マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.3980] 軌跡の痕 投稿者:art_mr   投稿日:2017/03/06(Mon) 22:41:21     63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    軌跡の痕

    荒れた嵐の夜だった。
    仄暗い厚雲が空のほとんどを埋め尽くし、雨が全てを押し流さんばかりの勢いで海に降り注いでいた。
    許容量を遥かに超える水を含んだ海は盛大に荒れ、波はその背の高さを競い合うように荒れてぶつかり合い、その度に盛大な飛沫となって散った。
    雨と風が猛り狂う怒号の中、時折雷もが加わり海へその光を放ち、周囲に瞬間的な残像を残す。
    その残像に、一瞬だけ何かの影が浮かび上がった。それは小さな影だった。
    広大な海と闇と嵐の中で、その姿は豆粒のように小さく、ともすれば瞬きをしたら消えてしまいそうだった。
    その影は、何度も波に飲まれ、海に引きずり込まれながらも、その度、しぶとく海上に浮上してきた。

    影の正体は人間の男だった。彼は海面から上半身だけを出した状態で、太い木の破片に両手でしがみついていた。
    視界が殆ど効かないため、本人にははっきりとは見えていないが、男は左腕に大きな傷を負っていた。
    裂けた傷跡はひっきりなしに海水に洗われ、絶えず血が流れ出るため段々と体が冷たくなっていく。
    男は気の遠くなりそうな痛みに歯を食いしばりながら、唸っていた。
    唸りながら必死に、意味をなさない言葉を叫んでいた。
    しかしその叫びは、荒れた海の前には蚊の羽音にも匹敵しない。
    そして、その言葉を理解してくれるであろう「人間」は、どこにも見当たらなかった。
    再び叫んだとき、付近で大波同士が衝突し、その余波に男は再び海に引きずり込まれた。
    重力が疲弊した体を包み込む。海の中は、殆ど視界が効かない割に海上の嵐が嘘のような静けさで、男の耳には自分の呼吸音だけが聞こえた。
    意識を失いかけていた男は、鼻から入る水の塩辛さが粘膜にしみる感覚で、再び危機感を取り戻した。
    このままではいけない。
    必死に気力をかき集め、体の奥の残った力を絞り出す。寒さに感覚が麻痺しつつある身体に鞭打ち、手を動かす。水を掻き分ける。
    少しずつ呼吸し、大事にしていた肺の中の空気を全部吐いてしまうと、男は水を飲み込まないよう息を止めた。
    ただひたすら海面にたどり着くことに意識を集中した。
    酸素不足に頭がくらくらしながらも、ひと掻きごとに身体を覆う重力から少しずつ解放され、男はなんとか再び海面へたどりついた。
    偶然手近にあった漂流物にしがみつく。激しく咳き込んだ。むせながら、必死に酸素を胸に取り入れた。
    生きている。
    激しい雨に顔を打たれながら、男は鈍色の雲に覆われた暗闇を見上げた。
    豪雨で殆ど塞がれた視界の中で、懸命に目を凝らした。
    なにか、なにかないだろうか。この状況を突破できるものは。

    しかし周囲には、荒れ狂う風と、激しい豪雨と、冷たい黒い波しかない。
    誰もいない。
    ふと男の心に隙ができた時、大きな波が再び襲ってきた。
    男は右腕で自分を守るような形のまま、またもや海に容赦なく引きずり込まれた。

    ーー

    「昨日の嵐は凄かったね」
    皿とフライパンを挟んで向かいあった同期が呟いた。
    彼女は口を開きながら、視線は先ほど綺麗に盛り付けたニンジンから外さない。
    視線を据えたまま、スプーンで上から器用にドレッシングを垂らす。
    「誰か何か悪いことしたのかもね」
    彼女はそう続けながら、続いてサラダボウルから水菜を選り分け、ニンジンの傍に盛り付けた。
    そんな同期の様子をちらちらと見ながら、少女は自分の前にあるフライパンに目を配っている。
    バターの上に乗せたピンク色の肉はやがて火が通り、脂と肉の焼けた香ばしい匂いが厨房を満たした。
    がりがりと粗挽きの塩と胡椒をその肉にふりかけ、バンの上にその肉を乗せる。
    レタスを乗せ、紫タマネギを乗せ、もう一つフタ代わりのバンを乗せて、上から旗を模した爪楊枝を刺す。
    ホテル特製、牛肉百パーセントバーガーの出来上がりだ。

    海に浮かぶ小さな村の、リゾートホテルの厨房だった。
    村の建物は木にヤシの葉の屋根を組み合わせた木造の平屋建て、道も丸太を二つ組み合わせただけの簡素なもので、一時間もあれば一周できてしまう。
    噂では村全体がサニーゴというポケモンの上に浮いているという説もあるらしいが、少女はそれを確認できていない。
    とにかく、その村の二大産業は漁と観光であり、十六歳の少女は後者のリゾートホテルで働いている。
    チヒロ、と同期が少女の名を呼んだ。
    「そのバーガーを作ったら今日は終わりだね」
    「うん」
    チヒロと呼ばれた少女はそう答えながら、既にエプロンを脱いでいた。厨房の脇にあるロッカーにそれをしまい込み、
    「じゃあ、一足お先に。また明日ね」
    「うん。また明日」
    カバンを背負って、チヒロは厨房の裏手から家への道を歩き出した。

    昨日の嵐の水を吸ったからだろうか、チヒロの素足から伝わって来る丸太の感触がいつもよりひんやりと冷たく、沈みが遅い。
    帰り道のそこかしこで、近所の人が浮いている木の破片やヤシの葉を片付けていた。
    チヒロの祖父母や両親は「誰かが何か悪さをした」とか、「よくないものが近づいてきている」と昨日の嵐を形容した。
    同期もおそらく同じ考えだろう。
    ただ、かなり信心深い人の多い村に生を受けていながらも、チヒロ自身はあまり昔話や神仏の類を信じていない。
    信じていないのだが、ではなぜそうなるのかといわれると困る。だからそういう話になると、きまっていつも静かにしていた。

    チヒロの家はホテルから歩いておよそ十五分、自分の実家から丸太数本を挟んだほど近い場所にある。
    それはチヒロ専用の小さな家で、学校を出てリゾートホテルに就職した際、親戚のおじさんたちが作ってくれたものだった。
    一部屋しかない小さな作りだが、天井が高いせいか意外にも広く、大きな窓が日光をふんだんに取り入れるため、部屋は明るい。
    チヒロにとって最も心が落ち着く安らぎの空間だ。
    カバンをおもむろに床に置くと、チヒロは小さな本棚の隙間から一冊の本を取り出した。
    表紙は黄ばみ、端は何カ所も敗れ、頁も所々黒ずんでいる。それは写真集だった。
    チヒロはページをめくった。
    彼方まで広がる柔らかな草原の真ん中を、大きなバケツを持った幼い少年とポケモンが歩いている写真。
    橙の地に黒の縞模様、ふさふさとしたクリーム色の尾を持つポケモンもまだ小さく、少年の膝ほどの背丈しかない。
    写真の左側から早朝の光が差し込んで、濡れた草の露がキラキラと煌めき、
    太陽の薄い光が彼らの行く先を眩しく輝かせている。
    写真の右奥では、大きなピンク色のポケモンが草を食んでいた。彼らはきっと、そのポケモンの乳を取りに行くのだろう。

    ページをめくる。
    灰色の小さな石が綺麗に並べられている隅で、おじいさんが跪いて手を合わせている写真。
    傍らには線香とお花が置かれている。並んだ灰色の石が石碑だということくらいは、大地のない地に住むチヒロにもわかる。
    おじいさんの大事にしている誰かが亡くなってしまったのだろうか。

    いくつかのお気に入りの写真の中で、チヒロが最も好きなものは真ん中あたりの何気ない一ページだ。
    目をこらす毎に新しい発見があり、何度そのページを見直しても飽きない。
    背の高い、無機質のコンクリートビルが群をなしてそびえ立っている写真だった。黒いもの、白いもの、灰色のもの、大きな窓のもの、細長い窓のもの。
    どっしり太く見るからに頑丈そうなものもあれば、ほぼガラス張りの近代的なものもある。そんな写真だった。
    窓の明かりがついているところ、ついていないところ。白熱灯の強い光が漏れ出ている中に、橙色の淡い光がぼんやり浮かんでいるところもある。
    窓の中をよく見ると、その奥に人の影がある。タバコを吸い一人でくつろぐ人の影。テーブルを囲んで議論しているような何人もの影。
    人工的で冷たい大きな建物の中には、たくさんの息が通った人たちが働いている。
    その一人一人は何を考えているのだろう。家族や、恋人は。ついている職業は。住んでいるところは。それを想像するだけで胸が否応なく高鳴る。
    私もこんなかっこいい所で働きたい、とチヒロは思っていた。いつの日かここを出て、働きたい、と。

    ガタッ……

    突然の物音に、チヒロは瞬間的に本を閉じた。緊張がやや遅れてやってきて、体が沸騰したように熱くなる。
    逸る鼓動を理性で押さえつけて、本をそっと元の場所へ戻す。どうか、ばれていませんように。
    祈るような気持ちで周囲を見渡す。
    チヒロの住む村では、基本的に村の外に出ていく人はいない。誰かが出るとなると村中の噂の種になり、酷い時には存在ごと無視されるらしい。
    幸か不幸か、チヒロはまだその光景を見たことがない。しかし、先ほどの写真集も見つかればどう解釈されるかわからない。
    それは勤務先のリゾートホテルにある、観光客用図書エリアからくすねているものだった。

    時間の経過と比例するようにチヒロの心は落ち着き、十分もした頃には物音の原因を探るべく、そっと玄関のドアを開けていた。
    誰もいない。
    部屋の中に戻り、窓から顔を出してみる。海と家以外には何も見えなかったが、ふと下を覗き込んだ。何かがいた。
    「ぎゃっ!!」
    その正体を確かめる前にチヒロは壊れんばかりの勢いで窓を閉めた。
    もう一度時間をおいて自分を落ち着かせ、ガラスに顔を押し付けながら下を覗いた。
    ほとんどボロ切れのような服しか身にまとっていない、謎の誰かが座り込んでいる。
    うつむいているので歳や性別、もちろん表情はなにもわからなかった。
    ただ、その左手や左腕には包帯が巻かれていた。左腕の真ん中あたりから血が染み出し、包帯が一部赤く染まっている。

    怪我を、しているのか……
    下を向いてはいるものの、その人が生きていることは、呼吸に合わせてかすかに上下している様子で分かった。
    起きているようにも寝ているようにも、痛くてあえいでいるようにも見える。しかし窓が閉じられているため音が聞こえてこない。
    チヒロは素早く自問自答した。助けるべきか否か。少し迷ったた末、否に傾いた。
    いくら酷い怪我をしていると言っても、自分は女の一人暮らしである。見知らぬ人を家に入れて襲われないとも限らない。
    知らんぷりが一番。関わらない方が楽。早くどこかに行ってくれればいいのに。何も見なかったことにしたいから。
    チヒロは夕飯の準備を始めた。

    しかし。
    あの人大丈夫かな……。
    夕飯は昨晩作ったシチューを温めたものだった。
    だが、好きなテレビをつけても頭に何も入ってこない。心なしかシチューの味もよく分からなくなる。
    自分でも分かっていた。外に座っている人のことが頭について離れず、何にも集中できなかった。ため息をつく。
    あの人怪我してたな……死んじゃったら、どうしよう。

    狭い村である。困った人に対してはもちろん、困っていない人にまでおせっかいを焼く文化で育っている。
    その育ちゆえ、家の裏に座り込む人を無視することは、身の危険を考えるよりもチヒロには難しかった。
    窓に手と顔を押し付けて、もう一度外を覗き込んだ。
    果たしてその人はまだ同じ場所におり、気のせいだろうか、さっきよりもへたりこんで元気がないように見えた。
    夕方の薄い光の中で、包帯の巻かれた所に滲む血が不気味にどす黒くみえる。赤く染まった部分が確実に広がっているようだった。

    チヒロはやがて観念し、立ち上がり、震える手で新しい器にシチューを盛った。
    勇気を奮い起こし玄関の扉を開け、窓がある家の裏手に回った。
    「あの……大丈夫ですか。お腹空いていたらこれ、食べてください」
    ずっと下を向いていたその人が、チヒロの声にゆっくりと顔を上げた。
    その顔の左半分は包帯で覆われていた。しかし、右半分から覗く素顔と髭で、その人間が男だということは分かった。
    無数のあざや擦り傷でその右半分の顔も傷だらけだった。
    ただ、チヒロはこの人を勝手に老人だと思い込んでいたのだが、意外にも想像していたよりもかなり若く、
    まだ二十代後半、せいぜい三十代に見えた。
    男は焦点の合わない目を瞬かせながら、震える右腕をゆっくり差し出した。
    チヒロは皿をそろそろと男の手に乗せた。まるで傷ついた動物に、餌をあげているみたいだ。そんなことを思った。
    男はシチューを太ももにゆっくりと乗せ、無理に体をねじり、ゆっくりゆっくり、右手にもったスプーンでシチューを口に運んだ。
    まるで生まれたばかりのロボットのようなぎこちなさだった。
    だんだんとチヒロはこの身元不明の傷ついた男が哀れになり、彼が食べ終わったのを見計らって、
    「よかったらうちに来ませんか。少なくとも、外に座っているよりは体が楽になると思います」
    そう提案すると、男はコクリと頷いた。

    家に招き入れると、チヒロは男に湯船を勧め、ベッドを譲り、自分は少し離れた床に客用の布団を敷いて横になった。
    ベッドを見上げて男の様子を確認する。男はしばらくもそもそと動いていたが、やがて、静かに寝息をたてて眠りについた。
    耳で男の呼吸を感じながら、チヒロは天井を見上げて考えていた。
    あの男は病院から脱走してきたのだ。ベッドを勧めた時に、男のあのぼろぼろの衣服に書かれていたタグを見てしまった。
    それは医療用のものだった。
    何のために逃げたんだろう。腕からまだ血が出ているのに、あんなに不自由な体なのに。
    何か事件を起こしてしまったのだろうか。それとも病院が嫌いでたまらないのか。
    分からない、分からないと思いながら、答えの出ない問いを並べてはまた、分からない、分からないとチヒロは自問自答を繰り返した。
    いつの間にか、眠りに落ちていた。

    ーー

    小さな控室の端に置いてある折りたたみ椅子に、一人の男が座っていた。
    中肉中背の、黒い短髪、浅黒い肌をした青年だった。まだ若く、年の頃は十七、八といったところだろうか。
    緊張しているのか、その男の体は小刻みに震えていた。
    膝の上で手を拳に握り、開きを繰り返す。それを何度か繰り返し、手に滲んだ汗を衣服で拭う。
    時折腰元につけた紅白のボールに左手をかざし、詰めている息を長く吐き出し、深呼吸した。目を閉じる。

    やがて、足音が近づいてきた。男は目をつむったまま、それを耳で聞いていた。
    足音は部屋の外で止まり、ノックの後に控室のドアが開いた。
    腕に腕章をつけた係員の男が部屋に体を半分入れ、男の名を呼ぶ。
    「出番です、◯◯さん」
    男は目をゆっくりと開いた。先ほどまでの姿が嘘のような、力強い覚悟を宿した瞳で相手を見返し、
    ハイッ、と張りのある声で返答、席を立った。

    係員に続いて薄暗い通路を進みながら、男は一度詰めていた息を吐き出した。息を深く吸い込むと、酸素が通った頭が再び活動を始めた。
    通路にカツカツと二人分の靴音が反響する。階段を降り、通路を右に左にしばらく進むと、行く手の前方から光が漏れていた。
    ついにはじまる、と男は呟いた。先ほどからずっと高鳴っている心臓が一度、キュッと縮む。
    腰につけた六つのボールがカタカタと揺れた。男は左手をボールに当てて、大丈夫、と呟いた。
    お前達も緊張してるんだろう? 僕もだよ。今までやってきたことをやれば大丈夫だよ。
    係員が分厚いドアに手をかけた。その扉を開ける隙間から防音が解かれ、強い光と歓声が溢れて聞こえてくる。
    扉を開け放った瞬間、眩いスタジアムの光が、地鳴りのような歓声が、圧倒的な光の向かい風となって男を包み込んだ。

    あの頃、男は何かに憑かれたようにがむしゃらに練習していた。
    焦がれるような、強くなりたい、強くなりたい、という感情は泉のように湧き出て片時も果てなかった。
    寝ても醒めてもその信念は、絶えることなく男の中で燃料不要の炎のように輝き続けた。
    もっともそれはいっぱしのポケモントレーナーである者ならば、ほとんど誰もが抱いている共通の気持ちである。
    男が他の人と少し違っている点があるとすれば、それは帰る故郷がないことだった。
    強くなるまで帰らないと自分で決めた訳でも、故郷が焼けた訳でもない。
    ポケモントレーナーになると決めて旅立った時点で、男の存在は故郷から抹消されたのだ。

    ーー

    卵を割り、コンロの上に置いた丸い小さなフライパンの中に落とし込む。
    前もって温めておいた米をお椀にもり、細切れ肉、細切り野菜とアボカドを順番に乗せていく。
    乗せて何秒も経たないうちに目玉焼きが出来上がる。フライパンからスライドさせて、ご飯を乗せた器の上に乗せる。
    リゾートホテル特製丼ぶりのできあがりだ。
    あくまで視線は料理に集中させながらも、チヒロの頭の中は全く違うことを考えている。

    昨日明け方近くに、チヒロは男の唸り声で突然目を覚ました。すぐに手元の照明をつけて男に近寄った。
    男は全身にひどく汗をかいており、短く浅い呼吸をしていた。上気した頬がかなり熱かった。
    腕の包帯に目をやると、その大部分が真っ赤な血で染まっていた。傷口が開いたのかもしれない。
    チヒロはなるべく物音を立てないようにしながら、救急箱からガーゼと包帯を取り出した。
    男に近づき、恐る恐る怪我をした方の腕をとると、男は朦朧としながら薄く瞼を開いた。
    大丈夫ですよ、とチヒロは男に向かって呼びかけた。
    こんなところでビビってちゃだめだ。安心させてあげないと。
    一息置いて、腕に張り付いている包帯をゆっくり剥がしはじめた。
    血で張り付いた部分を剥がす際に時折包帯がひっかかり、その度に男がびく、と身じろぎした。
    チヒロの額から汗が流れた。慎重に、丁寧に。勇気を持ってやらないといけない。
    仕事の時とは比べものにならないくらいの集中力が必要だった。

    やがて、赤黒く染まった腕の全貌が顕になった。前腕から肘にかけて深い傷があり、縫った後がホチキスで止められていた。
    そこが開いてしまっていたのだ。
    チヒロは心の底から目を逸らしたい衝動にかられながらも、意を決して、そっと傷口の周りを消毒液で拭った。
    瞬間、男が身を裂かれたような悲痛な声をあげて、強く体をよじった。チヒロは驚いて飛びのいた拍子に尻餅をついた。
    座り込んだ姿勢そのままで、ベッドの上にいる男を見つめた。
    男はもぞもぞと体を苦しそうに動かしながら、くう、うう、と抑えきれない悲鳴を漏らしていた。
    やっぱり、どう考えても痛いよね。あんなに血がでているんだもの。
    チヒロはベッドの側まで行き、男を覗き込んだ。
    それに気がついた男はゆっくりと汗まみれの顔を上げ、チヒロを見た。ただその目は酷く恐怖に怯えていた。
    「ごめんなさい、うなされていたから。包帯を替えようと思って」
    チヒロが言い訳するようにそう口にすると、男は目をそらした。とめどなく流れる汗を拭おうともせず窓の外を見ていたが、やがて再び目を閉じ眠りに落ちた。
    チヒロは清潔な包帯を男の腕に巻き直すと、わずかな睡眠を貪るようにまた、同じく眠りについた。

    ーー

    キッチンのカウンターから、ホール係が顔を出した。
    チヒロはカウンターの向こう側から、特製丼とハンバーガーを揃えて出す。係は皿のそれぞれを右手と左手で取り、
    新たに白身魚のカルパッチョをオーダーした。
    同期が早速、白身魚の調理に取り掛かる。チヒロはそれに添える野菜を求め、冷蔵庫へ向かった。
    手慣れた作業をこなしながら、ずっと、どうしたらあの男の傷が早く治るかを考えていた。次の日も。そのまた次の日も。

    あっという間に一週間が経過した。その間、男の容体は一進一退を繰り返した。
    初日以降男は何日も高熱にうなされ、ひどく汗をかいてずっと寝込んでいた。
    初めはこそチヒロが腕を消毒すると飛び上がっていた男も、何回か繰り返すうちに諦めたのか、歯を食いしばって黙っているだけになった。
    チヒロは帰ってくると夕飯を作り、男と一緒に食べた。
    男は殆ど言葉を喋らなかったしずっと寝込んでいたので、チヒロは人間というよりも、なにか動物を拾った気持ちになっていた。

    チヒロが帰宅すると、男は大抵ベッドの中で疲れて眠っているか、痛みで眠れず耐えているかのどちらかであることが多かった。
    しかしチヒロが毎日包帯を取り替え、滋養のある食事を工夫し、熱を出す男の汗を拭いているうちに少しずつ、回復の兆しが見え始めた。
    そしてついに、ある日チヒロが帰宅すると、男の様子に明らかな変化があった。
    男は上半身を起こした状態で、ベッドの側にある窓から西に沈んでいく大きな夕日を見つめていた。
    チヒロは黙って男を見守った。
    燃えるような橙色が海の上で神秘的に揺らぎ、ゆっくりゆっくりと沈み、紫色の夜へと変化していった。
    男はずっと黙ったままその変化を身じろぎせずに見つめていた。その瞳は一つの山を越えたような静かな目をしていた。

    その晩、父や兄達が長い漁から帰宅した。村のもう一つの主産業である漁業には、チヒロの家では父の他に兄二人が従事している。
    鯛や鮪などの魚が台所に所狭しと運び込まれ、豪快な刺身盛り合わせとなって食卓に登場した。
    その他にも大量の野菜の煮物、牛すき焼きなど、普段一品をすするだけのチヒロでは考えられないような豪勢な食事が並ぶ。
    元々色黒の上にさらに日焼けした父や兄達は食べ物を口いっぱいに頬張り、漁の話をした。
    「なかなか獲れねぇ日もあったが、でも、一日中メチャクチャ獲れた日もあってなぁ。なんか、海全体が焦ってるみたいだったさ」
    「バンバン、バンバン網に魚が飛び込んでくるのは良いんだけど、間違って飛び込んできちまったみたいでな」
    「なんでかな、と思っとったら、次の日大嵐が来たんでさあ。ありゃ、びっくりしたなあ」

    大嵐は父達の乗る船のそばでもあったのか、とチヒロはご飯を咀嚼しながら思っていたが、
    「こっちでもかなり激しい嵐が来たんよ。なあ、ばあちゃん」
    チヒロの母が言った。
    「そうさ、きっと誰かが何か悪さをしたから、こんな嵐が来たんだろうねぇ。たたりさね」
    「まぁまぁ、そのおかげでこっちは大漁だったんだからいいさ」
    父が日本酒を豪快に飲み干しながら話を一旦締めた。
    「ところで、トクサネに魚を卸に行った時、話を聞いたんだけど」
    二番目の兄がビールを飲みながら、急に口火を切った。チヒロの心臓は跳ね上がった。
    「町に酷い状態で倒れていた人が、少しして病院から脱走したらしいんだよ」
    「どんな?」
    「なんでも見つかった時は全身びしょ濡れで、傷だらけ泥だらけですごい怪我してて、全然動ける状態じゃないのに急に居なくなったって」
    「いやぁねぇ。何か悪い人なんでないの?」
    「俺もそう思ったんだけどね。仲間に連れ去られたか、敵に連れ去られたか。
     でも、トクサネとしては近隣の島々には、その人が潜伏している可能性があるから気をつけてくださいって言ってると」
    「物騒だわな」
    「幽霊だったのかもよ」
    「いやねぇ」
    チヒロは黙って、すき焼きに手を伸ばした。自分の家で一人、スープをゆっくり口に運ぶ、男の姿が鮮明に目に浮かぶ。

    ーー

    山を切り開いて均した一角に、車を駐車するためのスペースが設けられている。
    日はまだ早く空気も澄んで、時間が早いため車は一台も駐められていない。そこには車ではなく、なぜか等間隔で十数個の丸太が並べられていた。
    その丸太を正面にして、数十メートル離れたところに男が一人立っている。年の頃は二十前後だろうか。
    男は目を閉じ軽く息を吐き出すと、再び目を開いた。腰に備え付けた紅白のボールのうち一つが、カタカタと揺れる。男はそれを掴み、
    「アカ、連続切りいくぞ!」
    勢いよく投げられたボールは丸太に当たる直前に二つに割れ、ボンッという音とともに薄い白煙がなびいた。
    その煙を切り裂いて、赤い閃光が飛び出した。背に生えた透明な羽をピタリと寝かせ、一本の矢のように真っ直ぐ飛んでいく。空気が唸る。
    「イチ!」
    男が声を発したタイミングで、右の鋏が丸太を真っ二つに折った。
    「ニ!」
    左の鋏をわずかに上げて、こちらは縦半分に砕く。アカと呼ばれたハッサムはさらに加速して丸太の並ぶ道を突き進み、
    最後まで来た所でくるりと宙返りした。ジジジッ、と羽音が空気を震わせる。
    「サン、シ!」
    アカは男の息に耳を澄まし、声のタイミングで、二つ同時に丸太を斬った。丸太が地に落ちたと同時に、自分も地面に足をつけ、
    くるりと方向転換し、まだ残っている丸太の方向へ羽を向けた。
    そんな要領で十数本の丸太を全部粉々にすると、男はアカとそれを全部かき集め、薪置き場へ放った。


    「技の威力と、命中率を上げたいんだよなあ」
    海の上である。ゆっくりと力強く前進する巨大なくじらポケモンの背に寝転がり、強力な直射日光から目をかばいながら、男はそう呟いていた。
    「同じ技でも、もっと重い、強い攻撃を。もっと早い、軽いスピードで」
    ごろりとその背で横になる。男の視界の少し下では海面がゆらゆらと波立っている。
    「なぁ、どうしたら良いと思う? オイズ」
    オイズと呼ばれた大きなくじらポケモン、ホエルオーは、答える代わりにクオオォ、とくぐもった響きを上げた。
    しばし海上を進むと、男は前方に小さな岩場がたくさん並んでいることに気がついた。
    タマザラシやトドゼルガがゆったりと日光浴をしている。その少し離れた岩場には、偶然だろうか一匹もポケモンがいなかった。
    カタカタと男の腰についているボールが一つ、元気よく揺れた。まるでさっきの男の質問に答えたいかのように。
    男はホエルオーの背中でおもむろに立ち上がると、腰のボールを先ほどの岩場に向かって投げた。
    「行けっ、ガムラ!!」
    一直線に弧を描き、紅白のボールが岩場に向かって放たれる。その中から、がっちりとした体にたくましい手足をもつポケモンが現れた。
    体全体は茶色だが、耳と腹回りだけが黄色い。腹部に袋があり、その中にさらに小さなポケモンが顔を覗かせていた。
    ガムラと呼ばれたそのガルーラは、男の方をやる気に満ちた瞳で見返すと、右手の拳を高々と天に突き上げた。
    「メガトンパンチ!!」
    全てのエネルギーを右拳に凝縮したガルーラが、それを足元の岩場に叩きつける。
    その瞬間、辺りに凄まじい衝撃音が轟いた。辺りの岩場という岩場に亀裂が入り、タマザラシやトドゼルガが、裂け目に飲まれる前に逃げ出そうと
    あたふたと水中に逃げ込んでいく。それを見た男が快哉を叫ぶ。
    「そう! そうなんだ!! こういう威力が欲しいんだ!」
    水中を泳いでいたガルーラは、男の戻れ、の一声で紅白のボールにまた吸い込まれていく。


    満員の歓声が地鳴りのように轟くスタジアムの中に、二人の人間が対峙している。
    その片方に、あの時駐車場で丸太を切っていた男が立っていた。
    手持ちの六体の内五体は勝負がつき、残すはお互いの一体のみ。
    男は最後に残したボールに手をかけた。
    その中身は、初めて故郷を出た時からずっと苦楽を共にしてきた、一番の盟友だった。

    十七年前、まだホエルコだった彼のその丸い背に跨って村を出た。海を進み、島々を巡り旅をした。
    陸地に入ると海岸沿いを歩いて旅を続けた。少年だった男は背も伸び、仲間のポケモンも増え、
    いつしか最初のパートナーは見上げるほど巨大な、うきくじらポケモンへと変貌を遂げたのだった。
    旅を続けながら勉強を続けた青年は、やがて、一つの信念を抱くようになった。
    強いと推されるポケモンを使わないこと。その代わり、技の命中率や精度、威力をあげることに心血を注ぐこと。
    少ない力で最大のダメージを与えられるような戦いをすること。

    その信念を貫きながら練習、対戦を続けて十数年、今青年はスタジアムの中に立っている。
    ポケモントレーナーである誰もが、万人が憧れるポケモンリーグの最高峰、準決勝であった。勝った者が決勝に進む権利を獲得できる。
    相手は三つの頭を持つ、空を飛ぶ竜。どちらも相性的には互角、どちらかが優勢ということはない。

    ただ、圧倒的に不利なのは青年の方だった。
    青年も、そしておそらく観客もほとんど全員が気がついているだろう。
    ホエルコの相手はサザンドラだ。圧倒的な攻撃力と共に、龍属性の持つ頑丈さ、加えて空を自在に飛べる大きな翼をもつ。
    ホエルコは大きな体故、体力はあるが素早さは遅く、耐久力はさほど高くない。生半可な技では倒せないのは明白だった。
    青年が旧友に対して強化してきたのは、先制できる相手ならば潮吹きで相手を鎮めること、できなければ、
    白い霧などの補助技を用いて相手の威力を下げ、その隙をついてハイドロポンプで押すことだ。あまごいで自分の技の威力を上げてもいい。

    でもそれはあくまで、技を受けてもこいつが倒されない場合だ。青年はそう思う。
    一撃で、例えば流星群であっけなく倒れてしまうかもしれない。

    向かい合うスタジアムのフィールドの彼方で、相手のトレーナーが手を挙げた。技名を叫びながらこちらを指差す。
    その声に応えるサザンドラの口内に、深い青色のエネルギーが生成される。
    青年には全ての動きがスローモーションのようにゆっくりと見えた。
    自分の相棒であるホエルオーを見、目を合わせ、技名を告げる。

    信念とか、努力とか、そんなものは関係ないのだ。全てのバトルは、二者のうちより強い方が勝つ。それだけだ。
    例え戦う場が道端でもリーグでも、根本的な部分は何も変わらない。
    今まで何をしてきたか、何を背負っているか、今どんな状態にあるか、過去は何一つ関係ない。
    強者だけが進める。より一層の高みへと。

    ホエルオーが体内に溜め込んだ水のエネルギーが、渦潮のような音を立てて青年の耳まで届く。
    間に合わないと直感した青年は、心の中で祈った。間に合ってくれ。耐えてくれ、オイズ。
    だがまだホエルオーがエネルギーを貯めているうちに、サザンドラの口から光が発射されたのが見えた。
    流星群。瞬く星のような光が練り上げられ、凄まじい光量でホエルオーと青年を飲み込んだ。
    そのまま焼かれそうな圧倒的な輝きの中で、青年は目をかばいながらオイズに目をやった。
    オイズは青年の方を見る余裕もなく、光に飲まれ、横転し、ドウゥンとものすごい地響きを立てて倒れた。

    光が止んだ瞬間、一人一人のさざめきがスタジアム中に歓声となって広がった。
    動かない相棒をボールに戻し、青年は観客を見上げた。皆が拍手をしている。立ち上がっている人もいた。
    青年の胸を様々な思いがよぎったが、ひとまずそれを全部押し殺し、規則通り勝者と握手を交わした。
    歓声がより一層大きくなる。

    ずっと、強くなりたいと思ってきた。誰にも負けないくらいに強くなりたいと思っていた。
    その思いを、自分とともに歩んできた仲間たちで成し遂げたい。それが青年の夢だった。

    次の試合が始まり、観客の歓声が溢れるスタジアムを背にしながら、青年は考えを巡らせていた。
    そもそも僕はなんで、強くなりたいと思っていたんだろう。
    なぜ、強いポケモンを選ばないで自分の仲間たちで挑みたいと、そんなことを考えるようになったんだろう。
    宿に着いてからも、ベッドの上で大の字になりながら青年はその答えを探そうと記憶を掘り起こしていた。

    泣きながら旅だった。ポケモン達以外に誰も自分の夢に賛成してくれる人がいなかったから。
    それは両親の反対などというレベルではなく、家族から村の人達からほぼ全員に自分の存在を無視された。
    旅立つと告げただけで瞬く間にそうなった。
    村の役に立たない人間などいらない。出て行くなら帰ってくるな。
    そんな無言の圧力を一身に浴び、ひどく傷つき、でも、それでもその夢を捨てることができなかった。
    帰れるはずもない場所、僅かな記憶にのみ残る場所、それが青年にとっての故郷だった。

    それなりには上り詰めたリーグ挑戦が終わり、青年の頭には一つの考えだけが残った。
    故郷に帰りたい。
    ずっと心の奥で星のように輝き続け、片時も迷うことのなかった強さへの執着心、
    それがポケモンリーグを三位で終えたその瞬間、流れ星のように急激に消えてなくなったのを青年は感じていた。

    自問自答を繰り返し、思い出せる過去を辿りながら青年はベッドの上で考え続けていた。
    有名になって、誰よりも強くなればいつか、村の誰かがオイズや自分のことに気がついてくれる。
    かつて無視した自分のことを認めてくれて、再び温かく迎え入れてくれる。
    だから強くなりたかった。だからオイズを含めたみんなで勝ち進みたかったんだ。
    正攻法で帰りたかったんだ。

    しかしその夢を「ポケモンリーグ三位」という成績で中途半端に達成してしまった青年に、
    もう一度一位を目指すために努力し直す気力は起こらなかった。
    それこそ、本当は強さが欲しかったのではなく、故郷に帰るための有効切符が欲しかったからに他ならないのだと、青年自身が痛切に実感していた。

    ーー

    男を家に匿ってから二週間が過ぎた。チヒロが仕事から戻ると、男は大体じっと座って家の窓から海を眺めていた。
    左腕の傷は大分癒え、ぎこちなかった体の動きも少しずつ良い兆しを見せはじめていた。
    しかし左腕を始めとする左半身は未だ殆ど動かないようで、
    部屋の中を動く時はチヒロが拾ってきた長い棒を杖代わりに、生まれたての子牛のようによたよたと移動していた。
    そして相変わらず、男は殆ど喋らなかった。
    「服を持ってきたんですが、着替えますか? 兄がつかっていた古着です」
    ある日、チヒロがそう問いかけると、男はかすかに頷いた。
    右手で器用に左腕をシャツに通し、椅子にもたれながらズボンを履くと、男の見た目が驚くほど若返った。
    それは、男が顔の右殆ど全体に包帯をしていても明確にわかる程の変わりようだった。チヒロは男の向かいに座り、目を見て訪ねた。
    「今更ですが、お名前なんていうんですか?」
    男はチヒロの目を見つめたが、目を伏せ首を振った。相変わらず悲しそうな目だ、とチヒロは思った。
    おいくつですか、とチヒロは重ねて聞いてみた。右の指が三度開き、二・零・五・三と数字を形作る。
    記憶を失ったわけではないようだ。二十八ということか。
    「私はチヒロです。十七歳です」
    男はチヒロの目を見、こくりと頷いた。
    「この村のリゾートホテルで働いています。二十八歳……あなたは私の、二番目の兄と同い年です」
    そうチヒロが何気なくつぶやいた時、急に男の瞳が揺れ、驚きに見開かれた。すぐに、声は発さず口の形だけで、名前は、と尋ねてきた。
    チヒロは男の突然の反応に戸惑いながらも、
    「カイルです。兄は本島とこの島の橋渡しの仕事と、漁師の手伝いをしています」
    そう告げた瞬間、男の悲しそうな目がふと潤んだ。男が伏せた瞼の奥から、一筋の涙が頬を伝った。
    その反応に混乱しながら、すいませんとチヒロが慌てて謝ると、男は手でそれを制し、気にしないでくれというように首を振り、再び俯いた。
    黙っている男をじっと見守りながら、チヒロはある考えに辿り着いていた。
    この人は兄を知っているのだ。ということは恐らく、兄もこの人のことを知っているはずだ。
    もしかしたら、元々はこの島の人なのかもしれない。どこの家の人なんだろう?

