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近所の何とかっていうガキとその友人が、少し前に町を出ていったらしい。
町を出る奴の話は久々だ。前は俺がまだガキの頃だったなあ。
そんなことより、あいつの母親はかわいそうだ。夫が町を出て行き、子供もその後を追うように旅立った。この田舎町にたったひとりだ。
ま、何にしろ俺にとってはどうでもいいことか。この町の外がどうなってんのか俺はよく知らないけど、だからと言って特に不都合があるわけでもないし。
俺が平和で幸せなら、別にそれでいいじゃん。
この町は、人間だけの世界だ。
窓から外を見ると、2つの世界を隔てている、大人でも見上げるような高い塀が町の外の景色を覆い隠している。
野生のポケモンが溢れかえる草むらの中につくられた、長閑で平穏で、まっさらな町。
田舎町だけど、大抵のものはそろっている。この町の中での生活に満足できれば、これ以上住みやすい町はない。と思う。
ごくたまに、町を出ていく奴もいる。だが俺は別に興味ない。
この町の中で適当に生きて、適当に死ぬ。それでいいや、と思っている。
今日は冷えるなあ、と思った。
町の中にたった1軒の、雑貨屋も兼ねたコンビニで弁当を買った。
いや、コンビニを兼ねた雑貨屋か? そもそもコンビニなのか? 朝の9時ごろに開いて夜の8時ごろにはすでに閉まっているんだが。一般的にコンビニって奴は24時間営業の店のことを言うのか? よくわからん。
「青のりっぽいもの」がかかった「ご飯っぽいもの」に、「ケチャップっぽいもの」がからめられた「ショートパスタっぽいもの」。「チーズっぽいもの」が乗せられている「ハンバーグっぽいもの」。何となく「それそのもの」と言い辛いのは、ひとり暮らしなのに自炊していないことに対する負い目かもしれない。いや別に料理嫌いじゃないんだけどなぁ。面倒なんだよなぁ。
野菜って何だっけ。まあどうでもいいや。どうせいつもこんなもんだ。食えりゃそれでいいや。
玄関入って一応鍵をかけて、階段を上がって自分の部屋の電気をつける。うう寒い。今日はまじ寒い。
暖房つけようにもフィルター掃除は半年やってないし、今からやる気力もない。激しい気分屋と評判だったコタツは、おととい辺りからクールに徹することを決めたようだ。しかしまじで寒い。明日こそはフィルター掃除しよう。うん、そうしよう。
定位置の壁に背中をもたれて、ただの布団付ちゃぶ台と化したコタツの上に冷え切った弁当を広げる。
温めるのがベターだろうが、我が家のレンジはもう3年は職務放棄している。スイッチを入れたところでうんともすんとも言わない。どうしてこの家の家電製品はどいつもこいつも冷ややかなんだ。
コンビニ(?)で温めてもらうって手もあるが、あの店番のばあちゃんに任せるのはもう怖くてできない。何でもチンしてくれやがるんだから。前科は覚えてるだけでも袋入りのしょうゆ、ソース、紙カップのアイスクリーム、炭酸飲料、カップめん、漫画雑誌、蛍光灯。蛍光灯輝いてたよ。きれいだった。
レンジに入れても平気なものだけ渡しても、3回に1回は標準加熱時間を大幅にオーバーしてくれる。弁当のふたが溶けてた時は何事かと思った。
博打を打つくらいなら、冷え切った飯を食う方がましだ。命にかかわる。
いただきます、と手を合わせて、いらないと何度言ってもついてくる割り箸を割った。
冷たいご飯を口に運ぶ。お世辞にもすごく美味いとは言えない、薬品系の単調な味がする飯。
