶつかるところだった。慌てて三歩下がったところで、曹長が振り向く。真ん中の顔が、怒っているような泣いているような変な顔になっていた。
    「聞いたか、ソラマメ」
    「何をですか?」
     ソラマメの返事に、ドードリオは困った風に「それは」と言い淀んだ。

     と、泣いている首が真ん中の嘴をコツコツ叩き、何か囁いた。真ん中は何事か考え込んでいたが、怒っている首に頭を啄かれて「じゃあ話そう」と口火を切った。

    「最近、盗賊が国に入り込んだらしい、という話は聞いたか?」
    「いいえ……」
     正確には、聞いていない、というより、泥棒が国に入り込むのは日常茶飯事なので、取り立てて話題になるような話は聞いていない、だった。
     ソラマメの意図は正しく伝わっていないと思うが、それでも問題なく意思疎通が出来ることもある。
    「なんでも質の悪い奴らに“王冠”を盗まれたらしいのだ」
     王冠ってあの王冠ですか、と質問しそうになるのを、ソラマメは慌てて取り止めた。王冠、と言われれば、この国ではひとつしか示さない。国王が代々受け継いできた、“聖なる豆”が埋め込まれた純金の冠。
    “聖なる豆”の価値はともかく、冠が純金製なので今までも泥棒に狙われてきたらしい。その為、特別な儀式の時以外、厳重なセキュリティーの下で保管されているのだ、と何度も聞いたことがあった。
    「それが、盗まれて、それで?」
    「我々の中にその盗賊がいると思われているのだ」
     そこまで言うとドードリオ曹長の真ん中が眉間に皺を寄せた。この陸軍は他所から来た者たちの吹き溜まり、他の国にいられなくなった奴らが流れ着く場所みたいなところがあるから、それも仕方ないんじゃないかとソラマメは思う。でも、ドードリオ曹長はそんな当たり前のことで頭を痛めている。けれど、鳩でもないドードリオ曹長が陸軍にそんな思い入れを持っているのは、どこかチグハグなことに思えた。

    「ソラマメ三曹。君は我が隊で唯一の鳩だ」
     改めて、三つの首を合わせて放たれた言葉に、ソラマメは「はあ」と気の抜けた返事をする。
    「君にミッションを頼みたい」
     ぐい、と全部の頭で一度に迫られて、ソラマメはつい「はい」と答えてしまった。



    (って言われてもなあ)
     ドードリオ曹長から解放された後、ソラマメは当てもなく城下をさまよっていた。
     ミッションの内容は、本物の盗賊を捕まえて陸軍の無実を晴らすこと。
     でもどうしろってんだ、とソラマメは心の中で毒づいた。ただの盗賊ならそこら辺にいるだろうし、当たりの盗賊を捕まえてもしらばっくれられて終わりだろう。大体、ソラマメに盗賊を捕まえる技量があるかどうか微妙なところだし、第一本当に陸軍の誰かが盗賊だったらどうすんだよ。

     毒を吐くだけ吐くとソラマメの心は落ち着いた。とりあえず情報収集にかかろうと決めて、その辺りで一番大きい豆屋に向かうことにした。ピジョットおばさんの人脈に頼る手も考えたが、鳩の良いおばさんを、こういうきな臭いことに巻き込みたくなかった。それに、頼りたくなかった。
     砂粒を数えながら、豆屋に向かう道筋を取る。歩くにつれて、鳩の姿が目に見えて多くなる。ポケモンの数は多いというのに、鳩以外の種族は中々見つからなかった。
    (陸軍唯一の鳩、か)
     ソラマメは曹長の言葉を反芻した。ソラマメは鳩だから、この国での信頼はある。他の連中は、鳩じゃないというだけで疑われる。曹長も、アルも。

     ソラマメは頭を振ると、豆屋に入っていった。前後ではなく左右に頭を振ったので周りの鳩が驚いたが、もう慣れっこだった。



     結局。
     ソラマメは、ため息を吐き出しながら家路につくこととなった。
     収穫は見事に無し。強いて言えば、大きな豆屋で豆十種詰め合わせを買ったことぐらい。
     素人がちょこっと動いたぐらいじゃ、どうにもならないんだとソラマメは思った。捜査とか治安維持とかも、この国では軍がやる。けれど、そこからソラマメの属する部隊はしっかり弾かれている。そういう任務を与えられるのは、鳩だけだ。

     鳩、鳩、鳩。鳩ばっかだな、この国は。
     鳩の何が偉いのだろう。昔は何となく優れていると思っていた。でも、いざ改まって理由を問われると、弱い。
     それは、ソラマメが弱いからだ。

     思い当たった理由に目を塞いで、ソラマメは巣箱に掛けた縄梯子を一段、一段とゆっくり登っていった。ふとすると嘴が滑って、爪先は段に引っ掛けたまま宙ぶらりんになりそうだった。でも、それに耐えてソラマメは登っていく。それしかやりようがないからだ。

     最後の段に足を掛けて、巣箱の中に転がり込んだ時。ソラマメは目を閉じて、このまま眠ってしまおうと思った。難しい思考なんかなしにして、今は眠ってしまいたかった。



     夜中に目が覚めた。
     どうして目が覚めたのだろう、と寝ぼけた頭で思う。
     辺りは真っ暗で、ソラマメの目では何も見えそうになかった。一応、入り口から月の光が入って来てるみたいだ、とそれに気付くと、目が少しずつ光を感じ始めて、さっきまで真っ暗だったのが嘘のように部屋が明るく見えた。
     部屋の中で、見覚えのある小さい獣が動いていた。
    「アル?」
     呼びかけてから、まだ寝ぼけた声だと思った。ソラマメは、まだ半分夢の中にいた。

     アルが耳をピンと伸ばした。月明かりの中で、襟巻きの白は何故か光って見えた。何か探し物でもしてるみたいに、アルはゆっくり首を回した。たっぷりとした襟巻きが、少しずつ捻れて動く。何故光っているのか見ようと、ソラマメは瞬きをする。しかし、瞬きすると目は冴えるよりも眠くなる方になるみたいで、ソラマメはすぐ本格的に目を閉じることにした。
    「おやすみ」
    「おやすみなさい」
     その言葉が妙に艶かしく聞こえたけれど、夢の中で聞いた所為かもしれなかった。ソラマメは眠りに落ちる直前、襟巻きの白が眩しかったのは、量が多いからだと思った――



     夜明けを告げる鐘がなる。それを聞いて、ソラマメは今日もまた一日が始まったと思った。
    「ない!」
     起きるのとほぼ同時にソラマメは叫んだ。部屋の隅で眠っていたアルが飛び起きた。ソラマメはそのままの勢いで、叫び続けてしまった。
    「どうしたの?」
    「ないんだよ、銀の豆勲章が!」
    「えっ?」
     ソラマメは大慌てで部屋を探し回った。しかし、四隅と寝床を探して、もうそれが部屋のどこにもないことが分かってしまった。必死に寝床の藁を掻きむしった。しかし、願っても願っても、銀の豆勲章は藁の中から出てこない。もうこれ以上探す場所なんてないのに。

    「どうしよう」
     どうすればいいか分からず、ソラマメはただ呆然とした。あれは父の功績を讃える物で、ソラマメが同じように功績を上げたらというものじゃなくて、国王様に言ったらもうひとつ貰えないかなとかそういうんじゃなくて。
     胸に風穴が空いた感じがした。
    「どうしよう」とまたソラマメは呟いた。ある時は邪魔だと思っていた。でもなくなったら、というか、盗まれるなんて思っていなかった。巣箱はセキュリティーどころかプライバシーもない丸い出入り穴ひとつで、それでも家の物を盗まれたりなんてしなかった。泥棒が出没しだしたのは、この国が戦争に負けて、鳩以外を受け入れ始めてから。

     気付くと、藁はボロボロになっていた。床の木材にも爪痕が幾筋も走って、その切り傷の淵を埋めるように木屑と藁の欠片が沈んでいた。あ、銀の豆勲章がない、と思った。昨日の夜のことを思い出した。そして、恐る恐る顔を上げた。
     アルと目が合った。茶色の毛の向こうからでも、彼が青ざめたのが分かった。
     その時、ソラマメがどんな顔をしていたのか分からないけれど。



     銀の豆勲章が盗まれた話は、瞬く間に小隊の皆に知れ渡った。というか、皆同じ巣箱にいるのだから仕方ない。
     同じ隊の連中が怪しい、ということになって、第一小隊の全員が聴取された。取り調べに来た連中も例によって鳩、鳩、鳩だった。
     他の奴らのことは知らないけれど、大体が不愉快な思いをしたようだった。ヘルガーはいつまでもブツクサ言っていたし、ポニータ二曹はぐったりと廊下に座り込んでいた。タテトプスはかなりややこしい事情があって陸軍に流れ着いたらしいが、そのことで無茶苦茶言われたらしい。無論、鳩であるはずのソラマメも無傷では済まず、「質に入れたのを誤魔化してるんだろう」とまで言われた。

     タテトプスの隣で、ガーディだけは何故か元気で、余っているらしい正義感を振りかざしてバウバウ吠えていた。
    「っていうか有り得ないっすよね、鳩の奴ら! こんな可愛い女の子を苛めといて、ごめんなさいのひとつも言えないんすよ。おれが電気タイプならさくっとやっつけるのに」
    「うるさいぞ」
     そのガーディをたしなめたのは、一昨日豆屋にいたレントラーだった。最年長らしい彼も、多分嫌がらせを受けたのだろうが、それを感じさせない落ち着きぶりだった。ポニータ二曹が申し訳なさそうにレントラーを見る。曹長が呼び出しを食らっていない今、自分がたしなめるべきなのを済まなく思っているのだろう。と、レントラーの顔がソラマメの方に向いた。

     なんだろう、とソラマメは身構えたが、レントラーは何も喋らなかった。ちょうどその時、聴取を終えたアルが部屋から出てきたからだ。
     アル、と呼びかけることは出来なかった。アルもソラマメに話しかけようとはしなかった。
     アルの姿が廊下の角を曲がって消えた。
     それからソラマメの帰宅許可が下り、ソラマメはひとりでトボトボと巣箱に帰った。もう、砂粒を数える気にもならなかった。



     ピジョットのおばさんには会わなかった。ソラマメが彼女の挨拶に気付かなかったのかもしれないけれど、もうそれで良いと思った。
     相変わらず四角で、洒落っ気のない巣箱を眺めて、自分は帰ってきたんだな、と思った。隊の誰ひとり、曹長でさえ帰宅を許されなかったのに。アルなんて身柄を拘束されたのに。ソラマメだけがここに帰ってきた。鳩か、鳩じゃないか、それだけの違いで。

    (でも、アルのことは僕の所為だ)
     縄梯子の一段目に足を掛けたまま、ソラマメは思った。もしも、自分が相手の中傷に平気でいられたら。もしも、自分が「イーブイを見たような気がする」なんて言わなければ。あんなの、夢かどうかさえはっきりしなかったのに。

     ああもう、とソラマメは頭を左右に振った。それで驚く人は近くにいなかった。それでふと思い付いて、そういえばフーディンの爺さんどうしたんだろうと思った。豆を賄賂にして追い出してくれるよう頼んだはずだった。もう追い出して住む人もいないけれど、一応様子を見るだけと称して、ソラマメは自称参謀フーディンの家の中を覗き込んだ。本当は何かやって気を紛らわしたいだけだと、自分で分かっていたけれど。



     中にはポケモンが三匹いた。
    「そうじゃなくて、あのイーブイが何故捕まったか分からない以上、品物はここに置いていくべきだと」
    「全部持ってっちまえふはははは」
    「そうよ。もうこの国はおさらばするんだから固いこと」
     会話は実に変なところで止まった。丸い穴から中を覗いたソラマメに、三匹は時間差で気付いた。同時に気付かれたらとりあえず逃げるところを、順番こだったので逃げるタイミングを失ってしまった。

    「食らえ、エアスラッシュ!」
    「ばかっ」
     三匹の内の、見慣れたハトーボー――明らかに寮母さんが最初に動いた。見境なしに放たれた風の刃が、遠慮なくソラマメに当たって弾き飛ばした。

     ソラマメの体がありがたくないことに宙を飛んで、地面にぶつかる。仰向けに転がって何とか羽をばたつかせて起き上がる。巣箱から、自称参謀フーディンが出てきた。
     ぐにゃ、とフーディンの手のスプーンが、蝋みたいに変形した。
    (来るか?)
     ソラマメは両羽で顔を覆った。こういうのがエスパー技相手にどのくらい意味があるのかは分からないが、何故かソラマメの後方で爆発音がした。

    「間違えた。シャドーボールやっちまったわい」
    「何やってんのよボケジジイ!」
     その後ろからハトーボーが、目を血走らせながら出てきた。理由は分からないが、火を吹きそうな勢いで怒っている。
    「だからっ! さっさと逃げようって言ったのに! 『品物ちょっと置いてあの新参イーブイに罪着せよう』、なんてややこしいこと言うから!」
    「わしじゃないよー」
     フーディンは変形したスプーンの先を指先でしきりにつついた。まるで駄々をこねる子どもみたいに、ソラマメには見えた。フーディンの癖に知性が感じられないし。特に目付き。

     フーディンとは逆に、今にも生物を射殺せそうな目付きでハトーボーが言った。
    「もー、銀の豆勲章盗った時点で逃げたらいいじゃないの! 何よ安全弁って! そんなことするから逃げるのが遅くなったんじゃない!」
     便利な犯人だとソラマメは思った。黙っているだけなのにどんどん自白してくれる。
    「もう、いっそのことこいつを犯人代わりにして」
    「それは良くない」
     艶かしい、よく通る声がした、と思ったら、ソラマメの体が地面を擦りながら南に移動していた。かなり痛い。

     また仰向けに倒れたソラマメの上に、幼い、女の子の顔が出現した。茶色の体、長い耳、白いたっぷりとした襟巻き。今ではソラマメにも見慣れた種族、イーブイだ。
     けれど、アルじゃない。
    「今はこの国も周囲と国交を結んでいる。国外に逃げても手配されるわ。適当なハズレを掴ませる方が効率が良い」
     ハトーボーの方を見て、言う。そしてフフ、と笑った。
    「私はふたりに脅されて協力していただけ。あなたに技をぶつけたけど、それは不本意。ね」
     顔に似合わない成熟した声に、もっと聞きたいと思ってしまうようなイントネーションが組み合わさっていた。
     顔と声が合致しないイーブイは、なおも喋る。少しソラマメに顔を近付けて、小さな声で。
    「私はこの場を去るわ。逃亡の好機を手にした、という理由で。しばらくはこの国にいるけど、もちろん探したって無駄。あのドードリオでも、イーブイでもね」
     そこまで言うと、イーブイは口元に暗い塊を溜め始めた。げ、シャドーボール、と思ったが別にダメージはないから大丈夫じゃん、とそこまでは考えが至ったのだが、あと一歩足りなかった。

     うぎゃー、と可愛くも何ともない悲鳴が上がる。フーディンジジイのだろう。確かにソラマメにダメージはなかったが、シャドーボールが地面に当たって砂を巻き上げ、辺りは砂の霧で覆われたかのようになった。ソラマメは両手で顔を覆って砂で出来たスコールに耐えた。翼に当たる感覚がなくなって、ソラマメは目を開く。少しの砂埃は無視して起き上がる。
    「くそっ」
     ソラマメは舌打ちした。予想通り、さっきの顔声不一致イーブイは姿を消していた。盗賊のひとりをまんまと逃がしてしまったのは、腹が立つ。