    翌日、偶然にもチヒロは仕事が休みだった。
    早起きして橋渡しの仕事をする兄の元を訪ね、本土行きの渡し舟に乗せてほしいと頼んだら、
    「何ね? 急に。しょうがねぇなぁ。空いてっからいいけど、何のつもりなんだ」
    「いいからいいから」
    「なんだお前、なに買いに行くんだ。店まだどこもやってないぞ」
    「いいからいいから」
    妹に甘い兄をいいからの二言で強引に説き伏せ、チヒロは兄の船に乗った。
    船と言っても小型なもので、十人も乗ればいっぱいになってしまう大きさだ。
    底まで透き通った青緑色の海の下では、船に繋がれた二匹のホエルコが待機している。
    「ルカ、エイル、出発するぞ」
    チヒロの兄は自分の船を引くホエルコの背を叩き、声をかけ、自分の胸に下げている笛を口にくわえた。音色の高さを口で調節し、方向の指示を出す。
    程なくゆっくりと船は本土、トクサネへ向かって進み始めた。兄は進行方向に間違いがないのを確認すると操縦席に腰掛け、
    「で、なんねチヒロ、急に俺の船に乗って」
    チヒロは単刀直入に、
    「お兄ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」
    「何?」
    「お兄ちゃんの同級生で、誰かこの島を出て行った人っていなかった?」
    「!」
    兄は一瞬驚きに目を見張ったが、急に真顔に戻り、怖い顔で妹を睨んだ。
    「いや」
    兄が凄んだ顔はかなり恐ろしかった。
    「え?」
    「チヒロ、お前島を出て行くつもりなんか!! 俺の船で!!!」
    「えっ! 違うよ、そんなつもりじゃ」
    「じゃあ何だ! 急に何でそんなことを言いよる!!」
    「待って、違うの誤解だってば」
    「じゃあなんだ!!」
    「だから……お兄ちゃんの同級生で、この島を出て行った人はいなかった?」
    チヒロは噛んで含めるように、もう一度同じことを兄に問いかけた。
    兄は目を閉じ、じっと考え込んでいた。やがて口を開いて呟いた。
    「いた」
    「ど、どんな人だった?!」
    チヒロが勢い込んで聞くと、
    「俺の親友だった。……でも、もう十五年くらいも昔の話で、その時はまだほんのガキだったかんな。
     忘れたよ。あいつがどんなやつだったかってことは」
    「その人の名前わかる?」
    「……忘れた」
    「親友だったのに?」
    「ガキの頃に離れた友達の名前なんか、覚えとらん」
    「……!!」
    親友って、そんなものなの。
    チヒロは打ちのめされ、それ以上何も兄に聞くことができず、耐えきれずに海を見つめた。
    船は周囲に白い飛沫をまといながら、波を切り裂き、ゆっくりと一定の速度で進んでいる。
    海は海底にある岩礁の色でくっきりとその色を変え、空は気持ち良いほどの快晴、心地いい風が吹いている最高の気候だ。
    こんな状態でなかったら。波や飛沫を見ることに集中しないと涙がこぼれてしまいそうになる。チヒロはぐっと唇を噛んだ。
    自分の家で海をじっと見つめる男の姿が、チヒロの脳裏に鮮明に浮かんだ。
    チヒロも兄もそれ以降一切口をきかず、凍結した気まずい沈黙を乗せて、船は島へと進んでいった。

    本島で兄は観光客を何人か乗せ、帰路につく頃にはチヒロは悲しい気持ちになっていた。
    この村は基本的に、住民や観光客には寛容だが、出て行く人に非常に非寛容である。
    知っていたはずだった。わかっていたはずだった。でも、忘れ去られてしまうものなんだろうか。それまで何度も呼んだはずの名前まで。

    暗く沈んだ気持ちで家に戻ると、男はやはり窓辺に座って、海を眺めていた。
    いつもは男にただいまと声をかけるのにそんな気も起こらず、チヒロは黙って、ごろんと床に寝そべって天井を仰いだ。
    腕で目を庇った。瞼に覆われたその瞳から少しだけ涙がこぼれた。

    いつかこの村を出て、ビルのある大きな街で働きたい。色々な出身の、色々な考え方を持つ人達に囲まれて仕事がしたい。
    知っている。どこまでも果てしなく続く町並み。歩いても走っても沈まない地面。森があって山があって草原がある。道路があり車やバイクが走っている。
    漁とリゾート勤務以外の無限の可能性。
    勤務後こっそり観光客用図書エリアに忍び込み、あの本を借りた。大切に、でもボロボロになるまで読みこみながらずっと考えてきた。
    村では漁とリゾート勤務は花形職種に位置付けられている。時間と戦いながら調理業務に明け暮れるのは、正直、悪くはない。
    家でこそほとんど料理をしないが、働き始めてからはメキメキと料理の腕も上がっている。
    料理をしながら、同期と減らず口を叩きながら、チヒロはずっといつか、外に出る気持ちとともに生きていた。
    ずっと出たい、という気持ちはあった。けれどもいつ出たい、という希望は一度も持たなかった。
    いつか叶えたい夢。いつか。でもそのいつかって、いつだろう?
    それはチヒロの中に初めて湧く疑問だった。心の中で何かに火がついた。着火した炎は、チヒロの中の情熱を静かに温め始めた。
    自分がずっと抱いてきた夢は、友人のことを兄が忘れていたくらいで諦める程度の決意でしかないのだろうか。
    家族の意見一つで根元からポキっと折れてしまうような、そんなに脆い決意なんだろうか。そんな夢など、ただの現実逃避でしかないのだろうか。
    いつか出たい。絶対に出たい。出なければならない。この島を。
    でもいつ? どうやって? 私も、あの人みたいに忘れ去られてしまうんだろうか?

    右に寝返りをうって男に背を向けながら、チヒロは一人自問自答を繰り返していた。
    親友。親友。チヒロにとっての親友は、学校を共に卒業し、今も同じ職場で働く同期だった。
    ああ、誰が親友なのかは一発で答えられるのに、この答えの出ない問いの難解なことと言ったら。
    チヒロは四肢を投げ出して、再び天井を見上げた。
    親友……親友。ぶつぶつ呟いて、ちらりと男の方を見た。兄のかつての親友だったらしい男。兄の名を伝えただけで静かに涙をこぼした男。
    言えないなぁ、とチヒロは思った。兄はあなたのことを殆ど覚えてませんでしたよ、なんて……

    男はずっと海を見つめていた。チヒロはぼんやりとした頭で、毎日毎日、よく飽きないなと妙に感心した。
    波以外には朝夕の変化しかない海を見つめて何を考えているんだろう。あの人は。

    ーー

    男は旅を続けた。今までの十数年と違うのは、終わりが明確に見えていることだった。
    車が頻繁に走る大きな道路を道に沿って歩きながら、村の簡単に均されただけの細い道をひたすらに進みながら、
    男は故郷へと一歩一歩足を進めた。途中のどの町に寄っても、故郷を偲ぶ気持ちが炎のように男の精神を炙るあまり、
    男は常にそわそわと落ち着かず、ろくに休む間もなくすぐに旅立ってしまうのだった。
    そしてついに、男は驚くべき速さで故郷の海へとつながる港町へたどり着いた。

    村は変わっているだろうか。みんなどうしているだろう。
    両親は、兄弟は。祖父母は生きているだろうか。親友はなにをしているだろう。
    空は曇天、深い青色の海が不安げに揺れていたその日、準備もそこそこに男は相棒のホエルオーを海へ出し、その背に跨った。
    十数年前の少年時、初めてホエルコに乗ってこの港町へ降り立った時と同じその場所で。

    男は数日前から殆ど眠れなかったが、頭だけは妙に冴えていた。
    十数年分の故郷への執念がアドレナリンとなっていたのかもしれない。
    しかしそれだけでは乗り切れないのが海だということを、十数年を陸で過ごした男は忘れていた。

    故郷まで残り半分といったところで、四方が見渡す限り波の海の真ん中で、急激に風向きが変わりだした。
    生暖かい潮風が強く吹き荒れ、元々揺れていた深い青色の波はあれよあれよという間に高くなった。
    灰色の雲で覆われていた空から、程なく雨が降り始め、その雨が男の頭を冷やしたが時すでに遅く、雨はすぐにその勢いを強めて豪雨となった。
    ろくに装備も準備しなかった男とホエルオーは嵐の只中に取り残された。

    猛り狂う荒波と豪雨の中、オイズ、オイズと男はホエルオーの名を呼びながら、必死にその背にしがみついた。
    十数年乗っているその背は普段ならば嵐が来たとしても絶対に振り落とされないが、しかし何日もろくに眠れていない男には、通常の体力が備わっていなかった。
    つるつると滑る相棒の背中でいくらか踏み止まったところで、手が離れてしまった。途端に嵐にあおられ、空中に放り出される。
    ホエルオーのつぶらな瞳が驚きに見開かれた。オイズに向かって右手を伸ばしながら落ちる時間が、男には永遠にも思えた。

    なぜ、ろくな準備もせずに出てきてしまったんだろう。
    僕のせいだ。僕がオイズやみんなを巻き込んで……
    同じだ。最初の旅立ちにあいつを巻き込んだ時と……
    最後まで僕に巻き込まれたままなんて……

    そんなことは……

    男は最後の力を一瞬に込め、右手に掴んでいたボールをオイズに向けてかざした。
    まばゆい光がホエルオーを迎え入れ、相棒はボールに収まっていく。

    ……よかった

    瞬間、男は海に背面から落ちた。あっと声を上げる間もなく、なすすべもなく海の奥深くへと引きずり込まれていく。

    ーー

    「チヒロってさ」
    キャベツとひき肉を炒めながら、同期が口を開いた。何、とチヒロはトマトを切りながら相槌を打つ。
    「……」
    トマトを切り終わっても、それをコーンや細切りの人参と一緒にしてサラダを作り終わっても、同期は何も言わなかった。
    チヒロは急かすことなく待った。やがて、もう一度同期が口を開いた。
    「……あのさ」
    「どうしたの?」
    同期は眉をひそめ、何かを耐えているような表情で肉を炒めていたが、やがて、聞こえないくらいの声でそっと呟いた。
    「ここ、出たいと思ったことある?」
    その瞬間、チヒロは雷に打たれたように停止したが、しかし次の瞬間にはうつむき、首を振った。
    「……そっか」
    同期がポツリと呟くのを耳に入れながら、チヒロの心は正確な答えを口にしていた。
    「ある」
    二人同時に顔を上げた。お互いの瞳に、隠しきれない情熱と好奇心が宿っているのを見た。
    その日、それからどうやって仕事を終えたのかチヒロは殆ど覚えていない。

    夕暮れの海の上に、小さなボートが一つ浮かんでいた。
    鮮やかな橙のグラデーションに染まる海の上で、同期の表情は影になりよく見えなかった。
    ボートの上なら周りに誰もいないから大丈夫、と提案したのはチヒロだった。
    「ずっとさ、いつか村を出たいと思っていたんだ」
    チヒロが長年胸に秘めていた言葉が、するすると同期の口から紡ぎ出されていく。それは不思議な感覚だった。
    いけないことをしているような後ろめたい気持ちと、ずっとこれを待ち望んでいたかのような興奮が心の中で混じり合い、
    体の中から溶けていくような気持ちだ。
    「……わたしも」
    逸る心臓の鼓動が外まで聞こえそうだった。チヒロが唾を飲み込みながらそう応えると、
    「チヒロは、どうして外に出たいの?」
    同期の返した問いに、チヒロは深呼吸をひとつすると、正直に自分の気持ちを告白した。
    職場から持ち出した本を読み込んでいること、その中のビルが立ち並ぶ写真が大好きであること、
    その中で働く人たちにそれぞれの生活があることを想像するとワクワクすること、
    自分も大人になったらそこで働きたいこと。
    チヒロが自分の気持ちをなぞりながら語るのを、同期は身じろぎもせずに耳をすませていた。
    ボートに寄せては返す静かな波の音に混じって、遠くでキャモメの群れが鳴く声がする。

    チヒロの話を聞き終わった同期は、いいね、いいねと感嘆し、口火を切った。
    「わたしは……」

    家族の誰もわたしになにも言わないけど、わたしにはね、もう一人兄がいるんだ。
    家に飾ってある写真にはいないよ。でも、わかるんだよ。
    おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんも、よく間違えてたから。
    食事が時々一人分多かったり、三人兄妹のはずなのに、四人の名前を言われたりしたことがあったんだ。
    でもお兄ちゃんに、それって誰? って聞いたらすっごく怒られた。だから、聞いちゃいけないことなんだと思ってた。
    死んだ兄がいたのかな、って思ってたんだ。数年前まではね。
    誰にも聞けなかったから、当たり前になってたから気がつくのが凄く遅かったけど、
    でもやっと気がついたんだ。死んだ兄のことを私に隠す必要ってないじゃない? 話してくれるはずじゃない?
    だから、兄は村を出て行った人なんだと思うの。今よりもっとずっと、村を出ることに厳しかった十数年前に。
    なんの記憶もないから、私の生まれる前だと思うんだ。

    チヒロの心の中で黒い靄となっていた、自分が忘れられてしまうのではという不安が、
    同期の語る言葉によって霧消していく。覚えられているんだ。忘れられないんだ。たとえ、村を出たとしても……家族だったら。
    「そのお兄さんを探しに、村をでるの?」
    チヒロの問いかけに、意外にも同期はうーんと唸り、ちょっと違うかな、と言った。

    兄も村を出ているなら、私にもそうやって飛び出せる血が流れているってことでしょう。
    だから、自分の将来を村の外で描いてもいいんじゃないかなってずっと、思ってたんだ。
    村を出て、時々兄を探しながら居心地の良さそうな街を見つけて、そこのお店で働くんだ。
    もっと料理の腕を磨いて、自分の作りたい料理が作れるようなお店を作るんだ。

    同期の話をチヒロは身体全体で受け止めながら、なるほどそういう風に働く手もあるんだな、と思った。
    その一方でその兄に心当たりがあったチヒロは、自分の家で看病している男のことを伏せたまま、尋ねた。
    「ところで、お兄さんってなんていう名前?」

    ーー

    気がついて最初に見えたものは白い天井だった。
    なぜこんなところに、と意識が戻った瞬間に神経が繋がり、全身が軋むような激しい痛みが男を襲った。
    あまりの痛さに声も出なかった。目をギュッとつむり歯を食いしばって耐えながら、男は首を右に曲げた。
    点滴につながれた自分の腕が見えた。首を左に曲げると、左腕は包帯がグルグル巻きに巻かれた上、中央から赤い血が滲み出していた。
    右足を動かしてみた。動く感触がする。左足は殆ど動かないが、しかし僅かに動く気配があった。
    強烈な痛みで気を抜けばすぐ意識が遠のきそうな中、男は執念だけで再び確認した。足は動く。手も動く。
    まだ大丈夫だ。どこかわからないけれどこんな病院で、のんびりしている時間はない。一刻も早く故郷に帰らなければならない。
    高熱があるのがわかった。体全体が酷くだるかったからだ。
    殆ど動かない左手で無理に点滴を外し、這い出るようにしてベッドから出て、
    手すりを頼りに左足を引きずるようにして脱走した。偶然にも真夜中だったため、誰にも見つからなかった。

    殆ど執念の塊と化した男は、目立たない道を選んでなんとか歩を進めた。途中で左足が動かなくなってからは、右手と右足だけで這った。
    男は何も持っていなかった。何も証拠がないものの、確信したことがあった。

    僕のポケモン達はみんな、あの嵐の日に死んだんだ。

    月だけが照らす誰もいない道を、男は四つん這いになって、高熱と痛みで殆ど意識を失いそうになりながらも、進んだ。
    前へ。前へ。過去を少しでも振り返り、長年一緒に苦楽を共にしてきたポケモン達のことを考えると、
    もう一歩も先に進めなくなってしまいそうだったからだ。
    少しずつ動かなくなっていく男の身体と頭は、最後に、とにかく前に進む意識だけを残して壊死していくかと思われた。
    どこからそんな力が湧くのか信じられないような底力で、手を広げ指の力で身体を手繰り寄せ、かかとの力で地面を押して、進んだ。

    からりと晴れた日差しの強い青空。目を凝らせば底の魚まで見えるエメラルド色の海。潮風のにおい。寄せては返す波の規則的な音。
    木組みの土台とヤシの葉屋根でできた温かな家。新鮮な刺身と温かいご飯の並ぶ食卓。故郷、親友、家族。
    前へ。前へ。

    ーー

    「カイルお兄ちゃんの卒業アルバム……これだ」
    実家に戻ったチヒロは立派な表紙のついたアルバムを取り、頁をめくりながら兄の面影を探していた。
    小さな村にはそれでも二クラスはある。兄と同じクラスに、果たしてチヒロが探していた人物はいた。
    「……」
    兄の名はタクミだと同期は言った。確かに自分の兄と同じクラスにそのタクミ少年はいた。
    だが果たしてこれが自分の家に匿っている男なのかと問われれば、よく考えれば当然なのだが、
    男は顔の殆どを包帯で覆っているため、本人なのかは全くわからないのだった。
    それでも、確かにこのタクミ少年は幼い兄と一緒に隣同士で写っていることが多く、
    二人で肩を組んで笑っている写真もあった。やはり、仲良しだったのだろう。
    「それで何らかの事情でタクミさんは村を出て、お兄ちゃんは残った、ってことか……」
    でも、こんなに仲が良くても、十数年会わないだけで忘れてしまうものなのだろうか。
    自分と同期の場合に置き換えて考えた。もし急に会えなくなったら。覚えていると思う。
    でももし、喧嘩別れだったらどうだろう。二度と思い出したくないから無視している、なんて可能性も……。
    チヒロは目を閉じながら考え込んでいたが、
    「チヒロー? なにこそこそやってるの、ご飯にするわよー」
    外から母の呼ぶ声が聞こえ、チヒロは慌ててアルバムを戻して部屋を出た。時間切れであった。

    ーー

    「タクミさん」
    急に名前を呼ばれて現実に引き戻された。自分の名前なのに、随分久しぶりに聞いたような気がする。
    すっかり聞き慣れた声の主は、男を匿ってくれている少女のものだった。
    「タクミさんっていうんでしょう」
    確信に満ちたその問いかけは、もはや肯定以外寄せ付けないただの確認だった。男は黙って頷いた。
    「お兄ちゃん、今日仕事休みだから。会いに行こう」
    四の五の言わせずに強引に男の右手を握り、少女は家を出た。男はやや引きずられるようにしながら、
    なんとか少女の速度についていった。
    丸太でできた道を踏みしめた。日に照らされた木のぬくもりと水の温かさが、懐かしさとなって男の胸を打った。
    少し足元を見ながら歩いていたが、ふと頭を上げると、遠くに色黒の男が海の上にいるのが見えた。
    男はそんなバカなともう一度目を凝らした。よく見れば、男は海の上にいるのではなく、
    海にいるホエルコの上に座り、丸太の近くに浮かんでいるのだった。
    「おにいちゃーん」
    男の手を解き、少女が色黒の男の方へ手を振り、走っていく。
    振り返ったその兄の面ざしにはっきりと旧友の面影を見てとって、男の心は思った以上に揺れた。
    「なんだ、チヒロ」
    知らない間に声変わりをしたその声は深いテナーだった。男は胸がいっぱいになり、その場に立ち止まった。
    「友達をつれてきたよ」
    何、と不審そうに少女の奥を見たその兄は、男の方を見た。視線が交差する。
    男を睨みつけるその目はかわいい妹が彼氏を連れて来た時のそれで、怒りと疑念と不審が渦巻いていた。
    違うんだ、待ってくれ。男は顔の包帯に手をやり、結び目から解こうとした。
    しかし、ぎこちなくしか動けない男にあっさりと興味を失ったのか、兄はさっさとホエルコから降り、背を向け足早に立ち去ろうとした。
    「待ってよ、お兄ちゃん!!」
    「くだらん」

    待って。待ってくれ。カイ……カイル。
    男はゆっくりとだが、右手で器用に包帯を解いていった。男の傷だらけの顔がはっきりと露わになる。
    左側の頬から顎にかけて無数の痣と、いくつかの裂けたような大きな傷跡と、それを縫った跡がある。口の横の傷の跡が特に酷い。
    ずっと包帯に隠れていた左目は眩しくて開けられなかった。それでも顔は晒せた、と男は思った。
    気づいてくれないだろうか……友よ。

    「お兄ちゃん、話くらい聞いてってば!」
    「くだらない。彼氏ならさっさと連れて帰れ」
    「ちがうんだって!」
    「カイル」
    「なんだよ」
    「……私じゃないよ」
    「?」
    ずっと男に背を向けていたカイルが、もう一度振り返った。
    男の傷だらけのその顔に思わず眉を背け、そして、何かを探るような目で彼を見た。
    「……」
    しかし、兄はそのまま家に入ってしまった。
    「お兄ちゃん!」
    チヒロは心の底から迸る怒りに任せて叫び、兄の後を追おうとしたが、男が膝をついて座り込んでいるのを見てハッと我に返った。
    「だ、大丈夫ですか?!」
    「……大丈夫」
    男は手でチヒロを制した。左足がちゃんと動かないからあまり歩けないだけだと、男はそう説明した。
    今まで頷きや目で一方的に感情を読み取るしかなかった男の突然の言葉に、チヒロは軽く放心状態になっていたが、ややあって自分を取り戻し、
    「兄がすみません、タクミさん」
    「いいんだ、これで」
    左目はまだ閉じたまま、タクミはそういった。悲しいというよりも、さびしそうな目だ、とチヒロは思った。
    「なにがいいんですか。全然よくないでしょ。兄、愛想がなさすぎて、しょっちゅう無視するんですよ、人のこと。
     全てがどうでもいい、興味ないみたいな感じで。ちょっとわたし、もう一回呼んできます」
    「いいんだ」
    「なんで! だって、親友だったんですよね。あの兄と。十何年ぶりの再会なのに、こんな失礼なのって! こんなんでいいんですか!!」
    「……それだけ」
    「?」
    「それだけ、昔の掟は絶対だったんだよ。今よりも遥かに強い、縛りの掟さ。チヒロも知っているだろ」
    初めてタクミに名前を呼ばれ、チヒロは緊張し、無意識のうちに背筋を伸ばしていた。
    「昔、村を抜け出してカイルと本土に遊びに行ったことがあったんだ。トクサネの宇宙祭りね。聞いたことあるかな。
     そこでポケモンバトルをやっていたんだ。初めて見るポケモンや技ばかりでね。魅せられたよ。
     僕も強くなりたい、ポケモントレーナーになりたいって思ったんだ。でもそんなことは許されない。わかるだろ」
    わかります、とチヒロは頷いた。
    「毎日考えて、ある日、ポケモントレーナーになりたいこと、家を出たいことを家族に打ち明けた。
     その日から家族に無視されたよ。次の日には村中の人から無視されていた。
     人に存在を無視されることが、ここまで精神的に堪えるものだとは思わなかった。まだ十歳だったしね。
     誰とも口をきかないまま旅立つ準備をして、最後に会ったのがカイルだった」
    「……」
    「カイルは決して僕のことを応援してはくれなかったけど、無視もしなかった。一緒にトクサネへ出かけたことを後悔しているみたいだった。
     でも、あいつははっきり言ったんだ。自分は、自分の都合に相棒のホエルコを巻き込みたくないってね。あいつらしいと思ったよ。
     僕とは違うんだ。オイズを巻き込んで、十何年も巻き込んで、最後まで巻き込まれたままの一生だったあいつと」
    「……そんな」
    「だからいいんだ。カイルの顔を見られただけでいいんだ。声まで聞けた」
    チヒロは俯いた。そして口を開いた。
    「……殴り飛ばせばいいのに」
    「……?」
    「殴り飛ばせばいいのに。いつまでも無視するんじゃないって。帰ってきたのが見えないのかって。
     この狭い息の詰まる村で、自分に不都合なものは無視して生きるなんて勝手すぎだろって。
     知らないものを見ようとしない、分からないものを知ろうとしない。そんな生き方をいつまでしてるんだって」
    ずるいと思った。内輪では寛容なのに、そこから外れようとすると急に手のひらを返したように冷たくなるここの人たちが。
    都合の悪いことはすごんだり無視して流そうとする兄が。
    王道から外れる事を選んだら、これからの人生すべてをその一点に賭けなければいけない、この村が。
    タクミはほんの少しだけ微笑んで、ありがとう、と言った。
    「でも殴れないんだ。僕左半身が今ほとんどいうこときかないし。カイルは本当にがっしりしてるよね。瞬殺だよ、僕なんか」
    チヒロも思わず、そうかもしれませんね、と少し笑った。
    帰りますかとチヒロが尋ねると、そうだねとタクミが応えた。
    ゆっくりと立ち上がり、足を引きずりながら進むタクミを、チヒロは支えながら家の方向へと足を向けた。
    「おい」
    その帰路を呼び止める声がした。タクミとチヒロが同時に振り返ると、
    「……お兄ちゃん」
    家の前にカイルが立っていた。彼は眉をややひそめ、訝しげな顔をしながら二人を見据えていた。
    射抜くようなその鋭い双眸にチヒロは一瞬ひるんだが、タクミを庇うように前に出て、兄を睨み返した。
    タクミの方はというと、思いがけず再びチヒロ兄を見た驚きで声も出ないようだった。
    「お前、ちょっといいか」
    タクミが震える左手で自分の胸を指さすと、カイルはかすかに頷いた。
    チヒロは兄がタクミを殴るのではないかと思ったが、タクミは魂を抜かれたような驚いた表情のままで、そんなことは微塵も考えていないように見えた。
    彼はゆっくりゆっくりと回れ右をして、カイルの方へ進んで行った。


    渡し船は滑るように海の上を進んで行く。ボートの淵に寄せては返す波の音が低く、一定の速度で心地よく響いた。
    地平線には夕日がかかり、海の上を燃えるようなオレンジに染めていた。空からは優しい薄紫色が降りてくるようだった。
    ここの景色はずっと変わらないな、とタクミは思っていた。子どもの頃に刷り込んだ記憶を優しく撫でられているようで、
    窓からいつまでも海を眺めていたかった。朝から晩までずっと見ていても、毎日毎日見ていても全く飽きなかった。
    タクミが少し首を伸ばして前を見ると、海の中に二頭の丸い影が見えた。ホエルコだ。
    カイルが渡す船を率いる彼らの他は、船の中にカイルとタクミ、二人がいるだけだった。

    周りに何もない海の上でカイルはふいに船を止めた。
    夕日が地平線へ沈む頃合いで、薄紫色に染められた海と濃紺の空が広がり、遠くで村と町の明かりが小さく瞬いていた。
    ふとタクミはなんの前触れもなく予感した。僕はここで殺されるのか、と思った。
    誰もいない海の上、殴られ海の中に放られれば、左半身がいうことをきかない自分はたちまち海に沈むだろう。
    それも仕方ないかな、とタクミは俯き目を閉じた。もうポケモンたちもいない。何も持っていなかった。失うものは何もない。
    「お前」
    カイルがふと口を開いた。静かな海の上でその声は妙に響いた。
    「……」
    「何してたんだ」
    その言葉に、タクミはゆっくりと顔を上げた。
    それは果てして、カイルの妹との関係のことを言っているのか、それとも自分がどうしていたかを言っているのか、
    タクミには判断がつきかねた。彼の心の中では様々な感情が渦巻き嵐が吹き荒れたが、しかし結局、口に出した時には後者に絞られていた。
    「覚えて……るか、僕のこと」
    「……」
    「カイル」
    「……お前の名前は、忘れた」
    「……」
    タクミは思わず俯いた。親友だと思っていた、だから絶対覚えてくれていると思っていた。
    でもやはり、それは自分の一方的な希望だったのだ。皆が無視した中で唯一自分と話してくれた親友。美化しているのは自分だけだったのだ。
    「でもお前のことは覚えている」
    「!!!」