もう慣れ切ってはいるけど、やっぱり、寒い部屋の中でひとり食べるコンビニ弁当は、ちょっとさみしい。
たまには自炊するかなぁ、とかぼんやり考えて、俺は頭を壁につけてため息をついた。
「ぴかー」
俺の後ろから、声がした。
いや、おれのすぐ後ろは壁だ。ついでにその向こうは物置だ。というかこの家に今いるのは俺ひとりだ。
聞き間違いか? と思いながら、俺はまた箸を手に取った。
「ぴかー」
おい何だよ聞き間違いじゃねぇじゃねぇか。
声は確かに俺のすぐ後ろから聞こえる。でも後ろは壁なわけで。つまり。
壁の中に、何かいる。
何だっけこの鳴き声。えっと、よくテレビやら何やらで見るよな。何かポケモンの。「ぴかー」とか鳴いてるから多分ピカ何とかだ。いやフェイントで何とかピカかもしれない。ポケモンの名前って見た目が2割で鳴き声3割で、残りはノリでつけられてるんだろ? ってこの前ネットで誰かが言ってた気がする。とにかくあれだろ、何かあの電気ねずみ。
まぁそんなことどうでもいいんだ。何で壁の中から声がするんだ。
あくまでも一般家庭の、部屋と部屋の仕切りを務めている、そんなに分厚くもない壁だ。穴も開いていないし、そもそも中身は詰まっている。
おいおいやめてくれよ。冬だぜ、冬。そんな壁を掘ったら誰ともわからない骨が出てきた、なんて展開には半年早いぜ。いや半年経っても嫌だけど。
「ちゃー」
鳴き声3度目。うん、わかった。薄々気づいてたけど、わかった。
俺は壁を1回拳で殴り、言った。
「おい、そのピカ何とかの鳴き声はいいから、普通に喋れよこの不法侵入者」
うん、どう聞いてもピカ何とかいう電気ねずみ(思い出したピカチュウだ)の声じゃなくて、人間なんだよね。だって何となく野太いもん。頑張って裏声出してる感があるもん。
いやだからといってそれでいいわけじゃないけど。何で人がこの壁の中にいるのかは何にも解決してないんだけど。むしろ余計気持ち悪いんだけど。
そうしたら、また壁の中から声がした。
「す、す、すいませぇん。とりあえずピカチュウの鳴き真似でもしておいた方が警戒されないかと……いきなり普通に話しかけたらびっくりして逃げられるかなぁと思いまして……」
「いや逃げたいよ? 俺今すぐにでも逃げたいよ?」
「と、とりあえず、ここ、どこですか? 僕、何でこんなところにいるんですか?」
「それは俺が聞きたい」
男か。俺と同年代くらいか?
いやそれにしても、壁の中に誰かいるとか、ただのホラーだろ。いやマジで。
ひとまず俺は、そいつがいるのが塀の中の町の俺の家の壁の中であることを伝えた。そうしたら男はびっくりした様子で言った。
「ええっ! か、壁の中ですか!? た、確かにここ、真っ暗だし、全然身動きとれないし、狭いし寒いし帰りたいけど……」
「何? お前何なの? 幽霊なの? 人柱なの? 誰かの恨みを買って壁に埋められたの?」
「違うよ! 僕はただ、相棒のケーちゃんと一緒にテレポートしてただけだって。そうしたらいきなり真っ暗で身動きとれなくなって、ケーちゃんはどっかいっちゃって、わけがわからないんだよ本当に」
ふむ、なるほど、と俺は腕を組んだ。
「『いしのなかにいる』というわけだな」
「それただのみんなのトラウマじゃないか! ゲームじゃないよ現実を見てよ!」
「テレポーターもテレポートも似たようなもんだろ。お前は壁の中だけど」
座標間違えたのか? それとも何かよくわからない未知の力でもかかったのか?