     でも、まだいる。

    「きいーっ! もうこうなったら逃げるわよ! ジジイ、ほら、テレポート!」
    「初期位置をここに設定したので使えませーん」
    「もーっ、役立たず!」
     単なるヒステリーババアと化したハトーボーは、フーディンの両肩のがっしりした部分を掴むと、羽を強烈に羽ばたかせて空に舞い上がった。
    「ふ、ふーんだ。空を飛んで逃げたらアンタ、追ってこれないでしょ。それに」
     フーディンがどこに持っていたのか、手妻のように銀の豆勲章を取り出した。
    「こんなの、あんたが持ってたって宝の持ち腐れなんだから!」
     じゃあね! と吐き捨ててハトーボーは向きを変えた。
     離れていくふたりに、ソラマメは「待て」という陳腐な台詞しか吐けない。ソラマメは飛べない。追いつけやしない。
     父さんが唯一残したものが、遠ざかってしまう。ソラマメが飛べない所為で。ソラマメが銀豆の御曹司に相応しくないピジョンだから、遠くなってしまう。

     ソラマメは諦めるしかなかった。

    「何やってんだよ! 行くよ!」

     聞き慣れた声がした。ここにはいないはずなのに、何故か彼がすぐそばにいた。
    「立てよ、ソラマメ! 早くしないとあいつら逃げちゃうぞ」
    「でも、なんで?」
    「ごめん、それ後で。はい、乗った乗った!」
     アルはいつもと変わらない様子で、ちゃっちゃとソラマメをアルの下側の棒に括りつけた。アル自身は既に上側にある棒にそれなりの柔軟さを保持して固定されている。
    「これは、もしかして」
     ソラマメは首を回してアルのそのまた上側を見た。こういう時、鳥は首が回るので便利だ。
     便利に見られただけで、理解は追いついていないが。
    「もしかしなくてもグライダーだろ」
     細い、蜘蛛の糸のような骨に真っ赤な布が貼り付けられている。形も何だが鳥っぽいが、飛ぶのかこれ?
    「飛ぶよ!」
     アルの合図はそれだけで、間髪入れず彼は後ろに向かって何かの技を飛ばした。爆発音を置土産に、グライダーは斜め三十度の高さに発射された。風が顔を激しく叩いた。気付いたらソラマメは棒を両羽でしっかり抱き締めていた。

    「これ、知人に手伝ってもらって作ったやつ。イーブイでも飛べるだろちょっとセコイけど!」
     アルはまた「加速する!」とだけ合図して、何かの技を後方に放った。ソラマメは首を回して見る。光る弾が高速で後ろへ流れて行くのが見えた。スピードスターだ。

     真っ赤なグライダーはグングン加速して、盗賊コンビに並んだ。そこでもアルは優しいのか、
    「観念してよ! とにかく勲章を返して欲しいんだ」と犯人に呼びかける。
     それが徒になった。

     フーディンがスプーンの一方をこちらに向ける。と思う間もなく、グライダーは大きく傾いた。どうにか体勢を戻せないかと考える隙も与えられず、第二撃を受けてグライダーは虚しく落下した。
     グライダーの赤い羽がぐるりと回り、その先が狙い打ったように木の枝に刺さった。反対側の羽も良く繁った木の枝に受け止められ、木が折れそうだが何とか、というところでアルとソラマメの体を受け止めきった。グライダーとソラマメの間に挟まれたアルはかなり痛そうではあった。
     うまいことグライダーがクッションになってくれたから良いものの、そうでなかったらふたりとも大怪我するところだった。グライダーが大怪我だが。
    「これじゃ、飛べない」
     ほとんど落ちるように着地してから、ソラマメはグライダーを見上げて言った。赤い翼には大穴が開き、そこを支点にして木の枝にぶら下がっているようだった。

    「でも、行かなきゃ」
     ソラマメの隣にストンと着地したアルは、素早く周囲を確認した。ハトーボーとフーディンを見つけると、そちらを見たまま木を伝って手近な二階建ての上に飛んだ。
     そして、銀色を帯びた光の帯を盗賊に撃ち出す。帯は蛇のようにうねりながら盗賊に近付いて、パッと散開した。銀の五芒星。

     アルが撃ち出した星はそれぞれが銀砂を撒きながら、ハトーボーたちを包囲するように動いて連続で敵にぶつかっていった。しかし、良く見ると半分以上が壁のようなもので打ち消されていた。
    「こっからじゃ遠すぎる」
     アルは二階建ての上からソラマメ目がけて、ジャンプした。
    「やっぱりもっと近付かないと。ソラマメ」
     彼の目が黒豆みたいだ、と思ったのはいつのことだろう。アルの目はソラマメを確と見据えて、決意していた。それはもう黒豆みたいな可愛らしい目ではなくて、落ち着いていて、けれど猛々しい目だった。
     アルが何を望んでいるかは分かっている。

    「でも、無理だよ」
     ソラマメは答えた。アルが求める答えじゃない。なのにアルは、にっこり笑って、ウインクまでしてみせた。
    「無理かもしんないけど、少なくともオレよりは空に近い。だろ?」
     言い終えるとすぐ、アルはちらりとグライダーに目を走らせた。一瞬、名残惜しそうに見えた。しかし、再度盗賊の位置を確認すると、アルは四本の足をバネにして飛び上がった。木に乗り、枝をしならせて隣の建物に飛んだ。そこから隣接する建物へと飛んでいく。アルはあっという間に見えなくなった。

     アルがいなくなると、ソラマメはひとりになった。
     空を飛べという者もいない。空を飛びたいという者もいない。極めて静かだった。そしてこのまま、ソラマメは父の遺品を失う。アルは落ち込み、しかしそれでも巣箱での日常は変わらない。思い出がちょっと失くなるだけだ。

    「ああもう、くそっ」
     ソラマメは格好悪くバタバタと走り出した。アルが辿った建物を確認しながら進む。
     後ろでグライダーが木から落ちたような音がしたが、ソラマメは振り返らなかった。

     羽を動かす。出来るだけ、速く、強く。地面を蹴って飛び出す。まだ駄目だ。また走る。

     どうしようもなく懐かしい感覚が、ソラマメの中に蘇ってきた。羽を動かす。もっと速く。これは明日大胸筋が筋肉痛だと思いながらも、羽ばたく。

     風が吹いた。思わず、ソラマメは風に乗っていた。

     ひゅう、と歓声が口から漏れた。羽の向きを変えると面白いように進んだ。下を見る。高度が足りないな、と感じて、手頃な上昇気流に乗る。カメラで倍率を変えた時のように、町がくいっと小さくなった。
     そして、少し寒いな、と思った。けれど、震えるほどじゃない。昔々、寒いからと父親に抱っこをねだっていたちびポッポは、もういないのだ。

     もう自分の羽で飛べる。自分の身も守れる。

     ソラマメは体の向きを変え、勢いを付けて滑空する。目指すは、空色のスカーフをしたイーブイ。
     敵は背の低い建物が多いエリアに逃げ込んだようだった。アルの攻撃は全く届いていない。しかし、相手の攻撃は届くのだから、アルの側が絶対的に不利だ。このままでは。
    「アル!」
     ソラマメの呼びかけに、アルが振り向く。ぱあっと顔が明るくなった。
    「飛べたじゃん! やったな!」
    「早く乗りなよ」
     さっきまで勲章を取り戻すのに躍起になっていたのはどこへやら、アルはもう既に大喜びしている。
    「いいの? いいの、やったあ!」
    「あれ、取り返すから」
     そう言って、アルを背に乗せて飛び立つ直前に、アルの嬉しそうな顔がまた見えた気がする。さっきのように羽ばたく。けれど、有人飛行は勝手が違う。いくら羽ばたいてもスピードが出ないし、上にも行けない。

     合流して却って失速した彼らに、上から容赦なしのエアスラッシュが降り注いだ。
    「もうこんぐらいでいっかあ」
     ハトーボーの、すっかり枯れた声がする。ずっと叫んでいたのか。対するフーディンは「肩が痛いよー」と繰り返している。
     ハトーボーは枯れた声で怒鳴った。
    「もう、いいでしょ肩ぐらい! それより銀よ! 換金するのよ!」

     ソラマメの堪忍袋の緒が切れる音がした。
     音と同時に、鍛えた足で屋根を蹴りつけて、ソラマメは一気に上昇した。あっという間に距離を詰められて間抜け面を晒している二人組に、ソラマメは引導を渡す。
    「僕の思い出、勝手に売り飛ばすなよ! 食らえ、暴風!」
    「じゃ、オレもとっておきの技出すよ」
     ソラマメの羽ばたきひとつで生まれた荒れ狂う竜巻に、ハトーボーはあっさり飲み込まれた。サイコパワーを駆使して暴風の渦から逃げたフーディンに、アルが痛恨の一撃を食らわして銀の盾もあっさり奪還する。そのままだと落下するアルの下に上手く滑り込んで、ソラマメはアルを受け止めた。
    「ありがと!」
     アルの言葉に、思わずソラマメは「こちらこそ」と答えた。

     別地点に墜落したハトーボーとフーディンを集め、軍に連絡して散々待たされた後、盗賊たちは御用となった。
     逮捕の手続きに付き合っている間にどっぷりと日が暮れるだけならまだしも、その日中に手続きが終わらず、次の日に持ち越しとなってしまった。でも、大事な物は戻って来たからいいか、とアルとふたりで笑いあった。陸軍第一小隊の容疑もとりあえず晴れたので全員無罪放免、明日から訓練なのは大変だけど、でも、前ほど憂鬱には感じなかった。

     その日は駐在所に泊まった。いつもの巣箱から夜明けを告げる鐘とは逆向きに進んだ所だったが、そこでも鐘の音はよく聞こえた。
     こんなにいい音だったんだな、とソラマメは思った。前は、暗い重低音だと思っていたのに。アルにそう言うと、「そりゃ、いいことがあったからさ」と黒豆みたいな目で言った。

    「そういえばさ」
    「ん?」
     ふたり、駐在所を出て太陽を仰いだ。いつもと違う角度から見る朝日が、城を照らし始めていた。
    「どうして銀の豆勲章を取り戻すのにこだわったんだい? 言っちゃなんだけど、君とは関係ない、よね?」
     失礼とも取れるソラマメの問いに、アルは鷹揚に笑って答えた。そう、こいつはそういう奴なんだ。
    「だって、友達だろ」

     夜明けを告げる鐘が鳴る。ソラマメの隣には、誇らしげに空色のスカーフを巻いたアルがいる。
     朝焼けの中で、ばかでかい鳩が翼を広げる。ソラマメも翼を広げる。今日もまた、新しい一日が始まる。





    【何してもいいのよ】

    思うところあって、サイト名を「イーブイの空を飛ぶ!」から「ピジョンの空を飛ぶ!」に変更することにしました。それにともないメインストーリーも変更。それの第一話です。
    イーブイ好きの方には申し訳ありませんが、変わらぬ愛顧をお願いいたしますw

    という四月馬鹿でした。お付き合いいただき、ありがとうございました。


      [No.2342] ごちそうさま 投稿者:マメパト   投稿日:2012/04/01(Sun) 12:01:50     112clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    グラエナさん、いつもお掃除ありがとう。
    鴨鍋はおいしかったですよ。


      [No.2341] 【エイプリルフール】技と暮らす 春の1時間スペシャル【他力本願スレ】 投稿者:門森 輝   投稿日:2012/04/01(Sun) 11:58:18     161clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ※色々とカオスです。他作品のパロディ等も含んでおります。

    アナウンサー『テレビをご覧の皆様お元気ですか……? 技と暮らすのお時間がやって参りました。本日は1時間スペシャルとなっております。まずは「ぜったいれいど」を皆様と勉強いたします。それでは早速本日も、ヒウン大学教授のワザマ シン先生をお招きしたいと思います』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、ぜったいれいどですがこれは強力な冷気で相手を一撃で瀕死に追い込む実に冷たい技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、化学の試験で気体の状態方程式の問題が出た様な場合ですね、すかさずこの技を使いますと、理想気体の体積を0にするという効果を発揮しますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「このゆびとまれ」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、このゆびとまれですがこれは相手の攻撃を自分に引き付けるという、実に目立ちたがりな技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、例えばかくれんぼでもしようかと思ったけど人が集まらないって事、ございますでしょう? そういった場合ですね、すかさずこの技を使いますと、仲間はずれにされている場合を除いて高い効果を発揮しますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「こうそくスピン」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、こうそくスピンですがこれは自らが回転して攻撃するという大変目の回る技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、例えばフィギュアスケートなどで高い評価を得たい場合ですね、すかさずこの技を使いますと 大変高い効果を発揮しますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「とおせんぼう」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、とおせんぼうですがこれは相手の逃げ道を封じて逃げられなくする、大変に迷惑な技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、自分の店に入ってくれたけどなかなか買ってもらえない、そういった場合ですね、すかさずこの技を使いますと、合法かはともかく、非常に高い効果を発揮しますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「みがわり」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、みがわりですがこれは自分の分身を作って代わりに攻撃を受けてもらうという実に無責任な技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、例えば死刑になったがどうしても行きたい用事がある、そういった場合ですね、すかさずこの技を使いますと、友人が身代わりになってくれるという効果を発揮いたしますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「ものまね」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、ものまねですがこれは相手が最後に使った技が使える様になるという実にオリジナリティのない技ですね。日常での効果的な使い方といたしましてはね、急に一発芸を振られる事って、ございますでしょう? そういった場合ですね すかさずこの技を使いますと、あなた次第で大変な効果を発揮しますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「やきつくす」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、やきつくすですがこれは相手の木の実ごと燃やしてしまう大変残虐な技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、探し物がなかなか見つからないって事、ありますでしょう? そういった場合ですね、すかさずこの技を使いますと、探し物が燃えない物の場合のみ大きな犠牲を伴って大変優れた効果を発揮いたしますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「あやしいかぜ」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、あやしいかぜですがこれは自分の能力が全て上昇する事がある、実に奇怪な技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、会社を休みたいのに今までに親戚が不幸に遭いすぎているって事、ございますでしょう? そういった場合ですね、すかさずこの技を使いますと、失敗した時のリスクは大きいですが会社を休める上に心配してもらえるという、一石二鳥の効果を発揮しますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「はきだす」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、はきだすですがこれは蓄えた物を吐き出して攻撃するという大変によろしくない技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、飲み会などで飲み過ぎて具合が優れない様な場合ですね、すかさず……ではなく場所を選んでこの技を使いますと、体調が少し回復するという効果を発揮しますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「ふくろだたき」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、ふくろだたきですがこれは相手1体を味方と共に攻撃するという、実に卑怯な技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、夢の煙が必要だがなかなか手に入らない、そういった場合ですね、「おら! 夢の煙を出せ!」と言いながらこの技を使いますと、引くに引けない結果が訪れますわねホホホ……』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「かたきうち」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、かたきうちですがこれは前のポケモンが倒された時に使うと威力の上がる大変正義感の強い技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、「オトートノカタキヲトルノデス!」と決意する事って、ございますでしょう? そういった場合ですね、すかさずこの技を使いますと、一番良い効果を発揮いたしますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「みねうち」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、みねうちですがこれは相手の体力が必ず1以上残るという、大変心優しい技ですね。日常での効果的な使い方といたしましてはね、例えば殺したい程憎い相手がいるって事、ございますでしょう? そういった場合ですね、すかさずこの技を使いますと、気絶させる事なく苦痛を与え続ける事が出来るという効果を発揮しますね。さらにこの技でなくとも攻撃後に「やったか!?」と発言する事によっても、同じ様な効果を発揮いたしますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「フリーフォール」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、フリーフォールですがこれは相手を空まで連れ去ってから地上に叩き落してしまうという、ドラマティックな技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、とある博士の頭の中に爆弾が! って事、ございますでしょう? そういった場合ですね、許しを請いながらこの技を使いますと、大変に高い効果を発揮しますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。続いては「ダストシュート」を勉強いたします』