    「カイル」
    タクミはカイルの背に呼びかけた。カイルはこちらを振り返らない。
    「……僕は、覚えてるよ。村を出た時、最後に見送ってくれたのが、カイルだった。ずっと覚えてた。
     夢を追って出て行って、でも、必ずいつか村に帰ってきたいって思ってたから……だから」
    「で、夢は叶ったのか」
    「……ううん」
    タクミは俯いた。
    「旅を続けるうちに、強いばかりのポケモンを選ぶことじゃなくて、技の命中率や精度、威力をあげることに力を入れたいって思い始めて……
     少ない力で最大のダメージを与えられるような戦いができれば、強い相手にも絶対勝てるって思って」
    カイルは何も言わなかった。でも、背中で聞いてくれているとタクミは感じた。
    その背に懸命に呼びかける。
    「ポケモンリーグのいいところまでは行ったんだけどね。準決勝どまりで」
    「……」
    「ずっと、強くなりたかったんだ。誰よりも強く。
     ポケモンリーグ制覇はわかりやすくて明確な頂点で、その夢を、ずっと一緒に頑張ってきた仲間たちと達成したかっ……」
    「お前、ポケモンはどうした」

    一瞬周囲が、触れれば切れるような静寂に包まれた。

    柔な胸に直接刃を突き立てられたような痛みが、胸を貫いた。
    真面目でまっすぐで、練習熱心だったハッサムのアカ。ムードメーカーで、元気いっぱいだったガルーラのガムラ。
    小さい時からずっと一緒で、兄のように自分を見守ってくれて、苦楽を共にしてきたホエルオーのオイズ。
    みんないない。もう、みんないないんだ。

    「……みんな、死んだ」
    「!!」
    カイルが振り返った。タクミは思わず目を背け、俯いた。後から後から、思い出さないようにしていた記憶が溢れてくる。
    共に丸太を切ったこと、岩を打つ練習をしたこと、鳥めがけて水鉄砲を打ったこと。
    みんなでご飯を食べたこと。海上を進みながらオイズの上で眠ったこと。共に過ごし、戦ってきたかけがいのない日々。
    もう二度と戻ることはない。
    もっとみんなに優しくしておけばよかった。あの時、急いでこの村に帰ろうとしなければよかった。全ては浮き足立っていた自分のせいなのだ。
    自分の都合ばかりにポケモンたちを巻き込んでいた過去。どんなに後悔しても、もう二度とみんなに会うことはできない。
    「僕のせいだ……」
    タクミの目から涙がこぼれ、ほどなく彼は船に膝をつき、嗚咽を無理やりこらえながら号泣していた。
    カイルは彼の正面に腰を下ろし、黙ってその様子を見守った。

    どれくらいの時間が経っただろうか、タクミの心がふと緩み、肺が一瞬だけ落ち着きを取り戻した。
    そのタイミングをいつから見計らっていたのだろう、間髪入れずにカイルから言葉が飛んできた。
    「お前は変わらないな」
    腕で涙を拭って、タクミはカイルを見返した。
    「変わってないな。一度こうと決めたら絶対に引かない頑固さ。
    そのために死にものぐるいで努力する根性と執念。お前のポケモンたちはさぞ苦労しただろうな」
    「……」
    「だけどお前のポケモンたちは、お前のことを愛していたと思うぞ。
    ポケモンリーグには何百人、何千人と挑戦者がいるんだろう。
    その中での頂点を目指すなんて酔狂な主人を持って、それでも三位になれるくらいには力があったんだろ?」
    「……」
    「お前は誰かに無理強いさせたり、嫌な思いをさせたりするやつじゃない。
    お前がポケモンたちを失った理由も、殺したわけでも、死ぬまで戦わせたわけでもないんだろ」
    タクミは首を横に振った。
    「僕が、ここに早く帰りたかったばっかりに、焦って……。焦って、嵐に巻き込まれて、ボールが全部流されたんだ」
    「じゃあ生きてるかもしれない」
    「……無理だ。嵐に巻き込まれたあたりの深さ、何百メートルだぞ。
     そんな中でこんな手のひらサイズのボール、二度と見つかるわけない」
    「……」
    「みんな死んだんだ。二度と手の届かない所にいるんだ。もう会えない」
    タクミのその一言から、二人の間にはしばしの沈黙が落ちた。
    ボートに寄せる波の音だけが規則的にさざめく中、夕日が地平線の向こうに沈み、夜の帳が下りてきた。
    ふとカイルが口火を切った。
    「なあ、とりあえず今日は村に戻るか」
    「ああ」
    「今日は俺の家、泊まってけよ」
    「ありがとう」
    「ところでお前、いつから妹の家に上がりこんでたんだ?」
    さりげない口調で切り出された質問に、タクミがふとカイルを見た。
    周囲の薄暗さの中で、操縦席の上から吊るされた電球に照らし出されたその顔は、まさしく鬼の形相だった。
    「え、えっと……」
    「いつからだ」
    「忘れました」
    「あん?」
    「でも、手は出してません! そもそも手出せる状態じゃなくて……わかるでしょ?」
    「じゃあ治ったら出すつもりだったのか!」
    「違うって!」
    タクミはしどろもどろになりながら、なんとかこの場を切り抜くべく、
    「と、ところでカイルは何してたの、この十数年」
    「俺? 俺は学校卒業して、漁師の仕事しながら観光送迎の船の免許とって、今は結婚して子供がいる」
    「え」
    「なんだよ」
    「そうかぁ」
    「?」
    「そうか、お前にはもう子供もいるんだ」
    そうかあ、そうかあとタクミはこの上なく幸せそうな顔で、笑った。
    船を操縦するカイルの左手に光る指輪を見ながら、彼は子供の頃に聞いた話を思い出していた。
    漁に出る時は必ず指輪をしておくんだ、そう言っていたのは若き日の父だったか、兄だったか。
    死んだ時に誰だかわかるようにな、と言われた時、自分は泣いていた。
    死んじゃ嫌だ、嫌だ、と随分駄々をこねてたしなめられた、そんな記憶だった。

    ーー

    兄に連れられていった同居人が、再びチヒロの家に顔を見せたのは、それから一週間の後だった。
    家はすっかり静かになり、誰の目を気にする必要もなく、
    病気の男の看病をしなくても、海を見る男を見守らなくても、男と一緒にシチューをすすらなくてもいい、
    ただ自分のことだけを気にしていればいい生活に戻った。
    元の生活に戻っただけのはずだった。しかし、なぜかチヒロには家がやたらと広く感じられていた。

    「こんにちは」
    男は仕事後の夕食前のチヒロの家に、何食わぬ顔をして現れた。
    初めて現れた時は窓際に刷り込んでいたその男は、今度は家で使っていた杖を右手に持ち、玄関からやってきた。
    共に暮らしていた時はあまり気がつかなかったが、
    左腕は力なくだらんと下がっており、一見してわかるほどその腕には力が入っていないことが見て取れる。
    だが出会った頃は震えながらなんとか動かしていた右腕で、男は今ではしっかりと杖を握りしめている。
    そして、顔を覆っていた包帯は完全に外していた。
    左側にある傷は相変わらず目を背けたくなるほどひどいが、痣はやや薄らいできており、大分元の姿を取り戻しているように見えた。
    「おじゃましてもいいかな」
    「どうぞ」
    チヒロが夕飯に作っていたのはほとんどいつも同じ定番、シチューだった。
    男は懐かしそうに目を細めて、
    「いただきます」
    「……いただきます」

    男が兄と共に去った翌々日、彼の動向の一報が同期からもたらされた。
    それは予測通り、彼女の兄が十数年ぶりに家に帰ってきたというものだった。
    「なんかね、昨日突然兄が帰ってきたの。数十年ぶりよ。初めて会った!!」
    興奮して兄と実家の様子を語る同期に、白々しくないような相槌を懸命に演技しながら、チヒロは男の実家での様子を知った。

    顔は傷だらけ、左手と左足に痲痺が残った状態である夜、突然に帰宅した一家の次男。
    彼が帰った時、玄関に出たのは料理中の母だった。
    「……」
    どちらさんでしょうか、と言いかけた母は、傷だらけの男の顔を不審そうに一見し、何かを探るようにしばらく見ていたが、
    十数年ぶりに母親と再会した男の方が先にこみ上げてくるものがあり、
    「……母さん」
    その一言を聞いた瞬間、母親は腰が砕けたようにその場に座り込んでしまったという。
    「母さん」
    ぎこちなくも腰を屈めた男を、母親は涙を流しながらただただ、抱きしめたそうだ。
    あまりの動揺に料理などとても出来なくなった母親は、大急ぎで家族全員にとにかく早く家に帰ってくるよう連絡を取り付けた。

    次に帰ってきたのは父であり、
    「なんだなんだ……一刻も早く家に帰ってくるようにってお……」
    文句を言いながら家の扉をくぐった瞬間、その男の姿を見て絶句した。
    「……」
    何か言いたげに口を開き、妻の泣きはらした目を見て全てを理解した。
    「お前……」
    「……」
    泣き笑いの顔をした男の瞳から、涙がこぼれ落ちた。
    「お前……タクミか?」
    男が頷いた。
    「……父さん」
    男の記憶の中でいつも厳格だった父の目にも、うっすらと涙が浮かんでいた。

    「お母さん、どうしたの?! 急に家に帰れって何が……」
    不安げな顔で、息を切らせながら帰宅したのは男の姉だった。
    「な……」
    見知らぬ男の姿を一目見てその顔の傷に怯え、両親の目に浮かんだ涙にうろたえながら、
    「何?! ……なんなの?!」
    半ばパニックになって叫んだところで、
    「姉さん」
    男がそっと呟いた囁きで停止した。姉は彼を抱きしめてひとしきり泣いたという。

    兄が帰ってきたのは、タクミが母と共に、祖父母の仏間に静かに手を合わせている時だった。
    「なんだよ母さん、急に……」
    父と同じく文句を言いながら、憮然として帰ってきた兄の手を父は強引に引っ張り、
    「タクミだ」
    「は?」
    「タクミが帰ってきた」
    「は?!」
    父を追い越して仏間に駆けつけた兄は一声、
    「タクミ?」
    その声に振り返った弟の傷だらけの顔を訝しげに一瞥、しかしその奥を探るようにじっと観察し、
    やはり、弟だとすぐにわかったと後で言っていたらしい。
    一番遅くに帰った末娘である同期は、呆然としている家族四人と見知らぬ兄の中で、ただ一人冷静を保っていた。
    次兄には会ったこともないので当然といえば当然かもしれない。
    素早く母親の作りかけの料理を再開し、放心状態の家族をはい、はいと席にそれぞれ着かせ一人大きな声で、
    「はい、いただきまーす!」
    パン、と彼女が打った手でようやく五人は我を取り戻し、口に食べ物を運んだらしい。

    「ご実家では歓迎されたみたいですね」
    「妹が……ミナミが、チヒロと同じ職場なんだってね。もう色々聞いた?」
    「一部始終を」
    「そっか」
    「今日はどうしたんですか? 夕飯はいいんですか、ご家族と一緒じゃなくて」
    「いいんだ。チヒロに挨拶に行きたかったから。お世話になったのに、急に消えちゃったし」
    男は薄く微笑んだ。この家にいた時は悲しそうな目をするか、その目を伏せるか、そんな顔ばかりしていた男。
    こんな顔もできるんだ、とチヒロは思った。
    「……これから、どうするんですか」
    深く聞く前に、一番気になっていたことにチヒロは切り込んだ。
    「とりあえずは、本土に戻って病院に通って、リハビリに専念するよ。それからは……」
    「はい」
    「それからは……わからない。わからないけど、多分またここを出て行くと思う」
    「え」
    「どうして?」
    「だって、実家に帰りたかったんじゃないんですか。ずっと。ご家族も歓迎してくれたんですよね」
    「うん」
    「だったらどうして……」
    タクミがシチューをすすった。
    「僕の夢は一番強いポケモントレーナーになることだった」
    「三位になりましたよね。夢は、概ね叶えられたんじゃないんですか」
    「中途半端にね。中途半端に達成して、殆ど再起不能みたいな状態で帰ってきた」
    「……」
    「家族は歓迎してくれた。それだけでも十二分に嬉しい。だけどいつまでも実家にいるわけにもいかないし。
     この村でこの歳で僕が何かを始めるには遅すぎるからね。それにこの体じゃあ、なかなかね。
     何より僕はこの村を離れて過ごしていた時間の方が長いんだ。ずっと旅をしてきたし……
     だから時々帰ることはあっても、ここにずっといることはできないよ。
     十歳の時色々天秤にかけて、村に残ることを選べなかった人間だから。だからきっと」
    「……」
    「だから、リハビリが終わったら、しばらくしたらどこか別のところに行くと思う」
    「なるほど」
    チヒロは目を閉じて、頷きながら男の話に耳を傾けていたが、
    「中途半端に負けてきた人間のせいで、家族に後ろ指さされる思いをさせたくない」
    その言葉にハッと目を開けた。
    「僕はポケモンを殺した人間だ。二度とポケモントレーナーには戻らない」
    なんだかんだと言葉を取り繕っても、たぶん、今の二つが本音だ。チヒロはそう思った。
    「体が少し治ったら、自分のポケモンたちと出会った所を巡って、謝って、祈って回るつもりだ」

    ずっと思っていることがあった。
    男が家を出てから一週間、片時も忘れることなくずっと考えていることがあった。
    「もし」
    「?」
    「もし、タクミさんがこの村を出る時は絶対教えて下さい。それで」
    「それで?」
    タクミが続きを促した。
    「わたしも一緒に連れて行ってください」

    踏み出す勇気が出なかった。家族、職場、友達、記憶、故郷全てと離れ離れになって、
    そんな犠牲を払ってまで、自分の夢に賭ける価値があるのかどうか。
    叶えられるのか叶えられないのかもわからない状態で、本当に自分の夢を信じてもいいのかどうか。
    だけど誰かと一緒だったら。夢に賭け、その夢に勝った人と一緒だったら、もしかしたら叶えられるんじゃないだろうか。

    「生半可な覚悟じゃ厳しいよ」
    「……村を出るのは、ずっと考えていたことです」
    「そもそも僕は負け犬だし」
    「夢を叶えるために全力で努力した人を、負け犬なんて言いません」
    「……」
    「自分の全てを賭けて打ち込んで、ずっとずっと努力した人をそんな風には思いません。
     たとえ、世間や村の評価がどうであっても」 
    タクミはふと微笑んだ。
    「じゃあ、一緒に行こうか」
    「よろしくお願いします」
    シチューの最後の一口を口にしながら、タクミは、あ、と呟いた。
    「チヒロの第一関門は村を出る前にあるね。兄だ」
    「兄ですね」

    未来の計画を語りあう二人の口調は熱を帯び、いつの間にか夜の帳が下り、
    満天の星空が空一面に広がる頃になっても、チヒロの家には煌々と橙色の明かりが灯っていた。
    波の音以外には静まり返っているその村の中で、その光は、いつまでも瞬き続ける星のようだった。



    ---
    あとがき
    こんにちは、art_mrと申します。
    相当前に別のHNで書いた読み切りの続編です。
    やっぱり長くなってしまいました。最後までお付き合い頂きありがとうございます。


      [No.3979] ハッピーエンドのつづきへ 投稿者:ねここ   投稿日:2017/02/09(Thu) 17:06:24     51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    「ここが流星の滝です。地面が滑りやすいので、転ばないように気をつけてくださいね」

     これまで生きてきた中で、これほどまでに美しいものを目にしたことがあっただろうか。ただ呆然と透明な水の流れを見つめるだけで、時間を忘れた。あっという間に見学の時間は終わり、私はまた現実に引き戻されてしまった。いつもの無味無臭な現実に。

    ……

    「――今日は流星の滝の前からお伝えしています! 今日のホウエン地方は天気もよく、絶好のバトル日和でしょう」

     偶然にも、今朝の天気予報は流星の滝での中継だった。私はテレビに釘付けになったまま、ジンジャーブレッドを口に運んだ。
     どうしても修学旅行で行った流星の滝が忘れられなかった私は今日、行動を起こす。親はちょうど出張だとかで一週間ほどいないらしく、事を成し遂げるには最高のチャンスだった。
     お年玉を全部持って高速船やリニアを乗り継ぎ、流星の滝のあるハジツゲタウンへ行くのだ。
     もう一度、あの場所に足を踏み入れたい。その一心のために、ずっと計画を練ってきた。友だちは一緒に行ってくれないだろうし、変に反対されたりすると面倒だ。だから、一人で旅をするのだ。

    ……

     電車で1時間ほどのクチバまで出て、そこからカイナ行きの特別船に乗った。もちろん酔い止めは忘れずに。私みたいなのとは不釣合いなお金持ちの人たちに囲まれたが、特に何もなくなんとかカイナに着いた。
    カイナからとりあえずキンセツを目指す。頭上に映るサイクリングロードがなんだか悔しい。自転車があればこんな草むらを通ることもなく、すいすいとキンセツまで行けるのに。
     途中、野生のラクライに餌をあげながらしばらく行くと、キンセツが見えた。
     ちょうど自転車屋さんがあったから一応と覗いてみたら、マッハ自転車もダート自転車も100万円。小さな子どもがそこらじゅうをマッハ自転車で疾走している。ここは金持ちの町なのか。だが、こんなのを羨ましがっても仕方がない。
     お客かときらきらとした目を向けてくる店主を視界から消すため、ぎゅっと帽子のつばを下げて、店から離れた。
     街中の硝子に私の格好が映っている。適当に投げ出された黒髪を隠すアイボリーのハンチング帽と、黒いワンピースに赤のポシェット。ポシェットにはライトと、マップ、お財布、メモ、えんぴつ、お守りの石、流星の滝について書かれた本、黒のポケナビ。お兄ちゃんのお下がりのポケナビはもうぼろぼろだけれど、ないよりはましだと思って持ってきた。どうせ、誰に連絡を取るつもりもない。
     ポケットには一応、縮小されたモンスターボールがひとつ入っている。小さい頃の私はポケモンアレルギーだったので、10歳になっても旅立つことができなかった。もう大分良くなっているのだが、必要以上に近づくことは、まだ怖い。この前、イッシュにたどり着いたと連絡してきた兄から送られてきたこのボールも、まだ開けてあげられていない。だが、一応のときのため、頼りは少しでも多いほうがいい。

    ………

    「あーあ」

     思わず出たため息。111番道路はどこまでも長くて、足が疲れをうったえている。
     ここから道を間違えると、流星の滝ではなくシダケに行ってしまうらしい。時々マップを確認しながら歩いていると、そろそろ砂漠が近付いてきた。さらさらの砂たちが凄まじい音を立てながら、砂嵐となっているのが見える。

     ――ポケモンに襲われなければいいけど。

     サンドが砂混じりに巣穴へ潜り込んだのが見えた。
     私を吹き飛ばそうとする風をなんとか抜けて、火山灰の降り積もる道に入った。歩く度に踏んだところの色が変わって、灰の下から緑色の草花が顔を見せている。なんだか少しだけ嬉しくなって、そこもあっという間に通り越した。

    ……

     修学旅行以来のハジツゲは、相変わらず火山のにおいで密封された町だった。大きめのサイズのサイコソーダを買って、カラカラになった喉に流し込んでいく。シュワっとした感覚がじわじわと体を駆け巡って、すぐに疲れは飛んでいった。
     私は、ポケモン図鑑を持っていない。だからトレーナー確認をすることができないので、ポケモンセンターで泊まることもできないし、そこらへんを歩いてる人に声をかける勇気もない。とにかくマップを片手にして、流星の滝へ向かった。

    「早く行こう」

     自分を励ましながら、大きく深呼吸。
     まだカントーの家を出てから、一日も経っていない。いざとなったら夜通し歩く覚悟だったから、こんな早く着けるなんて思ってなくて心が弾んだ。
     114番道路を歩いていたら、エリートトレーナーの人に声をかけられた。勝負しようというのだ。でも私は、万が一の時のポケモンしか持っていない。曖昧にもごもごと答えて、逃げた。そのままスピードを落とすことなく、ごつごつした岩を飛び越えて、流星の滝へと進む。トレーナーらしき人はその間にもたくさんいたけど、なんとか見付からずに通り過ぎることができた。

    ……

     そして、ぽっかりと開いた洞窟の入口まで来た。オレンジ色に光る夕陽が火山の向こうに沈んでいく。不安をかき立てるように足元がほの暗くなってきた。だがこんな時のために持ってきた、ピカチュウを模したライトを点けて、ゆっくりとその洞窟へと足を踏み入れた。

    「……うわ」

     中は、正に幻想的。ライトが必要ないくらい明るく輝いている。
     金色がかった滑らかな岩たちからは、しとりしとりと雫が垂れ落ちている。どきどきと逸る気持ちが胸を満たし、興奮から息をするのを忘れてしまった。
     数歩進むと、荘厳な滝が見えた。耳にダイレクトに当たる大量の水の音が何とも心地いい。そしてそれは跳ねて、周りの鍾乳洞や私の頬にかかる。滑らないようにゆっくりとそちらへ歩み寄ると、いつの間に現れたのか目の前を見たこともないようなポケモンが通り過ぎた。太陽の形をしたのと、月の形をした不思議なポケモン。私は図鑑も見たことないし、種類には全然詳しくないが何だか彼らはここの守り神のようにも見えた。

    「よ、っと」

     しゃがんで小さめの滝壺を覗き込んでいると、水紋に誰かがに立っているのが見えた。思わず勢いよく振り返ると、水色がかったさらさらの銀髪の、きれいな男の人が立っていた。そしてにこりと笑い、形の良い唇で音を紡いだ。

    「こんにちは」
    「こんにちは」
    「ここに何か用があるのかい?」
    「はい、まあ」
    「もしかして、ここで修行しようとか?」
    「えっ、いえ……そうじゃないです」

     もしかしてトレーナーなのだろうか。でも勝負しようとか言われても困る、今できる最大の反抗だと思い、目を伏せてそう答えた。彼は私を見下ろしながら目をぱちくりとさせて、私を何か変なものを見るかのような目で見て、恐る恐る自分の髪を摘んで困ったように微笑んだ。

    「もしかして……僕のことも知らないのかな」
    「……はい、存じ上げないです」
    「ポケモンも連れずにこんなところに来るなんて、危ないよ」
    「ありがとうございます。……あの、もしかして有名な方なんですか?」
    「ポケナビに登録されてるくらいにはね」

     人前で失礼だが、ホウエンには詳しくない。頼りのぼろぼろのポケナビを開いてトレーナーを片っ端から見ていくと、最後の最後に目の前に立つ「ツワブキダイゴ」の項目があった。どうやら、ただの自意識過剰な人ではなさそうだ。それを開くとそこには「ホウエンリーグチャンピオン」の文字が踊っている。

    「えっ、チャンピオン……!?」

     リーグチャンピオン。
     つまりその地方の最強トレーナー、ということだ。
     有り得ない、と驚いた私の顔を見ると、彼は笑ってどこからか取り出したモンスターボールを空に放った。目映い光と共に現れたのは、如何にも強そうなポケモン。私や彼よりも遥かに高い身丈と銀色に鈍く輝く鎧のような体躯を見上げていると、そのポケモンはすっと私に手を差し伸べてきた。私の手の五倍以上は大きいし、鋭すぎる爪は鋼。あまりポケモンらしくないその質感に、なぜか安心感を覚えた。恐る恐るそれに手をくっつけて握手を交わす。ひんやりとした体温のない体だが、何か暖かいものを感じた。

    「あの、このポケモンは?」
    「ボスゴドラっていうんだよ。僕の相棒さ。そういえば君は、どこから来たのかな?」
    「カントーの、タマムシです」

     一瞬言い淀みながらもそう告げるとツワブキさんは目を見開き、答えを咀嚼するように「タマムシか」ともう一度呟いた。たしかにトレーナーでもない人間、しかも女が散歩をするには少し遠いかもしれない。

    「君の相棒は、出してあげないの?」
    「あの、実はまだ出してあげたことがなくて。誰が入っているか知らないんです」
    「ここまで来るのに、バトルを申し込まれたりしなかった?」
    「逃げてきました……」

     するとその瞬間、いきなり滝から何かがばたばたと落ちてきた。
     そちらに目をやれば、そこには――私でも知っている――ズバットが水に流され、それをゴルバットが救おうともがいている姿。ズバットもまだ息はあるらしく、バタバタと水を切り裂いているが自然の力には敵わない。落ちてきたその威力のまま、呆気なくどぶんと沈んだ。ゴルバットが、ズバットの消えた水面上でばたばたと忙しなく翼をはためかせている。


     目の前でポケモンがこういう目に遭っているのを見たことが、前にもある気がした。
     もう二度と悲しい姿を見たくない、と泣き叫んだ夜があった気がした。


     ――思わず、手を伸ばしたその瞬間だった。
     またもやどぶん、と不吉な音がしたかと思うと、いつの間にか私の身体は大量の水に囲まれていた。ツワブキさんの叫ぶ声が、ぼんやりと聞こえる。幸い薄着だったせいか、服に重みをあまり感じることなく沈みゆくズバットの元へたどり着けた。水はきれいでよく透き通っていて、こんな状況でも何だか感動してしまった。
     水面からは滝が激しく落ちてくる。力ない彼をしっかり胸に抱いて水面まであと少しのところで、私の足に異変が起こった。見たくはないが、何かが足を引っ張っている。ぐいぐいと引き込まれていく。せめてズバットはと、ぐっと腕を伸ばし水中から空へ、彼を持ち上げてかかげた。それを一回り大きいゴルバットが掴んでくれたようで、軽くなった手に安心感を感じながらも、やはりそれでも私は沈んでいった。
     口から抜けた空気が泡になって昇ってゆく。

    ……

     私がポケモンアレルギーになったのは、6歳の時だった。旅に出るのを、とても楽しみにしていた。
     兄が10歳になる数日前のことだった。毎日庭で一緒に遊んでいた野生のポッポがいなくなって、兄とふたりで探しに行ったんだ。
     兄はそのポッポを相棒にして冒険に出たいと言っていた。ポッポもそれを聞いて、いつも嬉しそうに鳴いていた。その声を今でも覚えている。
     しかし彼は森で、悲しい姿で見つかった。額に大きな怪我をしていて、辺りに血が飛んでいた。白くてきれいだった羽根がぼろぼろと落ちていた。
     私はひどくショックを受けて、それを見つけた瞬間に逃げ出してしまった。それから高熱を出して、悲しいのと辛いのとが一緒になって、毎日のように悪夢を見た。
     兄は数日して、旅に出た。その日も私は朧げな意識のまま、送り出したと思う。よく覚えていない。
     私はだめだった。たとえ、どんなポケモンだろうと、もう二度とそんな姿を見たくはなかった。ポケモンが傷つくなんて、当たり前のこと。けれど、私に力がないから、守ってあげられないからポッポがああなってしまった。
     死んでしまった。

    ……

     目が覚めると、白い天井が目に入った。体を起こすと、傍のソファにツワブキさんがいるのが分かった。目を閉じて、腕を組んで眠っている。随分と迷惑をかけてしまったようだ。窓からは月明かりがさしている。
     机の上に、私のモンスターボールが置いてあった。びしょびしょのポシェットは、服と一緒にハンガーにかけられている。きっとポケナビも壊れてしまっただろう。水を含んで膨れた本は、ツワブキさんの隣で月の光を受けていた。
     もう一度ベッドに横たわると、ギシという鈍い音が部屋を支配する。その音でツワブキさんがゆっくりと目を開けた。起こしてしまったようだ。

    「ああ、目が覚めたんだね。よかった。体調はどうかな。ジョーイさんを呼ぶ?」
    「大丈夫です。あの、ズバットは」
    「キズぐすりですぐ元気になったよ。心配そうに、君の周りを飛び回っていたんだよ」
    「そうですか。よかった……」
    「自分より先にズバットの心配だなんて、お人好しというか何というか」
    「それより! 助けてくださってありがとうございました! ご迷惑おかけしてしまって申し訳ないです」
    「それなら、助けたのは僕じゃないよ?」
    「え?」
    「君のポケモンだよ。見事なゴッドバードだった」

     ツワブキさんは、手で私のモンスターボールを示す。ことり、と僅かに動いた。

    「出してごらん。心配しているから」

     あまり、怖くはなかった。けれどなんとなく、分かる気がした。私の命を救ってくれる、ゴッドバードの使い手が。いや、本当は信じられるはずがなかった。期待しているだけだ。そんなことは有り得ない。目の前で失ったはずなんだ。そのはずだ。
     逡巡しながらボールに手を伸ばし、軽くつつくと眩い光と共にそのポケモンが姿を現した。
     額の傷に見覚えがあった。しかし似ても似つかぬ大きな体躯。ひと鳴きして、私の手にとさかを擦りつけてくる。

    「あ……」

     あのときの、ポッポだ。首には、私と同じお守り石をつけている。

    「生きて、たの?」

     そう尋ねるとポッポ――いや、ピジョットは頷いた。そして花瓶に飾られていた花をくわえ、嬉しそうに私に差し出す。
     彼の目は私を真っ直ぐと見据えて、まるでずっと一緒にいたかのように自然にそこに佇む。

    「私は……てっきり死んでしまったものと思って……」

     ピジョットはそんな言葉は聞こえないと言ったように、相変わらず花を差し出している。両手をゆっくり向けると、一輪の淡い橙の花が手の中に落ちた。

    「ありがとう」

     じわりと視界が滲む。
     臆病者の私はあの時、逃げることしかできず、傷ついたポッポを想う術がなかった。しかし、私はずっとずっと後悔していたのだ。逃げなければよかった。このピジョットからも、ポケモンからも。助けられなくとも、助けるべきだった。体が凍りつく前に、飛び込んでしまえばよかったのだ。ズバットを助けたとき、私は何も嫌なことを想像していなかった。ただ助けたいという一心で飛び込んだ。でもそれは、ピジョットも同じだったんだろう。鳥なのに水に入るなんて、溺れてもおかしくないのに。
     それでも私を助けたいと思ってくれたのだろう。
     ああ、気づくのが遅れてほんとうにごめんなさい。

    「見殺しにしてごめんなさい。助けてくれてありがとう」

     ただ救う勇気が、救えない勇気がなかっただけ。
     私はベッドから飛び降りて、ピジョットに抱きついた。ふわふわで真っ白な羽は、昔と同じ。
     ピジョットの黒い眼には、涙でぐしゃぐしゃな私の顔が映っていて、ちょっとだけそれが潤んで揺れていた。

    「水の中から、君を抱えて飛び上がってきたんだ。それより、そのメガストーンとピジョットには見覚えがあるな」

     やがて落ち着いた頃、ツワブキさんは口を開いた。
     どうやらこの対のお守り石はメガストーンというらしい。これでメガ進化をするそうだ。何を言っているかよく分からないが、ピジョットがもっと強くなるらしい。

    「もしかして、兄をご存知ですか?」
    「メガストーンをあげたのは僕なんだ。そもそも、それは流星の滝で採れたものから加工したものでね」
    「そうなんですか」
    「……石は不思議なものだよね。ときどき、元の場所に帰りたがるんだ」
    「採掘された場所に、ってことですか」
    「そうだよ。君が持っていたメガストーンと、ピジョットのメガストーンはひとつの石から採れたものだから、一緒に流星の滝に帰りたがったんだよ」

     私がこんなにも流星の滝に心惹かれるのは、メガストーンのせいだったということか。ポシェットの中で冷たく鎮座しているそれを手に取ると、ピジョットの首のものと同調するように幾度か光った。

    「せっかくあるのに使わない手はないと思うけどね」
    「……そうですね」

     旅に出れば、もっといろんな世界を目にすることができるのだろうか。
     こわがって閉じこもって勝手に妄想して、大事なことに気付けなかった。周りは、何も言わずに支えてくれていたけれど、そんなのは私の甘えだ。ピジョットがボールの中で諦めずに、私のことを想ってくれていた時間の方がずっと重い。

    「私、旅に出たいです」

     こぼれた言葉。
     ツワブキさんはまっすぐに私を見つめ、頷いた。

    「そのピジョットとなら大丈夫。リーグまで来るのを楽しみにしているよ」
    「はい。どのくらいかかるか分かりませんけど、つよくなりたいです……」
    「やるなら、とことん頑張ってみるのがいいと思うな」
    「分かりました」

     そこは、私が自分の世界から切り離していたセカイだ。行きたくないと思い込んで目をそらしていた場所。それを素直な心で受け止めることが、今はできる。ピジョットと行く旅の道は、きっと険しいだろう。何度も傷つくだろう。だが、それでも傷つかないように俯いているより傷ついた方がずっと、晴れ晴れとした気分でいられる。
     明日が楽しみな夜なんて、久しぶりだった。

    ……

     体調が戻って2日間、ダイゴさんの丁寧なガイドで流星の滝を満喫した。助けたズバットが案内してくれたり、ピジョットと初バトルにチャレンジしたり、メガ進化してみたり。ポケモンアレルギーになっていた頃がもったいなかったと思えるくらい楽しかった。こんな生活がこれから毎日続くなんて、しあわせな気持ちがした。
     カイナから船に乗って帰るというと、ダイゴさんはエアームドという鳥ポケモンでカイナまで送ってくれた。ピジョットも乗せてくれたさそうにしていたが、私は免許のバッジを持っていないので諦めてもらった。エアームドもボスゴドラのように冷たくて暖かい。

    「そういえば、兄が今何をしているかご存知ですか?」
    「フキヨセジムでジムトレーナーをやっているみたいだよ」
    「フキヨセ……イッシュですよね」
    「そう。飛行ポケモンのジムだよ」
    「そうですか。私もいつかイッシュに行きたいです」
    「その前に僕に勝たなきゃいけないけどね」
    「ええっ、そうなんですか?」
    「君のことは応援してるけど、僕が一番凄くて強いからなあ」

     船の乗り場が見えてきた頃、エアームドは降下を始めた。
     乗り場に静かに着陸すると、ちょうど乗船を開始する笛が鳴り響いた。大きな荷物を持ったジェントルマンや、日傘を差したお嬢様などが次々と船に乗り込んでいく。

    「ここがトレーナーとしての門出かな」
    「まだ、家に帰って親に聞いてからですけどね」
    「きっと喜んでくれるよ」
    「だめでも食い下がります」
    「その意気だ。じゃあ、僕はそろそろリーグに戻らないと」
    「何日もありがとうございました。それと、いろいろすみませんでした」
    「いいんだよ。それじゃあ、またね。頑張って」
    「本当に、ありがとうございました! またいつかお礼させてください!」

     エアームドが舞い上がり、旋風を巻き起こしながら空の向こうへと飛んでいった。さすが貫禄があるというか、飛び方が様になっていて格好良い。ぼーっと姿を目で追っていると、もう一度笛が吹き鳴らされた。ポシェットの中で、ピジョットのボールが慌てるように揺れ動く。

    「乗船のお客様はお急ぎくださいませ!」
    「あ、乗ります!」

     列に向かって走っていく。
     青い海の向こうに帰るのだ。そしてそこから、私の人生を始めよう。


    ***
    ねここと申します。お久しぶり過ぎて、どう投稿したらよいものかとこんらんしてました。
    ポケモン世界の地図を全部繋げて、ガイドブックを作りたいなあ。
    なんだかやたら展開早い気がしますがキニシナイ。


      [No.3978] Re: タウンマップ 投稿者:逆行   投稿日:2017/01/31(Tue) 21:10:52     72clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    小樽さん。ご丁寧な感想ありがとうございました!