いずれにせよ確かなのは、この男はテレポートに失敗して俺の家の壁の中に入ってしまったということらしい。
俺はポケモンはからっきしなのでよくわからないが、そういうことのあるんだろうか。……迷惑この上ない。
冷たい飯をかきこみつつ、そいつの話を聞いた。
そいつは、ここから遠く離れた町出身の、いわゆる駆けだしのポケモントレーナーらしい。
ある日、遠くの知らない場所に行こうと思って、相棒のケーちゃん(ケー……何とかっていうポケモン)と一緒にテレポートしたら、いつの間にかこの壁の中にいたらしい。
何でも、テレポートって技は、他の空を飛んだり穴を掘ったりするのと違い、エスパーというはっきりいってわけのわからない力を使うので、知っている特定の場所に移動するときにしか使ってはいけないという決まりがあるらしい。でもこいつは、ちょっと冒険したいとかそんな軽い気持ちで、適当な場所にテレポートして見たらしい。
で、その結果がこれだよ。
どうやらケーちゃんとやらは別のところへ行ってしまい、この男だけが壁に取り残されたようだ。
まぁ平たい話こいつの過失だ。俺には何の罪もないし如何ともしがたい。
「はぁ……何でよりによって塀の中の町なんだろう……。他の町だったら、絶対ポケモン持ってる人がいるのに……」
「決まりを守らなかったお前のせいだろ」
「うっ、そ、そりゃそうだけどさ……」
「ところでお前、腹とか減らねぇの?」
「減ったよ! すごく減ったよ! でも動けないからどうしようもないよ!」
「ふーん、そうか」
ごっそさん、と言って俺は空になった弁当の容器を燃えないゴミの箱に放り込んだ。
俺のおふくろはこの町の生まれだ。親父はどっか違う町出身だ。
親父は若い頃旅をしていて、たまたま来たこの町でおふくろと出会って、大恋愛の末結婚したらしい。
俺が生まれてからは、親父もさっぱり町から出ることはなくなった。
だけど、去年あたりから親父のおふくろの調子が悪くなって、夫婦そろってその世話に行った。それから俺はずっとこの家で留守番だ。結局俺は町の外に出たことはない。
壁の中の男は、外に出たくはないのかと俺に聞いてきた。別に興味ないし、と俺は答えた。
「ポケモントレーナーとか、外では子供の憧れの職業ナンバー1だよ?」
「へーそーなんだー」
「外ではポケモンと関わらない生活の方が難しいってのに、この町は本当に変わってるね」
「この町でも、ポケモンと関わってる奴はいるぜ? 向こうの研究所のじじいとか」
「おいコラ! 博士はポケモン研究の第一人者だぞ!? すっげぇ有名人だぞ!? みんなの憧れだぞ!?」
「へーそーなんだー。そんなことよりあのじじいの孫が近年稀に見る悪ガキだったからそっちの印象の方がよっぽど強いな」
例のコンビニっぽいもの(今日は珍しくバイトの女の子がレジだった)で買った肉まんを咀嚼しつつ、俺は適当に返事を返した。
「はぁ、冷えた部屋の中で俺に温かいのはお前だけだぜ肉まんさんよ……ごっそさん」
「うう、おなかすいたなぁ……」
「と見せかけて……今日はフライドチキンもあるのだ! バーン!」
「ああぁぁぁぁぁこの鬼畜! 腹黒! ドS! 食わせろ!!」
「そっから出てきたら考えてやらんこともない」
「出られるもんならとっくに出てるよ!」
ぎりぎりと歯ぎしりの音が聞こえる。
壁を壊したらこの男は飛び出してくるんだろうか。あいにく俺は壊す気なんてないけど。
いや、というか、改めて考えなくても、この壁の厚さ、人間の厚みより薄いんだよね。一体どういう体勢で入っているんだろうか。謎すぎる。そもそも壁って中身詰まってるじゃん。何で人間が入ってるんだろう。
いくら考えても謎は謎だ。そして俺にはどうしようもない。
とはいえ、ただ放っておくのもあれなので、この町でほぼ唯一と言ってもいい、ポケモンと関わりある人間である例の博士とやらに相談はしてみた。いや間違えた。博士本人はとっっっっっても忙しいとかで、その研究所にいた暇そうな奴に相談してみた。