    ワザマ『ワザマでございます……。さて、ダストシュートですがこれはゴミを相手に当てて攻撃するという実に汚らしい技です。日常での効果的な使い方といたしましてはね、例えば道端にゴミが落ちている様な場合ですね、すかさずこの技を使いましてダストを手頃なゴミ箱にシュゥゥゥゥゥゥゥゥ! 超! エキサイティンな効果を発揮しますね』

    アナウンサー『なるほど……。勉強になりましたね。さて、本日の「技と暮らす 春の1時間スペシャル」終了のお時間がやって参りました。それでは皆様、また次回お会いしましょう。さようなら』


    ――――――――――――――――――――――――――

     エイプリルFOOOOOOOOOOOOOOOOOOOL! ごめんなさいごめんなさい。色々とすみません。カオスなのは仕様です。最後の方とかワザマ教授のキャラ崩壊してますね。嘘講座書こうとしてたんですけどね、こういう方向に落ち着きました。でも嘘っちゃ嘘ですよね。心残りとしてはもう少し長く書きたかったんですけど、エイプリルフールに間に合わせる為に断念した事ですかね。3時間スペシャルにでもしようかと思ったけど1時間に。あれ1つの技の解説どれ位の時間なんでしょうね。またネタが貯まり次第書いてみたいです。
     と言う訳で他力本願スレよりきとらさんの技講座を書かせて頂きました。ごめんなさい。真面目な講座はきっと別の方が(ry
     当初はエイプリルフールはポケナガの嘘ネタ投稿する予定だったんですけどね、発売前に書いたものですからコレジャナイ感が凄まじくてですね、没となりました。
     とにかくですね、いずれまた書いてみたいですね。真面目に書く気はありませんが。
     
    【書いてもいいのよ】
    【描けるはずがないのよ】
    【お好きにどうぞなのよ】
    【こんな番組で大丈夫か?】
    【ワザマ教授、お許し下さい!】
    【超! エキサイティン!!】


      [No.2340] 逃がすだなんて酷い話だ 投稿者:ピッチ   投稿日:2012/04/01(Sun) 10:55:22     142clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     育て屋の扉に、やたらとカラフルで扇情的なイラストのポスターが貼られるようになったのは、半年ほど前のことだ。
     ディフォルメされたタツベイが崖から飛び降り、下で溢れかえっている仲間に頭をぶつけているもの。過剰とも思えるほどにやせぎすに描かれたキモリが、少ない餌を奪い合って無数の仲間と喧嘩をしているもの。ふんぞり返って餌を独占するたくさんのラクライに追われ、ラルトスやエネコが住処から出て行くもの。
     多くのバリエーションがあるが、そのイラストの上部に真っ赤なインクで印刷された文字はすべて同じだ。
    『ポケモン生態系保護法改正』
     その下に細かく、何月何日からはポケモンを何匹以上逃がすことは罰金や懲役の対象になりますだの、つらつらと規制が書いてある。同じことは腐るほどテレビでもラジオでも聞いてきた。この法律の施行は、もはや来週に迫っている。
     ああ、糞喰らえ。思わず足元に転がっていたミックスオレの缶を蹴り飛ばす。缶はそこらを自転車でひたすらに走り回っていたトレーナーのうち一人の前に落ちて跳ね返った。そいつはイラついた顔でこちらを睨むと、再びペダルをこぎ始める。その自転車の籠に、五つのポケモンのタマゴを載せて。
     この法律の目的は、俺達「廃人」と呼ばれる強さを至上とするトレーナー達の行為……つまりは、育て屋で同じポケモンのタマゴを大量に産ませてから、生まれた中で素質のない大半のポケモンを逃がすという廃人行為それそのものへの抑制だ。
     昔からこの行為は批判されてきた。生まれたばかりのポケモンを野に放つこと自体が残酷だとか、いいや人の手で生まれたポケモンは野生のポケモンよりも強いから生態系を壊してしまうだとか、その主張にはさっぱり一貫性がなかったが、批判されているという点でだけは同じだった。
     そして、世間の大多数は批判する側だった。当たり前だ。廃人行為は誰にでもできることではないし、そもそもする必要がある人間は限られている。そこまでして強さを求めなくてはいけない世界の住人は、この世にほんの一握りしかいない。
     しかしその世界にいる限り、廃人行為を行わなければ勝つことなどほとんどできない。特に、俺のようなトレーナーであるならば。俺は腰につけたモンスターボールの一つを手に取り、顔の高さまで掲げる。中には生まれたばかりの小さなエネコが一匹、丸くなっていた。
     エネコはコンテスト向きのポケモンだと言われる。進化してエネコロロになってもバトルでの能力はかなり低い方で、全く戦わない女トレーナーのペットになっているような場合も少なくない。
     だが俺はエネコが好きだ。だから、バトルフィールドでもずっとエネコを、エネコロロを使い続けた。その度相手は侮りを込めた目つきで俺のエネコロロを見て、適当にあしらえ、とばかりにやる気無く自分のポケモンに指示を出すのだ。
     その適当なあしらい方ですら負けてしまうことが悔しくて悔しくて、俺は意地でもこいつで勝ってやると決めた。
     エネコロロはどちらかと言えば補助技に長けたポケモンで、攻撃は他のポケモンが担当した方が効率がいい。ダブルバトルと交代制シングルバトルに焦点を絞り、エネコロロの相方となるアタッカーを求めていった。
     そのうち他の日の当たらないポケモンにも興味が出てきて、もしかしたら面白い戦い方ができるんじゃないかと考えて、そんなポケモン達も育てるようになった。
     そんなポケモン達を使いこなすためには、廃人行為による個体の厳選がどうしても必要になる。種族からして戦闘向きのポケモンならば多少厳選作業がなくとも、例えば攻撃能力だけ秀でていて、なおかつ戦闘の好きそうな個体を選べば戦える。しかし元々種族からして弱いのでは、そんなことではやっていられない。
     攻撃も防御も素早さも体力も、すべてにおいて最高レベル。そして戦闘が大好きだといったような天才がいないと太刀打ちなどできない。そして天才は、そうそう現れてくれるものじゃない。
     そのためにも厳選作業が必要なのだ。しかしこの法律は、そんなことを全く理解しないトレーナーや、もしくはトレーナーですらない連中の支持で通ってしまった。そういう奴から見れば、野に放たれる選ばれなかったポケモン達はそりゃあ可哀想だろう。
     だが俺は、バトル場において、種族だけで馬鹿にされているようなポケモン達はもっと可哀想だと思う。
     俺はエネコの入ったボールをベルトに戻した。こいつも、戦えるだけの天才ではなかった。こんなポケモン達が溢れかえって、俺のパソコンのボックスは何度もパンク寸前とほとんど空っぽの状態を行き来した。逃がしても逃がしても、天才を求める限り凡才は増え続けていく。そしてこれからは、天才を求めていくことももっと厳しくなるのだ。
     どうするか、と途方に暮れていると、こちらへ近づく人影が目に入った。ここは育て屋の前のはずなのに、俺にはそいつがどうも育て屋を利用するような人間には見えなかった。どちらかというと、例の法案に諸手を挙げて賛成しそうな感じの、家でぬくぬくと自分のポケモンと過ごすのが好きそうな中年のおっさんだった。
     手に持った大判の封筒。どうせ廃人批判のビラでも貼りに来たんだろ、と少しドアから離れて、何とはなしに様子を見ていた。おっさんは案の定封筒からビラを取り出して、ぺたぺたと手際よく育て屋の扉へ貼っていった。貼り終えるとおっさんはすぐに扉から離れて歩いて行く。途中のフェンスなんかにも同じようにビラを貼り付けながら。
     ビラの方に視線を戻して、そこから一度おっさんの後ろ姿を目で追おうとして、思わずビラを二度見した。そこに書いてあった文句は、俺の予想とは正反対の代物だったから。

    「ポケモン引取・飼い主マッチング代行業」

     その文字が目に入るや否や、俺はすぐさまあのおっさんの後を追っていた。







     おっさんは慌てて追いかけてきた俺にも慌てることなく、むしろこっちまで落ち着かされてしまうような温厚な態度で応対してくれた。ちょっと小太りなゴンベ似の見てくれから想像する通りの人物だった。
     俺はおっさんに連れられて、ポケモンセンターのカフェテリアまで来ていた。自販機で紙コップのコーヒーを買ったら、たまたまかおっさんも同じものを頼んでいた。
     話を聞いてみると何だかんだで俺みたいなトレーナーが結構いるらしく、そのせいで相手をするのにも慣れているとのことだった。
     周知期間が長かった分ぎりぎりまで対処を決められない方が多かったようでして、なんて聞くと案外ぐさっとくる。俺も似たようなものだ。半年なんて期間は、対処を決めかねているうちに案外あっさり過ぎ去ってしまう。だからといってどれくらいの期間があればよかったのかは、俺にははっきりとは分からないが。
     おっさんはそんな廃人達の間からポケモンを引き取って、ポケモン販売店や初心者用ポケモン配布所にポケモンを卸したり、はたまた個人でこのポケモンが欲しい、といったような要望に応えて、それで金を取っているんだそうだ。
     廃人達の好むポケモンはたいてい珍しいポケモンで、アチャモやキモリなんかの初心者用ポケモンも大量に産ませることが多い。初心者向けのポケモンでなくても、例えば中級者程度のトレーナーがタツベイなどを欲しがる時は、住処に行って捕まえてくるよりは廃人の知り合いから貰ってくる方を選ぶことが多い。
     そういう縁故のないトレーナーには確かに需要があるのだろう、と納得した。しかし同時に疑問も湧いた。
     俺の産ませているポケモンは、エネコだとかポチエナだとかジグザグマだとか、一部を除けばその辺で捕まえてこられるようなポケモンばかりだ。
     そんなポケモンでも引き取ってもらえるのか、と聞くと、おっさんは恰幅の良い体を揺らして笑った。
     曰く、そういうところにもちゃんと需要はあるのだという。タマゴから生まれたポケモンは野生のものより人慣れしているし、たいていが標準のサイズよりも小さくて危険が少ないから、まだトレーナーになれない年齢の子どもとのふれあいコーナーなんかに大層喜ばれるとか。ポチエナは、トレーナーでない人が番犬を欲しがるような時にいいのだとか。
     そして最後に、おっさんは言った。

    「私は、ポケモン達を逃がさなくてもいい道を探したいのです。逃がされて問題視されるポケモンがいる一方で、そうしたポケモンが欲しいと言っている人々がいる。逃がす方も欲しがる方もほとんどが個人ですから、その二人が結びつかないのが問題なのです。だから私は、そうしたマッチングができれば今回のような法律などいらなかったのではないかと考えています。
     私はそうした人々の架け橋になりたいのです」

     その言葉で、俺は決めた。この人にポケモンを預けてみようと。









     それから数ヶ月して、ようやく天才は俺の所にやってきてくれた。夢にまで見た、という表現がぴったりくるほどの、理想の個体だ。今そいつは、仔ポケモンのフリーランコーナーで、将来同じパーティメンバーとして戦う予定の、同じような天才達と一緒に無邪気に遊んでいる。
     その光景を見守っているのは、そのポケモン達の親だ。俺の周りにいるエネコロロやグラエナ、それにドーブルが、遊ぶ子どもたちを愛おしげに見つめている。
     まだこの子どもたちは、バトルすることを知らない。だがその動きを見ているだけでも、そこらの野生で見かけるような普通のポケモンとは違うのだと分かる。生まれて数日で、親にも勝るような足の速さを見せ、瞬発力でもきょうだい達に勝り、いつまで遊んでいてもばてることがない。
     思わず顔がにんまりと歪んだ。バトルフィールドの相手の顔が一瞬の驚愕と、遅れてやってくる激しい怒りと悔しさに、くしゃくしゃにひしゃげる幻が見えた。そしてもうすぐ、その顔が幻でなくなる日は迫っている。そう確信できた。

    「……何なのこの子、ちょっと、トレーナーはあなたなんでしょ?聞いてるの?」

     そこで、すぐそばから聞こえた棘のある高い声にふっと意識が現実に戻る。
     俺のエネコロロが、隣に座った女が膝に置くクリーム色と薄桃色のストールに擦り寄っていた。こら、と一声叱り飛ばして、俺はエネコロロを引き剥がす。
     これ高かったんだから傷ませないでよ、と女がこちらを睨み付ける。知ったことか。そんな大事なものなら、こんな場所に持ち込まなければいい。
     名残惜しげなエネコロロがストールをじっと見て、気を抜けばすぐにでもまた飛びかかりそうな様子だったので、俺は早々に移動を決めた。そういえばそろそろ、ポケモン達の食事の時間だ。
     ポケモン用の食事コーナーまで移動してくると、俺は持ち込みの生タイプポケモンフーズの缶を開けた。このうち肉食ポケモン用の生肉タイプのものは、あのポケモン引取業者のおっさんが、いつもの礼にとくれたものだ。
     何故だかこれは、特にグラエナの食いつきがいい。単に肉だから興奮しているだけかもしれないが。逆に肉分が多すぎるのか、エネコロロは見向きもしないどころかちょっと敬遠している感じすらする。いつものフーズと味が違うからだろうか。
     仔ポケモンたちにはまた別の、特別栄養食の缶を開ける。タウリン配合、インドメタシン配合、と様々な種類の強化食品である。ポケモングッズ売り場でも上位に入る高価格商品だ。そういや買い出しに出た時にエネコのしっぽが安くなっていたから、買って自分で遊んでやるのもいいかな、などと考えながら。
     いっぱい食べて大きくなれよ、と俺は小さなエネコの頭を撫でた。


    ――――
    仮題「とあるマイナー厨と法改正」
    私が廃人だったのなんてダイパ発売前でしたから、自然とその頃の思い出で書いたようです。
    (今の基準からすれば、その頃の私は廃人ではないそうですが)

    昨晩「逃がすだなんて勿体無い」を読んだ時、初めに浮かんだのは「ああ、これはビジネスチャンスだ」って感想でして。我ながら変な発想だなあと思います。
    でも需要があれば、何か動きは出るんじゃないかと思います。
    注意書きは書いておりませんが物騒ぶりが表面に出てきませんでしたし大丈夫ですよね。たぶん。

    お題【自由題】(【書いてもいいのよ】)
    【書いてみた】
    【すみません】


      [No.2339] [旅の終わりに] 投稿者:MAX   投稿日:2012/04/01(Sun) 03:23:38     91clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     そこは人里のはずれ。山林との境目にある1つの小屋。
     人の目なら傍らの休耕地から農家の物置であることが、そして壊れ具合から長らく使われていないことが予想できたろう。
     持ち主は農業から離れて長いのか。もはや立ち入る人もいないだろうその小屋に、1匹のエルフーンが立ち入ろうとしていた。
     畑を耕し、作物を実らせ、収穫する。そのために使われていた道具の数々を納めた物置は、エルフーンにとっての恰好のおもちゃ箱であった。

     鍵のかかっている扉を無視し、1つだけある窓をエルフーンは目指す。本来あるべきガラスはとうに砕け、用をなさなくなっていた。
     壁際に積み上げられた肥料の袋をよじ登り、汚れたガラス片の残る窓枠にエルフーンが足をかける。