    今回はスケールがめちゃくちゃ小さいことで主人公を長々と葛藤させる、という始めての試みをしたわけですが、楽しんで頂けたようでホッとしています。

    こういう、原作をなぞりながら心理描写補強を加えるお話は非常に書いていて楽しいです。
    (後ストーリー考えなくていいから楽です)
     

    >ポケモンの存在する世界だから、こういう人も一定数必ずいるんだろうなあと思いもしました。たぶんポケモン原作に対する一種の批評や観察的なところからネタを抽出されたと思うのですが、他の方の観察を読むのってやっぱり楽しいですね。

    最近自分は人間視点のお話ばかり書いていますが、ポケモンの出番を全然出せなくて困ってたんですよね。
    そこで考えたのがこの「ポケモンの目線すら気にする」という設定でした。
    この設定はまたどこかで使おうと思います。
    ただ、違和感を抱く人は違和感を抱くのも事実だと思うので、今度はこれに病名とかを付けて上手いこと落とし込みたいですね。


    > まさにいろんな可能性を想像できる二次創作らしいいい作品だなあ……! と思って読み終えました。「レッド」と聞くと多くの人が「かつてプレイヤーの分身として旅をした少年」か、「かつてセキエイリーグを制覇し今はシロガネやまの奥で待ち受けている青年」を思い浮かべると思うのですが、こういう「ちょっとビクビクしているようなレッド」が存在したっていいんですよね。このレッド少年を通すと、最初の草むらもオーキド研究所も、それからグリーンのお姉さんも少し違って見えてきて面白いです。

    ありがとうございます!
    こういう原作を別の角度から見てみるような二次創作はこれからももっと書いていきたいです。


    > 後ろ暗い経験、とまで言ったら言い過ぎかもしれないけれど、こういう経験がある人ほど共感したり刺さったりするんじゃないかなあと思いました。ちなみに感想を書いている私はもちろん刺さってるほう。

    (・∀・)


    > これがもうレッド君の嘆息そのものって感じがして、正直ニヤニヤしてしまった。ごめんよ少年。

    いやーほんとあのフレンドリィーショップの店員は図々しすぎるんですよ。
    しかも、酔っぱらいの爺とグルを組んで、お使いを終えるまで先へ進めないようにしてますからね。


    改めてご感想の方ありがとうございました。
    それでは失礼致します。


      [No.3977] Re: タウンマップ 投稿者:小樽   投稿日:2017/01/30(Mon) 20:52:09     64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     こんにちは! twitterの感想を少し膨らませて改めて投下しますね。



     まさにいろんな可能性を想像できる二次創作らしいいい作品だなあ……! と思って読み終えました。
     「レッド」と聞くと多くの人が「かつてプレイヤーの分身として旅をした少年」か、「かつてセキエイリーグを制覇し今はシロガネやまの奥で待ち受けている青年」を思い浮かべると思うのですが、こういう「ちょっとビクビクしているようなレッド」が存在したっていいんですよね。このレッド少年を通すと、最初の草むらもオーキド研究所も、それからグリーンのお姉さんも少し違って見えてきて面白いです。



     一周目は「少年、いくらなんでもそれは思い込みすぎでは……」と思うところがあって、たとえば
    > すなわちコラッタは、ずっと一軒家の前で立ちすくんでいる彼を見て、訝しんでいる可能性も十分あった。
     いやあそこまで考えてないんじゃないかなあ……w というのがレッドの感じていることに対する最初の正直な感想でした。感想を書きながら改めて考えてみると、「ポケモンはそんなとこまで考えてないよw」というそれ自体が、実は人間の傲慢な発想なのかも……と思ったり。



    >  彼は急にポケットに手を入れ、ポケモン図鑑を取り出して画面を見始めた。電源は入れていない。真っ黒な画面を一心不乱に見続けて、あまりにもワザとらしくうんうん頷いている。

    > レッドは嘘をついてしまった。

    > 相手に一滴でも不快な感情を注入させてはいけないと思うあまり、

     そして「相手はそこまで考えてないだろうからそんなに自衛しなくても大丈夫なんじゃないw」と思ってみていることも、実は程度の差はあれ誰もが経験しているんじゃないかなあと思います。嘘に嘘を重ねて自滅したりだとか、気付いていないフリや関心がないフリをしてうまくやり過ごせないかなと脱出路を探してみたりだとか。後ろ暗い経験、とまで言ったら言い過ぎかもしれないけれど、こういう経験がある人ほど共感したり刺さったりするんじゃないかなあと思いました。ちなみに感想を書いている私はもちろん刺さってるほう。
     だからこそ分かるなあと思ったり、他人事に思えなくて「自分もこんな遠回りをしてるのかも」とクスッとしてしまったり。なんだか「レッドも自分もちょっと滑稽だね」と思えたり、同時に「レッドも自分もこれは真剣だよ」と思えたり、不思議な小説です。



    > この世界に生きる選ばれし者の中には、人間の目だけでなく、ポケモン達の目すら気にしていなくてはいけない性格を神から与えられた者が、結構な数存在した。
    ポケモンの存在する世界だから、こういう人も一定数必ずいるんだろうなあと思いもしました。たぶんポケモン原作に対する一種の批評や観察的なところからネタを抽出されたと思うのですが、他の方の観察を読むのってやっぱり楽しいですね。



     この先もこの世界線のレッド君は苦労するのかなあ……と思いもしたのですが、最後の方はそんなレッド君も自分の未知数の可能性を信じて少しずつ変わっていく、そんな将来を予感させて、ちょっと救われた気分。よかったねレッド。がんばれレッド。
     一周してもう一周してみると、考えが整理されて受け止め方も変わってきて面白かったです。ありがとうございました!



     あと、最後の
    > あー、あのフレンドリィーショップのおじさんのような、軽々しく人にお願いできるぶてぶてしさがあればなあ。
     これがもうレッド君の嘆息そのものって感じがして、正直ニヤニヤしてしまった。ごめんよ少年。


      [No.3976] タウンマップ 投稿者:逆行   投稿日:2017/01/29(Sun) 23:39:47     78clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     とある一軒家の前で立ちすくみ、時折頭を抱えたりしゃがんで小石を掴んだりしている、一人の少年がここにいた。少年はあることに関してすこぶる悩みを抱えていた。
     まるでポケモン達が人間の町を囲って監視しているかのように、マサラタウンの周囲には、ポケモンが潜む草むらが地平線の彼方まで生い茂っている。
     その草むらに住むポケモンは、たまに人間の町へふらっとやってくることがある。好奇心旺盛な者なのか、あるいは、ポケモン達がスパイとして送り込んだのか。餌を探しにきたとか、もしくは、ただの迷子であるかもしれない。ともかく、ポケモンは時折町で見かけることがあり、少年の直ぐ傍にもまた、周囲をキョロキョロとしながら、コンクリートの地面に自慢の歯が刺さらないか試している一匹のコラッタがいた。
     少年は特にコラッタを警戒はしていなかった。こんな小さな鼠ポケモンなんて、小さいときにも何回も見たことがあるし、昨日なんて四匹も見たし、そのうち一匹は尻尾が自分に触れていたし。彼はもう、旅立ってから四日も経つのだ。だから全然怖くはなかった。だがその感情が保たれるのは、コラッタが彼と目を合わせるまでのことであった。
     コラッタは決して少年とこれ以上距離を詰めようとはしない。ただひたすら、滑稽な様子の少年を鋭い眼差しで見つめているだけである。
     種族や個体にもよるか、ポケモンは人間の子供に匹敵する程知能が高い者が多い。
     すなわちコラッタは、ずっと一軒家の前で立ちすくんでいる彼を見て、訝しんでいる可能性も十分あった。その証拠に今さっき首を少し傾げた。
     自意識過剰な人間というものは、どの世界にも必ず一定数存在する。選ばれしその人間共は、一人でいる時以外の全ての時間を、周囲の思考を気にして生きていく、辛い生活を強いられる。
     この世界に生きる選ばれし者の中には、人間の目だけでなく、ポケモン達の目すら気にしていなくてはいけない性格を神から与えられた者が、結構な数存在した。
     この彼もまた、その一人であった。勝手に気にして勝手に生きづらくなっている不幸な人間の仲間であった。
     ゆえに彼は今ここにいるコラッタにも、自分がなんて思われているのか気にしている。気にしないといけなくなっている。
     彼は急にポケットに手を入れ、ポケモン図鑑を取り出して画面を見始めた。電源は入れていない。真っ黒な画面を一心不乱に見続けて、あまりにもワザとらしくうんうん頷いている。
     彼の思考は次の通りである。ずっと一つの家を見続けていると、コラッタに不審に思われそうで恐ろしい。なので今度はポケモン図鑑を見ておいて、一つの物を睨み続けるおかしな人間と思われることを避けよう、と。
     他者からどう思われるかを気にするあまり、彼は時折おかしな行動を取ることがあるのだ。


     そんな彼の名前は、レッドと言う。
     最近旅立った、新米のポケモントレーナーである。
     性格がてんで違うじゃないかと憤る人もいるかもしれないが、あくまでこの世界線のレッドはこんな感じであるということでお許し頂きたい。また、作者の自己投影が過ぎるという批判は一行に構わないが、どうかゲームの方のレッドを批判するような真似はよして欲しい。最もそんな、「誰かの空想」と「誰かの空想に対して空想したもの」の区別が付かないような人は、この掲示板にはいないと思われるが。


     マサラタウンから抜け出して、まる二日と半日経ってやっとのことで隣町のトキワまで足を踏み入れることができたのに、レッドはその二日後には再度マサラタウンを訪れていた。
     トキワシティに辿り着いた彼がポケモンセンターの次に向かったのが、フレンドリィーショップだった。レッドはモンスターボールを一つも持っておらず、草むらに落ちていたりしないか探してみたりもしたが見つからず、それでも野性のポケモンは、どんどん元気良く飛び出してくるものだから、旅立ってそうそう鬱になっていた。
     ボールを求めて店に入った、その瞬間のことであった。
    「君は、マサラタウンから来た子だね」
     四十代くらいの店員の人に手招きをしながらそう言われた。
     レッドはここへ来たことを後悔した。手招きを「しっしっ」の合図と勘違いしたように見せかけて、店から抜け出そうとも一瞬考えた。その店員のおっさんをレッドはこれっぽっちも知らなかったが、向こうは自分のことをどうやら知っている、というとても嫌な状況が起こった。
    「君も大きくなったねえ。よその子とゴーヤは育つのが早い!」
     どうやら自分が小さい頃に会ったことがある人みたいだ。だがこれっぽっちも思い出せず、恐らくかなり小さいときに二回ぐらいしか会ったことのない人の可能性が高い。
    「あ、お久しぶりです」
     しかし覚えていませんと言ったら失礼になると思い、レッドは嘘をついてしまった。いくら嘘も方便という言葉があるとはいえ、この後どうなったかを考えると、ここでの嘘は適切ではなかった。
    「おじさんのこと覚えているかい? 嬉しいねえ。ねえ、君にさ、ちょっと頼みがあるんだ。オーキド博士にこれを届けてほしいのね」
     そう言って、彼は一つの高級そうな箱を渡された。中身が空っぽでもウン万円はしそうな程の箱だった。鮮やかな金箔の上に、豪華な桜の花の絵が散りばめられていた。
    「大事なものなんだ。気をつけて運んでおくれよ」
     大事なものであればあるほど自分になんか任せないで自らの手で運ぶべきであると、彼は言いたかった。
     正直な話、レッドは断りたくて仕方がなかった。こんな高そうなものなんか怖くて触りたくもないし、小さい頃に会っているにしても全然記憶にないおっさいの頼みごとなんて聞きたくない。そして何より、やっとの思いでトキワシティまで辿り着けたのに、また戻るなんて嫌過ぎる。
     貴様のことを覚えているとは言ったが、だからと言って親切を押し付けて良い訳ではない。自分で行け! ポケモン持ってなくてもポッポに吹き飛ばされながら進んでいけ!
     等と心の中では怒って叫びまくってはいたが、彼は結局、
    「分かりました。オーキド博士に渡しておきます」
     これが自意識過剰の不幸である。相手に一滴でも不快な感情を注入させてはいけないと思うあまり、記憶がないのにお久しぶりですと言ったり、面倒なお使いをあっさり引き受けたりする。
     こうしてレッドはマサラタウンへと戻るハメになったのである。


     一度通った道とはいえ、道中でポッポが風を起こしコラッタがバッグを漁ろうとしてくるから、しんどいことこの上なかった。ポケモンを倒して経験値を貯めることもせず、どんどんポケモンから逃げてマサラタウンまで向かった。
     マサラタウンに辿り着いた頃に、一旦自分の実家に寄ることも考えたが止めておいた。「なんでもう戻ってきたの?」って聞かれると面倒だと思った。正直な理由を話せば、「なんでそんなこと引き受けちゃうの。あんたっていっつもお人好しなんだから」ってキッチンで愚痴愚痴言われる光景が想像できた。


    「おお、これはこれは。どうもすまんのう。全くあいつは、旅立って間もない子に頼みおって」
     書棚の奥の方にある埃をかぶった分厚い本を取り出そうとしているオーキドを見つけ、例の届け物を渡した。
     オーキドはホコリまみれの手で少々乱雑に箱を開けていた。ここまで丁寧に運んできたことをレッドは激しく後悔した。
    「おおこれは。わしが注文した新型のモンスターボールじゃ。いやーどうもありがとう」
     そのボールを自分にくれるような流れにならないかなあ、というあまりにも望みが薄いことをレッドが考えていると、誰かが機械を蹴ったような音が聞こえきた。
     音のする方角を向くと、やたらと慣れた感じで研究所を小走りで歩く一人の少年の姿があった。その少年は、さっき自分の足が当たってしまったのであろう機械の方を一度振り向いて、一応正常に動いていることを確認していた。そして、
    「じじい、話って何?」
     と大声で言った。
    「うるさいぞグリーン」
    「黙れハゲ」
    「わしはハゲていない」
    「黙れ白髪」
    「日々脳を使っていると白くなるんじゃ」
     二人は怒りながら笑って会話をしていた。いつ見ても楽しそうな孫とおじいちゃんの様子を見ると、自分はこの空間に引き続き入っちゃっていても良いのか、っていう気分にレッドはなる。
     グリーンという名前のこの少年は、レッドの幼馴染でありながら、レッドと同じタイミングで旅立った、謂わばトレーナーのライバルであった。
    「二人に頼みがあるんじゃが……」
     オーキドは、そう前置きした。レッドは、旅立ってから人から何かを頼まれるのが二度目であり、本来極めて不快な気分になる所だ。だが、オーキドの頼みならまだ許せるし、彼の言い方に後ろめたさが感じられなかったので、辛かったり面倒だったりする類の頼み事ではないんだろうと思っていた。
    「二人には、これを完成させて欲しいんじゃ」
     オーキドは赤い長方形の物体を見せた。レッドはこの物体の正体が分かった。その瞬間から嬉しさが溢れた。隣にいるグリーンも同様の感情の筈だと思った。


     レッドとグリーンはポケモン図鑑を完成させる使命を託された。旅をしながらポケモンを捕まえて、ポケモンの生態を図鑑に記録していく。記録された内容は当然研究の役に立つのだろう。
     レッドは非常にワクワクしていた。旅に出るだけでなくこんなことまで託されたのだ。この名声のある博士と脈があって良かったと改めて思った。
     だが。
     レッドはそのワクワクする作業のスタートラインに立つ前に、一つの壁を乗り越えなくてはいけなくなってしまった。たった今、そうなった。
     そうなったのは、グリーンの一言がきっかけだった。
     高揚した気分を味わっている横で、グリーンが大声でこんなことを言い放った。
    「よーし、じじい。全部俺に任せときな。残念ながらレッド、お前の出番は全くないぜ。そうだ、姉ちゃんから『タウンマップ』借りてこよう。お前には貸さないよう言っておくからうちに来ても無駄だからな」
     こらグリーン何を言っとる、と言ったオーキドの声は全く聞こえない。レッドは、絶望の淵に突き落とされていた。ここからどうやって脱出しようか、その方法を懸命に目論んでいた。


     タウンマップとはようするに地図のことであるが、ただ紙に町や道路の場所が描かれているだけの代物ではない。これは電子式であり、今居る自分の場所を赤く点滅させてくれる機能がついている他、この場所は危険であるから近づかない方が良いなどの情報や、その場所のその日の天候の情報も得られる。更にポケモン図鑑とドッキングさせれば、野性のポケモンの住処がどこかも知ることができる。ということはすなわち、ポケモン図鑑を完成させるにあたっては必要不可欠な道具と言えるものだ。
     タウンマップは非常に高価であった。トレーナーを目指す子供は年々増加しており、それに比例してどんどん値段が上がっていった。だから、そう安々と手に入れられるものではない。
     グリーンの姉がタウンマップを持っていて(グリーンの言動からして二つ以上確実に持っている)、なおかつ貸してもらえる可能性があるということが分かれば、このチャンスを是が非でも逃してはいけないと思ってしまった。


     グリーンの姉には小さい頃良く遊んでもらっていた。彼女には自転車の乗り方を教えてもらった。丁度彼女はグリーンに教えていて、いつの間にかレッドにも教えることになったのである。支えなしで自転車を漕げるようになったとき、彼女はとても褒めてくれたのが印象に残っている。
     レッドは、グリーンの姉のことを「グリ姉」と呼んでいた。今考えるととても酷いネーミングである。失礼極まりない。彼女は嫌がっている様子を特に見せなかったが、内心では心底嫌であったに違いない。あんな呼び方してすいませんでしたと、八歳のときに謝りに行こうかとも考えた。だが、謝るときにどうしても「グリ姉」というワードを出さないといけないから、それが原因で億劫だった。
     彼女はとても優しいから、面と向かってお願いすればタウンマップは貸して貰える。グリーンから貸さないように言われても、絶対に貸して貰えると分かる。それにオーキドの孫である。お金はたくさん持っている。タウンマップは一般的には高価であるが、グリーンの姉にとってはそこまで高級品ではないのではないだろうか。
     だが、そうであってもレッドは、「タウンマップ貸してください」、とは言いにくかった。言ったらとても、気まずくなると思っていた。
    レッドが大きくなってからは、グリーンの姉とは全く交流がなかった。それこそ四歳ぐらいのときは毎日のように遊んで貰っていたが、七歳を過ぎた頃からパタリと交流がなくなった。グリーンの家に遊びに行くこと自体が少なかったし、自分達がリビングにいるときは、姉は二階の自室に移動するようにいつしかなっていた。
     ただでさえタウンマップを貸して欲しいという図々しいお願い。これを、幼いときにしか交流のなかった人にする訳である。しかもグリ姉なんて言う酷い呼び方をしていた人にである。
    これがどんなに"ぼんやりと恥ずかしい"ことか、皆には想像できるであろうか。


     この世界では人の家に勝手に入っても良いことになっている。そういう文化なのだ。インターホンが備え付けられている家もあるが、滅多に使われるものではない。悪い人がやってきたときのために貴重品等は全て金庫に保管している人が多いとはいえ、かなりおおっぴらな文化であると言えよう。引きこもりは引きこもる場所がない。
     勝手に侵入して良いのだから、レッドは入ろうと思えばいつでもグリーンの家に入ることが可能である。しかし彼はいつまで経ってもドアノブに手を付けることすらしなかった。
     本当に自分はやるのか。タウンマップを無条件で貸してもらうなんてするのか。言った瞬間気まずい空気が流れたらどうするのか。やはりどうしてもやり辛いことであった。
     さっきからじろじろコラッタが見てくるから、ポケモン図鑑を開いて不審に思われるのを防ごうとしたが、そろそろそれも限界のようだった。今度はポケモン図鑑をずっと見ていることを不審に思われる。
     もうここは勢いだと自分を鼓舞して、レッドはとうとう(こんなことで"とうとう"という形容動詞は使いたくない)、ドアノブを握った。  
     家の中に一度入ってしまえば、後戻りがし辛い状況に自分を追い込むことができるんだ。と、考えつつも、彼は無意識のうちに、音を立てないようにドアを開けており(音を立てれば家の人に気づかれる)、後戻りするという逃げ道をちゃんと用意していた。
     また心の奥では、グリーンの姉が家にいないことを望んでいた。留守なら修羅場を明日に回すことができる。
     残念ながら家のリビングは電気が付いていた。この家にはグリーンとグリーンの姉しか住んでいなくて、グリーンは現在旅に出ている訳であるから、姉がリビングにいることはほぼ確定している。付けっぱなしで出かけている線は薄いだろう。


     他人の家というものは、どうしてこう独特な匂いがするのだろう。まるで自分がよそ者であることを裏付けるような、違和感を抱かせる匂いがする。決して嗅いで気持ちのよいものではない。だが、思わず逃げたくない程不快な匂い、とまではいかない。
     玄関のカーペットを踏む感触も妙に違和感がある。カーペットと足の裏に妙な摩擦が走っているような感覚が何故かある。極端に固いと感じることもある。
     玄関から見える階段は、やたらと急なような気がする。人の家の階段を上がるときは、手すりがないことを大概呪う。けれども用心するためか、階段で転んだことは一度もない。
     レッドがグリーンの家に入ったのは、およそ一年ぶりのことだった。
     という訳で、前に来たときとだいぶ家の様子が変化している感じだった。彼は良く覚えている。カーペットの色が赤から青になっていた。靴箱が新しくなっていた。玄関にある傘立ての場所がちょっと右にずれていた。些細な違いが幾重に積み重なって、ここは全く違う空間なんじゃないかとまで感じさせた。


     不意のことだ。階段からぴょんと一匹のポケモンが降りてきた。ニドランという兎に良く似たポケモンだった。オスであるがそんなことはどうでもよい。ニドランは、レッドの方をじっと見つめており、その様子に彼はデジャブを感じた。ほんの数分前にもコラッタに睨まれていたのに、またである。
     野性のポケモンよりも遥かに、人間に飼われているポケモンの方の視線は気になるものであり、彼は先程よりも遥かに息を詰まらせていた。ニドランの角には毒があるが、彼は毒よりも鋭利なその目に怯えを抱いていた。
     ニドランは一体今何を考えている? 
     なおレッドは、このニドランとは初対面である。ニドランはいつの間にかこの家に住んでいる。
     自分達が喋っている言葉は人間には伝わらない癖に、人間の言葉はしっかりと理解できるから、レッドはポケモン達がずるいと常々思っていた。
     人間が何を考えているのか、ポケモンは言葉によって知ることができる。
     だが、ポケモンが何を考えているか、人間は言葉によって知ることができない。
     だから、世のブリーダーは仕草とかでなんとなく感情を把握した気になるしかないし、彼のような自意識過剰な人間は、ポケモンの仕草を気にしてあれはこれやと不安を募らせているしかないのだ。


     またレッドには、ニドランにどう思われているか、ということと、もう一つの不安があった。
     ニドランが鳴き声を上げたら飼い主のグリーンの姉がこっちへくるんじゃないか、ということだった。
     レッドは自分のペースでグリーンの姉に会いたいと思っていた。(というのは建前で、本当はグリーンの姉に会わないで帰る余地を残したいだけである。彼は時折、自分の感情の建前を作って、自分自身を納得させようとする)
     とか心配していたらニドランは、小さく鳴き声をあげてしまった。
    咄嗟に今の鳴き声をクシャミで誤魔化そうとしようとするという、訳の分からないことを後一歩でする所だった。彼は瞬間パニックに陥った。
     今直ぐにでも逃げようか迷ったが、グリーンの姉はこっちへこない。大丈夫か。ギリギリセーフだろうか。
     それからニドランは再び階段の方に戻る。急なように見える階段を三段抜かしでジャンプして上っていった。
     自分の視界の外へニドランが行ってくれた。まだ何も果たしていないレッドは、とりあえずの安心感を得る。
     問題はここからである。
     そのまま勢いで姉に会いに行ってしまえば良いものを、レッドは「どういうふうな感じでタウンマップくださいと言えばよいか」、考えに耽ってしまった。彼は具体策を練っているのだ。(予め考えとけば良いものを)。
     レッドの足は、さっきから全くカーペットの上から動いていない。
     

     一番分かりやすくかつ手数が掛からないのは、「ちょっと頼みがあるんですけど」って前置きした後に、「旅に出るからタウンマップ貸して貰えますか」って、単刀直入アンド真っ正直に言ってしまうことだ。
     しかしそんなことは勿論、自意識過剰な彼にできる筈がない。繰り返すが、タウンマップ貸してくださいって言うことは彼にとって非常に難儀なのだ。
     もしもリビングの壁にタウンマップがぶら下がっていた場合なら、こんな作戦も考えられる。
     適当に会話を交えた後に、「これってなんですか?」ってまずタウンマップを指差す。そうすることで、話題をタウンマップの方に持っていく。その話題の最中であれば、「できれば貸してくれませんかね」って、極自然な形で言うことができる。
     タウンマップに対して「これってなんですか?」って聞き方はちょっとまずいだろうか。見えば分かるだろ、って思われそうだ
     そもそも、リビングにタウンマップが飾られてない場合この手段は使えない。この手段は次善策と言った所だろうか。もっとどんな場合でも対応できる方法がありそうだ。
     これはどうだろう。グリーンとさっき出会ったことにしておいて、このように言ってみるのだ。
    「そう言えばグリーンタウンマップ持ってましたけど、グリーンってあれ持ってたんですね」    
     さあどうだ。中々捻られた方法であると思われる。
     「グリーンにも貸したんだけど、レッドも持っていく?」って言ってくれば、この方法は大成功だ。問題は、そう聞いてくる確率がどのくらいか、見積もりがあまり立たないことだ。
     他人にどう思われるのか執拗に考える性格のレッドは、こんな些細なことですら脳味噌全てをフル活用するハメになる。
     レッドの足は、さっきから全くカーペットの上から動いていない。


     あっちらこっちらと思考を巡らせている内に、タウンマップ貸してくださいって言うのはやっぱりおこがましいのではないか、という考えが胸の奥底からまるで助け船のようにやってきた。
     タウンマップがなくても、トレーナーをやれている人は大勢いる。危険な場所なんて町の人に聞いて情報収集すれば分かる。天候に至ってはニュースを見ればよい。
     しかし。
     自分はポケモン図鑑を完成させることを託された訳だ。あちこちいるポケモンをくまなく探すには、タウンマップは必要不可欠なものになってくる。
     図鑑完成は全部グリーンに任せようか。それも一種の手かもしれない。けれどもやっぱり自分もやりたい。
     それならば、タウンマップを自力で手に入れるという手は?
     タウンマップが買えるようになるには後何回バトルで勝てば良いのだろう。負ければ取られる訳だから、単純な計算式では考えられない。親からお金を借りる手もあるが、家はそこまで裕福でもないし、この旅の準備だけでも結構かかっていることを考えると、旅立ってそうそうにお金を借りることを要求するなんてことは、よっぽど生活に困窮しない限りはやってはいけないと思っていた。


     彼は夢中になってあれは駄目これは駄目と考え込んでいた。レッドが少年にしてはここまで色々思考を巡らす理由は、考え事をしている間は、周囲の目があまり気にならなくなる、というのも原因の一つとして挙げられる。
     だからレッドは、今この瞬間自らを脅かす敵の存在に気が付かなかった。ニドランが階段から降りてきた。しかも彼の直ぐ傍まで近づいていた。
     気が付いた彼は目を見開いた。その目の見開きっぷりにニドランの方が驚いてしまって、先程よりも大きな鳴き声をあげてしまった。
     完全終了。
     そんな四字熟語の文字が脳内にbold&redで浮かび上がってきた。
     ところがリビングから人間は出てこなかった。脳内に浮かんだ文字が次第に薄くなっていく。だが安心は全くできない。後もう一回鳴いてしまったら流石に飼い主は訝しがるだろう。
     ニドランはさっきからずっとカーペットの上に立っている人間を見て、どうしたら良いのか分からなくなっていると思われる。グリーンの姉を呼んできた方が良いのか恐らく迷っている。
     人の家に勝手に入っても良いという文化は、飼われているポケモンらにも多大なストレスを与えている。見知らぬ人間が現われたとき飼い主を呼んできた方が良いのか、判断が付かない。怪しい人だと見た目で分かれば良いが、ただの少年であれば分からない。特に変な人間がやってきた訳でもないのに呼んでくるなんてしたら、逆に怒られる可能性もある。
     これ以上カーペットの上に突っ立っていて、ニドランに不審に思われる訳にはいかない。レッドはようやく決意を固めた。カーペットの上から脱出を果たす。リビングのドアノブを握る。一旦離した。深く深呼吸をして再度握った。そしてドアを開けた。
    「こんにちは」
    「あらいらっしゃい」
     グリーンの姉は彼と目を合わせた瞬間微笑を浮かべてそう言った。特に呆然としている様子は見せなくて、レッドは本日何度目か分からない"とりあえずの安心感"を抱いた。
     自分がこれから図鑑完成を目指すために暫くマサラタウンを離れることを知っているから、彼女は挨拶に来たとでも思っているのだろう、とレッドは考えていた。