家にも来てもらったし、壁の中の奴とも話してもらった。
そのメガネ白衣の七三は、とりあえず数日待ってくださいと言ってきた。数日すれば何とかなるのか。よくわからん。
壁の中に男が入って3日。
とりあえず、壁の中の男にはずっと話しかけている。が、声が弱ってきている。さすがに3日飲まず食わずはきついよな。
しかしどうしよう。このままだと、壁を壊したら中から人骨が、なんて事件がリアルに起こりかねない。それはまずい。非常にまずい。俺の部屋でそんな猟奇的な事件が起こるとか勘弁してほしい。断固阻止せねば。しかし俺には如何ともしがたい。
玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、少し前に町を出たはずの、近年稀に見る悪ガキが立っていた。
何だこいつ、と思っていると、そいつは例の暇人研究者から連絡をもらってうちに来たらしい。
男が埋まっている壁に案内すると、そいつは実力不足のくせに変なことするからとか、ちゃんと調べてから行動しろとか、壁の中の男に向かって説教し始めた。町にいた頃のこいつの悪童ぶりを知っている俺からしたら「お前が言うな」なのだが、口に出すと面倒なことになりそうなのでやめた。
そしてその元悪童は、子供より少し小さい高さの黄色い生物を赤白の球から出した。
壁の中から声がした。
「お前、ありがとな。いつかお礼に来るから!」
「今度はちゃんと玄関から入って来いよ」
黄色い生物が壁に向かって何やらエネルギーを発射する。
壁を軽く叩いた。返事はなかった。
今日は冷えるなあ、と思った。
おにぎり2つとサンドイッチを布団付ちゃぶ台と化したコタツに置いて、暖房のスイッチを入れる。
何でこんな時に限って、リモコンの電池が切れているんだ。冗談じゃない。俺はため息をついて、背中を壁に預けた。
ポストに入っていた手紙を開いた。
あの男と出会った、いやあの時は顔を合わせてないから出会ったとは言わないか? まあともかく知り合ったのは去年のこんな時期だったっけか。たまに手紙を寄越してくる。
相変わらず奴は元気にポケモンを育てているらしい。でも、もう二度とテレポートはしない、とか。
手紙を畳んで封筒に戻して、おにぎりにかけられた封印を解く作業に入った。。
「ぴかー」
俺の後ろから、声がした。
封を開ける手が止まった。
いや、おれのすぐ後ろは壁だ。ついでにその向こうは物置だ。というかこの家に今いるのは俺ひとりだ。
聞き間違いか? と思いながら、俺はまたビニールを引っ張った。
「ぴかー」
おい何だよ聞き間違いじゃねぇじゃねぇか。
声は確かに俺のすぐ後ろから聞こえる。でも後ろは壁なわけで。つまり。
以前より少し高いその声。今度は何だ。女か。俺の家の壁は呪われてるのか。
頭を抱えて、俺は言った。
「おい、そのピカ何とかの鳴き声はいいから、普通に喋れよこの不法侵入者」
++++++++++The end?
1月31日夜のついった。
(久方)えるしっているか さむいへやのなかで ひとりたべるこんびにべんとうは ちょっとさみしい
(キトラさん)もしもし、あたしくろみ!いまあなたの後ろにいるの!
(久方)壁の中だと……ごくり
(キトラさん)新たな物語「壁の中」
(砂糖水さん)こうして新作「壁の中」は生まれた
(久方)塀の中の町に生まれた俺は、全く町の外に出る事のない、この町の中ではごくありふれた生活を送っていた。
ある日、いつも通り空き部屋と面した壁を背もたれに、冷えた飯をかきこんでいると、俺の後ろから。
「ピカー」
……壁の中に、何かいる。
(砂糖水さん)ピカーwwwwwwww
(キトラさん)ピカーwwwwwまさかのPにつなが(当局はスナイプしました
そんな勢いとノリの産物です。
【好きにするがいいさ】
【もちろん120%ギャグです】
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