    「……ぃっくし!」

     くしゃみが出た。埃とカビの臭いにムズムズする鼻をこすりながら、エルフーンは顔をしかめる。毎度のことだが空気が不味い。取る物取ったらオサラバしよう。

    「……んぁ?」

     はたと疑問を抱く。ひどいひどいと思っている小屋の中の空気だが、今日はいつにも増してひどい。うすら黒いガスが漂い、背筋が寒くなるのに腹の中が熱くなるような、気色の悪い感触があった。

    「ぉお? なんだい、坊主。ここはお前さんの縄張りだったか?」

     見れば、1匹のジュペッタが小屋の隅に腰を据え、窓際のエルフーンを見上げていた。

    「……おっちゃん、なにさ?」
    「俺は見ての通りさ」
    「見てもわかんないんだけど」
    「そうかぃ? そいつぁ悪いなぁ、ヘッヘッ……ジュペッタがひとり、ちょっと息抜きしてるところさ」

     そう言うジュペッタが呼吸をする度、黒い煙が吐き出される。このガスの原因はお前か。不埒な不審者にエルフーンは刺々しい視線を向けるが、しかし当のジュペッタは気にするでもなく、ブハァと黒い息を吐いた。

    「息が臭い」
    「おー、そりゃまた悪い。よく言われるよ。
     そーだな、もう数日で消えるつもりだから、それまで辛抱してくれねぇかな」
    「数日ぅ?」
    「長旅で疲れちまってなぁ。勝手で悪いが、ここで休ませてくれや。ぬいぐるみの俺にゃぁ、雨風しのげる場所ってなぁありがてぇんだ」
    「……好きにしなよ」

     どうせ僕の家じゃないし、とエルフーンは不機嫌に言いつつ小屋に立ち入った。
     棚に並ぶ農具の数々には目移りするというものだが、悩んでいる暇はない。その暇を奪った汚染の原因は「あぁ、好きにするぜ」と悪びれもせず、笑うと共に黒い息を吐いた。

    「また……」
    「ハッハァ、ほんとすまねぇな。俺も止められるならそうしてるとこなんだが、な。お前さんの綿に染みねぇ内に、さっさと出てった方が良いぜ」
    「言われなくても……!」

     しばらくの辛抱だ。それがどれだけ続くかわからないのが腹立たしいが、こんなジュペッタの近くにいるぐらいなら、とエルフーンは小屋を飛び出した。その際に肥やしを一抱え持ち去り、その日のいたずらの事に頭を切り替える。
     そうだ、今日はキュウリのプランターにこれをまいてやろう。もう少しで食べごろのキュウリが、予想以上に早く育ちすぎるんだ。浅漬けやサラダに使おうと思っていたのが、瓜の味噌汁や炒め物にしか使えなくなるんだ。
     それが良い、それが良いとエルフーンは自分に言い聞かせた。


     *


     次の日、農具の小屋はいつになく賑やかだった。何かがザワザワと音を立ててるようだ。何事かとエルフーンが近づけば、軒先にずらりと並ぶカゲボウズが一斉に振り返った。

    「え、ぇ…………え?」

     招くでなく、追い返すでもなく、カゲボウズたちはエルフーンを凝視する。まるで見せ物を前にしたかのような態度で。
     一斉に浴びせられた好奇の視線はエルフーンを慄かせ、しかしそれ以上に不快感を覚えさせた。

    「な……なんだいなんだい、カゲボウズが驚かせやがって、気色の悪い! そのトンガリ頭、つるっと丸めてハゲボウズにしてやろうか、えぇ!? いきなりジロジロと! なんの用だってんだ!」

     “しびれごな”をまき散らしながら、エルフーンが怒りにまかせて吠える。その様はまるで子供のようだったが、効果ばかりは一丁前の“しびれごな”にカゲボウズたちはボトボトと落ちていった。

    「いい気味!」

     フンと鼻を鳴らし、改めてエルフーンは小屋に立ち入る。しかし近づいたところで足が止まった。

    「……なに?」

     見れば、窓から漏れ出る黒い煙が軒下に漂っていた。
     火事か? エルフーンは考える。火の気のない場所だが、ひと気もない。悪ガキがタバコにチャレンジして、消火の不完全な吸い殻を投げ込めばこうもなるだろう。普段からイタズラのことを考えている身として、充分に有り得ると思っていた。
     ここはもうダメか。逃げるか。しかし火事と言うには、煙の割に火の臭いも音も無い。カゲボウズたちが何故か集まっていたこともあり、なにやら不自然に思えた。
     見てみるか。好奇心に駆られてエルフーンは窓に近づき、黒煙の中を覗き込んだ。

    「うわ……なにぃ?」

     小屋中に火事かと見紛うほどに黒い煙が立ちこめている。そこに火の熱や臭いがないから火事ではないとわかったが、しかし天井が見えなくなるほどに煙は濃く、いったい何事かと思わせた。

    「よぉ、坊主。今日は虫の居所が悪いみたいだな」

     煙の向こうにて、その出所は壁に背を預けたまま何食わぬ顔をしていた。窓から覗くエルフーンに、昨日と同じように「ヘヘヘ」と笑う。

    「昨日のおっちゃん? なに? これ、おっちゃんの仕業?」
    「おー? みてぇだなぁ。だいぶん息抜きも進んだってとこだが、そんなにひどかったか?」
    「……火事かと思ったよ」
    「そりゃ驚かせたな」

     草ポケモンだけあって火事が怖いか、とぬいぐるみが笑った。
     他人事みたいに言ってからに、と呆れつつ、エルフーンは小屋に飛び込んだ。こんなところ入りたくもないが、しかしこのままじゃあんまりだろう。
     ひとまずは換気だ。そう思い、エルフーンは本来の出入り口を開錠すると開け放ち、窓から扉までの風の通り道を作る。そして身体を震わせると「ちょあーっ!!」と“ぼうふう”を巻き起こした。それはたいして得意ではない攻撃技だが、煙を流すには充分な威力だった。
     同時に、煙とともに外へ飛び出した風は、哀れにも“しびれごな”をあびて動けないカゲボウズたちを襲った。風にあおられキャーキャー悲鳴を上げるカゲボウズたち。しかし風の音が鳴り響く小屋の中までその声が届くことはなかった。
     やがて部屋の空気は改められ、慣れない技を使ったエルフーンばかりがぜいぜいと肩で息をする。それを微笑ましく思いながら眺めるジュペッタに、軽い風が吹き付けられた。

    「ぅっぷぁ……!」
    「なんだよ、ニヤニヤと」
    「……ホンっトに機嫌悪ぃな。表でも騒ぐし。なんかあったのか?」
    「おもて? なに、聞いてたの?」

     盗み聞きまでするか、と咎める視線を向けるが、「坊主の声がデケェだけさ」とジュペッタは何食わぬ顔で受け止める。

    「つっても、わかるのは坊主がなんか騒いでたってだけだがな。あんまチビども、いじめんなよ?」
    「いじめてなんかないやぃ。あっちがガン飛ばしてきたんだよ」
    「そうかぃ。いや、そいつは災難だったな、どっちも」
    「どっちもぉ? なにさ、それ」
    「ハッハァ、わかんねぇか。だったら わからんままにしといてくれ。ヘッヘ、ェ゛ホッ! ゲホッ!」

     ごまかすように笑い、むせる。その咳に乗ってまた、ひと際大量に煙が吐き出された。せっかく改めた空気が汚れ、エルフーンが顔をしかめる。

    「きったないなぁ、おっちゃん」
    「ぁー……ほんと悪いな。どうもノドが落ち着かねぇってか……はー、恨み辛みで動いてきたが、腹黒い真似はしたことないんだがねぇ」
    「こんな黒いの、垂れ流しといてよく言うよ。……げほっ! 僕も気分悪いや」
    「いやぁ、こんな俺でもやってることは大人しいもんだったぜ? せいぜい元の持ち主を探して西へ東へ。ブラブラしてるだけだったよ」
    「その黒いのをまき散らしながら?」
    「いんや、こいつは最近になってからさ」

     そう言ってジュペッタは天を仰いだ。その「最近」を思いだし、ハァ、と息を吐く。

    「……この辺に来たあたりからだ。なんだか腹の中が窮屈になってな。ちぃと一息吐いてみたら、スッと軽くなったんだよ。今まで腹ん中に押し込んでたものが、この黒いのになって吐き出された。そんな感じだったな」

     言葉にあわせて黒い煙が口から漏れる。エルフーンにしてみれば空気が汚れるからやめてほしいのだが、こうまで言ってなお聞かないのなら、いっそ諦めてしまおうかと考えていた。
     エルフーンの様子も気にかけず、独り言のようにジュペッタは続ける。

    「それからだな。急にいろいろ、気が長くなったっつうか、やる気が失せたっつうか。
     ……そうだ、坊主。お前さんもエルフーンなら、やっぱりイタズラは好きか?」
    「好きか、って……なんだよ、いきなり」
    「なに、ちょっとしたオッサンのお節介さ」

     いきなりの問いかけにエルフーンは戸惑う。なんのつもりかと怪しむが、ジュペッタは相変わらず笑うだけだ。

    「……そりゃ、僕もエルフーンだし? イタズラは好きだよ。楽しいよ? それがなにさ」
    「そうだよなぁ。エルフーンっていやぁ、イタズラが生き甲斐みたいなもんだ。ま、お前さんならエルフーンでなくてもイタズラ好きだったろうがな」
    「どういう意味さ」
    「いやいや、なんつぅか、な……今を楽しめよ、と。イタズラがつまらないと思うようになったら、お前さんも……アレだ。おしまいだ」

     それはオッサンの、若者へのアドバイスのような物言いだった。しかし「おしまい」と言われてエルフーンは眉間にシワを寄せた。

    「おしまい? なにさ、えっらそうに。
     確かにエルフーンはイタズラ好きだよ。けどそれだけで生きてるわけないじゃんか。
     イタズラがつまんなくなったら、そん時ゃきっと、別の事を始めるさ。
     おっちゃんは、あれだ」

     エルフーンが苛立たしげにジュペッタを睨む。その口から出るのは、心からの拒絶。

    「大きなお世話なんだよ」
    「…………ハッ」

     しかしジュペッタは笑った。

    「アッハッハー、そっかー!」

     前向きなエルフーンだ……いや、自分が後ろ向きなだけか。そう嘲って。

    「……そーだなー」

     そして訝しがるエルフーンに「悪かった」と詫びる。

    「んー?」
    「や、ゴーストが偉そうな事言っちまったからさ。年齢と経験だきゃ若いのにも負けてね、ってつもりだったんだが……恨み辛みだけで生きてちゃーダメだな。頭が固くなって仕方ねぇ」

     言いながらジュペッタは頭をワシワシと掻いた。綿が詰まっているであろうそれは柔らかそうに見えたが、そうじゃないだろう、とエルフーンは黙っていた。

    「まー、なんだ。老いぼれの戯言と思って、忘れとくれや。こっちは身の程ってやつがよくわかったし、もう余計な事は言わねぇからさ」
    「よけーな事ねぇ」
    「そーさぁ、いらんこと言って若者を惑わすわけにゃいかねぇ。老いぼれは静かに隠居して、己の死期を待つってな」
    「…………思ったんだけど」

     老いのせいか、はたまた。やけに多弁なジュペッタが、何か思うところがあるのかと若者の目には映った。

    「偉そうに生き方を語るヤツってさ、たいていそいつ自身が生き方に悩んでるんだよね。いわゆる自己紹介ってヤツ?」
    「おーっとぉ……」

     返答に窮する。図星をつかれてジュペッタが黙り、エルフーンもまた察した。

    「おっちゃんはさ。元の持ち主を探して旅してたんだよね」
    「……あぁ、そうさ。つっても、持ち主の顔も声も、思い出せやしないがね」
    「は?」

     肝心なところが抜けてないか、とエルフーンは自分の耳を疑った。しかしジュペッタはいたって平然とした態度で続ける。

    「いやー、もう何十年も前だからなぁ。
     いつの間にか自力で歩いてたし、思い出せるのは……カエセ、カエセって喚いてた事ぐらいかな」
    「いや、それってゴーストポケモンとしてどうなの? なんか、すんごい危うい気がするんだけどさ」
    「そう言われてもな。サッパリなんだな、これが」
    「自分のことじゃんよ……」

     その呑気ぶりにエルフーンは呆れ果てるが、当のジュペッタは「なんか取られたんだと思うね、俺は」と笑うばかりだ。記憶喪失のような状態だというのに、幽霊が未練を忘れかけているというのに。

    「ったく、ホントよく続けられたもんだね、何十年も」
    「ハハ、言ったろ。恨み辛みだけで歩いてたんだって。
     どうして俺がこうも汚れてまで歩かなきゃならないんだ。俺を捨てた持ち主め。夢枕に立って恨み晴らしてくれるわー……ってな」

     ジュペッタはおどけて言った。だが直後に軽いため息をつき、目を伏せる。まるで「もう終わったことだ」と懐かしむように。

    「……って言うけど、ねぇ、おっちゃん」
    「おぉ。もう無理だ。疲れた」

     エルフーンに話したことと同じ。全てをかけた生き甲斐を失い、在り方を忘れた幽霊の姿がそこにあった。若いエルフーンにはそれがとても痛ましく見え、いたたまれなく思えた。

    「……後ろ向きなこと言って、しんみりさせちまったかな」
    「まぁ、仕方ないさ。おっちゃん、ゴーストポケモンだもん。
     ……あーでも、ダメだ。今日はイタズラもする気も失せた! こんな日はひなたぼっこと昼寝に限るや!」
    「おぉ、ひなたぼっこかー。いいなぁ。俺も虫干しするかな、たまには」
    「ヘヘ、日焼けしない程度にね。お天道様は平等だからさ。
     そんじゃーね、おっちゃん」

     陰気臭い空気を払うようにことさらにエルフーンは声を上げ、小屋を出て行く。
     その背中へ軽く手を振り、ジュペッタもまた声を投げる。

    「おう、そんじゃあな、坊主」

     開きっぱなしのチャックの口は、呼吸の度に黒い煙を吐き出していた。


     *


     虫の音ばかりが遠くに響く深夜のこと。眠らぬジュペッタは、長い夜をエルフーンの言葉と共に過ごしていた。

     自分はどうして、ジュペッタになったのだろうか。
     思い出せる最も古い記憶は、何かが無性に恨めしかったことと、そして何かを強く求め焦がれていたことだけ。
     何かがなんだったか、何故だったか。それは思い出せない。
     久しく思い出してなかったからか。それなら、そう重要な事ではなかったのだろうと思い、無性に悲しくなった。
     ひどく、ひどく悲しく感じた。

     わずかな明るさを感じ、ジュペッタは窓を見た。
     ガラスのない窓から明かりが差し込んでいた。月明かりか。思ったが、しかし小屋の窓から月が見えないことは最初の夜から知っている。
     不思議に思い、明かりの下に歩み出る。
     その目に映る窓の外は、やはり星空しかなかった。


     星空が、あった。


    「そこにいるのか?」

     星空にジュペッタは声を漏らす。

    「そうか! そこだったのか!」

     歓喜に目を見開き、叫ぶ。

    「やっと見つけた! 今、行くから! 俺もすぐに行くから!」

     その口からは、声だけが。

    「俺、帰ってこれたんだな!」

     そして、だから、気づいた。
     カエセは、帰せ、だったんだ、と。


     *


     翌日、人里にエルフーンの姿があった。もちろん、イタズラ目的である。
     手ごろな家に目をつけると、その軒先に立ち、綿毛の中から汚れ切ったぬいぐるみを取り出した。