     そしてそれから数分後。
     レッドは出されたお茶を"客人として普通と思われるペース"で飲みながら、グリーンの姉との会話を淡々と続けていた。旅に出るとき緊張したの? とか、そういうことを尋ねてくる度に、「彼は『はい』とか『あー、しました』」とか、そういう無難な返事ばかりを返していた。
     会話の主導権を完全に握られてしまっていた。これではタウンマップの話を切り出せるのは、いつになるのであろうか。チャンスは待っていても来ないことにレッドは気が付いていたが、会話の主導権をあっさり握られてしまった今、ハンドルを奪いにいくことなんてできなかった。
    「ちょっとトイレ行ってくるね」
     そう言ってグリーンの姉は部屋の外に行った。誰も見てない状況になった所で、レッドは頭を抱えた。窓の方をちらと見た。窓から抜け出してしまうおうかなんて言う突拍子もない考えが一瞬だけ浮かんで、そして呆気なく消滅した。
     レッドは先程考えていた作戦の一つを思い出していた。部屋の中にタウンマップがもしあったら……。
     レッドは首を左右に振り回し振り回し、必死の形相になってタウンマップがどこかにないか探した。飾ってあれば話題に出しやすくなる。
     全然見つからない。立ち上がって探そうか。いや駄目だ。音で部屋中を彷徨っているのがバレる。聞こえないか。いや微妙だ!
     結局レッドが探し当てる前にトイレを流す音が聞こえてきた。トイレの水は尿だけでなく、彼の希望すら容赦なく下水管に流していった。
     グリーンの姉が部屋のドアを開ける。有力だった作戦が一つ潰れた。レッドは激しく動揺した。「うわあああ」と大声で叫んだ。勿論心の中で。
     

     どうする。どうする。
     残っている作戦は何だ。
     グリーンと出会ったことにして、「そういえばグリーンってタウンマップ持っていましたね」って言う作戦はまだ残っている。
     しかしレッドはここへきて、この作戦には大きな穴が空いていることに気が付きはっとなった。
     グリーン出会ったという嘘はバレる可能性がある。
     グリーンが家を出ていったのは二時間以上前のこと。(彼はその二時間の間、グリーンの家の前に立っていた)。
     二時間前に家を出たグリーンとすれ違ったって言ったら、確実に時系列に違和感を抱くだろう。二時間の間何やっていたの? って聞かれてもおかしくない。聞かれたら自分は黙っているしかない。
     駄目だ。この作戦はあまりにも危険が伴う。猛獣が行き交うジャングルに自ら飛び込むようなものだ。


     手元のカードが全てなくなったデュエリストの気分を味わっていると、
    「そう言えばさあ」
     グリーンの姉が新たな話題を振り始める。今度は何だろう。
     「じっちゃんからポケモン、何貰ったの?」
     じっちゃん=オーキドから最初に貰えるポケモンは何選んだのか、ということを聞いてきた。この話題はいつか振られるんじゃないか、とレッドも予想していた。
     本当はこんなことしている場合ではないが、断る的確な理由等もなく、仕方がないとレッドはボールからフシギダネを出した。うわーかわいい、という女性のステレオタイプな叫び声をグリーンの姉はあげた。 
     そんな様子のグリーンの姉を見ながら、半分以上諦めた頭でぼんやりと考える。一か八か帰り際に、ニビシティってどっちでしたっけ? って、唐突につぶやいてみようか。ワザと別の方角を指差しながら。そっちじゃないよって突っ込まれるだろうから、そこからタウンマップの話に繋げるなんてどうだろう。
     駄目かなあ。ニビシティの方角を知らないなんて常識外れすぎるかなあ。
     フシギダネをせっかく出しているわけだから、フシギダネから話を繋げられないか。ふしぎだね、くさたいぷ、たまむしじむ。 
     タマムシティってどこですかって、聞いてみるのはどうだろう。マサラから離れた町なら、どこにあるのか知らなくても違和感はない。
     しかしこの方法には、相応のコミュニケーション能力が必要となってくる。フシギダネの話からタマムシシティまで繋げられる自信が、彼にはなかった。
     どうやってもタウンマップは貰えない。これは詰みである。彼の敗北であると思われた。




    「あ」

     


     グリーンの姉は、突然「あ」と言った。
     この「あ」は、何かに気がついたときに出てくるタイプのものだ。何かと何かの因果関係を理解したときに、無意識に口から出てくるものだ。
     この手の「あ」には大きく分けて二種類のものが存在する。焦りが感じられるようなものと、そうでないもの。
     グリーンの姉が今放った「あ」は後者であった。
    「そういえばグリーンってヒトカゲを選んでたけど、そういうことだったのね。あなたに勝ちたいから、フシギダネに強い炎タイプを選んだのね」
    「……はあ」
     次の瞬間彼の元に幸せの青い鳥が飛んでくる。世界観的には幸せの青いチルットの方が適切ではあろうが、この際そんなことはどうでも良い。
    「グリーンってさあ」
    「はい」
    「タウンマップ、貸してあげないって言っていたでしょ」
     レッドが心の深淵から求めていたワードが、彼女の口から飛び出してきた瞬間だった。


    (もう少しでこの小説は終わります。彼の長々とした葛藤にお付き合い頂きありがとうございました。お疲れ様でした)

     
    「あの、すいません」
    「どうしたの?」
    「良ければなんですけど、自分にも、その、タウンマップ貸してくれあげたりしませんかね」
     日本語があからさまに変になったが、自意識過剰のレベルだけなら既にチャンピオンクラスのレッドは、ついに「お願い」を言うことができた。
    「勿論いいよ。私も、貸した方がいいのかなって思ってたし」
    「ありがとうございます!」
    「図鑑完成頑張ってね」
     立ち上がって丁重に、とても丁重にレッドは頭を下げる。
     これまでレッドは、数々のグリーンの意地悪を受けてきた。そんなグリーンの言動に対して、レッドは生まれて始めて感謝をした。
    まさかグリーンの言葉がきっかけで、旅立って始めての壁を乗り越えることができるとは、思ってもみなかった。ありがとう、グリーン。


     家から脱出したレッドは、今日の日を思い返す。タウンマップ一つ貰うのに波乱万丈であった。とても疲れた一日だった。
     しかしこんなことで一々うだうだ悩んでいて、これから先大丈夫なんだろうか、彼はそう不安に思った。
     だが同時に、こんなことも思う。
     これから先出会う人は、全く知らない人達だ。そういう人達相手ならきっと自分は、あまり気を使わずに接することができる。
     旅の恥はかき捨て。そんな言葉もある。
    「一期一会の付き合いスキル」に関しては、自分はまだまだ未知数なのだ。
     そう考えることにした。心の中では不安が台風の如く渦を巻いていたが、レッドは無理矢理こう考えて、不安から目を逸らそうとした。お前、さっき初対面のポケモンの目線気にしていただろ。そう言ったツッコミは聞こえない振りをした。
     レッドはマサラタウンを抜け出した。眼前に続く広大な草むらを見つめながら、またここを通るのかと溜息を付きながら歩いていった。 
     あー、あのフレンドリィーショップのおじさんのような、軽々しく人にお願いできるぶてぶてしさがあればなあ。


      [No.3975] レベルの基準 投稿者:逆行   投稿日:2017/01/14(Sat) 15:43:21     70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Q.モンスターボールは何をすることができる 道具でしょう
    1.ポケモンをつかまえる 2.ポケモンをこうげきできる 3.ポケモンをふやせる 4.ポケモンを料理できる

    Q.ピカチュウは進化すると何になりますか
    1.れいぞうこ 2.チャーハン 3.ライチュウ 4.えのきだけ

    Q.次の中で、げんざい発見されているポケモンのタイプはどれでしょう。
    1.水タイプ 2.よく食べるタイプ 3.気が強いタイプ 4.てんねんタイプ

    Q.モンスターボールは体のどこでにぎりますか
    1.手 2.足 3.むね 4.また 5.体ではにぎらない

    Q.ガーディのあたまは何個あるでしょう。
    1.1個 2.2個3.3個 4.4個 5.ガーディには頭がない  

    Q.ブロスターのみずてっぽうをケンホロウが受けました。さて、どうなるでしょう
    1.ケンホロウはぬれる 2.ケンホロウはぬれない

    Q.進化ポケモンのイーブイは、進化する
    1.はい 2.いいえ

    Q.つぎの中で、ポケモンの体力をかいふくさせる道具はどれでしょう
    1.きずぐすり 2.しょうゆ3.カレーライス4.トイレットペーパー 5.ポケモンはかいふくしない

    Q.ポカブは何タイプでしょう(ヒント:ポカブは口から炎をはきます)
    1.炎タイプ2.水タイプ 3.草タイプ4.ポカブにはタイプがない 5.ポカブはそんざいしない

    Q.サイドンは進化すると何になりますか
    1.モサイドン 2.イサイドン 3.ドサイドン4.ヌサイドン 

    Q.ジムリーダーに勝つと何がもらえるでしょう
    1.ジムバッジ 2.土 3.水 4.ひりょう

    Q.ポケモンはりゃくしてなんというでしょう
    1.ポケモ 2.ケモン 3.ポ 4.ポケモンはりゃくさない

    Q.次の○に入る文字を答えなさい。(ヒント:パンチ系のポケモンのわざです)
    かみなりパ○チ

    Q.ディグダのせいそく地は次のうちどこでしょう
    1.ディグダの穴 2.無人発電所 3.トキワの森 4.ディグダのせいそく地はふめい

    Q.次のうち、ポケモンはどれでしょう
    1.オーキド博士 2.キモリ 3.マンホール 4.木

    Q.ウリムーは氷タイプのわざを使いますが、他のタイプのわざも使うでしょうか
    1.はい 2.いいえ

    ※読者のみんなも解いてみよう!





     最後の問題を解き終え、光輝はシャーペンを机上に転がした。ノートなんかを挟むときに使う、シャーペンの上についたクリップは、昨日輪ゴムを装着して遊んでいたら折れてしまってもうない。クリップは転がっていくシャーペンを止める役割も果たすのだが、今はそれがないので、机の角まで辿り着いてようやく停止した。落石を既の所で逃れたシャーペンを再び光輝は持って、筆箱の中へ入れた。もうこいつは使わないという宣言である。
     テストの時間はまだ三十分も残っていた。少年時代の長い三十分を、どう潰そうか思案する。スマホを出す訳には勿論いかないし、読書も禁止されている。シャーペンを改造しようとも考えたが、三ヶ月前のテストで隣の席の前田君がシャーペンを分解していたら、先生から長い定規で頭を叩かれていたのを思い出した。
     やはり自分のテストの答えが本当に正しいのか、見直しをするべきか。しかし光輝は、自分の答案用紙に欠陥があるとはどうしても思えなかった。こんな容易な問題なら、うっかりミスすらしてないだろう。
     テスト終了まで後二十五分。こういうとき、時計の分針は遅くなっているんじゃないかと、光輝は思っていた。他の人はテスト中なるべく時間が欲しいと思うだろうから、時計の針は皆のために協力してくれているんじゃないかと。しかし秒針の方の速度は変わっているようには見えないし、一体どういうことだろうか。

     
     結局薬局放送局光輝は、妄想で暇を潰すことにした。誰からも文句を言われないし、想像力も0.5%くらい上がる筈なのでこれが一番良い。
    「テスト中はうろうろしない」と赤いチョークで書かれた黒板の隣には、この学校の校歌が掘られた所謂校歌板というものがあった。光輝は一番前の 席に座っており、故にその校歌の一つ一つの文字がよく見えた。
     光輝はその校歌板をまじまじと見つめた。そして校歌の文字の隙間を、ポケモンのバチュルが通り抜けて先へ進んでいくという様子を想像して楽しんだ。バチュルはポケモンの中で最も小さいと言われており、この手の妄想をする際には欠かせない存在である。
    「川」の字の棒を一本一本、バチュルは健気にジャンプして渡って行く。続いて「祖」という漢字もクリアし、次の「朝」もその次の「見」も難なくクリア。無事校歌番の端まで辿り着いてハッピーエンドを迎えられるか否かは、全て光輝の匙加減である。橋まで辿り着いたバチュルにどんな恩恵が与えられるのかも、同じく匙加減。それでも、この遊びは結構楽しめる。彼は、誰から教わったという訳でもなく、こういう妄想遊びを、物心ついたときからやっていた。
     バチュルが「力」という漢字を渡ろうとしていたそのとき、テスト終了を告げるチャイムが鳴った。「疲れたー」「難しかったー」という声が、教室の至る所から湧き水のごとく出現する。先生が「はい、まだ喋らない」と言って湧き水の穴を塞いでいく。彼の脳内でスーパーマリオよろしくの活躍をしていたバチュルは、チャイムと同時に足を滑らせて落下した。やがて「ペチャ」という卑猥な効果音と共に床に叩きつけられ、広辞苑の二番目に乗っている方の意味の戦闘不能となった。




     一言で表すならこの町は中途半端な田舎であった。山の頂上から町を見渡すと、田や畑が多いのが分かる。青々とした稲が一列に並び、陽光から栄養を頂戴し健気に身長を伸ばしている。『世界に一つだけの花』のAメロをバックにかけたら映えそうな光景である。道はアスファルトでしっかり舗装されてはいるが、横幅が極めて窮屈であり、トラックを運転する者は多少なりとも緊張を要する。電車は本数こそ少ないがちゃんと運行しており、都会に稼ぎに行く者をしっかりと導いている。会社から帰宅するとき、最寄り駅が近づくにつれ、どんどん車内は空いていくという。地下鉄は全く走っていない。駅付近では、広大な駐車場を保有した大型スーパーが、ドヤ顔を浮かべつつ胸を張って聳え立つ。  
     ポケモンセンターは一応存在するが、利用者はとても少ない。フレンドリーショップは、センターと複合されているのが現在の主流であるが、この町は未だそうなっておらず、少し離れた所に個別に構えている。ここのフレンドリーショップの店員は、全然フレンドリーではないと有名である。客が棚からボールを大量に床に落としても、大体は素知らぬ顔をする。また、道具を売れるという、大方のトレーナーに取っては当たり前であろうサービスを全くやっていない。
     そして、これが中途半端な田舎最大の特長であるが、パチンコ屋がアホみたいな数存在する。ポケモンセンターの隣にもパチンコ屋がある。ポケモンを回復させる役割を果たすセンターと、人間を消耗させる役割を果たすパチンコ屋が並んでいる光景は、中々にシュールであると感じさせる。

     
     この、中途半端な田舎のド真ん中(だが駅からは遠い)。そこには、トレーナーズスクールと呼ばれる学校があった。
     読んで字の如く、トレーナーになるための基礎知識を学ぶための場である。一般的な学校の方でも、ポケモンに関する授業はやる。だが、算数や国語と言った、基本的教養を身につけるための授業の方がメインだ。ポケモン関連の授業はデザートを食べる感覚で気楽に行われている。
     対してここでは非常に偏った内容の授業が行われている。授業のスケジュールは、ポケモンとは何かを教えられる座学やバトルの実技などで埋められる。
     トレーナーズスクールを上位の成績で卒業すると、様々な恩恵が得られる。助成金を貰えるとか、ジムバッジを無条件で二つ、三つ獲得できるとか、桁違いに育てられたポケモンを授与されるとか、その学校によって様々である。恩恵目当てで入学する者も一定数いる。
     だが、学校に通うというのは旅に出るのが遅れる、というデメリットもある。待ちきれず学校を中退し、旅に出てしまうトレーナーもいる。この手の生徒には大多数の教師は眉を顰めている。全校集会で中退する者を「悪い子」と言い放つ教師もいた。
    卒業してもトレーナーにならない者もいる。卒業したくても成績が悪くて進級できない者もいる。トレーナーになってから実力不足を痛感し、旅を中断してスクールに通い始める者もいる。一旦就職するものの、トレーナーになろうと思い立ってスクールに通う。しかし、痺れを切らして旅に出始める、という複雑怪奇なルートを辿っている者もいる。要するに十人十色であった。
     トレーナーズスクールは全国至る所に存在する訳ではない。周りを山で囲まれている村とか、誰も名前を知らないような小さい島とか、ドが付く程の田舎には見つからない。普通の学校の方は、どんな田舎でも一応あるけれども。
     ちなみに、この町を出て南の方角に進んでいくと、正真正銘のド田舎の村があったのだが、五年前まではここにはトレーナーズスクールがあった。が、この村はまず子供が少ない上に、トレーナーを目指すという文化もあまり根付いていない。通う子供は次第に減っていき、遂には生徒数が一人となってしまった。これでは『トレーナーズスクール』ではなく『トレーナースクール』と呼ぶべきであろう。結局、それからすぐに廃校となってしまった。挙句この村は去年ダムに沈んだ。


     それはそれとして、話を戻す。
     光輝は、この学校で圧倒的トップの成績を納めていた。彼の年は現在十二歳。ここのトレーナーズスクールは、最速二十五歳で卒業できるので、後十三年勉強する必要がある。
     この学校は非常に卒業者が少なく、年に一人いれば良い方である。昨年に関しては一人もおらず、卒業式は開催されず校長がハゲ散らかした。トレーナーズスクールは中退するのが普通という感じで、子供達の親は将来を見積もっていた。中退後は普通の学校に入り直すのが一般ルートだった。
     光輝は中退などせずこのまま卒業するつもりであった。二十五歳でバッチ集めを開始するというのは、ちょっと遅すぎるんじゃないかという感覚はあった。だがしかし、トレーナーの世界は厳しいということは朝礼の校長先生の話で幾度も出てきたし、また光輝自身も、まだまだ勉強しないといけないことが山程あると痛感していた。何しろ、野性のポケモンがわんさかいる危険な場所に出向く訳である。ポケモンと人間は互角に戦えない。例えレベル一のポケモンでも人間は殺られる。だから、二十五歳でも決して遅くないのかもしれない。
     ポケモンに背中を狙われたらどうしようか、光輝は著しく不安に思っていた。自分の視界内に出現したらなら何とか対処できそうだが、背後から角を向けて突進してきた場合、あるいは上空から鋭利な嘴を光らせつつ襲ってきた場合、どうやって撃退すればよいのだろう。背中や頭上にでもボールを仕込んでおくのか。ポケモンは勝手にボールから出てくれるだろうか。そういうことも、いずれ教わるものなのだろう。教わるまで、旅には出ない方が良い。
     

     森は静寂で満たされていた。赤茶けた地面には大量の葉が撒き散らされ、時折風が吹いて落ち葉は宙に舞う。木々には大量にコクーンがぶら下がっており、しかも、彼らはいつ一斉進化してもおかしくない状態となっていた。
     そんな鬱蒼とした森の中を彼は独りで彷徨い歩いていた。出口を必死に探しているが見つからず、パニックになる気持ちを収めるべく、パートナーの入ったボールを強く握りしめている。新品であった筈のズボンは既にボロボロとなっていた。枝が刺さって穴が開き、水たまりに転落してずぶ濡れになっていた。
     彼はようやく、森に差し込んでいる光の出先を発見した。彼は涙を零すほど喜び、走ってその出口まで向かった。その時、落葉に隠れた蔦に躓いて本日二度目の転倒をした。足元に注意が全くいってなかった自分を恥じつつ、ズボンに付着した口をはろって顔を上げる。そこには、見たこともない悍ましい生物がいた。
     薄黄色く細長い体。恐らく腹にあたる部分はどっぷりとしており、両端からまるで手のような葉が二枚装着している。後ろにはこれまた黄色の尻尾が生えていた。ここだけ見るとなんともなさそうだが、このポケモンの一番の特長は、体の上部にある日本の牙が備えられた巨大な口である。おおよそ一人の人間なんぞ、たやすく飲み込めてしまうであろう大きさであった。
     彼は、恐怖を感じ、青ざめ、震える足を、なんとか動かして懸命に逃げた。しかしその化け物が放出させた蔓に簡単に捕らえられた。
     人間は泣きながら必死に膝の位置に付けててあったボールに手を伸ばすが、あいにく届きそうにない。化け物の口の中には胃液が詰まっており、それを見た瞬間彼は叫んだが、あいにくそれを聞いて助けに駆けつけてくれる者はいなかった。この化け物の口の中は、常に空っぽであると彼は今まで想像していた。
     胃液の生暖かい感触を、足に感じた。それが最後であった。実に呆気無ない。彼にはやり残したことしかなかった。


     翌週テストが返却された。
    「そうかーガーディの頭は一つかー。三つかと思った」
    「それはドードーだろ。ガーディは一つに決まってんじゃん」
    「モンスターボールって股で握るものじゃないの?」
    「あれ股じゃなかったっけ」
    「自分も股だと思った」
    「じゃあ股でも本当は合ってるのかもね」
    「男は股で握って女は胸で握るのか正しい回答だと思う」
    「オーキド博士ってポケモンじゃなかったっけ?」
    「違うよ。オーキド博士はカントーにある町だよ」
    「そうだ間違えた。チャーハンに進化するのはドガースの方だった」
    「イーブイって、もう進化しているから『進化ポケモン』なんじゃないっけ」
    「ポカブって存在するの?」
     放課後、光輝は答案用紙を持ちながら周りで繰り広げられる会話を聞いて、間違いを指摘したかったがめんどくさいので止めておいためた。
    一問も間違いのない答案用紙をささっと机にしまい、光輝は下校した。

     




     光輝の両親は学校での勉強について、殆ど彼と話をすることがなかった。光輝が優等生であることは一応知っていたが、そのことについて特に胸を張っておらず、ご近所との井戸端会議で自慢するようなこともやらなかったし、華々しい将来を夢想することすらしなかった。 
     光輝は学期終わりにオール五の成績表を母に必ず見せようとしたが、しかし「置いておくね」と言って、成績表の端と机の端を合わせて置き、二階の自部屋からリビングに降りてくると、毎度の如く成績表は全く同じ場所にあるのであった。
     入学して初めての成績表は流石に一瞥はした。父親は先生が記した備考欄を読んで、「何が書いてあるのかさっぱり分からない」とぼやいて、水の入ったグラスに焼酎を入れ始めた。母親は成績表に赤字がないことのみを確認して、スマホを手に取って「やっぱり電波が悪い」と呟いた。
     母はトレーナーズスクールではない、普通の学校に通っていた。その当時の彼女の成績は頗る悪く、五段階評価で最下の「一」ばかりを取得していた。「一」だと数字が赤字になるものだから彼女は成績表の赤い字がトラウマになっていた。
     一方で父は光輝と同じトレーナーズスクールに通っていたが、五年ほどで中退してしまった。中退自体はよくあることであるが、彼が常軌を逸しているのは、その後普通の学校に入学せず、そして旅にも出ず、家に只管引き篭っていたということだ。旅に出ているという名目にしておけば学校の授業は免除される、という仕組みを利用したあまりにも愚盲な行為である。
     そんな親子から、絵に描いたような優等生が育ったのは、決して光輝が彼らを反面教師とし、胸に抱いた反骨精神を武器にして机に齧りついたからではなく、優秀なトレーナーになりたいというストレートな気持ちがあったからであった。


     また光輝には、年が六つ上の姉も存在した。姉はこの町出身としてはかなり珍しく、大学生であった。
    彼女が通う大学はカントーにあって、タマムシ商業大学という名であった。タマムシ商業大学を略すと「タマ大」となり、カントーで最もレベルの高い大学と謳われているタマムシ大学も略すと「タマ大」になることから、よく姉は「うちの大学はあの有名なタマ大なんだよ」、という冗談を言っていた。彼女だけでなく、この種の冗談は全国の大学生が連発している定番のものであり、時にはこのレベルのギャグを芸人が放つこともある。
     他にも、略すと「タマ大」になる大学名はいくつか存在していた。例えば、タマタマ大学も「タマダイ」になるし、ホウエン地方にあるアメタマ大学も略すと「タマ大」になる。後は、ハナダシティのゴールデンボールブリッジの傍にある金の玉橋大学も略すと「タマ大」になる。こちらは「金の玉大」とも略されるので、輝いている分本家のタマ大よりも上等と言われることがある。



     姉は現在帰郷してきていた。三日前に電車に長時間揺られて家までやってきたのだ。
     彼女は大学で心理学を勉強しているようで、机の上には「ポリゴンでも分かる心理学入門」という本が置かれていた。電車の中で時間を潰すためにこの本だけ持ってきたと思われる。
     母が全くテストの結果に興味を示さないので、変わりに光輝は姉に見せた。テストの問題を見た彼女は簡単過ぎてつまらないと言った。光輝はそれに同調して頷いた。姉はトレーナーやポケモンに関する本やテレビ番組は全く興味を示さない人だったが、それでも半分くらいの問題は解けるとのことだった。問題文の文脈とかから、だいたい答えが推測できるらしい。
     



    「じゃあ今から、ボールからポケモンを出して」
     翌日、ポケモンバトルの練習をする授業があった。光輝はその授業で、バトルがクラスで一番できない子にワンツーマンで教えることになった。なんでこんなこと、と思ったが、先生から言われたことだったので仕方がなかった。
    「え、何?」
    「え、じゃなくて、ポケモンを出すの」
     だが、彼が教えている女の子はさっきから全く彼の言っていることを理解せずに変なことばかりやっていた。仕方なく彼は、まずポケモンをボールから出す所から教えることにした。
    「ポケモン持ってるでしょ。その仔をボールから出した」
    「あー、分かった」
     するとその子は、突然どこかへ行ってしまった。彼は慌てて呼び込めたが、止まらなかった。
    しばらくして、彼女は戻ってきた。何故か手には、サッカーボールが握られていた
    「じゃあ今からポケモン出すね」
     女の子は、サッカーボールを何故か叩き始めていた。
    「あれ、出てこないよ」
    「だいぶ違うことやってる。ボールってサッカーボールのことじゃなくて、モンスターボールのこと。ごめん、略した自分が悪かった」
    「あーそういうことか」
     すると今度は、彼女はサッカーボールを光輝のハリマロンの傍に置いた。ハリマロンは激しく困惑している。
    「ええと、うん。それだと、『モンスターボール』じゃなくて『モンスターとボール』だから」
    「えー分かんない」
    「腰につけてるボールをそれから出すの」
     彼女は首を傾げながら、光輝の腰についたボールを触っていた。
    「違う違う。自分の腰についてる方」
    「あっこっちか」
    「後、モンスターボールは触るだけじゃなくて、ちゃんと腰から外して」
     数分後、彼女はようやく自分の腰についたボールを取り外して、握ることができた。
    「握れたね。じゃあ、今から君のコラッタに指示を出して」
    「指示?」
    「そう指示。技名を言って」
    「技名?」
    「このコラッタって何覚えている」
    「私のことなら覚えてる」
    「違くて、技は何覚えているかって話」
    「技って何?」
    「いいや。とりあえず、『しっぽをふる』を命令して」
    「光輝! しっぽをふる!」
    「自分じゃなくてコラッタに命令して」
    「『自分じゃなくてコラッタ』! しっぽをふる!」
    「『自分じゃなくてコラッタ』に命令するんじゃないよ。さすがにそれは分かるでしょ」
    「ごめん」
    「とにかく、早く尻尾振って」
    「えっ、私尻尾持ってないよ」
    「違う、コラッタに命令するの」
    「何を?」
    「だからしっぽをふる!」
    「コラッタ! 『だからしっぽをふる』!」
    「違う!」
     結局、言うことを全く理解しないまま、授業が終わってしまった。


     先程の授業から推測できることであるが、このトレーナーズスクールの生徒には一匹ずつポケモンが配布されている。中退して旅立つときはそのポケモンをパートナーにそのまますることが大半であった。貰えるポケモンは完全にランダムで、成績順に良いポケモンが与えられるとか、そんなことは全くない。成績で誰を回すかを決めるのは合理的なようにも思われるが、成績の悪い子が更に悪くなるという二極化を引きおこす。また、最強のポケモンは誰か、と幾度となく生徒から質問を受けると、教師は決まって「本当に強いポケモンはいない」、言っており、その教えからも反してしまうことにもなる。
     くじ引きで決めていると公表しながら、実は成績の良い順に強いポケモンが渡されている、という学校も一部存在した。その方ができる子が更に自信を持てるようになり、将来世界を動かすようなトレーナーになる可能性がある、という考えの元からであった。けれども、そういう学校はだいたいネットとかで発覚して晒されることが多いから、最近はかなり少なくなった。


     光輝の元には非常に強いポケモンが回されたが、恐らく偶然である。彼に次いで成績が良い子には、言うことを聞きにくいクチートが渡されたことから分かる。先月ポケモンセンターで彼のハリマロンを計測したところ、この毬栗ポケモンは既にレベル八十を超えているらしい。ポケモンのレベルは上限が百なので、相当高い方ということになる。
     ハリマロンが蔓を相手に叩きつけるとあまりの痛みに敵は悲鳴を上げる。体当たりは相手を遠くまで吹っ飛ばせるし、鳴き声を発しただけで攻撃力を下げさせるという特殊な能力も備えていた。耐久力もあって、どんなに強力な攻撃でも一、ニ発で沈むことなんて一度もなかった。
     だが。
     光輝は何かが異常であると思っていた。ハリマロンは、何時まで経っても進化を遂げなかったのである。ポケモンはレベルが上がると例外なく進化する筈なのに、このハリマロンはその兆しすら見せることはない。ハリマロンが何レベルで進化するのかは知らないが、もうレベル上限の半分以上まで到達したのだから、いい加減そのときが来ても良い気がする。
     進化しないのは彼のポケモンだけではなかった。ハリマロンと毎度のごとく互角に戦っている、高木という子のズバットも全然進化しない。高木は早く進化させたくて多めに餌をやっているみたいだが、ズバットが太っていくだけで全く効果がない。唯一進化を遂げたのは新井のキャタピーだけであった。キャタピーは体が固い蛹へと進化を遂げた。そこまで強くはないけれども。
     このことに疑問を抱いているのは光輝だけであった。同級生の多くは「ポケモンはレベルが上がると進化する」ということすら正確に理解していないので、そこをおかしいと思う余裕などないのである。だから無駄に餌をやったりしている。
     残念ながら彼は、ポケモンの進化について詳しく書かれている教科書や資料集を持っておらず、また図書室で探しても見つからなかった。彼が持っているのは、身の回りにあるもののどれがポケモンでどれがポケモンでないかが書かれた資料集とか、そのレベルのものぐらいであった。その資料集には冷蔵庫はポケモンじゃないがピチューはポケモンである、のようなことが延々と淡々と書かれていた。
     図書室の一番奥の書棚に置かれていた、ホコリまみれになっていた資料集の僅か一ページにのみ、「ちょっと先へ進んだ話」という見出しで、進化に関することが少しだけ記されていた。内容は本当に触りだけという感じで、「ハリマロンはレベル○○で進化します」、なんてことは書かれている気配すらなかった。

     
     ある日のこと。光輝はとあるテレビアニメを観ている最中、とある発見をしたのである。
     このアニメの主人公は色々な地方を旅している。一つの地方でバッジを八個しっかりと集めて、その後地方リーグで上位まで行く。しかしリーグ後次の地方に行くと、初心者トレーナーに呆気なく負けたりするのである。ポケモンは、前の地方で使っていたものと変わりない。
     負けて悔しそうにする主人公の様子を見て、光輝の頭上に豆電球が光った。ポケモンの強さの基準って、地域ごとに違うのかもしれない。この学校、下手したらこの地方でハリマロンは一番強い。けれども、別の地方、別の町でバトルをすれば、呆気なく負けてしまうこともあるんじゃないか。ハリマロンのレベルは現在八十。それは、この町のレベルの平均を五十にしたからそうなるだけ。他の地方の基準ならもっと低い。
     この説が正しければ、ハリマロンがレベル八十にも関わらず進化しないのも納得がいく。しかしレベルって、そんな町ごとに基準が変わって良いものなのだろうか。