     それは今朝のこと、いつもの小屋には今日もカゲボウズが群がっていた。
     エルフーンはうんざりする。また気色悪い視線を向けられるのか。がしかし、エルフーンに気づくやカゲボウズたちはクモの子を散らすように飛び去っていった。
     なんのつもりか。事情は分からないが、とりあえずやることは変わらない。釈然としないながらもエルフーンは小屋の窓までのぼり、そこで黒い煙がなくなっていることに気づいた。
     窓から中を覗き見れば、ボロボロのぬいぐるみが仰向けに、まるで窓から空を見上げるように倒れていた。
     全身黒く汚れているが、もとは桃色のウサギか。長い耳は右が無く、残る左耳も半ばからちぎれていた。手足は付け根の糸がほつれ、先端は擦り切れて綿がはみ出している。そして口は左右に裂け、泥の染み付いた綿があふれ出ていた。
     不気味なぬいぐるみだ。そう思うと同時にひらめく。こいつを人間の家の前に置いておけば、きっと驚かすことができるだろう。ならばイタズラの道具にと、ぬいぐるみを綿毛の中に仕舞い込んだ。

     そのぬいぐるみを、エルフーンはある民家の軒先に置き去りにする。何故そこなのか、そうするのか、特に理由は無かった。ただ、そうしたほうが良い、となんとなく感じただけだった。
     だから、同じようにただ感じただけの行動をする。

    「……どーいたしまして」

     ぬいぐるみから「世話になったな、坊主」と聞こえた気がしたから。




     * * * * *
     長らく考え続けていたお話、ようやく形になりました。
     考えていた当初は、ジュペッタの綿にあった呪いがエルフーンの綿に移り、エルフーンが「わるいポケモン」になる、というオチを考えていました。
     ところが先日、「盗まれた曰くつきのシロモノが、盗まれた先で呪いをバラ撒いて戻ってくる」というオカルト系の話をネットで見かけまして、心惹かれて方針転換と相成りました。
     もし興味がおありでしたら 「どろまま ちょっと分けてみた」 でグーグル検索をどうぞ。オカルトパワーって、すげぇ。
     以上、MAXでした。
    【批評、感想、再利用 何でもよろしくてよ】


      [No.2338] 掃除屋の鍋パーティ 投稿者:リング   投稿日:2012/04/01(Sun) 03:18:59     145clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    掃除屋の鍋パーティ (画像サイズ: 520×347 54kB)

    テーマ:『マメパト』


    おととしの九月から結成されたというマメパトの革命集団『覇闘暴』が、マサラポケモン自治区の豪雪地帯にある『招雪西都(しょうせつさいと)』をクーデターで落とし、その際に図書館の中庭を利用して乗っ取り記念鴨鍋パーティーなるものを始めたそうだ。
    何を煮込んでいるのか……それは、つい最近までここを収めていたというポケモンたちだろう。見覚えのあるその亡骸が肉となり、骨となり、出汁としてスープにされていたのだ。

    この鴨鍋パーティーに俺たち掃除屋(スカベンジャー)が呼ばれたのは、何の間違いかと思ったものさ。なぜって、俺たち最下層のポケモンは一生を労働に費やし生きる『掃除屋』なのだから、政治には無関係の存在だ。政権なんて誰が執り行おうとも変わらないから、政治にはほとんど無関心で生きてきたし、むしろ鳩のくせにタカ派のあいつにゃ、無関心ながらも風のうわさを耳にしては不信感を抱いたりもしたもんだ。
    そんな掃除屋を鴨鍋パーティに呼んだのは、俺たち掃除屋に一つの仕事を頼むためであったようだ。

    それは、屈辱と恐怖を与えることだ。前の政権を牛耳っていたやつらの家族や、腹心などに恐怖や屈辱を与えるには、俺ら最下層の住民に喰われることが効果的だと。
    掃除屋……それは、文字通り掃除する事ではなく、雪の季節はいつまでも残る凍死体を骨まで余さずに処分するバルジーナとグラエナの事を指す。
    鍋によって出汁を吸い尽くされた骨を、雑炊と一緒に振る舞われる。正直、マメパト共のこともあまり好きではなかったが、久しぶりの暖かい飯に俺は飛びついたってわけさ。
    俺はグラエナ。丈夫な顎と丈夫な胃袋で、骨まで食ってしまう掃除屋だから、恐怖を与える役にはもってこい。
    バルジーナの野郎どもは、頭骨をオムツにしてやるだとかで、わが子に対して王冠のようにカモネギの頭骨を差し出してやっている。屈辱を与えるには追って来いってこったね。
    そのおどけた様子を、マメパト共は酒に酔いしれたようなテンションで、楽しそうに見守っていた。

    さて、このマメパト共の権力もいつまで続くことだろうか。俺の生活はきっと、だれが政権を握ろうと変わらないだろうがね。



    (スラム街に生きる掃除屋グラエナHさんの証言より抜粋)


      [No.2337] 図書館は乗っ取りました。 投稿者:マメパト   投稿日:2012/04/01(Sun) 02:24:27     193clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    図書館は乗っ取りました。 (画像サイズ: 800×582 63kB)

    こんばんは、マメパトです。
    突然ですがここの図書館を乗っ取らせて貰いました。

    今日からここのHPの名前は「マメパトのポケモン図書館」通称「マメポケ」!
    苦情は受け付けないよ☆

    No.017さん?
    なんのことかなぁ。

    もちろん、カモネギなんて知らないよ。

    ミカルゲならその辺に倒れてたんじゃないかな?


      [No.2336] Re: サクライロノヒミツ 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2012/04/01(Sun) 00:19:11     97clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ああ! そのネタ使いたかったのにwww
    先超されたかwwww

    やっぱこの一節は魅力ありますよねー。


      [No.2335] Just You Wait! 投稿者:きとら   《URL》   投稿日:2012/04/01(Sun) 00:00:47     117clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    前書き:非常にカップリング色の濃い話です。



    あのロクデナシ、いつか潰す


    【Just You Wait!〜今に見てろ!】

     ポケモンのフラッシュが明るく洞窟を照らしてる。ムロタウンの人によれば、一方通行だから迷うことはないよって言ってた。でも歩いても歩いてもそれらしい人とはすれ違わない。そもそも名前だけで解るものなのか心配になってきた。
     中は広くて私もポケモンも疲れて来てた。どこか休める安全なところを探そう。岩が重なっただけの階段を登ると、その先に光が見えた。太陽の光か、私はとりあえずそこを目指した。
     そこには人がいた。後ろ姿だけだったのに、私は声をかけられなかった。凄くきれいで、優しい雰囲気のお兄さん。生まれて初めてこんなに美しい人がいることを知った。
    「君は…?」
     みとれていたら、向こうが気付いた。ふんわりとした大人の声だった。こちらを見てる。私はしばらく話しかけられたことも忘れていた。
    「あ、私、デボンの社長さんから石の洞窟にいるダイゴさんに手紙を渡すよう言われていて…」
     緊張で声が出にくい。だめだ、第一印象を良くしたいのに。
    「ああ、僕がダイゴだよ。わざわざこんな洞窟の奥までありがとうね」
     にっこりと笑った顔はもう素敵とかかっこいいとか、そんな言葉じゃ表せない。けど初対面の相手にこんなことを思っているなんてバレたらなんか嫌。バレないように封筒をダイゴさんに渡した。
     受け取るとダイゴさんは封筒を一通り見た。何かおかしいのかな。何も落としてはないはずだけど。
    「ふうん…」
     ダイゴさんはそれだけ言うと手紙を懐にしまった。内容解ったのかな。もしかしてエスパーとか? だとしたら私の心の中とかも、もう読まれちゃってる!? やだー!
    「ああそうだ君にお礼しなきゃね」
     え、そんな…ダイゴさんが私にくれる? ちょっと待って、それってあの俗に言う…でも私の年じゃまだ早いっていうかっ!
    「君はトレーナーみたいだし、僕の好きな技マシンをあげよう」
     なんだ技マシンか。それでもダイゴさんの直接手渡しでもらっちゃったよ! なんて人なんだろう、ダイゴさんって凄く他の人と違う!
    「あ、それポケナビじゃないか!」
     舞い上がってた私は見事に無視され、ダイゴさんは腰についてたポケナビに興味を示した。まぁ男の人って機械好きって言うし!
    「僕もトレーナーなんだけど、ここで会ったのも何かの縁だし、登録していいかな?」
     ま じ っ す か !
     落ち着け、落ち着け私。ここでバレたら二度と会えないかもしれないぞ。ここは慎重にコトを進めなければ!
    「は、は、はいっ!」
     ダイゴさんとナビ友! ダメだ電話しすぎてうざがられたら終わりだ、電話は週に多くて2回だ。メールも長文じゃなくて短文を心がけて、絵文字も…
    「ハルカちゃんね…さっきから顔が赤いけど、暑いの?」
    「そんなことないです! です!」
    「君おもしろいね。ハルカちゃんはどこから来たの?」
     私のこと聞いて来る! もしかしてもしかして、脈あるかも! こんなに出来すぎた人が私を見てるなんて!
    「私はジョウトからミシロタウンに引っ越して来ました!」
    「ふーん、なんで?」
    「お父さんがこの度ジムリーダーに昇進したので、あ、お父さんはトウカシティのジムリーダーなんです! 私、お父さんみたいに強いジムリーダーになりたくて、ポケモンと一緒に旅に出ましたっ!」
     私のお父さんの話をして感心しない人はいなかった。ダイゴさんだってきっと感心してくれて、そこから始まる
    「あ、そう。ま、ジムリーダーなんて名前だけでしょ」
     は?
     もう一回いってみろタコ
    「ジムリーダーやエリートトレーナー、チャンピオンなんて名前だけに、君はなりたいの? まぁ君はまだ子供だから目指すのは悪くないけどね。全く、子供は形から入りたがるから嫌なんだ」
     仕事あるから、とタコは出ていった。私は上手く言い返せず、やつの背中を見送った。

    「くやしー!!」
     ムロタウンに戻って、さらに怒りがこみ上げる。ダイゴに言われたことの意味、そして少しでも感じてしまったときめき。
    「ダイゴめ…いつか見てろ。チャンピオンになって、お前をボコボコにしてやる!」
     私の目標は変わった。強くなってダイゴをボコす。それ以外の何ものでもない。


    【向き合い方】
    「ハルカどうした」
     ハルカの友達のユウキは言った。110番道路で会って勝負したはいいが、ハルカのポケモンから溢れるボコすオーラにユウキのポケモンはすっかりおされてしまった。
    「前はお父さんみたいになりたいって言ってたのに」
     別人のように変わってしまったハルカに、ユウキはおそるおそる聞いてみた。
    「目標が変わった。打倒ダイゴ! イヤミなトサカ頭をボコボコにする」
    「ダイゴ? え、ダイゴって」
    「だからイヤミなトサカ頭! 初対面の人間にも余裕のイヤミっぷり! もう信じられない!」
     初めて会った時は温厚で控えめな子だとユウキは思った。ここまで怒らせるにはどんなにイヤミ言ったらなるのだろう。ユウキの疑問は解けない。それに彼女の怒りの矛先は、どこかで聞いたことがあった。
     けどユウキが疑問を挟む余地はない。ハルカの怒号のトサカ頭コールに、ユウキはひたすら押し流されていた。激流に飲まれたかのごとく、黙るしかない。
    「ハルカ」
    「何?」
    「おごるから何か食べて落ち着こうよ」
     激流を連れて、カイナシティのレストランに行く。その間、ハルカは黙っていたが、怒りのオーラだけは隠しきれていない。ユウキはなるべく彼女の方を見ないように、おいしそうなレストランを探す。
     ユウキの心配をよそに、海の幸を前にしてハルカもさっきまでの怒りが嘘のよう。ユウキはホッと胸をなで下ろす。
    「でさぁ、そいつマジで」
    「ハルカ、あのさ」
    「うん」
    「さっきからその人のことしか話してないけど、本当は好きなの?」
     ユウキは地雷に飛び込んだことを後悔した。いくら後悔しても後の祭り。立ち上がったハルカを、ユウキはじっと見る。
    「そんなことあるわけないでしょ! 私はあいつ嫌いなの!」
     にっこりと言う。それがユウキにとって怖かった。



     ユウキと別れてからかなり経つ。ハルカはフエンタウンの温泉の一室で思いっきり寝転がった。
     ポケナビをいじる。目に止まったのは登録してから一度も使われてないダイゴの連絡先。ハルカは舌打ちする。
    「チャンピオンになって、それからあいつのポケモンを手持ち全員ボコボコにして、土下座して謝らせて、それから…」
     ハルカの空想は止まらない。頭の中でダイゴを虐げても虐げても足りない。


     それは天気の悪い日だった。海の波は高く、せっかく覚えたなみのりも生かせない。ハルカはブラブラと118番道路を歩いていた。
    「やぁ!」
     ハルカは身構えた。段差から人影が飛び降りて来る。その人影を確認するが早いが回れ右。
    「ちょっと待ちなって」
     ダイゴの身のこなしも早く、まわりこんでハルカの進路を塞ぐ。それと同時にハルカはダイゴから目を思いっきりそらす。体の向きまで反対を向きそうだ。
    「いやいいですこんなところで会うなんて悪運の間違いですさようなら」
    「ふーん、そう。残念だなあ。じゃ」
     ダイゴの手にはモンスターボールが握られていて、中から金属がこすれ合う羽音を出すポケモンが現れる。エアームドという固い鳥ポケモン。ハルカは目をそらしてても、ポケモントレーナーとしてエアームドに目がいってしまう。そのエアームドとハルカの間に怖い顔したダイゴが立つ。
    「なに人のポケモンをじろじろ見てるの。悪運が乗り移ったら大変だからね」
    「なんですかその言い方! 人のことを疫病神みたいに!」
    「君が言ったんだろう? 全く、自分の発言をすぐに忘れて他人ばかり攻撃するから」
     ダイゴは言うのをやめる。ハルカが今にも泣きそうな顔をしてダイゴを睨んでいたからだ。攻撃するには少し年下すぎたかな、と心の中で反省する。しばらく無言の時間が流れる。その間もハルカはじっとダイゴを睨んでる。
    「ぜったい、ぜええっったいボコボコにしてやる!!」
     エアームドがハルカの大声に一瞬ひるんだ。
    「チャンピオンになって、あんたなんかぼこぼこにして後悔させてやる!!!!!」
     突然の宣戦布告にエアームドは思わず金属の翼を広げてハルカを威嚇する。ダイゴは何の動揺もなく、エアームドを制止する。
    「あ、そう。がんばっ」
    「なんでそういう態度なんですか! 少しは怖がったらどうなんですか!」
    「はぁ?」
    「だから、ダイゴさんなんてフルボッコにしてやるって宣言してるんだから、少しは」
    「とりあえず落ち着きなよ。泣きながら宣戦布告したって意味がないだろう」
    「泣いてなんかないです! 私が子供だからってバカにして!」
    「バカにしてなんかないだろう。君が勝手に言ってるんじゃないか」
     ハルカが何か叫んでいるがダイゴの耳には聞き取れない。ダイゴにはなぜこうなったのか理解などできず、目の前の女の子が泣いてるのをただ眺めるしかない。そして通り過ぎるトレーナーたちの怪訝な視線に気付いた。まわりからみたら、どう考えてもダイゴが意図的に泣かしたとしか見えない。こんな年の差があって、しかもこの状況だったら犯罪者にだって間違われかねない。
     つまり、ダイゴは今とても焦っている。それを表情にこそ出さないが、通り過ぎるトレーナーがダイゴを白い眼差しで見ていることには気付いている。目の前のハルカは睨んでいる。エアームドはどうしたらいいという顔をしてダイゴをみていた。


    「いきません! いやです! いきませんったら!!」
     ここまで引っ張ってくるのにだってダイゴは相当な労力を要した。何か食べに行こうと誘ってもそれなのだから。ようやく、一番近いキンセツシティまで連れてくることが出来たのだ。
     冷たいものが食べたいからとダイゴはアイスをハルカに渡した。無難なバニラ味のアイスクリーム。ダイゴの方を見ようとせず、口も聞いてくれないのだから渡すのにだって苦労した。ダイゴだって犯罪者を見るような目つきで他のトレーナーから見られてなかったらとっくに放置している。
     そんなダイゴの心も知らず、彼の隣でハルカはバニラのアイスを口に含んでいる。心の中でため息をつきながら、ダイゴはハルカを見た。
     その顔はさっきとうってかわって笑顔。嬉しそうに食べる彼女を見て、温厚なダイゴも怒りをぶちまける寸前だ。なぜこんなねじ曲がった性格の子に会ってしまったんだろうと。ダイゴの手の中のチョコレートアイスが溶けかけだ。
     ため息まじりにダイゴがチョコレートアイスを食べる。その視線が下に向いた。
    「ついてくんなよ!」
     甘い味覚を吹き飛ばす怒鳴り声がしてる。その方向に周囲の人たちの視線が集まっていた。フライゴンをつれたトレーナーが、足元にいる小さなナックラーを怒鳴りつけている。
     ダイゴはすぐに視線を戻す。ありふれた光景だったから。あれは要らないあまりもの。そして天のいたずらか、捨てられたナックラーがトレーナーに再会したのだろう。そして怒鳴り散らしているのだ。
     強さを求めるあまり、ポケモンの命などないがしろにするトレーナーは後を絶たない。けれどある意味それは正論だ。努力で越えられない才能を持つ個体を求めることは間違いではないはずだ。なにせ人間がそうなのであるのだから。
    「ナックラーがかわいそう」
     ハルカがつぶやくように言った。それがダイゴにとって今までの常識から考えられない答えだった。
    「なぜ?なぜそう思うの?能力を持たないものは、自然では生きていけないのに?」
    「えっ、えっ?だってナックラーはあの人のポケモンじゃないですか。それなのに弱いからって勝手すぎます!」
     ハルカの頬を、砂のつぶてが通過する。それどころか目の前のアイスは全て砂まみれ。ポケモンの技だった。怒鳴ってる男のフライゴンが砂掛けで威嚇していたのだ。もちろん、命令で。
     目に砂が入ったのか、ハルカは下を向く。そんな周囲の様子もかまわず、男は怒鳴り続けている。
    「ちょっと、君!」
     思わずダイゴは立ち上がる。そして怒鳴り散らしてる男の肩に手をかけた。
    「喧嘩するのは構わないが、何の関係もない女の子に砂かけて、それで謝らないってどういうこと?」
    「あ? うるせえよてめえ」
     男の拳がダイゴの顔を狙う。頭に血がのぼってなければ、気付いていただろう。その行為が無駄なこと。ダイゴの近くにいるのは鉄壁を誇るエアームドがいた。主人であるダイゴを守るために、エアームドは威嚇ではなくその鋭い嘴を男に突き出す。
    「うがああああ!!!」
    「君のフライゴンじゃエアームドは倒せないだろう。今もっているのは他に孵化してないタマゴってところか。それでもやるかい?」
     ダイゴの言葉など入っていないようだ。ただエアームドの嘴にささった手をかばっている。警察に訴えようにも、自分からエアームドの嘴に突っ込んだのだから出来るわけがない。
    「最初から謝ればいいんだよ。そうしなきゃ僕の」
     まわりは騒然となっている。手が血まみれの男と、その男を見下してるダイゴと。
    「あ、あの」
     周囲の誰かが声をかける。ダイゴが振り返ると、トレーナーらしき人が申し訳無さそうに立っていた。
    「もしかして、あの、貴方は……」
    「多分違う人じゃないかな」
     言葉を遮って、砂まみれのハルカの前に立つ。彼女は小さなナックラーを抱いていた。フライゴンにやられた傷を治すために。
    「静かなところ行こう」
     ハルカの手を掴んで、引っぱるように歩く。その歩みが速すぎて、ハルカは引きずられてるように感じた。


     しばらくダイゴは無言だった。そして思い出したように振り返る。
    「ハルカちゃん」
    「なんですか」
    「この広い世界には様々なポケモンがいる。それぞれ様々なタイプを持っている。いろんなタイプのポケモンを育てるか、それとも好きなタイプのポケモンばかり育てるか……君はポケモントレーナーとしてどう考えてる?」
    「え、なんですかいきなり」
    「僕が気にすることないけどね。それよりかなり砂まみれだ。はい」
     胸のポケットから、柔らかそうなタオルを差し出す。まさかのことに、ハルカは何をしていいか解らない。タオルとダイゴを交互に見て、おそるおそる右手をのばした。いつも使ってるタオルとは全然違う。触った瞬間に解る手触りの違い。高級な毛皮を触ってるようなふんわりとした感触が、ハルカの手の中に握られている。
    「じゃあまた会えるといいね」
     ダイゴはエアームドと共に空へと舞い上がる。風の中に消えていく姿を、いつまでも見つめていた。



    【ユウキの仕事とハルカの戦い方】
     ハルカは絶対認めない。何の事って、俺がそいつのこと好きなんだろって指摘したこと。
     ハルカの話によると、嫌味を言うトサカ頭の年上の男がいるらしい。そいつ嫌い! なんてハルカはいつも言ってるけどさ。気付いてないだけかもしれないけど、俺との話題の9割はそいつの話なんだけど。
     名前もこの前雑誌で出てた人と同じで、もしかしたら有名人かもしれないのになあ。まあ、今のハルカはそんなのゴミ以下の価値だろうけど。
     俺も会ってみたいなーってこの前言ってみたんだ。そしたら、物凄い剣幕でもう会いたくない! っていうんだよ。うーん、ハルカの話からは、どう聞いてもいつも会っちゃうみたいなニュアンスなんだけどなあ。

    「えー、あたし会いたくない」
     ヒワマキシティのポケモンセンターで、ビブラーバの背をなでながらハルカは言った。ビブラーバは気持ち良さそうに二枚の羽を動かしていた。今、かわいがってるこのビブラーバ、実は最初はハルカに懐いてなかった。ナックラーだったときはその顎で手をいつも噛み付いてた。それなのに今はメロメロに近いほど懐いてる。
    「会いたくないとかいってて、この前も会ったんじゃないの?」
    「知らない! 会いたく無い時に向こうからくるんだもん」
     そういうハルカの顔は嬉しそうだ。ビブラーバを撫でてるからじゃない。その人の話をする時はいつもこう。俺には好きだって言ってるようにしか見えない。
    「だってそのハンカチ返さなくていいの?」
     最もハルカが嬉しそうに話してきたのはそのこと。喧嘩ふっかけてそれで拭いて返してねっていったらしい。返して欲しいってことは、また会うんじゃないかなー。
    「でしょー。全く、人に返せっていっておきながら取りに来ないのはどうなんだろうね!」
     一貫性がないこと、気付いてるかなハルカ。それに気付いてないからこんなこと言ってるんだろうなあ。ダイゴさんに会えること、待ち遠しくて仕方ない感じしかしない。

     そうしてヒワマキシティで別れた。俺は120番道路に用があったから。バクーダが何やらふんふんと地面の匂いを嗅いでいる。いいポケモンでもいるのかな、と顔をあげるとなぜかハルカがいた。
    「あれ、どうしたの? ジム挑戦するんじゃないの?」
    「それがさあ、なんか見えない壁で通れないから、ユウキの仕事を観察しにきた!」
    「見えない? それって」
    「やあハルカちゃん! 久しぶりだね」
     バクーダが一瞬おびえた。目の前の人間に。その影を確認したハルカの表情が一瞬にして明るくなる。こいつか!
    「げ、ダイゴさん」
     ねえハルカ。表情と言動が一致してないよ。気付いてるかな。
    「と、ハルカちゃんのお友達かな?」
    「あ、はい。ユウキです」
    「ユウキ君ね」
     あー、うん、ハルカが好きになるのも解るなあ。爽やかなオーラでイケメンだし優しそうだし。ただ、その髪型は申し訳ないけどハルカの表現が的確すぎる。そしてやはり雑誌で見た事がある人だ。
    「ハルカから聞いてます。ダイゴさんですよね?」
    「あれ、どうして解ったのかな」
     ハルカの態度の変わり方なんて言えない。ダイゴさん気付かないのかな。
     そういえば、ハルカはダイゴさんに会えてすっごく嬉しそうだけど、ダイゴさんの方は表情が変わらないし、嬉しそうでもない。つまり、ハルカがものすごく勝てない勝負を仕掛けてる気がする。
    「ところで、二人とも何してるの?」
    「別に。ユウキの仕事みにきただけで」
     ハルカ、なにその態度の変わりかた、すんげえ。なんでそんな突き放したように言うんだよ。好きなのにそんなこと言っちゃダメだろ!
    「あ、俺はどんなポケモンが生息してるか調べにきたんです。あと生態系も」
    「へえ。なるほど。ユウキ君は普通のトレーナーとはまた違って面白いね」
     なんでほめられてるのか解らないけど。そしてダイゴさんの視線が俺じゃなくてハルカに行ってるような気がする。あれ、もしかして?
    「どうせ私はただのトレーナーです」
    「そんなこと誰も言ってないだろう」
     俺ここにいていいのかなあ。ハルカ怖いし、ダイゴさんはハルカに呆れてるし。
    「まあまあ。見えないポケモンがいるんだから仕方ないよ」
     俺まで噛み付きそうなハルカの機嫌をとりあえず取らないと。
    「見えないポケモン?」
     それに食いついたのはダイゴさんの方。ハルカの方は何で言うのと言わんばかりに俺に実力行使だ。遠慮なくなぐってくるから痛い!
    「ちょっとおいで、二人とも」
     ダイゴさんが背を向ける。ハルカは俺のことなんてさっさとおいて行った。ハルカは俺より強いからもう手の施しようがない!
    「ここに見えない何かがいるよね?」
     橋の上で止まってる。直前でそういってたのに気付かず、俺はそのまま突進してしまった。そして見事にぶつかって弾き跳ばされる。ハルカが大丈夫?と心配してくれた。こういう時は優しいんだよなハルカは。
    「見えない何かに向かってこの道具を使うと……違うな。説明するよりも実際に使った方が楽しそうだ。ハルカちゃん、君のポケモン戦う準備は出来ているのかい?」
    「えっ?」
    「君のトレーナーとしての実力見せてもらうよ!」
     映し出される透明な壁。紫のギザギザ模様、緑色のウロコ。カクレオンというポケモンだ。普通は木の枝や石の側で隠れてることが多い。こんな道の真ん中で見えるとは思わなかった。
     見えてることを知ったカクレオンが襲いかかる。俺よりも早く、ハルカはボールを投げた。出てくるのはラグラージだ。ってかまた進化したのかよ。早いなあ、おい。
    「なげおとせ」
     えっ?
     えっ?
     ハルカ、それ技の指示じゃないじゃん。ラグラージも向かってくるカクレオンをしっかりと持ち上げて、池に突き落とすなよ! あーあ……仕方ないから、俺のホエルコで助けてやると、カクレオンは必死になって這い上がって来た。
    「なるほど 君の戦い方面白いね」
     ダイゴさん、そこ感心するところじゃないってば! 
    「初めてムロで出会った時よりもポケモンも育っているし……そうだね。このデボンスコープは君にあげよう 他にも姿を隠しているポケモンはいるかもしれないから」
    「え、別にいいです」
    「見えないポケモンに困ってるんじゃないの?」
     ダイゴさんがにっこり笑ったら、ハルカも受け取らずにはいられなかったみたいで。びしょびしょのカクレオンをボールに入れている側で、二人はなんだかどちらともつかないオーラで話してる。
    「ハルカちゃん。僕は頑張っているトレーナーとポケモンが好きだから君のこと、いいと思うよ。じゃあまたどこかで会おう!」
     普通のトレーナーはそんなことしないからね、と付け足した。エアームドで空を飛ぶダイゴさんに向かって、ハルカは犬みたいに吠えていた。

    【いつか追い越される】
     人間関係というのはとても面倒だ。だから、人間と関わらなくていい職業を選んだ。それがポケモントレーナーだ。ポケモンたちは僕を信じてくれるし、期待に応えてくれる。裏切ることもないからね。
     家には僕が見つけた宝物が飾ってある。珍しい石だ。昔、博物館で展示されていた石を見て、いつか石をたくさん並べておきたいと思ったものだ。今、それはかないつつある。
     今日もそのコレクションを眺めながら新しい学会の発表を読む。一日はかかりそうだから、休みをとった。
     そのはずだった。今日は誰も尋ねてくる予定なんてなかったのにそれは来た。
    「なんでダイゴさんがいるんですか」
    「人の家にずけずけと入り込んで言う言葉かなハルカちゃん」
     僕の座ってるソファの背後から、どうしてこうも高圧的な態度に出られるんだろう。それにコロコロかわりすぎて、判断がつきにくすぎる。
    「ちっ、ダイゴさんちだったか。お邪魔しました」
     舌打ちが聞こえたのは僕の気のせいにしておこう。元々かわいくないのが、さらにかわいくなくなるからね。
    「まあ待ちなよ。せっかく来たんだ、お茶でもどう?」
     少し罠をかけてみる。これで少しは解るんじゃないか。別に僕としてはどちらでもいいけどね。
    「え、そんな暇はないんですけど」
    「あ、そう。残念だね」
     なんかとても焦ってる感じがするのは気のせいかな。ま、僕には関係ないけどね。
    「人が困ってるのに聞いてくれないんですか!?」
     突き放すと途端によってくる。一体君は何がしたいんだ。全く。
    「じゃあ最初から素直に困ってるって言えばいいじゃない。何で困ってるの?」
     僕はハルカちゃんの先生ではない。トレーナーとしては先輩かもしれないけど、なんで僕がここまで面倒みなきゃいけないんだろう。懐かないポケモンなんて、一緒にいても楽しくないのと同じ。
    「実は、潜水艦を奪ったやつらが海底洞窟に行くって、それで古代のポケモンを目覚めさせるって」
    「で?」
    「で、って?」
    「君はどうしたい?」
    「私、それを止めたい」
     強い意志だ。最初に会った時に一瞬見えたその目。気のせいかと思っていたけど、そうじゃないみたいだ。
     そしてこういう目をする人間は決まってる。僕と同じくらいの力を持つ。僕を苦しめる。
     彼女はまだ子供だ。今のうちにそんな危険因子をつぶしてしまおうか。ここで叩きつぶせば僕の地位は守られる。
     何を考えてるんだ。違う。
    「君はポケモントレーナーだ。ポケモンと力を合わせてどんなところへも行ける。君のラグラージはこの技を使えるはずだ」
     もう使わない古い秘伝マシンを取り出す。深い海に潜る技、ダイビングが収録されている秘伝マシン。
    「ありがとうございます!」
     初めて見るハルカちゃんの深いお辞儀。困り果てていたんだろう。受け取るが早い、玄関のドアを壊す勢いで出ていった。
     素直に言えばいいのに。
     カップの中の紅茶はすでになかった。