     翌日彼は思い立った。思い切って行動した。この町の北側にある、野性のポケモンがたくさんいる森の中に入ろうと思った。そして野性のポケモンとバトルしようと企んだ。勿論森の中心部になんていかない。少し入り込むだけである。
     危なくなったら、即ハリマロンをボールに戻す。そして森からさっと抜け出す。逃げるときのイメージトレーニングを、夜布団の中で眠りに落ちるまで繰り返した。ハリマロンが、一撃でも喰らったら逃げる。例え勝てそうでも逃げる。何度もそう自分に言い聞かせた。
     家から出るとき、「お金ある?」と母に言われ、財布には小銭すらなかったので、千円札を一枚貰った。今日は特に使わないが、貰えるものは貰っておいた。光輝は普段お金をねだることはせず、親の方がお金があるかどうかを心配して時折、財布にいくら入ってくるか訪ねてくるのである。


     トレーナーになってこの町から旅立つ人は、この森から町を抜けることが多い。というのも、森を超えた先には直ぐにジムのある町が存在する。バッチを集める旅としては大変に効率が良い。そして更に、その町からちょっと歩いた先にある町にもジムがあるという、(この町の人にとっては)とても親切な地方構成となっている。
     旅立ってからいきなりポケモンがうじゃうじゃいる薄暗い森に行くというのは些か危険ではある。だがここさえ抜けてしまえば後はとっても楽だ。森のポケモンに襲われて死んだ人の話を、光輝は何回か耳にしたことはあった。森の入り口をスタートラインとする風潮に反対する人も多い。しかし、どの道危険な場所はいずれ攻略せねばならないし、どこからでもいいじゃないか、というかそう考えるなら旅になんか出るな、という声の方が少し多い。この件に関しては、この町の人達だけの意見の比率であって、他の町の人達は前者の考えに賛同する者の方が多いかもしれない。


     森の入口まで辿り着くものの、そこで光輝は足が止まってしまった。背徳感と恐怖感が、背中から足の裏までするりと撫でる。やっぱり引き返そうか迷った。危ない場所へ行こうとする自分を急に客観視してしまう。
     危ないことしないで帰って勉強しようか、もしくは今日貰った千円で駄菓子でも買ってようか、あるいは適当にぶらぶらしてようか等と、正論な逃げ道をいくつか思い浮かべた。そのときの、ことであった。たった今森から抜け出してきた、一人のトレーナーを発見したのである。
     このトレーナーの年齢は、彼よりも一歳か二歳上くらいの感じであった。トレーナーはこの町の様子を見て、間違った所に来てしまったと言わんばかりの苦笑いを浮かべた後、頭をポリポリと掻きながら、地図を広げつつ、再び森へ入ろうとしていた。光輝の存在には、気がついていなかった。
     そのとき、森から一匹のピジョンが飛び出してきて、光輝は驚きの声を上げてしまった。その声に反応して、トレーナーは彼の方を向いた。ピジョンは鳴きながら再び森の方へ引き返していき、こっちには近づいてこなかった。
     トレーナーと光輝は目があった。目と目が合ったらポケモンバトル。図書館の奥の書棚にあった埃を被っていた本に、そう書いてあったのを思い出した。これは、チャンスであると思った。思い切って、彼はバトルを申し込んだのである。とりあえず戦ってみたく思った。見た目で判断するのはいけないことだと思いつつ、そのトレーナーは決して強そうには見えなかったし、挑むことにさして勇気はいらなかった。いや、勇気はいたけれども、野性のポケモンに挑むよりは遥かに気が楽であった。
     唐突の申し込みであったが、トレーナーは唐突に申し込まれているのに慣れているので、特に顔色は変えずに了承してくれた。正直な所を言ってしまうと、こんなよく分からぬ田舎でよく分からぬ少年とバトルなんてしたくなかっただろう。今さっき森から抜け出して疲れている所でもあるし。
     

     相手はストライクというポケモンを繰り出した。このポケモンを光輝は知っており、ストライクが姿を表した瞬間彼ははにかんだ。資料集の確か百二十一ページに書いてあった。冷蔵庫と違ってストライクはポケモン。ストライクは名前が五文字。ストライクは緑色。そして、ストライクは虫タイプ。彼はストライクに関する様々な情報を知っていた。
     バトルが開始された。ストライクは腕に装着された二本の刃でハリマロンに襲い掛かってきた。
     そして、どうなったか。
     彼のハリマロンは手も足もでなかった。一方的な戦いだった。
     倒れたハリマロンをボールに戻したとき、そこで初めて、彼の予想は確信に変わった。 自分は優等生でもなんでもないことが、はっきりと分かった瞬間だった。
     ポケモンのレベルというのは、地方によって基準が違う。
     そして、バトルの知識も自分には全く足りない。
     それが、この実践で分かった。
     彼は別にショックではなかった。むしろこれで旅立つ理由が出来たのだ。
     トレーナーズスクールは中退することに決めた。二十五歳までまじめにあそこの授業を受けても、立派なトレーナーにはなれないと悟った。


     バトルに負けたら勝った相手に賞金を渡さないといけない、という暗黙の了解がやがて公式となったルールがある。だから、光輝はお金を渡さないといけない。光輝はお金がない、と一瞬焦ったが、本日新たに千円札が財布に追加されていたのを思い出し、安堵した。
     賞金を渡さないといけないことは学校の授業で教えて貰えてなかったが、この間、賞金を支払わずに逃げ出すトレーナーが相次いでいる、という話を、たまたま朝のニュース番組で耳にしたので知っていた。
     財布を開く。小銭を入れる部分は空っぽであった。彼の財布にはぽっきり千円札しかない。
     負けて支払う賞金の額は、現在の持ち金の半分なのが標準的。
     千円あれば五百円を相手に支払うのが普通だ。
     もう一度言うが、彼の財布には千円”札”しかない。
     光輝は二つに折り曲げて入れてあった千円札を一旦広げて、今度は逆に折った。また広げて、折り目をじっと見つめていた。そして。
     その様子を見ていたトレーナーは、次の瞬間目を見開いた。予想もしていなかった彼の行動を見た。
     光輝は、たった今一枚しかない千円札を丁度半分に切ったのだ。
     そして切った半分を、トレーナーに渡した。「これ、負けたから賞金です」。笑みを作ってそう言った。
     自分が取り返しのつかない行為をしたことを、彼はまだ知らない。


    「その青いボールって何?」
     二人はその後、森から少し離れ。ベンチで座って話をした。先程の奇妙な行いを見たトレーナーは光輝に興味が湧いたので、自分の方から誘ってみたのである。
    「これはスーパーボール。モンスターボールよりも性能がいいものだよ。ポケモンが捕まえやすくなるんだ」
    「モンスターボールより性能が良いなら、『スーパーモンスターボール』って名前が正しいんじゃないの。あるいは、モンスターボールの方をスーパーボールの方に合わせて『ノーマルボール』とかにしないと」
    「そんなことに突っ込むのは君が始めてだ」
    「この道具は何?」
    「これはいいつりざおって言って、ボロのつりざおよりもレベルの高い水ポケモンを釣りやすくなって釣り竿」
    「いいつりざおとボロのつりざおがあるの」
    「そう。後すごいつりざおっていう更にすごいのもあるよ」
    「普通のつりざおは」
    「ない」
    「『ボロ』の次が『いい』なの。ずいぶん飛んだね」
    「確かに、言われてみると差がありすぎる気がする」
    「ボロのつりざおって新品でもボロなの?」
    「うん」
    「中古ってこと?」
    「違う」
    「よくわからない。じゃあ、『ボロのきずぐすり』ってないの?」
    「ないよ。きずぐすりがボロいのはシャレにならないから」


     光輝は、トレーナーの少しの間話した後、夕日が沈みそうなのを見て、トレーナーの方が空気を読んで話を切り上げて森へと帰っていった。
     結局、賞金は渡さなくても良いことになった。破れたお札しか持っていないなら所持金はゼロということになるから、トレーナーの情けとかではなくてルールー的にそうなる。お札は、二つに割るともう使えなくなってしまう。千円札しか持っていないときにバトルで負けたら、まず両替してこないといけない。
     光輝は、森に危険なポケモンがいることについて、改めて悩んだ。さっき自分は森に入らなくても、ピジョンが出てきただけで怯えてしまった。見たことのあるポッポより少し大きいだけの存在ごときで、自分の体がここまで反応してしまうなんて思ってもみなかった。
     やっぱり止めようか。トレーナーズスクールで得るものがなくても自分で勉強すればいいじゃないかという考えが、ここにきて出現した。 
     様々な不安が脳裏を駆け巡る。後ろからポケモンが出現したらどうやって逃げるんだろうか。ポケモンは勝手にボールから出てくれるんだろうか。
     けれども同時に思う。やっぱりこういうふうにレベルの低い場所で、一番になってもしょうがないんじゃないのかと。もっとレベルの高い所で、争わないといけない。
     だから、この中途半端な田舎から、本当は出ることが正しいのだろうと。この中途半端な田舎にいたって、いつまでたっても中途半端な状況にしかならない。
     彼は毎晩毎晩、旅に出るか悩んでいた。
     そして。

     数日後の朝。彼は、バラエティに富む様々なものをリュックに収めていた。
     モンスターボールは十個入れた。きずぐすりは多めに十五個用意した。どくけしは一個だけ。
     ポケモンに出会ったとき直ぐ逃げられるよう、あなぬけのひもを二本集めた。これも、リュックの奥の方に入れておく。
     ハリマロンには、きあいのハチマキを持たせておいた。この道具を持てば、どんな強力な攻撃を受けても、必ず一撃だけは堪えることができる。遥かに強いポケモンに出会ったとき、これで時間稼ぎをすることができる。
     それでも戦闘不能になってしまったときのために、以前福引で手に入れた、でかいきんのたまもリュックに入れておいた。これがあれば、きっと大丈夫だ。


     旅立つとしたらポケモンに襲われるという危険が伴うわけで、やっぱりそれは、どうしも気がかりであった。危険を回避するためには、十分は知識があった方がいいのは分かっていた。トレーナーの人達は十分な知識と経験があるから、危機回避がちゃんとできている。
     けれども、光輝は決意を固めた。
     彼は、襲われてもよい、と思うことにした。襲われてもよいなんて考えるのは、異常なことのような気がするけれども、それぐらいの決心があるということだ。旅に出ると、危険がいっぱいあるけれども、どっちにしろ、いつかは危険な目にあうのだから、一緒だ。そんなことに怯えていては、いつまで立ってもここから抜け出せない。いつまで立っても下積みのままだ。だから、襲われてもいい、喰われてもいい、って考えてみる。そうなったら諦めればいい。
     彼の姉はもうカントーに帰ってしまったし、彼の両親は彼が旅立つことについて何も言わなかった。干渉してこないのはいつものことだから、光輝はそんな両親について何も思わなかった。


     こうして彼は旅立った。意気揚々とした自分を作って町から抜け出した。かなり足が竦んでいたけれども、なんとか抜け出すことができた。
     怖かったので、本当は走って抜け出したかった。だがそんなことをしたら逆効果であることがはっきりと分かっていた。だから、ゆっくりとゆっくりと、彼は歩いていった。
     彼が森に入ったそのときの、丁度同時刻のことだった。鬱蒼とした森の奥では、一匹のポケモンがまるで誰かを待つようにそこに立っていた。その腹は大量の溶解液で埋められていた。



     


     


      [No.3974] 某月某日午前二時七分、とある山中の道にて・2016 投稿者:久方小風夜   投稿日:2016/12/23(Fri) 11:55:13     283clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:深夜徘徊】 【セルフパロディ】 【鳥居の向こう





     あれ? 君、こんな時間にこんなところでどうしたの? 道にでも迷った? どこ行きたいの? ……えっ?
     ……ふーん、そんなところに興味あるんだ。君、ちょっと変わってるねえ……。
     ま、いいや。そこなら僕も知ってるところだし、案内してあげるよ。ほら、こっちこっち。
     ん? ああ、ごめんごめん。いつものクセでね。ついつい強く引っ張っちゃった。大丈夫? 肩外れたり……はいくら何でもしてないか。まあいきなり腕引っ張っちゃったことは謝るよ。ごめんね。
     じゃあ行こうか。暗いから足元気をつけて。目的の場所までまだしばらくあるから、頑張ってね。


     そうだなあ。目的地まで黙って歩くのも何だし、少し話でもしようか。君も興味がないってわけじゃないと思う話だし。
     君はさ、「幽霊」って……

     ……え? 興味ない? あっ、そう……うん、わかった……。


     ……。
     …………。
     ………………………………。

     ……あ、あのさ、ちょっと聞いていいかな。

     君、さっきから、何でずっとその手の中の機械いじってるの?

     え? うん、それ。そのさっきから妙に光を放ってる平たい奴。
     スマホ? そうかスマホっていうのか。うん、ごめん、そういうの疎いんだ僕。いやそのガラケー派? とかそういう奴ってわけでもなくて……うん。
     で、そのスマホって奴で何をしてるの?

     ……うん? 『ぽけご』? 流行ってるの? 社会現象? へー……そうなんだ。

     ま、まあ何でもいいんだけどさ。この暗い山道をそれ見ながら歩くとさ、足元危ないと思うけど……。
     ん? ピカチュウ? いたの? どこに? この辺には住んでなかったと思うけど……。
     あ、画面の中? あー、そういうゲームなのか。なるほどね。

     しかし君も何でまたこんな深夜に?
     あ、仕事? 日中出歩く時間がない? そっか、大変だね……うん。おつかれさま。


     さて、ついつい長話……もあんまりしていないけど、さあ、着いたよ。ここが君の目指していた『鳥居』……

     ……あ、あれ? もういいの? え? 帰る? 何で? くぐらないの? 何しに来たの?
     あ……うん……。きをつけてかえってね……。

     ……本当に帰っちゃったよあの人……。



    +++


     
     あれ? 君、こんな時間にこんなところでどうしたの? 道にでも迷った? どこ行きたいの? ……えっ?

     ……あ、あのさー、つかぬ事を聞くけど、君も『ぽけご』って奴……

     そっか……君もか……。ううん、何でもない、こっちの話。
     そうだよね、そのスマホって奴いじりながら歩いてきた時点で嫌な予感はしてたんだよね。
     ま、まあいいや。行こうか。うん。
     くれぐれも足元には気をつけてね。うん。危ないから。


     ねえ、ちょっと聞いていい?
     君たちみたいな『ぽけご』やってる人たちってさ、何で揃いも揃って『鳥居』を目指してるの?

     ……『ぽけすとっぷ』?

     ボールや道具が手に入る? その場所の近くに行くと? あ……そういうこと。
     でも何でこんな場所にある『鳥居』が?
     誰かが登録した? いんぐれす? そんな目的で案内した人いたっけ? うーんちょっと覚えてないな……?
     あっ昼間かな? うんそうかも。それじゃ知らないな。
     ……あまりにもこんな時間に来る人が多いから昼間もあるって発想が浮かばなかったな。


     え? 帰る? 目的地までまだ距離あるけど……。
     何、GPSラグ? 届いたからもういい? 10キロ卵手に入った? うん、よくわかんないけど……よ、よかったね?
     あ……そう。うん……き、きをつけてかえってね……。



    +++



     あっ、君……君はスマホ持ってないね。うん、他の人みたいにスマホいじりながら歩いてない。

     で、君はどこ行きたいの? ……えっ?
     ……ふーん、そんなところに興味あるんだ。君、ちょっと変わってるねえ……。
     ま、いいや。そこなら僕も知ってるところだし、案内してあげるよ。ほら、こっちこっち。
     ん? ああ、ごめんごめん。いつものクセでね。ついつい強く引っ張っちゃった。大丈夫? 肩外れたり……はいくら何でもしてないか。まあいきなり腕引っ張っちゃったことは謝るよ。ごめんね。
     じゃあ行こうか。暗いから足元気をつけて。目的の場所までまだしばらくあるから、頑張ってね。


     そうだなあ。目的地まで黙って歩くのも何だし、少し話でもしようか。君も興味がないってわけじゃないと思う話だし。
     君はさ、「幽霊」って……

     ……え? 興味ない? あっ、そう……うん、わかった……。


     ……。
     …………。
     ………………………………。

     ……あ、あのさ、ちょっと聞いていいかな。

     さっきから君の胸ポケットで虹色の光を放ってる、モンスターボールっぽい色と形をしたものは何?

     ……え? 『ぽけごぷらす』? なにそれ?
     付属品? ボタン押すだけでポケモンや道具を回収?

     あっ……もしかして君もか。君もなのか。

     うん……いや、何でもない。うん、何でもないって。
     最近来る人来る人みんな『ぽけご』目的だからってがっかりしてないよ。してないってば。



    +++



     あー、うん、そっかー。君もかー。
     うん、おっけおっけー大丈夫。把握してる。そのスマホって奴持ってる時点で把握してる。
     はいはい、歩きスマホは気をつけてねー暗いからねー。
     こんな時間にひとりで徘徊するのは僕はお勧めしないんだけどねー現代人はみんな忙しいもんねーそうだよねー。


     うん? そう、君でもう案内するの何人目かな。面倒くさくて数えてないや。
     僕もねえ、別に鳥居へ連れていく案内役ってわけじゃないんだよ。僕はただふらふらふわふわ遊び漂ってるだけであって。
     最近人が急に増えて、誰も彼もそのスマホって奴を持ってるわけさ。そうだよみんな目的は一緒だよ。

     僕だってさ、僕の思ってる目的で『鳥居』を目指す人のために色々話すネタは考えてきてるんだよ。
     最近はアローラとかいう場所も流行ってるみたいだしね。興味深いよね。他の地方にはない風習もいっぱいあるしね。
     でもみんな聞いちゃいないからね。ほら君みたいにずっとスマホいじってる。

     え? ピカチュウがサンタ帽被ってる? 期間限定。? あっそうなんだーふーん。
     へー、写真撮れるんだ。現実の風景にポケモンが混ざるわけね。

     あ、ちょっと待ってやめて待って待って待って。
     ちょっと待って駄目だって! 僕にそのスマホとかいうの向けちゃ駄目だって! 見えちゃうから! そうやって囲まれると正体ばれちゃうから!
     「あれっシンオウはまだ配信されてないはずだけど」じゃないから! 違うから!  先行配信とかじゃないから!

     やめて! 画面の中の僕にボール投げないで! 違うから! ゲームじゃないから! 捕まらないから! 現実の僕には何もないんだけど何か気持ち悪いから!!



    +++



     君は……あー、えっと、こんな時間にこんなところでどうしたの? 道にでも迷った? どこ行きたいの? ……えっ?

     ……えーっと、ちょっといいかな? 先に確認していい?
     スマホ……持ってないね。ぷらす……もついてないね。

     あ、ねえ、ちょっとだけ聞いてもいい? うん、興味なかったらスルーしていいから。
     君はさ、「幽霊」っていると思う?
     ……あー、うん、ありがとう。その反応ありがとう。すごく嬉しい。

     うん、大丈夫。行こうか。
     あ、あのさ、目的地に着くまでちょっと話してもいい? えっとね、さっきみたいな幽霊とか、境界とか、民俗的なこととか。
     興味ある? そっか……そっか……うん、ありがとう……。

     ……あっ、やっぱりちょっと待って。

     うん、ごめん。ちょっとね、君みたいな人が来るの久々すぎて何か嬉しくなっちゃって。
     大丈夫泣いてない。でもちょっと待って。今ものすごくほっとしてて、ない腰が砕けそうだからちょっとだけ待って。

     そう、今年のある時期からものすごく多くてね。『ぽけご』とかいうのやってる人。
     ガラケー派? あ、そうなんだ。じゃあ『ぽけご』も……興味はあるけどできない、んだ。そっかぁ……。


     ……ねえ、あのさ。僕思うんだけど。
     いやまあ、僕が言うことでもないとは思うけど。


     現代人さ、もうちょっとちゃんと夜寝た方がいいんじゃない?





    ++++++
    「ポケGO徘徊している人にしか見えない」と言われたので


      [No.3771] 太陽の花 投稿者:キャンディミミック   投稿日:2015/06/10(Wed) 21:35:22     47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




    ※この作品は男が書いた♀同士の友情話です。



     昔々あるところに、ユキワラシとチュリネがいました。
     雪の多い北の土地に暮らす好奇心旺盛なユキワラシと、太陽が照らす暖かい南の土地に暮らす内向的なチュリネ。住んでる場所も性格も正反対な二匹だけれど、小さいころからずっと仲良し。
    雪の冷たさに驚く様子を笑ったり、雪国ではなかなか咲かない花を頭に飾ってあげたり、襲ってきたポケモンに噛みついて追い払ったユキワラシをチュリネが治してあげたり。時が過ぎユキメノコとドレディアに進化しても、二匹は仲良く過ごしていました。

     ある朝のこと。突然ドレディアがいなくなってしまいました。南の土地に住んでいる他の草ポケモン達に聞いても、誰も行方を知りません。当初は内気なドレディアのことだからそのうち帰ってくるだろうと思っていましたが、一日経ち、二日経ち、三日経ち、一週間が過ぎ、いてもたってもいられなくなって、行く先に心当たりなんてないけれど、ユキメノコは探しに飛び出しました。
     街へ行って、海へ行って、山を越えて、時には人間に捕まりそうになったり、グラエナに囲まれたりもしたけれど諦めません。どうしても会いたかったのです。

     住み慣れた土地から遠い遠いところにある療養地になっている静かな森で、やっとドレディアを見つけました。どうして急にいなくなったのとか、いない間ずっと寂しかったとか、恨みごとの一つでも言いたかったけれど、ここまでの道中で起きた出来事も話したかったけれど、痩せ細りすっかり色褪せてしまったドレディアを見て、ぎゅっと抱きしめることしかできませんでした。

     ドレディアはぽろぽろ涙を流しながら、観念したように話しはじめました。自分は命と共に色が抜け落ちてしまう病気になってしまったこと、命がもうすぐ尽きてしまうのだということ、こんな自分を見られたくなくて何も言わずに出ていったこと。それをずっと後悔していたことを。
     その日は久しぶりの再会を祝って食べて飲んで、いっぱい話して、いっぱい笑って。

     次の日。ユキメノコと同じくらい白く冷たくなったドレディアは、優しい陽射しをその身に受けて柔らかく微笑んでいました。まるで、会いに来るのを待っていたかのように。
     ユキメノコは声を上げて咽び泣きました。けれど、空っぽの彼女にはそれが愛だとは、ついにわかりませんでした。

     その後また雪の土地へ戻ってきたユキメノコは、生涯洞窟に籠り誰にも会わなかったといいます。
     氷壁に、純白のドレディアを閉じ込めて。


      [No.3770] Re: 人間の家庭とポケモンの家庭 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2015/06/07(Sun) 10:12:43     44clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    うわああああああコメントだけでなくイラストまで……! ありがとうございます! ありがとうございます!
    このドヤァって感じのサンドがそのままパンごと食ってやりたいくらいかわええです!
    モノクロなのがまたいい味出してるなあ。

    確かにネズミさんだから最終的には手持ち圧迫するほど増える可能性もなきにしもあらずですね。
    一応トレーナーがポケモンを使役するというのがあの世界の流れなんでしょうが、こういう場合はある種ポケモンの方が立場が上になってしまうわけですねそういえば。
    大人の階段登っちゃったポケモンの気持ちを後になって知るというのは子に親が教わるようで感慨深い。

    あいがるさん、コメント&イラスト本当にありがとうございます!


      [No.3769] 人間の家庭とポケモンの家庭 投稿者:あいがる   投稿日:2015/06/06(Sat) 20:42:07     68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    人間の家庭とポケモンの家庭 (画像サイズ: 666×470 100kB)

    自分のポケモンが自分たちより先に家庭を持ってしまうと、トレーナー本人たちの人生観にも大きく影響を与えてしまいそうですね。
    トレーナーが子供を持つころには、おそらくサンドパンたちは孫の代までファミリーができてしまっていそうです。
    子育ての苦労が大人になって分かるように、ある程度トレーナー自身が成長して家庭を持ち様々な経験を積んで、そしてやっと手持ちのポケモンファミリーたちの心がよりよく分かってくる、と想像するとなんとも感動的な匂いがします。

    サンドのサンドイッチ、直球ですが、頭に浮かんだイメージがなかなか離れないので絵にして残しておきます。


      [No.3768] Re: 逃避行 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2015/06/05(Fri) 23:26:41     89clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    Re: 逃避行 (画像サイズ: 663×623 47kB)

    うっかりツイッターで発言した結果がこれだよ!!!!

    本当にツイッターに投稿した通りでワロタワロタ……。



    これはたかひなさんに見せなければなるまい。
    ちょっとたかひなさん呼んできますね…


      [No.3767] お宅のPCのセキュリティは大丈夫ですか? 投稿者:Ryo   投稿日:2015/06/05(Fri) 23:23:42     69clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ところで君、今自宅のパソコン何使ってるんだっけ。え、未だにWindieXP?まさかそれで預かりシステムにアクセスとかしてないよね。あぁ、だめだめ、やめといたほうがいいよ絶対。新しいの買いなよ。え、知らないの?預かりシステムに古いパソコン使い続けてたベテラントレーナーの話。
    じゃあ話しとこうか。あのね、その人、家で使ってるWindieXPのサポートが切れてもずっと使ってたんだって。強いトレーナーだったから賞金には困らなかったみたいなんだけど、全部ポケモンを強くしたり捕まえたりすることに使ってて、パソコンは預かりシステムに繋がればなんでもいいやーって思ってたみたい。
    でもね、それがいけなかったんだ。サポートが切れたパソコンってね、ロトムの格好の住処になるんだ。そういうパソコンって基本一人の人がずっと使ってるからその人の念とか思いが篭りやすいから「憑きやすい」し、いじり放題の色んなプログラムが入ってるからロトムにとってはこれ以上ない遊び場ってわけ。
    そんなパソコンの中で預かりシステムなんか見つけちゃったらさ、ロトムにしてみたら「この中のポケモンで好きなだけ遊んでください」っておもちゃ箱放り投げられたようなもんだよ。
    最初は預かりシステムの壁紙が勝手に変わってた。シンプルな青い背景から、真っ黒な背景に白い羽が舞ってる、一昔前の同人サイトみたいな感じに。でもそのトレーナー、さっきも言ったようにパソコンに関してはどうでもいい感じの人だったから、知らないうちに変なボタン押しちゃったんだろう、って思って放っといたんだって。
    そんでしばらく放っておいて、次に預かりシステムにアクセスした時にはもう悲劇だよ。なんと預けてたポケモン全てにゴーストタイプがついてて、技は全部「のろい」だけになってたんだって。そこでそのトレーナー、慌てて大会用に調整を終えてたポケモンを1匹パソコンから引っ張りだしたんだ。そのポケモン、見た目は普通のカメックスだし、宙に浮いたり体が透けたりするわけでもない。でも手持ちの端末で調べてみると、そこにはしっかり「みず・ゴースト」の表示があったんだって。せっかく苦労して教えた技を何度命令しても、ぽかんと首を傾げるだけ。そのトレーナーさん、もう絶望して膝から崩れ落ちちゃったんだって。目の前が真っ白ってこういうことを言うんだね。
    だから悪いこと言わないから、サポートが切れたパソコンなんて、ずっと使うもんじゃないよ。何が起こるかわかったもんじゃないんだからさ。
    …え?今アクセスしてみたって?預けたポリゴン2が訳の分からない形になってる?…やられたね、こりゃ。


      [No.3766] サンノさんの過去事情 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2015/06/05(Fri) 19:29:08     105clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:サンド】 【サンドパン

    「よしよし」

     根済屋サンノが頭を撫でている。僕やネズミたちにするように、小さなチョロネコを撫でている。ベンチの上、サンノが腰かけている。そのサンノの膝の上で、チョロネコはにゃーんと甘えるように鳴きながら彼女の寵愛を受けている。

    「浮気?」

     膝の上のチョロネコを撫でていた彼女が、目の前に立つ僕を見上げる。チョロネコの高貴な紫に触れる指先は存外細くて白い。

    「あなたに対して? ネズミちゃん達に対して?」
    「今はネズミちゃん達に」
    「……浮気じゃないわ」

     チョロネコの額、背中。ネコポケモンが撫でられて嬉しい場所を熟知している手は、ネコに理解のある手だった。

    「ウチにはネコも犬もいらないんじゃなかった?」
    「ここは公園だもの。ウチじゃないわ」
    「ふうん」
    「ネコだって別に嫌いじゃない、でも……」

     撫でる手を止めて、サンノはただ紫の毛並みのポケモンを見おろしている。チョロネコ越しに見るのは、過去の記憶だった。

    「意地悪なネコは嫌い」



     ちょっと昔のこと。まだ僕のサンドパンが僕だけのサンドで、サンノはネズミというかただの昔からのパートナー、ミネズミが好きなだけのちっちゃな女の子だった時のこと。僕の身長はピカチュウ三匹ぶんがやっとで、サンノのポニーテールも髪が短すぎでカントーの昔の流行・ちょんまげみたいだった頃の話だ。

     同じネズミポケモンを持っていて、家も近かった僕らは、いつも一緒だった。サンドのザラザラした毛並みを撫でては、砂ネズミって感じだねとサンノが笑えば、僕もミネズミのほっぺをぷくぷくいじって、ほっぺにいつも何か詰まってるね、なんて言い合っていたお年頃の話だ。

     プラズマ団という奴らが僕らのちっちゃな世界をおびやかした。その頃の僕らはポケモンが人といて幸せか、なんて難しいことは考えてはいなかった。ただサンノとサンドとミネズミと一緒にいられれば良くて、大人が何かを騒いでるなとしか思わなかったと思う。

     それでもプラズマ団は僕らの世界をおびやかした。ただのポケモン勝負も、ポケモンを無理くり操る悪の組織と、ポケモンと遊ぶのが楽しいだけのオトシゴロだった僕らには災厄みたいなもんだ。

     いきなり襲い掛かってきた災厄は、ちょうど今サンノが抱きあげているチョロネコの形をしていた。主人のサンノを庇うように、敵のネコに踊りかかったネズミのミネズミは勇敢だったけれど、タイプというか種族の相性が悪かったのだろうか、窮鼠(きゅうそ)ネコを噛むとはいかなかった。毎日サンノに分けてもらっていた飲料水の効果はなかったようだ。哀れミルミル。

     サンノの腕でぐったりするミルミルに変わって前線に出たのは僕のサンドだったけれど、サンドの爪はサンドパンよりも丸っこくて、そんな彼女の爪は敵を屠(ほふ)るには頼りなかった。力尽きた僕のサンドのザラザラした皮膚に、天敵のネコの爪のトドメが刺さる。かに思われたその時──。

     黄色いリフレクターがサンドとチョロネコの間に立ちふさがったのだ。リフレクターと言ったのは、物理攻撃を防いだからで、黄色いと冒頭で申し書きをしたのはリフレクターの毛が電気で光っていたからだ。

     僕らの住む場所じゃ珍しいピカチュウが、弱ったサンドの代わりにチョロネコの爪の一撃を受けたのだ。ピッ、と赤い液体が地面に飛ぶ。赤い電気袋にかすったらしい。

     ──オレ様のお仲間に、ずいぶん手荒いおもてなししてくれちゃってんじゃねえか。

     ピカチュウ親分が本当にそんなことを言ったかは知らない。でも通りすがりのくせして、見ず知らずのポケモン達に肩入れしたのはマジだった。電気を溜める電気袋に穴が開いてもなんのその、暴風のような放電が二匹のネズミと一匹のチョロネコと、ついでにプラズマ団とやらまで包んだ。

     ボガアアアアアン! と大きな音がした後にはチョロネコとプラズマ団は黒コゲになっていて、プラズマ団はチョロネコを抱え、半泣きになって逃げていった。ちょっとチビってそうなくらい情けない遁走っぷりだった。電気技を食らっても平気な僕のサンドが、黒い三角の目でピカチュウの頼りがいのある背中とかみなり尻尾を見ていた。



    「今思えば、あの時ピカピカに助けられた時点で、もう僕のサンドパンは僕だけのサンドパンじゃなくなっていたのかもなあ」
    「NTR」
    「うるさいよ」
    「うるさくないわよ」

     しかしチョロネコにはうるさかったらしい。うとうとしていたのが、ぴいんと背中を伸ばし、サンノを見上げてなになにどったの? と首を傾げている。ゴメン、とサンノが謝ると、ううん別に、って感じでまたチョロネコは目を閉じた。

     とりとめのない過去の記憶だ。小さかった僕は、ヒーローみたいにカッコよくサンノの事を助けられなかったし。ネコは意地悪で、サンノを助けようとしたポケモンも、実際に助けてくれたポケモンもネズミだった。ネズミ信仰をこじらせ、根済屋さんちのネズミ子さんが出来たわけである。

     公園の噴水近くで、ネズミ一家が交流している。噴水の中に浮いているハスボーを覗き込もうとして、ちっちゃなサンドが落っこちそうになっている。それを僕のサンドパンが抱きとめて、これっ、危ないでしょ! 私達に水は天敵よ! と叱っている。噴水の縁にどっかりと座ったピカピカが、んな過保護にならんでも死にやしねーよちょっと不快になるくらいで、とピカピカ笑う。

    「僕らもそろそろ、サンドパン達みたいに一歩進んでいいんじゃないかな」
    「そして二歩下がる」
    「後退してる!?」

     サンノは悲しみに暮れる僕を見て表情を緩めている。固結びされたロープが解けたような微笑み。サンノがネズミポケモンで手持ちを固めているのは、何もネズミ信仰のせいだけじゃなくて、そういう事があったからネコのポケモンを上手く愛せないのではないかという不安も関係している。うちにはネコも犬もいらないというのは冗談でもないのだ。

     プラズマ団の行動に影響を受けた人は多いという。ポケモンと別れたり、あえて言うことを聞かないポケモンと一緒に生活したり。サンノもそういう人達と同じ人種に当てはまるといえば当てはまるのだろう。

     公園で、チョロネコを抱えてひなたぼっこが出来るのなら大丈夫だと思うんだけどな。サンノはネズミマニアの変なやつだけど、この世界の人々の大半がそうであるように、ポケモンには優しいんだ。

    「老後はチョロネコを一匹傍らに置いて、二人仲良く過ごしたいね」
    「賢い勇敢なネズミちゃん達くらいカッコよくなってから出直しなさい」

     これは手厳しい。


      [No.3557] Re: あけましておめでとうございます。 投稿者:WK   投稿日:2015/01/04(Sun) 12:46:25     41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     本年もよろしくお願いします。
     さて、目標というよりかは絶対的なこと。

     ・就職する

     早い物で就活生です。先輩達大丈夫かしら……なんて人の事を言ってられない時期になってきました。

     ・オリジナル長編を支部に連載始める
     ・いい加減設定をまとめる
     ・フランス語を少しは話せるようになる

     二月下旬〜三月上旬までフランスに行って来ます。何事もなければ。

     今年も頑張ります!


      [No.3556] Re: あけましておめでとうございます。 投稿者:   《URL》   投稿日:2015/01/04(Sun) 00:48:48     62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    とりあえずは創作関連のことを書いていきませう。

    ・書きかけてるサイコちゃんの話とローくんの話を完成させる。
    ・『ラストコマンド』が書く書く詐欺なので完成させたい。
    ・あとそれから一つ長い話も完結させたい。
    ・『隠しコマンド』の上司さんの過去話や、ツバキくんとの出会いの話も書きたいなあ。
    ・『イーブイの空を飛ぶ!』もそろそろもう一話くらい追加したいなあ。

    だんだん願望が入ってきてるのは気がつかないで欲しいのですよ。ともあれ、今年もよろしくですよ。


      [No.3555] Re: 何度読んでも 投稿者:GPS   投稿日:2015/01/04(Sun) 00:18:27     70clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    感想だ!!
    ありがとうございます!!

    ありがとうございます!!!!


    めでたい発売日前になんじゃこりゃって感じの話でしたが、読んでいただき幸いです……w
    ただひたすら、生温い霧に包まれた感のあるものが書きたいなあとぼんやり思ったのがきっかけでしたので、後味悪いと言っていただけると嬉しいです!

    >  妄想の果てに幻覚を見て自殺したと取るべきか、解放されて自由になったと取るべきか。結果に苦い思いもありつつ、なんとなくホッとしたのは最後の僕があまりに嬉しそうで楽しそうで、ああ良かったねと言いたいようないや良い状況ではないだろうというか! こう、どう表現していいか分からないくらい複雑な気持ちですが、この何とも言えない余韻がとても好きです。個人的には、本人が望んだある意味幸せな結末だったんじゃないかなー、と。
    >  家族にしてみればハッピーエンドとは言えないのでしょうが。

    深く考えずに勢いで書いたため設定がたがたですが、実は『幻覚』でも無いという体でした。
    その証拠に、『僕』がどのようにして壁を抜け、転落したのかは一切不明。
    体を通すことの出来ない窓しか無い部屋から、なぜ『僕』はいなくなったのか。

    書き終わってからなら何とでも言えるので後付け的な部分もありますが、
    実はタイトルと『僕』の台詞そのもの、全ては『罪人』に対する『罰』でした。
    一つの世界を捨て、忘れようとした『僕』はその世界にとって紛れも無い罪人です。
    お前の居場所だったこの場所を忘れるな、逃げられると思うな、そんな果ての『罰』が『僕』に起きた幻覚でした。

    生涯に渡って、いや、死んでも尚『僕』はその罪に苛まれ続けるのです。

    >  家族といえば、両親や兄妹、そして友人から見た「僕」と、語り手の「僕」との間に少し違和感がある気がするのは気のせいでしょうか……? 
    >  僕がとことんゲームの主人公になりきってしまったのだ、と考えるべきなのでしょうが、家族や友人の「まるで取憑かれたような」「ノイローゼや神経衰弱の類に罹る前兆は無く」「彼に暗さや鬱のようなものを感じたことは一度も無い。精神病に罹るだなんて、その片鱗すらも見せていないと思う」のあたりを繰り返し読むうちに、なんだか別人のようだなあと。
    >  静かで穏やかな性格で、前日まで普通に振る舞い、引き籠りをやめるために自分からリセットすると吹っ切れて……それでこれほど惑うものなのかと。
    >  考えていた以上に思い入れが強くて結局吹っ切れなかった? ……あるいは、全てを消去した瞬間に僕も消え「Xの主人公」が「僕」になってしまったのでは? だからあんなに悲嘆に暮れて、最後は肉体を脱ぎ捨てて飛び去って行った…………というのは考えすぎでしょうか。全然的外れだったらごめんなさい(

    それは、今まで僕が引きこもっていて、生活の大半をポケモン世界が占めていたという理由もあります。
    せめて他のことがもっと頭の中にあれば、そう簡単に惑わされることもなかったのかもしれませんが、
    例えば部活に打ち込む学生から学校そのものを取り上げたようなレベルの虚無感、しかも取り戻せないという事実が、彼を苦しめるのを手伝ったのでしょう。

    現実から隔離しかけた意識と、虚構が生んだ呪いは『罪人』に『罰』を与えることを可能にしたのかもしれません。


    もしも『僕』が、ホウエン地方のトレーナーとして、あの世界に生き続けていたのなら。
    或いは、完全に手放さずに、二つの世界を渡り歩く選択をしていたら。

    『罪人』になどにはならずに済んだのでしょうけど。


    なんだか湿っぽい感じになってしまった上にぐちゃぐちゃですが、そんなイメージでしたw
    感想、本当にありがとうございました!!


      [No.3554] Re: あけましておめでとうございます。 投稿者:   《URL》   投稿日:2015/01/03(Sat) 21:45:14     79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ★創作のこと
    「シンデレラ・ガールはくじけない」を完結させる。

    ★ポケモンのこと
    超長期に渡って積んでいたD/SS/B/Yをそれぞれがんばって一週する。

    ★他のこと
    その他積みゲーをがんばって消化する。


    (´・ω・`)自分ちょっと積み過ぎ違う?(ymny


      [No.3552] 2015年もよろしくお願いします。 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2015/01/03(Sat) 11:35:05     107clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    改めて。

    創作活動
    ・「鳥居の向こう」発行
    ・「カゲボウズ4巻」発行

    プライベート
    ・脂肪を減らす
    ・お金を増やす
    ・車の免許再取得

    2015年もよろしくお願いします。


      [No.3551] ラプラスと消えた少年 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2015/01/03(Sat) 09:34:59     154clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ラプラス】 【ポケモン世界の事件】 【フォルクローレ的何か

     水族館で少年が不法侵入で逮捕された。彼の狙いはラプラス。水族館ではラプラスの歌が名物で歌声を目当てにたくさんの人がつめかけていた。
     一方、少年はこう証言する。
    「ラプラスはずっと助けを求めていた。助けて、助けて、ここから出して、と歌っていた。僕だけにはわかったんだ」

     尚、話の枝葉が広がってこのような噂がある。
     少年は釈放された後にトレーナーになった。研鑽して8つのバッジを集めた彼はその足で水族館へと向かい、建物、水槽を破壊し、ラプラスを奪取した。そして今も少年はラプラスと旅をしている……。
     そんな話を少年はすると、海に向かって口笛を吹いた。現れたのはラプラスで、少年は飛び乗った。私は何かを聞こうとしたけれどうまく言葉にならなかった。そうして彼らは水平線へと消えていった。


      [No.3336] もうひとつのお月さま 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2014/08/10(Sun) 00:53:05     124clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:イーブイ】 【ルナトーン

     絵本っぽいものの二本立てその一。
     即興二次小説のお題で書いたものです。



     ふよふよと月夜に浮かぶもう一つのお月さまに、イーブイは長い耳をピクピクさせます。

    「こんばんは、もう一つのお月さま」
    「こんばんは、かわいらしいウサギさん」

     下方からの声に、呼ばれたお月さまはウサギの元にふよふよと体を下降させました。
     降りてくるお月さまの背後には、もっと大きな、似た形のお月さまがあります。

    「この辺りにはいっぱいルナトーンがいるのに、よくわたくしだとわかりましたね」
    「簡単だよ、だってぼくの知ってるお月さまには、目のすぐ下にまあるい穴があるからね」

     イーブイは胸を張って、見覚えのあるお月さまの真っ赤な目の下にある大きなクレーターを指さしたのでした。

    「わたくしもすぐにウサギさんがわたくしの知るウサギさんだとわかりましたよ。その首から下げているフシギな形の石は、見間違えようがありませんからね」

     ルナトーンはイーブイの首から下がっている、どこかルナトーンに似た形の石を見ていいました。

    「シャワーズ兄ちゃんもブースター兄ちゃんも、サンダース姉ちゃんも、みんな石を使って進化したのに、ぼくはぜんぜん進化する気配すらないんだ。変なの。ずーっとこうやって、月の形をした石を首からさげてるのにさ」
    「うーん、どうしてでしょうねえ」
    「お月さま成分が足りないのかなあ。ねえ、お月さま。今夜はあなたの体の上で眠ってもいい?」
    「かまいませんよ」

     OKの返事が来たので、イーブイはルナトーンの硬くてほのかにあたたかい体の上で眠ることにしました。ルナトーンがイーブイの体を鼻の下に乗せて、すみかに帰る途中だというのに、イーブイの意識はすでに半分ほど夢の中へうずもれかけています。

    「ねえお月さま、ぼくいつ進化できるのかなあ」
    「そうですねえ、わたくしにもまったくわかりませんが、まだウサギさんはお小さいのですから、急ぐ必要はないのではないでしょうか」
    「ぼくはねえ、お月さまにピッタリな、真っ黒な夜の体になりたいんだ。なのにぼくの首の下にある石は、いつまでたってもお願いごとをかなえてくれやしない」
    「あせる必要はありませんよ。あなたのお兄さんお姉さんも、ウサギさんくらい小さかった時は、まだイーブイだったのでしょう?」
    「うん、そうだけど……ぼくは早く進化したいんだ。そうしておとなになりたい。おとなになったら、お月さまのおヨメさんにしてくれる?」
    「そうですね、あなたの騒がしおてんばが直ったら」
    「むー、ひどいや、ぼくは本気なのに」
    「フフフ、直ったら、考えてあげますよ」
    「ほんとうに? うれしいなあ」

     その言葉を最後に、イーブイは完全に夢の中へ意識をうずめてしまいました。


     みなさんもご存知のように、イーブイはつきのいしで進化することはありません。イーブイの望む真っ黒な体になりたいのなら、誰かとの信頼関係が必要なのです。

     誰か。そう、誰か──。

     例えば、イーブイが夢中なお月さまが振り向いてくれたら──。イーブイは念願の、真っ黒な夜色の姿に変化をとげることが出来るかもしれません。



     お題:見憶えのある月

     

     自分の趣味的には最初から相思相愛のが好みなんですがオチにつながらないのでボツになりました。
     なつき度進化なんだからなついてればいけそうな気もしますけどね。

    もうひとつのお月さま (画像サイズ: 400×333 53kB)

      [No.3128] よもやまばなし@銭湯ゆずりは 投稿者:リナ   投稿日:2013/11/25(Mon) 23:24:16     120clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:四方山話】 【何しても構わないのよ


     よもやまばなし@銭湯ゆずりは

     ○ぱーそなりてぃー

     津々楽茉里(つづらまつり):「天原フォークテイル」の主人公。
     杠奈都子(ゆずりはなつこ):茉里の友達。「銭湯ゆずりは」の娘。

     ――――――――

     津々楽 「――ユズちゃん、これ何?」

       杠 「よくぞ訊いてくれたね津々楽君。この『よもやまばなし』はね、著者が一人でも多くの人にこのお話を楽しんでほしいという、純粋な気持ちから生まれた本編『天原フォークテイル』の脱線コーナーなのだよ。平たく言えば、著者の構ってちゃんな性格が露呈した、自己満コーナーだよ」

     津々楽 「その自己満に、入浴中の私たちが勝手に使われるのは、どうなんだろうね」

       杠 「おや? もしかして茉里ちゃん、少々御立腹かな?」

     津々楽 「だって、全部文章化されるって思うと、言いたいことも言えなそうだし」

       杠 「そんなん気にしないっ! 普段思ってることが言えないキャラ設定の茉里の内側を覗くというのが、このコーナーの裏目的なんだよ」

     津々楽 「でも、この小説一人称だし、私の心理描写はむしろ結構書かれてるけど」

       杠 「あははー! そうだね! まあそんなことどうだっていいんだよ! そもそも趣旨なんてないんだしっ!」

     津々楽 「じゃあ、私たちは何について話せばいいの?」

       杠 「そうだねぇ……じゃあ第一回らしく、この話の見どころというか、注目してほしいところなんかを聞いていこうかな」

     津々楽 「一応ユズちゃんがメインMCなんだね」

       杠 「――みたいね。まあ細かいことはいいの! まずは茉里から、見どころをどうぞ」

     津々楽 「うーん(そもそも完結してないしなあ)、とにかくまず言えることは、ポケモン小説なのに、ポケモンの気配すら感じません」

       杠 「いきなり欠陥突いてどうすんのよ……」

     津々楽 「一応著者としては、『ポケモンの固有名詞を出さずに、ポケモンの世界を感じてもらう』という思惑はあるみたいです。だた、それが伝わるかどうかはまた別だと、言い訳もしています」

       杠 「うん。見切り発射だったもの、今回も」

     津々楽 「見切れず発射にならないようにしてほしいね」

       杠 「そ、そうだね」

     津々楽 「もともとは、ただいま(2013年11月25日現在)開催中の『鳥居の向こう』という小説コンテストに向けた執筆だったんだよね」

       杠 「そう。でも『ポケモン出て来へんやん』っていう批評が怖くて、止めたらしいね」

     津々楽 「それを差し引いても読ませる文章力、という点では、自信がなかったんだね」

       杠 「まるで作者に個人的な恨みでもあるかのよな、辛辣なコメントだね。最初『天原フォークテイル』は、実は『天原説話』とか『天原伝記』とか、そういうタイトルだったらしいよ。でも、『なんか堅っ苦しい感じだな。厨房が主人公なんだし、横文字にしよう、そうしよう』ってなったんだ」

     津々楽 「安易だね」

       杠 「茉里、本編と違って、こっちではざくざく言うね」

     津々楽 「いや、なんか本編とは少しくらい差別化図った方が良いかなって」

       杠 「結構乗る気じゃん。まあとにかく、こういう脱線企画もやりやすい、ラフに扱えるお話になるように、横文字になりました」

     津々楽 「なりました」

       杠 「うん、じゃあ次。えー、このお話の人物描写における考察」

     津々楽 「中学生のする議論ではないよね」

       杠 「まああれよ。髪が長いとか短いとか、背が高いとか低いとか、可愛いとか不細工とか」

     津々楽 「うーん、そのまんま書いちゃうと、やっぱりチープだよね」

       杠 「じゃあ、今お互いに描写してみようよ。本編の補完ってことで」

     津々楽 「え? 今やるの?」

       杠 「茉里はね、とりあえず背が小さい」

     津々楽 「始まってるし。てか怒るよ?」

       杠 「小学四年生って言ってもバレないかも。肌もなんか、赤ちゃんっぽいし。髪も細っそいよね。今はボブっぽいショートだけど、伸ばしても似合うとは思うよ。あと身体は全然質量ないのに、パーツが大きいよね。口とか目とか耳とか、あとほら、掌」

     津々楽 「――手が大きいと、フルートも吹きやすいの」

       杠 「でも胸は無い」

     津々楽 「おいこら」

       杠 「すみません」

     津々楽 「――胸については、ユズちゃんもじゃん」

       杠 「そうでした。まあそこは中学生なんで、巨乳っていう設定もどうかと」

     津々楽 「なにそれ自分ばっか。じゃあ次私ね。ユズちゃんは――うーん、背丈も体型も、とりあえず普通。髪は長め。そのくらいかな」

       杠 「え? 寂しい寂しい! もうちょっと書き込んでよ!」

     津々楽 「あとはね――ちょっと目が怖い。真面目な顔してると、まるで誰かを呪い殺そうとしてるみたい。冷徹、冷酷、氷結、冷凍庫、冷凍食品――」

       杠 「ちょ……後半連想が適当だよ! てかなんかショックそれ」

     津々楽 「あ、あとちょっと毛深い!」

       杠 「だー!!! ま、茉里! そろそろあがらないとのぼせちゃうよ? 今日はこの辺でお開き!」

     津々楽 「ちょっとだよ? 腕とかよーく見ないと分かんないくらいだよ? ほら、このくらい近くで見ないと――」

       杠 「も、もう分かったから! それ以上は、ね!」

     よもやまばなし@銭湯ゆずりは おわり。


      [No.2918] 返信遅れてすみません。 投稿者:レイコ   投稿日:2013/04/01(Mon) 21:00:26     40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    >No.17さん
    お久しぶりです。大変遅くなってしまいました。申し訳ありません。
    そして熱烈な推薦!! ありがとうございますありがとうございます……><
    詳細に読み込んでいただけた上にポイントまで押さえてくださって、本当に感謝しています。
    作者の私以上に「ベトミちゃん」の世界を理解しているのではないか、思わせられるほどです。
    このように読者様の力で作品の深みが増していくのだなぁと、推敲していたあの頃が感慨深いです。
    アーカイブは構いません、どうぞじゃんじゃん変更してくださいませ。

    ご好評に値するクオリティに達しているものか、未だ不安がありますが……
    それでも! あの時点で自分の持っていたものをしっかりと出せた達成感だけはあります。
    これも全て皆様のおかげ。下げた頭がブラジルを向いたまま動きません。
    改めて、ありがとうございました!!!


      [No.2917] 遅れてきた青年 真・最終話「帰ってきた青年」 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2013/04/01(Mon) 00:55:27     121clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:遅れてきた青年】 【むかし人とポケモンは(ry】 【ギラティナ買収

    遅れてきた青年 真・最終話「帰ってきた青年」


    ある朝起きると、目の前にアオバが立っていた。
    「やあシロナ! ひさしぶり! チャンピオンにはなったかい?」
    「え、え? アオバ!? どういう事なの!?」
    「ギラティナに賄賂を渡して、こっちに戻ってきたんだ」
    アオバはさりげなくすごい事を口走った。
    黄泉がえりも金次第ということか。
    と、とにかく、やっとあの時言えなかった事が言えるのだ。
    「ア、アオバ! 私ずっとあなたの事が……」
    私は言葉を紡いだ。だが……
    「ごめんシロナ」
    アオバは首を振った。
    「え…? 一体どういうことなの!?」
    「ごめん……実は俺、人間の女には興味がないんだ」

    リンゴーン、リンゴーン。
    チャペルの鐘が鳴っている。
    「結婚おめでとうアオバー!」
    「嫁さんと幸せになー!」
    みんながアオバの事を祝福している。
    アオバの隣には白いウエディングドレスを着たガブちゃん(ガブリアス♀)の姿があった。
    「アオバってば彼女の事が好きだったのね。それじゃあしょうがないわね」
    私は溜息をついた。
    結婚式は最高潮を迎え、純白のドレスのガブリエルがブーケを投げる。
    それがどういう訳か私の手の中に振ってきた。
    「そうか……私も新しい恋をしなくちゃね」
    そう言って私は気持ちを切り替えた。


    そして私は今、手持ちのリオ(ルカリオ♂)と付き合っている。



    遅れてきた青年 真・最終話 〜完〜


      [No.2686] 【業務連絡】11/17(土) 19:00より掲示板のアップデートを実施します 投稿者:   《URL》   投稿日:2012/11/16(Fri) 18:36:29     39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    お世話になっております。586です。

    先月からご協力いただいていた新掲示板のテストについて、デバッグに一定の目途が立ったため、
    明日11/17(土)の19:00〜21:00頃に掲示板のアップデートを行います。
    その間は掲示板へのアクセスができない状態となりますので、あらかじめご認識ください。
    また、18:30頃のログを元に新掲示板への移行を行いますので、18:30以降の記事投稿は控えてください。

    アップデートに際してトラブルが発生し、23:00を過ぎてもトラブルが解消できない場合は、
    その時点で一旦現行の掲示板への巻き戻しを行って復旧する予定です。

    以上、お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします。


      [No.2718] Re: 訂正 投稿者:フミん   投稿日:2012/11/12(Mon) 22:42:34     93clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:77の質問 】 【質問

    今更冷静に見返したら訂正したい箇所があったので、変更しておきます。


    ●17.あなたの持っているポケモンソフトを教えて!→ポケダンでしょうか

    本家ポケモン(ルビサファ以外全部、エメラルドはやった)、ポケダン。

    ●49.この人の本が出たら絶対読む! この人の影響を受けている! 好きなプロ作家さん・同人作家さんっています? 愛読書でも可。→向水遙(4コマ漫画家)←作家じゃないね 時雨沢恵一(ライトノベル作家) 秋山瑞人(ライトノベル作家) 安部公房(小説家) 森博嗣(小説家) 村上春樹(小説家) ついでに言うと、星新一はあまり読んでいないです。 愛読書は『猫の地球儀』『ダンス・ダンス・ダンス』『村上春樹堂』『キノの旅』

    『村上春樹堂』ではなく『村上朝日堂』でした。


    他にも誤字はありますが、上記2つは明らかに誤解を招くので訂正します。


      [No.2513] ありがとうございます 投稿者:aotoki   投稿日:2012/07/10(Tue) 20:38:27     46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ご批評ありがとうございます。まさか渡邉さんにコメントをいただけるとは・・・・

    文体やテンポのお話、非常に参考になりました。後半は書いていて自分でもまずいなと思っていたのですが、やはり言われてしまったと赤面しております。
    普段はケータイのメール機能でメモしたものをPCに落として修正してたのですが、これだけはケータイでの確認で終ってしまったので・・・・とこう言い訳するのが一番いけないのですよね。

    重い口調は自分の悪い癖だなと思っていたので、しっかり治していきたいと思います。


    > 面白い話だったから、ねちねちと文章にケチつけてみました。
    > ホントね、小さいころのフライトの話、これいいと思ったんだけどね。

    この二行に完璧なお褒めの言葉を頂けるよう、書き直してみたいと思います。

    本当にありがとうございました。


      [No.2512] Re: バルーンフライト 投稿者:渡邉健太   投稿日:2012/07/09(Mon) 23:43:11     57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    前半、文章のテンポがよかったから、後半のもったりした感じが残念だね。
    経緯やらなんやらを語り口調でやられると、説明臭い上に台詞とのメリハリがなくなる。
    そういう描写をさらっと書いて、小さいころのパートと文体で差別化できたら格好いい文章になる。
    (まあ、十二年経っても精神年齢の低そうな主人公だから、これでいいのかもしれないけど。)

    さておき、小さなころのエピソードの最後の一文。

    > あの後僕はもう一度一人で発電所に行ったけど、フワンテはいなかった。

    これは話を終わらせるためのテキストだよね。
    伏線にもなってなくて、たいへんよろしくない。

    面白い話だったから、ねちねちと文章にケチつけてみました。
    ホントね、小さいころのフライトの話、これいいと思ったんだけどね。


      [No.2511] Re: 【便乗】 [快晴の七夕] 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2012/07/08(Sun) 19:25:23     98clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    あのネタ話からこのような真面目な話ができるとは。思わず唸りました。ありがとうございます。

    私もキュウコンと色々やってみたいです。


      [No.2510] きつねびさらさら 投稿者:巳佑   投稿日:2012/07/08(Sun) 05:55:23     93clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     そこはとある稲荷神社。
     周りには一人もいない静かな境内、まるでそこだけ別世界のような不思議な静寂が漂う中、一匹の獣がそこにただずんでいました。
     神社の外側はぐるっと木々で覆いつくされており、内側に招き入れたかのように差し込む月光がその狐を照らしています。
     白銀に身を包んだ滑らかな肢体。
     ふんわりと揺れている九つの尻尾。
     そして、その尻尾にはたくさんの短冊が貼られていました。
     
     くわぁああん。
     くわぁあああん。

     凛と天に向かって鳴く獣の声はまるで鈴の音のように。
     そして、笛の音を奏でるように獣の口元から青白い焔が伸びていきます。
     
     くわぁあああん。
     くわぁああああああん。

     何度も月に木霊していく自分の歌に合わせて、獣は踊り始めます。
     青白い焔がその踊りに導かれるように、宵の宙を舞い、いくつかの輪を作っていきます。
     月光に照らされた青白い焔はらんらんと妖しく、まるでおいでおいでと誰かを招くかのように揺れています。

     くわぁあああん。
     くわぁああああああん。

     やがて、獣の吐いた青白い焔は尻尾の方にゆらりと向かい、そしてそこに張られている紙に取りつきます。
     すると、青白い焔に抱かれた紙は燃えていき、やがて、真白な灰となって、高く高く宵の空に昇っては消えていきます。
     また一枚。
     もう一枚。
     青白い焔で灰となって、宵の空に飛んでいっていきます。

    『もっとポケモンバトルが強くなりますように』
    『タマムシ大学に受かりますように』
    『タマゴから元気なポケモンが生まれますように』
     
     様々な願いが星へと届いていきます。
     
     くわぁあああん。
     くわぁああああああん。

     短冊に込められた願いを感じながら獣は踊り続けます。
     星に人やポケモンの願いを聞かせるように青白い歌を紡ぎながら。

     くわぁあああん。
     
     くわぁああああああん。
     
     
     くわぁあああん。
     
     
     
     くわぁああああああああああん。


      [No.2509] おほしさまぎらぎら 投稿者:巳佑   投稿日:2012/07/08(Sun) 05:53:34     73clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     
     夜空にきらきらと流れるは天の川。
     そこに一匹の黒い翼を持っており、金色の飾りを携えたポケモンが泳いでいました。
     ゆっくりゆっくりと泳いでいる、そのポケモンの上には一匹のポケモンと一人の人間が隣同士で座っています。
     一匹は白い二本の角の生やし、悪魔のような尻尾を生やしたポケモン――ヘルガーで、その隣にいる人間は白い髪を肩まで垂らした少女でした。
     少女は眼前に広がる星々を指で示しながらきゃっきゃっと楽しそうに笑い、ヘルガーはその姿に微笑みながら頷きます。
    「ねぇねぇ、ヘルガーいっぱいお星さまがあってきれいだよね! なんか海みたいだなぁ、泳げないのかなぁ」
     そんなことを言いながら飛び込もうとする少女の脚に、ヘルガーが前足を置いて一つ鳴きました。その顔は悲しそうなもので、天の川を泳ぐポケモンも少女の方へと顔を向け、その目つきを鋭く当てていました。少女は残念そうに肩を落とし、再びヘルガーの横に座ると、そのまましばらく無言が一人と一匹の間に流れます。先ほどの楽しげな雰囲気はどこへやらで、水を打ったかのように沈黙の時間は流れていきます。
     その時間がいくぶん流れた後、少女が口を開きました。
    「ねぇ、ヘルガー。わたしね、おねがいしたんだ。ヘルガーとずっといっしょにいられるようにって。もっといっしょにあそべるようにって。ねぇ、ヘルガー。わたしたちずっといっしょなんだよね? そうなんだよね? ねぇ、ねぇってば!!」
     気がつけば、少女の喉からはおえつが漏れ出ており、やがて我慢が切れた少女はヘルガーを抱きしめ、わんわんと泣き始めます。少女のほっぺたにつたう感情がヘルガーの首元へと溶けていき、ヘルガーはただ、目をつぶることしかできませんでした。少女の気持ちが痛いほど、ヘルガーの心の中に入り込んできて、その痛みでまぶたが重くなって――。

     ぱぁんぱぁん。

     何かが弾ける音がしました。
     その音に目を覚まされたかのようにヘルガーの瞳がぱっと開きます。続けて、同様にその音に呼ばれたかのように少女もなんだろうと、音がした方に泣きじゃくりながらも向きます。

     ぱぁんぱぁん。

     天の川を泳ぐポケモンの下で、広がっては消える赤い花、青い花の光、黄色い花。
     少女とヘルガーの瞳の中に何度も咲いては散ってを繰り返していきます。
    「わぁ……! あれって花火かなっ!?」
     そうだと言わんばかりにヘルガーがばうと鳴きます。少女の瞳からはもう涙は止まっており、ヘルガーも楽しそうに尻尾を揺らしており、そのまま、少女とヘルガーはしばらく花火を眺め続けていました。
     
     耳の中を揺らす花が咲く音。
     瞳の中に飛び込む花が咲く姿。

     少女がゆっくりと口を開きました。
    「もう、わたし、ヘルガーとバイバイ、しなきゃ、いけないのかな」
     少女の問いかけにヘルガーが静かにうなずきました。   
     その応えに少女はまた泣きそうにながらも、ヘルガーをぎゅっと抱きしめ、また口を開きます。
    「もっと、もっと、いたかったよぉ、もっと、もっと、あそびたかったよぉ」
     我慢し切れなかった涙の粒がぽろぽろと少女の瞳からこぼれ落ちていきます。

     昼間が暑いから、夜に散歩した夏の日々。
     川辺で蛍火を追いかけ回った日々。
     その追いかけっこの中で見つけた夜空に咲く綺麗な花。
     また一緒に見ようねとあの夏に植えた約束の種。
     秋風の中を一緒に通り過ぎ、冬の雪をくぐって、それから春の桜をかぶって――。
      
     やがて、ヘルガーが少女から離れると、天の川を泳ぎ続けるポケモンの背中の端まで歩み寄り、少女の方に向きます。
     
     ばう、と涙をこぼしながらも微笑みながら鳴いて、天の川の中に落ちました。
      
     星の川に落としたその体はやがて光の粒になって消えていってしまいました。

    「バイバイ……ヘルガー」
     天の川を泳ぐポケモンの背中に涙をこぼしながら、少女はヘルガーが消えていってしまった方をずっと見続けますと、やがて、少女は自分がいつのまにか一個の黒いタマゴらしいものを抱いているのに気がつきました。
     もしかしてヘルガーがくれたのかなと思ったのと同時に、急に眠くなってきた少女はやがてばたりと倒れ、そのまま重くなったまぶたを閉じました。