     暗雲が立ちこめ、雷が聞こえる。天気予報では晴れるって言ってたはずだ。かと思えばいきなり焼けるような太陽が顔をのぞかせる。天気がおかしい。
    「エアームド、南だ」
     なぜさっき気付かなかった。ニュースで見たばかりだというのに、なぜつながらなかった。ルネシティの近くの海で見つかった海底遺跡と、ハルカちゃんが言っていた古代のポケモン。つながりがあってもなんらおかしく無い。
     彼女の強い意志に押されたか。いや彼女のせいじゃないな。僕が忘れていただけだ。
     エアームドは金属の翼で風を切り、ただ南へと飛ぶ。落雷が怖いけれど、そんなこと言ってられない。
     暗黒の海の中に目立つ赤色。エアームドに降下の指示を出す。
    「ハルカちゃん!」
     海の中の浅瀬で空をぼーっと見ていた彼女を見つける。会ってから間もないというのに、その顔はひどく疲れていた。
    「ダイゴさん? ダイゴさん!!」
     降りるなり彼女は僕に抱きついて泣き出した。大雨に涙が攫われて見えないけど、何かがあったことだけは解る。
    「どうしよう、空が、2匹が、どっか行っちゃって」
    「大丈夫だったかい?」
     波に濡れた体に太陽が熱線を浴びせてくる。彼女の体には、どこでつけたか解らないけど小さな傷が何カ所かあった。
     空が光る。その数秒後に轟音。その方向は、ルネシティの方だった。黒い雲に覆われて、ルネシティは見えてない。
    「この雨を降らせている雲はルネの上空を中心に広がっているのか……一体あそこで何が起きている!?ここであれこれ考えるよりルネに行けば分かるか……」
     エアームドが鳴く。太陽が顔を出してる今が安全に空を飛べるチャンスだ。
    「ハルカちゃん……無理だけはするなよ……じゃあ僕はルネに行くから」
    「ダイゴさん!」
     君がそんなに取り乱してるのは初めて見たよ。それほど緊急事態なんだろう。


    「ミクリ、無事か?」
     黒い雲を抜け、ルネシティへと降り立つ。僕は古くからの友人を訪ねる。おそらく今いるのは目覚めのほこらだろう。僕はミクリからよく話を聞いていた。何かあったらここにくるように、言われていたと。
    「ダイゴか、よく来た。危ないというのに」
    「この天気は何があった? 海底洞窟と何か」
    「私にも正直解らない。けど、一つだけ言える。目覚めのほこらの奥で古代のポケモンが力を蓄えている。今はこれで済んでるが」
     ほこらの奥からは大きな体格のポケモンの鳴き声が聞こえる。それも2体。もしかしてハルカちゃんはこんなのを相手していたのか。
    「この中に入って止められないのか?」
    「入ってみるかい? 入れないけどね」
     僕がめざめのほこらに一歩でも入ろうとすれば、電流が走ったような痛みがくる。
    「邪魔をするな、というメッセージさ。止められるのは藍色の珠、そして紅色の珠。それらが合わさり、力を中和するんだ」
    「見てろというのか? 原因が解っているのに」
    「今のルネシティに、二つの珠を持って来れる人間がいると思うかい? 並以上のトレーナーじゃなければ不可能だ。そしてルネシティからは出られない」
     ルネシティの空は蓋をされたかのようだった。入ってこれるけど出ていけない。どうしようもできないのだ。
    「ダイゴさん!」
     轟音の中から呼ばれた。振り向く。僕は正直驚いた。ほとんど僕と変わらない時間で今のルネに到着したのだ。
    「ハルカちゃん?」
     びしょぬれた彼女は肩で息をしながら走ってくる。
    「ハルカちゃん、君も来たのか。こんなひどい天気なのに……」
    「ダイゴの知りあいか?」
     ミクリは驚いたように見ている。外の人間が二人も今のルネシティに入ってきたこと。僕はともかく、ハルカちゃんの方をとても不思議そうに。
     ミクリの顔をみて、僕は思い浮かぶ。海底遺跡のこと、そして海の真ん中でハルカちゃんが泣いてたこと。
    「そうだ!ハルカちゃん。彼の話を聞いてくれ。君なら理解できるはずだ」
    「えっ?」
     ミクリは少し悩んでいたようだ。雷鳴の合間をぬってミクリは話しだす。
    「私はミクリ。この町のジムリーダーそして目覚めの祠を守る者。この大雨は目覚めの祠からの力によって起こされています。貴方は何があったかもうご存知ですね?」
    「は、はい。それで、これを」
     彼女が差し出したのは二つの珠だった。こんな偶然ってあるものなのかな。いや、奇跡に近いんじゃないか。
    「怖くなったといって、私に渡してどこかへと消えました」
    「それは藍色の珠と紅色の珠ですね。分かりました。貴方に託します。この先が目覚めの祠。私達ルネの人間はこの目覚めの祠の中に入ることを許されていません。ですが、君は行かなければならない。その藍色の玉と共に。祠の中で何があろうとも 何が待っていようとも」
     こんな小さな子に任せていいのだろうか。そんな僕の心を見たかのように、ハルカちゃんと目が合った。
     ああ、大丈夫だ。この子はそういう目を持ってる子。僕よりも強くなる素質のある子。
    「ハルカちゃん 君が藍色の玉を持っていたとはね。大丈夫!君と君のポケモンなら何が起きても上手くやれる。僕はそう信じている」
     ハルカちゃんの頭を撫でる。不安の入り交じった笑顔を見せた。そして背を向けて目覚めのほこらへと走っていく。

     人が……ポケモンが……生きていくのに必要な水や光なのに
     どうして僕達を不安な気持ちにさせるんだ……
     ルネの真上に集まった雨雲はさらに大きく広がり ホウエン全てを覆うだろう……このままでは……


    【名前だけのチャンピオン】
     ルネシティの空は、綺麗に晴れていた。空の向こうに虹が見えて、あんだけ酷かった天気が嘘のようだった。
     ああ、私はやったんだ。できたんだ。グラードン、そしてカイオーガをボコボコにすることが出来たんだ。
    「ハルカちゃん」
     そして、ダイゴさんにまた会うことが出来たんだ。ダイゴさんに。手を差し伸べてくれるダイゴさんを掴んで、そのまま体にしがみついた。突き放されるかと思ったけど、受け止めてくれてた。
    「君のおかげなんだね。ルネの空が元通りになった。ミクリも感謝していたよ」
     他の誰の言葉なんて関係ない。ダイゴさんがほめてくれればそれでいい。
     ずっと考えてた。2匹を見てからずっと。
     ダイゴさんのことしか考えてなかった。生きてダイゴさんに会いたい。それだけでがんばることが出来た。
     私、ダイゴさんが好きなんだ。悪口いわれても嫌味言われても、ダイゴさんが好きで仕方ないんだ。
    「びしょぬれのままだと風邪ひくよ。帰って乾かさないとね」
     うなずく。ダイゴさんが触れたところが熱い。
    「ハルカちゃん? 大丈夫?」
     頭はぼーっとする。ダイゴさんが話しかけてるけど、はっきりと喋るには力がない。なんだか


     風邪だと言われた。熱はあるし、鼻水が止まらない。薬を貰って、しばらく寝てることにした。ダイゴさんにミシロタウンの家まで送ってもらった。ひたすら寝てる。旅に出てからこんな長い休息があったのは初めてだった。
     今頃ダイゴさん何してるんだろ。家にいるのかな、それともあのエアームドで飛んでるのかな。熱さがったらまた行っちゃおうかな
     いや迷惑に決まってる。あんなにダイゴさんに悪態ついといて、私のこと好きになってなんてムシが良すぎる話だ。
     なんであんな態度とってしまったんだろう。布団の中でじたばたしても、過去は変えられない。今さら態度を改めたところで、ダイゴさんが振り向くわけないじゃないか。
     大人だし、かっこいいし、トサカ頭のくせにやたらと髪型がきまってるし。私以外にもいくらだって目を輝かせてた人はいた。たくさんいた。そのとき、そんなダイゴさんを困らせて、気をひこうとしてた。
     でもそもそもむかついたのは、ダイゴさんがジムリーダーとかチャンピオンなんて名前だけとかバカにしてきたからだよね。うん、そこはダイゴさんが悪い。そしたら私はやっぱりチャンピオンになってやる。
     そして、ダイゴさんに今まで思ってたこと全部いってやる!


     熱も下がって来た。もう行こう。私はチャンピオンになる。
     チャンピオンロードを抜けて、私ははポケモンリーグ前にいた。目の前の建物に息をのむ。ここまでやっときた。自分の足で、サイユウシティのリーグに来た。
     最近はダイゴさんに全く会わないけど、連絡先は握ってあるし、家だって知ってる。チャンピオンになったら、その証明と共に絶対に乗り込んでみせる。

     何人戦っただろう。カゲツさん、フヨウさん、プリムさん。そして今目の前にいるのはゲンジさん。最後の一匹、ボーマンダがフーディンの放ったサイコキネシスに悲鳴をあげた。ボールに戻っていくボーマンダを見て、私は勝ったのだと確信した。
    「これは、いいところまで行くかな、久しぶりに」
     ゲンジさんはそう言っていた。チャンピオンは手強いからとも言ってもらった。そんなのゲンジさんたちと戦ってれば解る。普通のトレーナーとは違う。そんな風格があるからこそ、四天王って呼ばれてるんだと思った。
     ダイゴさんは名前だけだと言うけど、実力があるからこそ名前があるんだと思う。

     まだ浮かれちゃいけない。チャンピオンを倒すまではダイゴさんのこと考えたら危ない。ダイゴさんのこと思い出すだけで考えがどっか行っちゃうから。
     一歩一歩、踏み出すたびに作戦を練る。先発は中間の速さのライボルト。それから倒れたらつなぐのはラグラージかフーディン。タイプによってはチルタリスもありだよね。いやプクリンから出して、眠らせてからフーディンで瞑想して力をためる? あ、みんなの状態は万全にしないと。万が一でもあったらきっと取り返しなんて
    「ようこそハルカちゃん」
     チャンピオンの待つ部屋に入る。聞き覚えのある声だった。私は目をこする。
    「いつ君がここまでくるのか楽しみにしていたよ」
    「え、なんで、ダイゴさん? なんでダイゴさんがいるんですか!?」
    「こういうことさ。前にも言ったじゃない、チャンピオンなど名前だけだと。その時、どう思ったんだい?君は……ポケモンと旅をして何を見てきた?たくさんのトレーナーと出会って何を感じた?君の中に芽生えた何か、その全てを僕にぶつけてほしい!さぁ 始めよう!!」
     私の疑問に答える様子はなかった。ダイゴさんがモンスターボールを投げる。それが始まりの合図。
    「なんで、言ってくれなかったんですか!?」
    「遠慮することはないエアームド。目の前にいるのは敵だよ」
     ダイゴさんは私を見ていない。見ているのはこの戦いの流れ。こんなに真剣で深い読みをするような視線は見た事が無い。
     チャンピオンなんて名前だけ。やっぱり嘘だよダイゴさん。
     チャンピオンだって黙ってたのは許せないし、悔しいし、信じたくないけれど、普通のトレーナーと、覚悟が全然違うじゃない。
     それなのに名前だけなんて。やっぱり私の方が正しい。
     ダイゴさん、悪いけどこの勝負は私がもらう。そして私の方が正しいって言わせてもらうから!
    「いけ、ライボルトでんじは!」
     ライボルトはエアームドより速い。麻痺させてしまえばさらに有利になる。それからフーディンに交代して……
    「足元にまきびしだ」
     エアームドの翼の間から、松ぼっくりのようなものが飛んだ。交代を封じてきた。ライボルトの足元には踏んだら痛そうなまきびしがまかれている。高速スピンでもあれば吹き飛ばせるけど、私のポケモンは誰も覚えてない。ならば空を飛ぶポケモンか、交代を極力さける戦い方にしなくてはならない。作戦が全部練り直し。
     でもそれが勝負だ。一刻一刻事態は変わる。それに対応できるように、私はライボルトに命令する。
    「吠えろ!」
     出来るだけ電磁波をばらまく方向にチェンジ。エアームドはその間際、毒々しい液体を吐いていった。ライボルトに降り掛かり、具合が悪そうな顔をしている。
    「ネンドール、きみか」
     かわりに引きずり出されたのがネンドールというポケモン。私は見た事無い。戦ったこともない。つまり、ネンドールがどんなタイプを持っているのか解らないし、どんな技がくるかも予想がつかない。
     目がたくさんついているように見える。閉じてるのもあるし、ひらいているのも。なんだか気味の悪いポケモンだなと思った。
    「作戦はかわらない。でんじは!」
    「サイコキネシス」
     電磁波は弾き跳ばされた。あの飛ばされ方は地面タイプが入ってる。そのことに気付いた時には、ライボルトは吹き飛ばされていた。
    「次のポケモンは何でくるんだい?」
     ダイゴさんは余裕だ。タイプなんて解らずに突っ込んでくるからか。それがまたすっごくむかつく。怒っても仕方ないんだ。むしろ怒ることで冷静さを欠く。そこがダイゴさんの狙いだとしたら、焦るだけ損。
    「ラグラージ! 濁流!」
     まきびしを踏んづけていたそうな顔をしてる。ネンドールが全ての目を見開き、サイコキネシスを打ってくる。ラグラージに精神攻撃をすると同時に、目が一部だけ閉じた。ラグラージは優秀だ。開いてる目を狙い、濁った大量の水をぶつける。
    「ふうん、やるね」
    「ダイゴさん、余裕ぶっこいてると後悔しますよ」
     勝負は始まったばかりだ。ネンドールが倒れ、ボールへと戻っていく。そして出て来たのはさっきのエアームドだった。