    ―――――――――――――――――――――――――――

    「白穂(しらほ)、白穂」
    「……うーん、お、おかあさん?」
    「おはよう、どう? 今日は学校に行けそう? まだ無理だったら休んでもいいのよ?」
    「あ、う、うん。ちょっとまって……あれ?」
    「あら、そのタマゴどうしたの?」
    「…………」
    「白穂?」
    「……ううん、なんでもない、ねぇ、おかあさん。このタマゴ育ててもいい?」
    「ちゃんと、育てるならいいけど……大丈夫なの?」
    「うん、大丈夫!」

     その少女――白穂はまんべんな笑みを見せて答えました。

    「だって、このタマゴにはヘルガーとの思い出がいっぱいつまってるんだもん!」


      [No.2508] 【便乗】 [快晴の七夕] 投稿者:MAX   投稿日:2012/07/08(Sun) 05:53:12     113clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     七夕の夜のこと。
     都会を遠く離れた田舎にひとつの神社がある。そこは小高い丘の上にあり、鳥居に続く石段からは町並みを見下ろすことができた。
     街灯が点々と夜道を照らす中、しかしその神社では軒下の電灯がひとつ、境内で虫を集めるのみ。管理が行き届いてないのか、主立った明かりは幽霊か狐の作る鬼火だった。
     まさに肝試しの場にしかならないような場所だが、そこに人影がふたつ。石段に腰掛けて夜景を眺める男女の姿があった。

    「やってるなぁ」
    「まぁ、よう燃えとろうなぁ」

     毎年の行事を男は微笑ましく思いながら、方や女は片膝に頬杖をついて眠そうに、目を細める。
     両名の視線の先には、町の一角を橙に照らす大きな明かりがあった。もうもうと煙を立てるそれは七夕の笹を燃やす火だ。町中の短冊と笹を集め、まとめて火にくべられていた。
     短冊にこめられた願い事は煙となって空の神様のもとに届けられ、やがて叶えられるだろう。そんな人々の神頼みを、あざ笑うように女が言う。

    「ああも大量に送られては、お空の神様とやらも手一杯であろうに」

     煙の中にどれだけの願いが詰まっているのか。無邪気な風習だと呆れつつ、男から手土産にともらったいなり寿司を頬張った。
     そうぼやく女に、男が串団子片手に言い返す。

    「確かに多いが、急ぎのお願いなんてのは短冊には書かないだろ。神様には、少しずつゆっくり叶えてもらえばいいんだよ」
    「あの量を少しずつか。は、ずいぶんと気の長い」
    「そういうもんさ。いつか自分の番が来る。そう信じるんだよ、人は。良い話じゃないか、夢があってさ」
    「夢のぉ。そんな程度……」

     偏見混じりの男の言葉に女は思う。その程度の願いなら、叶う頃には願ったことさえ忘れているんじゃないか。神に頼るほどのこともないのではないか、と。

    「ん?」
    「いや、そんな程度なら、神様に頼らんでもそのうち叶えられるのではないか、とな」
    「あー、その時はその時だろ。神様が、自分で願いを叶えられるように導いてくれた、ってな」

     なんとも前向きな思考だ。いよいよ女も呆れ果て、鼻で笑った。

    「盲信ここに極まれり、じゃの」
    「そう言うなよ。どうせ、将来の目標みたいな感じで短冊に書くんだからさ」
    「将来の目標、のぅ」

     我が事のように言う男に、女の興味が向いた。男の顔をのぞき込みながら、口の端は上がり、目がいっそう細くなる。

    「かく言うお主は、なんと書いたのかや?」
    「黙秘します」

     いたって自然に断られた。しかしそれではおもしろくないと女は口を尖らせる。

    「かーっ、なんじゃい、生意気な口をききおって。
     目標と言うからわしが生き証人となってお主の行く末を見届けてやろうとちょいと世話を焼いてみれば、これか。
     そんな人に言えんような目標なぞ墓まで持ってくが良い。どうせ達成できたところで自己満足にしかならんからな。
     わしは知らんぞ。目標達成の暁には労いの言葉のひとつぐらいくれてやろうかと思うたが、もう知らん。勝手に一喜一憂するが良いわ」
    「拗ねるなよ、面倒くせぇな。おまえ、こういう願掛けの類は他人に言ったら効果がなくなるって、よくいうだろう?」
    「そんな迷信、気休めにもならんわ。だったら何ゆえ人目に付くような笹の枝に短冊を吊す」
    「個人を特定されなきゃ大丈夫だろ」
    「大雑把にもほどがあるのぉ〜……」

     細かいのかいい加減なのか。苦々しく顔を歪ませる女に、男はため息をついた。

    「そうは言うがな。忘れた頃に叶ってラッキー、そんな程度なんだ。ことさら、達成を労ってもらうようなもんじゃない。それに……なぁ」
    「それに?」
    「失敗したら、おまえ、笑うだろ?」
    「…………」

     女は目をそらした。

    「……そんなわけだ」
    「あ……いや、返事に窮したのは、笑うからではないぞ? 目標の種類によると思って、どう返そうか迷っただけじゃ」
    「いーんだよ。どうせもう俺の短冊は煙になってる頃だ。神様、織姫様、彦星様、何卒よろしくお願いします、ってな」

     言って、男は団子をかじった。
     幸いにして今夜は晴天。明かりの少ない土地柄、見上げれば天の川がはっきりと見えた。しかし風に乗って夜の闇に消えていく願い事たちが、はたして空まで届いてくれるのやら。
     だが男の投げやりな態度に、女は納得しない。

    「これ、弁明も聞かずに不貞腐れるな。わしばっかり悪いようにされて納得できるか」
    「あぁ、そりゃこっちも悪かった。いいからこれでも食って少し黙ってな」
    「な……んむ」

     女の前に串団子が一本、突き出された。それに女はかじりつき、男の手からもぎ取る。
     食わせれば黙るという算段か。少々癪に障ったが、団子一本に免じて女は黙ることにした。

    「…………」

     その団子がなくなるまでの少しの間、男は夜の音に耳を澄ませる。
     ひと気のない神社で聞こえるのは、虫の声と幽霊のすすり泣きくらいだ。泣き声は不気味と思うが、その正体が知れていれば怖くもない。複数のムウマによるすすり泣きの練習風景を見てしまって以来、むしろ微笑ましかった。
     そんな折に、男の耳に遠くから拍子木の音が届いた。「火の用心」と声が聞こえ、もうそんな時間かと腕時計を眺める。

    「……里の夜景は楽しいか?」
    「いや、あんまり」

     団子を食い終わったか、女が話しかけてきた。しかしその内容には、いささか同意しかねる。
     田舎の夜は控えめに言っても退屈だ。黙って見ていると眠くなってくるし、眠れば幽霊からのいたずらが待っているのだから。

    「その割には、向こうの明かりをじっと見ておったがなぁ」
    「……そうだったか?」

     言われて自覚がないことに気づいた。そろそろ眠気がひどいようだ。調子が悪いか、そろそろ帰って寝るか。思いながらまぶたを揉む。

    「眠いか」
    「それも、ある。ただ向こうの焚き火、雨降らなくて良かったな、って」

     言って、男はふと思い出した。

    「……そういや、天気予報じゃ雨じゃなかったか? 今日って」
    「予報なぞ知らんな。しかし、昼ぐらいまでは確かに曇り空じゃったのう」

     両名が見上げる空は、満天の星空。雲はひとつとして見当たらない。

    「はてさて、どこぞのキュウコンあたりが“ひでり”で雲を消し飛ばしたのやもな」
    「キュウコンなぁ…………おまえ……」
    「さーて、わしには心当たりなんぞありゃせんなー」

     白々しいというか胡散臭いというか。なんとも人を馬鹿にしたような女の態度だが、しかし女は続ける。

    「言っておくが、わしはむしろ七夕は曇り空であるべきと思うとるからの」
    「そりゃまた、ずいぶんひねくれたことで」
    「ふん。七夕とは、愛し合いながらも離ればなれの男女が、一年の中で唯一会うことが許される日という」
    「今更なことを言うなぁ」
    「その今更じゃがな? 考えてもみよ。一年もご無沙汰の男女が再会したならば、ナニをするか……」
    「……ぁ゛あ゛?」

     何かを企むようにニヤニヤと語る女に、なんとなく理解した男は何を言い出すこの女、と信じられないモノを見る目を向けた。

    「快晴にして見通しも良く、衆人環視の真っ直中で……というのは恥ずかしかろーなぁー」
    「おまえ、それって……ぁあ、下品なっ!!」
    「か、か、か! 下品で結構。そういう見方もあって、わしに“ひでり”の心当たりは無い。それさえわかってもらえれば充分じゃ」

     それだけ言って、女は満足げに鼻で笑った。そう堂々とされては男は黙るしかない。これ以上口出ししても、自分ばかりが騒いでいるようで馬鹿馬鹿しいではないか、と。

    「ったく……」
    「何にせよ、今夜は快晴じゃ。こうして天の川を見れた。短冊を燃やすのもできた。それを幸いと思うが良い」

     まったくもってそのとおりだが、男はうつむいて唸るばかり。騒ぎの原因にそう言われて素直に従うのは、ただただ癪だった。
     しかしそうやって下を向いていたから近づく影が見えず、女に背を叩かれることとなった。

    「……んむ、少々声が大きかったか。ほれ、お迎えじゃ」

     拍子木の音と「火の用心」という声。顔を上げれば、石段の下で錫杖を持った男性と拍子木を手にしたヨマワルが鬼火に照らされていた。
     男性とヨマワルの目がこちらを見上げて、

    「ひのよぉーじん」

     ヨマワルが拍子木をちょんちょん、と鳴らす。もうそろそろ夜も遅いぞ、と。そういう意味である。

    「あー……じゃぁ、今日はこれまでだな。もう帰る、おやすみ!」
    「おぉ、気をつけて帰るんじゃな」
    「あぁ、またな」

     団子の串などのゴミを抱えて男は石段を下りていく。やがて夜回りの男性達と共に夜の町に姿を消した。
     そして夜の神社に女だけが残る。

    「……どれ、わしもひとつやってみるかの」

     つぶやき、女が取り出したのは町で配られていた短冊の一枚。本来ならば町の笹と一緒に燃やすものであったが、女はそれを今の今まで持ち続けていた。
     願いを書かずに持っていたのだが、そうこうしているうちに焚き火は終わってしまった。だが女は構わない。
     白紙の短冊を左手に持つと、右手の親指に歯で傷をつけ、出た血を人差し指につけて文字を書いてゆく。そうして願い事を書き込み、掲げる。

    「この場に笹は無いが、ま、燃えれば同じであろう」

     そして「いざ」と息を吹きかければ、短冊はたちまち火に包まれ、細い煙を残して灰となって消えた。

    「さて、期待せずに待つとするかの」

     その言葉を残して女は夜に溶けるように消え去り、後には、

    ――――コォーーーーン…………。

     狐のような声だけが夜の境内に響きわたった。






     * * * * *



     まず、あつあつおでん様、ネタ拝借と言う形になりましたが、樹液に集まる虫のようにありがたく思いながら使わせていただきました。。

     お付き合いいただきありがとうございました。MAXです。
     あつあつおでん様のネタから「夜のひでり状態」を見て、「雲が晴れるだけなんじゃないか」と考えた7日の朝。
     キュウコンとおしゃべりをするなら古びた神社でこんな具合でしょう、と地元を想起しながら作り上げたこれ。
     ジジイ口調の女性と言うステレオタイプなキャラができましたけども……。
     書いてて思いました。久方様のある作品と舞台が似てる、と。
     だ、大丈夫でしょうか! ちとツイッタで聞いた限りでは概ね寛容でございましたが、自分の説明を誤解されてしまっていたやも……。
     不安の残したまま動いたことを謝ります。難があれば即時退去いたします。と、これ以上はネガティブなんで、以上MAXでした。

    【批評していいのよ】【書いてもいいのよ】【描いてもいいのよ】【申し訳ないのよ】


      [No.2507] 【短編2つ】七夕過ぎし暁に照らして 投稿者:巳佑   投稿日:2012/07/08(Sun) 05:50:35     65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     
     夜が明けるまでは七夕だぜ! 
     そう言い聞かせながら、短いながらも仕上げてみた二つの作品を上げておきます。

     ……やっぱり、日付的にはアウトな気がしますが、よろしくお願いします。(苦笑)


      [No.2506] 『願いを叫ぶでアルぜ!』 投稿者:巳佑   投稿日:2012/07/08(Sun) 05:47:29     103clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    『まずは灯夢という狐からの願いでアル! みたらし団子をもっといっぱい食べられるようにでアルぜー!! 腹壊すなよでアルヨー!! 』
     コジョンドの波動弾が思いっきり、夜明け前の空に消えていく。

    『次は日暮山治斗という奴からの願いでアルぜ! みぞ打ちが週に一度だけに減りますようにでアル! っていうかあきらめんなでアルぜー!!』
     コジョンドの気合の入った波動弾がまた夜明け前の空に消えていく。

    『今度はわらわっちメタモンからでアル! 商売繁盛アルぜー!! にっくいでアルねー!!』
     コジョンドの叫びと共に波動弾が夜明け前の空に消えていく。

    『次はミュウツーっていうやつからでアル! 借金返せますようにでアルぜー!! というかさっさと返せでアルぜー!!』
     コジョンドのおたけびと共に波動弾が夜明け前の空に消えていく。

    『続いて長老っていう狐からの願いでアルぜ! 池月とエリスがいつまでも中むつまじくラブラブでありますようにでアルヨー!! 池月ー! また今度、ワタシの新技を受けてくれでアルぜー!』
     コジョンドの力を込めた波動弾が夜明け前の空へと消えていく。

    『気合だ! 気合だ! 気合だ! で、アルぜー!!!』
     コジョンドの全身から爆発音を立てながら波動が溢れる。

    『ワタシからのお願いでアル! ワタシより強いやつに出会えますようにでアルぜぇぇぇえええ!!!!』
     コジョンドの――。

    「あああああ!! もううるさい! だまれぇぇえ!! ワンパターンすぎなんだよぉ! この野郎がぁああ!!」
    『おぉ、なんか夜空から現れたと思ったら。ワタシはあんにんどうふでアルね、よろしくでアル』
    「あぁ、それは丁寧にどうも、ボクはジラーチ、よろしくね☆ ……って、アホかっ!! もう朝だ、朝!」
    『およ? なんか、おでこにタンコブができているでアルが大丈夫でアルか?』
    「てめぇにやられたんだよぉおおおお!!」
    『おぉ! さすが、ワタシの波動弾でアルね! まさにビックバンでアル! 照れるでアルぜ、礼ならいらないでアルぜ?』

    「あほかぁああああ! もういい! 話が進まん! ちょっと狐好きの蛇野朗こいやぁあああああ!!」

     ※この後、責任持って、(半黒こげの)巳佑が短冊を笹竹にくくりつけました。

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
     
     というわけで、かなり遅刻してしまいましたが、私も短冊をつけさせてもらいました。
    『いっぱい絵や物語がかけますように、また出会えますように』
    『単位がもらえますように』
    『学生の間に一回は水樹奈々さんのライブに行けますように』

     よし、後もう一つ。 

    『某ロコンにみぞおちでやられませんように』

     ありがとうございました。

    【七夕限定のコアラのマーチもぎゅもぎゅ】
    【みんなの願い、星に届けー!】


      [No.2505] 星に願いを 投稿者:門森 輝   投稿日:2012/07/08(Sun) 00:34:33     96clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     滑り込みセーフ! ε=\_○ノズザー  ……え? アウト? 気のせいじゃないですかね。きっとまだ7月7日です。そうに違いない。
     と言う訳で数キャラに短冊書いて貰ったんですけどね、ライチュウの奴の以外名前が無いという事態。ポケモンは種族名で表記出来るから良いもののこういう時に困りますね。
     とりあえずれっつらごー。

    「ライチュウを使うトレーナーが増えます様に  コッペ」

    「早く良いイーブイが生まれる様に  とあるトレーナー」

    「イーブイ飽きた。他のが食べたい  カイリュー」

    「尻尾を枕にさせてくれるキュウコンが手に入ります様に  回答者5」

    「いつかまた虹が見られます様に  キュウコン」

    「ヤミラミにじゃんけんで勝てます様に  エビワラー」

    「ルカリオのポケモン図鑑の説明文で波導と書かれます様に  門森 輝」

     少し遅刻してしまいましたが願いが叶う事を祈ります。30分位なら許容範囲ですよね! 駄目ですかそうですか。
     何はともあれ皆様の願いが叶います様に!

    【滑り込みアウト】
    【皆様の願いが叶います様に】


      [No.2504] 【ポケライフ】七夕祭 投稿者:ピッチ   投稿日:2012/07/08(Sun) 00:11:26     93clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     毎年こうだが、目の前は人、人、人。浴衣を着た少女が数人のグループで歩いていたり、家族らしき数人が固まって歩いていたり。年齢層は若い顔が多い。そりゃあ、老人がこんなところに来れば人混みで大層疲れるのは目に見えているけれど。
     両脇に並ぶ屋台も、たこ焼きや綿飴、かき氷といった定番のものから、ハクリューポテトなる謎の食べ物まで多種多様だ。そしてその店の脇には、必ず一本の笹が立ててある。
     今日はタマムシシティ大七夕祭り。老若男女ポケモンを問わず、誰彼もが星に願いをかける日だ。

    『ただいま会場が大変混み合っております。モンスターボールの誤開や盗難を防ぐため、ポケモントレーナーの皆様はボールの管理に十分お気をつけください……』

     そうアナウンスが聞こえる合間にも、きゃ、と短い女の叫び声がして、モンスターボールの開閉光が夜店の明かりに負けじとばかりに輝く。そちらの方を見れば、出てきたヒメグマが他の客に体当たりしそうになっている。
     これが進化後でなくてよかったな、と心中で独りごちる。流石にこの混雑の中に大型ポケモンを持ち込むような非常識なトレーナーがいるのは困る。
     隣を行くルージュラくらいが、常識的に受け入れられる最大サイズだろう。これでも道行く人の中には、たまに怪訝そうな視線を投げてくる人もいるけれど。

    「とりあえず、一通り店回ってみようか。どっかの店でペン貸して貰って、それも書こう」

     そう問いかけると、僕のシャツの裾を掴んでいるルージュラはこくこくと嬉しそうに頷いた。その手には、スターミーとピィの形をした紙が一枚ずつ。
     入り口で配っていたもので、もう形からして短冊と言えるのかはよくわからない。配っていたのを見た限りでは、ヒトデマンやスターミーにピィとピッピ、それに三つの願い事を書けるジラーチのものなんかもあった。
     三つも願うと欲張りすぎて逆に叶えてもらえないような気がする、と思って、僕らは一枚ずつ、一つの願いを書く短冊をもらった。
     出店横に笹がありますので、と言われたが、もうどの笹も短冊でいっぱいだ。今まさに短冊を笹にかけていく人の姿も見える。
     それを見ながら人波に流されるように歩いて行って、まずは気になった「ハクリューポテト」と大書された屋台の前で立ち止まる。ご丁寧に直筆らしいハクリューの絵もセットだ。

    「いらっしゃい! どうだいお兄さん、そっちのルージュラと一緒に食べてかないかい? うちはポケモン向けの味付けもやってるよ!」

     言いながら店主が示したのは、ジャガイモを厚くスライスして、原型を残したまま串に刺して揚げたような食べ物だった。フライドポテトの一種だろうか。
     しかし何故これがハクリューなのか、僕にはちょっとよくわからなかった。ジャガイモがそれらしいというわけでもないし、フレーバーにそんなイメージのものがあるわけでもない。

    「これ、なんでハクリューって言うんです?」
    「ああ、これな。ちょっと切り方に工夫がしてあって……」

     店主は刺してあった一本を手に取ると、僕とルージュラの前でくるくると回して見せた。輪切りだと思っていたそれはよく見れば螺旋状で、相当心を広く持って見ればなるほど、長いハクリューの体に見えなくもない、気がする。

    「こうやって全部一繋がりにしてあってな、ほら、ハクリューが使うだろ?『たつまき』。形が似てると思ってな!」
    「……そっちなんですか? てっきり、ハクリューの体が長いのに似てるからかと」
    「いやー、最初はそのまま『たつまき揚げ』とかにしようと思ったんだが恰好がつかなくて」

     がはは、と豪快に口を開けて笑う店主に、僕もつられて笑いを返す。ルージュラはじっと興味深そうにポテトを見ている。

    「おじさーん、ケチャップ味とポケモン用の苦いのに渋いの、一本ずつちょうだい!」
    「人間用一本とポケモン用二本で千円だよ!」

     Tシャツ姿の少年が、隣から千円札を突き出している。僕はスペースを作るために、少し脇へ寄った。少年はお金と引き替えにポテトを三本受け取ると、手に持ったジラーチ型の短冊を店横の笹にかけて、後ろの人混みの中に消えていく。
     少し内容が気になって、その中身をこっそり横目で覗いてみた。

    『チャンピオンになる! トモキ』

     真ん中の短冊に力強く大きな、でもお世辞にも読みやすいとは言えなさそうな字が書いてある。両脇の短冊には、「ガウ」「ポポー」の名前と一緒に、ポケモンの足跡。前者の方は短冊からはみ出して、ジラーチの顔に被っている。
     なるほどこういう使い方もあったか、と感心した。一人が三つ願い事を書くのは欲張りかもしれないが、三人で一つの大きな願い事を書くなら、叶う確率はもしかしたら上がるかもしれない。
     そう思っていたら、シャツの裾がぐいぐい引っ張られた。そちらを見れば、種族に特有の不思議な言葉を発しながら、ルージュラがポテトを指差し何事か訴えている。見ているうちに食べたくなってきたのだろう。

    「わかったわかった。……おじさん、ガーリック味とポケモン用の辛いの一本ずつ下さい」
    「はいよ! ……ん? 辛いのでいいのかい? ルージュラっちゃあ氷ポケモンだろ? 苦手なんじゃないのかい?」
    「あ、いいんです。こいつ、氷ポケモンなのに辛い味が大好きで」
    「ほー、見かけによらないモンだねぇ……人間用とポケモン用一本ずつで六五〇円だよ!」

     小銭入れから七〇〇円出して、釣りの五〇円とポテトを受け取る。一本はすぐルージュラに渡しておいた。代わりに手の空いた僕が、ルージュラの持つ短冊を受け取った。
     トゲトゲしたスターミーと、それよりは丸みを帯びて文字を書くスペースの取り易そうなピィの形をした短冊には、まだ何も書かれていない。
     どこか空いたところを探さないとな、と思った。列を作っていた人が後ろから来ているのでは、願い事を書くために店の前を占領してはいられない。



    『迷子ポケモンのお呼び出しをいたします。トレーナーID61963、タカノコウキ様。運営本部にてルリリをお預かりしております、至急運営本部までお越し下さい……』

     そんなアナウンスが聞こえた頃に、僕らは通りの交差点へと差し掛かった。角に、ひときわ大きな人だかりができている。子どもたちとその手持ちの小さなポケモンが多い。
     店の垂れ幕に大書されているのは、「あめ」の二文字のみ。店の隣に座って悠々としているのは、一匹のポニータだ。店主の男は棒の先につけた飴の塊をその体の炎で熱し、へらで細工してひとつの形に仕上げていく。
     飴の塊は、既に頭の部分が大きく、尾にかけて細くなる流線型を描いていた。別の、本体に比べれば小さな塊をつけたへらによって、その尾に尾びれがつけられる。男が、集まった子どもたちに向かって問いかけた。

    「おじさんは今、何のポケモンを作ってるかなー?」

     子どもたちはまだ答えが出せないようで、隣の子どもと相談し合ったり、首を傾げている。その間に飴細工には胸びれがつけられ、頭に小さなツノがついていく。
     その様子を見ながら、ピンときたらしい一人の子どもが叫んだ。

    「ジュゴンだ!」
    「正解! それじゃあここから顔を描くところを見せてあげよう」

     外形の完成し終わったジュゴンは、食紅のついた筆で顔を書き加えられてますます本物に近づいていく。目と鼻、それに口を書き加えた飴細工は、最後に袋に収められて他の飴細工と一緒に並んだ。
     子どもたちがわあわあと歓声を上げ、そこを見計らって店主が声をかける。

    「すごーい!」
    「そっくりー!」
    「本物みたい!」
    「飴ってメタモンみたいだな!」
    「この飴細工一個九〇〇円! だ・け・ど、飴風船チャレンジに成功したら、この飴細工をタダであげちゃうぞー!」

     目を輝かせて、やるやる、と殺到する子どもたちが受け取っているのは、何の細工もされていないただの飴の塊だ。子どもたちはまるで風船を膨らませるように、ぷうぷうと懸命にその塊を吹いている。
     なるほど、これを大きく膨らませることができればOKというしくみらしい。しかし大半の飴は吹いている途中で薄くなって固まり、破れてしまう。
     そうした子どもたちが悔しがって再挑戦をし出す間に、男は加工用の飴をまた熱し始めた。

    「今度は何のポケモンを作ってみようかなー?」
    「ヒトカゲ!」
    「バタフリーがいい!」
    「カイリュー作ってー!」

     そのうちの一つを聞き届けたのか、それともそのどれでもないポケモンを題材としているのか。ひのうまポケモンの熱で暖められた飴は、ただの丸い塊から一つの目的へ向けて姿を変えていく。さながら、ポケモンが進化するように。
     それを熱っぽく眺める子どもたちの、その大半の手にはもう短冊はない。もうどこかの笹にかけてきてしまったのだろう。
     まだ願うべき夢を持っている年代だからだろうか、などと言うと、まだ若いのにと言われるのだろうか。見飽きてきたらしいルージュラが急かすのに合わせて、僕はその人だかりの前から歩き出した。



    「現在、タマムシシティ大七夕祭り会場から生中継しております! 見て下さいこの人出、今年の夏も大賑わいです!」

     浴衣姿のレポーターがカメラへ向けてそんな台詞を言っているのを後目に、その人だかりのそばを通り過ぎる。ピチューを頭に載せたあのレポーターは、名前は覚えていないがお天気コーナーか何かの顔だったはずだ。
     そんなことを考えていると、不意に前に進もうとしていた体がぐっと後ろへ引っ張られる。裾を引きながら後ろを歩いていたルージュラが、急に立ち止まったのだ。
     何だよ、とぼやきながら振り返ると、ルージュラの視線はこちらを見ていなかった。
     その視線の先にあったのは、「氷」の垂れ幕と、店のテントの内側に貼られた「罰ゲーム用!? 激辛マトマシロップ」の張り紙。僕はそれへ向けて指を指して、ルージュラに聞いてみた。出てきた声は、自然と、なんとなく諦めたような声だった。

    「……欲しいんだな?」

     ルージュラはこの日一番じゃないかと思うくらいの笑顔で、大きく頷いた。

     人混みをかき分けて屋台へ向かうと、丁度それらしき真っ赤なかき氷が、一人の青年の手に渡されていくところだった。連れらしいもう一人の青年にそれを突き出して、何やら揉めている。

    「バトルで負けたら食うって言っただろーが! 俺覚えてんぞ!」
    「やっぱ食えねえよこんなモン! どう見ても辛いの好きなポケモン用じゃねえか!」

     本来の罰ゲーム用途に使うとああなるらしい、という図から目を背け、改めてかき氷を注文し直す。人間の食べられそうな味も売っているから、そのメニューにも一通り目を通して。

    「あの激辛を一つと、メロン味一つ」
    「はいよ。七〇〇円ね」

     ルージュラが隣ですぐにでも小躍りを始めそうな様子で、氷が削られていくのを見ている。こいつにしてみれば好きな温度である冷たいものと、好きな味である辛いものが合わさった食べ物が食える機会なんてそうそうないから、楽しみにするのも分からない話ではない。
     紙コップに山盛りの氷が盛りつけられ、その上に見るからに辛そうな真っ赤なシロップがかけられていく。この赤さはイチゴ味と間違わないためなのか、いや違うな。
     最後にストローで作ったスプーンが刺さって、差し出された紙コップをルージュラが受け取る。続いて削られ始めた氷は僕の分だ。
     その音を聞きながら、僕は店先のペンを取る。書くことがはっきり決まったというわけではないけれど、なんとなく、今のルージュラの様子を見ていたら書きたくなったのだ。他よりも少しだけ、待ち時間が長いというのもある。
     スターミー型の短冊の上を、ペンの頭がこつこつと叩く。もやもやとした願い事は、うまく固まってくれない。

    「はいよお兄さん、メロン味置いとくよ」
    「ああ、ありがとうございます」

     ことんと音がして、側に出来上がったかき氷が置かれる。短冊は真っ白なままだ。んー、と唸りながら悩んでいたら、ルージュラが置いてあった短冊のもう片方、ピィ型のものを取っていった。スプーンに頼らず飲んだんじゃないかと思うくらいの速さだ。氷ポケモンだしできてしまうのかも知れない。
     何を書くのだろう、とその様子をしばらく見ていたら、ルージュラがペンで書き始めたのは、その口から出るのと同じ、人間にはよくわからない言葉だった。テレビの字幕で見たアラビア語を見ているような感じがする。
     ルージュラはそのまま迷いなくさらさらと謎の文字を書き終えて、ペンを元あった場所に戻すと、満足そうに短冊を顔の前に掲げてみせた。何を書いたのかは分からないが、おそらくは心からの願いなんだろう。
     そんな表情を見ていると、自然にこちらの筆も動いた。スターミー型の中心、本物ならコアのある部分に、小さな文字で詰め込むように。

    『ルージュラの嬉しそうな顔が、もっと見られますように』

     書き上げて隣を見てみると、頬を抱えたルージュラが真っ赤になっていた。そりゃあ、僕がルージュラのを見たんだから見られるだろうとは思っていたんだけど。
     その様子を見咎めた屋台のおばちゃんが、にんまりとした顔でこちらを見ている。

    「あらお兄さん、こんなに女の子真っ赤にしちゃって。まったく色男なんだから」
    「は、はあ……えっと、ちょっと失礼します」

     周囲からの注目もなんとなく集まっている。僕はかき氷の入った紙コップを取ると、さっと店の脇にある笹に、二人分の短冊をかけた。
     トゲのある形の真ん中だけが黒いスターミーと、落書きされたみたいにぐちゃぐちゃの文字が並ぶピィが、他の短冊に混じって揺れる。
     それを見届けると、視線から逃れるように、そそくさと僕らはかき氷屋台の前を後にした。

    「……にしてもお前、何書いたんだ? まさか、あのかき氷がもっといっぱい食べられますように、とかじゃないよなあ」

     道すがら聞いてみると、ルージュラは相当に驚いた顔でこちらを見返してきた。どうして分かった、とでも言いたげに。
     図星か、と問えば、黙って頷いていた。

    「わかったわかった、今度作るよ。タバスコとかだから、ああいう店で見たのみたいじゃないかもしれないけどさ」

     言うが早いか、僕の頬を強烈な吸い付き攻撃……いや、ルージュラのキスが襲った。愛情表現は嬉しいけれど、正直毎回痛いと思っている。
     ついでに今日は祭り会場の人の視線もプラスだ。ルージュラを引き剥がして、ふう、と少し溜息をついてみせる。

    「そーいうのは家でやって、家で!」

     ……ただ正直、ここまで愛されるの、まんざらでもない。



    ――――
    七夕と(私の)ノスタルジアとバカップル。

    飴細工の屋台を全く見ないんですよ。地元限定だったのだろうか。
    他にも屋台にしたら面白そうなのあったんですが、時間と息切れの関係上書けませんでした。

    【お題:ポケモンのいる生活(ポケライフ)】
    【スペシャルサンクス:#ポケライフ(Twitter)】
    【描いてもいいのよ】
    【書いてもいいのよ】
    【10分弱オーバー】


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