     始まる時は思わなかったけど、勝負が進むに連れて楽しくなってきた。
     大好きなダイゴさんと、真剣勝負。他人が誰も入れない二人だけの時間なのだ。邪魔するものがいたとしたら、それは強制的に排除されるだけ。
     こっちも残りは少ない。フライゴンもフーディンもよくやった。いつも以上の力で攻撃しているのが解る。ボスゴドラの攻撃にプクリンが倒れ、ラグラージの波乗りがボスゴドラにトドメを刺す。
    「ここまで追い詰められたのは、初めてだね」
    「そりゃ光栄です。じゃあ、最後の勝負にしましょうよ」
     ダイゴさんが投げたボールから出て来たのは、やはり見た事が無いポケモンだった。メタグロスとダイゴさんは呼んでいた。その重そうな体は金属だろうか。鋼タイプなのかもしれないが、それにしては関節の動きがスムーズで、それだけではないかもしれない。
    「始めよう、最後の勝負だ」
    「負けるか。ラグラージ、地震!」
     ラグラージが速かった。メタグロスに食らわせることができた。けれど目視では半分も減ってないみたいだけどね。こりゃ相当固いポケモンだ。
    「コメットパンチ」
     聞いたことのない技が飛ぶ。メタグロスの腕が彗星のように残像を残して軌道を描いた。ラグラージの体に思いっきり食い込むそれは、やはり体感したこともないダメージだ。痛いとラグラージが鳴くくらいだ。何発も食らえない。
    「じしん!」
     濁流で命中率を下げるのもありだと思ったが、そこまでは時間がない。威力のある技で攻める。
     メタグロスとラグラージの力の一騎打ち。素早い分だけ、ラグラージが勝てる。急所なんかに当たらなければ。それだけは願い下げ。頭のヒレとか、手の先とか。
     ラグラージも解ってるようで、どこかいつもより姿勢が引き気味だ。そのおかげなのか、地震のダメージが普通より少ないと感じるのは。でも今はそれでいい。ラグラージが倒れたら、私はダイゴさんに負ける。
    「あと一発、ってところだね」
     ラグラージの息が上がってる。特性の激流が発動しているんだ。そしたらおそらく、コメットパンチを食らったら終わり。けど向こうのメタグロスも出たばかりの時よりは動きが遅くなってる。もしかしたら。
    「ラグラージ、いけるよ。落ち着いて」
     声をかける。一瞬だけ、ラグラージがこっちを見た。任せろと言わんばかりに、力を込める。
    「いっけえ!!」
     ラグラージが特大の水流を放った。命中は不安定だけど、これしかない。もうメタグロスに一度だって攻撃のチャンスを渡したく無い。水タイプ最強の技ハイドロポンプがメタグロスを襲う。重そうなメタグロスの体が1、2メートル後ろへと飛んだ。そしてそのままメタグロスは反撃する気配がなかった。
     しばらく沈黙が流れた。
     無言でダイゴさんがメタグロスをボールに戻している。今までの勝負がなかったかのように、いつものダイゴさんに戻っていた。
    「チャンピオンである僕が負けるとはね……さすがだハルカちゃん!君は本当に素晴らしいポケモントレーナーだよ!」
    「ダイゴさんこそ……名前だけのチャンピオンなんかじゃなかった」
    「そういってもらえて光栄」
    「それよりも私に謝ってください! チャンピオンだったこと隠してそうやって名前だけとか……」
    「それは君がもっと大人になってからかな」
    「そうやってはぐらかすのやめてください!」
     ダイゴさんは背を向けた。そしてそのまま手を振った。私を見ずに。
    「今日はハルカちゃんがチャンピオンになれたおめでたい日なんだ。ゆっくり家に帰って、ジムリーダーであるおとうさんに話してあげなよ。それから話を聞こう」
     むかつく! そうやって自分の話は高度だから理解できないみたいな言い方して。そうやって自分はさっさと帰ってさ! 
     追いかけようとしたら、取材陣に囲まれてしまった。チャンピオンを打ち破ったトレーナーが現れたなんて、格好のネタなんだ。
     囲まれていたら、すっかりダイゴさんを見失ってしまった。



    【どこにも行かないで】
     私はホウエンのチャンピオンになった。名前だけだってバカにしてたダイゴさんに文句と全て話すために、ダイゴさんの家に行く。
     トクサネシティの目立たない民家。そこがダイゴさんの家。
     最初、迷ったフリして入っていった。知らないフリをしていた。ダイゴさんがいるかどうかだけは解らなかったけど、そうすれば会ってしまっても偶然を装えるから。
    「ダイゴさん!」
     玄関をあけてダイゴさんを呼ぶ。まだ何から言っていいか決心がつかないけど、絶対に今こそ言うんだ。だからこそ。
    「ダイゴさん?」
     留守なのかな。返事がない。入って行くと、テーブルにモンスターボールが一個乗っている。そしてその傍らには白い封筒があった。凄い嫌な予感がする。緊張で上手く封筒が開けられない。封筒の端がやぶれて、そして中の便せんを取り出した。

    ハルカちゃんへ
    僕は思うことがあって、しばらく修業を続ける
    当分家に帰らない。
    そこでお願いだ
    机の上にあるモンスターボールを受け取ってほしい
    中にいるのはダンバルといって僕のお気に入りのポケモンだからよろしく頼むよ
    では、またいつか会おう!
    ツワブキダイゴより


     なん、で? しばらくってどのくらい? いつまで?
     なんで何も言わずにダイゴさんそんなこといつ決めたの?
     なんで、なんで、どうして!?

     もっと早く、素直になっていればよかった。
     もっと早く、好きだと言っていればよかった。
     もっと素直にダイゴさんに甘えていれば、こんなことには……


     モンスターボールの中にいるダンバルは私の気持ちなんて解るわけがない。楽しそうにこちらを見て、よろしくねといってるようだった。
     そんなの何のなぐさめにもならない。ダイゴさんがいなくなった。もう反抗することも甘えることも、好きだと伝えることもできない。
     涙がとまらない。止めようにも止まることなんてない。
    「ダイゴ、さん……」
     ダイゴさん、ダイゴさん。大好き、大好きで誰よりも大好き。
     早く、帰って来てよ。
     ダイゴさん……















    「なーんちゃって」
     背後からふざけた声がする。。振り返らなくても解る。だってその声は間違えるわけがない。
    「見事に引っかかったね! 説教しようと思ってる子供や、素直にならない子供にはお仕置きだ。大人を甘くみないでね」
     イタズラ大成功、とばかりに笑ってるダイゴさんがいる。あれ、ダイゴさんがいる。目の前のはダイゴさんだよね。
     え、つまり、その、私は、えーっと

     騙された!?


    「そんなに泣いちゃって、よっぽど悲しかったのかい?」
    「ち、違います! ダンバルくれたのが嬉しくて泣いてるんです!」
     悔しい。くやしー!!! あんなばっちり小細工しておいて、イタズラだなんて酷すぎる!
    「ふーん、そう。じゃあ、予定通りちゃんと出かけようかな」
    「どこにでもでかければいいじゃないですかっ!!」
     騙された。すっごいむかつく。もうダイゴさんなんて嫌い!!!
    「チャンピオンの任も降りたし、自由に旅するからその間よろしく。じゃ」
     そっぽ向いてる私に構わず、ダイゴさんは玄関から出て行こうとする。思わず先回りして、ダイゴさんの進路を塞ぐ。
    「ちょっと待ってくださいよ!!」
    「え、なに?」
    「なんでどっか行っちゃうんですか! これから私はどうしたらいいんですか!」
    「そんなの自分で考えてよ。そこまで僕が言うことじゃない」
    「……じゃあ、私の話きいてくれますか?」
    「何?」
     あれ、なんかすっごく言えない。
     好きだとか好きだとか、言いたいのに言えない。でも、言わなければダイゴさんこのままどっか行っちゃう。
     どうしたら、引き止める言葉が好き以外で言える? そうだ!
    「ダイゴさん、もっとポケモン教えてください!」
    「え、なんで僕より強い人に教えなきゃいけないの?」
    「だってダイゴさん知らないポケモン多いし、なんかいっぱい……」
    「なんだ、やっぱりね……いいよ。暇だから、いつでもおいで」
     ありがとうダイゴさん。
     私はいじっぱりだから好きだって言えない。だから、もっと一緒にいたい。

     大好き、ダイゴさん


    ーーーーーーーーーーーーー
    カップリング、ダイゴさんとハルカちゃん。
    ウィズハートでも書いたように、この二人は別れる方が多くてたまには違う方向にしてみようということで、嘘をテーマに書きました。
    恋の始まりはイラっとすること。出典不明ですが、体験的に最も説得力がありました。
    タイトルは「今に見てろ!」マイフェアレディというミュージカルで、主人公がスパルタ教育に不満をぶちまけるシーンで出てくる。
    王様に認められた時に、お前を銃殺にしてやるうううって空想をするんですよ。
    まあ、それでも午前3時まで練習に付き合ってるヒギンズ教授は物凄くいい人だと思います。

    最後、ダイゴさんは負けた時にやっぱりって思いつつ後からじわじわ悔しくなってきて、何かしらハルカに仕返ししたかったのですよきっと。

    チャンピオンなんて名前だけ、ってよくダイゴさんを書く時に使うけど本当にそう思ってると思ってる。
    王者の印をくれるNPCは、ダイゴさんからもらったと言うのよ。ダイゴさんには印とか形は無意味だと思ってるんだと思うよ。それがあのシンプルな家だよ!
    王者の印のくだりは入らなかった。

    ダイゴさんは完全にハルカの方に気付いているけど、こんな素直に自分の気持ちを出せない子のままだったらつけあがるから言わないで手のひらで転がしてる。
    ハルカはバレてないと思ってるけどね!バレバレだけどね!特にダンバルのところは!
    【何してもいいのよ】
    【恋の始まりはイラっとすること】【異論は認める】
    【同じ話を二回も書くほど暇じゃないのよ】


      [No.2334] サクライロノヒミツ 投稿者:ラクダ   投稿日:2012/03/31(Sat) 23:06:51     143clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



     ねえ知ってる? 桜の花ってね、元々は全部白だったんだよ。大昔に桜の名所で大きな戦いがあってね、そこで流された血を吸って赤く染まってしまったんだって。その木の子供たちが色んな所に散らばったから、今の桜は全部うすーい赤なんだよ。
     それでね、時々、濃い赤の花が咲く木があるらしいんだけど……それはね、新しい血を吸っているからなんだって。根元を掘り返すと、死体がたくさん出てくるんだよ……。

     満開の桜の木の下で、私に囁きかけた女の子は小さく笑った。特別な秘密を教えてあげる、彼女のきらきら光る瞳がそう語っている。有名な“桜の下には死体が埋まっている”という都市伝説、正しくは小説の一文そのままの話だけれど、あんまり楽しそうに話すものだからこちらも素直に乗ってあげる事にした。
    「そうなんだ、そんな怖い話知らなかったなあ。それ、どこで聞いたの?」
     問えば、お兄ちゃんがこっそり教えてくれたのだと胸を張る。絶対に秘密だからなって言ってた、だからお姉さんも他の人に言っちゃ駄目だよ。大真面目に語る彼女が可笑しくて可愛らしくて、私は笑いを堪えるのに必死だった。
    「分かった、誰にも言わないって約束するよ。でもいいの? そんな大事な秘密、私に話しちゃって。お兄ちゃん怒らないかな?」
     途端に女の子は表情を変えた。頬をハリーセンのように膨らませた彼女の話を要約すると、些細な喧嘩の挙句に自分を公園に置き去りにしたお兄ちゃんの事なんて知らない、とのこと。なるほど、それで一人寂しくベンチに座り込んでいたのか。哀愁漂う姿が不憫で声を掛けてみたらすっかり懐かれてしまった。まあこちらとしても、話し相手が出来ていい退屈しのぎになったけれど。
     しかし、お兄ちゃんは知ってるのかな。今この辺りにはとても危険なものが……うん?
    「ひょっとして、あれがお兄ちゃんかな? ほら、あのフェンスの向こうの」
     私が指した方を振り向いて、女の子は小さく声を上げた。公園を囲むフェンスの陰に隠れるようにして(目の粗い網だからほぼ丸見えなんだけど)、少年が一人こちらの様子を窺っている。バツの悪そうな顔でもじもじしている彼に、女の子はなんともいえない視線を向けた。許してやろうか、まだ怒っておこうか。彼女の迷いが手に取るように分かる。
    「ね、もうそろそろ日も暮れるし、お兄ちゃんと仲直りしておうちに帰りなよ。暗くなったら野生のポケモンも出てくるかもしれないし」
     実際、夜になって人通りが少なくなると、ポケモン達も大胆に草むらから出てくるようになる。夜行性で闇に目の効くポケモンを相手取るには彼も彼女もまだ幼すぎるし、二人ともトレーナー免許を得ていないなら尚更だ。それに万が一、夜道でアレに出くわしでもしたら大事になる。少しでも明るいうちに帰ってもらいたい。
     野生という言葉に怯んだのか、ううーんと唸った女の子はちらちらと少年を盗み見る。迷いに迷ってから、意を決してベンチから飛び降り少年に向かって歩き始める……前に、彼女はこちらを振り返ってお姉さんはどうするのと尋ねてきた。
    「私? うん、ちょっとここで待ち合わせしててね。ちゃんとポケモンは連れてきてるから大丈夫よ。気にかけてくれてありがと」
     ひらひらと手を振ると、女の子は安心したように笑って一直線に少年の元へ駆けて行く。ここからじゃ声は聞こえないけれど、身振り手振りのやりとりで何を話しているかは大体想像できる。おっ、お兄ちゃんが謝った。申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げる少年を前に、女の子がやたら満足気な顔をしているのが可笑しくて、私は今度こそ声をあげて笑った。  
     夕暮れ時を柔らかに吹きゆく春の風。ほんのり赤みを帯びた花弁が、仲良く手を繋いで歩き去る二人を追うように飛んで行った。

     
     
     
     彼女が帰ってきたのは、もうとっぷりと日が暮れた後だった。
     ベンチ後方の草薮から、かさこそと密やかな音が聞こえてくる。続いて、鈴を振るような軽やかな声。
    「おかえり。首尾はどうだった? ちょっと顔を見せて」
     振り向いて声を掛けると、彼女は了承の印に体を震わせた。くるりと回転しながらの“日本晴れ”、辺りが一瞬にして明るい日差しで満たされる。と同時に顔を覆っていた蕾を跳ねのけて、彼女は美しい五つの花弁を露わにした。ああ、何度繰り返してもこの変化の瞬間を見飽きることはないだろう。桜色よりもっと濃い、どちらかといえば赤に近い大きな花弁。額の二つの玉飾りと同じ、綺麗な深紅のつぶらな瞳。華やかな姿へと変わった彼女は、つやつやした黄色い丸顔に笑顔を浮かべて囀りかけてくる。
    「ふうん、見つけたけど物足りなかった、と。確かにいつもより赤みが少ないね。まだお腹すいてる? そう。じゃあ場所変えようか」
     嬉しそうに体を揺らして同意する。彼女の踊るような足取りに合わせて、私も立ち上がって歩き始める。
     静まり返った公園を出て、人気の無い路地へと入り込む。先ほどの“日本晴れ”の効果はまだ続いている、もうしばらく話をする間は持つはずだ。
    「今日、あなたを待っている間に新しい友達が出来てね。小学生くらいかなあ、小さな女の子。懐かしい話を聞かせてくれたよ、ほら『桜の下には』っていう……駄目よ、その子は絶対駄目。子供には手を出さない約束でしょ」
     不満そうに花弁を震わせて口を尖らせる。全く、本当に食欲優先なんだから。ため息を堪えて、上目づかいにじっとりした視線を送る彼女に妥協案を提示する。
    「ね、知ってる? この辺りに最近、通り魔が出るんだって。夜道を急ぐ若い女性や塾帰りの女の子を狙って、覆面男が刃物を持って追い回すらしいよ。もう何人も大怪我しててね、皆怖がって夜出歩かなくなってるみたい」
     深紅の瞳が怪しく輝き始める。私の意図をすっかり理解しているらしい。興奮して体を揺らし、きゃあきゃあと笑い声を立てて跳ね回る。ひどく嬉しそうなその様子に、見ているこちらの頬も自然と緩んできた。
     そう、それでいい。なるべく無邪気に、愛らしく、か弱く振舞えばきっとそいつは引っかかる。傷付けられる獲物が減って飢えているはず、そこへ私たちが無防備に通りかかれば――――。
     これで決定ね、と問えば、彼女は大きく頷いた。期待に満ちた表情に、私もとびっきりの笑みを返した。

    「それじゃ、食事に行きましょう! 沢山食べて、もっと綺麗にならなきゃね」





     
     ふっ、と眩い光が消えた。真昼から真夜中への転落に、しかし女とポケモンは動じなかった。広がる闇に怖じもせず、僅かな月明かりだけを頼りに動き始める。
     新鮮な「食料」を求めて、若い女と血色のチェリムは夜を往く。公園の桜の古木だけが、妖美な一組を静かに見送っていた。






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     お題、「桜」。見た瞬間に『桜の木の下には死体が埋まっている』『血吸いの桜』という件の話を思い出し、思いつくままに書いた結果が「人食いチェリム」。……なぜこうなった。
     とりあえず、チェリム好きの皆様に全力で土下座。ごめんなさい、しかし後悔はしていない!!
     
    【読了いただきありがとうございました】
    【何をしてもいいのよ】


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